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6
「あらあら、四人共寒い中合同練習お疲れ様」
灯里の舟 で合同練習を行っていた僕達は、ARIAカンパニーで解散する事にしていた。が、ARIAカンパニーの中から三大妖精の一人であり灯里の先輩であるアリシアさんが出て来た事により、解散は先延ばしになった。
「こんばんわっ、アリシアさん」
そう藍華が挨拶をすれば、隣でアリスが軽く頭を下げた。
『あの、初めまして‥颯のケイト・ハドルトソンです』
「はい、こんばんは。噂は聞いてるわ、ケイトちゃん」
噂ってどの噂だろう…颯 には噂話が多くて困る。
「丁度今ココアを作っていたの」
クロアさん‥帰りが少し遅くなりそうです…
「三人共是非暖まっていって」
=四人の妖精=
アリシアさんに進められて雪の降り注ぐ寒空から温かいARIAカンパニーに入ると、オレンジぷらねっとのエース、アテナさんが居た。
丁寧に暖炉の前に人数分のクッションを並べて、座る様に進めてくれる。
『ありがとうございます』
ケイトは礼を言いながら用意されたクッションの上に座ると、アリシアとアテナを盗み見た。この人達が三大妖精の内二人‥
“白き妖精 ”と“天上の舟謳 ”
初めてまともに見たな…
「はい、どうぞ」
『あ、ありがとうございます』
手渡されたカップを手に取ると、冷たい掌にじんわりと温もりが広がった。
「アリスちゃん、いつも四人で合同練習を?」
「え…あ、はい」
アテナの質問にそう答えたアリスは困った様に眉を寄せた。
「…いけなかったでしょうか?普通に考えると同じ会社の人間同士で練習するべき…ですよね」
確かに‥其々他の会社の社員である四人が合同練習をしているのは可笑しい…‥しかし‥
そこまで考えて、ケイトはふと考えを振り払った。
目の前でアテナがカタカタと震えているからだった。
まさか…怒った?
「あらあら」
事態に気付いたアリシアは、そう呟くとアテナの隣へと腰を下ろした。
「アテナちゃんたら笑いすぎっ」
笑ってたんだ‥
ふと横を向けばアリス達もアテナさんが怒ったと思っていたらしく、三人共絶妙な表情をしていた。
アリシアさんはココアを一口口にすると、ニッコリと微笑んだ。
「あのね、私達も半人前の頃‥晃ちゃんとアテナちゃんとクロアちゃんの四人で合同練習してたのよ」
「えぇ!知りませんでした!」
「でっかいビックリです‥アリシアさん達もやってたとは」
「それはもう、毎日の様にね」
そう…クロアさん達四人は僕等の様に合同練習をしていた。
だから灯里に合同練習に誘われた時、運命かと思った。僕はクロアさんから合同練習をしていたとだけ聞いていたから‥
——あの頃は…
何も考えていなかったよ——‥
懐かしそうに…そして少しだけ苦しそうにクロアさんがそう言ったものだから、僕はその先を聞け無かった。
「フフ‥その頃の話知りたい?」
「ぜひ!」
一瞬アリシアさんが何を言ったか分からなかったが、藍華の大きな声で頭がすっきりした。
『…お願いします』
そう言えば、アリシアさんはニコリと笑って話し始めた。
「ARIAカンパニーは昔から小規模主義だから、私の頃も見習いや半人前の同僚は居なかったの。だから晃ちゃんが良く会社に顔を出してくれたのよ…何だかんだと理由をつけて、ね」
「あれは明らかに照れ隠しだった」
「そ、照れ隠し」
アテナのツッコミにアリシア同意して笑い、アリスは藍華の肩に手を置いた。
「藍華先輩と一緒ですね」
「無駄口禁止!」
確かに藍華は照れ隠しが多い気がする…が、アリシアさんの話が続かなそうだから敢えて口にしないでおこう。
「ある日、合同練習中に橋の上から一人の女の子が話し掛けてきたの‥」
『ねぇ、それ楽しい?』
晃ちゃんの話を聞きながら舟 を漕いでいたら、そう上から声が降ってきた。
漕ぐのを止めて顔を上げると、耳の横で長い銀髪を結んだツインテールの女の子が橋から私達を見下ろしていた。
「あぁ、何だ?」
「あ‥晃ちゃん、あの子が」
『楽しい?』
「た‥楽しいよ」
『お客さん運ぶだけなのに?』
「客だけじゃ無い。頼まれれば荷物も運ぶ‥それに私達水先案内人 は案内人なんだネオ・ヴェネツィアの案内をするんだ、唯送り届けるだけじゃない」
晃ちゃんの言う通りだった。
私達は運ぶだけじゃない‥
