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11
『あ゙ぁ——…もう‥』
不機嫌です。と書いてあるかの様な顔をしたケイトは、そう唸りながらやっとの思いで辿り着いた座席に身を沈めた。
=薔薇の姫君=
今回地球に来た理由は、クロアさんに“注文した物を取ってきてほしい”とおつかいを言い渡されたからだった。昔からオールの製作を頼んでいるおじいさんが、地球 に住む娘夫婦と暮らす事になったらしい。
“新しいオールを注文したんだが、大事な物なので取ってきてくれ”と僕に言ったクロアさんは“おばあさんの墓参りにも行ってきなさい”とも言った。
気を使わせてしまったんだろうか‥
ばっちゃんの墓で姉さんと会ってしまったのは誤算だったが、無事おじいさんの家についた僕は、おじいさんの言葉に自分の耳を疑った。
「あはは、まだ出来て無いんだよね」
『で…出来て無い?』
「仕上げが終わってないんだ」
『え…』
呑気にお茶をしながらそう話すおじいさんに軽く殺意が芽生えた。
そんなこんなでおじいさんの家で三日も待たされ、やっと帰れると思ったら今度は悪天候で宇宙船が発進出来無いからと、更に数日足留めをくらってしまった。
とことんついてない。
結局火星 に着いたのは、オールを取りに火星 を立った日の一週間後になってしまった。
『あ゙ぁ——…‥やっと帰って来れたぁ‥』
火星 に降り立ったケイトは、そう呟くとオールを抱き抱えて髪を結んでいたヘアゴムを取った。
ふぅ、と短い溜め息を吐くと、右手にオールを‥地に置いてあった小さな旅行鞄とお土産を左手に持つ。
『では社長、帰りましょう』
「ニウ」
ケイトの言葉と共に、ケイトの肩に飛び乗ったハヤト社長が気持ちよさそうに一声鳴いた。
やっと…
やっと帰れる…‥
やっとクロアさんに‥
『ケイト』
聞き覚えのある声だった。
いや…聞き覚えがあるどころか、自分の一番大好きな声だった。
『クロア‥さん』
そう言って声のした方を見れば、やっぱりクロアさんが少し離れた所に立っていた。
『おかえり、ケイト』
『ッ、クロアさ‥ブッ!』
一週間ぶりのクロアさんが迎えに来てくれたのに感極まって抱き付こうと駆け出したら、社長に顔面を蹴られた。
僕の顔をロイター板の様に踏み台にした社長は、クロアさんの胸に飛び込む様に着地した。
『…何するんですか、社長』
「二~」
僕に構わずクロアさんに甘える社長は、ちょっと憎ったらしい。
姉さんに叩かれて腫れてしまった頬を舐めてくれた社長はどこにいってしまったんだろうか…
『ケイト…』
『‥はい』
『大丈夫?』
『大丈夫です』
クロアさん‥少し笑いを堪えてる。
笑ってもいいのに‥
笑ってくれたらいいのに‥
笑ってくれたら…
嬉しいのに…‥
クロアは一度小さく咳払いをすると、左手をケイトに差し出した。
『颯 に帰る前に寄り道するわ』
『どこにですか?』
クロアの差し出した手はケイトの荷物に伸ばされたが、ケイトはそれを避けると、ゆっくりと歩き出した。
『…片方持つわ』
『駄目ですよ、クロアさん』
“クロアさんは社長をお願いします”と言うと、クロアさんは困った様に眉を寄せた。
そんな顔をされてはこっちが困ってしまう。
『寄り道…どこにですか?』
『晃が“皆でバーベキューするから集合”って』
皆で…か。クロアさんが参加って事は、晃さんきっと皆にクロアさんの休みに合わせて休みを取らせたんだな‥
『楽しみですね』
『そうね‥』
瞬間、クロアさんが少し悲しそうな顔をした理由を僕は知っていた。
全てを知っているとは言わないが…少しであれど僕は知っていた。
「に~く、それ。に~く、こりゃ。に~く、どっこい」
