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13
「やぁ、久しぶりクロンティア」
昼間の白い制服とは打って変わって漆黒の制服に身を包んだクロアは、手にしていた制服の一部である帽子を被ると微かに微笑んだ。
『お久しぶりです』
「宜しく頼むよ」
月明かりが映し出した桟橋をヒールの音も立てずに歩いたクロアは、飾り気の無い舟 に乗ると杭に左手をかけ、空いた右手を差し出した。
闇夜の中、舟 の脇に立ったケイトの手に持たれたランプだけが怪しく光っていた。
『さあ、御手を』
=闇に沈む舟=
クロアさんの夜の仕事に付き添うのはもうこれで何度目だろうか…
差し出されたクロアさんの手を取って舟 に乗り込む客は、常連の中では特に美丈夫の紳士だった。
『ケイト』
『はい、クロアさん』
そう返事をして舟 に乗り込んだケイトは、フッと息を吐いてランプの火を消した。
「やぁ、君も久しぶりだねぇ」
『お久しぶりです』
“ケイトちゃんだっけ?”と僕に聞く彼には名前をちゃんと覚える気など無いのだろう。
何度同じ事を言われた事か…
『ケイト』
そうケイトを呼んだクロアは、眼帯を取るとケイトに手渡し、襟元の布を目の下まで引っ張り上げた。
ケイトは眼帯を受け取ると、同じ様に目の下まで布を引っ張り上げる。
「宜しく頼むよ、クロンティア」
『はい…ロード』
そう応えたクロアは、閉じていた右目を開くとオールを手に取り舟 を発進させた。
ネオ・ヴェネツィアの夜の静寂の中を静かに進むクロアさんの舟 には何の無駄も無かった。
クロアさんの動き全てに理由がある。
「私が来るのは二ヶ月ぶりだったな」
『そうですね‥どんなに忙しい時でも仕事以外で月に一度はいらっしゃるロードが来ないので何かあったのかと思いましたよ』
「色々あってな」
“来たくても来れなかった”と言って微かに笑った男、ロードは颯 一の御得意様だった。
昼に来る事もあったが、昼に来る時は決まって仕事で颯 を利用していて、彼の予約の殆どは夜の予約だった。
夜の常連達は仕事の取引をする際に“夜の方が安全だ”といって颯 を利用する…命を狙われる様な客達だ。勿論、彼も‥
だが彼は知っていたのだ。
夜の方が危険だと…
だから彼は万一の時の為に、時間に制限のある仕事絡みの用事を昼に済ませ、夜にこうして“散歩”をする。仕事には差し支えが無い様に。
「最近、営業の方はどうなんだクロンティア」
『順調ですよ。昔と違って観光客も安定しましたから』
「裏はどうだね」
『…順調です』
「まぁ、この子が舟 に乗っているのだから順調なのだろうね」
“跡取りなのだろう”と言う彼の言葉に、クロアさんの困った様な笑い声が微かに聞こえた。
『そうならない事を祈ります』
『ッ、クロアさ‥』
「跡取りに値しないと」
『……』
ロードが声を押し殺して楽しそうに…そして馬鹿にした様に笑いながらそう言い、ケイトは唇を噛んで下を向いた。
瞬間、小さく“いいえ”とクロアさんの声が耳に届いた。
『ケイトには水先案内人 でいてほしいです』
「水先案内人 で…ねぇ」
クロアさんの“はい”と言う声を聞いた瞬間、何だか涙が溢れそうになった。
優しいクロアさんの事だから、僕の身を案じてくれてる筈だ。自分は危ない事ばかりしているのに…‥自分は…自分は‥
『クロアさん、僕は‥』
『ケイト!!』
ケイトの言葉を遮って叫んだクロアの声に反応して、ケイトはロードの頭を押さえて伏せた。
瞬間“キンッ”と金属音が響き、少し顔を上げてみれば、クロアさんの手にしていたオールが僕達を庇う様に構えられていた。
狙撃…どこから‥
「やれやれ、助手君は乱暴だね」
『起きちゃ駄目ですよ!』
伏せた体を戻すロードを慌ててケイトが戻そうとするが、ロードはそれを綺麗に避けた。
「クロンティア、可憐なんだが‥何だか色っぽさが欲しいねぇ」
『ロードさん、何言って‥』
「そうだ、制服を代えよう。またうちのデザイナーに作らせるよ」
少し黙っててくれないかな‥この人、全然人の話を聞こうとしない。
『ロード、スピードを上げます。舌を噛まぬ様に』
「はいはい、分かったよ」
僕の話は全然聞かないのに、クロアさんの言葉を素直に受け入れるこの男に若干の苛立ちを覚えた。
クロアさんが全力で漕ぐ舟 のスピードは尋常では無い。
