第2章 秘密ノ謳
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
49
初めての夏休み。
それを味わうには歳を取り過ぎていたが、凄く楽しかった事に変わりは無かった。きっと忘れる事の無い思い出が私の中に沢山増えた。
そんな夏休みも終わり、今日から新学期だ。麗は北塔の屋根の上で一人寝転がっていた。
ポツリポツリと歌を口遊んでは少し閉ざし、またポツリポツリと口遊む。
『暗いなぁ…』
詩魔法を使える様になってから自然と謳える様になった。
口から勝手に溢れ出る詩と旋律。それには慣れてきたが、どうにもこうにも…私の詩は暗い。
詩魔法に必要な言葉を私以外に知っているモノが居ないのだから気にしなければいいのだが、自分が楽しい事の無い詰まらない人間の様で…
『…夏休み…あんなに楽しかったのに』
麗の歌に耳を傾けながら飛んで来た蒼が、麗の肩に足を掛けて止まった。
「列車が着いたぞ、麗」
控え目に囁かれた言葉を聞くと、麗は歌うのを止めて立ち上がった。
『迎えに行こうか』
そう言って麗は、倒れる様に屋根から飛び降りた。
新学期。
麗が此の世界に来て一年が経っていた。
=知らない事=
「麗~!!」
スリザリンの面々と話していると、丁度着いた馬車からシーラが叫びながら飛び出してきた。抱き着かれた視界の先で何時もの様に綺麗に結い上げられたツインテールが風に揺れた。
スリザリンの女性陣とルシウスが歩き出す中、レギュラスは不機嫌そうに眉を寄せた。
「会いたかったわ、麗!」
『久しぶ』
「あら、ちびっ子が麗に抱き付いてるわ~」
「ちびっ子言うんじゃ無いわよ、年増!!」
同じ馬車から降りて来たリザがシーラをからかい、シーラは透かさずそう言い返した。
ラバスタンが麗の手を引き、シーラから引き離すと、レギュラスを連れて少し離れた所で立ち止まった。
『御免なさいね』
「いいよ、麗」
「チッ…」
不機嫌なレギュラスをラバスタンに任せて、皆を出迎える。リザに続きアレン、リリーが次々と馬車から降りて来た。その中には勿論、仕掛人とリーマスも居た。
「久しぶりだね、麗」
『リーマス…久し振り』
相変わらず優しく微笑むリーマスに麗はぎこちなく微笑み返した。
すると麗に歩み寄ったリーマスは、麗の耳元でそっと囁く様に呟いた。
「色々考えたんだけど…僕、麗の事諦め無いよ」
耳元から顔を離したリーマスは、ニッコリと微笑むと麗の頬にキスを落とし、先に城内へ入って行った。
麗は顔を真っ赤に染め、シーラは慌てて麗の頬をハンカチでゴシゴシと擦った。
『痛たたたた』
「リーマスと何かあったの?」
『え……あ…何も』
少し伏せていた顔を上げると、シリウスと目が合った。不機嫌そうに見えるのは気の所為だろうか…
『どうしたの、シリウス?馬車で酔っちゃった?』
麗はシリウスの頬にそっと触れた。瞬間、パンッと短い音を立ててシリウスが頬に触れた麗の手を叩き、麗は驚いて目を見開いた。
『シリ、ウス…?』
「ッ……悪い」
シリウスは申し訳無さそうに表情を歪めると足早に城内に入って行ってしまった。
「はぁ?!!!何なの、全く!!!」
そうシーラが叫んだ瞬間だった。
近くで見ていたレギュラスが、シリウスの後を追うと、その背を後ろから蹴り飛ばした。
「いっ!!てぇ…ッ」
「バッッッッカじゃねぇの、クソ兄貴!!!」
ゲラゲラ笑ったラバスタンに引き摺られて、シリウスを威嚇し続ける猫の様なレギュラスは城内に消えていき、小さく舌打ちをして立ち上がったシリウスがそれに続いて城内に消えていった。
「あ〜ぁ、やっちゃったねぇハニー」
「……」
「反抗期…と言うか嫉妬かしらね~」
「反抗期の弟が思わず兄貴って口走ったね」
「取り敢えず後で殺す」
物騒な事を口走ったシーラは、叩かれた麗の手を自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫か、麗」