「唯お客様を運ぶだけが水先案内人じゃないのよ…」
『そこまで言えるって事は凄く楽しいんだね?』
再度そう問い掛けてきた少女に、私は迷わず答えた。
「凄く楽しいよ」
それを聞いた少女は唯、嬉しそうに微笑んだ。
『ありがと、決心がついた』
「決心?」
晃ちゃんが不機嫌そうに眉を寄せてそう言うと、少女は楽しそうに声を上げて笑った。
『私、ネオ・ヴェネツィアを運びたい』
「そう言って直ぐにどっか消えちゃって‥それがクロアちゃんとの出逢いだったの」
僕の知らない昔のクロアさんは‥何だか強烈な印象を残す純粋な女の子だった。
「昔のクロアちゃんは後先考えずに突き進んでたよね」
アテナの言葉にアリスは今度はケイトの肩に手を置いた。
「ケイト先輩と一緒ですね」
『…楽しそうだね、アリス』
嬉しいやら恥ずかしいやら分からなくて顔に熱が集まったのが良く分かった。
クロアさんが居なくて良かった‥
「あらあら」
楽しそうに笑ったアリシアさんは話を続けた。
「クロアちゃんたら行動が早くてね、次の日にはARIAカンパニーに入社してたわ」
「……………はひ?」
「…灯里、あんたまさか‥」
再び“あらあら”と言って笑ったアリシアさんは、灯里に説明する為に口を開いた。
「灯里ちゃん、クロアちゃんはARIAカンパニーの出身なのよ」
「はひ————ッ!!?」
「灯里先輩…でっかい大ボケです」
「でっか過ぎよ」
灯里の大ボケの後はアテナさんとの出逢いの話になった。
丁度その頃クロアさんは、グランマに基礎を習っていて居なかったそうだ。
それにしてもアテナさんって、藍華に聞いてた‥
「後輩ちゃんと同じだね」
「でっかいお世話です」
アリスの肩に手を置いて同じだと言った藍華を見て納得した。
やっぱり。アテナさんの練習の加わり方はアリスの経緯と似てる。
「それ以来気が付くとアテナちゃんも加わっていて…そこに基礎を終えたクロアちゃんが加わって四人で合同練習するのが当たり前になったの」
懐かしそうに目を細めるアリシアに、アリスが軽く手を上げた。
「あの…クロアさんが入社三日で昇格したって噂は‥」
「本当よ。クロアちゃんは三日で基礎を全部覚えて半人前に昇格したの」
それが颯の伝説の一つだ。
独学もして無かった初心者のクロアさんは、たった三日で昇格した。
僕が塗り変えちゃったけど‥
「それで‥結局その噂の主には会えたんですか?歌の上手い水先案内人 」
「実はもう会っていたのよ」
「本日の練習‥舟謳 いってみよー!」
『「「は――い」」』
晃ちゃんの声に、私達は声を揃えてそう返事をした。
「んじゃまずクロア!」
『先輩、お先どうぞ』
「何、今更後輩ぶってんだ」
クロアちゃんは入社して間もなかったけど、同い年だったしクロアちゃんの性格上、私達には先輩と後輩という上下関係は出来無かったが、それが心地好かった。
「んじゃアリシア!」
「あらら‥一番手は恥ずかしいな」
「私達はいずれお客様の前で謳うのよ、恥ずかしがってどうすんの」
「じゃあ、晃ちゃんからお手本見せて」
手を上げたアリシアがニコニコ笑いながらそう言うと、晃は眉を寄せた。
「最初はグー!」
結局ジャンケンになった。
晃ちゃんも一番手は嫌だったみたいだ。
そしてジャンケンに負けたのは‥
「アテナに負けるとは…何だか凄いぞ、クロア」
『ジャンケン破滅的に弱いんだよ』
困った様に眉を寄せたクロアちゃんを見てふと気付いた。
クロアちゃんの苦手なもの初めて見たな‥
『んじゃま‥謳います』
目を閉じて謳い出したクロアちゃんの舟謳 は聴いた事の無い舟謳 だった。
けど透明な歌声が綺麗で‥透き通っていて…
「クロアちゃん、凄く綺麗だったよ!」
アリシアちゃんがそう言って駆け寄ると、クロアちゃんは嬉しそうに笑った。
『ありがとう』
「聴いた事無い舟謳 だったな…何ていうんだ?」
晃の質問にクロアは黙り込んだ。何故か一向に口を開こうとしない。
「クロア?」
『ド忘れして適当に謳った』
「すわっ!!舟謳 を忘れるとは何事か!」
晃ちゃんがそう声を上げ、アリシアちゃんはいつも通りに笑った。
「あらあら」
「次、アテナ!」
クロアちゃんと入れ替わって今度は私が皆の前に立つ。
謳うの好きだから…こういう訓練は好きだ。
軽く息を吸うと謳い出す。
私達、水先案内人 の謳を‥
謳い終わって目を開けると、皆が固まっていた。
…何で?