細い水路が入り組むネオ・ヴェネツィアでこのスピード保てるのは、クロアさんに天賦の才と謳われる技術があるからだ。
しかしそんなクロアさんの舟 を追い掛ける様に、静かな夜のネオ・ヴェネツィアにバイクの音が響き渡った。
「おや、どうしても私を殺したいみたいだね」
『何したんですか、ロードさん』
男が楽しそうに笑う中、クロアさんは舟 を漕ぎながら、飛んでくる銃弾をオールで弾き返し続ける。
そんなクロアを見ながら、ケイトはロードの肩に手を添えた。
『もう…クロアさんが怪我して仕事辞めちゃったらどうするんです?』
「それは無いね」
『言い切りますか‥』
「私はクロンティアの腕を信じてる」
確かにクロアさんの腕は一流だが、もしもって事も‥
“それに”と口にしたロードは、ケイトと目が合うとニッコリと微笑んだ。
「それにクロンティアが仕事を辞める時は、私に所に嫁ぐ時だ」
『嫁‥ぐ…?』
「クロンティアは私を“ロード”と呼ぶ。よもや私の本名がロードだとは思って無いだろう?」
夜の客は、他人に命を狙われる危険な客ばかり…その客達にはそれぞれ呼び名があり、本来の名はクロアしか知らなかった。
「そう言えば助手君‥」
『何ですか、ロードさん』
「ずっと気になってたんだが‥何故、君は私をロードと呼ぶ?」
名前を知らないんだからこう呼ぶしか‥
『それは…』
「私は君の主 になった覚えは無いよ」
近付けられたロードの冷たい目に、ケイトは思わずぴたりと動きを止めた。
姉さんの目と似てる…
「それとも嫁ぐ気かい?」
先程とは打って変わって楽しそうに笑ったロードは、そう口にすると“困るよ”とケイトの頭を帽子の上から乱雑に撫でた。
頼まれても嫁ぎたく無いし。
『ケイト』
『はい、クロアさん』
舟 を漕ぎながら銃弾を弾き返すという作業を続けていた筈のクロアからの声に、ケイトは慌ててそう返事をした。
クロアを見れば、クロアは不思議そうにケイトとロードを見ていた。
辺りにはもうバイクの音が響いていない。
『あれ‥?』
クロアは持っていたオールを水に漬けると、ケイトのずれた帽子を直した。
『しつこいから弾き返しておいた…掠っただけだから重傷ではない。後で警邏隊に知らせておこう』
そう言ったクロアは、今度は姿勢を正すとロードに向き合った。
『ロード、御無事ですか?』
「勿論だよ、クロンティア」
ロードはクロアの手を取ると、そっと指先にキスを落とした。
「さぁ、帰ろうか‥君の身体に響いてしまっては大変だ」
『はい、ロード』
優しく笑い合う二人は‥両想いなんだろうか?
分からない…分からないけど‥
月明かりの中笑い合う二人が、絵画の様に美しかったのは‥
変えられない事実だった——…
.
「やぁ、久しぶりクロンティア」
昼間の白い制服とは打って変わって漆黒の制服に身を包んだクロアは、手にしていた制服の一部である帽子を被ると微かに微笑んだ。
『お久しぶりです』
「宜しく頼むよ」
月明かりが映し出した桟橋をヒールの音も立てずに歩いたクロアは、飾り気の無い
闇夜の中、
『さあ、御手を』
=闇に沈む舟=
クロアさんの夜の仕事に付き添うのはもうこれで何度目だろうか…
差し出されたクロアさんの手を取って
『ケイト』
『はい、クロアさん』
そう返事をして
「やぁ、君も久しぶりだねぇ」
『お久しぶりです』
“ケイトちゃんだっけ?”と僕に聞く彼には名前をちゃんと覚える気など無いのだろう。
何度同じ事を言われた事か…
『ケイト』
そうケイトを呼んだクロアは、眼帯を取るとケイトに手渡し、襟元の布を目の下まで引っ張り上げた。
ケイトは眼帯を受け取ると、同じ様に目の下まで布を引っ張り上げる。
「宜しく頼むよ、クロンティア」
『はい…ロード』
そう応えたクロアは、閉じていた右目を開くとオールを手に取り
ネオ・ヴェネツィアの夜の静寂の中を静かに進むクロアさんの
クロアさんの動き全てに理由がある。
「私が来るのは二ヶ月ぶりだったな」
『そうですね‥どんなに忙しい時でも仕事以外で月に一度はいらっしゃるロードが来ないので何かあったのかと思いましたよ』
「色々あってな」
“来たくても来れなかった”と言って微かに笑った男、ロードは
昼に来る事もあったが、昼に来る時は決まって仕事で
夜の常連達は仕事の取引をする際に“夜の方が安全だ”といって
だが彼は知っていたのだ。
夜の方が危険だと…
