第1章 始マリノ謳
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31
静かな森の中…
切株の上に景色に不釣合いな水晶が一つ…
その水晶が蒼白い光を放つと、水晶を囲む様に六人と一匹が現れた。
『…凄い所に着いたもんだ』
「ここどこだ?」
シリウスは辺りを見渡しながら麗にそう問い掛けた。
「森」
翡翠はシリウスをからかう様にそう答え、シリウスは不機嫌そうに視線を避けた。
「森はどこにでもあるだろ。そうじゃなくて…」
『京都の嵐山よ』
=巣喰う森=
春休み五日目。
麗は翡翠、蒼、紙園、そしてジェームズ、リーマス、シリウスと共に日本に向かった。着いた先は京都の嵐山だ。
「「「きょうと…?」」」
『京都は日本の関西区に位置し、その昔“都”と呼ばれていた場所よ。今では文化財が残っている有名な観光地なの』
「「「へぇ…」」」
『知り合いにポートキーを置いておいて貰ったのよ』
「久鈴か」
『ううん、小梅。リリーやピーター…姉様達も来れれば良かったのにね…』
皆揃っていたらもっと楽しかっただろうが、其々家で用事があるのだから仕方無い。
麗は蒼を振り返ると、その手を取った。
『蒼、悪いけど上から大きな白い犬を捜してくれる?首に大きな鈴を付けてる筈だから。
それか…見当たらなかったら白髪二人と緋髪の三人組を御願いね』
「分かっ」
「麗!!」
翡翠に遮られ、蒼は返事を最後まで口に出来無かった。
麗、翡翠、蒼は話すのを止めると直ぐに身構え、紙園は人型になった。
『来る』
「来る…何がだ?」
『“楓”“七叉”』
麗が名前を呼ぶと、人型の楓と本来の姿のままの七叉が麗の影から現れた。
「「主…」」
『結界を張るが、此の麻痺した身体だ。戦いながらだから恐らく余り持た無い…三人を護りなさい』
「「御意」」
『楓、手を出したら怒るわよ』
「……御意に」
「おい、何があったんだ!!」
シリウスが我慢出来なくなり声を上げる中、ジェームズとリーマスは七叉を見据えながら小声で話し出した。
「リーマス、あの狐尾が…」
「七本あるね…でも“御館様”は九本の筈だ、ジェームズ」
麗は一瞬、翡翠と視線を合わせると、ゆっくりと口を開いて詠唱する。
直ぐに仕掛人三人と紙園を囲むように結界が張られた。
『七叉、楓、頼むわね』
二人が“御意”と返事をするのを確認すると、麗はピアスに触れた。
──紙園、聞こえる?
─あぁ、聞こえる…ピアスか。
──そうよ。シリウス達が結界から動こうとしたら魔法で動けなくしてくれる?
