第1章 始マリノ謳
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7
「こんな事すると思わなかったぞ」
そう言いながらホグワーツの長い廊下を歩く翡翠の手にはしっかりと麗の肩が抱かれていた。誰も居ない廊下を教科書等の必要な物を、翡翠は片手に、麗は両手に抱えて進む。
『仕方無いでしょ?麻痺してる私には細かい感知が出来無いの…今は貴方の鼻が頼りよ。第一、貴方が中々起きないから皆と一緒に教室に行けなかったのよ?』
初めての教室に行くのに地図無し案内無し…迷うに決まっている。せめて辿れれば問題は無いが、今はそれが無理なのだから狐である翡翠の鼻を頼るしか無い。
「それもなぁ…何で麻痺してるんだ?」
『そんな事言ったって私には分からないわよ。イアンは理由を知っているかもしれないけど』
「…昨日の夜、会ってただろ」
『あら、気付いてたの?』
「部屋に鍵掛かってる挙句、魔法付きときたら誰か他に中にいる事は明らかだろ」
『やぁね、寝てると思ったのに』
「……何か分かったか」
『何も。あぁ、でも私達の事を“色々知っている”という事だけは分かったわね。どこまで知っているかは分からないけど』
「口、割らなかったか」
『…誤魔化されたわ』
あれだけの世界があれば普通の人間も、それ以外も、勿論異能者も選び放題だ。私である必要は無い。嫌がれば代えれば良い。こうして続けさせる理由は無い。
つまりは私である必要があったという事だ。
本当に理由が“厄災”ならば、厄災は私がきっかけか私自身だ。
しかしそれを話す気は無い様だし、私達の事を色々と知っている理由も…きっと話さないだろう。
「厄介だ、吐かせろよ」
『今は良いわ…あっちの世界にはまだ家族が沢山居る。あの子達が居れば急がなくても大丈夫よ』
暴走する子はいるかもしれないが、皆で止めてくれる筈だ。
「…分かった」
『随分あっさりしてるわね』
翡翠を見上げて目を合わせる。
あぁ、なるほど…
「それに、アイツ…嫌いだ」
『…翡翠、イアンに会った事あるの?』
「まぁ…な」
私は勿論、翡翠をこの世界に連れて来たのはイアンなのだから、当たり前と言えば当たり前の話だった。
『取り敢えずどうやって帰るか…方法を探さないと』
「……帰る気…あるのか」
『家族を置いて来てしまっている。家の者達も…私の望みだけでは動けぬよ』
「アイツはどうすんだ」
『抑える事は出来ても逃げる事は出来無いわね。どうにか手を考えないと…』
「君達、こんな所で何をしてるんだ」
掛けられた声に小さく“ゲッ…”と漏らした翡翠の腹を小突いて麗は振り返った。誰が近付いて来ているか分かっていたくせにもう…
『スラグホーン先生』
「やあ、麗…もう授業が始まる時間だがね、何でこんな所でイチャイチャしているんだい?」
『教室が分からなくて…皆と一緒に寮を出れなかったんです』
「なるほど」
『私達、地図も貰ってませんし勘を頼りにここまで』
「良い勘をしているね、もうすぐそこだよ」
ホラス・スラグホーンは麗を上から下までジッと見るとニッコリ笑った。
「私の授業は楽しいよ」
『えぇ、楽しみにし…』
「君が優秀だといいんだけど」
=泣き虫=
覚えるのは得意だ。
故に一度道を教えてもらえば直ぐに教室の場所は覚えたし、頭の中にホグワーツの巨大な地図を完成させるのに時間は掛からなかった。
なのであの日以来、廊下で先生に捕まる事は無い…と言えれば良いんだが、そうもいかない。どうもスラグホーンに気に入られてしまったらしく、廊下で捕まっては彼の“集まり”に誘われる日々が続いていた。アルバス曰く、彼は気にいった生徒を…同じく気に入った生徒のみで作った集まりに誘い、教え子という名のコレクションにするのが決まりらしい。
“決まり”と言えば…人には毎日必ずする事が何かしらある筈だ。例えば彼等の場合は…
「おはよう、リリー!」
「痛ッ…痛いっつの、馬鹿!離れなさい!!」
