第6章 EGOIST
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体が重い。
『ねぇ、ユエ』
「何でしょうか、姫様」
頭が重い。
『姫様は嫌!』
「では、レイ様」
『様って付けないで』
「無理です」
頭がボーっとする。
『出来ない事ないでしょ?やろうとしてないだけだもん』
「やりませんし、やれません。レイ様はノア様で姫様で、俺は唯のアクマですから」
何でこの体は…
この頭は動かないんだろう?
機械の癖に壊れるまで動き続けられないなんてツカエナイ…
『…ユエの仕事は何なの?』
「レイ様の警護と監視を含め、身の回りの事全てを……レイ様の手足になるべく存在しています」
『…なら貴方は私のモノなのね』
「…はい?」
『チィのカメラが機能しない私の所に送られたんだから、貴方はチィの監視下にいない。だから私のアクマでしょう?』
このまま…
過去のレイにやられて倒れてたら、レイが悲しむだろうか…
俺が壊れたら…
俺の為に悲しんでくれるだろうか?
「そうとも…言えますね」
『なら私に従いなさい』
「それは勿論。屋敷から出せという命令以外には従う様、伯爵様から仰せつかっております」
『なら一つ目の命令よ』
「はい、何でしょうか」
『チィの命令よりも私を優先しなさい』
「……どういった意味でしょうか」
『言った通りよ。チィが右を向けと言っても、私が左を向けと言ったなら左を向きなさい。チィが仕事をしろと言っても、私が遊べと言ったなら私と一緒に遊びなさい。チィが人間を殺せと言っても私が生かせと言ったら生かしなさい』
何があっても涙を流さない…
流し方を知らないレイは、俺が壊れたら泣いてくれるだろうか?
「随分と…難しい事を仰る」
『簡単じゃない。私の声だけを聞いていればいいのよ。私だけを見てくれればいいのよ』
大きな瞳からボロボロと…
涙を流して悲しんでくれるだろうか?
「…分かりました」
『うん、それでいいわ』
悲しんでくれたら…
胸が熱くなるんだろうな。
だって…
嬉しくて嬉しくて仕方無いから。
だって…
レイが俺を大事にしてくれてる証拠だから。
「俺は…何をすればいいでしょうか」
『そうね。まずは様付を止めてちょうだい』
「はい」
俺はアクマだ。
伯爵様が作った機械の一つでしかない。
でも感じる事も思う事も出来る。
想う事だって…
『それから、私の友達になって』
「友達…ですか?」
『そうよ、それからね…』
レイを想う事だって…
『私の家族になってね』
=弱虫涙に口付けを=
「黒い肌に黒い髪、黒い目…全部が黒い男」
闇の中、ティキはそう呟いた。
確かにその通りだった。
腹の中も黒いと想う。
「あの女、まだ抗うというのか」
俺の左手の甲を見て、男はそう漏らした。
左手の甲…月の書いた紋様の上に浮かぶ青白く光る石はランプの様だった。
トンッと地を蹴って男の首を鷲掴みにする。
「死んでもらうぞ、イノセンス」
「死ぬのでは無い、壊れるのだ汚らわしきノアよ」
「一緒だろ」
「違うな。壊れたら直せばいいのだから」
「ほざいてろ」
バキンという音と共にダランと力の抜けた男の体は、地に崩れると同時に闇の中に沈んでいった。
「…随分あっさりしてるな」
『手出しが出来なかったのよ』
