第6章 EGOIST
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
113
頭の中を引っ掻き回されてる様な気分だった。
走馬灯の様に“覚えている事”が頭の中を駆け巡る。
苦しい…そして同時に違和感を覚えた。
私の記憶は飛んでいる。
あの少女が持っている記憶以外に、私は失っているものがある…?
『一つ二つ、蘇る。何が見える…何が聞こえる?』
苦しむレイを押さえ付けながら、アイリーンはそう囁く様に口にした。
『受け入れろ、レイ…貴女の大切なモノを思い出しなさい』
大切なもの…
「許シマセンヨ」
=聖夜の歌=
一瞬でアイリーンに近づいた千年伯爵は、アイリーンを殴り飛ばすと苦しみ続けるレイを抱き起こした。
そしてそっと頬を撫でると、直ぐにワイズリーの元へ行き、レイを寝かせる。
「ワイズリー、レイとロードを頼みますヨ」
「むむ…」
「大丈夫だよ~、僕がいるもん」
「…そうデスネ」
千年伯爵がレイの頭を撫でる中、腕を盾にして千年伯爵の攻撃を受けたアイリーンは吹き飛ばされ…クロスに受け止められていた。
「どうだ?」
『後は本人次第ね』
やれる事はやった。
他に手が無いのだから、後は本人にどうにかしてもらうしかない。
『大丈夫よ…貴方の弟子じゃない』
アイリーンが笑うと、クロスはフンッと鼻を鳴らし、横抱きにしたアイリーンを降ろして千年伯爵向かって突っ込んで行った。
取り残されたアイリーンがクスクス笑っていると、目の前にティキが降り立ち、それに続いて落ちてきたラビが、アイリーンを庇う様に背を向けてティキに対峙する。
『あら…』
「月!レイに何をしたんだ!!」
『何って…記憶を取り戻す為のきっかけを作って上げたのよ』
「苦しんでんじゃねぇか!!」
『…そうね……でも私は伯爵がどうやってレイの記憶を奪ったのか…その方法を知らないもの』
どういう類の術を使ったかも分からないのに、適切な術等使えない。
『あの子の記憶を戻す明確な方法が分からない今、きっかけを与えるしか私に出来る事は無いわ』
“後は本人次第よ”と続けたアイリーンは、真っ直ぐにティキを見据えた。
『それとも貴方は…ラゼルがキラを覚えてなくてもいいっていうの?』
「ッ…!!でも…レイが苦しんでる姿は見ていられない!!」
「…アイリーン」
『何、ラビ?』
「こればっかしは…俺もティキ・ミックに同意見さね」
『……』
「俺も…見てらんねぇ」
『…そうね』
「きっとユウもアレンも…リーバー達だって」
もう一度“そうね”と口にしたアイリーンは“でも”と、ラビの肩にそっと手を置いた。
『あの子は強い。二人共…私とあの子を信じて頂戴』
アイリーンはそう言ったが、レイは苦しみ続けるだけだった。
頭痛に苦しむワイズリーの膝を枕にして横になったレイの額に溢れる汗を、ロードが自身のぬいぐるみの手で拭う。
『何かもうひと押し欲しいわね…』
何か…
レイの記憶を揺さぶる何かを…
「そうだ…レイの好きだったもの!」
『好きだったもの?』
「クリスマスの歌、歌ってくれアイリーン!!」
「クリスマスの歌?」
『クリスマスの…』
「何馴れ合ってるんだい、ティキ?」