黙って見ていたアレンが麗の頭を優しく撫でる。
『大丈夫、痛く無いよ』
「そうじゃなくて…」
『………大丈夫よ』
麗は困った様に微笑むと城内に入って行った。
真っ直ぐにグリフィンドールの開かずの間に戻り自室に入った麗は、着ていた服を脱ぐと、クローゼットから黒いドレスを引っ張り出した。
袖を通したドレスは、身体にピッタリ合う様にとアルバスが注文してくれたプレゼントなのに、首元から広がるレースに締め付けられている気分だった。
苦しい…
支度を整えて編入の時の様に大広間の職員用の扉の前に移動した麗は、扉の前の壁に凭れ掛かった。
暫くぼーっとしていた麗は、短く息を吐いた。
『“渚 ”』
麗は壁に凭れ掛かっていた身体を起こすと、風が吹き上げる様に優しく吹いた。
頭がスッと軽くなり、ふわふわと感覚が麻痺する…
「さて、一年生諸君!入学の時にプレゼントを用意してあったんじゃが中止になってしまったのでな…今日仕切り直したいと思う」
職員用の扉がゆっくりと開き、目を開けた麗は扉が開いたと同時に前に進み出た。
「ディーヴァの歌声じゃ」
そうダンブルドアが口にしても、俺は麗を見る事が出来無かった。
麗の手を叩いてしまった。
麗を拒絶してしまった。
醜い嫉妬にかられて──…
先に城内に入った俺は、後から来たリザに平手で頭を叩かれ、シーラに長々と説教された。
当然といえば当然だ。幾ら波長が合わない二人でも、麗を本当の妹の様に思っているのはリザもシーラも同じなのだ。
ダンブルドアに呼ばれて職員用の扉から入って来た#NAME1##が中央に立ったのが視界の端に映った。そっとそっちを見てみれば、麗はいつもと変わらず微笑んでいる。
怒って無いのだろうか…?
漆黒のドレスを身に纏った麗は相変わらず綺麗で、透き通る様な歌もいつもの様に綺麗だった。
身体の芯に響く美しい歌…
「おい、餓鬼共」
麗の歌に聴き入っていると、そう翡翠の小さいがドスの効いた声が麗の歌に混じって聞こえた。側に居た仕掛人が翡翠の方を振り返る。翡翠は俯いていた。
「テメェ等、麗に何しやがった」
翡翠の言葉に、リーマスが不思議そうに眉を寄せた。最初に城内に入ったリーマスは何も知らない。
「何でだい?」
翡翠はこっちを向か無い。下を向いたままだった。
「何で麗があんなボロボロ何だ…テメェ等が何かした以外に考えられねぇだろうが」
テーブルの翡翠の手が置かれた所にバキバキと音を立てて亀裂が入っていき、仕掛人達はさっと顔色を悪くした。
「匂いがする…記憶や記録を弄ったって事だぞ」
記憶や記録…
「麗に何しやがった」
確か麗が記憶を失った両親に記憶に関する術を使っていた。それを使ったのだろうか…
「知らねぇじゃ済まさねぇ」
麗、俺は…俺は唯…
「只じゃおかねぇぞ餓鬼共」
顔を上げた翡翠は、口角を上げて笑っていた。目が笑っていなくて怖い。
「良かったな俺で…蛇か狼だったら嬲り殺しだ」
喉を鳴らして笑う翡翠の目はやはり笑っていなくて…汗が吹き出た。
悪いのは俺だ。
皆を巻き込むのが嫌で“自分の所為だ”と言おうとした瞬間…
『翡翠!』
いつの間にか歌い終った麗が駆け寄って来て翡翠に抱き付いた。歪んだ表情を戻した翡翠は、微笑むと麗を抱き締める。
俺は開きかけた口を閉じた。
「よぉ、御疲れ」
そう言いながら翡翠は麗の頭を優しく撫でた。
その表情にはさっきの歪みはもう無かった。
『殺気だって何かあった?』
麗は首を傾げ、また喧嘩でもしたのかと尋ね、翡翠は笑顔でそれに答えた。
「何でもねぇよ」
『本当に?あら…私、渚を呼んだのね』
麗は頭に引っ掛かった感覚を思い出し術を解こうとする。
「麗…止めとけ…」
『何で?そういえば何で私、渚を…あぁ、明るい詩でも謳おうとしたのよきっと。私の詩っていつも暗いんだもの』
「麗…」
『“解”』
頭に記憶が…記録が…流れ込む……
蘇る…
「麗…?」
閉じた目を開いた麗は、シリウスを見て目を見開いた。