そう声が響いたが、辺りを見回しても声の主は居なかった。
『イノセンスは所詮力でしかない。それを扱うモノではないんだよ…だから私の中であるそこでは、手を出す事が出来無い。
力を発揮するモノである私が存在しないからね』
「…月?」
『えぇ、そうよ。声だけで御免なさいね…私、まだ動けそうにないのよ』
「あぁ…で、俺どうやって帰るの?」
『簡単よ』
月がそう言った瞬間、右手の甲に違和感を覚えて見てみると、蝶の紋様の描いてあった筈のそこには白いリボンが結ばれていた。
シュルリと解けたそれがススルスルと伸びていきティキは慌てたが、必要は無かった。
『それが帰り道を教えてくれるわ』
ティキは黙って歩き出した。
月は嘘を吐かない。そう分かっていたから…
一方、アイリーンの苦しそうな声が響く中、神田はレイの両手両足を繫ぐ鎖を避けていた。
鞭の様に襲いかかるそれは、唯の拘束する為の鎖では無い。必要に応じて長さを変え、決して六幻でも斬れぬ鎖…
宙を動き回り、ノアと伯爵に攻撃しながら俺等の相手もするレイの鎖を掻い潜り、鎖を絡め取る様にして六幻に巻き付ける。
ギュッと力を込めて固定すれば、コイツに咎落ちと認定された所為か、皮膚を這う様に腕に絡み付いて身体を侵食してくる六幻に腕を締め付けられ、激痛が走った。
侵食は両腕をゆっくりと上がって行き、もう直ぐ肩まで伸びる。
首まで行けば首を絞められるんだろうか。
それともその先の心臓を締め付けるんだろうか。
頭を潰すのか、それとも全身を侵食されるのか。
俺は何度死んで、何度生き還り、何度目に壊れるんだろうか。
何重にも重なる死。
でもそれを怖いとは思わなかった。
レイにさせられた無茶をしないという約束も、レイを助ける為なら当然、破る。破るしか無い。
俺がこうしなきゃ未来にレイが居ないと判断したのだから、俺にはもうその約束に意味は無い。
俺が仮に壊れたとしても、モヤシやラビ達が残っていればレイが壊れる事も無い。
アイツ等がきっとどうにかする。
「なぁ、レイ…もうちょっと我慢しろ」
アイリーンはイノセンスに犯された自分をどうにかする策を持っている筈だ。
あいつが復活しさえすれば、あいつがレイをどうにかしてくれる。
どうにか…元に戻してくれる。
何故かそう、はっきりと思えた。
だからそれまで、俺がレイを抑える。
レイには誰も殺させない。
レイの家族も、教団の奴等も、師であるクロス元帥とアイリーンも…
「もう直ぐ助けてやるから」
神田は鎖を巻きつけた六幻を少しだけ緩めて振るい、レイの上から鎖を掛けると鎖を絞める様に六幻を引いた。
レイの体に絡んだ鎖が脚の自由を奪い、神田は両腕を抑える様にレイを抱き締めた。
『ッ、何ヲ!!』
「暫く大人しくしてろ」
「そのまま掴んでろ、ガキ!!」
呪文を唱え始めたクロスにそう言われて腕に力を込めた神田は、次の瞬間…
その体を離した。
「ッ、ガキ、お前!」
「ユウ!!何やってるんさ!!」
左頬に当たった冷たい感覚。
これは…
「…お前……泣いてるのか?」
目を覆う拘束具が湿っているのが見えた。
シミを作る様に黒い目隠しの一部が一際色濃くなっている。
それを見た瞬間、俺は吹き飛ばされた。
体を捻る様にして六幻から鎖を解きながら俺の腹に入る蹴り。
迷いは無い。
だけど何で…目許が濡れる?
