第2章 秘密ノ謳
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39
「やー、手間取たね」
『ぇ…』
振り返った先に居た男を見た瞬間、麗は目を輝かせた。
「どうなってるね、散々よ…皆連絡つかない言うし」
『丁度良い所に!!』
「は?」
麗は男の腕に抱き付くと、ニッコリと笑った。
=黒と黒=
風が冷たいある日の夜。
ホグワーツ魔法魔術学校の大広間では、長い黒髪を後ろに一つの三編みにした青年が、華風の長椅子に座った銀髪緋眼の着物の少女に魔法使い用のカメラを向けていた。
静まり返った室内に、カメラのシャッターをきる音だけが響いていた。
「麗、次は右ね…あ、視線はコッチよ」
どこかで聞いた事のある様な感じの訛方…麗はその言葉に従い、右を向くと視線をカメラに向けた。
「そう、良いね。麗、相変わらず着物似合てるよ」
『有難う、西煌 』
西煌と呼ばれた青年はニッコリ微笑むと写真を撮り続けた。
「麗、そろそろ銘鈴 が記事を仕上げてくるないか?」
『そうね…西煌、貴方写真を撮り終わったら御茶でも飲まない?きっと翡翠達が喜ぶわ』
西煌はカメラをケースに仕舞ってテーブルに置くと、麗の隣に腰掛けた。
「翡翠か…久しぶりね」
『あらやだ、私とも久し振りだわ』
「そうね、大分時間掛かてしまったから」
『でも取り戻したのね』
「あぁ、探すのに苦労したけどね。力を使い過ぎて休み過ぎたし」
麗は西煌に寄り掛かったると目を閉じた。
『凄く寂しかったわ』
「悪かた。もう無いね」
『ふふ、信じるわ』
頭に口付けられ、麗はクスクス笑った。
「そう言えば…」
『ん?』
「翡翠達…って言ったね、他にも居るのか?」
『桜華、騎龍、椿、凌と合流したわ。後は七叉、楓は元々一緒ね。砕覇は社でトラブル対応に苦戦してるみたいだから…その内顔を出すでしょう』
「そうか」
『後の子達とは連絡がつかないわ…まぁ、だから桜華達が自力でこちらへ来たんだけど』
「麗が攫われた時に社に居た者しか呼び出せぬか」
『そうみたいね…』
「…茶は喜んで受けるよ。それにしても麗、麗は我の主ね…茶でも何でも呼びたくなたら直ぐ呼ぶ良いね」
『そうね』
「分かってないね」
『ぇ…』
優しい西煌の声が急に静かなものになり、麗はそう声を洩らした。
「ずっと遠慮してたの知らないとでも思たか。
我の最優先は麗ね。本来ならこの世界に来た日に真っ先に呼んで欲しかったね」
『御免なさい…』
「良いね、謝る事無い。麗が我を思て我を呼ばなかったなんて察しがついてるね」
麗は嬉しそうに微笑むと、そっと西煌の手を取った。
『有難う、西煌』
「だが麗…一つ言ておくが、我が撮らないと写真に写らないの直すね」
『写真は嫌いなんだ…極力写りたくない』
困った様に苦笑した麗は、恨めしそうにカメラケースを見据えた。
「それは知てるね…でも写真は後に残る物。皆喜ぶよ」
『……分かった、極りょ』
麗が了承しようとした瞬間、部屋の扉が勢い良く開き、麗の返事はかき消された。
「麗サン、記事仕上がりましたよ!」
部屋に入ってきたのは小さな黒髪の少女だった。
少女は持っていた書類を麗に手渡すと、姿勢を正して立った。
『御疲れ、銘鈴』
麗は書類を受取って内容を読み、西煌はテーブルに置いてあったケースを銘鈴に手渡した。
「今回の写真出来てるね、持てくと良いよ」
銘鈴はケースを受け取ると、微笑みながらケースを抱き締めた。
「ありがとうございます、西煌サン!