バーベキューは晃さんの謎の肉コールで始まった。素早く焼けた肉を取って食べまくる晃さんに、藍華とアリスがついていってる。
「ほ‥ほへ~…」
『灯里、お肉無くなるよ』
「はひっ」
慌ててお皿とフォークを片手に肉争奪戦に参加した灯里を追い掛ける様に、二枚のお皿を片手に争奪戦へと参加したケイトは、晃に気付かれない様にこっそりと端で肉と少量の野菜を焼くと、近くの階段に座っていたクロアに駆け寄り、皿を差し出した。
『ありがとう、ケイト』
『いえ‥クロアさん、ほっといたら全然食べなそうなんで』
クロアさんの隣に座ると早速お肉を口にする。ん、美味しい。
『ケイト‥』
『はい?』
『これ‥量が少し多いわ』
『お肉多めにしときました。クロアさん食べなすぎですから』
“全部食べて下さいね”と言うと、クロアさんは困った様に笑った。
隣で静かに食べ出すクロアさんは、ゆっくりだったが確実に皿の中のものを食べ進めてくれた。
『そういえばクロアさん、さっきはお皿も持たずに何を見てたんですか?』
『晃と藍華の髪』
『髪‥ですか?』
小さく頷いたクロアは、フォークでピーマンをさしながら続けた。
『長い黒髪、凄く綺麗』
皆の方を見ると、晃さんの長い黒髪が風に揺れて微かに靡いていた。
いつもは三つ編みをしている藍華の髪も今日はおろされていて、晃さんの髪の様に日の光を受けて輝いている。確かに綺麗だった。
でもアリシアさん達も綺麗だ‥
『黒髪好きなんですか?』
『好きって言うか…二人を見てふと思ったんだ』
姫屋の二人からクロアさんに顔を向けた瞬間、僕は目を奪われた。
『赤の女王達には‥漆黒の髪が良く栄えて綺麗だ』
『クロアさん‥?』
理由は良く分からないが、どこか直ぐに消えてしまいそうなクロアさんの姿に、僕は思わず表情を歪めた。
『何て顔をしてるの』
クロアさんは困った様に…そして少し可笑しそうに笑った。でも、僕は笑えない。
『だ…だって』
『ケイト‥?』
だって…だってクロアさんが居なくなってしまったら僕は‥
『‥ケイト』
『ッ…』
瞬間、ケイトは戒める様にクロアの腕を掴んだ。
『クロアさ』
「おい、藍華!!」
そうケイトの言葉を遮る様に晃の叫び声が響き、クロアとケイトはそちらを見た。
瞬間、二人は目を見開いた。
藍華の髪が燃えているのだ。
直ぐに晃さんがテーブルクロスを藍華に被せて火を消したが、正直テーブルクロスの中を見るのが怖い。
少しすると、藍華の手により被さっていたテーブルクロスがゆっくりと取られた。
藍華の髪が見えた瞬間、静かな辺りは更に静まり返った。
「あははは…やっちゃいましたね、こりゃ」
縮れた髪を触りながら藍華は“片アフロ”とふざける様に、そう口にした。
「えっと‥私、帰りますね!このままじゃみっともないし…あ、皆さんは続けて下さいね」
藍華が無理をしてるのが良く分かった。
誤魔化しても分かる‥
「特にクロアさん!細いんだからもっと食べなきゃ駄目ですよ!」
藍華はテーブルクロスを被ると“では”と言って駆けて行ってしまった。
直ぐにヒメ社長が後を追い掛け、それに続く様に灯里、アリス、アリア社長も藍華を追い掛けて行ってしまった。
僕も藍華を追いたかったが、出来無かった‥
今のクロアさんを置いて行くなんて、僕には出来無かった。
「はいはーい、あんたらは行かんでよろしっ」
ケイトを一瞥して駆け出そうとしたアリシアとアテナの制服の裾を掴んだ晃は、そう言うと掴んでいた制服を離してフォークで肉をさした。
「でも‥」
「シャーラップ!藍華の精一杯の厚意を無駄にする気か?」
『ケイト、行っておいで』
そうクロアの声が響き、ケイトはクロアを振りかえった。
『得意でしょ?』