「泣いて…るのか…?」
レイが答える事は無い。
レイはただ空中に浮いている。
『ユウ、私を助けてね』
そう…
いつかのレイの声が聞こえた様な気がした。
「ッ…!」
地を蹴る。
早く動け、早く動けと自分の体に念じながらレイの元へ駆け、飛び上がった。
レイが握り締めた右手に現れた鞭を振るうと、後ろから襲かかろうとしていたフランソワーズの首に巻き付いた。
そして同じく左手に現れたランスを逆手に持って投げると、ランスはフランソワーズの眉間に突き刺さった。
フランソワーズが壊れて崩れる中、レイの懐へ潜り込み、一瞬でいいから動くなと願う。
「レイ!!!」
そう叫びながら、神田は六幻で斬り上げた。
六幻はレイの鼻の横を抜けて目隠しだけをなぞる様に斬り捨てる。
はらりと舞い散る黒い布の向こう側の瞳は、しっかりと神田を捉えていた。
そして次の瞬間、能面がくしゃりと歪んだ。
目尻に浮かんだ水の玉がボロボロと流れ、頬を伝う。
「お前…」
『逃げて、ユウ』
鞭が一瞬でその形状を変えて短剣になり、レイはそれを振り上げた。
『ユウ、逃げ…ッ、死ネ!使イ物ニナラナイ我等ノ玩具ヨ!!』
「ユウ!!!」
ドッ
そう鈍い音がした。
ギュッと閉じていた目をそっと開けると、そこにユエが居た。
突き飛ばされたらしいユウは地に腕を付いて倒れ込んでいる。
『ユエ…』
小さくそう口にすると、ユエは小さくフッと笑った。
「なんだ、もう泣いてるじゃないか」
『ユエ、っ、何で…私』
振り下ろした短剣は、人間の姿のユエの胸に刺さっていた。
じわりと染み出す赤い血がユエの白いYシャツを染める。
『ごめ、ごめんなさ…ユエ、ごめんなさい』
ユエはボロボロと涙を流すレイを抱き締めた。
「何で謝る?」
『だ、だって、私、ユエの挿しちゃ』
「約束だったろ」
短剣から手が離せなかった。
抜いても…そのままにしても、どちらにしろユエは助からない。この短剣はイノセンスの一部なのだから。
そう思ったら、手に力が入って離せなかった。
涙を流しながらカタカタ震えて…ただユエに抱き締められていた。
耳元でユエの囁く様な声がする。
「貴方達は私の手で壊す。俺とシャールにそう言ったのはお前じゃないか」
『そう、だけど…』
確かに言った。
大切な二人を他の誰かに壊されるなんて…その相手が誰であれ許せなかった。だけど…
『だけどそれは今じゃない』
今じゃない。
壊すつもりなんか無かった。
「分かってる……悪かったな、俺が今決めたんだ」
『何それ、ヒドイよ』
「俺は…俺が壊れる時にレイが泣いてくれてるだけで幸せだ」
『ッ…馬っ鹿じゃないの…?』
大好きな腕に包まれてる筈なのに、寒かった。
どんどん冷えていくユエの体温が、変えられない現実を叩き付ける。
次第に柔らかい肌の感覚も失い、目許に落ちた唇は、酷く冷たかった。
「悪かった、レイ」
大好きな体が砕け散る。
優しい声も私を抱きしめる腕も…
何もかも失った。
なのにユエを刺した短剣だけが私の手に残っていた。
『クソイノセンス…お前なんか、大ッ嫌いだ』
足許に浮かび上がった見覚えのある陣を見ながら、レイはそう呟いた。
「それには賛成だよ。今更気付いたのかって話だけど」
『うん、凄く耳が痛いやぁ』
そう口にしたレイは、両手で涙を拭うと、目の前に立つジャスデビを見てニッコリと笑った。
『いつからクロスと仲良しになったの?』
私の体をここに貼り付けているこの陣は、クロスのものだ。
「はぁ?!仲良くねぇし!あんな奴、大ッ嫌いだし!!」
グチグチに対する文句を口にするジャスデビは、私の所為でかなりボロボロだが、まだ動ける様だ。
「ただ…一回だけ手を貸してやる事にした。千年公は煩そうだったから縛ったけど」
確かにクロスの近くにグルグル巻にされた大きな物体が見えた。。
『…チィ、息できてるの?』
「さぁ?できてんじゃね?」
小さくクスクス笑ったレイを見て、ジャスデビはそっとレイを抱き締めた。
「何するか…検討付いてるのか?」
『まあねぇ…他に方法無いもん』
「…馬鹿だな、お前」
『ジャスデビに言われたくない』
「うっせ」
『……ねぇジャスデビ、お願い…またアイツに盗られちゃう前に』
レイはジャスデビの背に手を回すと、そっと目を閉じた。
『私を殺して』
金の槍が二人を貫く──…
体が重い。
『ねぇ、ユエ』
「何でしょうか、姫様」
頭が重い。
『姫様は嫌!』
「では、レイ様」
『様って付けないで』
「無理です」
頭がボーっとする。
『出来ない事ないでしょ?やろうとしてないだけだもん』
「やりませんし、やれません。レイ様はノア様で姫様で、俺は唯のアクマですから」
何でこの体は…
この頭は動かないんだろう?
