第2章 秘密ノ謳
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37
罪を犯した私は…
永久に夢を見る──…
=少女の背中=
麗に休む様に言われたアレンが寮に戻って行き、四人だけで話したい事があると言うジェームズ達の為に麗は翡翠達三人を医務室から出すと、ジェームズ達に向き合った。
『話って何…?』
麗の言葉に、ジェームズが言い難そうに口を開いた。
「実はその……この間、麗がうなされてて」
『あぁ…良くある事なのよ』
仕方無い事だけど…
「…その…その時にちょっと……ちょっとね、麗の夢を」
あぁ…成る程。
つまり…
『覗いたのね』
「ご…ごごごごご、ごめん…」
麗はニッコリと微笑みながらリーマスとシリウスを見据えた。
『二人も見たのね…?』
三人は顔を青くして冷や汗を流した。
『どんな夢を見たのかしら?』
あれはマクスウェルが生き返り、麗が眠りについた数日後だった。
ジェームズ、シリウス、リーマスは麗が魘されているのを見て不届きにも麗の夢を覗いてみる事にした。
図書室で司書に隠れて他人の夢を見る魔法を探し、夜中に医務室に忍び込んで実行した。
着いた先は、少し先に和風の大きな屋敷が見える林道だった。
「麗はどこだ?」
「シリウス、あそこ!!」
リーマスが指差した先では、深紅の着物を着た小さな銀髪の少女と赤銅色の髪の青年が大きな門の前で話をしていた。
「あの男…」
「騎龍だね…容姿に変わりが無いけど」
ジェームズが二人に向かって歩き出し、シリウス達もそれに続いた。
「椿ぃ、凌!!帰ったぜぇ、門開けろよ!」
「御帰り、麗!」
「御帰りなさい、麗様」
門からゴーストの様に椿と凌が透けて出て来て、麗は嬉しそうに微笑んだ。
『只今。椿、凌』
「俺様は序でかよ」
不機嫌そうに眉を寄せてそう口にした騎龍を見た麗は、可笑しそうにクスクス笑うとそっと騎龍の手を取った。
『御帰り、騎龍』
騎龍は嬉しそうに口角を上げて笑うと、小さな麗を抱き上げて優しく抱き締めた。
「…麗の抱き付き癖はアレの所為か?」
「多分そうじゃない?」
「いやぁ、麗可愛いね!リリーも連れてくれば良かった」
「無理でしょ」
「絶対ぶっ殺されるな…」
瞬間、古い門が軋んだ音を立てて開き、門の内側で待っていた同じ着物を着た女性達が綺麗にに頭を下げた。
「「「御帰りなさいませ、麗様」」」
『…只今』
麗は騎龍の腕の中から地に飛び降りると、掌を上に向けて手を差し出した。
その手を自分の方に手招きする様に一回すると頭を下げていた全員の頭が一斉に上がる。
まるで操り人形の様に。
『頭 を上げろと何度言ったら分かるんだ…私はそなた達よりも年下なんだぞ』
麗はそう言って困った様に眉を下げた。
「申し訳御座いません、麗様…しかし麗様は我等の次の主ですので我慢なさって下さい」
麗の瞳が哀しそうに揺らいだのを、騎龍は見逃さなかった。
騎龍の大きな手が麗の頭を優しく撫でる。
「麗様、翡翠殿が眠りから覚めて麗様を捜していらっしゃいました」
『そう…翡翠の昼寝は長いから……騎龍』
「何だ?」
『自室に戻ってて』
騎龍は不機嫌そうに眉を寄せると、麗の前に立ち塞がった。
「翡翠に遠慮しろってぇのか?」
『仕方無いでしょ?貴方達は会う度喧嘩をして…しかも騎龍は途中で投げ出すから余計に翡翠が怒る』
図星をつかれた騎龍は何も言えず言葉に詰まった。麗が言っている事に間違いは無い。
『何かあったら呼べば良い。西煌 が部屋に居るから一緒に居なさい』
「…分かった。あとで付き合えよ」
『あぁ、分かったよ』
騎龍は渋々了承すると麗の前から退き、道を空けた。
『椿、凌、門番頼むね』
