burrasca
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
17
『ドクター!!』
病院に駆け込んだケイトは、そう叫ぶとその場に崩れた。
おぶったクロアの体がズルリと落ちそうになり、ケイトは荒くなった息を整えながら上体を上げた。
苦しい…走り続けた所為で足はガクガク震え、水分を失った喉が貼り付きそうだった。
だけど、そんな事等どうでも良かった。
おぶったクロアさんの濡れた体が酷く冷たくて…
酷く‥酷く…‥
=砂時計=
白いふかふかの枕に背を預けてベッドに横になったクロアは、医者の話に耳を傾けながら窓から夕日に染まるネオ・ヴェネツィアを見ていた。
ベッド脇の棚に花があるという事は、誰か来たのだろうか…覚えていない。
そもそも自分が倒れた事さえ記憶に無い。
覚えているのは、右目と頭の焼ける様な痛みだけだった。
『ではドクター、颯 に帰っても良いんですね』
医者の話が終わった瞬間、間髪入れずにクロアはそう聞いた。
「…良いだろう。しかし仕事の量を減らさんと」
『来月から少しずつ支障の無い様に減らします』
苦虫を噛み潰した様な顔をした医者は、クロアを見据えると、困った様に溜め息を吐いた。
「好きにしなさい…どうあっても決めるのは君だ」
嬉しそうに微笑んだクロアは、ベッド脇の棚に飾られた花にそっと触れた。
『ケイトを呼んで頂けますか?』
「彼女に…一緒に聞かせなくて良かったのかい?」
『ドクター』
戒める様にそう口にすれば、医者は黙って病室を後にした。
入れ違いにケイトが入ってくる。
「クロアさん‥」
入ってきたケイトは酷く落ち込んでいた。
クロアは困った様に小さく笑うと、ケイトに手を差し出した。
『ドクターに聞いたわ。引き上げて運んでくれたのね』
自分が差し出した手を取ったケイトの手を両手で包んだクロアは、嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとう‥心配かけて御免なさい』
そう言うクロアに、ケイトは表情を歪めた。
『でも…』
『ん‥?』
『でも気付けませんでした…クロアさんが倒れる前に』
『あれは発作。私も予知して無かったわ』
『でも気付きたかった…ッ、こんなに一緒に居たのに気付けないなんて』
この子は…全く‥
昔から変わらない…
『気付かなくて当たり前なの。ねぇ、ケイト‥大事な事に気付いてる‥?』
“どうせ気付いて無いんだろうな”と思った。
こういう時のこの子はマイナスに考えてばかりだから…
『私は命を救われたのよ』
気付いて欲しかったな‥
ねぇ、ケイト、私はケイトがいなかったら今頃ネオ・ヴェネツィアの水になってたのよ?
『助けてくれてありがとう‥』
水から人一人引き上げるのは大変だっただろう。
水分を含んだ服を着た私は酷く重かっただろう。
そんな私を担いで走るのはさぞきつかっただろう。
ねぇ、気付いて…
『ケイトが居てくれて良かった』
クロアはケイトの手を離すと、再び窓から夕日に染まるネオ・ヴェネツィアを眺めた。
『今日御予約の御客様には御迷惑を掛けてしまったわね』
『あ…今日偶然休みだった晃さんが入ってくれました』
『晃が‥?』
『お断りの電話を入れようとしたら晃さんが“この晃様が行ってやろう”って‥ハヤト社長は晃さんの舟 に同乗してます』
『晃がね‥』
と小さく笑ったクロアは、ドクターに言って持ってきて貰っておいた小さな電話を手に取った。
『御客様に御詫びの電話をいれるから静かにな、ケイト』
『はい…あの、明日からはどうしますか?』
『勿論、いつも通り』
『仕事する気ですか?!駄目ですよ‥!!』
『ドクターから許可は頂いている。来月から仕事を少し減らす事にするよ』
ケイトの不安そうな顔に心が締め付けられた。
私はいつも心配を掛けてばっかりだ。
『……飛び込み客はとっちゃ駄目ですよ』
“はいはい”と返しながら番号を押したクロアは、受話器を耳に当てるとケイトに向かって微笑んだ。