グリフィンドールの談話室には今日も元気な声が響き渡っている。
癖っ毛の黒髪に眼鏡の少年ジェームズが、緋髪緑眼の少女、リリーを力の限り抱き締め……対するリリーは力の限りジェームズを叩きまくる。抱き付くのは良いが、嫌がられているのはどうかと思う。しかも何日も続くとなると、リリーを助ける気力もなくなるものだ…と言う事で止めはしない。
『……翡翠…何かある意味凄く懐かしいね…私は叩かないけど』
──麗…
「思い出すのも腹立たしい…アイツが不在で良かった。今のお前は俺一人のものだ」
『確かに家族の大半は元の世界に残して来てしまったけど……でもあの子は“外にいたわけじゃない”から、あの子が望めばもしかしたら出て来れるんじゃないかしら』
──麗…元気出してや…
「椿達だったら良かったのに」
『翡翠、あの子は今は忙しいけど…社が繋がっていれば確実に会いに来るわ、仲良くなさい』
──麗…
「無理」
キッパリと言い捨てる翡翠を見て溜め息を吐いた麗は、再びジェームズとリリーに目を向けた。良いなぁ、仲良し…
『もう…暫く椿達に会えないのね…』
──麗…綺麗な花があったさかい、摘んで来たで……
「お前の為に……必ず見付ける…帰る方法を」
『…そうね。必ず帰らなくてはならない』
懐かしい声…
せめて無邪気なあの子に会いたい。
「毎日毎日…飽きねぇな、お前等」
思い出に浸っていると、シリウス達が起きて来た。
『おはよう。シリウス、リーマス、ピーター』
シリウスはまだ眠い様で“おぅ”と返事をして手で目を擦りながら階段を下りて来る。
「おはよう麗、翡翠」
「お、おぉ、おはよう!」
ピーターの吃りは癖なのかな?
麗はピーターの頭を撫でるとニッコリ微笑んだ。
『おはよう、ピーター』
この子は心が弱いばかりに友を裏切った…
本当にそれだけ?
そんな事を考えていたらリーマスに優しく抱き締められた。
「麗、おはよう」
額にチュッと柔らかい物が当たって麗はフフッと小さく笑った。
『おはよう、リーマス』
「「リーマス!!テメェ、何やってんだ!!!」」
瞬間、怒った翡翠とシリウスの声が綺麗に重なった。
『おぉ、すっかり仲良しだな!』
「敢えてそこは突っ込まねぇから離れろ!!」
翡翠が無理矢理引き剥がそうとするが、麗がリーマスに抱き付き返していて一向に離れない。
『嫌だ!』
「何、餓鬼みたいな事言ってんだ?!」
麗の言動に驚いたシリウスも引き剥がしに掛かる。
『嫌ぁ!!ジェームズはリリーと仲良しだし、翡翠はシリウスと仲良しだから私はリーマスと…』
「「何、訳の分かんねぇ事言ってんだ!!」」
『ほら、仲良しじゃないの』
「麗は僕と仲良しだもんね」
リーマスは唯嬉しそうにニコニコ笑い続けていた。
「お前何言ってんだ!ミンチにすっぞ餓鬼が!!」
青筋を浮かべた翡翠の爪が尖り、少し伸びて一瞬ヒヤリとしたが、何だか楽しい。
『うん、仲良し!』
“ピーターもね”と言いながらピーターの手を引いた麗は、リーマスと一緒にピーターも抱き締めた。
「なに同意してんだ!しかも増やすんじゃねぇ!」
『むきにならないの。ほら、朝食食べに行きましょ!』
そう言った麗はリーマスとピーターの手を引き、さっさと寮の出入口へと向かって歩き出した。
「ちょ、待てよ!」
翡翠は爪を元に戻すと慌てて後を追いかけ、ジェームズ、リリー、シリウスもそれに続いた。麗がリーマス、ピーターの手を引いて先頭を歩いていたのは少しの間の事だった。
ホグワーツの廊下を拗ねた翡翠に後ろから抱き付かれたまま大広間に移動を続ける。別に慣れた事だから放っていたが、生徒達の視線が痛い。
『翡翠』
麗が呟くと、翡翠は大人しく麗から身体を離した。翡翠は焼きもち焼きだが聞き分けは良い。あの子とはそこが違う。
『お腹空いた…』
ジェームズとリリーの喧嘩の声…正確にはリリーの怒鳴り声とジェームズの楽しそうな笑い声が廊下に響く、頭に響く…序でにお腹にも響く。そう言えばヴォルデモートはどう動くんだろう…ピーターはいつ……私が先に動くべきかな?