─分かった。
“ガガガ”と耳障りに響くノイズ音は頭にまで響き、感覚を支配しようとする酷く不快なモノだった。
『どういう事かねぇ、今日の嵐山は悪霊と妖かしが多い』
ノイズ音と共に、数え切れない程沢山の悪霊・妖かしが現れ、麗はそう呟いた。
下級と…上級のモノが隠れているのも分かった。
手下を前に出してこちらを見定めるだなんて嫌な奴だ…
『狙いは私か?私としては戦いたくは無いんだが…退いてくれないかしら』
妖かし達は麗の話に耳を傾けずに一気に突っ込んで来た。
『戦いに何の意味がある…そなた達が滅びるだけだぞ?』
「麗!!」
呑気に和解を求める麗に翡翠がそう声を荒げた。
『仕方無いか…蒼、椿達を捜してきて!!』
蒼は鷹になると、攻撃をしてくる妖かし達を振り切り飛び上がった。が、直ぐに飛行系の妖かしが後を追おうと動いた。
『私だけを見ろ!!』
瞬間、麗がそう声を荒げ、妖かし達はピタリと動きを止めた。
『そなた達の狙いは私か翡翠だろう?ならば私だけを見ていろ』
そう言った麗は蒼が無事に飛び去ったのを見届けると、再び身構えた。
『“音々 ”』
そう呟いた麗の手元に黒い鞘に収まった柄の無い刀が現れ、麗はそれを握ると、ニッコリと微笑んだ。
『失せろ』
瞬間、大半の悪霊と妖かしが一瞬にして消え去った。
麗からしてみれば、唯居合い抜きの刀圧で妖かし達を斬りつけただけだったのだが、シリウス達には麗が妖かし達を斬った瞬間が全く見え無かった。
スッと鞘から抜かれた刀は刀身まで真っ黒の刀だった。
麗が鞘を握った左手に力を入れると、鞘は一瞬で消え去り、麗はニッコリと微笑んだ。
『在るべき処へ誘おう』
麗は次々と妖かしや悪霊達を斬り捨て、自らの通るべき道を作っていく。
牙を向ける者を容赦無く斬り裂くその手はある所で止まった。
「麗!!!」
『ッ…!!』
「「「麗!!!」」」
手を…動きを止めた麗に、容赦無い攻撃が浴びせられる。
麗はそれを刀…音々で薙払い、駆け付けた翡翠が麗を背に庇った。
「おい、何しやがる鼬!!」
「麗の頼みだ」
シリウス達が助けに出ようと結界から出ようとした様で、紙園に魔法をかけられて結界内で固まった状態でそう騒いでいた。
『済まない、翡翠…油断した』
「落ち着け、麗…コイツは霧夏 じゃねぇ」
麗は自分の動きを止めた相手を真っ直ぐに見据えた。
栗色の毛に茶色の瞳、麗の二倍近い身体、 八本の尾を持つ狐…八尾だ。
良く知っている者を思い出して思わず手を止めてしまった。
八尾が牙を剥き、翡翠は麗を護る為にそれを受け止めた。
牙を押さえ込まれた八尾は、翡翠と押し合いをしながら、今度は鋭い爪を出し、翡翠に切り掛かる。
『翡翠!!』
翡翠はその八尾の腕を肩で受け止めた。鋭い爪が背中に刺さるギリギリの所で止まっている。
嫌だ止めて…
傷付け無いで…傷付けるんだったら…
殺してやる──…
「麗!!下らねぇ事で力を使うな!」
力に靡きながら毛先から徐々に銀になりつつある髪が、一瞬にして漆黒に戻った。
「麗、本体に戻る!お前は雑魚共を薙払え!!」
『翡翠!?』
一瞬にして翡翠が煙にまかれた。
そして代わりに現われたのは…
銀色の毛に覆われた翡翠色の瞳を持つ、九本の尾の巨大な狐だった。
「「「な…ッ!!?」」」
シリウス達が目を見開いて驚く中、翡翠は八尾を押さえ付け、麗は他の妖かし達を倒し続けた。
翡翠は八尾を地に押さえ付けると、口を開いた。
「麗に手ぇ出してんじゃねぇ」
“テメェは殺す”と呟き、ニヤリと笑った翡翠が八尾の喉元に噛み付こうと牙を剥いた瞬間…
『止めろ、翡翠!!』
麗がそう声を上げ、翡翠はピタリと動きを止めた。
「コイツは俺の目の前でお前に手を出したんだ、殺す!」
「おい、お前等…俺様の麗に手ぇ出したのか?」
辺りに響き渡る静かな声。翡翠の顔がその声を聞くなり歪んだ。