『…急な御電話申し訳御座いません、颯 のクロンティア・心葉・ヴァータジアークで御座います。本日は急なキャンセル、大変申し訳ありませんでした』
電話が通じたと同時にそう口にすると、続いて御客様の話に応える。
そんな事を五回程繰り返すと、馴染みの番号に電話を掛けた。
《やぁ、クロンティア》
電話越しに響いた聞き慣れた声に、クロアは困った様に微笑した。
『…何故私だと?』
《この番号は君専用なんだよ》
『そうだったんですか‥』
私専用の番号…そんなものまで作っていてくれたとは知らなかった。
《倒れたんだって?》
『相変わらず…貴方は耳が早いですね』
《仕事柄、情報の早さは付き物さ》
『そうでしたね』
ロードの命を狙う者は山の様にいる。
しかしそれも仕方無いと言えば仕方無い事の様に思えた。ロードの強引さと手腕さがそれを招いているのは明らかだったからだ。
『ロード、今夜の御予約なんですが』
「キャンセルにはしないよ」
受話器から聞こえていた声が急に直接聞こえ、クロアが慌てて入り口を見ると、そこには黒いシャツに黒いスーツ、そして黒いハットを被ったロードがケータイを耳に当てた状態で立っていた。
ニッコリと笑ったロードを呆然と見ていたケイトは、慌ててロードに駆け寄った。
『ど‥どうしていらっしゃるんですか!』
「クロンティアが倒れたと聞いたからね」
『ッ、だったら‥』
『ケイト』
そう名前を呼んでケイトを止めたクロアは、微笑むとベッド脇の椅子をロードに進める。
ロードはケータイをしまいながら歩み寄り、ハットを取ると椅子に腰を降ろした。
『こんな格好で済みません』
「構わないよ」
そう言ったロードの手がそっと私の手を包み込んだ。
ロードの大きな手は私の手と同様に冷たいが、何だか落ち着けて心地好い。
『ロード、病院で携帯電話はいけませんよ』
「おや、気付いたか」
“驚いて忘れてると思ったが”と言うロードに、クロアは小さく笑った。
部屋の隅に立っていたケイトは、それを見るとそっと目を閉じた。
「具合はどうなんだね?」
『明日退院します。営業に差し支えない様に朝出ようかと』
「…明日退院しても良い様な状態なんだね?」
『はい、ロード』
「それは真実なんだな?」
『はい‥ロード』
“嘘は許さない”そう言うロードが、私の身を案じているからそう言っているのはちゃんと分かっていた。
有り難い事だった‥嬉しい事だった。
だから何も断る事が出来ず、唯ロードが差し出す見舞いの品を受け入れた。そして受け入れながら思った。
あの日の“約束”が護られる日は近いかもしれない。
破る事の出来無い‥
あの約束を果たす日が——…
『そんな隅でどうしたの?』
散歩の代わりだと言って長い時間クロアと話をしていたロードが帰り静かになった部屋に、そうクロアの声が響いた。
部屋の隅に立って目を閉じていたケイトは、そっと目を開けるとゆっくりクロアに向かって歩き出した。
『クロアさん…』
『何、ケイト‥?今日は機嫌が悪いのね…ロードに挨拶もしなかったし』
『クロアさん』
一歩一歩踏み出す足が、何故か酷く重く感じられた。
鉛でも入ったかの様にずっしりと‥
『僕…あの人が嫌いです』
『ケイト…』
フラフラと歩いて行ったケイトは、ベッド脇の椅子へと腰を降ろした。
『クロアさん、僕…今日いけない事を考えました。明日退院だって聞いた時…酷く安心したのと同時に‥』
どうしよう‥どうしよう…
クロアさんの顔が見れない‥
『“今日はクロアさんとずっと一緒に居られる”』
長い長い予約の列を待ち続けて‥
やっとクロアさんの舟 に乗れる筈だった御客様が十人以上もいたのに…僕は喜んだ。
『でもあの人が来てしまった。あの人の前では僕の時間は消えてしまいます』
あの人は僕が嫌いだから僕を極力無視する。
僕もあの人が嫌いだから極力一緒に居たくない……でも僕が居なくなったらクロアさんが危ない。
あぁ、何て気持ち悪い‥
あぁ、何て‥
何て僕は醜いんだろう…‥
『あの人はきっと気付いてる』
『ロードが…』
だから尚、僕を避けるんだ。
だから…
出来る限り僕を監視するんだ。
そうやって…
あの人はいつだって——…
大切な時間を奪って行くんだ。
.