機械の癖に壊れるまで動き続けられないなんてツカエナイ…
『…ユエの仕事は何なの?』
「レイ様の警護と監視を含め、身の回りの事全てを……レイ様の手足になるべく存在しています」
『…なら貴方は私のモノなのね』
「…はい?」
『チィのカメラが機能しない私の所に送られたんだから、貴方はチィの監視下にいない。だから私のアクマでしょう?』
このまま…
過去のレイにやられて倒れてたら、レイが悲しむだろうか…
俺が壊れたら…
俺の為に悲しんでくれるだろうか?
「そうとも…言えますね」
『なら私に従いなさい』
「それは勿論。屋敷から出せという命令以外には従う様、伯爵様から仰せつかっております」
『なら一つ目の命令よ』
「はい、何でしょうか」
『チィの命令よりも私を優先しなさい』
「……どういった意味でしょうか」
『言った通りよ。チィが右を向けと言っても、私が左を向けと言ったなら左を向きなさい。チィが仕事をしろと言っても、私が遊べと言ったなら私と一緒に遊びなさい。チィが人間を殺せと言っても私が生かせと言ったら生かしなさい』
何があっても涙を流さない…
流し方を知らないレイは、俺が壊れたら泣いてくれるだろうか?
「随分と…難しい事を仰る」
『簡単じゃない。私の声だけを聞いていればいいのよ。私だけを見てくれればいいのよ』
大きな瞳からボロボロと…
涙を流して悲しんでくれるだろうか?
「…分かりました」
『うん、それでいいわ』
悲しんでくれたら…
胸が熱くなるんだろうな。
だって…
嬉しくて嬉しくて仕方無いから。
だって…
レイが俺を大事にしてくれてる証拠だから。
「俺は…何をすればいいでしょうか」
『そうね。まずは様付を止めてちょうだい』
「はい」
俺はアクマだ。
伯爵様が作った機械の一つでしかない。
でも感じる事も思う事も出来る。
想う事だって…
『それから、私の友達になって』
「友達…ですか?」
『そうよ、それからね…』
レイを想う事だって…
『私の家族になってね』
=弱虫涙に口付けを=
「黒い肌に黒い髪、黒い目…全部が黒い男」
闇の中、ティキはそう呟いた。
確かにその通りだった。
腹の中も黒いと想う。
「あの女、まだ抗うというのか」
俺の左手の甲を見て、男はそう漏らした。
左手の甲…月の書いた紋様の上に浮かぶ青白く光る石はランプの様だった。
トンッと地を蹴って男の首を鷲掴みにする。
「死んでもらうぞ、イノセンス」
「死ぬのでは無い、壊れるのだ汚らわしきノアよ」
「一緒だろ」
「違うな。壊れたら直せばいいのだから」
「ほざいてろ」
バキンという音と共にダランと力の抜けた男の体は、地に崩れると同時に闇の中に沈んでいった。
「…随分あっさりしてるな」
『手出しが出来なかったのよ』
そう声が響いたが、辺りを見回しても声の主は居なかった。
『イノセンスは所詮力でしかない。それを扱うモノではないんだよ…だから私の中であるそこでは、手を出す事が出来無い。
力を発揮するモノである私が存在しないからね』
「…月?」