“あれ”と言ってクロアさんは、クロアさんの腕を掴んだ僕の手をあいている手で優しく包んだ。
それと同時に駆け寄ってきたハヤト社長が、クロアさんの肩に飛び乗って、僕を見据えた。
「ニゥゥ」
『行っておいで、ケイト』
どういう言葉で表したら良いか分からない。
何とも言えない‥怖い表情をしたケイトが、クロアさんの腕を掴んでるのがふと視界に入って、思わず見入った。
だから‥
「おい、藍華!!」
そう晃さんに声を掛けられても自分の髪が燃えてる事に気付かなかった。
「ケイト…どうしたんだろ‥」
自室のベッドに座り込んだ藍華はそう小さく呟くと、灯里達に長さを整えてもらった‥セミロングになった髪に指を絡ませた。
髪が短くなってしまった事は、さっき来た晃さんのお陰で吹っ切れた。
今はケイトとクロアさんの事が気になって仕方無い。二人は…‥
『藍華』
頭の中に浮かべていた二人の内、一人の声がいきなり響いて驚いた藍華は、背筋をピンと伸ばすと、部屋の入り口を振り返った。
入り口には紙袋を片手にしたケイトが立っていた。
「ケイト…」
『なかなか良いのが見付かんなくて』
ケイトは“遅くなっちゃった”と続けると、困った様に笑った。
さっき見た怖いケイトとは全然違い、いつものケイトだった。
『これ借りるね、藍華』
机の上に置いてあった鋏を手に取ったケイトは、藍華の後ろへと座り込むと、藍華の肩に両手を置いた。
『僕に任せてみない?』
「‥は?」
『僕、こういうの得意なんだ』
『仕事と買い物以外でクロアさんが二日連続で外に出てるのなんて、僕初めて見ましたよ』
昨日と同じ光景を前に、昨日と同じ階段に座ったケイトはそう漏らした。
そもそもクロアの休みが二日連続で続いていたのも奇跡だった。
『晃にどうしてもと言われたからな』
“晃は言い出したら聞かない”と言うクロアを見たケイトは、クロアに気付かれない様に小さく笑った。
「あの~、晃さん‥これは一体?」
ふとバーベキューセットを見ていた灯里がそう口にした。アリスも不思議そうにバーベキューセットを見つめている。
「私は頼まれて皆を呼んだだけだ。詳しい事は再召集かけた当人に聞け」
「昨日は私の所為で盛り下がっちゃったでしょ」
こういうのは恥ずかしくて苦手だ。でも事の原因が私なのだから仕方無い。
「お肉もまだまだ余ってるし、一つ仕切り直しとゆーことで‥」
手にしたバーベキューの食材がのった大皿に少しだけ余分に力が入った。
「今日一日お付き合い下さい!」
静まり返った空気と皆の視線が何だか痛い。
皆…私の髪どう思ってるんだろう?
ケイトは似合うって言ってくれたけど‥
「ぁ‥あぁ——…」
あぁ、って何よ?
「藍華ちゃん素敵んぐ——!!」
「はいそこ、恥ずかしいセリフ禁止!」
顔が赤くなるのを抑えようと、何とか冷静を保とうとしていると、ふとケイトとクロアさんが目に入った。
ケイトがこっちを見て嬉しそうに笑っていて、クロアさんはそんなケイトを見て楽しそうに微笑んでいた。
『どう、藍華?』
「…あんた何でこんなに綺麗に出来るの」
鏡を見ながらショート丈まで短くなった自分の髪に触れた藍華は、そう呟いた。
小さく笑ったケイトは、切った髪をゴミ箱に捨て、鋏を机へ片した。
『手先が器用らしいよ』
「らしいよ‥って、あんた」
『クロアさんの髪も僕が切ってるんだよ』
「へ、へぇ…‥」
あのクロアさんの髪を‥上手いの納得出来たわ。何だか美容院行かずに済んでラッキーかも。
「まさかケイトに髪を切って貰う日が来るとはね」
『僕もまさかクロアさん以外の髪を切る日が来るとは思わなかったよ…クロアさん以外の髪は切った事無かったし、切る自信も無いから誰の髪も切る気無かったし』
美容院行くとかの前に、切って貰えてラッキーだったかも。って…あれ?