『…無いな』
勘付かれたら面倒だし。
「何か言ったか?」
『何でも無いよ、シリウス』
取り敢えずこの…未だに麻痺したままの身体の為にも術具でも造った方が得策だろう。麗はふと洋服越しに首に掛かっているネックレスに触れた。
これが媒体なら良いのが出来る筈だ。
「麗、どうしたんだい?」
『何でも無いよ、リーマス』
リーマスに心配を掛けまいと顔を上げると、通路の反対側の一人の少年が目に付いた。肩までの黒髪の少年…
『セブルス!!』
昨日知り合ったばかりのスリザリン生、セブルス・スネイプだった。
麗の声に反応して麗の居る方を見たセブルスは、一緒にいる人物達を見て不機嫌そうに眉を寄せた。
「麗…君、スネイプと知り合いなのかい?」
『先に行ってて、翡翠』
「分かった」
「麗!」
シリウスが麗の肩に手を掛けて引くと、シリウス達に向き合った麗は、真っ直ぐにシリウス達を見据えた。
『シリウス達もね』
シリウスは肩を掴んでいた手を離すと、頭を小さく縦に振った。
「行くぞ餓鬼共」
翡翠は固まっているシリウスの首根っこを掴んで引き摺ると、半泣きのピーターを担いで大広間に向かって歩き出した。ジェームズとリリーがそれに続き、リーマスは麗を気にしながら後に続いてその場を去った。
これでもう私達を邪魔する者はいない。
麗は皆の姿が見えなくなるのを確認すると、セブルスに駈け寄った。
『お待たせ』
「何の用だ…と言うかお前、あんな奴等と関わっていたのか」
『それは同じ寮だから…どうやったって接点はあるし、第一あの子達は私の初めての友達だもん』
関わらないなんて無理だ。
『勿論、貴方もよ』
「……」
麗はセブルスの手を取ると、ニッコリと微笑んだ。
『話の続きなんだけど、折り入って頼みがあるのよ』
「…何だ」
『私に魔法薬を教えて欲しいの』
「断る」
『何で?!』
即答されるとは予想して無かった。せめてもうちょっと悩んでくれるものだと…
「面倒だ」
『面倒事頼んでるのは百も承知よ…貴方しかいないのよ』
「ルーピンがいるだろう」
確かにリーマスは優秀だけど…
『薬学は貴方が一番だって聞いたの…お願い、セブルス』
懇願する麗を前にセブルスは深く溜め息を吐いた。
「……分かった」
『有難う!毎週…水曜と金曜って空いてるかしら?』
「二日もか…分かった、空けておく。授業終了後に図書室に来い」
『分かったわ』
最低限の繋がりは必要よね。
セブルスは繋がった。他も何人か。
後は未来の死喰い人達と…
トム・M・リドル…
──アルバス…
貴方にお願いがあるの。
私と周りを命を護る為にどうしても必要なモノがある…
どうか無理を承知できいてもらえたら嬉しいわ。
お願い…私、出来たら──…
「おい、翡翠」
麗と別れ、翡翠に引き摺られながら大広間に向かうのは実に変な…猫になった気分だった。
「何だ餓鬼」
「ガキじゃなくてシリウスだ。麗とスネイプは知り合いなのか‥?」