距離を取って構えたまま動かない二人とアイリーンの間に割って入ったのはシェリルだった。
憎々しげにラビとアイリーンを睨み付けている。
「お前ら…殺す」
瞬間、槌を落としたラビ自分の首を絞めた状態で後方に吹き飛び、アイリーンはそれを受け止めて一緒に後方へと吹き飛ばされた。
アイリーンの背に何重もの魔法陣が浮かび上がり踏ん張るヒールからは煙が上がった。
『あらやだ、磨り減っちゃったわね』
「黙れ、ブス」
『あらあら、御免なさいね』
そう言ってアイリーンは首を絞め続けるラビの手にそっと触れた。
力の入っていた手がゆっくりと解かれる。
パチンッと指を鳴らせば、遠くに転がっていたラビの槌が飛んできてアイリーンの手に収まった。
大きな音を立てて地に付いた槌は、石畳にヒビを作った。
「アイリー…」
「何なんだお前は」
『何って?』
「僕の拘束を二度も解いた…さっきは科学班のものを、今はそのエクソシストのものを」
『そうね』
「第一お前には僕の力が通じない」
瞬間、上から降ってきた神田が“そうね”と言って笑ったアイリーンと、地に崩れたラビを背に庇う様に、六幻を構えて立った。
そしてアイリーンは、広がった自身の影に呑まれた。
不気味に宙に浮く黒い球体は、次の瞬間弾け飛んだ。
そこに現れたのは長い黒髪に緋色の瞳…イノセンスを身に纏ったアイリーンだった。
『私は“何”か…』
飛び散った影がシェリルと駆け付けたティキを絡め取ると縛り上げた。
『正直私にも答えが分からない質問だけど…分かり易く言うとそうね…』
赤い紅の妖艶な口元が弧を描いた。
『“魔女”』
ずっと静かに事の成り行きを見ていた少女は、フランソワーズの背に飛び乗ると肩まで歩いて行き、ちょこんと腰掛けた。
「フラン、歌が聴けるみたいよ」
フランソワーズは握る様にユエを捕まえて拘束すると、ピタリと動きを止めた。
すぅ…と息を吸う。
こんな所で歌う事になるとは思わなかった。
だけどそれがレイの助けになるかもしれないのだったら、私は喜んで歌う。
どんなウタでも声が枯れるまで…
喉が潰れるまで…
ウタう──…
歌がきこえた──…
一つ二つ、蘇る…
私が出会った綺麗な女の人…
彼女の事が好きな彼…
人騒がせな室長、優しく優秀な班長…恥ずかしがりやな支部長、過保護な補佐、世話焼きな守護神、可愛い室長の妹、不器用な剣士、お調子者で繊細な記録者、厳格な記録者、迷子の紳士、ドジっ子で頑張り屋なお姉さん、自分に厳しく私に甘い烏、寂しがりな吸血鬼、酒場で出会った青年…
みんな、みんな、思い出した。
屋敷を抜け出したあの日以来…
私に何があって…
誰に出会って…
どうする事にしたのか。
私が何を決めて…
何に目を瞑って…
何を護ろうとしたのか。
記憶を亡くしてからの私の思いや考え、計算…
それらの何が間違っていて、何が合っていて、何が…
何が…
何が嘘だったかも──…
──ねぇ、月~
何で今日だけしかきけないのぉ?
───今日が特別だからよ。
──クリスマスだから?
───さぁ、どうかしら?
秘密よ、教えてあげないわ。
──ふ~ん…まぁいいや。
私ね、この歌が一番好きだよ!
───フフッ、そう?