麗は三人に向かって微笑むと屋敷の中に入って行った。
「麗って御嬢様だねぇ」
「麗の奴、どうやって頭上げさせたんだ?」
「術でしょ?麗は術を無詠唱で使えるんじゃないかな…歴代で一番らしいしね」
瞬間、周りの景色が一変し、辺りは屋敷の中の広い部屋に移っていた。
麗と翡翠が暗い部屋の中で蝋燭を灯し、何かを話ている。暗さが気になり外を見ると綺麗な月が空に浮かんでいた。夜だ。
ジェームズ達は先程の様に再び麗に歩み寄った。
『ならば私は残れと…貴方達はそう言うの?』
麗は何故かは分からないが、怒っていた。声は荒げていないが、重みがいつもとは違っていた。
「そうだ。じゃねぇとお前は」
「麗!!」
翡翠の声が遮られ、部屋に別の声が響き渡った。姿は見えないが、聞き覚えのある声だった。
『どうしたの、椿?』
「当主と奥方が襲撃を受けた!二人共重傷なんだ、直ぐに門に来て!!」
椿が話し終わると同時に、勢い良く部屋の障子が開いた。開けたのは侍女だった。
顔を真っ青に染めた侍女が声を荒げて叫ぶ。
「麗様、当主様が!!」
『今、聞いた。直ぐに治療に掛かる、術具を用意しろ!』
「は、はい!!」
侍女が急いで出て行き、麗はそれを見届けると術で一瞬にして門へと移動した。
門には既に何十人もの人が集まっていた。ある一点を中心に円を描く様に立っている。
麗がその中心に向かって歩いて行くと、集まっていた人達は自然に道を空けた。
円の中心を見た麗は眉をしかめた。
『…父様…母様』
麗は目の前の地面に血だらけで倒れている両親を見据えるとそう口にした。
『翡翠…騎龍…』
「「何だ?」」
翡翠と後から駆け付けてきた騎龍の返事がそう重なった。
翡翠は嫌だったらしく騎龍を睨み付ける。
『久々に暴れて来ても良いぞ』
麗の一言に、翡翠と騎龍は口角を上げてニヤリと笑った。
日々の暮らしの中で暴れ足りていないのは二人共同じだった。
「手加減は無しか?」
『好きにしろ』
「殺してもいいのか?」
『……好きにしろ』
麗は駆け寄ってきた侍女から術具の扇を受け取り、地に倒れた両親の周りに魔法陣の様なものを書きながら続ける。
『翡翠、本来の姿に戻り騎龍を乗せてやれ』
翡翠の表情が不機嫌そうに歪んだ。相当嫌らしい。
『必要ならば砕覇や西煌、七叉、楓…他の者達も好きに連れて行って良いぞ』
「いや、二人で良い」
「てか俺様一人で充分だろ」
「煩ぇ、俺も暴れてぇんだよ」
翡翠は本来の姿に戻ると騎龍を背に乗せ、空中を駆けて飛び去った。
『下がっていろ』
麗が持っていた扇をパンッと開くと、地に倒れた二人を囲んだ陣が蒼白く光り出す。
『行使する』
陣が光りを増して拡大し、蒼白い光が麗を美しく照らした。
傷だらけの二人の傷が癒えていく中、また辺りの景色が変わり、先程居た部屋に移動していた。
朝を迎えたのか外が明るく、部屋中を淡く照らしていた。
冷やしたタオルを額と目に掛かる様にして被せた麗が、獣の耳を持つ長い栗毛の女の膝を枕に寝ていた。近くには桜華と翡翠、騎龍が座っている。
「…治療終わったのかな」
「終わったから寝てんだろ」
「でも確か記憶が…」
麗はタオルを退かすとゆっくりと起き上がった。治療に力を使い過ぎたのか、明らかに疲れの色が見える。
「麗様…」
『大丈夫よ』
「……」
『砕覇は総会よね…西煌はどうした?』
「それがのぉ…昨夜から姿が見えんのじゃ」
『そう…』
「戻ったら直ぐに麗の元に来る筈じゃよ」
『大丈夫だとは思うけど…何かしてないといいんだけど』
「…西煌なら大丈夫じゃろ」
『そうね…翡翠、騎龍』
「「何だ?」」
また声が重なり、翡翠は再び騎龍を睨み付けた。ここまで嫌われていると、騎龍が不憫に見える。
『血の香りが落ちて無い…風呂に入り直してこ』