「どうしたの?」
『どうしたのって‥』
「お前が噂の水先案内人 だったのか——!!」
「クロアさんって何だか今と性格が違いますね」
藍華の一言に、アリシアは困った様に笑った。
「人間も変わるという事ね」
そう言ったアリシアがココアを口に運ぶと、アリシアの話を続ける様にアテナが話し出した。
「悲しい事があると人は心に蓋をする…警官 を辞めた後も少し変化があったよね」
「そうね‥」
「ドュラハン…?」
「灯里‥あんた本当に何も知らないのね」
藍華の呆れた声に、灯里は“えへへ”と困った様に笑った。
『ドュラハンっていうのは警察の事だよ。クロアさんは一人前になる前にARIAカンパニーを抜けて警察に入り、追跡者 になったんだ』
追跡者 、それは犯人をどこまでも追い捕獲する警察の中でも一番危ない仕事。クロアちゃんはそこに身を投じた。
『水先案内人 をやっていたクロアさんに警察 は通り名を付けた』
「“天空の戦士 ”」
「まるで飛んでいるかの様に速く‥かつ静かに水面を進み標的を捕らえるクロアさんに贈られた名です」
藍華が呟いたクロアの通り名…そこにアリスが説明を加えた。
「警察を辞めて帰って来たクロアちゃんにグランマが新しい名を付けたのよ」
「はひ——…‥」
疲れ果てたクロアちゃんに…グランマは何故エトワールと名付けたんだろう。
ねぇ、クロアちゃん…
「あの頃は楽しかったわね。毎日いつも四人一緒で…」
アリシアがふとそう言い、アテナは微かに微笑んだ。
「忙しくてたまにしか会えない今が何だか嘘みたいに思えるよね」
毎日が唯楽しくて…クロアちゃんも私達も、悲しい事が起きるだなんで想像がつかなかった。誰も考えてもみなかった。
幸せな日々が続くと思ってた‥
「四人で合同練習する日々がずっと続くんだと思ってた」
きっと皆思ってた‥
だけどそうはならない。
「いつの日か…私達も一人前の水先案内人 になったら、今の様に灯里先輩や藍華先輩やケイト先輩と毎日合同練習で顔を合わせられなくなるんですね…
四人で居る事が当たり前でなくなる日が…来ちゃうんですね」
「確かに今のままではいられないと思う」
静かな室内に、そうアテナちゃんの声が響いた。
「時に優しく、時に残酷に‥時間は全てを変えていくものだから。でも少なくとも私にとっては今だってまんざらじゃ無いわよ」
“可愛い後輩が出来たし”と小さく呟いたアテナちゃんは、昔と変わって無いと思った。
「“あの頃は楽しかった”じゃなくて“あの頃も楽しかった”よね」
あの頃も楽しかったけど‥今だって凄く楽しい。
それにクロアちゃんは帰って来てくれて元気になったし…クロアちゃんにはケイトちゃんが居る。
アテナちゃんにはアリスちゃんが、晃ちゃんには藍華ちゃんが…私には、灯里ちゃんが居る。
「きっと本当に楽しい事って比べるものじゃないよね」
「今楽しいと思える事は今が一番楽しめるのよ……だからいずれは変わっていく今を‥」
今をめいいっぱい楽しむ為に‥
「この素敵な時間を大切にね」
「灯里、もうここでいいわよ」
灯里に送られて家路についていると、ふと藍華がそう口にした。
「見送りごくろー!」
藍華の言葉に“うん”と応える灯里にはいつもの様な元気が無い。
『灯里…さっきの話気にしてるだろ?』
「大丈夫よ。私達は明日もまた三人で会えるんだかんねっ」