有難う、レイ…ゆっくり眠りなさい。
明日は起こしてあげるから──…
『イア゛ァァアァァァァァ!!!!』
ふわっと浮かび上がった体がワイズリーから離れる。
自分のキタナイ声と一緒に聞き覚えのある鐘の音が聞こえた。
見開いた目を動かすと時計台の鐘が動いているのが見えた。
何で…
「鐘…あの子も少しは覚えてるのかな」
少女が呟いた言葉は誰に聞かれる事無く、流れ続ける歌と鐘の音に消えた。
透き通る心地良い旋律…
ティキはゆっくりと目を閉じた。
しかしそれは長くは続かなかった。
ティキとシェリルを優しく拘束していた影が、二人をいきなり締め付けたのだ。
二人の苦しそうな声と共に…
何故かアイリーンの苦しそうな声が響いた。
『月!!!』
褐色の肌は白に…
聖痕の消えたレイは、トンッと地に着地すると、アイリーンに向かって走り出した。
ドレスの裾を掴んで走るレイは、ジャスデビが…ロードが…千年伯爵が止めるのも聞かず、地に倒れてもがくアイリーンを抑えるラビと神田の隣に飛び込む様に座り込んだ。
『月!!!』
締め付ける様に全身に這った茨の痣が黒いドレスから伸び、緋色が美しい瞳の白目は黒く染まっていた。
『ッ、月…!!!』
『ぁ゙ぁ、記憶、戻っだのね゙』
苦しみながら震える手で私の乱れた髪を直す月の姿は、酷く痛々しかった。
「何なんだ、これは!」
「知らねぇさ、記録に無いが…まさか咎落ち?!」
広がり続ける月の影は、ティキとシェリルをギリギリと締め付け続けていた。
『月、月止めて!!このままじゃ月も二人も死んじゃうよ!!』
『ぁ゙ぐう、ア゛ァァ』
『お願い!姫を…常闇ノ調を解除して!!!』
「それは無理な願いだな」
聞いた事の無い声だった。
レイがガバッと顔を上げると、そこには真っ黒な男が立っていた。
髪も肌も服も爪も…何もかもが真っ黒な…
瞳の奥が見えない…
一片の光をも許さない闇の様な男だった。
『だ、誰…?』
世界の境の管理者…イアンに対するものとはまた違う恐怖心が私を襲う。
「アイリーン・ネイピアを名乗るその女は、内側から自分を殺しに掛かっているイノセンスを抑えるので精一杯だ。解除する事など到底無理だろうな」
男はレイの言葉を無視してそう言った。そして続けた。
「通常の状態なら兎も角…この女は戦い、庇い、刺され、術を使い消費している。抗えはしない。まあ、通常の状態でもこの事態を打破出来る確率はゼロに等しいがな」
表情一つ変わらない男の話を聞いてカタカタと震え出して視線を落としたレイは、男の足元を見て目を見開いた。
足が…影に埋まってる…?
『貴方…まさか……』
男は腰を折って池に手を入れる様に影に手を突っ込むと、見慣れたものを取り出した。
漆黒のヴァイオリン…
私の対アクマ武器“音ノ鎖”だった。
「戦え、レイ・アストレイ」
グイッと音ノ鎖を押し付けられて、レイの青白い顔は引き攣った。
「テメェ!!!」
「お前が戦えばアイリーン・ネイピアの命だけは助けよう」
「いい加減にしろ!!!お前、何なんだ!!」
「たたっ斬る」
『止めて』
六幻に手を掛けた神田を止めたのはレイだった。
『ユウ、無茶しないでって言ったのにボロボロ…ラビもね』
六幻を握る神田の手にそっと添えられた小さな手が離れ、レイは音ノ鎖を抱き締めて立ち上がった。
「レイ…?」
「お前!」
トンッと地を蹴ったレイの体が一瞬で近くの建物の上まで移動した。
その前に少女が立ち塞がる。
「止めなさい」
『止めない』
「力尽くで止め」
『無理だよ~だって、イノセンスを手にした今の私に不安定な存在であるキミは触れない方が良い』
「…貴女がそれをしたらクロくんの」
『私はクロなんか知らない』
知らない。
過去の私がどれだけクロという人物を大事に想っていても、私の大切なものは他にあるから。
「“解放”しろ、レイ・アストレイ」
贅沢な事を願ったのがいけなかったんだ。
片方を望むなら、もう片方は諦めなくてはいけなかった。
なのに私は傲慢にも両方を手に入れようとした。
これはその罰だ…
多くを望んだから全てが崩れたんだ。
『あぁ…もう最ッ悪…』
そう誰にも聞こえない音で呟いて、レイは音ノ鎖を構えた。
『ごめんね、みんな』
本当に、本当に…
ごめんね──…
頭の中を引っ掻き回されてる様な気分だった。
走馬灯の様に“覚えている事”が頭の中を駆け巡る。
苦しい…そして同時に違和感を覚えた。
私の記憶は飛んでいる。
あの少女が持っている記憶以外に、私は失っているものがある…?