「麗様!!!」
勢い良く障子が開き、一人の侍女が慌てて入ってくる。
「何じゃ、騒々しい」
『…どうした、慌てて』
侍女は慌てて頭を下げると早口で喋り出した。
「当主様と奥方様が目を覚まされたんですが……その…」
侍女の異変に気付いた麗は、立ち上がると乱れた着物を元に戻しながら口を開いた。
『何があった…貴女は笑っていた方が美しいぞ』
「あ、有難う御座います…あの…実は御二方の様子がどうも可笑しくて」
麗は仄かに頬を赤く染めた侍女に“御苦労”と言い微笑むと、翡翠と騎龍が慌てて麗の腕を掴んだ。
麗が移動用の術を使う際に身体に触れると、一緒に移動出来るらしい。
移動した先の部屋の奥で不思議そうに辺りを見回す両親に、麗は駆け寄った。
『父さ…』
「あ──…‥君達は誰だい?」
父親から放たれた言葉に麗は目を見開き、麗に歩み寄った翡翠と騎龍はそっと麗の肩に手を置いた。
「私達夫婦は何故人様の御宅に上がり込んでるんだ?」
「あなた、この子とっても綺麗な銀髪ね…それにとても可愛らしいわ」
「あぁ、そうだね」
一瞬哀しそうに表情を歪めた麗は瞬間、二人に笑顔を向けた。
『私は二人の娘だよ“父さん”“母さん”』
二人は顔を見合わせて首を傾げ、麗は二人の頭に手を翳 した。
麗の両手が光を放ち、二人の目が虚ろになる。
『“私は貴方達の娘の麗。此処は御祖父様の家…私は貴方達と離れて此処で暮らしてる…貴方達は久しぶりに遊びに来た”』
麗が指を鳴らすと、二人の目の焦点が合った。
ジェームズ達が一瞬見た麗の表情は、悲しそうで…同時に酷く嬉しそうだった。
「麗、元気にしてたか?」
「母さん達、すっごく心配してたのよ?」
父親は嬉しそうに微笑み、母親は立ち上がると麗を優しく抱き締めた。
「何だいきなり?」
「麗の術かな…?」
仕掛人達は二人の変わり様に驚き、麗はニッコリ微笑むと母親の手を取った。
『御免なさい、母さん。今度そっちに遊びに行くわ』
「麗…」
翡翠が麗の腕を引き、その瞬間、麗は小声で呟いた。
『皆を広間に集めなさい』
「‥…分かった」
翡翠が部屋から出て行くと、麗は母親をその場に座らせ、二人の前に正座をして座る。
『もう直ぐ誰かが朝食を運んでくるから御飯楽しんでね』
「あら、麗は一緒に食べないの?」
“一緒に食べたいわ”と言う母親に、麗は優しく微笑み掛けた。
『夕食は一緒に食べるわ』
麗は立ち上がると、騎龍を連れて部屋を後にした。
目的の部屋に着くまでの間、麗は騎龍の腕に優しく肩を抱かれながら長い長い廊下を並んで歩いた。
暫くすると巨大な広間に辿り着いた。部屋の中には数え切れない人が集まり、麗は部屋の中央を騎龍と共に突き進むと、部屋の祭壇に立った。
翡翠の伝達は直ぐに渡った様だ。
『我が父、当主並びに母は回復はしたが記憶を失った』
衝撃の事実にざわつく室内の者達も、麗が軽く手を上げれば水を差した様に静まり返った。
『これより父様を当主と呼ばぬ様にせよ、母様は奥方で構わ無い、何ら問題は無かろう。父様達が安全に過ごせる屋敷を探し、手配せよ…一週間以内にだ。
そして全員に告ぐ、父様達が敷地内から出るまで術の使用を禁ずる。その後は皆、好きにするが良い…我が下から離れて暮らすが良い。
迷い無く此の道を突き進みたいと思っている者は名乗り出よ。私が紀帥 家並びに他の家にも話を通しておく』
これが麗が考えた最善の策だった。
麗にとって一族の存亡はどうでも良い事だった。
唯、皆が幸せならば…それだけで充分だった。
『私は父様達と共に移り住む』
広間に集まった者達は、一通りざわついた後一斉に麗に向かって片膝を付いた。
『…何のつもりだ』
麗がそう問い掛ければ、一人の男が代表して喋り出した。
