第1章 始マリノ謳
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3
薄暗い森…
綺麗な青みがかった満月が浮かんでいる雲の無い星空の下で、冷たい地に横になって寝ている少女が一人。
そして傍らには…
一匹と…一羽……
=狐と鷹と=
何かが頬を舐めた。
まだ眠いのに…右頬が擽 ったくて気になる。
麗は重たい瞼を動かし、薄く目を開いた。目の前には大きな獣がいた。長くフサフサな九本の尾を持つ銀色の毛並みの狐…
『…翡翠』
「起きたか、麗」
本来の姿に戻った翡翠は、その温かい身体で私を抱え込んでくれていた。まるで狐の親子の様に…
それにしても翡翠は相変わらずフサフサで気持ちが良い。あぁ、また眠けが…
『まだ…眠い…』
眠る事は好きでは無い。好きでは無いが…今日は何故かとても眠い。もっとこの感覚に浸っていたくて…もっと眠りたくて…もっともっと深い眠りにつきたくて…再度、寝ぼけ眼を閉じる。
「おい、麗…」
あぁ、翡翠の声が遠ざかっていく…御休み、ひす…
「起きろ」
『痛っ…?!てめ…何すんだ、翡翠!!』
左頬に鋭い痛みが走り、翡翠に文句を言いながら麗は飛び起きた。痛みで一気に目が覚めてしまった……確かに翡翠の為には起きたかったが、こんな起き方は望んでいない。寧ろ全力で遠慮したい代物だ。だって痛いし…
「何すんだ、馬鹿鳥!翼と脚をもいでからじわじわ炙って食うぞ!」
唸りながらそう拷問じみた事はを口にした翡翠に、麗は首を傾げた。
『刺したの翡翠じゃないの?』
「俺にそんな堅い口はねぇ。お前を刺したのはこの鳥だ!」
翡翠とは反対側…左側を見ると、黒く大きな青い瞳の…
『鷹…いや、鷲か』
異様に姿勢の良い鷲がいた。闇と同化した黒い羽毛、深い青の眼…
「鷹だ…お前寝起き悪過ぎるぞ」
『煩ぇ、こんなの今日だけよ』
そう口にした瞬間、表情を歪めた翡翠が何故か丹念に私の匂いを嗅いだが、今はそれどころでは無かった。
見渡せば大木だらけの森の中…木々の隙間から遠くに古城が見えた。そしてこの頬の痛み…
『本当に…夢じゃ無かった』
あの事故も、イアンと出会った事も、何もかも…
「麗…」
『母様…父様…』
「麗、夢じゃない。あの事故も、コレも…何故俺達が動けなかったか疑問は尽きないが…兎も角、今の状態のあの二人が……あの事故で生き残れる筈が無い」
二人が本当に死んだ…?
『…そうね』
麗は立ち上がると、遠くに見える城を見据えた。
「おい、異界の小娘…ついて来い、案内してやる」
『どこへ…』
夢でないのなら、ここはイアンが招き入れた私が居た世界とは別の世界だ。
私に…私達に行く当て等無い。
「ホグワーツ魔法魔術学校」
翡翠の尾の一つにとまっていた鷹は、そう言って飛び上がると麗の肩に飛び移った。
ホグワーツ…ハリー・ポッターか。
『翡翠、狐に』
翡翠が不機嫌そうに唸りながら九本の尾を一本だけ残して普通の大きさの狐になる。
『何故異界からと』
私は一言も異界から来たと言っていない。
「麗、お前寝言でブツブツ言ってたぜ」
『ぇ、嘘…』
恥ずかしい…珍しく眠くなんかなるからこんな事になるんだ。
「狐の言う通りだ。それに異界から来たのならアルバス・ダンブルドアの所に行って生活面の協力を仰いだ方が良い」
麗は軽く溜め息を吐くとホグワーツに向かって歩き出した。肩に綺麗な鷹、傍らには翡翠の御供をつけて…
『そういえば…貴方、名前は何て言うの?』