「じゃあ何で‥」
『クロアさんが“行っておいで”って』
「クロアさんが‥?」
『“こういうの得意でしょ、行っておいで”って』
クロアさんが…
『そういえば‥』
「え?」
『クロアさんが藍華の黒髪綺麗ねって褒めてたよ』
「クロアさんが?」
そう聞き返す藍華を見たケイトは“うん”と楽しそうに笑った。
「クロアさんが‥」
『晃さんと藍華は赤の女王だから漆黒の髪が良く栄えるって』
「じょ、女王?!」
『姫屋のカラーが赤だからかな?晃さんの通り名の所為かもなぁ…違う理由があるかもしれないから今度クロアさんに聞いてみる』
“そしたら教えるね”と楽しそうに笑ったケイトは、持ってきた紙袋を開けると藍華の正面に座り、その髪にそっと触れた。
『うん、似合う』
「へ…?」
『さぁ、お姫様‥』
「お、お姫様?!」
『プリマになったら女王ね』
「か…間接的に半人前って言われた」
“昇格、昇格!”と言って笑うケイトには悪気は全然無い様だった。
“全く‥”と呟く藍華を見て真剣な表情になったケイトは、真っ直ぐに藍華を見据えた。
『愛花なら姫屋を引っ張れる。女王になれるよ』
「女王…」
『それにほら、見て藍華』
そう言ってケイトは、鏡を愛花に向けると嬉しそうに笑った。
『薔薇の姫だ』
『可愛いな』
『探しまくっちゃいましたよ』
藍華の髪に光る薔薇がモチーフのアンティーク風のヘアピンは、昨日藍華に会いに行く前に買った物だった。
『藍華に似合ってる』
『ですよね、ですよね~』
折角町中を藍華に似合うヘアピン探して走り回ったんだから、似合ってもらわなきゃ困る。
『藍華姫様にはやっぱり薔薇が似合いますね』
“そうだな‥”と呟いたクロアは微かに笑い声を漏らすと、楽しそうに微笑んだ。
『可愛らしい姫君だ』
『はい!』
藍華は強がりで‥でも泣き虫で可愛い。
でも…でもね、クロアさん‥
『藍華は立派な…人望ある女王になれます』
『そうね‥楽しみね』
またそうやって貴女は今にも消えてしまいそうに…
何で…何でそんな‥
『クロアさ‥』
「クロアさん!」
『藍‥』
「どうぞ!」
唐突にやって来てケイトの声を遮ってそう言った藍華は、肉が山盛りの小皿をクロアに突き付けた。
『うわぁ~…』
『こ…この量はちょっと』
「クロアさん細過ぎるんで今日も沢山食べて下さい!!」
『は…はい‥』
何だろう…何だかこれ‥
凄く…凄く…‥
『プ、ク…』
「プク?」
『ケイト?』
『あはははははは!!ク…ククク‥く、苦しいぃ‥』
藍華の勢いに圧されるクロアさんが新鮮で‥
見た事ないクロアさんが面白くて‥
愛おしくて…‥
『クロアさん、最高!!』
クロアさん、貴女が認めた姫君は‥
大輪の薔薇を‥
必ず咲かせますよね——…‥
.
『あ゙ぁ——…もう‥』
不機嫌です。と書いてあるかの様な顔をしたケイトは、そう唸りながらやっとの思いで辿り着いた座席に身を沈めた。
=薔薇の姫君=
今回地球に来た理由は、クロアさんに“注文した物を取ってきてほしい”とおつかいを言い渡されたからだった。昔からオールの製作を頼んでいるおじいさんが、
“新しいオールを注文したんだが、大事な物なので取ってきてくれ”と僕に言ったクロアさんは“おばあさんの墓参りにも行ってきなさい”とも言った。
気を使わせてしまったんだろうか‥
ばっちゃんの墓で姉さんと会ってしまったのは誤算だったが、無事おじいさんの家についた僕は、おじいさんの言葉に自分の耳を疑った。
「あはは、まだ出来て無いんだよね」
『で…出来て無い?』
「仕上げが終わってないんだ」
『え…』
呑気にお茶をしながらそう話すおじいさんに軽く殺意が芽生えた。
そんなこんなでおじいさんの家で三日も待たされ、やっと帰れると思ったら今度は悪天候で宇宙船が発進出来無いからと、更に数日足留めをくらってしまった。
とことんついてない。
結局
『あ゙ぁ——…‥やっと帰って来れたぁ‥』
ふぅ、と短い溜め息を吐くと、右手にオールを‥地に置いてあった小さな旅行鞄とお土産を左手に持つ。
『では社長、帰りましょう』
「ニウ」
ケイトの言葉と共に、ケイトの肩に飛び乗ったハヤト社長が気持ちよさそうに一声鳴いた。