不機嫌そうに喉を鳴らしながら声のした方を睨み付ける。
「失せろ雑魚共…呪い殺すぞ」
そう低い声が響き渡ると、一斉に悪霊や妖かし、そして八尾が逃げる様に消え去った。
「邪魔すんな、蛇!アイツは俺が殺すんだ」
翡翠は喉の奥で唸ると、そう叫んだ。
「俺様が助けてやったんだ、感謝するんだな」
森の中から赤銅色の短髪に、金眼の青年がそう言いながら出て来た。
目元と首に赤い痣がある青年で、後ろには蒼ともう二人…
『そうよ翡翠、それに駄目だって言ったでしょう?』
「アイツは麗を攻撃したんだ…殺すに値する」
『駄目』
「麗」
赤銅色の髪の青年が翡翠を無視して麗を抱き締めた。
『久しぶり…騎龍 』
「あぁ、我慢しないで泣いても良いんだぜ、麗」
『な…泣かないよ』
強気にそう言い張り、麗は騎龍を抱き締め返した。
本当は嬉しくて泣きそうだった。
もう二度と会え無いと思っていたのに…
騎龍は嬉しそうにククッと喉で笑うと、麗の額にキスを落とした。
「捜したぞ、俺様の麗」
「それはこっちの台詞だ」
黙っていた蒼がそう割って入り、騎龍と麗を引き離した。酷く不機嫌そうだ。
「折角、麗が嵐山にいるだろうと着き先をここにしたというのに…この山に居ないなんて」
『御苦労様、蒼』
麗が“有難う”と言って嬉しそうに微笑むものだから、蒼はそれ以上何も言えなかった。
「麗~!!」
騎龍から引き離された麗に白髪緋眼の青年がそう言って抱き付き、頬にキスを落とした。
『久しぶり、椿』
「凌 もいるんだ!」
椿の後ろに静かに立っていた青年が慌てて…しかし丁寧に頭を下げる。
『分かってるよ。凌…久しぶり、元気だった?』
「元気です、麗様…御無事で何よりです」
顔を上げた凌の蒼い瞳が麗だけを映して半月を描いた。
麗は椿から離れると、三人に向かってニッコリ微笑んだ。
『じゃあ、暫く反省室ね』
「「え゙?」」
騎龍と椿が思わずそう声を漏らし、全てを悟って覚悟をしていたらしい凌は、反省した様に大人しく立っていた。
『さっきの妖かし達は貴方達の配下よね』
どうせ騎龍が暇潰しで妖かし達を脅したのだろう。
騎龍は他者を染めるのが好きだから。
『人を襲わせるなんて躾がなって無いわ』
「麗、俺達じゃなくて騎龍の配下だよ!」
「あ゙、おい、椿!!」
『騎龍に忠告しなかったんだもの同罪よ』
ニッコリと微笑みながらそう言う麗を見た椿と凌は、顔色を青く染めた。
外見には現れ無くとも、騎龍も内心は焦っている筈だ。目が泳いでいる。
麗が右耳に付いたピアスを軽く爪で弾くと、騎龍達三人はピアスに吸い込まれてその場から消え去った。
麗の肩に顔を擦り寄せた翡翠が嬉しそうにニヤリと口角を上げて笑う。
「ざまぁみろ、蛇野郎」
『翡翠も入りたい?』
「…遠慮しとく」
麗は音々を術で仕舞うと、未だに本来の姿のままの翡翠の首に抱き付いた。
フカフカの毛並みを楽しんだ麗は、腕を解くとすっと指を差した。
『あっちはどうするの?』
「あ…」
麗が指差した先には仕掛人達が呆然と地面に座り込んでいた。
麗が結界を消すと七叉と楓が寄って来る。
『御苦労様』
麗は七叉の頭を撫でながら微笑んだ。
「麗、怪我は無いか?」
『大丈夫よ…楓こそ怪我してるわ』
麗が楓の手を取り服の袖を捲ると、腕の切り傷から血が滴っていた。
「平気です…」
『駄目よ』
麗が傷を撫でると、こびり付いた血が消え、傷口が綺麗に塞がった。
「有難う御座います…」
そう御礼を言うと楓は消え去り、続いて七叉も消え去った。
『で、どうするの?』
麗は鷹になった蒼を肩に乗せ、翡翠にそう問い掛けた。
シリウス達に翡翠の正体がバレた…此の状況は誤魔化し様が無い。
「……記憶を消すか」
翡翠が人型になり、麗にそう問い掛けた。少し麗の顔色を伺っている様だった。
『自分で決めなさい』
そんな中、麗達の様子を伺いながら、ジェームズ達がコソコソと小声で喋りだした。