静かに歩いていた麗が思い付いた様に呟き、鷹は確かめる様に麗の顔を覗き込んだ。
「俺の名前か?」
「麗、こんな奴の名前なんか…」
『うん、名前教えて?』
麗は翡翠を無視するとそう言って鷹に微笑みかけた。対する鷹は申し訳なさそうに首を引っ込めると、呟いた。
「…無い」
『名前無いの?』
「あぁ、無い…忘れた。呼ぶ者は…皆死んだからな」
『じゃあ、私が付けるね』
麗が楽しそうに笑い、驚いた翡翠は目を真ん丸に見開いた。
「麗、お前名付けなんて…!」
『翡翠、この子は違う…名付けにはならないよ…そもそも名付けはしないし』
麗は優しく微笑むと、そう翡翠を制した。
『貴方は今日から“蒼 ”』
「……分かった」
嬉しそうに目を細めた蒼を見て、翡翠は意地悪く笑った。
「麗、この馬鹿鳥照れてるぜ」
『ぇ…本当?!』
麗が顔を見ようとするが、蒼は違う方を向き、絶対に顔を見せようとしなかった。
「照れて…無い。それより…」
そう言いながら振り返った蒼の目は軽く泳いでいた。全く、可愛いものだ。
蒼は頭で麗の頬を軽く押して前を向かせた。
「ホグワーツ魔法魔術学校だ」
蒼と話していた間に随分と近付いていたらしい。
『想像以上の大きさだな』
それにとても綺麗だ。大きな門の向こうでは、青みがかった月を背負った城が、月の光に照らされて青く輝いている。
「麗…中入ろうぜ、俺眠い」
『そうだな』
一瞬、ニカッと歯を見せて笑った麗を見て翡翠は一瞬動きを止めたが、それは本当に一瞬の事で、翡翠は直ぐに麗に着いて歩いた。そして門の側まで来ると、本来の姿に戻って麗を背に乗せ、門を飛び越えた。
麗が背から降りると、直ぐに翡翠が狐の姿になり、飛び立った蒼が肩へと着地する。
『勝手に入っちゃったけど警報とかは無いみたいね』
「どうせあったって止めるだろ」
『いやね、人聞きの悪い。泥棒みたいじゃない』
「んなこた言ってねぇだろ」
『まぁ、ホグワーツからしたらどちらにしても一緒よ。警報は鳴らなくても、侵入者がいる事は気付かれてる筈だし』
「誰か来るぜ」
『でしょうね』
「麗、血の気の多い教員に見付かるよりも先に校長室を探せ。アルバス・ダンブルドアに保護してもらえ」
『はいはい』
喋りながら更に城へと近付く麗に、蒼はそう釘を刺した。
闇雲に歩いても今日は終わらない。寝床の提供を承知して貰えば万々歳だが、それが無理ならば自分で今日の寝床を確保しなければならない。
それが済んで漸く今日が終了する。
「誰ですか!」
一見誰もいない様に思えるホグワーツの庭に幾分歳を重ねた女の声が響いた。
「どこの寮です!」
『どこでもないわ』
「何ですって…?ここはホグワーツの生徒と教員以外、立ち入り禁止ですよ!」
声のした木の影から出て来たのは、声相応の女性だった。
「麗…」
『静かになさい、翡翠』
感覚までも鈍っているのか。本当に気付かないなんて…
「…貴女、一人ですか?」
『えぇ。一人と一匹と一羽よ』
麗はニッコリと微笑むと、足元の翡翠を抱き上げた。瞬間、翡翠の身体が仔狐くらいの大きさに縮む。
『今晩は、ミネルバ・マクゴナガル先生』
名乗ってもいないのに名を当てた麗に、ミネルバと蒼が驚いている中、翡翠は唯、自分を抱き上げている麗を見上げた。そして麗はミネルバを見据える。
『アルバス・ダンブルドア校長に面会させて貰えないかしら』
ミネルバは不機嫌そうに眉を寄せると麗を見据え返した。