だから彼は万一の時の為に、時間に制限のある仕事絡みの用事を昼に済ませ、夜にこうして“散歩”をする。仕事には差し支えが無い様に。
「最近、営業の方はどうなんだクロンティア」
『順調ですよ。昔と違って観光客も安定しましたから』
「裏はどうだね」
『…順調です』
「まぁ、この子が
“跡取りなのだろう”と言う彼の言葉に、クロアさんの困った様な笑い声が微かに聞こえた。
『そうならない事を祈ります』
『ッ、クロアさ‥』
「跡取りに値しないと」
『……』
ロードが声を押し殺して楽しそうに…そして馬鹿にした様に笑いながらそう言い、ケイトは唇を噛んで下を向いた。
瞬間、小さく“いいえ”とクロアさんの声が耳に届いた。
『ケイトには
「
クロアさんの“はい”と言う声を聞いた瞬間、何だか涙が溢れそうになった。
優しいクロアさんの事だから、僕の身を案じてくれてる筈だ。自分は危ない事ばかりしているのに…‥自分は…自分は‥
『クロアさん、僕は‥』
『ケイト!!』
ケイトの言葉を遮って叫んだクロアの声に反応して、ケイトはロードの頭を押さえて伏せた。
瞬間“キンッ”と金属音が響き、少し顔を上げてみれば、クロアさんの手にしていたオールが僕達を庇う様に構えられていた。
狙撃…どこから‥
「やれやれ、助手君は乱暴だね」
『起きちゃ駄目ですよ!』
伏せた体を戻すロードを慌ててケイトが戻そうとするが、ロードはそれを綺麗に避けた。
「クロンティア、可憐なんだが‥何だか色っぽさが欲しいねぇ」
『ロードさん、何言って‥』
「そうだ、制服を代えよう。またうちのデザイナーに作らせるよ」
少し黙っててくれないかな‥この人、全然人の話を聞こうとしない。
『ロード、スピードを上げます。舌を噛まぬ様に』
「はいはい、分かったよ」
僕の話は全然聞かないのに、クロアさんの言葉を素直に受け入れるこの男に若干の苛立ちを覚えた。
クロアさんが全力で漕ぐ
細い水路が入り組むネオ・ヴェネツィアでこのスピード保てるのは、クロアさんに天賦の才と謳われる技術があるからだ。
しかしそんなクロアさんの
「おや、どうしても私を殺したいみたいだね」
『何したんですか、ロードさん』
男が楽しそうに笑う中、クロアさんは
そんなクロアを見ながら、ケイトはロードの肩に手を添えた。
『もう…クロアさんが怪我して仕事辞めちゃったらどうするんです?』
「それは無いね」
『言い切りますか‥』
「私はクロンティアの腕を信じてる」
確かにクロアさんの腕は一流だが、もしもって事も‥
“それに”と口にしたロードは、ケイトと目が合うとニッコリと微笑んだ。
「それにクロンティアが仕事を辞める時は、私に所に嫁ぐ時だ」
『嫁‥ぐ…?』
「クロンティアは私を“ロード”と呼ぶ。よもや私の本名がロードだとは思って無いだろう?」
夜の客は、他人に命を狙われる危険な客ばかり…その客達にはそれぞれ呼び名があり、本来の名はクロアしか知らなかった。
「そう言えば助手君‥」
『何ですか、ロードさん』
「ずっと気になってたんだが‥何故、君は私をロードと呼ぶ?」
名前を知らないんだからこう呼ぶしか‥
『それは…』
「私は君の
近付けられたロードの冷たい目に、ケイトは思わずぴたりと動きを止めた。
姉さんの目と似てる…
「それとも嫁ぐ気かい?」
先程とは打って変わって楽しそうに笑ったロードは、そう口にすると“困るよ”とケイトの頭を帽子の上から乱雑に撫でた。
頼まれても嫁ぎたく無いし。
『ケイト』
『はい、クロアさん』
クロアを見れば、クロアは不思議そうにケイトとロードを見ていた。
辺りにはもうバイクの音が響いていない。
『あれ‥?』
クロアは持っていたオールを水に漬けると、ケイトのずれた帽子を直した。
『しつこいから弾き返しておいた…掠っただけだから重傷ではない。後で警邏隊に知らせておこう』
そう言ったクロアは、今度は姿勢を正すとロードに向き合った。
『ロード、御無事ですか?』
「勿論だよ、クロンティア」
ロードはクロアの手を取ると、そっと指先にキスを落とした。
「さぁ、帰ろうか‥君の身体に響いてしまっては大変だ」
『はい、ロード』
優しく笑い合う二人は‥両想いなんだろうか?
分からない…分からないけど‥
月明かりの中笑い合う二人が、絵画の様に美しかったのは‥
変えられない事実だった——…
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