大広間の前の廊下で立ち止まった翡翠は、意地悪くニヤリと笑うと掴んでいたシリウスの首根っこを離し、床へと落とした。
「さぁ…どうだろうな」
リーマスはシリウスを置いて歩き出そうとする翡翠の正面に出ると、道を塞いだ。
「翡翠、僕も知りたい」
「そうか、それで?俺は知ってるだなんて言ってねぇよ」
「嘘つけ」
苛々する…翡翠は麗を前から知っている。俺達は知らない。
「麗の全てを知っている訳じゃねぇからな」
「知ってそうな口振りじゃねぇか」
「実際知ら無い事の方がかなり少ないからな。知らない事を探す方が難しい」
翡翠は再び口角を上げて意地悪くニヤリと笑った。
この状況が楽しくて仕方が無いらしい。
「麗の事が知りたいか?」
「……まぁな」
「知りたい」
シリウスが言葉を濁す中、リーマスは素直に率直に答えた。
「教えてくれ、翡翠」
「甘えるな、餓鬼。自分で話して貰え」
意地悪く…そして楽しそうに笑っていた翡翠の目は何時の間にか冷たいものへと変わっていた。向けられる見下した様な冷たい瞳…
「二人共…翡翠に聞くだなんで馬鹿げてるわ。本人の許しも得て無いのに他人に聞くだなんて最低よ」
ジェームズを振り解いたリリーは二人を睨み付けてそう言い放った。
足許にジェームズが倒れているのは…リリーの鉄拳が火を噴いたから仕方が無い。
「リリーの言う通りだ。魔法じゃなくてリリーに別のものを学んだらどうだ?」
「ひ、翡翠!」
そう声を上げたのは、翡翠の肩に担がれたピーターだった。
「あ?何だ」
「み、んな…麗の意思を…む…無視、したかったって事じゃなくて」
「あ?」
翡翠は担いでいたピーターを降ろすと、見下ろした。ピーターの目に薄っすら涙が浮かぶ。
「お前はどう思う」
「ぼ、僕は…麗が、何か隠してるなって…時々、思う…けど、麗が自分の事を…何かの拍子に話してくれるのを、待つよ!自然な会話で話して貰えたら…僕は、い、一番嬉しい」
「で?」
「み…んな、麗と仲良くなりたいだけなんだ…スネイプとは色々あるから…きっと、ちょっと…気が立ってただけで」
翡翠の手が、すっ…と上がり、殴られると思ったピーターはビクリと肩を震わせたが、翡翠の手はピーターの頭を荒々しく撫でただけだった。
「泣き虫が一番ちゃんとしてるじゃねぇか。なぁ、ピーター」
『あらやだ、何してるの?』
「麗!」
振り返った先に麗が居て、少し目を見開いた翡翠は直ぐに麗に抱き付いた。
『気を抜いてたのね、良い事だわ』
確かに気付かないとは思わなかった。麗が言う良い意味では無い気もするが。
『シリウスとジェームズは何で床に座り込んでるの?』
「いや、その…」
「ハニーの愛が火を噴いてね」
「もう一回くらっとく?」
“遠慮します”と言って首をブンブン振ったジェームズを見て、麗は笑った。
『それにしても珍しいものを見たわ』
「…何がだい?」
リーマスは麗にさっきまでの会話を聞かれていたくは無い様だった。
帽子の奴、コイツの寮スリザリンと間違えたんじゃねぇか?