「貴女の様な子供がこんな時間に一人で…とも思いますが……百歩譲ってそれには目を瞑っても、面会ならば先ず梟で知らせを送る。それが出来なくとも深夜を避けるのが礼儀でしょう。どういう事情があるかは知りませんが非常し…」
『単純だが…だからこそ複雑な事情がある』
夢では無い確率が格段に上がった今、引き下がる事等出来無い。何が何でもアルバス・ダンブルドアに会わなくては…
「引き取る気は無いのですか」
『無い』
「…では用件とは重要な事なのですか?」
『ある意味では重要。でもある意味ではアルバス・ダンブルドアには全く関係が無い』
ミネルバは溜め息を吐くと、肩に掛けたローブをきちんと着込み、困った様に麗を見据えた。
「少しでも重要ならば仕方ありません…念の為、杖を」
『持っていないわ』
「何ですって?ではどうやってここに入ったのです」
『門を飛び越えて』
「飛び越え…だから入って来れたのね」
大きな溜め息をつかれた。やはり外敵の侵入を防ぐ仕掛けがされていた様だ。恐らく対魔法用の。
「着いて来なさい」
城の近くまで行くとまた門があった。
今度は飛び越えず、重く錆びついた音を立てながら門が開く中、麗は“有難う”とお礼を言って微笑むと、門を潜ってミネルバの後に続いて歩いた。
ホグワーツの石造りの廊下は冷たかった。ひんやりとした風が身体を包み込む。
しかしフワフワの毛が気持ちいい翡翠を抱いていた為、冷える事は無かったし、麗にはそれよりも気になる事があった。
夜遅い為、暗い外から廊下を照らす灯の近くに来て漸く気付いたのだが…
『翡翠…』
「………何だ?」
ミネルバは翡翠と蒼が人語を話せる事を知らないので、麗は小声で話し掛け、翡翠も小声でそう返した。
『私の髪、黒くない?』
自分の特徴である髪の色が何故か違う。
「黒いな…こっちに来てからずっと黒いぜ…瞳もな」
『え…本当に?』
銀髪は黒髪に…緋眼は黒眼に変わってしまったらしい。
「…良かったな」
翡翠の一言に、麗は翡翠を抱き締め直すと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そんな中、何も知らない蒼が首を傾げる。
「…麗の髪と瞳の色は本来、黒では無いのか?」
『元は銀髪緋眼なんだよ』
遺伝の深緋と歪な銀…色を変える方法はあったが、本質を変える事は出来無いのだから、永遠に逃れられないと思っていた。
「そうか…黒も似合うぞ」
『有難う、蒼』
麗は嬉しそうに微笑むと、蒼の頬に口付けた。
「な…!」
瞬間、文句を言おうとした翡翠の代りに違う声が響いた。
「ここです」
校長室に着いたらしい。
ミネルバは扉を開くと麗を部屋に通した。校長室は麗が想像したものと全然違っていた。辺りにある珍しい物を観察しながら、部屋の奥の椅子に座っている半月眼鏡を掛けた髭と髪の長い老人の前に立つとニッコリ微笑み、ミネルバと老人…アルバス・ダンブルドア両者の存在を室内に感じると口を開いた。
『初めまして、アルバス・ダンブルドア、そして改めて今晩は、ミネルバ・マクゴナガル…私はサツ…麗・皐月』
ここがどこであろうと、私は翡翠達家族と生きていける。
でも…ホグワーツに来ようとも来なかろうとも世界とは関わらなければならない。
ねぇ…イアン……
事実を話してはいけないとは言わなかったよな?
『異界から送られました』
──麗…
これ今人気がある小説なんだってよ!
小難しい文献ばっか読んでねぇでこっちも読めよ…ゲームも持って来たからさ!
まぁ、女の子向きのゲームじゃねぇけど…面白い術があるから気に入ると思う!