『…あ……私…っ』
「麗…?」
翡翠の隣に座っていたリーマスが麗の手を握り、翡翠は麗にシリウスが見え無い様に抱き締め直すと、そのまま自分の顔をシリウスに向けた。
「テメェか、シリウス」
翡翠から殺気が漏れると同時に、その口からは牙が見え隠れする。
麗は咄嗟に防音・防壁の結界を張った。
「覚悟しろ、餓鬼」
『翡翠、悪いのは私なの!!』
どうしよう…
「そうは見えねぇけどなぁ?!」
どうしよう…
悪いのは私なのに…
『御願い、止めて!』
「黙ってろ、麗!!」
『ッ…止めろ!!』
「……ッ…」
結局何をしたのかは分からなかった。
だけど私が何かしたのは確か何だ。じゃなきゃシリウスがあんな…私が何かしたんだ。だって彼は優しい人だから──…
「…次何かしたら只じゃおかねぇぞ、餓鬼」
小さく舌打ちをした翡翠は、そう口にすると麗を横抱きに抱き上げた。
『皆、御休み…』
申し訳なさそうに微笑んだ麗は、そう言うと翡翠に抱き上げられたまま大広間を出て行った。
御免なさい、シリウス──…
二人が大広間を出た後、生徒達は大騒ぎになった。
生徒が許しもなく出て行った挙句、あの出て行き方だ。しかも二人は元々目立つ。
シーラやリザ達に散々怒られたシリウスは、グリフィンドール寮に帰ると直ぐに開かずの間へ向かった。
前に麗に教えてもらった通りにノックをすると、蒼が顔を出した。不機嫌そうに眉を寄せた蒼は“少し待ってろ”と言って奥へ消えた。
暫く経って戻って来たのは麗だった。
麗は直ぐに俺を中に入れてリビングのソファーに座らせると、お茶を出してくれた。
『…えっと』
麗が何か言おうとしていたが、俺は聞く事より謝る事を優先した。
「麗、俺」
『御免なさい!!』
………………は?
「…何が?」
『私、シリウスに何かしちゃったんでしょ?』
あぁ、そういう事か…
「違う、麗…麗は何も悪く無いんだ」
『え?それは無いでしょ?』
麗は悪く無い。俺がいけないんだ…
俺が───…
『シリウス?』
「麗…」
シリウスは、何も言わないシリウスを不思議そうに見ていた麗の手を取ると、そっと引き寄せた。
『シリウス?』
「麗、俺は…」
麗は何時もより低いシリウスの声に若干驚きながら話の続きを待った。
「麗が好きだ」
シリウスの唇が麗のそれと重なる。
願わくば…
ずっと、ずっと…
君と共に───…
初めての夏休み。
それを味わうには歳を取り過ぎていたが、凄く楽しかった事に変わりは無かった。きっと忘れる事の無い思い出が私の中に沢山増えた。
そんな夏休みも終わり、今日から新学期だ。麗は北塔の屋根の上で一人寝転がっていた。
ポツリポツリと歌を口遊んでは少し閉ざし、またポツリポツリと口遊む。
『暗いなぁ…』
詩魔法を使える様になってから自然と謳える様になった。
口から勝手に溢れ出る詩と旋律。それには慣れてきたが、どうにもこうにも…私の詩は暗い。
詩魔法に必要な言葉を私以外に知っているモノが居ないのだから気にしなければいいのだが、自分が楽しい事の無い詰まらない人間の様で…
『…夏休み…あんなに楽しかったのに』
麗の歌に耳を傾けながら飛んで来た蒼が、麗の肩に足を掛けて止まった。
「列車が着いたぞ、麗」
控え目に囁かれた言葉を聞くと、麗は歌うのを止めて立ち上がった。
『迎えに行こうか』
そう言って麗は、倒れる様に屋根から飛び降りた。
新学期。
麗が此の世界に来て一年が経っていた。
=知らない事=
「麗~!!」
スリザリンの面々と話していると、丁度着いた馬車からシーラが叫びながら飛び出してきた。抱き着かれた視界の先で何時もの様に綺麗に結い上げられたツインテールが風に揺れた。
スリザリンの女性陣とルシウスが歩き出す中、レギュラスは不機嫌そうに眉を寄せた。
「会いたかったわ、麗!」
『久しぶ』
「あら、ちびっ子が麗に抱き付いてるわ~」
「ちびっ子言うんじゃ無いわよ、年増!!」