「あー、アレだ。シリウスが尻餅ついてる所!」
「うるせぇ、お前は床に寝てただろうが」
『翡翠が人の頭を撫でて名前を呼ぶなんて珍しいんだよ?』
麗は翡翠の腕からすり抜けると、ピーターの髪を手櫛で整えた。
『ピーターは余程良い子なのね』
嬉しそうに笑った麗が何を考えてるか…手に取るように分かって、少し顔が熱くなった。
『あーぁ…こんなに涙溜めて…翡翠は恐かった?』
ハンカチでピーターの涙を拭う麗は、ふと首を傾げた。
『そもそも何でそんな事に?』
「何でもねぇさ」
内容は関係無い。
危機に直面しない限り俺からは何も話さない。
麗の事を決めるのは、麗本人だ。
一点を除いては──…
「こんな事すると思わなかったぞ」
そう言いながらホグワーツの長い廊下を歩く翡翠の手にはしっかりと麗の肩が抱かれていた。誰も居ない廊下を教科書等の必要な物を、翡翠は片手に、麗は両手に抱えて進む。
『仕方無いでしょ?麻痺してる私には細かい感知が出来無いの…今は貴方の鼻が頼りよ。第一、貴方が中々起きないから皆と一緒に教室に行けなかったのよ?』
初めての教室に行くのに地図無し案内無し…迷うに決まっている。せめて辿れれば問題は無いが、今はそれが無理なのだから狐である翡翠の鼻を頼るしか無い。
「それもなぁ…何で麻痺してるんだ?」
『そんな事言ったって私には分からないわよ。イアンは理由を知っているかもしれないけど』
「…昨日の夜、会ってただろ」
『あら、気付いてたの?』
「部屋に鍵掛かってる挙句、魔法付きときたら誰か他に中にいる事は明らかだろ」
『やぁね、寝てると思ったのに』
「……何か分かったか」
『何も。あぁ、でも私達の事を“色々知っている”という事だけは分かったわね。どこまで知っているかは分からないけど』
「口、割らなかったか」
『…誤魔化されたわ』
あれだけの世界があれば普通の人間も、それ以外も、勿論異能者も選び放題だ。私である必要は無い。嫌がれば代えれば良い。こうして続けさせる理由は無い。
つまりは私である必要があったという事だ。
本当に理由が“厄災”ならば、厄災は私がきっかけか私自身だ。
しかしそれを話す気は無い様だし、私達の事を色々と知っている理由も…きっと話さないだろう。
「厄介だ、吐かせろよ」
『今は良いわ…あっちの世界にはまだ家族が沢山居る。あの子達が居れば急がなくても大丈夫よ』
暴走する子はいるかもしれないが、皆で止めてくれる筈だ。
「…分かった」
『随分あっさりしてるわね』
翡翠を見上げて目を合わせる。
あぁ、なるほど…
「それに、アイツ…嫌いだ」
『…翡翠、イアンに会った事あるの?』
「まぁ…な」
私は勿論、翡翠をこの世界に連れて来たのはイアンなのだから、当たり前と言えば当たり前の話だった。
『取り敢えずどうやって帰るか…方法を探さないと』
「……帰る気…あるのか」
『家族を置いて来てしまっている。家の者達も…私の望みだけでは動けぬよ』
「アイツはどうすんだ」
『抑える事は出来ても逃げる事は出来無いわね。どうにか手を考えないと…』
「君達、こんな所で何をしてるんだ」
掛けられた声に小さく“ゲッ…”と漏らした翡翠の腹を小突いて麗は振り返った。誰が近付いて来ているか分かっていたくせにもう…
『スラグホーン先生』
「やあ、麗…もう授業が始まる時間だがね、何でこんな所でイチャイチャしているんだい?」
『教室が分からなくて…皆と一緒に寮を出れなかったんです』
「なるほど」
『私達、地図も貰ってませんし勘を頼りにここまで』
「良い勘をしているね、もうすぐそこだよ」
ホラス・スラグホーンは麗を上から下までジッと見るとニッコリ笑った。
「私の授業は楽しいよ」
『えぇ、楽しみにし…』
「君が優秀だといいんだけど」
=泣き虫=
覚えるのは得意だ。
故に一度道を教えてもらえば直ぐに教室の場所は覚えたし、頭の中にホグワーツの巨大な地図を完成させるのに時間は掛からなかった。
なのであの日以来、廊下で先生に捕まる事は無い…と言えれば良いんだが、そうもいかない。どうもスラグホーンに気に入られてしまったらしく、廊下で捕まっては彼の“集まり”に誘われる日々が続いていた。アルバス曰く、彼は気にいった生徒を…同じく気に入った生徒のみで作った集まりに誘い、教え子という名のコレクションにするのが決まりらしい。