『ドクター!!』
病院に駆け込んだケイトは、そう叫ぶとその場に崩れた。
おぶったクロアの体がズルリと落ちそうになり、ケイトは荒くなった息を整えながら上体を上げた。
苦しい…走り続けた所為で足はガクガク震え、水分を失った喉が貼り付きそうだった。
だけど、そんな事等どうでも良かった。
おぶったクロアさんの濡れた体が酷く冷たくて…
酷く‥酷く…‥
=砂時計=
白いふかふかの枕に背を預けてベッドに横になったクロアは、医者の話に耳を傾けながら窓から夕日に染まるネオ・ヴェネツィアを見ていた。
ベッド脇の棚に花があるという事は、誰か来たのだろうか…覚えていない。
そもそも自分が倒れた事さえ記憶に無い。
覚えているのは、右目と頭の焼ける様な痛みだけだった。
『ではドクター、
医者の話が終わった瞬間、間髪入れずにクロアはそう聞いた。
「…良いだろう。しかし仕事の量を減らさんと」
『来月から少しずつ支障の無い様に減らします』
苦虫を噛み潰した様な顔をした医者は、クロアを見据えると、困った様に溜め息を吐いた。
「好きにしなさい…どうあっても決めるのは君だ」
嬉しそうに微笑んだクロアは、ベッド脇の棚に飾られた花にそっと触れた。
『ケイトを呼んで頂けますか?』
「彼女に…一緒に聞かせなくて良かったのかい?」
『ドクター』
戒める様にそう口にすれば、医者は黙って病室を後にした。
入れ違いにケイトが入ってくる。
「クロアさん‥」
入ってきたケイトは酷く落ち込んでいた。
クロアは困った様に小さく笑うと、ケイトに手を差し出した。
『ドクターに聞いたわ。引き上げて運んでくれたのね』
自分が差し出した手を取ったケイトの手を両手で包んだクロアは、嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとう‥心配かけて御免なさい』
そう言うクロアに、ケイトは表情を歪めた。
『でも…』
『ん‥?』
『でも気付けませんでした…クロアさんが倒れる前に』
『あれは発作。私も予知して無かったわ』
『でも気付きたかった…ッ、こんなに一緒に居たのに気付けないなんて』
この子は…全く‥
昔から変わらない…
『気付かなくて当たり前なの。ねぇ、ケイト‥大事な事に気付いてる‥?』
“どうせ気付いて無いんだろうな”と思った。
こういう時のこの子はマイナスに考えてばかりだから…
『私は命を救われたのよ』
気付いて欲しかったな‥
ねぇ、ケイト、私はケイトがいなかったら今頃ネオ・ヴェネツィアの水になってたのよ?
『助けてくれてありがとう‥』
水から人一人引き上げるのは大変だっただろう。
水分を含んだ服を着た私は酷く重かっただろう。
そんな私を担いで走るのはさぞきつかっただろう。
ねぇ、気付いて…
『ケイトが居てくれて良かった』
クロアはケイトの手を離すと、再び窓から夕日に染まるネオ・ヴェネツィアを眺めた。
『今日御予約の御客様には御迷惑を掛けてしまったわね』
『あ…今日偶然休みだった晃さんが入ってくれました』
『晃が‥?』
『お断りの電話を入れようとしたら晃さんが“この晃様が行ってやろう”って‥ハヤト社長は晃さんの
『晃がね‥』
と小さく笑ったクロアは、ドクターに言って持ってきて貰っておいた小さな電話を手に取った。
『御客様に御詫びの電話をいれるから静かにな、ケイト』
『はい…あの、明日からはどうしますか?』
『勿論、いつも通り』
『仕事する気ですか?!駄目ですよ‥!!』
『ドクターから許可は頂いている。来月から仕事を少し減らす事にするよ』
ケイトの不安そうな顔に心が締め付けられた。
私はいつも心配を掛けてばっかりだ。
『……飛び込み客はとっちゃ駄目ですよ』
“はいはい”と返しながら番号を押したクロアは、受話器を耳に当てるとケイトに向かって微笑んだ。
『…急な御電話申し訳御座いません、
電話が通じたと同時にそう口にすると、続いて御客様の話に応える。