そう言った灯里の頭を藍華が乱雑に撫で、ケイトは後ろからアリスの首に腕を回して軽く抱き締めた。
『アリスも…一人前になってなかなか会えなくなってもさ』
大丈夫…
大丈夫だよ‥
『僕は少しでも時間が出来たらアリスに会いに行くよ』
そう言って笑って見せれば、アリスは顔を真っ赤に染めた。
「ケイト先輩、でっかい恥ずかしいです!」
楽しそうに笑ったケイトが歩き出せば、アリスと藍華がそれに続いた。
大丈夫…少なくても僕以外は‥
「クロアちゃん、藍華ちゃん、アリスちゃん!!」
そう名前を呼ばれて振り向けば、灯里が大きく手を振っていた。
「また明日ね——!!!」
「あ゙——ッ、大声禁止!!」
「二人共‥でっかいうるさいです」
『こらこら、夜は静かに!』
こんな日が…
いつまでも続けばいいのにね‥
「大丈夫なのか?」
隣を歩く晃の言葉に、私は直ぐに返事を返せ無かった。
確信が無かったからだった。
『大丈夫…じゃないかもねぇ』
「じゃないかもって‥」
『その話はもう止めよう、晃』
ARIAカンパニーに着いたクロアは、扉をノックした。
静かな夜に小さな音が響いた。
『私はあの時と違う…私はちゃんと元気だよ、晃』
“それに”と続けたクロアは、開いた扉の隙間から飛び出して来たアリアを優しく抱き止めた。
『お久しぶりです、アリア社長』
「ぷいにゅ!」
小さく“それにアリア社長が心配する”と言ったクロアに、晃は困った様に眉を寄せた。
「いらっしゃい、晃ちゃん、クロアちゃん」
『久しぶり‥アリシア、アテナ』
私は今日も塞いだ右目で夢を見る。
星空を私だと‥流星群を私の日だと言ったあの子を一人前にする為に。
——貴女の通り名は‥
“星屑の幻想 ”よ…‥
ねぇ、グランマ…
貴女に会いたい——…‥
.
「あらあら、四人共寒い中合同練習お疲れ様」
灯里の
「こんばんわっ、アリシアさん」
そう藍華が挨拶をすれば、隣でアリスが軽く頭を下げた。
『あの、初めまして‥颯のケイト・ハドルトソンです』
「はい、こんばんは。噂は聞いてるわ、ケイトちゃん」
噂ってどの噂だろう…
「丁度今ココアを作っていたの」
クロアさん‥帰りが少し遅くなりそうです…
「三人共是非暖まっていって」
=四人の妖精=
アリシアさんに進められて雪の降り注ぐ寒空から温かいARIAカンパニーに入ると、オレンジぷらねっとのエース、アテナさんが居た。
丁寧に暖炉の前に人数分のクッションを並べて、座る様に進めてくれる。
『ありがとうございます』
ケイトは礼を言いながら用意されたクッションの上に座ると、アリシアとアテナを盗み見た。この人達が三大妖精の内二人‥
“
初めてまともに見たな…
「はい、どうぞ」
『あ、ありがとうございます』
手渡されたカップを手に取ると、冷たい掌にじんわりと温もりが広がった。
「アリスちゃん、いつも四人で合同練習を?」
「え…あ、はい」
アテナの質問にそう答えたアリスは困った様に眉を寄せた。
「…いけなかったでしょうか?普通に考えると同じ会社の人間同士で練習するべき…ですよね」
確かに‥其々他の会社の社員である四人が合同練習をしているのは可笑しい…‥しかし‥
そこまで考えて、ケイトはふと考えを振り払った。
目の前でアテナがカタカタと震えているからだった。
まさか…怒った?