西煌サンがいてくれて良かったです……麗サンは私達には撮らせてくれなくて…」
『御免なさい、銘鈴…悪いとは思ってるんだけど』
謝りながら麗は読み終わった書類を銘鈴に返した。
「いえ、とんでもないです!あ、西煌サン…ウチの部長からの伝言なんですが“我が社へ入社しないか?”だそうです」
西煌は驚いて目を見開き、麗は楽しそうにクスクス笑った。
『凄いじゃないか、西煌』
西煌は困った様に眉を寄せながら口を開いた。
「済まないが遠慮するね…我は他にも沢山仕事があるよ。伝言頼むね」
「分かりました。ではワタシは記事全体を仕上げなくてはいけませんので失礼します」
銘鈴は綺麗に一礼すると部屋を出て行き、西煌はそれを確認すると口を開いた。
「我は麗で手一杯ね」
『そうね』
麗はクスクス笑いながら頷き、西煌はそれを見て微笑むと姿を消した。
──麗、我は少し会合に顔出すから…茶の時間になたら呼ぶね…
──あぁ、分かった呼ぶよ…
夜のホグワーツの長く冷たい廊下を麗は着物を摺りながら歩く。
着替えを自室に忘れるなんて…不覚だ。靴も無い。術を使って部屋に帰ったり、着替えても良いが、今日は疲れているのでそれは避けた。避けてしまった。
「歌姫…麗様と御見受けします」
ふと誰もいない筈の廊下に、そう男の声が響き渡った。
振り向くと麗の背後には黒ローブの男が立っていた。フードで顔が見え無い。
それにしても…力が鈍るとこうも察しが悪くなるか…
『…どちら様かしら?私に黒尽くめの知り合いはいないわよ。それにフードを取って挨拶をするのが礼儀じゃないかしら?』
「失礼を、歌姫」
男は一礼すると、体勢を元に戻した。
「ですが…顔を見せる事は出来ませんし、名のる事も出来ません」
麗は不機嫌そうに眉をに寄せた。
『あら、失礼倍増ね』
男は愉快そうにクスクス笑うと口を開く。
「失礼、姫君。更なる失礼を御許し下さい」
ローブの下から出た黒子の杖の先が蒼白く光った。
『そんなモノ…』
麗は男の魔法を避けた…筈だった。が、男の魔法は方向を変えると直ぐに麗を追い掛けて来る。
『ッ…』
麗は後ろに飛び退くと、続けて追って来る魔法を避け続ける。
『誰かさんの術に似てるわね』
「誰かさん?こんな物誰でも使えますよ」
麗は大目に距離を取ると右腕を前方…追って来る魔法へ向かって突き出した。
撒け無いならば破壊するまでだ。
しかし術を使おうとした瞬間、麗は膝を折った。
「おや、どうかしましたか?」
『ッ…ぐ』
膝を折った麗に男の追尾魔法が当り、麗はその場に倒れた。
何でこんな時に目眩が…
手足が厳重に拘束され、声が封じられる。
力を使おうとする麗の瞳が緋く染まった。
「声を上げられては困りますからね…お喋りは禁止です。あぁ、更に失礼しますよ、姫」
男の杖先が光り、懐から滑り出た手枷が麗の腕に嵌った。体に痺れが走り、麗は痛みに顔を歪めた。
「一瞬でしたが、綺麗な瞳でしたよ、姫」
男が杖を終い、その口許が弧を描く。
「力を封じる手枷ですよ。貴方はもう何も出来ない…さあ、私の御主人様が貴方を待っておいでです。一緒に来てもらいますよ、姫」
歩み寄ってくる男を麗は睨み付けた。
撮影に邪魔だからと魔具を置いてきたのも悪かったか…奴の言った通り、力は魔力も霊力も妖力も全て封じられて使え無い。
便利な手枷だこと…
「あぁ、大丈夫。死にはしませんよ、御主人様は貴女の歌や容姿に惚れ込んでまして…籠の中で愛して頂いてください」
冗談じゃ無い。
しかしこれでは術や魔法も使え無いし、誰も呼ぶ事が出来無い…流石に不味い。
「さあ、姫…私と共にあの方の元へ」
「死にたいか、人間」
そう声がした瞬間、廊下に横たわる麗の隣に西煌が現れた。
「何ですか貴方は…」
「こっちの台詞ね」