「我等は此処に残ります。当主は貴女です、麗様…」
『私は儀を受けていない…当主たる資格は無い!』
麗が声を荒げると、負けじと男も声を張り上げた。
「貴女は儀を受ける必要などありません!我等には当主たる貴女が必要だ……それに貴女様に必要なのは儀での術の継承ではない筈です。微力ながら我等も手伝います、どうか寿命を延ばす方法を御探し下さい」
麗は黙って隣に立ち続けてくれている騎龍の服の袖をギュッと握った。
『何時死ぬか分からぬ私に当主になれと言うのか…』
術の継承の儀式は、同時に新しい当主の寿命を決める儀式でもある。
儀を受けられ無かった麗の寿命は酷く不安定で、何かの衝撃で直ぐに消滅してしまっても可笑しく無いモノだった。
そんな麗が一族総てを仕切る立場である皐月家の当主になる…それは一種の賭けだった。
「勿論です」
麗を真っ直ぐに見据えた男がそう迷い無く答え、麗は騎龍に目を向けた。
騎龍は麗の頭を優しく撫で、見上げてくる麗に向かって軽く頷いた。
『分かった。全ての一族に伝えろ』
麗は一歩前へ出ると、胸を張って真っ直ぐに前を見据えた。
『代変えだ。今この時から五十七代目当主に刹鬼、麗が立つ』
微かに微笑んだ麗は騎龍を連れて術で消え去り、瞬間ジェームズ達は真っ白い光に包まれた。
『──、──…私、護っていけるよ‥』
辺りが眩しく照らされる中、そう麗の声がした。
翡翠達では無い。聞いた事の無い名を二つ口にした麗の声は、とても穏やかで女の子らしかった。
きっと小さな麗は二つの名前のどちらかに恋をしているんだろう。
シリアとリーマス…今の麗に恋してる奴ら皆が嫉妬しそうな…優しい声だった。
「帰ってきたのか…」
シリウスの声に反応して目を開けば、そこは見慣れたホグワーツの医務室だった。
シリウスは軽く目を擦り、リーマスはベッドに腰掛けると眠り続けている麗の頭を優しく撫でていた。
「強いね、麗は」
「だよね~流石、僕やマイハニー、リリーが可愛がる女の子だよ!」
「「煩い、馬鹿」」
何言ってるんだか…本当の馬鹿は君達だよ。
小さな麗の最後の声が聞こえなかったのかい?
小さな麗は誰かに恋をしていた。僕が聞く限り、あれは君達が入り込む隙間が無い程に信頼仕切っていた声だった。
気付かないなんて…
馬鹿だよ君達は──…
「…といった感じなんだけど」
リーマスは見たモノを説明し終わると、気不味そうに目を逸らした。
『あらあら…結構沢山見たのね』
「お…落ち着いて!落ち着くんだ、シャントゥール!!」
『あら…落ち着いていられなくてよ、プロングス』
見られてなくて良かった。
肝心なモノを…
あの時話していた内容やあの子だけは絶対に…
『さぁ、覚悟は良いかしら』
誰にも絶対に見せられ無い──…
「何の用だ」
何時もの様に麗はイアンを呼び出した。
イアンは相変わらずの無表情だが、此の頃少しずつ感情が読み取れる様になってきたと思う。
『私が医務室で寝てる間に来てたでしょ?』
「……行って無い」
麗はクスクス笑いながらイアンの手を取ると、話し続けた。
『“来て無い”でしょ?隠しても駄目よ…微かに気が残ってたから…有難う、イアン』
イアンを何時もの様にからかっていたら、イアンは頬を仄かに赤く染めると消え去ってしまった。
『あ──…帰っちゃった』
麗は微かに微笑むと、腕に付いたイアンに貰った金のブレスレットを見据えた。
「麗」
瞬間ベッドの端に桜華が現れ、麗は桜華を振り返った。
今度はブレスレットではなく、桜華を見据える。
『どうした…?』
「彼奴 に…イアンに止められていたんじゃがな…妾は言うぞ」
桜華は悪戯っぽく笑うと話し出す。
「御主の家人からの伝言じゃ」
桜華の言葉に、麗は肩を震わせて反応した。
家人からの伝言…?