まぁ、デメリットもあるが、この方法なら新しい術も作れるさ。
なぁ、麗…
楽しい事なんて一杯あるんだ。
何もかも全部…全部…
俺が教えてやるよ──……
思い出せ無い…
貴方は…一体、誰──……
薄暗い森…
綺麗な青みがかった満月が浮かんでいる雲の無い星空の下で、冷たい地に横になって寝ている少女が一人。
そして傍らには…
一匹と…一羽……
=狐と鷹と=
何かが頬を舐めた。
まだ眠いのに…右頬が
麗は重たい瞼を動かし、薄く目を開いた。目の前には大きな獣がいた。長くフサフサな九本の尾を持つ銀色の毛並みの狐…
『…翡翠』
「起きたか、麗」
本来の姿に戻った翡翠は、その温かい身体で私を抱え込んでくれていた。まるで狐の親子の様に…
それにしても翡翠は相変わらずフサフサで気持ちが良い。あぁ、また眠けが…
『まだ…眠い…』
眠る事は好きでは無い。好きでは無いが…今日は何故かとても眠い。もっとこの感覚に浸っていたくて…もっと眠りたくて…もっともっと深い眠りにつきたくて…再度、寝ぼけ眼を閉じる。
「おい、麗…」
あぁ、翡翠の声が遠ざかっていく…御休み、ひす…
「起きろ」
『痛っ…?!てめ…何すんだ、翡翠!!』
左頬に鋭い痛みが走り、翡翠に文句を言いながら麗は飛び起きた。痛みで一気に目が覚めてしまった……確かに翡翠の為には起きたかったが、こんな起き方は望んでいない。寧ろ全力で遠慮したい代物だ。だって痛いし…
「何すんだ、馬鹿鳥!翼と脚をもいでからじわじわ炙って食うぞ!」
唸りながらそう拷問じみた事はを口にした翡翠に、麗は首を傾げた。
『刺したの翡翠じゃないの?』
「俺にそんな堅い口はねぇ。お前を刺したのはこの鳥だ!」
翡翠とは反対側…左側を見ると、黒く大きな青い瞳の…
『鷹…いや、鷲か』
異様に姿勢の良い鷲がいた。闇と同化した黒い羽毛、深い青の眼…
「鷹だ…お前寝起き悪過ぎるぞ」
『煩ぇ、こんなの今日だけよ』
そう口にした瞬間、表情を歪めた翡翠が何故か丹念に私の匂いを嗅いだが、今はそれどころでは無かった。
見渡せば大木だらけの森の中…木々の隙間から遠くに古城が見えた。そしてこの頬の痛み…
『本当に…夢じゃ無かった』
あの事故も、イアンと出会った事も、何もかも…
「麗…」
『母様…父様…』
「麗、夢じゃない。あの事故も、コレも…何故俺達が動けなかったか疑問は尽きないが…兎も角、今の状態のあの二人が……あの事故で生き残れる筈が無い」
二人が本当に死んだ…?
『…そうね』
麗は立ち上がると、遠くに見える城を見据えた。
「おい、異界の小娘…ついて来い、案内してやる」
『どこへ…』
夢でないのなら、ここはイアンが招き入れた私が居た世界とは別の世界だ。
私に…私達に行く当て等無い。
「ホグワーツ魔法魔術学校」
翡翠の尾の一つにとまっていた鷹は、そう言って飛び上がると麗の肩に飛び移った。
ホグワーツ…ハリー・ポッターか。
『翡翠、狐に』
翡翠が不機嫌そうに唸りながら九本の尾を一本だけ残して普通の大きさの狐になる。
『何故異界からと』
私は一言も異界から来たと言っていない。
「麗、お前寝言でブツブツ言ってたぜ」
『ぇ、嘘…』
恥ずかしい…珍しく眠くなんかなるからこんな事になるんだ。
「狐の言う通りだ。それに異界から来たのならアルバス・ダンブルドアの所に行って生活面の協力を仰いだ方が良い」
麗は軽く溜め息を吐くとホグワーツに向かって歩き出した。肩に綺麗な鷹、傍らには翡翠の御供をつけて…
『そういえば…貴方、名前は何て言うの?』
静かに歩いていた麗が思い付いた様に呟き、鷹は確かめる様に麗の顔を覗き込んだ。