やっと…
やっと帰れる…‥
やっとクロアさんに‥
『ケイト』
聞き覚えのある声だった。
いや…聞き覚えがあるどころか、自分の一番大好きな声だった。
『クロア‥さん』
そう言って声のした方を見れば、やっぱりクロアさんが少し離れた所に立っていた。
『おかえり、ケイト』
『ッ、クロアさ‥ブッ!』
一週間ぶりのクロアさんが迎えに来てくれたのに感極まって抱き付こうと駆け出したら、社長に顔面を蹴られた。
僕の顔をロイター板の様に踏み台にした社長は、クロアさんの胸に飛び込む様に着地した。
『…何するんですか、社長』
「二~」
僕に構わずクロアさんに甘える社長は、ちょっと憎ったらしい。
姉さんに叩かれて腫れてしまった頬を舐めてくれた社長はどこにいってしまったんだろうか…
『ケイト…』
『‥はい』
『大丈夫?』
『大丈夫です』
クロアさん‥少し笑いを堪えてる。
笑ってもいいのに‥
笑ってくれたらいいのに‥
笑ってくれたら…
嬉しいのに…‥
クロアは一度小さく咳払いをすると、左手をケイトに差し出した。
『
『どこにですか?』
クロアの差し出した手はケイトの荷物に伸ばされたが、ケイトはそれを避けると、ゆっくりと歩き出した。
『…片方持つわ』
『駄目ですよ、クロアさん』
“クロアさんは社長をお願いします”と言うと、クロアさんは困った様に眉を寄せた。
そんな顔をされてはこっちが困ってしまう。
『寄り道…どこにですか?』
『晃が“皆でバーベキューするから集合”って』
皆で…か。クロアさんが参加って事は、晃さんきっと皆にクロアさんの休みに合わせて休みを取らせたんだな‥
『楽しみですね』
『そうね‥』
瞬間、クロアさんが少し悲しそうな顔をした理由を僕は知っていた。
全てを知っているとは言わないが…少しであれど僕は知っていた。
「に~く、それ。に~く、こりゃ。に~く、どっこい」
バーベキューは晃さんの謎の肉コールで始まった。素早く焼けた肉を取って食べまくる晃さんに、藍華とアリスがついていってる。
「ほ‥ほへ~…」
『灯里、お肉無くなるよ』
「はひっ」
慌ててお皿とフォークを片手に肉争奪戦に参加した灯里を追い掛ける様に、二枚のお皿を片手に争奪戦へと参加したケイトは、晃に気付かれない様にこっそりと端で肉と少量の野菜を焼くと、近くの階段に座っていたクロアに駆け寄り、皿を差し出した。
『ありがとう、ケイト』
『いえ‥クロアさん、ほっといたら全然食べなそうなんで』
クロアさんの隣に座ると早速お肉を口にする。ん、美味しい。
『ケイト‥』
『はい?』
『これ‥量が少し多いわ』
『お肉多めにしときました。クロアさん食べなすぎですから』
“全部食べて下さいね”と言うと、クロアさんは困った様に笑った。
隣で静かに食べ出すクロアさんは、ゆっくりだったが確実に皿の中のものを食べ進めてくれた。
『そういえばクロアさん、さっきはお皿も持たずに何を見てたんですか?』
『晃と藍華の髪』
『髪‥ですか?』
小さく頷いたクロアは、フォークでピーマンをさしながら続けた。
『長い黒髪、凄く綺麗』
皆の方を見ると、晃さんの長い黒髪が風に揺れて微かに靡いていた。
いつもは三つ編みをしている藍華の髪も今日はおろされていて、晃さんの髪の様に日の光を受けて輝いている。確かに綺麗だった。
でもアリシアさん達も綺麗だ‥
『黒髪好きなんですか?』
『好きって言うか…二人を見てふと思ったんだ』
姫屋の二人からクロアさんに顔を向けた瞬間、僕は目を奪われた。
『赤の女王達には‥漆黒の髪が良く栄えて綺麗だ』
『クロアさん‥?』
理由は良く分からないが、どこか直ぐに消えてしまいそうなクロアさんの姿に、僕は思わず表情を歪めた。
『何て顔をしてるの』
クロアさんは困った様に…そして少し可笑しそうに笑った。でも、僕は笑えない。
『だ…だって』
『ケイト‥?』
だって…だってクロアさんが居なくなってしまったら僕は‥
『‥ケイト』
『ッ…』
瞬間、ケイトは戒める様にクロアの腕を掴んだ。
『クロアさ』
「おい、藍華!!」
そうケイトの言葉を遮る様に晃の叫び声が響き、クロアとケイトはそちらを見た。