『一つ二つ、蘇る。何が見える…何が聞こえる?』
苦しむレイを押さえ付けながら、アイリーンはそう囁く様に口にした。
『受け入れろ、レイ…貴女の大切なモノを思い出しなさい』
大切なもの…
「許シマセンヨ」
=聖夜の歌=
一瞬でアイリーンに近づいた千年伯爵は、アイリーンを殴り飛ばすと苦しみ続けるレイを抱き起こした。
そしてそっと頬を撫でると、直ぐにワイズリーの元へ行き、レイを寝かせる。
「ワイズリー、レイとロードを頼みますヨ」
「むむ…」
「大丈夫だよ~、僕がいるもん」
「…そうデスネ」
千年伯爵がレイの頭を撫でる中、腕を盾にして千年伯爵の攻撃を受けたアイリーンは吹き飛ばされ…クロスに受け止められていた。
「どうだ?」
『後は本人次第ね』
やれる事はやった。
他に手が無いのだから、後は本人にどうにかしてもらうしかない。
『大丈夫よ…貴方の弟子じゃない』
アイリーンが笑うと、クロスはフンッと鼻を鳴らし、横抱きにしたアイリーンを降ろして千年伯爵向かって突っ込んで行った。
取り残されたアイリーンがクスクス笑っていると、目の前にティキが降り立ち、それに続いて落ちてきたラビが、アイリーンを庇う様に背を向けてティキに対峙する。
『あら…』
「月!レイに何をしたんだ!!」
『何って…記憶を取り戻す為のきっかけを作って上げたのよ』
「苦しんでんじゃねぇか!!」
『…そうね……でも私は伯爵がどうやってレイの記憶を奪ったのか…その方法を知らないもの』
どういう類の術を使ったかも分からないのに、適切な術等使えない。
『あの子の記憶を戻す明確な方法が分からない今、きっかけを与えるしか私に出来る事は無いわ』
“後は本人次第よ”と続けたアイリーンは、真っ直ぐにティキを見据えた。
『それとも貴方は…ラゼルがキラを覚えてなくてもいいっていうの?』
「ッ…!!でも…レイが苦しんでる姿は見ていられない!!」
「…アイリーン」
『何、ラビ?』
「こればっかしは…俺もティキ・ミックに同意見さね」
『……』
「俺も…見てらんねぇ」
『…そうね』
「きっとユウもアレンも…リーバー達だって」
もう一度“そうね”と口にしたアイリーンは“でも”と、ラビの肩にそっと手を置いた。
『あの子は強い。二人共…私とあの子を信じて頂戴』
アイリーンはそう言ったが、レイは苦しみ続けるだけだった。
頭痛に苦しむワイズリーの膝を枕にして横になったレイの額に溢れる汗を、ロードが自身のぬいぐるみの手で拭う。
『何かもうひと押し欲しいわね…』
何か…
レイの記憶を揺さぶる何かを…
「そうだ…レイの好きだったもの!」
『好きだったもの?』
「クリスマスの歌、歌ってくれアイリーン!!」
「クリスマスの歌?」
『クリスマスの…』
「何馴れ合ってるんだい、ティキ?」
距離を取って構えたまま動かない二人とアイリーンの間に割って入ったのはシェリルだった。
憎々しげにラビとアイリーンを睨み付けている。
「お前ら…殺す」