「俺の名前か?」
「麗、こんな奴の名前なんか…」
『うん、名前教えて?』
麗は翡翠を無視するとそう言って鷹に微笑みかけた。対する鷹は申し訳なさそうに首を引っ込めると、呟いた。
「…無い」
『名前無いの?』
「あぁ、無い…忘れた。呼ぶ者は…皆死んだからな」
『じゃあ、私が付けるね』
麗が楽しそうに笑い、驚いた翡翠は目を真ん丸に見開いた。
「麗、お前名付けなんて…!」
『翡翠、この子は違う…名付けにはならないよ…そもそも名付けはしないし』
麗は優しく微笑むと、そう翡翠を制した。
『貴方は今日から“
「……分かった」
嬉しそうに目を細めた蒼を見て、翡翠は意地悪く笑った。
「麗、この馬鹿鳥照れてるぜ」
『ぇ…本当?!』
麗が顔を見ようとするが、蒼は違う方を向き、絶対に顔を見せようとしなかった。
「照れて…無い。それより…」
そう言いながら振り返った蒼の目は軽く泳いでいた。全く、可愛いものだ。
蒼は頭で麗の頬を軽く押して前を向かせた。
「ホグワーツ魔法魔術学校だ」
蒼と話していた間に随分と近付いていたらしい。
『想像以上の大きさだな』
それにとても綺麗だ。大きな門の向こうでは、青みがかった月を背負った城が、月の光に照らされて青く輝いている。
「麗…中入ろうぜ、俺眠い」
『そうだな』
一瞬、ニカッと歯を見せて笑った麗を見て翡翠は一瞬動きを止めたが、それは本当に一瞬の事で、翡翠は直ぐに麗に着いて歩いた。そして門の側まで来ると、本来の姿に戻って麗を背に乗せ、門を飛び越えた。
麗が背から降りると、直ぐに翡翠が狐の姿になり、飛び立った蒼が肩へと着地する。
『勝手に入っちゃったけど警報とかは無いみたいね』
「どうせあったって止めるだろ」
『いやね、人聞きの悪い。泥棒みたいじゃない』
「んなこた言ってねぇだろ」
『まぁ、ホグワーツからしたらどちらにしても一緒よ。警報は鳴らなくても、侵入者がいる事は気付かれてる筈だし』
「誰か来るぜ」
『でしょうね』
「麗、血の気の多い教員に見付かるよりも先に校長室を探せ。アルバス・ダンブルドアに保護してもらえ」
『はいはい』
喋りながら更に城へと近付く麗に、蒼はそう釘を刺した。
闇雲に歩いても今日は終わらない。寝床の提供を承知して貰えば万々歳だが、それが無理ならば自分で今日の寝床を確保しなければならない。
それが済んで漸く今日が終了する。
「誰ですか!」
一見誰もいない様に思えるホグワーツの庭に幾分歳を重ねた女の声が響いた。
「どこの寮です!」
『どこでもないわ』
「何ですって…?ここはホグワーツの生徒と教員以外、立ち入り禁止ですよ!」
声のした木の影から出て来たのは、声相応の女性だった。
「麗…」
『静かになさい、翡翠』
感覚までも鈍っているのか。本当に気付かないなんて…
「…貴女、一人ですか?」
『えぇ。一人と一匹と一羽よ』
麗はニッコリと微笑むと、足元の翡翠を抱き上げた。瞬間、翡翠の身体が仔狐くらいの大きさに縮む。
『今晩は、ミネルバ・マクゴナガル先生』
名乗ってもいないのに名を当てた麗に、ミネルバと蒼が驚いている中、翡翠は唯、自分を抱き上げている麗を見上げた。そして麗はミネルバを見据える。
『アルバス・ダンブルドア校長に面会させて貰えないかしら』
ミネルバは不機嫌そうに眉を寄せると麗を見据え返した。
「貴女の様な子供がこんな時間に一人で…とも思いますが……百歩譲ってそれには目を瞑っても、面会ならば先ず梟で知らせを送る。それが出来なくとも深夜を避けるのが礼儀でしょう。どういう事情があるかは知りませんが非常し…」