瞬間、二人は目を見開いた。
藍華の髪が燃えているのだ。
直ぐに晃さんがテーブルクロスを藍華に被せて火を消したが、正直テーブルクロスの中を見るのが怖い。
少しすると、藍華の手により被さっていたテーブルクロスがゆっくりと取られた。
藍華の髪が見えた瞬間、静かな辺りは更に静まり返った。
「あははは…やっちゃいましたね、こりゃ」
縮れた髪を触りながら藍華は“片アフロ”とふざける様に、そう口にした。
「えっと‥私、帰りますね!このままじゃみっともないし…あ、皆さんは続けて下さいね」
藍華が無理をしてるのが良く分かった。
誤魔化しても分かる‥
「特にクロアさん!細いんだからもっと食べなきゃ駄目ですよ!」
藍華はテーブルクロスを被ると“では”と言って駆けて行ってしまった。
直ぐにヒメ社長が後を追い掛け、それに続く様に灯里、アリス、アリア社長も藍華を追い掛けて行ってしまった。
僕も藍華を追いたかったが、出来無かった‥
今のクロアさんを置いて行くなんて、僕には出来無かった。
「はいはーい、あんたらは行かんでよろしっ」
ケイトを一瞥して駆け出そうとしたアリシアとアテナの制服の裾を掴んだ晃は、そう言うと掴んでいた制服を離してフォークで肉をさした。
「でも‥」
「シャーラップ!藍華の精一杯の厚意を無駄にする気か?」
『ケイト、行っておいで』
そうクロアの声が響き、ケイトはクロアを振りかえった。
『得意でしょ?』
“あれ”と言ってクロアさんは、クロアさんの腕を掴んだ僕の手をあいている手で優しく包んだ。
それと同時に駆け寄ってきたハヤト社長が、クロアさんの肩に飛び乗って、僕を見据えた。
「ニゥゥ」
『行っておいで、ケイト』
どういう言葉で表したら良いか分からない。
何とも言えない‥怖い表情をしたケイトが、クロアさんの腕を掴んでるのがふと視界に入って、思わず見入った。
だから‥
「おい、藍華!!」
そう晃さんに声を掛けられても自分の髪が燃えてる事に気付かなかった。
「ケイト…どうしたんだろ‥」
自室のベッドに座り込んだ藍華はそう小さく呟くと、灯里達に長さを整えてもらった‥セミロングになった髪に指を絡ませた。
髪が短くなってしまった事は、さっき来た晃さんのお陰で吹っ切れた。
今はケイトとクロアさんの事が気になって仕方無い。二人は…‥
『藍華』
頭の中に浮かべていた二人の内、一人の声がいきなり響いて驚いた藍華は、背筋をピンと伸ばすと、部屋の入り口を振り返った。
入り口には紙袋を片手にしたケイトが立っていた。
「ケイト…」
『なかなか良いのが見付かんなくて』
ケイトは“遅くなっちゃった”と続けると、困った様に笑った。
さっき見た怖いケイトとは全然違い、いつものケイトだった。
『これ借りるね、藍華』
机の上に置いてあった鋏を手に取ったケイトは、藍華の後ろへと座り込むと、藍華の肩に両手を置いた。
『僕に任せてみない?』
「‥は?」
『僕、こういうの得意なんだ』
『仕事と買い物以外でクロアさんが二日連続で外に出てるのなんて、僕初めて見ましたよ』
昨日と同じ光景を前に、昨日と同じ階段に座ったケイトはそう漏らした。
そもそもクロアの休みが二日連続で続いていたのも奇跡だった。
『晃にどうしてもと言われたからな』
“晃は言い出したら聞かない”と言うクロアを見たケイトは、クロアに気付かれない様に小さく笑った。
「あの~、晃さん‥これは一体?」
ふとバーベキューセットを見ていた灯里がそう口にした。アリスも不思議そうにバーベキューセットを見つめている。
「私は頼まれて皆を呼んだだけだ。詳しい事は再召集かけた当人に聞け」
「昨日は私の所為で盛り下がっちゃったでしょ」
こういうのは恥ずかしくて苦手だ。でも事の原因が私なのだから仕方無い。
「お肉もまだまだ余ってるし、一つ仕切り直しとゆーことで‥」
手にしたバーベキューの食材がのった大皿に少しだけ余分に力が入った。
「今日一日お付き合い下さい!」
静まり返った空気と皆の視線が何だか痛い。
皆…私の髪どう思ってるんだろう?
ケイトは似合うって言ってくれたけど‥
「ぁ‥あぁ——…」
あぁ、って何よ?