瞬間、槌を落としたラビ自分の首を絞めた状態で後方に吹き飛び、アイリーンはそれを受け止めて一緒に後方へと吹き飛ばされた。
アイリーンの背に何重もの魔法陣が浮かび上がり踏ん張るヒールからは煙が上がった。
『あらやだ、磨り減っちゃったわね』
「黙れ、ブス」
『あらあら、御免なさいね』
そう言ってアイリーンは首を絞め続けるラビの手にそっと触れた。
力の入っていた手がゆっくりと解かれる。
パチンッと指を鳴らせば、遠くに転がっていたラビの槌が飛んできてアイリーンの手に収まった。
大きな音を立てて地に付いた槌は、石畳にヒビを作った。
「アイリー…」
「何なんだお前は」
『何って?』
「僕の拘束を二度も解いた…さっきは科学班のものを、今はそのエクソシストのものを」
『そうね』
「第一お前には僕の力が通じない」
瞬間、上から降ってきた神田が“そうね”と言って笑ったアイリーンと、地に崩れたラビを背に庇う様に、六幻を構えて立った。
そしてアイリーンは、広がった自身の影に呑まれた。
不気味に宙に浮く黒い球体は、次の瞬間弾け飛んだ。
そこに現れたのは長い黒髪に緋色の瞳…イノセンスを身に纏ったアイリーンだった。
『私は“何”か…』
飛び散った影がシェリルと駆け付けたティキを絡め取ると縛り上げた。
『正直私にも答えが分からない質問だけど…分かり易く言うとそうね…』
赤い紅の妖艶な口元が弧を描いた。
『“魔女”』
ずっと静かに事の成り行きを見ていた少女は、フランソワーズの背に飛び乗ると肩まで歩いて行き、ちょこんと腰掛けた。
「フラン、歌が聴けるみたいよ」
フランソワーズは握る様にユエを捕まえて拘束すると、ピタリと動きを止めた。
すぅ…と息を吸う。
こんな所で歌う事になるとは思わなかった。
だけどそれがレイの助けになるかもしれないのだったら、私は喜んで歌う。
どんなウタでも声が枯れるまで…
喉が潰れるまで…
ウタう──…
歌がきこえた──…
一つ二つ、蘇る…
私が出会った綺麗な女の人…
彼女の事が好きな彼…
人騒がせな室長、優しく優秀な班長…恥ずかしがりやな支部長、過保護な補佐、世話焼きな守護神、可愛い室長の妹、不器用な剣士、お調子者で繊細な記録者、厳格な記録者、迷子の紳士、ドジっ子で頑張り屋なお姉さん、自分に厳しく私に甘い烏、寂しがりな吸血鬼、酒場で出会った青年…
みんな、みんな、思い出した。
屋敷を抜け出したあの日以来…
私に何があって…
誰に出会って…
どうする事にしたのか。
私が何を決めて…
何に目を瞑って…
何を護ろうとしたのか。
記憶を亡くしてからの私の思いや考え、計算…
それらの何が間違っていて、何が合っていて、何が…
何が…
何が嘘だったかも──…
──ねぇ、月~
何で今日だけしかきけないのぉ?
───今日が特別だからよ。
──クリスマスだから?
───さぁ、どうかしら?
秘密よ、教えてあげないわ。
──ふ~ん…まぁいいや。
私ね、この歌が一番好きだよ!
───フフッ、そう?