「あらあら」
事態に気付いたアリシアは、そう呟くとアテナの隣へと腰を下ろした。
「アテナちゃんたら笑いすぎっ」
笑ってたんだ‥
ふと横を向けばアリス達もアテナさんが怒ったと思っていたらしく、三人共絶妙な表情をしていた。
アリシアさんはココアを一口口にすると、ニッコリと微笑んだ。
「あのね、私達も半人前の頃‥晃ちゃんとアテナちゃんとクロアちゃんの四人で合同練習してたのよ」
「えぇ!知りませんでした!」
「でっかいビックリです‥アリシアさん達もやってたとは」
「それはもう、毎日の様にね」
そう…クロアさん達四人は僕等の様に合同練習をしていた。
だから灯里に合同練習に誘われた時、運命かと思った。僕はクロアさんから合同練習をしていたとだけ聞いていたから‥
——あの頃は…
何も考えていなかったよ——‥
懐かしそうに…そして少しだけ苦しそうにクロアさんがそう言ったものだから、僕はその先を聞け無かった。
「フフ‥その頃の話知りたい?」
「ぜひ!」
一瞬アリシアさんが何を言ったか分からなかったが、藍華の大きな声で頭がすっきりした。
『…お願いします』
そう言えば、アリシアさんはニコリと笑って話し始めた。
「ARIAカンパニーは昔から小規模主義だから、私の頃も見習いや半人前の同僚は居なかったの。だから晃ちゃんが良く会社に顔を出してくれたのよ…何だかんだと理由をつけて、ね」
「あれは明らかに照れ隠しだった」
「そ、照れ隠し」
アテナのツッコミにアリシア同意して笑い、アリスは藍華の肩に手を置いた。
「藍華先輩と一緒ですね」
「無駄口禁止!」
確かに藍華は照れ隠しが多い気がする…が、アリシアさんの話が続かなそうだから敢えて口にしないでおこう。
「ある日、合同練習中に橋の上から一人の女の子が話し掛けてきたの‥」
『ねぇ、それ楽しい?』
晃ちゃんの話を聞きながら
漕ぐのを止めて顔を上げると、耳の横で長い銀髪を結んだツインテールの女の子が橋から私達を見下ろしていた。
「あぁ、何だ?」
「あ‥晃ちゃん、あの子が」
『楽しい?』
「た‥楽しいよ」
『お客さん運ぶだけなのに?』
「客だけじゃ無い。頼まれれば荷物も運ぶ‥それに私達
晃ちゃんの言う通りだった。
私達は運ぶだけじゃない‥
「唯お客様を運ぶだけが水先案内人じゃないのよ…」
『そこまで言えるって事は凄く楽しいんだね?』
再度そう問い掛けてきた少女に、私は迷わず答えた。
「凄く楽しいよ」
それを聞いた少女は唯、嬉しそうに微笑んだ。
『ありがと、決心がついた』
「決心?」
晃ちゃんが不機嫌そうに眉を寄せてそう言うと、少女は楽しそうに声を上げて笑った。
『私、ネオ・ヴェネツィアを運びたい』
「そう言って直ぐにどっか消えちゃって‥それがクロアちゃんとの出逢いだったの」
僕の知らない昔のクロアさんは‥何だか強烈な印象を残す純粋な女の子だった。
「昔のクロアちゃんは後先考えずに突き進んでたよね」
アテナの言葉にアリスは今度はケイトの肩に手を置いた。
「ケイト先輩と一緒ですね」
『…楽しそうだね、アリス』
嬉しいやら恥ずかしいやら分からなくて顔に熱が集まったのが良く分かった。
クロアさんが居なくて良かった‥
「あらあら」