同じ馬車から降りて来たリザがシーラをからかい、シーラは透かさずそう言い返した。
ラバスタンが麗の手を引き、シーラから引き離すと、レギュラスを連れて少し離れた所で立ち止まった。
『御免なさいね』
「いいよ、麗」
「チッ…」
不機嫌なレギュラスをラバスタンに任せて、皆を出迎える。リザに続きアレン、リリーが次々と馬車から降りて来た。その中には勿論、仕掛人とリーマスも居た。
「久しぶりだね、麗」
『リーマス…久し振り』
相変わらず優しく微笑むリーマスに麗はぎこちなく微笑み返した。
すると麗に歩み寄ったリーマスは、麗の耳元でそっと囁く様に呟いた。
「色々考えたんだけど…僕、麗の事諦め無いよ」
耳元から顔を離したリーマスは、ニッコリと微笑むと麗の頬にキスを落とし、先に城内へ入って行った。
麗は顔を真っ赤に染め、シーラは慌てて麗の頬をハンカチでゴシゴシと擦った。
『痛たたたた』
「リーマスと何かあったの?」
『え……あ…何も』
少し伏せていた顔を上げると、シリウスと目が合った。不機嫌そうに見えるのは気の所為だろうか…
『どうしたの、シリウス?馬車で酔っちゃった?』
麗はシリウスの頬にそっと触れた。瞬間、パンッと短い音を立ててシリウスが頬に触れた麗の手を叩き、麗は驚いて目を見開いた。
『シリ、ウス…?』
「ッ……悪い」
シリウスは申し訳無さそうに表情を歪めると足早に城内に入って行ってしまった。
「はぁ?!!!何なの、全く!!!」
そうシーラが叫んだ瞬間だった。
近くで見ていたレギュラスが、シリウスの後を追うと、その背を後ろから蹴り飛ばした。
「いっ!!てぇ…ッ」
「バッッッッカじゃねぇの、クソ兄貴!!!」
ゲラゲラ笑ったラバスタンに引き摺られて、シリウスを威嚇し続ける猫の様なレギュラスは城内に消えていき、小さく舌打ちをして立ち上がったシリウスがそれに続いて城内に消えていった。
「あ〜ぁ、やっちゃったねぇハニー」
「……」
「反抗期…と言うか嫉妬かしらね~」
「反抗期の弟が思わず兄貴って口走ったね」
「取り敢えず後で殺す」
物騒な事を口走ったシーラは、叩かれた麗の手を自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫か、麗」
黙って見ていたアレンが麗の頭を優しく撫でる。
『大丈夫、痛く無いよ』
「そうじゃなくて…」
『………大丈夫よ』
麗は困った様に微笑むと城内に入って行った。
真っ直ぐにグリフィンドールの開かずの間に戻り自室に入った麗は、着ていた服を脱ぐと、クローゼットから黒いドレスを引っ張り出した。
袖を通したドレスは、身体にピッタリ合う様にとアルバスが注文してくれたプレゼントなのに、首元から広がるレースに締め付けられている気分だった。
苦しい…
支度を整えて編入の時の様に大広間の職員用の扉の前に移動した麗は、扉の前の壁に凭れ掛かった。
暫くぼーっとしていた麗は、短く息を吐いた。
『“
麗は壁に凭れ掛かっていた身体を起こすと、風が吹き上げる様に優しく吹いた。
頭がスッと軽くなり、ふわふわと感覚が麻痺する…
「さて、一年生諸君!入学の時にプレゼントを用意してあったんじゃが中止になってしまったのでな…今日仕切り直したいと思う」
職員用の扉がゆっくりと開き、目を開けた麗は扉が開いたと同時に前に進み出た。
「ディーヴァの歌声じゃ」
そうダンブルドアが口にしても、俺は麗を見る事が出来無かった。
麗の手を叩いてしまった。
麗を拒絶してしまった。
醜い嫉妬にかられて──…
先に城内に入った俺は、後から来たリザに平手で頭を叩かれ、シーラに長々と説教された。
当然といえば当然だ。幾ら波長が合わない二人でも、麗を本当の妹の様に思っているのはリザもシーラも同じなのだ。
ダンブルドアに呼ばれて職員用の扉から入って来た#NAME1##が中央に立ったのが視界の端に映った。そっとそっちを見てみれば、麗はいつもと変わらず微笑んでいる。
怒って無いのだろうか…?