“決まり”と言えば…人には毎日必ずする事が何かしらある筈だ。例えば彼等の場合は…
「おはよう、リリー!」
「痛ッ…痛いっつの、馬鹿!離れなさい!!」
グリフィンドールの談話室には今日も元気な声が響き渡っている。
癖っ毛の黒髪に眼鏡の少年ジェームズが、緋髪緑眼の少女、リリーを力の限り抱き締め……対するリリーは力の限りジェームズを叩きまくる。抱き付くのは良いが、嫌がられているのはどうかと思う。しかも何日も続くとなると、リリーを助ける気力もなくなるものだ…と言う事で止めはしない。
『……翡翠…何かある意味凄く懐かしいね…私は叩かないけど』
──麗…
「思い出すのも腹立たしい…アイツが不在で良かった。今のお前は俺一人のものだ」
『確かに家族の大半は元の世界に残して来てしまったけど……でもあの子は“外にいたわけじゃない”から、あの子が望めばもしかしたら出て来れるんじゃないかしら』
──麗…元気出してや…
「椿達だったら良かったのに」
『翡翠、あの子は今は忙しいけど…社が繋がっていれば確実に会いに来るわ、仲良くなさい』
──麗…
「無理」
キッパリと言い捨てる翡翠を見て溜め息を吐いた麗は、再びジェームズとリリーに目を向けた。良いなぁ、仲良し…
『もう…暫く椿達に会えないのね…』
──麗…綺麗な花があったさかい、摘んで来たで……
「お前の為に……必ず見付ける…帰る方法を」
『…そうね。必ず帰らなくてはならない』
懐かしい声…
せめて無邪気なあの子に会いたい。
「毎日毎日…飽きねぇな、お前等」
思い出に浸っていると、シリウス達が起きて来た。
『おはよう。シリウス、リーマス、ピーター』
シリウスはまだ眠い様で“おぅ”と返事をして手で目を擦りながら階段を下りて来る。
「おはよう麗、翡翠」
「お、おぉ、おはよう!」
ピーターの吃りは癖なのかな?
麗はピーターの頭を撫でるとニッコリ微笑んだ。
『おはよう、ピーター』
この子は心が弱いばかりに友を裏切った…
本当にそれだけ?
そんな事を考えていたらリーマスに優しく抱き締められた。
「麗、おはよう」
額にチュッと柔らかい物が当たって麗はフフッと小さく笑った。
『おはよう、リーマス』
「「リーマス!!テメェ、何やってんだ!!!」」
瞬間、怒った翡翠とシリウスの声が綺麗に重なった。
『おぉ、すっかり仲良しだな!』
「敢えてそこは突っ込まねぇから離れろ!!」
翡翠が無理矢理引き剥がそうとするが、麗がリーマスに抱き付き返していて一向に離れない。
『嫌だ!』
「何、餓鬼みたいな事言ってんだ?!」
麗の言動に驚いたシリウスも引き剥がしに掛かる。
『嫌ぁ!!ジェームズはリリーと仲良しだし、翡翠はシリウスと仲良しだから私はリーマスと…』
「「何、訳の分かんねぇ事言ってんだ!!」」
『ほら、仲良しじゃないの』
「麗は僕と仲良しだもんね」
リーマスは唯嬉しそうにニコニコ笑い続けていた。
「お前何言ってんだ!ミンチにすっぞ餓鬼が!!」
青筋を浮かべた翡翠の爪が尖り、少し伸びて一瞬ヒヤリとしたが、何だか楽しい。
『うん、仲良し!』
“ピーターもね”と言いながらピーターの手を引いた麗は、リーマスと一緒にピーターも抱き締めた。
「なに同意してんだ!しかも増やすんじゃねぇ!」
『むきにならないの。ほら、朝食食べに行きましょ!』
そう言った麗はリーマスとピーターの手を引き、さっさと寮の出入口へと向かって歩き出した。
「ちょ、待てよ!」
翡翠は爪を元に戻すと慌てて後を追いかけ、ジェームズ、リリー、シリウスもそれに続いた。麗がリーマス、ピーターの手を引いて先頭を歩いていたのは少しの間の事だった。
ホグワーツの廊下を拗ねた翡翠に後ろから抱き付かれたまま大広間に移動を続ける。別に慣れた事だから放っていたが、生徒達の視線が痛い。
『翡翠』
麗が呟くと、翡翠は大人しく麗から身体を離した。翡翠は焼きもち焼きだが聞き分けは良い。あの子とはそこが違う。
『お腹空いた…』
ジェームズとリリーの喧嘩の声…正確にはリリーの怒鳴り声とジェームズの楽しそうな笑い声が廊下に響く、頭に響く…序でにお腹にも響く。そう言えばヴォルデモートはどう動くんだろう…ピーターはいつ……私が先に動くべきかな?
