第1章 始マリノ謳
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27
誰かが入って来たのは気付いていた。
額に唇が触れてそっと目を開けると、翡翠が私を見下ろしていた。
『御早う、翡翠』
「あぁ」
『貴方が私より早く起きてるなんて珍しいわね』
「俺が誰よりも先に言いたかったからな」
何の事か分からず、寝起きでぼーっとした私を抱き起こした翡翠が耳元で囁いた言葉に、麗は嬉しそうに目を細めた。
=聖夜に君へ=
『うわぁ…』
暖炉脇に積み上げられたプレゼントの山に、麗は目を輝かせた。
初めてのクリスマスでこんなに沢山のプレゼントを貰えるだなんて…
「昨日買わなかった者からもきてる。どうするか決めておけ」
『そうね…お返ししないと』
そう言って鼬の紙園を腕にリビングのソファーに思わず座ろうとした麗は、ふと窓際を見て“え…”と洩らした。
いつも梟達が利用する小窓の下にカードが乱雑に山積みにされていたからだ。
『ぇ、何これ』
「カードだな」
『何でこんなに…』
「どうせお前目当てだろ。あぁ、翡翠の分もあるな…翡翠はどうした?」
『私を起こしに来て…そのまま寝ちゃったわ』
「珍しく早く起きたと思えば…」
ブツブツと文句を言いながら蒼は私の部屋に向かったから起こしに行ってくれたのだろう。蒼に翡翠を起こせるかは不明だが。
『さて、この大量のカードどこに仕舞おうか?』
「捨ててしまえ」
『こら駄目よ、紙園』
仕舞う前に返事も書かなくてはならない。
『取り敢えず着替えてから…』
麗が部屋着兼、寝具用の着物の帯を解こうとした瞬間、部屋の扉が勢い良く開……押し破られた。
「「「「麗!!」」」」
『は、はい?!』
考え事をしていた麗は、驚いた拍子に思わず紙園をギュッと抱き締めた。
「グ…ッ!?」
「「「「Merry Christmas!!」」」」
賑やかな声と共に悪戯仕掛人がリビングに走り込んで来た。
『め、メリークリスマス…』
一応は返事を返した麗の耳に、掠れた声が届いた。
「麗…苦しい、離してくれ」
『ご、御免、紙園!!』
麗は慌てて紙園を離すと、ソファーにその小さな身体を寝かせ、優しく撫でた。
「麗、僕達にプレゼントは?」
「ジェームズ、それ簡潔すぎ」
「でも俺もそれ気になる。部屋に届かなかったしな」
呆れるリーマスの隣りに立っていた小さなピーターは、背伸びをして右手を上げた。
「ぼ、ボクも…」
可愛い。凄く可愛い。
『今日渡そうと思ったのよ』
麗は棚からプレゼントを出すと、一人ずつ順番に配った。
「あ、悪戯商品だ!」
最初に包を開いたのはジェームズだった。本当はこれをプレゼントしたくなかったが…
『セブルスに使ったら没収だからね?』
「…多分使わ無いよ」
麗は絶対に使いそうなジェームズを見て、一抹の不安に駆られた。
「ぁ、ボク自動辞書だ」
『ピーターはうっかりミスが多いから…気を付けようね』
「う、うん!」
「僕は…オルゴール?」
次はリーマスだった。リーマスの手の上で銀のオルゴールが輝いている。
『満月が近付いたら聴いてね。魔法をかけてあるから少しは楽になる筈よ』
「ありがとう、麗」
リーマスは嬉しそうに微笑むと、麗を優しく抱き締めた。
『どういたしまして』
少しでも役に立てたのなら本望だ。だって、私はリーマスを…
「餓鬼は離れろ」
そう言いながら麗の部屋から出て来た翡翠がリーマスを麗から引き離した。
『翡翠、起きたの…起こすのに苦労したでしょ?』
「もう二度と起こしたくない」
蒼がそう思うのも無理も無い。起こせたのだって奇跡だと思った。
翡翠の寝起きの悪さは酷いものだし、誰も起こす者がいないと二日は寝続けている。
「こっちだって願い下げだ」
『起こしてもらっといて文句言うんじゃ無いの』
全く…本当に子供なんだから。
ソファーに腰掛けた麗は、ふと自分が部屋着の着物のままなのに気が付いた。
流石に着替えなくちゃまずいかしら?