『えぇ、そうよ。声だけで御免なさいね…私、まだ動けそうにないのよ』
「あぁ…で、俺どうやって帰るの?」
『簡単よ』
月がそう言った瞬間、右手の甲に違和感を覚えて見てみると、蝶の紋様の描いてあった筈のそこには白いリボンが結ばれていた。
シュルリと解けたそれがススルスルと伸びていきティキは慌てたが、必要は無かった。
『それが帰り道を教えてくれるわ』
ティキは黙って歩き出した。
月は嘘を吐かない。そう分かっていたから…
一方、アイリーンの苦しそうな声が響く中、神田はレイの両手両足を繫ぐ鎖を避けていた。
鞭の様に襲いかかるそれは、唯の拘束する為の鎖では無い。必要に応じて長さを変え、決して六幻でも斬れぬ鎖…
宙を動き回り、ノアと伯爵に攻撃しながら俺等の相手もするレイの鎖を掻い潜り、鎖を絡め取る様にして六幻に巻き付ける。
ギュッと力を込めて固定すれば、コイツに咎落ちと認定された所為か、皮膚を這う様に腕に絡み付いて身体を侵食してくる六幻に腕を締め付けられ、激痛が走った。
侵食は両腕をゆっくりと上がって行き、もう直ぐ肩まで伸びる。
首まで行けば首を絞められるんだろうか。
それともその先の心臓を締め付けるんだろうか。
頭を潰すのか、それとも全身を侵食されるのか。
俺は何度死んで、何度生き還り、何度目に壊れるんだろうか。
何重にも重なる死。
でもそれを怖いとは思わなかった。
レイにさせられた無茶をしないという約束も、レイを助ける為なら当然、破る。破るしか無い。
俺がこうしなきゃ未来にレイが居ないと判断したのだから、俺にはもうその約束に意味は無い。
俺が仮に壊れたとしても、モヤシやラビ達が残っていればレイが壊れる事も無い。
アイツ等がきっとどうにかする。
「なぁ、レイ…もうちょっと我慢しろ」
アイリーンはイノセンスに犯された自分をどうにかする策を持っている筈だ。
あいつが復活しさえすれば、あいつがレイをどうにかしてくれる。
どうにか…元に戻してくれる。
何故かそう、はっきりと思えた。
だからそれまで、俺がレイを抑える。
レイには誰も殺させない。
レイの家族も、教団の奴等も、師であるクロス元帥とアイリーンも…
「もう直ぐ助けてやるから」
神田は鎖を巻きつけた六幻を少しだけ緩めて振るい、レイの上から鎖を掛けると鎖を絞める様に六幻を引いた。
レイの体に絡んだ鎖が脚の自由を奪い、神田は両腕を抑える様にレイを抱き締めた。
『ッ、何ヲ!!』
「暫く大人しくしてろ」
「そのまま掴んでろ、ガキ!!」
呪文を唱え始めたクロスにそう言われて腕に力を込めた神田は、次の瞬間…
その体を離した。
「ッ、ガキ、お前!」
「ユウ!!何やってるんさ!!」
左頬に当たった冷たい感覚。
これは…
「…お前……泣いてるのか?」
目を覆う拘束具が湿っているのが見えた。
シミを作る様に黒い目隠しの一部が一際色濃くなっている。
それを見た瞬間、俺は吹き飛ばされた。
体を捻る様にして六幻から鎖を解きながら俺の腹に入る蹴り。
迷いは無い。
だけど何で…目許が濡れる?