「“御館様”案外早く見付かったね、ジェームズ」
「翡翠だと思わなかったけどね…ねぇ、シリウス?」
「あ―…そんな話もあったな」
翡翠は仕掛人達に近寄ると、ジェームズとシリウスの首ねっこを掴み、持ち上げた。
「おい、餓鬼等…どういう事だ?何でその呼び方を知っている」
「な、何の事かな、翡翠」
ジェームズが慌てて誤魔化すが、翡翠はニヤリと笑いこう告げた。
「テメェ等、さっき見てたろ?狐なんだからお前等より耳が良くて当然だろうが…丸聞こえなんだよ、餓鬼」
全くだ。狐相手にその隠し方は無理がある。
鼬に戻った紙園が麗の肩に飛び乗った。
「阿呆な餓鬼共だな」
麗は溜め息を吐くと、紙園の頭を優しく撫でた。
「ちょっとジッとしてろよ、餓鬼共。直ぐに消してやる」
青くなったシリウスとジェームズが暴れだし、それを見ていた麗は何か思い付いたらしく、微かに笑うと記憶を消そうとする翡翠の腕を掴み二人を降ろさせた。
「麗?」
『まぁ、良いんじゃない?』
「お前が自分で決めろと…」
『ふふ、三人共嫌みたいよ?』
「…俺が嫌だ」
『翡翠、そのうちまたバレるわ』
「何を根拠に」
『騎龍の命令では無く考えて行動した結果がアレよ。騎龍の恐さは知っているが、バレなければ大丈夫だと踏んだ。或いは献上しようとした』
「……」
『形は違えどきっとまた何かトラブルが起きる』
翡翠は暫く黙っていたが、軽く溜め息を吐くと口を開いた。
「…分かったよ」
『有難う、翡翠』
今日の記憶が上手く利用出来る時が来るかもしれない──…
静かな森の中…
切株の上に景色に不釣合いな水晶が一つ…
その水晶が蒼白い光を放つと、水晶を囲む様に六人と一匹が現れた。
『…凄い所に着いたもんだ』
「ここどこだ?」
シリウスは辺りを見渡しながら麗にそう問い掛けた。
「森」
翡翠はシリウスをからかう様にそう答え、シリウスは不機嫌そうに視線を避けた。
「森はどこにでもあるだろ。そうじゃなくて…」
『京都の嵐山よ』
=巣喰う森=
春休み五日目。
麗は翡翠、蒼、紙園、そしてジェームズ、リーマス、シリウスと共に日本に向かった。着いた先は京都の嵐山だ。
「「「きょうと…?」」」
『京都は日本の関西区に位置し、その昔“都”と呼ばれていた場所よ。今では文化財が残っている有名な観光地なの』
「「「へぇ…」」」
『知り合いにポートキーを置いておいて貰ったのよ』
「久鈴か」
『ううん、小梅。リリーやピーター…姉様達も来れれば良かったのにね…』
皆揃っていたらもっと楽しかっただろうが、其々家で用事があるのだから仕方無い。
麗は蒼を振り返ると、その手を取った。
『蒼、悪いけど上から大きな白い犬を捜してくれる?首に大きな鈴を付けてる筈だから。
それか…見当たらなかったら白髪二人と緋髪の三人組を御願いね』
「分かっ」
「麗!!」
翡翠に遮られ、蒼は返事を最後まで口に出来無かった。
麗、翡翠、蒼は話すのを止めると直ぐに身構え、紙園は人型になった。
『来る』
「来る…何がだ?」
『“楓”“七叉”』
麗が名前を呼ぶと、人型の楓と本来の姿のままの七叉が麗の影から現れた。
「「主…」」
『結界を張るが、此の麻痺した身体だ。戦いながらだから恐らく余り持た無い…三人を護りなさい』
「「御意」」
『楓、手を出したら怒るわよ』
「……御意に」
「おい、何があったんだ!!」
シリウスが我慢出来なくなり声を上げる中、ジェームズとリーマスは七叉を見据えながら小声で話し出した。
「リーマス、あの狐尾が…」
「七本あるね…でも“御館様”は九本の筈だ、ジェームズ」
麗は一瞬、翡翠と視線を合わせると、ゆっくりと口を開いて詠唱する。
直ぐに仕掛人三人と紙園を囲むように結界が張られた。
『七叉、楓、頼むわね』
二人が“御意”と返事をするのを確認すると、麗はピアスに触れた。
──紙園、聞こえる?