『単純だが…だからこそ複雑な事情がある』
夢では無い確率が格段に上がった今、引き下がる事等出来無い。何が何でもアルバス・ダンブルドアに会わなくては…
「引き取る気は無いのですか」
『無い』
「…では用件とは重要な事なのですか?」
『ある意味では重要。でもある意味ではアルバス・ダンブルドアには全く関係が無い』
ミネルバは溜め息を吐くと、肩に掛けたローブをきちんと着込み、困った様に麗を見据えた。
「少しでも重要ならば仕方ありません…念の為、杖を」
『持っていないわ』
「何ですって?ではどうやってここに入ったのです」
『門を飛び越えて』
「飛び越え…だから入って来れたのね」
大きな溜め息をつかれた。やはり外敵の侵入を防ぐ仕掛けがされていた様だ。恐らく対魔法用の。
「着いて来なさい」
城の近くまで行くとまた門があった。
今度は飛び越えず、重く錆びついた音を立てながら門が開く中、麗は“有難う”とお礼を言って微笑むと、門を潜ってミネルバの後に続いて歩いた。
ホグワーツの石造りの廊下は冷たかった。ひんやりとした風が身体を包み込む。
しかしフワフワの毛が気持ちいい翡翠を抱いていた為、冷える事は無かったし、麗にはそれよりも気になる事があった。
夜遅い為、暗い外から廊下を照らす灯の近くに来て漸く気付いたのだが…
『翡翠…』
「………何だ?」
ミネルバは翡翠と蒼が人語を話せる事を知らないので、麗は小声で話し掛け、翡翠も小声でそう返した。
『私の髪、黒くない?』
自分の特徴である髪の色が何故か違う。
「黒いな…こっちに来てからずっと黒いぜ…瞳もな」
『え…本当に?』
銀髪は黒髪に…緋眼は黒眼に変わってしまったらしい。
「…良かったな」
翡翠の一言に、麗は翡翠を抱き締め直すと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そんな中、何も知らない蒼が首を傾げる。
「…麗の髪と瞳の色は本来、黒では無いのか?」
『元は銀髪緋眼なんだよ』
遺伝の深緋と歪な銀…色を変える方法はあったが、本質を変える事は出来無いのだから、永遠に逃れられないと思っていた。
「そうか…黒も似合うぞ」
『有難う、蒼』
麗は嬉しそうに微笑むと、蒼の頬に口付けた。
「な…!」
瞬間、文句を言おうとした翡翠の代りに違う声が響いた。
「ここです」
校長室に着いたらしい。
ミネルバは扉を開くと麗を部屋に通した。校長室は麗が想像したものと全然違っていた。辺りにある珍しい物を観察しながら、部屋の奥の椅子に座っている半月眼鏡を掛けた髭と髪の長い老人の前に立つとニッコリ微笑み、ミネルバと老人…アルバス・ダンブルドア両者の存在を室内に感じると口を開いた。
『初めまして、アルバス・ダンブルドア、そして改めて今晩は、ミネルバ・マクゴナガル…私はサツ…麗・皐月』
ここがどこであろうと、私は翡翠達家族と生きていける。
でも…ホグワーツに来ようとも来なかろうとも世界とは関わらなければならない。
ねぇ…イアン……
事実を話してはいけないとは言わなかったよな?
『異界から送られました』
──麗…
これ今人気がある小説なんだってよ!
小難しい文献ばっか読んでねぇでこっちも読めよ…ゲームも持って来たからさ!
まぁ、女の子向きのゲームじゃねぇけど…面白い術があるから気に入ると思う!
まぁ、デメリットもあるが、この方法なら新しい術も作れるさ。
なぁ、麗…
楽しい事なんて一杯あるんだ。
何もかも全部…全部…
俺が教えてやるよ──……
思い出せ無い…
貴方は…一体、誰──……