楽しそうに笑ったアリシアさんは話を続けた。
「クロアちゃんたら行動が早くてね、次の日にはARIAカンパニーに入社してたわ」
「……………はひ?」
「…灯里、あんたまさか‥」
再び“あらあら”と言って笑ったアリシアさんは、灯里に説明する為に口を開いた。
「灯里ちゃん、クロアちゃんはARIAカンパニーの出身なのよ」
「はひ————ッ!!?」
「灯里先輩…でっかい大ボケです」
「でっか過ぎよ」
灯里の大ボケの後はアテナさんとの出逢いの話になった。
丁度その頃クロアさんは、グランマに基礎を習っていて居なかったそうだ。
それにしてもアテナさんって、藍華に聞いてた‥
「後輩ちゃんと同じだね」
「でっかいお世話です」
アリスの肩に手を置いて同じだと言った藍華を見て納得した。
やっぱり。アテナさんの練習の加わり方はアリスの経緯と似てる。
「それ以来気が付くとアテナちゃんも加わっていて…そこに基礎を終えたクロアちゃんが加わって四人で合同練習するのが当たり前になったの」
懐かしそうに目を細めるアリシアに、アリスが軽く手を上げた。
「あの…クロアさんが入社三日で昇格したって噂は‥」
「本当よ。クロアちゃんは三日で基礎を全部覚えて半人前に昇格したの」
それが颯の伝説の一つだ。
独学もして無かった初心者のクロアさんは、たった三日で昇格した。
僕が塗り変えちゃったけど‥
「それで‥結局その噂の主には会えたんですか?歌の上手い
「実はもう会っていたのよ」
「本日の練習‥
『「「は――い」」』
晃ちゃんの声に、私達は声を揃えてそう返事をした。
「んじゃまずクロア!」
『先輩、お先どうぞ』
「何、今更後輩ぶってんだ」
クロアちゃんは入社して間もなかったけど、同い年だったしクロアちゃんの性格上、私達には先輩と後輩という上下関係は出来無かったが、それが心地好かった。
「んじゃアリシア!」
「あらら‥一番手は恥ずかしいな」
「私達はいずれお客様の前で謳うのよ、恥ずかしがってどうすんの」
「じゃあ、晃ちゃんからお手本見せて」
手を上げたアリシアがニコニコ笑いながらそう言うと、晃は眉を寄せた。
「最初はグー!」
結局ジャンケンになった。
晃ちゃんも一番手は嫌だったみたいだ。
そしてジャンケンに負けたのは‥
「アテナに負けるとは…何だか凄いぞ、クロア」
『ジャンケン破滅的に弱いんだよ』
困った様に眉を寄せたクロアちゃんを見てふと気付いた。
クロアちゃんの苦手なもの初めて見たな‥
『んじゃま‥謳います』
目を閉じて謳い出したクロアちゃんの
けど透明な歌声が綺麗で‥透き通っていて…
「クロアちゃん、凄く綺麗だったよ!」
アリシアちゃんがそう言って駆け寄ると、クロアちゃんは嬉しそうに笑った。
『ありがとう』
「聴いた事無い
晃の質問にクロアは黙り込んだ。何故か一向に口を開こうとしない。
「クロア?」
『ド忘れして適当に謳った』
「すわっ!!
晃ちゃんがそう声を上げ、アリシアちゃんはいつも通りに笑った。
「あらあら」
「次、アテナ!」
クロアちゃんと入れ替わって今度は私が皆の前に立つ。
謳うの好きだから…こういう訓練は好きだ。
軽く息を吸うと謳い出す。
私達、
謳い終わって目を開けると、皆が固まっていた。
…何で?