「“貴女が今、何処にいらっしゃるかは我等は分かりません。唯、古の桜が異界だと教えてくれました。
どうか帰る事よりもそちらで命を延ばす方法を御探し下さい…我等は我等で探し続けます。
我等は何時か当主である貴女が帰ってくるその時まで此の屋敷をお守りします。
だからどうか、どうか御安心を…麗様…そして必ず御帰り下さい。
我等は待っております。霧夏殿達と…御二方と──…永久に…”」
涙が止まらなかった。
ここに居ては私は何も出来無いのに、皆は私を待つと言う。
何時か帰ろう。
一瞬でも良いから…もう一度だけ…
貴方達の元に───…
罪を犯した私は…
永久に夢を見る──…
=少女の背中=
麗に休む様に言われたアレンが寮に戻って行き、四人だけで話したい事があると言うジェームズ達の為に麗は翡翠達三人を医務室から出すと、ジェームズ達に向き合った。
『話って何…?』
麗の言葉に、ジェームズが言い難そうに口を開いた。
「実はその……この間、麗がうなされてて」
『あぁ…良くある事なのよ』
仕方無い事だけど…
「…その…その時にちょっと……ちょっとね、麗の夢を」
あぁ…成る程。
つまり…
『覗いたのね』
「ご…ごごごごご、ごめん…」
麗はニッコリと微笑みながらリーマスとシリウスを見据えた。
『二人も見たのね…?』
三人は顔を青くして冷や汗を流した。
『どんな夢を見たのかしら?』
あれはマクスウェルが生き返り、麗が眠りについた数日後だった。
ジェームズ、シリウス、リーマスは麗が魘されているのを見て不届きにも麗の夢を覗いてみる事にした。
図書室で司書に隠れて他人の夢を見る魔法を探し、夜中に医務室に忍び込んで実行した。
着いた先は、少し先に和風の大きな屋敷が見える林道だった。
「麗はどこだ?」
「シリウス、あそこ!!」
リーマスが指差した先では、深紅の着物を着た小さな銀髪の少女と赤銅色の髪の青年が大きな門の前で話をしていた。
「あの男…」
「騎龍だね…容姿に変わりが無いけど」
ジェームズが二人に向かって歩き出し、シリウス達もそれに続いた。
「椿ぃ、凌!!帰ったぜぇ、門開けろよ!」
「御帰り、麗!」
「御帰りなさい、麗様」
門からゴーストの様に椿と凌が透けて出て来て、麗は嬉しそうに微笑んだ。
『只今。椿、凌』
「俺様は序でかよ」
不機嫌そうに眉を寄せてそう口にした騎龍を見た麗は、可笑しそうにクスクス笑うとそっと騎龍の手を取った。
『御帰り、騎龍』
騎龍は嬉しそうに口角を上げて笑うと、小さな麗を抱き上げて優しく抱き締めた。
「…麗の抱き付き癖はアレの所為か?」
「多分そうじゃない?」
「いやぁ、麗可愛いね!リリーも連れてくれば良かった」
「無理でしょ」
「絶対ぶっ殺されるな…」
瞬間、古い門が軋んだ音を立てて開き、門の内側で待っていた同じ着物を着た女性達が綺麗にに頭を下げた。
「「「御帰りなさいませ、麗様」」」
『…只今』
麗は騎龍の腕の中から地に飛び降りると、掌を上に向けて手を差し出した。
その手を自分の方に手招きする様に一回すると頭を下げていた全員の頭が一斉に上がる。
まるで操り人形の様に。
『
麗はそう言って困った様に眉を下げた。
「申し訳御座いません、麗様…しかし麗様は我等の次の主ですので我慢なさって下さい」
麗の瞳が哀しそうに揺らいだのを、騎龍は見逃さなかった。
騎龍の大きな手が麗の頭を優しく撫でる。
「麗様、翡翠殿が眠りから覚めて麗様を捜していらっしゃいました」
『そう…翡翠の昼寝は長いから……騎龍』
「何だ?」
『自室に戻ってて』
騎龍は不機嫌そうに眉を寄せると、麗の前に立ち塞がった。
「翡翠に遠慮しろってぇのか?」
『仕方無いでしょ?貴方達は会う度喧嘩をして…しかも騎龍は途中で投げ出すから余計に翡翠が怒る』
図星をつかれた騎龍は何も言えず言葉に詰まった。麗が言っている事に間違いは無い。
『何かあったら呼べば良い。
「…分かった。あとで付き合えよ」