西煌はスッと足を上げると、麗の手枷を踏み付けた。
そして踵にグッと力を入れると、手枷を破壊する。
「な…」
「脆いね」
手枷の外れた腕を引いて麗を起こした西煌は、もう片方の手枷を握り締めるとこちらも破壊した。
割れた手枷がガシャンと音を立てて廊下に落ちる。
「そんな…」
男がそう洩らした瞬間、羽音と共に上から人型の蒼が麗達を背に男の前に降ってきた。
空中で人型になり、着地したのだろう。
「悪いが御引き取り願おう」
蒼が男を睨み付ける中、西煌がケラケラ笑った。
「加勢か?麗の知り合いね?唯でさえ勝ち目無いのに余計不利だね」
「クソ…」
「聞こえなかったか?御引き取り願おう」
「それは困りますね。御主人様は姫をお待ちだ、一緒に来ていただ…ッ?!」
廊下に亀裂が走り、かけた廊下の一部が飛び上がって男の喉元にその切っ先を向けた。蒼の魔法だ。
「帰って貴様等の御主人様とやらに伝えろ“絶対に渡さねぇ”ってな」
男は舌打ちをすると闇に消えて行き、それを見届けた蒼は麗の方へ振り返った。
「何をやっている、麗」
『…御免なさい』
「あ〜ぁ、怒らせたね」
蒼が凄く怒っている…魔法が…気が荒々しい。
「“家族”か」
『えぇ、そうよ』
「西煌ね」
蒼は溜め息を吐くと、苛つきながら頭を掻いた。
「これからは俺か紙園を肩に乗せるかして供をさせろ」
『そんな事しなくても』
「駄目だ!!」
そう声を荒げた後に、蒼はばつの悪そうな顔をした。
「お前はまた危ない事をして…お前は…っ」
蒼の顔が歪み、それを見た麗は困った様に眉を寄せた。
『御免…蒼』
蒼は懐から魔具を取り出すと、そっと麗の首に付けた。
『有難う、蒼…もう、なるべく外さない。だから…だからそんな顔しないで』
頰に触れる麗の手を取った蒼は、掌に口付けた。
「お前がさせている…気を付けろ」
『分かった、努力する』
「仕方の無い主人だな」
そう蒼が口にした瞬間、麗は蒼に握られていた手を振り払う様に解いた。
『主じゃ無い!!蒼は私の家族だ!私は主では無い…私は』
「麗、落ち着くね。この子は主の意味が分かて無い」
西煌の言う通り、蒼には麗の言っている本当意味が分からなかった。
『御免なさい…』
「いや、分かった」
『ぇ…』
「主じゃない。家族だ」
「そうね、それで良い」
私は主じゃ無い…他の子達と違って蒼は契約に縛られていない。
だから…
どうか自由に──…
「いやぁ、久しぶりね!」
西煌はソファーに腰掛けながら、椿達を見て笑った。
西煌と仲が良い翡翠はいつになく機嫌が良い。蒼は黙って麗の隣に腰掛けていた。
「何時ぶりかね?」
『私は一年振り…他の子達は一年ちょっと経つわね』
「んだよ、麗はこっちに来る前に会ってんのか?」
『えぇ、こちらに飛ばされる少し前に帰って来てたのよ』
「西煌どこ行ってたの?麗に聞いても教えてくんないからさ、凌と捜してたんだよ~」
椿は麗に膝枕をしてもらうと、うとうとしながらそう話した。
椿が麗に何をしようと誰も怒らない。誰もが椿を弟の様に思っていたからだった。
「中国に里帰りね」
「西煌、日本生まれじゃん。それ里帰りって言わないよ~」
「そうなのか?」
『私達と出会う前に長い間、中国にいたんだ…翡翠、凌を手伝ってあげて』
麗は椿を乗せていて動けない自分の変わりに、翡翠に御茶を運ぶ凌を手伝うように言う。
翡翠は素直にそれに従った。
「ぁ…済みません、九尾」
翡翠は凌からトレイを受け取ると、ティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
「九尾…種別の名だったか?」
『まぁ…そうよ、蒼』
「翡翠って呼べって言ってるんだけどな」
昔から凌は私と椿以外を名前で呼ぼうとしなかった。翡翠達がいくら正そうとも、凌は名を口にしない。