そんな事を五回程繰り返すと、馴染みの番号に電話を掛けた。
《やぁ、クロンティア》
電話越しに響いた聞き慣れた声に、クロアは困った様に微笑した。
『…何故私だと?』
《この番号は君専用なんだよ》
『そうだったんですか‥』
私専用の番号…そんなものまで作っていてくれたとは知らなかった。
《倒れたんだって?》
『相変わらず…貴方は耳が早いですね』
《仕事柄、情報の早さは付き物さ》
『そうでしたね』
ロードの命を狙う者は山の様にいる。
しかしそれも仕方無いと言えば仕方無い事の様に思えた。ロードの強引さと手腕さがそれを招いているのは明らかだったからだ。
『ロード、今夜の御予約なんですが』
「キャンセルにはしないよ」
受話器から聞こえていた声が急に直接聞こえ、クロアが慌てて入り口を見ると、そこには黒いシャツに黒いスーツ、そして黒いハットを被ったロードがケータイを耳に当てた状態で立っていた。
ニッコリと笑ったロードを呆然と見ていたケイトは、慌ててロードに駆け寄った。
『ど‥どうしていらっしゃるんですか!』
「クロンティアが倒れたと聞いたからね」
『ッ、だったら‥』
『ケイト』
そう名前を呼んでケイトを止めたクロアは、微笑むとベッド脇の椅子をロードに進める。
ロードはケータイをしまいながら歩み寄り、ハットを取ると椅子に腰を降ろした。
『こんな格好で済みません』
「構わないよ」
そう言ったロードの手がそっと私の手を包み込んだ。
ロードの大きな手は私の手と同様に冷たいが、何だか落ち着けて心地好い。
『ロード、病院で携帯電話はいけませんよ』
「おや、気付いたか」
“驚いて忘れてると思ったが”と言うロードに、クロアは小さく笑った。
部屋の隅に立っていたケイトは、それを見るとそっと目を閉じた。
「具合はどうなんだね?」
『明日退院します。営業に差し支えない様に朝出ようかと』
「…明日退院しても良い様な状態なんだね?」
『はい、ロード』
「それは真実なんだな?」
『はい‥ロード』
“嘘は許さない”そう言うロードが、私の身を案じているからそう言っているのはちゃんと分かっていた。
有り難い事だった‥嬉しい事だった。
だから何も断る事が出来ず、唯ロードが差し出す見舞いの品を受け入れた。そして受け入れながら思った。
あの日の“約束”が護られる日は近いかもしれない。
破る事の出来無い‥
あの約束を果たす日が——…
『そんな隅でどうしたの?』
散歩の代わりだと言って長い時間クロアと話をしていたロードが帰り静かになった部屋に、そうクロアの声が響いた。
部屋の隅に立って目を閉じていたケイトは、そっと目を開けるとゆっくりクロアに向かって歩き出した。
『クロアさん…』
『何、ケイト‥?今日は機嫌が悪いのね…ロードに挨拶もしなかったし』
『クロアさん』
一歩一歩踏み出す足が、何故か酷く重く感じられた。
鉛でも入ったかの様にずっしりと‥
『僕…あの人が嫌いです』
『ケイト…』
フラフラと歩いて行ったケイトは、ベッド脇の椅子へと腰を降ろした。
『クロアさん、僕…今日いけない事を考えました。明日退院だって聞いた時…酷く安心したのと同時に‥』
どうしよう‥どうしよう…
クロアさんの顔が見れない‥
『“今日はクロアさんとずっと一緒に居られる”』
長い長い予約の列を待ち続けて‥
やっとクロアさんの
『でもあの人が来てしまった。あの人の前では僕の時間は消えてしまいます』
あの人は僕が嫌いだから僕を極力無視する。
僕もあの人が嫌いだから極力一緒に居たくない……でも僕が居なくなったらクロアさんが危ない。
あぁ、何て気持ち悪い‥
あぁ、何て‥
何て僕は醜いんだろう…‥
『あの人はきっと気付いてる』
『ロードが…』
だから尚、僕を避けるんだ。
だから…
出来る限り僕を監視するんだ。
そうやって…
あの人はいつだって——…
大切な時間を奪って行くんだ。
.