─あぁ、聞こえる…ピアスか。
──そうよ。シリウス達が結界から動こうとしたら魔法で動けなくしてくれる?
─分かった。
“ガガガ”と耳障りに響くノイズ音は頭にまで響き、感覚を支配しようとする酷く不快なモノだった。
『どういう事かねぇ、今日の嵐山は悪霊と妖かしが多い』
ノイズ音と共に、数え切れない程沢山の悪霊・妖かしが現れ、麗はそう呟いた。
下級と…上級のモノが隠れているのも分かった。
手下を前に出してこちらを見定めるだなんて嫌な奴だ…
『狙いは私か?私としては戦いたくは無いんだが…退いてくれないかしら』
妖かし達は麗の話に耳を傾けずに一気に突っ込んで来た。
『戦いに何の意味がある…そなた達が滅びるだけだぞ?』
「麗!!」
呑気に和解を求める麗に翡翠がそう声を荒げた。
『仕方無いか…蒼、椿達を捜してきて!!』
蒼は鷹になると、攻撃をしてくる妖かし達を振り切り飛び上がった。が、直ぐに飛行系の妖かしが後を追おうと動いた。
『私だけを見ろ!!』
瞬間、麗がそう声を荒げ、妖かし達はピタリと動きを止めた。
『そなた達の狙いは私か翡翠だろう?ならば私だけを見ていろ』
そう言った麗は蒼が無事に飛び去ったのを見届けると、再び身構えた。
『“
そう呟いた麗の手元に黒い鞘に収まった柄の無い刀が現れ、麗はそれを握ると、ニッコリと微笑んだ。
『失せろ』
瞬間、大半の悪霊と妖かしが一瞬にして消え去った。
麗からしてみれば、唯居合い抜きの刀圧で妖かし達を斬りつけただけだったのだが、シリウス達には麗が妖かし達を斬った瞬間が全く見え無かった。
スッと鞘から抜かれた刀は刀身まで真っ黒の刀だった。
麗が鞘を握った左手に力を入れると、鞘は一瞬で消え去り、麗はニッコリと微笑んだ。
『在るべき処へ誘おう』
麗は次々と妖かしや悪霊達を斬り捨て、自らの通るべき道を作っていく。
牙を向ける者を容赦無く斬り裂くその手はある所で止まった。
「麗!!!」
『ッ…!!』
「「「麗!!!」」」
手を…動きを止めた麗に、容赦無い攻撃が浴びせられる。
麗はそれを刀…音々で薙払い、駆け付けた翡翠が麗を背に庇った。
「おい、何しやがる鼬!!」
「麗の頼みだ」
シリウス達が助けに出ようと結界から出ようとした様で、紙園に魔法をかけられて結界内で固まった状態でそう騒いでいた。
『済まない、翡翠…油断した』
「落ち着け、麗…コイツは
麗は自分の動きを止めた相手を真っ直ぐに見据えた。
栗色の毛に茶色の瞳、麗の二倍近い身体、 八本の尾を持つ狐…八尾だ。
良く知っている者を思い出して思わず手を止めてしまった。
八尾が牙を剥き、翡翠は麗を護る為にそれを受け止めた。
牙を押さえ込まれた八尾は、翡翠と押し合いをしながら、今度は鋭い爪を出し、翡翠に切り掛かる。
『翡翠!!』
翡翠はその八尾の腕を肩で受け止めた。鋭い爪が背中に刺さるギリギリの所で止まっている。
嫌だ止めて…
傷付け無いで…傷付けるんだったら…
殺してやる──…
「麗!!下らねぇ事で力を使うな!」
力に靡きながら毛先から徐々に銀になりつつある髪が、一瞬にして漆黒に戻った。