「そうね、凌はちょと堅いよ」
「…はい」
凌は軽く頭を下げ、椿の頭を撫でていた麗がゆっくりと口を開いた。
『凌らしくて良いんじゃない?ねぇ、椿』
「麗の言う通りだよ~凌らしくて良いんじゃ~ん」
『凌…貴方のしたい様にすれば良いのよ』
麗は椿の頭を撫でると、凌に向かって微笑み、凌もそれに答えるように微笑み返した。
「はい、麗様」
皆、そのままで良い──…
「やー、手間取たね」
『ぇ…』
振り返った先に居た男を見た瞬間、麗は目を輝かせた。
「どうなってるね、散々よ…皆連絡つかない言うし」
『丁度良い所に!!』
「は?」
麗は男の腕に抱き付くと、ニッコリと笑った。
=黒と黒=
風が冷たいある日の夜。
ホグワーツ魔法魔術学校の大広間では、長い黒髪を後ろに一つの三編みにした青年が、華風の長椅子に座った銀髪緋眼の着物の少女に魔法使い用のカメラを向けていた。
静まり返った室内に、カメラのシャッターをきる音だけが響いていた。
「麗、次は右ね…あ、視線はコッチよ」
どこかで聞いた事のある様な感じの訛方…麗はその言葉に従い、右を向くと視線をカメラに向けた。
「そう、良いね。麗、相変わらず着物似合てるよ」
『有難う、
西煌と呼ばれた青年はニッコリ微笑むと写真を撮り続けた。
「麗、そろそろ
『そうね…西煌、貴方写真を撮り終わったら御茶でも飲まない?きっと翡翠達が喜ぶわ』
西煌はカメラをケースに仕舞ってテーブルに置くと、麗の隣に腰掛けた。
「翡翠か…久しぶりね」
『あらやだ、私とも久し振りだわ』
「そうね、大分時間掛かてしまったから」
『でも取り戻したのね』
「あぁ、探すのに苦労したけどね。力を使い過ぎて休み過ぎたし」
麗は西煌に寄り掛かったると目を閉じた。
『凄く寂しかったわ』
「悪かた。もう無いね」
『ふふ、信じるわ』
頭に口付けられ、麗はクスクス笑った。
「そう言えば…」
『ん?』
「翡翠達…って言ったね、他にも居るのか?」
『桜華、騎龍、椿、凌と合流したわ。後は七叉、楓は元々一緒ね。砕覇は社でトラブル対応に苦戦してるみたいだから…その内顔を出すでしょう』
「そうか」
『後の子達とは連絡がつかないわ…まぁ、だから桜華達が自力でこちらへ来たんだけど』
「麗が攫われた時に社に居た者しか呼び出せぬか」
『そうみたいね…』
「…茶は喜んで受けるよ。それにしても麗、麗は我の主ね…茶でも何でも呼びたくなたら直ぐ呼ぶ良いね」
『そうね』
「分かってないね」
『ぇ…』
優しい西煌の声が急に静かなものになり、麗はそう声を洩らした。
「ずっと遠慮してたの知らないとでも思たか。
我の最優先は麗ね。本来ならこの世界に来た日に真っ先に呼んで欲しかったね」
『御免なさい…』
「良いね、謝る事無い。麗が我を思て我を呼ばなかったなんて察しがついてるね」
麗は嬉しそうに微笑むと、そっと西煌の手を取った。
『有難う、西煌』
「だが麗…一つ言ておくが、我が撮らないと写真に写らないの直すね」
『写真は嫌いなんだ…極力写りたくない』
困った様に苦笑した麗は、恨めしそうにカメラケースを見据えた。
「それは知てるね…でも写真は後に残る物。皆喜ぶよ」
『……分かった、極りょ』
麗が了承しようとした瞬間、部屋の扉が勢い良く開き、麗の返事はかき消された。
「麗サン、記事仕上がりましたよ!」
部屋に入ってきたのは小さな黒髪の少女だった。
少女は持っていた書類を麗に手渡すと、姿勢を正して立った。
『御疲れ、銘鈴』
麗は書類を受取って内容を読み、西煌はテーブルに置いてあったケースを銘鈴に手渡した。
「今回の写真出来てるね、持てくと良いよ」
銘鈴はケースを受け取ると、微笑みながらケースを抱き締めた。
「ありがとうございます、西煌サン!