「泣いて…るのか…?」
レイが答える事は無い。
レイはただ空中に浮いている。
『ユウ、私を助けてね』
そう…
いつかのレイの声が聞こえた様な気がした。
「ッ…!」
地を蹴る。
早く動け、早く動けと自分の体に念じながらレイの元へ駆け、飛び上がった。
レイが握り締めた右手に現れた鞭を振るうと、後ろから襲かかろうとしていたフランソワーズの首に巻き付いた。
そして同じく左手に現れたランスを逆手に持って投げると、ランスはフランソワーズの眉間に突き刺さった。
フランソワーズが壊れて崩れる中、レイの懐へ潜り込み、一瞬でいいから動くなと願う。
「レイ!!!」
そう叫びながら、神田は六幻で斬り上げた。
六幻はレイの鼻の横を抜けて目隠しだけをなぞる様に斬り捨てる。
はらりと舞い散る黒い布の向こう側の瞳は、しっかりと神田を捉えていた。
そして次の瞬間、能面がくしゃりと歪んだ。
目尻に浮かんだ水の玉がボロボロと流れ、頬を伝う。
「お前…」
『逃げて、ユウ』
鞭が一瞬でその形状を変えて短剣になり、レイはそれを振り上げた。
『ユウ、逃げ…ッ、死ネ!使イ物ニナラナイ我等ノ玩具ヨ!!』
「ユウ!!!」
ドッ
そう鈍い音がした。
ギュッと閉じていた目をそっと開けると、そこにユエが居た。
突き飛ばされたらしいユウは地に腕を付いて倒れ込んでいる。
『ユエ…』
小さくそう口にすると、ユエは小さくフッと笑った。
「なんだ、もう泣いてるじゃないか」
『ユエ、っ、何で…私』
振り下ろした短剣は、人間の姿のユエの胸に刺さっていた。
じわりと染み出す赤い血がユエの白いYシャツを染める。
『ごめ、ごめんなさ…ユエ、ごめんなさい』
ユエはボロボロと涙を流すレイを抱き締めた。
「何で謝る?」
『だ、だって、私、ユエの挿しちゃ』
「約束だったろ」
短剣から手が離せなかった。
抜いても…そのままにしても、どちらにしろユエは助からない。この短剣はイノセンスの一部なのだから。
そう思ったら、手に力が入って離せなかった。
涙を流しながらカタカタ震えて…ただユエに抱き締められていた。
耳元でユエの囁く様な声がする。
「貴方達は私の手で壊す。俺とシャールにそう言ったのはお前じゃないか」
『そう、だけど…』
確かに言った。
大切な二人を他の誰かに壊されるなんて…その相手が誰であれ許せなかった。だけど…
『だけどそれは今じゃない』
今じゃない。
壊すつもりなんか無かった。
「分かってる……悪かったな、俺が今決めたんだ」
『何それ、ヒドイよ』
「俺は…俺が壊れる時にレイが泣いてくれてるだけで幸せだ」
『ッ…馬っ鹿じゃないの…?』
大好きな腕に包まれてる筈なのに、寒かった。
どんどん冷えていくユエの体温が、変えられない現実を叩き付ける。
次第に柔らかい肌の感覚も失い、目許に落ちた唇は、酷く冷たかった。
「悪かった、レイ」
大好きな体が砕け散る。
優しい声も私を抱きしめる腕も…
何もかも失った。
なのにユエを刺した短剣だけが私の手に残っていた。
『クソイノセンス…お前なんか、大ッ嫌いだ』
足許に浮かび上がった見覚えのある陣を見ながら、レイはそう呟いた。
「それには賛成だよ。今更気付いたのかって話だけど」
『うん、凄く耳が痛いやぁ』
そう口にしたレイは、両手で涙を拭うと、目の前に立つジャスデビを見てニッコリと笑った。
『いつからクロスと仲良しになったの?』
私の体をここに貼り付けているこの陣は、クロスのものだ。
「はぁ?!仲良くねぇし!あんな奴、大ッ嫌いだし!!」
グチグチに対する文句を口にするジャスデビは、私の所為でかなりボロボロだが、まだ動ける様だ。
「ただ…一回だけ手を貸してやる事にした。千年公は煩そうだったから縛ったけど」
確かにクロスの近くにグルグル巻にされた大きな物体が見えた。。
『…チィ、息できてるの?』
「さぁ?できてんじゃね?」
小さくクスクス笑ったレイを見て、ジャスデビはそっとレイを抱き締めた。
「何するか…検討付いてるのか?」
『まあねぇ…他に方法無いもん』
「…馬鹿だな、お前」
『ジャスデビに言われたくない』
「うっせ」
『……ねぇジャスデビ、お願い…またアイツに盗られちゃう前に』
レイはジャスデビの背に手を回すと、そっと目を閉じた。
『私を殺して』
金の槍が二人を貫く──…