「藍華ちゃん素敵んぐ——!!」
「はいそこ、恥ずかしいセリフ禁止!」
顔が赤くなるのを抑えようと、何とか冷静を保とうとしていると、ふとケイトとクロアさんが目に入った。
ケイトがこっちを見て嬉しそうに笑っていて、クロアさんはそんなケイトを見て楽しそうに微笑んでいた。
『どう、藍華?』
「…あんた何でこんなに綺麗に出来るの」
鏡を見ながらショート丈まで短くなった自分の髪に触れた藍華は、そう呟いた。
小さく笑ったケイトは、切った髪をゴミ箱に捨て、鋏を机へ片した。
『手先が器用らしいよ』
「らしいよ‥って、あんた」
『クロアさんの髪も僕が切ってるんだよ』
「へ、へぇ…‥」
あのクロアさんの髪を‥上手いの納得出来たわ。何だか美容院行かずに済んでラッキーかも。
「まさかケイトに髪を切って貰う日が来るとはね」
『僕もまさかクロアさん以外の髪を切る日が来るとは思わなかったよ…クロアさん以外の髪は切った事無かったし、切る自信も無いから誰の髪も切る気無かったし』
美容院行くとかの前に、切って貰えてラッキーだったかも。って…あれ?
「じゃあ何で‥」
『クロアさんが“行っておいで”って』
「クロアさんが‥?」
『“こういうの得意でしょ、行っておいで”って』
クロアさんが…
『そういえば‥』
「え?」
『クロアさんが藍華の黒髪綺麗ねって褒めてたよ』
「クロアさんが?」
そう聞き返す藍華を見たケイトは“うん”と楽しそうに笑った。
「クロアさんが‥」
『晃さんと藍華は赤の女王だから漆黒の髪が良く栄えるって』
「じょ、女王?!」
『姫屋のカラーが赤だからかな?晃さんの通り名の所為かもなぁ…違う理由があるかもしれないから今度クロアさんに聞いてみる』
“そしたら教えるね”と楽しそうに笑ったケイトは、持ってきた紙袋を開けると藍華の正面に座り、その髪にそっと触れた。
『うん、似合う』
「へ…?」
『さぁ、お姫様‥』
「お、お姫様?!」
『プリマになったら女王ね』
「か…間接的に半人前って言われた」
“昇格、昇格!”と言って笑うケイトには悪気は全然無い様だった。
“全く‥”と呟く藍華を見て真剣な表情になったケイトは、真っ直ぐに藍華を見据えた。
『愛花なら姫屋を引っ張れる。女王になれるよ』
「女王…」
『それにほら、見て藍華』
そう言ってケイトは、鏡を愛花に向けると嬉しそうに笑った。
『薔薇の姫だ』
『可愛いな』
『探しまくっちゃいましたよ』
藍華の髪に光る薔薇がモチーフのアンティーク風のヘアピンは、昨日藍華に会いに行く前に買った物だった。
『藍華に似合ってる』
『ですよね、ですよね~』
折角町中を藍華に似合うヘアピン探して走り回ったんだから、似合ってもらわなきゃ困る。
『藍華姫様にはやっぱり薔薇が似合いますね』
“そうだな‥”と呟いたクロアは微かに笑い声を漏らすと、楽しそうに微笑んだ。
『可愛らしい姫君だ』
『はい!』
藍華は強がりで‥でも泣き虫で可愛い。
でも…でもね、クロアさん‥
『藍華は立派な…人望ある女王になれます』
『そうね‥楽しみね』
またそうやって貴女は今にも消えてしまいそうに…
何で…何でそんな‥
『クロアさ‥』
「クロアさん!」
『藍‥』
「どうぞ!」
唐突にやって来てケイトの声を遮ってそう言った藍華は、肉が山盛りの小皿をクロアに突き付けた。
『うわぁ~…』
『こ…この量はちょっと』
「クロアさん細過ぎるんで今日も沢山食べて下さい!!」
『は…はい‥』
何だろう…何だかこれ‥
凄く…凄く…‥
『プ、ク…』
「プク?」
『ケイト?』
『あはははははは!!ク…ククク‥く、苦しいぃ‥』
藍華の勢いに圧されるクロアさんが新鮮で‥
見た事ないクロアさんが面白くて‥
愛おしくて…‥
『クロアさん、最高!!』
クロアさん、貴女が認めた姫君は‥
大輪の薔薇を‥
必ず咲かせますよね——…‥
.