西煌サンがいてくれて良かったです……麗サンは私達には撮らせてくれなくて…」
『御免なさい、銘鈴…悪いとは思ってるんだけど』
謝りながら麗は読み終わった書類を銘鈴に返した。
「いえ、とんでもないです!あ、西煌サン…ウチの部長からの伝言なんですが“我が社へ入社しないか?”だそうです」
西煌は驚いて目を見開き、麗は楽しそうにクスクス笑った。
『凄いじゃないか、西煌』
西煌は困った様に眉を寄せながら口を開いた。
「済まないが遠慮するね…我は他にも沢山仕事があるよ。伝言頼むね」
「分かりました。ではワタシは記事全体を仕上げなくてはいけませんので失礼します」
銘鈴は綺麗に一礼すると部屋を出て行き、西煌はそれを確認すると口を開いた。
「我は麗で手一杯ね」
『そうね』
麗はクスクス笑いながら頷き、西煌はそれを見て微笑むと姿を消した。
──麗、我は少し会合に顔出すから…茶の時間になたら呼ぶね…
──あぁ、分かった呼ぶよ…
夜のホグワーツの長く冷たい廊下を麗は着物を摺りながら歩く。
着替えを自室に忘れるなんて…不覚だ。靴も無い。術を使って部屋に帰ったり、着替えても良いが、今日は疲れているのでそれは避けた。避けてしまった。
「歌姫…麗様と御見受けします」
ふと誰もいない筈の廊下に、そう男の声が響き渡った。
振り向くと麗の背後には黒ローブの男が立っていた。フードで顔が見え無い。
それにしても…力が鈍るとこうも察しが悪くなるか…
『…どちら様かしら?私に黒尽くめの知り合いはいないわよ。それにフードを取って挨拶をするのが礼儀じゃないかしら?』
「失礼を、歌姫」
男は一礼すると、体勢を元に戻した。
「ですが…顔を見せる事は出来ませんし、名のる事も出来ません」
麗は不機嫌そうに眉をに寄せた。
『あら、失礼倍増ね』
男は愉快そうにクスクス笑うと口を開く。
「失礼、姫君。更なる失礼を御許し下さい」
ローブの下から出た黒子の杖の先が蒼白く光った。
『そんなモノ…』
麗は男の魔法を避けた…筈だった。が、男の魔法は方向を変えると直ぐに麗を追い掛けて来る。
『ッ…』
麗は後ろに飛び退くと、続けて追って来る魔法を避け続ける。
『誰かさんの術に似てるわね』
「誰かさん?こんな物誰でも使えますよ」
麗は大目に距離を取ると右腕を前方…追って来る魔法へ向かって突き出した。
撒け無いならば破壊するまでだ。
しかし術を使おうとした瞬間、麗は膝を折った。
「おや、どうかしましたか?」
『ッ…ぐ』
膝を折った麗に男の追尾魔法が当り、麗はその場に倒れた。
何でこんな時に目眩が…
手足が厳重に拘束され、声が封じられる。
力を使おうとする麗の瞳が緋く染まった。
「声を上げられては困りますからね…お喋りは禁止です。あぁ、更に失礼しますよ、姫」
男の杖先が光り、懐から滑り出た手枷が麗の腕に嵌った。体に痺れが走り、麗は痛みに顔を歪めた。
「一瞬でしたが、綺麗な瞳でしたよ、姫」
男が杖を終い、その口許が弧を描く。
「力を封じる手枷ですよ。貴方はもう何も出来ない…さあ、私の御主人様が貴方を待っておいでです。一緒に来てもらいますよ、姫」
歩み寄ってくる男を麗は睨み付けた。
撮影に邪魔だからと魔具を置いてきたのも悪かったか…奴の言った通り、力は魔力も霊力も妖力も全て封じられて使え無い。
便利な手枷だこと…
「あぁ、大丈夫。死にはしませんよ、御主人様は貴女の歌や容姿に惚れ込んでまして…籠の中で愛して頂いてください」
冗談じゃ無い。
しかしこれでは術や魔法も使え無いし、誰も呼ぶ事が出来無い…流石に不味い。
「さあ、姫…私と共にあの方の元へ」
「死にたいか、人間」
そう声がした瞬間、廊下に横たわる麗の隣に西煌が現れた。
「何ですか貴方は…」
「こっちの台詞ね」
西煌はスッと足を上げると、麗の手枷を踏み付けた。
そして踵にグッと力を入れると、手枷を破壊する。
「な…」
「脆いね」
手枷の外れた腕を引いて麗を起こした西煌は、もう片方の手枷を握り締めるとこちらも破壊した。