「どうしたの?」
『どうしたのって‥』
「お前が噂の
「クロアさんって何だか今と性格が違いますね」
藍華の一言に、アリシアは困った様に笑った。
「人間も変わるという事ね」
そう言ったアリシアがココアを口に運ぶと、アリシアの話を続ける様にアテナが話し出した。
「悲しい事があると人は心に蓋をする…
「そうね‥」
「ドュラハン…?」
「灯里‥あんた本当に何も知らないのね」
藍華の呆れた声に、灯里は“えへへ”と困った様に笑った。
『ドュラハンっていうのは警察の事だよ。クロアさんは一人前になる前にARIAカンパニーを抜けて警察に入り、
『
「“
「まるで飛んでいるかの様に速く‥かつ静かに水面を進み標的を捕らえるクロアさんに贈られた名です」
藍華が呟いたクロアの通り名…そこにアリスが説明を加えた。
「警察を辞めて帰って来たクロアちゃんにグランマが新しい名を付けたのよ」
「はひ——…‥」
疲れ果てたクロアちゃんに…グランマは何故エトワールと名付けたんだろう。
ねぇ、クロアちゃん…
「あの頃は楽しかったわね。毎日いつも四人一緒で…」
アリシアがふとそう言い、アテナは微かに微笑んだ。
「忙しくてたまにしか会えない今が何だか嘘みたいに思えるよね」
毎日が唯楽しくて…クロアちゃんも私達も、悲しい事が起きるだなんで想像がつかなかった。誰も考えてもみなかった。
幸せな日々が続くと思ってた‥
「四人で合同練習する日々がずっと続くんだと思ってた」
きっと皆思ってた‥
だけどそうはならない。
「いつの日か…私達も一人前の
四人で居る事が当たり前でなくなる日が…来ちゃうんですね」
「確かに今のままではいられないと思う」
静かな室内に、そうアテナちゃんの声が響いた。
「時に優しく、時に残酷に‥時間は全てを変えていくものだから。でも少なくとも私にとっては今だってまんざらじゃ無いわよ」
“可愛い後輩が出来たし”と小さく呟いたアテナちゃんは、昔と変わって無いと思った。
「“あの頃は楽しかった”じゃなくて“あの頃も楽しかった”よね」
あの頃も楽しかったけど‥今だって凄く楽しい。
それにクロアちゃんは帰って来てくれて元気になったし…クロアちゃんにはケイトちゃんが居る。
アテナちゃんにはアリスちゃんが、晃ちゃんには藍華ちゃんが…私には、灯里ちゃんが居る。
「きっと本当に楽しい事って比べるものじゃないよね」
「今楽しいと思える事は今が一番楽しめるのよ……だからいずれは変わっていく今を‥」
今をめいいっぱい楽しむ為に‥
「この素敵な時間を大切にね」
「灯里、もうここでいいわよ」
灯里に送られて家路についていると、ふと藍華がそう口にした。
「見送りごくろー!」
藍華の言葉に“うん”と応える灯里にはいつもの様な元気が無い。
『灯里…さっきの話気にしてるだろ?』
「大丈夫よ。私達は明日もまた三人で会えるんだかんねっ」
そう言った灯里の頭を藍華が乱雑に撫で、ケイトは後ろからアリスの首に腕を回して軽く抱き締めた。
『アリスも…一人前になってなかなか会えなくなってもさ』
大丈夫…
大丈夫だよ‥
『僕は少しでも時間が出来たらアリスに会いに行くよ』
そう言って笑って見せれば、アリスは顔を真っ赤に染めた。
「ケイト先輩、でっかい恥ずかしいです!」
楽しそうに笑ったケイトが歩き出せば、アリスと藍華がそれに続いた。
大丈夫…少なくても僕以外は‥
「クロアちゃん、藍華ちゃん、アリスちゃん!!」
そう名前を呼ばれて振り向けば、灯里が大きく手を振っていた。
「また明日ね——!!!」
「あ゙——ッ、大声禁止!!」
「二人共‥でっかいうるさいです」
『こらこら、夜は静かに!』
こんな日が…
いつまでも続けばいいのにね‥
「大丈夫なのか?」
隣を歩く晃の言葉に、私は直ぐに返事を返せ無かった。
確信が無かったからだった。
『大丈夫…じゃないかもねぇ』
「じゃないかもって‥」
『その話はもう止めよう、晃』
ARIAカンパニーに着いたクロアは、扉をノックした。
静かな夜に小さな音が響いた。
『私はあの時と違う…私はちゃんと元気だよ、晃』
“それに”と続けたクロアは、開いた扉の隙間から飛び出して来たアリアを優しく抱き止めた。
『お久しぶりです、アリア社長』
「ぷいにゅ!」
小さく“それにアリア社長が心配する”と言ったクロアに、晃は困った様に眉を寄せた。
「いらっしゃい、晃ちゃん、クロアちゃん」
『久しぶり‥アリシア、アテナ』
私は今日も塞いだ右目で夢を見る。
星空を私だと‥流星群を私の日だと言ったあの子を一人前にする為に。
——貴女の通り名は‥
“
ねぇ、グランマ…
貴女に会いたい——…‥
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