「麗、本体に戻る!お前は雑魚共を薙払え!!」
『翡翠!?』
一瞬にして翡翠が煙にまかれた。
そして代わりに現われたのは…
銀色の毛に覆われた翡翠色の瞳を持つ、九本の尾の巨大な狐だった。
「「「な…ッ!!?」」」
シリウス達が目を見開いて驚く中、翡翠は八尾を押さえ付け、麗は他の妖かし達を倒し続けた。
翡翠は八尾を地に押さえ付けると、口を開いた。
「麗に手ぇ出してんじゃねぇ」
“テメェは殺す”と呟き、ニヤリと笑った翡翠が八尾の喉元に噛み付こうと牙を剥いた瞬間…
『止めろ、翡翠!!』
麗がそう声を上げ、翡翠はピタリと動きを止めた。
「コイツは俺の目の前でお前に手を出したんだ、殺す!」
「おい、お前等…俺様の麗に手ぇ出したのか?」
辺りに響き渡る静かな声。翡翠の顔がその声を聞くなり歪んだ。
不機嫌そうに喉を鳴らしながら声のした方を睨み付ける。
「失せろ雑魚共…呪い殺すぞ」
そう低い声が響き渡ると、一斉に悪霊や妖かし、そして八尾が逃げる様に消え去った。
「邪魔すんな、蛇!アイツは俺が殺すんだ」
翡翠は喉の奥で唸ると、そう叫んだ。
「俺様が助けてやったんだ、感謝するんだな」
森の中から赤銅色の短髪に、金眼の青年がそう言いながら出て来た。
目元と首に赤い痣がある青年で、後ろには蒼ともう二人…
『そうよ翡翠、それに駄目だって言ったでしょう?』
「アイツは麗を攻撃したんだ…殺すに値する」
『駄目』
「麗」
赤銅色の髪の青年が翡翠を無視して麗を抱き締めた。
『久しぶり…
「あぁ、我慢しないで泣いても良いんだぜ、麗」
『な…泣かないよ』
強気にそう言い張り、麗は騎龍を抱き締め返した。
本当は嬉しくて泣きそうだった。
もう二度と会え無いと思っていたのに…
騎龍は嬉しそうにククッと喉で笑うと、麗の額にキスを落とした。
「捜したぞ、俺様の麗」
「それはこっちの台詞だ」
黙っていた蒼がそう割って入り、騎龍と麗を引き離した。酷く不機嫌そうだ。
「折角、麗が嵐山にいるだろうと着き先をここにしたというのに…この山に居ないなんて」
『御苦労様、蒼』
麗が“有難う”と言って嬉しそうに微笑むものだから、蒼はそれ以上何も言えなかった。
「麗~!!」
騎龍から引き離された麗に白髪緋眼の青年がそう言って抱き付き、頬にキスを落とした。
『久しぶり、椿』
「
椿の後ろに静かに立っていた青年が慌てて…しかし丁寧に頭を下げる。
『分かってるよ。凌…久しぶり、元気だった?』
「元気です、麗様…御無事で何よりです」
顔を上げた凌の蒼い瞳が麗だけを映して半月を描いた。
麗は椿から離れると、三人に向かってニッコリ微笑んだ。
『じゃあ、暫く反省室ね』
「「え゙?」」
騎龍と椿が思わずそう声を漏らし、全てを悟って覚悟をしていたらしい凌は、反省した様に大人しく立っていた。
『さっきの妖かし達は貴方達の配下よね』
どうせ騎龍が暇潰しで妖かし達を脅したのだろう。
騎龍は他者を染めるのが好きだから。
『人を襲わせるなんて躾がなって無いわ』
「麗、俺達じゃなくて騎龍の配下だよ!」
「あ゙、おい、椿!!」
『騎龍に忠告しなかったんだもの同罪よ』