漆黒のドレスを身に纏った麗は相変わらず綺麗で、透き通る様な歌もいつもの様に綺麗だった。
身体の芯に響く美しい歌…
「おい、餓鬼共」
麗の歌に聴き入っていると、そう翡翠の小さいがドスの効いた声が麗の歌に混じって聞こえた。側に居た仕掛人が翡翠の方を振り返る。翡翠は俯いていた。
「テメェ等、麗に何しやがった」
翡翠の言葉に、リーマスが不思議そうに眉を寄せた。最初に城内に入ったリーマスは何も知らない。
「何でだい?」
翡翠はこっちを向か無い。下を向いたままだった。
「何で麗があんなボロボロ何だ…テメェ等が何かした以外に考えられねぇだろうが」
テーブルの翡翠の手が置かれた所にバキバキと音を立てて亀裂が入っていき、仕掛人達はさっと顔色を悪くした。
「匂いがする…記憶や記録を弄ったって事だぞ」
記憶や記録…
「麗に何しやがった」
確か麗が記憶を失った両親に記憶に関する術を使っていた。それを使ったのだろうか…
「知らねぇじゃ済まさねぇ」
麗、俺は…俺は唯…
「只じゃおかねぇぞ餓鬼共」
顔を上げた翡翠は、口角を上げて笑っていた。目が笑っていなくて怖い。
「良かったな俺で…蛇か狼だったら嬲り殺しだ」
喉を鳴らして笑う翡翠の目はやはり笑っていなくて…汗が吹き出た。
悪いのは俺だ。
皆を巻き込むのが嫌で“自分の所為だ”と言おうとした瞬間…
『翡翠!』
いつの間にか歌い終った麗が駆け寄って来て翡翠に抱き付いた。歪んだ表情を戻した翡翠は、微笑むと麗を抱き締める。
俺は開きかけた口を閉じた。
「よぉ、御疲れ」
そう言いながら翡翠は麗の頭を優しく撫でた。
その表情にはさっきの歪みはもう無かった。
『殺気だって何かあった?』
麗は首を傾げ、また喧嘩でもしたのかと尋ね、翡翠は笑顔でそれに答えた。
「何でもねぇよ」
『本当に?あら…私、渚を呼んだのね』
麗は頭に引っ掛かった感覚を思い出し術を解こうとする。
「麗…止めとけ…」
『何で?そういえば何で私、渚を…あぁ、明るい詩でも謳おうとしたのよきっと。私の詩っていつも暗いんだもの』
「麗…」
『“解”』
頭に記憶が…記録が…流れ込む……
蘇る…
「麗…?」
閉じた目を開いた麗は、シリウスを見て目を見開いた。
『…あ……私…っ』
「麗…?」
翡翠の隣に座っていたリーマスが麗の手を握り、翡翠は麗にシリウスが見え無い様に抱き締め直すと、そのまま自分の顔をシリウスに向けた。
「テメェか、シリウス」
翡翠から殺気が漏れると同時に、その口からは牙が見え隠れする。
麗は咄嗟に防音・防壁の結界を張った。
「覚悟しろ、餓鬼」
『翡翠、悪いのは私なの!!』
どうしよう…
「そうは見えねぇけどなぁ?!」
どうしよう…
悪いのは私なのに…
『御願い、止めて!』
「黙ってろ、麗!!」
『ッ…止めろ!!』
「……ッ…」
結局何をしたのかは分からなかった。
だけど私が何かしたのは確か何だ。じゃなきゃシリウスがあんな…私が何かしたんだ。だって彼は優しい人だから──…
「…次何かしたら只じゃおかねぇぞ、餓鬼」
小さく舌打ちをした翡翠は、そう口にすると麗を横抱きに抱き上げた。
『皆、御休み…』
申し訳なさそうに微笑んだ麗は、そう言うと翡翠に抱き上げられたまま大広間を出て行った。
御免なさい、シリウス──…
二人が大広間を出た後、生徒達は大騒ぎになった。
生徒が許しもなく出て行った挙句、あの出て行き方だ。しかも二人は元々目立つ。
シーラやリザ達に散々怒られたシリウスは、グリフィンドール寮に帰ると直ぐに開かずの間へ向かった。
前に麗に教えてもらった通りにノックをすると、蒼が顔を出した。不機嫌そうに眉を寄せた蒼は“少し待ってろ”と言って奥へ消えた。
暫く経って戻って来たのは麗だった。
麗は直ぐに俺を中に入れてリビングのソファーに座らせると、お茶を出してくれた。
『…えっと』
麗が何か言おうとしていたが、俺は聞く事より謝る事を優先した。
「麗、俺」
『御免なさい!!』
………………は?
「…何が?」
『私、シリウスに何かしちゃったんでしょ?』
あぁ、そういう事か…
「違う、麗…麗は何も悪く無いんだ」
『え?それは無いでしょ?』
麗は悪く無い。俺がいけないんだ…
俺が───…
『シリウス?』
「麗…」
シリウスは、何も言わないシリウスを不思議そうに見ていた麗の手を取ると、そっと引き寄せた。
『シリウス?』
「麗、俺は…」
麗は何時もより低いシリウスの声に若干驚きながら話の続きを待った。
「麗が好きだ」
シリウスの唇が麗のそれと重なる。
願わくば…
ずっと、ずっと…
君と共に───…