『…無いな』
勘付かれたら面倒だし。
「何か言ったか?」
『何でも無いよ、シリウス』
取り敢えずこの…未だに麻痺したままの身体の為にも術具でも造った方が得策だろう。麗はふと洋服越しに首に掛かっているネックレスに触れた。
これが媒体なら良いのが出来る筈だ。
「麗、どうしたんだい?」
『何でも無いよ、リーマス』
リーマスに心配を掛けまいと顔を上げると、通路の反対側の一人の少年が目に付いた。肩までの黒髪の少年…
『セブルス!!』
昨日知り合ったばかりのスリザリン生、セブルス・スネイプだった。
麗の声に反応して麗の居る方を見たセブルスは、一緒にいる人物達を見て不機嫌そうに眉を寄せた。
「麗…君、スネイプと知り合いなのかい?」
『先に行ってて、翡翠』
「分かった」
「麗!」
シリウスが麗の肩に手を掛けて引くと、シリウス達に向き合った麗は、真っ直ぐにシリウス達を見据えた。
『シリウス達もね』
シリウスは肩を掴んでいた手を離すと、頭を小さく縦に振った。
「行くぞ餓鬼共」
翡翠は固まっているシリウスの首根っこを掴んで引き摺ると、半泣きのピーターを担いで大広間に向かって歩き出した。ジェームズとリリーがそれに続き、リーマスは麗を気にしながら後に続いてその場を去った。
これでもう私達を邪魔する者はいない。
麗は皆の姿が見えなくなるのを確認すると、セブルスに駈け寄った。
『お待たせ』
「何の用だ…と言うかお前、あんな奴等と関わっていたのか」
『それは同じ寮だから…どうやったって接点はあるし、第一あの子達は私の初めての友達だもん』
関わらないなんて無理だ。
『勿論、貴方もよ』
「……」
麗はセブルスの手を取ると、ニッコリと微笑んだ。
『話の続きなんだけど、折り入って頼みがあるのよ』
「…何だ」
『私に魔法薬を教えて欲しいの』
「断る」
『何で?!』
即答されるとは予想して無かった。せめてもうちょっと悩んでくれるものだと…
「面倒だ」
『面倒事頼んでるのは百も承知よ…貴方しかいないのよ』
「ルーピンがいるだろう」
確かにリーマスは優秀だけど…
『薬学は貴方が一番だって聞いたの…お願い、セブルス』
懇願する麗を前にセブルスは深く溜め息を吐いた。
「……分かった」
『有難う!毎週…水曜と金曜って空いてるかしら?』
「二日もか…分かった、空けておく。授業終了後に図書室に来い」
『分かったわ』
最低限の繋がりは必要よね。
セブルスは繋がった。他も何人か。
後は未来の死喰い人達と…
トム・M・リドル…
──アルバス…
貴方にお願いがあるの。
私と周りを命を護る為にどうしても必要なモノがある…
どうか無理を承知できいてもらえたら嬉しいわ。
お願い…私、出来たら──…
「おい、翡翠」
麗と別れ、翡翠に引き摺られながら大広間に向かうのは実に変な…猫になった気分だった。
「何だ餓鬼」
「ガキじゃなくてシリウスだ。麗とスネイプは知り合いなのか‥?」
大広間の前の廊下で立ち止まった翡翠は、意地悪くニヤリと笑うと掴んでいたシリウスの首根っこを離し、床へと落とした。
「さぁ…どうだろうな」
リーマスはシリウスを置いて歩き出そうとする翡翠の正面に出ると、道を塞いだ。
「翡翠、僕も知りたい」
「そうか、それで?俺は知ってるだなんて言ってねぇよ」
「嘘つけ」