『あぁ、分かったよ』
騎龍は渋々了承すると麗の前から退き、道を空けた。
『椿、凌、門番頼むね』
麗は三人に向かって微笑むと屋敷の中に入って行った。
「麗って御嬢様だねぇ」
「麗の奴、どうやって頭上げさせたんだ?」
「術でしょ?麗は術を無詠唱で使えるんじゃないかな…歴代で一番らしいしね」
瞬間、周りの景色が一変し、辺りは屋敷の中の広い部屋に移っていた。
麗と翡翠が暗い部屋の中で蝋燭を灯し、何かを話ている。暗さが気になり外を見ると綺麗な月が空に浮かんでいた。夜だ。
ジェームズ達は先程の様に再び麗に歩み寄った。
『ならば私は残れと…貴方達はそう言うの?』
麗は何故かは分からないが、怒っていた。声は荒げていないが、重みがいつもとは違っていた。
「そうだ。じゃねぇとお前は」
「麗!!」
翡翠の声が遮られ、部屋に別の声が響き渡った。姿は見えないが、聞き覚えのある声だった。
『どうしたの、椿?』
「当主と奥方が襲撃を受けた!二人共重傷なんだ、直ぐに門に来て!!」
椿が話し終わると同時に、勢い良く部屋の障子が開いた。開けたのは侍女だった。
顔を真っ青に染めた侍女が声を荒げて叫ぶ。
「麗様、当主様が!!」
『今、聞いた。直ぐに治療に掛かる、術具を用意しろ!』
「は、はい!!」
侍女が急いで出て行き、麗はそれを見届けると術で一瞬にして門へと移動した。
門には既に何十人もの人が集まっていた。ある一点を中心に円を描く様に立っている。
麗がその中心に向かって歩いて行くと、集まっていた人達は自然に道を空けた。
円の中心を見た麗は眉をしかめた。
『…父様…母様』
麗は目の前の地面に血だらけで倒れている両親を見据えるとそう口にした。
『翡翠…騎龍…』
「「何だ?」」
翡翠と後から駆け付けてきた騎龍の返事がそう重なった。
翡翠は嫌だったらしく騎龍を睨み付ける。
『久々に暴れて来ても良いぞ』
麗の一言に、翡翠と騎龍は口角を上げてニヤリと笑った。
日々の暮らしの中で暴れ足りていないのは二人共同じだった。
「手加減は無しか?」
『好きにしろ』
「殺してもいいのか?」
『……好きにしろ』
麗は駆け寄ってきた侍女から術具の扇を受け取り、地に倒れた両親の周りに魔法陣の様なものを書きながら続ける。
『翡翠、本来の姿に戻り騎龍を乗せてやれ』
翡翠の表情が不機嫌そうに歪んだ。相当嫌らしい。
『必要ならば砕覇や西煌、七叉、楓…他の者達も好きに連れて行って良いぞ』
「いや、二人で良い」
「てか俺様一人で充分だろ」
「煩ぇ、俺も暴れてぇんだよ」
翡翠は本来の姿に戻ると騎龍を背に乗せ、空中を駆けて飛び去った。
『下がっていろ』
麗が持っていた扇をパンッと開くと、地に倒れた二人を囲んだ陣が蒼白く光り出す。
『行使する』
陣が光りを増して拡大し、蒼白い光が麗を美しく照らした。
傷だらけの二人の傷が癒えていく中、また辺りの景色が変わり、先程居た部屋に移動していた。
朝を迎えたのか外が明るく、部屋中を淡く照らしていた。
冷やしたタオルを額と目に掛かる様にして被せた麗が、獣の耳を持つ長い栗毛の女の膝を枕に寝ていた。近くには桜華と翡翠、騎龍が座っている。
「…治療終わったのかな」
「終わったから寝てんだろ」
「でも確か記憶が…」
麗はタオルを退かすとゆっくりと起き上がった。治療に力を使い過ぎたのか、明らかに疲れの色が見える。
「麗様…」
『大丈夫よ』
「……」
『砕覇は総会よね…西煌はどうした?』
「それがのぉ…昨夜から姿が見えんのじゃ」
『そう…』
「戻ったら直ぐに麗の元に来る筈じゃよ」
『大丈夫だとは思うけど…何かしてないといいんだけど』
「…西煌なら大丈夫じゃろ」
『そうね…翡翠、騎龍』
「「何だ?」」
また声が重なり、翡翠は再び騎龍を睨み付けた。ここまで嫌われていると、騎龍が不憫に見える。
『血の香りが落ちて無い…風呂に入り直してこ』
「麗様!!!」
勢い良く障子が開き、一人の侍女が慌てて入ってくる。