有難う、レイ…ゆっくり眠りなさい。
明日は起こしてあげるから──…
『イア゛ァァアァァァァァ!!!!』
ふわっと浮かび上がった体がワイズリーから離れる。
自分のキタナイ声と一緒に聞き覚えのある鐘の音が聞こえた。
見開いた目を動かすと時計台の鐘が動いているのが見えた。
何で…
「鐘…あの子も少しは覚えてるのかな」
少女が呟いた言葉は誰に聞かれる事無く、流れ続ける歌と鐘の音に消えた。
透き通る心地良い旋律…
ティキはゆっくりと目を閉じた。
しかしそれは長くは続かなかった。
ティキとシェリルを優しく拘束していた影が、二人をいきなり締め付けたのだ。
二人の苦しそうな声と共に…
何故かアイリーンの苦しそうな声が響いた。
『月!!!』
褐色の肌は白に…
聖痕の消えたレイは、トンッと地に着地すると、アイリーンに向かって走り出した。
ドレスの裾を掴んで走るレイは、ジャスデビが…ロードが…千年伯爵が止めるのも聞かず、地に倒れてもがくアイリーンを抑えるラビと神田の隣に飛び込む様に座り込んだ。
『月!!!』
締め付ける様に全身に這った茨の痣が黒いドレスから伸び、緋色が美しい瞳の白目は黒く染まっていた。
『ッ、月…!!!』
『ぁ゙ぁ、記憶、戻っだのね゙』
苦しみながら震える手で私の乱れた髪を直す月の姿は、酷く痛々しかった。
「何なんだ、これは!」
「知らねぇさ、記録に無いが…まさか咎落ち?!」
広がり続ける月の影は、ティキとシェリルをギリギリと締め付け続けていた。
『月、月止めて!!このままじゃ月も二人も死んじゃうよ!!』
『ぁ゙ぐう、ア゛ァァ』
『お願い!姫を…常闇ノ調を解除して!!!』
「それは無理な願いだな」
聞いた事の無い声だった。
レイがガバッと顔を上げると、そこには真っ黒な男が立っていた。
髪も肌も服も爪も…何もかもが真っ黒な…
瞳の奥が見えない…
一片の光をも許さない闇の様な男だった。
『だ、誰…?』
世界の境の管理者…イアンに対するものとはまた違う恐怖心が私を襲う。
「アイリーン・ネイピアを名乗るその女は、内側から自分を殺しに掛かっているイノセンスを抑えるので精一杯だ。解除する事など到底無理だろうな」
男はレイの言葉を無視してそう言った。そして続けた。
「通常の状態なら兎も角…この女は戦い、庇い、刺され、術を使い消費している。抗えはしない。まあ、通常の状態でもこの事態を打破出来る確率はゼロに等しいがな」
表情一つ変わらない男の話を聞いてカタカタと震え出して視線を落としたレイは、男の足元を見て目を見開いた。
足が…影に埋まってる…?
『貴方…まさか……』
男は腰を折って池に手を入れる様に影に手を突っ込むと、見慣れたものを取り出した。
漆黒のヴァイオリン…
私の対アクマ武器“音ノ鎖”だった。
「戦え、レイ・アストレイ」
グイッと音ノ鎖を押し付けられて、レイの青白い顔は引き攣った。
「テメェ!!!」
「お前が戦えばアイリーン・ネイピアの命だけは助けよう」
「いい加減にしろ!!!お前、何なんだ!!」
「たたっ斬る」
『止めて』
六幻に手を掛けた神田を止めたのはレイだった。
『ユウ、無茶しないでって言ったのにボロボロ…ラビもね』
六幻を握る神田の手にそっと添えられた小さな手が離れ、レイは音ノ鎖を抱き締めて立ち上がった。
「レイ…?」
「お前!」
トンッと地を蹴ったレイの体が一瞬で近くの建物の上まで移動した。
その前に少女が立ち塞がる。
「止めなさい」
『止めない』
「力尽くで止め」
『無理だよ~だって、イノセンスを手にした今の私に不安定な存在であるキミは触れない方が良い』
「…貴女がそれをしたらクロくんの」
『私はクロなんか知らない』
知らない。
過去の私がどれだけクロという人物を大事に想っていても、私の大切なものは他にあるから。
「“解放”しろ、レイ・アストレイ」
贅沢な事を願ったのがいけなかったんだ。
片方を望むなら、もう片方は諦めなくてはいけなかった。
なのに私は傲慢にも両方を手に入れようとした。
これはその罰だ…
多くを望んだから全てが崩れたんだ。
『あぁ…もう最ッ悪…』
そう誰にも聞こえない音で呟いて、レイは音ノ鎖を構えた。
『ごめんね、みんな』
本当に、本当に…
ごめんね──…