ニッコリと微笑みながらそう言う麗を見た椿と凌は、顔色を青く染めた。
外見には現れ無くとも、騎龍も内心は焦っている筈だ。目が泳いでいる。
麗が右耳に付いたピアスを軽く爪で弾くと、騎龍達三人はピアスに吸い込まれてその場から消え去った。
麗の肩に顔を擦り寄せた翡翠が嬉しそうにニヤリと口角を上げて笑う。
「ざまぁみろ、蛇野郎」
『翡翠も入りたい?』
「…遠慮しとく」
麗は音々を術で仕舞うと、未だに本来の姿のままの翡翠の首に抱き付いた。
フカフカの毛並みを楽しんだ麗は、腕を解くとすっと指を差した。
『あっちはどうするの?』
「あ…」
麗が指差した先には仕掛人達が呆然と地面に座り込んでいた。
麗が結界を消すと七叉と楓が寄って来る。
『御苦労様』
麗は七叉の頭を撫でながら微笑んだ。
「麗、怪我は無いか?」
『大丈夫よ…楓こそ怪我してるわ』
麗が楓の手を取り服の袖を捲ると、腕の切り傷から血が滴っていた。
「平気です…」
『駄目よ』
麗が傷を撫でると、こびり付いた血が消え、傷口が綺麗に塞がった。
「有難う御座います…」
そう御礼を言うと楓は消え去り、続いて七叉も消え去った。
『で、どうするの?』
麗は鷹になった蒼を肩に乗せ、翡翠にそう問い掛けた。
シリウス達に翡翠の正体がバレた…此の状況は誤魔化し様が無い。
「……記憶を消すか」
翡翠が人型になり、麗にそう問い掛けた。少し麗の顔色を伺っている様だった。
『自分で決めなさい』
そんな中、麗達の様子を伺いながら、ジェームズ達がコソコソと小声で喋りだした。
「“御館様”案外早く見付かったね、ジェームズ」
「翡翠だと思わなかったけどね…ねぇ、シリウス?」
「あ―…そんな話もあったな」
翡翠は仕掛人達に近寄ると、ジェームズとシリウスの首ねっこを掴み、持ち上げた。
「おい、餓鬼等…どういう事だ?何でその呼び方を知っている」
「な、何の事かな、翡翠」
ジェームズが慌てて誤魔化すが、翡翠はニヤリと笑いこう告げた。
「テメェ等、さっき見てたろ?狐なんだからお前等より耳が良くて当然だろうが…丸聞こえなんだよ、餓鬼」
全くだ。狐相手にその隠し方は無理がある。
鼬に戻った紙園が麗の肩に飛び乗った。
「阿呆な餓鬼共だな」
麗は溜め息を吐くと、紙園の頭を優しく撫でた。
「ちょっとジッとしてろよ、餓鬼共。直ぐに消してやる」
青くなったシリウスとジェームズが暴れだし、それを見ていた麗は何か思い付いたらしく、微かに笑うと記憶を消そうとする翡翠の腕を掴み二人を降ろさせた。
「麗?」
『まぁ、良いんじゃない?』
「お前が自分で決めろと…」
『ふふ、三人共嫌みたいよ?』
「…俺が嫌だ」
『翡翠、そのうちまたバレるわ』
「何を根拠に」
『騎龍の命令では無く考えて行動した結果がアレよ。騎龍の恐さは知っているが、バレなければ大丈夫だと踏んだ。或いは献上しようとした』
「……」
『形は違えどきっとまた何かトラブルが起きる』
翡翠は暫く黙っていたが、軽く溜め息を吐くと口を開いた。
「…分かったよ」
『有難う、翡翠』
今日の記憶が上手く利用出来る時が来るかもしれない──…