割れた手枷がガシャンと音を立てて廊下に落ちる。
「そんな…」
男がそう洩らした瞬間、羽音と共に上から人型の蒼が麗達を背に男の前に降ってきた。
空中で人型になり、着地したのだろう。
「悪いが御引き取り願おう」
蒼が男を睨み付ける中、西煌がケラケラ笑った。
「加勢か?麗の知り合いね?唯でさえ勝ち目無いのに余計不利だね」
「クソ…」
「聞こえなかったか?御引き取り願おう」
「それは困りますね。御主人様は姫をお待ちだ、一緒に来ていただ…ッ?!」
廊下に亀裂が走り、かけた廊下の一部が飛び上がって男の喉元にその切っ先を向けた。蒼の魔法だ。
「帰って貴様等の御主人様とやらに伝えろ“絶対に渡さねぇ”ってな」
男は舌打ちをすると闇に消えて行き、それを見届けた蒼は麗の方へ振り返った。
「何をやっている、麗」
『…御免なさい』
「あ〜ぁ、怒らせたね」
蒼が凄く怒っている…魔法が…気が荒々しい。
「“家族”か」
『えぇ、そうよ』
「西煌ね」
蒼は溜め息を吐くと、苛つきながら頭を掻いた。
「これからは俺か紙園を肩に乗せるかして供をさせろ」
『そんな事しなくても』
「駄目だ!!」
そう声を荒げた後に、蒼はばつの悪そうな顔をした。
「お前はまた危ない事をして…お前は…っ」
蒼の顔が歪み、それを見た麗は困った様に眉を寄せた。
『御免…蒼』
蒼は懐から魔具を取り出すと、そっと麗の首に付けた。
『有難う、蒼…もう、なるべく外さない。だから…だからそんな顔しないで』
頰に触れる麗の手を取った蒼は、掌に口付けた。
「お前がさせている…気を付けろ」
『分かった、努力する』
「仕方の無い主人だな」
そう蒼が口にした瞬間、麗は蒼に握られていた手を振り払う様に解いた。
『主じゃ無い!!蒼は私の家族だ!私は主では無い…私は』
「麗、落ち着くね。この子は主の意味が分かて無い」
西煌の言う通り、蒼には麗の言っている本当意味が分からなかった。
『御免なさい…』
「いや、分かった」
『ぇ…』
「主じゃない。家族だ」
「そうね、それで良い」
私は主じゃ無い…他の子達と違って蒼は契約に縛られていない。
だから…
どうか自由に──…
「いやぁ、久しぶりね!」
西煌はソファーに腰掛けながら、椿達を見て笑った。
西煌と仲が良い翡翠はいつになく機嫌が良い。蒼は黙って麗の隣に腰掛けていた。
「何時ぶりかね?」
『私は一年振り…他の子達は一年ちょっと経つわね』
「んだよ、麗はこっちに来る前に会ってんのか?」
『えぇ、こちらに飛ばされる少し前に帰って来てたのよ』
「西煌どこ行ってたの?麗に聞いても教えてくんないからさ、凌と捜してたんだよ~」
椿は麗に膝枕をしてもらうと、うとうとしながらそう話した。
椿が麗に何をしようと誰も怒らない。誰もが椿を弟の様に思っていたからだった。
「中国に里帰りね」
「西煌、日本生まれじゃん。それ里帰りって言わないよ~」
「そうなのか?」
『私達と出会う前に長い間、中国にいたんだ…翡翠、凌を手伝ってあげて』
麗は椿を乗せていて動けない自分の変わりに、翡翠に御茶を運ぶ凌を手伝うように言う。
翡翠は素直にそれに従った。
「ぁ…済みません、九尾」
翡翠は凌からトレイを受け取ると、ティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
「九尾…種別の名だったか?」
『まぁ…そうよ、蒼』
「翡翠って呼べって言ってるんだけどな」
昔から凌は私と椿以外を名前で呼ぼうとしなかった。翡翠達がいくら正そうとも、凌は名を口にしない。
「そうね、凌はちょと堅いよ」
「…はい」
凌は軽く頭を下げ、椿の頭を撫でていた麗がゆっくりと口を開いた。
『凌らしくて良いんじゃない?ねぇ、椿』
「麗の言う通りだよ~凌らしくて良いんじゃ~ん」
『凌…貴方のしたい様にすれば良いのよ』
麗は椿の頭を撫でると、凌に向かって微笑み、凌もそれに答えるように微笑み返した。
「はい、麗様」
皆、そのままで良い──…