苛々する…翡翠は麗を前から知っている。俺達は知らない。
「麗の全てを知っている訳じゃねぇからな」
「知ってそうな口振りじゃねぇか」
「実際知ら無い事の方がかなり少ないからな。知らない事を探す方が難しい」
翡翠は再び口角を上げて意地悪くニヤリと笑った。
この状況が楽しくて仕方が無いらしい。
「麗の事が知りたいか?」
「……まぁな」
「知りたい」
シリウスが言葉を濁す中、リーマスは素直に率直に答えた。
「教えてくれ、翡翠」
「甘えるな、餓鬼。自分で話して貰え」
意地悪く…そして楽しそうに笑っていた翡翠の目は何時の間にか冷たいものへと変わっていた。向けられる見下した様な冷たい瞳…
「二人共…翡翠に聞くだなんで馬鹿げてるわ。本人の許しも得て無いのに他人に聞くだなんて最低よ」
ジェームズを振り解いたリリーは二人を睨み付けてそう言い放った。
足許にジェームズが倒れているのは…リリーの鉄拳が火を噴いたから仕方が無い。
「リリーの言う通りだ。魔法じゃなくてリリーに別のものを学んだらどうだ?」
「ひ、翡翠!」
そう声を上げたのは、翡翠の肩に担がれたピーターだった。
「あ?何だ」
「み、んな…麗の意思を…む…無視、したかったって事じゃなくて」
「あ?」
翡翠は担いでいたピーターを降ろすと、見下ろした。ピーターの目に薄っすら涙が浮かぶ。
「お前はどう思う」
「ぼ、僕は…麗が、何か隠してるなって…時々、思う…けど、麗が自分の事を…何かの拍子に話してくれるのを、待つよ!自然な会話で話して貰えたら…僕は、い、一番嬉しい」
「で?」
「み…んな、麗と仲良くなりたいだけなんだ…スネイプとは色々あるから…きっと、ちょっと…気が立ってただけで」
翡翠の手が、すっ…と上がり、殴られると思ったピーターはビクリと肩を震わせたが、翡翠の手はピーターの頭を荒々しく撫でただけだった。
「泣き虫が一番ちゃんとしてるじゃねぇか。なぁ、ピーター」
『あらやだ、何してるの?』
「麗!」
振り返った先に麗が居て、少し目を見開いた翡翠は直ぐに麗に抱き付いた。
『気を抜いてたのね、良い事だわ』
確かに気付かないとは思わなかった。麗が言う良い意味では無い気もするが。
『シリウスとジェームズは何で床に座り込んでるの?』
「いや、その…」
「ハニーの愛が火を噴いてね」
「もう一回くらっとく?」
“遠慮します”と言って首をブンブン振ったジェームズを見て、麗は笑った。
『それにしても珍しいものを見たわ』
「…何がだい?」
リーマスは麗にさっきまでの会話を聞かれていたくは無い様だった。
帽子の奴、コイツの寮スリザリンと間違えたんじゃねぇか?
「あー、アレだ。シリウスが尻餅ついてる所!」
「うるせぇ、お前は床に寝てただろうが」
『翡翠が人の頭を撫でて名前を呼ぶなんて珍しいんだよ?』
麗は翡翠の腕からすり抜けると、ピーターの髪を手櫛で整えた。
『ピーターは余程良い子なのね』
嬉しそうに笑った麗が何を考えてるか…手に取るように分かって、少し顔が熱くなった。
『あーぁ…こんなに涙溜めて…翡翠は恐かった?』
ハンカチでピーターの涙を拭う麗は、ふと首を傾げた。
『そもそも何でそんな事に?』
「何でもねぇさ」
内容は関係無い。
危機に直面しない限り俺からは何も話さない。
麗の事を決めるのは、麗本人だ。
一点を除いては──…