「何じゃ、騒々しい」
『…どうした、慌てて』
侍女は慌てて頭を下げると早口で喋り出した。
「当主様と奥方様が目を覚まされたんですが……その…」
侍女の異変に気付いた麗は、立ち上がると乱れた着物を元に戻しながら口を開いた。
『何があった…貴女は笑っていた方が美しいぞ』
「あ、有難う御座います…あの…実は御二方の様子がどうも可笑しくて」
麗は仄かに頬を赤く染めた侍女に“御苦労”と言い微笑むと、翡翠と騎龍が慌てて麗の腕を掴んだ。
麗が移動用の術を使う際に身体に触れると、一緒に移動出来るらしい。
移動した先の部屋の奥で不思議そうに辺りを見回す両親に、麗は駆け寄った。
『父さ…』
「あ──…‥君達は誰だい?」
父親から放たれた言葉に麗は目を見開き、麗に歩み寄った翡翠と騎龍はそっと麗の肩に手を置いた。
「私達夫婦は何故人様の御宅に上がり込んでるんだ?」
「あなた、この子とっても綺麗な銀髪ね…それにとても可愛らしいわ」
「あぁ、そうだね」
一瞬哀しそうに表情を歪めた麗は瞬間、二人に笑顔を向けた。
『私は二人の娘だよ“父さん”“母さん”』
二人は顔を見合わせて首を傾げ、麗は二人の頭に手を
麗の両手が光を放ち、二人の目が虚ろになる。
『“私は貴方達の娘の麗。此処は御祖父様の家…私は貴方達と離れて此処で暮らしてる…貴方達は久しぶりに遊びに来た”』
麗が指を鳴らすと、二人の目の焦点が合った。
ジェームズ達が一瞬見た麗の表情は、悲しそうで…同時に酷く嬉しそうだった。
「麗、元気にしてたか?」
「母さん達、すっごく心配してたのよ?」
父親は嬉しそうに微笑み、母親は立ち上がると麗を優しく抱き締めた。
「何だいきなり?」
「麗の術かな…?」
仕掛人達は二人の変わり様に驚き、麗はニッコリ微笑むと母親の手を取った。
『御免なさい、母さん。今度そっちに遊びに行くわ』
「麗…」
翡翠が麗の腕を引き、その瞬間、麗は小声で呟いた。
『皆を広間に集めなさい』
「‥…分かった」
翡翠が部屋から出て行くと、麗は母親をその場に座らせ、二人の前に正座をして座る。
『もう直ぐ誰かが朝食を運んでくるから御飯楽しんでね』
「あら、麗は一緒に食べないの?」
“一緒に食べたいわ”と言う母親に、麗は優しく微笑み掛けた。
『夕食は一緒に食べるわ』
麗は立ち上がると、騎龍を連れて部屋を後にした。
目的の部屋に着くまでの間、麗は騎龍の腕に優しく肩を抱かれながら長い長い廊下を並んで歩いた。
暫くすると巨大な広間に辿り着いた。部屋の中には数え切れない人が集まり、麗は部屋の中央を騎龍と共に突き進むと、部屋の祭壇に立った。
翡翠の伝達は直ぐに渡った様だ。
『我が父、当主並びに母は回復はしたが記憶を失った』
衝撃の事実にざわつく室内の者達も、麗が軽く手を上げれば水を差した様に静まり返った。
『これより父様を当主と呼ばぬ様にせよ、母様は奥方で構わ無い、何ら問題は無かろう。父様達が安全に過ごせる屋敷を探し、手配せよ…一週間以内にだ。
そして全員に告ぐ、父様達が敷地内から出るまで術の使用を禁ずる。その後は皆、好きにするが良い…我が下から離れて暮らすが良い。
迷い無く此の道を突き進みたいと思っている者は名乗り出よ。私が
これが麗が考えた最善の策だった。
麗にとって一族の存亡はどうでも良い事だった。
唯、皆が幸せならば…それだけで充分だった。
『私は父様達と共に移り住む』
広間に集まった者達は、一通りざわついた後一斉に麗に向かって片膝を付いた。
『…何のつもりだ』
麗がそう問い掛ければ、一人の男が代表して喋り出した。
「我等は此処に残ります。当主は貴女です、麗様…」
『私は儀を受けていない…当主たる資格は無い!』
麗が声を荒げると、負けじと男も声を張り上げた。
「貴女は儀を受ける必要などありません!我等には当主たる貴女が必要だ……それに貴女様に必要なのは儀での術の継承ではない筈です。微力ながら我等も手伝います、どうか寿命を延ばす方法を御探し下さい」
麗は黙って隣に立ち続けてくれている騎龍の服の袖をギュッと握った。
『何時死ぬか分からぬ私に当主になれと言うのか…』
術の継承の儀式は、同時に新しい当主の寿命を決める儀式でもある。
儀を受けられ無かった麗の寿命は酷く不安定で、何かの衝撃で直ぐに消滅してしまっても可笑しく無いモノだった。
そんな麗が一族総てを仕切る立場である皐月家の当主になる…それは一種の賭けだった。
「勿論です」
麗を真っ直ぐに見据えた男がそう迷い無く答え、麗は騎龍に目を向けた。
騎龍は麗の頭を優しく撫で、見上げてくる麗に向かって軽く頷いた。
『分かった。全ての一族に伝えろ』
麗は一歩前へ出ると、胸を張って真っ直ぐに前を見据えた。
『代変えだ。今この時から五十七代目当主に刹鬼、麗が立つ』
微かに微笑んだ麗は騎龍を連れて術で消え去り、瞬間ジェームズ達は真っ白い光に包まれた。
『──、──…私、護っていけるよ‥』
辺りが眩しく照らされる中、そう麗の声がした。
翡翠達では無い。聞いた事の無い名を二つ口にした麗の声は、とても穏やかで女の子らしかった。
きっと小さな麗は二つの名前のどちらかに恋をしているんだろう。
シリアとリーマス…今の麗に恋してる奴ら皆が嫉妬しそうな…優しい声だった。
「帰ってきたのか…」
シリウスの声に反応して目を開けば、そこは見慣れたホグワーツの医務室だった。
シリウスは軽く目を擦り、リーマスはベッドに腰掛けると眠り続けている麗の頭を優しく撫でていた。
「強いね、麗は」
「だよね~流石、僕やマイハニー、リリーが可愛がる女の子だよ!」
「「煩い、馬鹿」」
何言ってるんだか…本当の馬鹿は君達だよ。
小さな麗の最後の声が聞こえなかったのかい?
小さな麗は誰かに恋をしていた。僕が聞く限り、あれは君達が入り込む隙間が無い程に信頼仕切っていた声だった。
気付かないなんて…
馬鹿だよ君達は──…
「…といった感じなんだけど」
リーマスは見たモノを説明し終わると、気不味そうに目を逸らした。
『あらあら…結構沢山見たのね』
「お…落ち着いて!落ち着くんだ、シャントゥール!!」
『あら…落ち着いていられなくてよ、プロングス』
見られてなくて良かった。
肝心なモノを…
あの時話していた内容やあの子だけは絶対に…
『さぁ、覚悟は良いかしら』
誰にも絶対に見せられ無い──…
「何の用だ」
何時もの様に麗はイアンを呼び出した。
イアンは相変わらずの無表情だが、此の頃少しずつ感情が読み取れる様になってきたと思う。
『私が医務室で寝てる間に来てたでしょ?』
「……行って無い」
麗はクスクス笑いながらイアンの手を取ると、話し続けた。
『“来て無い”でしょ?隠しても駄目よ…微かに気が残ってたから…有難う、イアン』
イアンを何時もの様にからかっていたら、イアンは頬を仄かに赤く染めると消え去ってしまった。
『あ──…帰っちゃった』
麗は微かに微笑むと、腕に付いたイアンに貰った金のブレスレットを見据えた。
「麗」
瞬間ベッドの端に桜華が現れ、麗は桜華を振り返った。
今度はブレスレットではなく、桜華を見据える。
『どうした…?』
「
桜華は悪戯っぽく笑うと話し出す。
「御主の家人からの伝言じゃ」
桜華の言葉に、麗は肩を震わせて反応した。
家人からの伝言…?
「“貴女が今、何処にいらっしゃるかは我等は分かりません。唯、古の桜が異界だと教えてくれました。
どうか帰る事よりもそちらで命を延ばす方法を御探し下さい…我等は我等で探し続けます。
我等は何時か当主である貴女が帰ってくるその時まで此の屋敷をお守りします。
だからどうか、どうか御安心を…麗様…そして必ず御帰り下さい。
我等は待っております。霧夏殿達と…御二方と──…永久に…”」
涙が止まらなかった。
ここに居ては私は何も出来無いのに、皆は私を待つと言う。
何時か帰ろう。
一瞬でも良いから…もう一度だけ…
貴方達の元に───…