「プレゼント開けてたのか?」
麗の隣りに腰掛けた蒼が麗に貰ったプレゼントを楽しむ仕掛人達を見ながらそう問い掛けた。私はまだ開けて無いけど…
『そうよ。蒼達には後でね』
「あのさ、俺のコレ何?」
蒼達と話していると、シリウスがそう困った様に紙を持った手をぶらぶらと振った。
「紙が五枚と筆?」
『あら、唯の紙じゃ無いわよ』
「お前そんな物あげたのか?絶対に悪戯に使うぜ、こいつ」
仕掛人達と紙園は使い方を知らないので不思議そうに紙を覗き込んだ。
麗はシリウスの手から紙を一枚と筆を取り、紙に“皐月 麗”と、自分の名前を書いた。
『はい、完成!』
完成と言われても仕掛人達には意味が分から無い。名前の書いてある人の形に切られた紙にしか見えないのだ。
『良く見てなさい?』
麗は微笑むと紙を床に投げ捨てた。
するとどうだろうか、紙が床に付いた瞬間、麗の隣にもう一人、麗が現れた。
驚いた仕掛人達はそれぞれ手にしたプレゼントを落しそうになり、ピーターが落とした自動辞書は翡翠が空中で受け止めた。
『使い方分かった?此の紙は名前を書くとその名前の人に化けるの。
まあ、普通は書かなくても良いんだけどシリウスは初心者だしね…名前を書いたら“我を映せ”って唱えなさい』
「麗、僕もそれ欲しい!!」
ジェームズが目を輝かせながらそう言ったが、麗はニッコリと微笑みながらこう返した。
『そんな事言うと何も上げ無いわよ』
「先程頂いた素敵な悪戯商品で満足です、済みません!!」
『なら良いわ。あ、因みにこれ攻撃すると消えるから』
麗は自分が作った自分の分身を殴り飛ばして消した。
シリウス達が凄く嫌なモノを見た気持ちになったのは気の所為では無いだろう。
『シリウスのプレゼント四枚になっちゃったね』
「あ」
麗はクスクス笑うとピーターに近寄り、その手を取った。
『ピーター、悪いけど…談話室に届いてる私宛ての梟便を持って来てくれるかしら?』
「え?あ、うん、分かった!」
ピーターは首が取れるのではと思う程勢い良く頷くと、部屋を駆けて出て行った。
『あぁ、本当にもう…凄く可愛い』
微笑みながらそう呟いた麗は、ふと残った三人を振り返った。
何か呟いた麗がパチンと指を鳴らせば、それぞれの耳に付いたピアスが透過していく…
『あの時に上げたピアス皆ちゃんと付けててくれて良かったわ。だけどミネルが厳しくてね…石が目立つから透明にして見え無い様にしたわ』
「本当だ。何も付いてないみたい」
「これピアスの意味あるのかい?」
『良いのよ、ジェームズ。付けてる事が大事なの』
「見えないのに?」
『それは少しだけ貴方達を護ってくれる。その役割さえ果たせればいいのよ』
そう何回も効きはしないと思うけど…そんなに何回も命の危機に瀕しないと信じたいものだ。
『紙園』
名前を呼んでも普通の鼬のふりをした紙園はククククと鳴くだけだ。
『紙園』
何と言っているか分かっていたが無視してもう一度呼ぶと、紙園は不機嫌そうに表情を歪めた。
「何なんだよ、分かってるくせに」
「喋った!!」
クスクス笑う麗は怒られているのに楽しそうだ。
『だって貴方“ただの鼬だから分からないと思ってぞんざいに扱う”って怒ってたから』
「だからってバラす事は無いだろ…こいつらと親しくするつもりはないぞ!」
『あら、友達は多い方が楽しいわよ』
「だから要らないって…」
「だからピーターを外に出したのか」
蒼にそう言われて、麗は頷いた。
『ピーターは驚いて倒れちゃいそうだもの』
ピーターは情報の処理をするのが苦手だ。蒼の時にそうした様に、一人で落ち着いている時に話した方がいいだろう。
『別の理由でルシウス達には言わない方がいいと思うけど』
「あいつは気取ってて嫌だ」
『あら、紙園ったら』
笑う麗を見て一瞬で人型になった紙園は、懐から綺麗な髪飾りを取り出し、麗の髪に付けた。
窓から差し込む光に反射して輝くその姿は、麗の着ていた着物に良く映えた。
『あら、くれるの?』
「…プレゼントだ」
『有難う、紙園』
「あぁ、なら俺も」
蒼は麗の手を取ると、ポケットから取り出した銀のブレスレットをその手に通した。
『あらやだ…』
「……気に入らなかったか?」
『違うのよ』
麗は蒼の手を取ると、魔法で銀のブレスレットを付けた。蒼が上げた物とサイズを除き、全く同じ物だった。
『昨日、私が見てたから買ってくれたんでしょう?貴方に似合うと思って見てたのよ』
「そうか」
『お買い物付き合ってくれて有難う。凄く嬉しいわ、蒼』
「んだよ、俺には無いのか?」
『翡翠、貴方クリスマスに興味無いじゃない』
「まぁ、それもそうだけどな」
「翡翠、お前はプレゼントどうしたんだ」
「俺か?俺は朝起こした時にやったさ」
『えぇ、いただいたわ』
鼬に戻った紙園が膝に飛び乗り、麗は嬉しそうに笑った。
一方、ジェームズは不思議そうに首を傾げた。
「え、それって」
「ゔ──…麗〜!!」
ピーターが帰ってきた…多分。
大量のカードを抱えていて顔が全く見えない。
『ピーター…そんなにあったの?談話室に私宛ての物なんてほぼ無いと思ってたわ…私、親族とか居ないし』
テーブルの上に広げたカードガサガサ漁りながら翡翠と蒼にお茶を煎れに行かせた麗は、息を吐くと棚から杖を取り出してソファーに座った。そして大量のカードを魔法で名前順、寮別に分ける。
「お、遅くなってごめんね」
『大丈夫よ、ピーター…御免なさいね、有難う……って、あれ?』
「どうしたんだい?」
リーマスが麗の隣に座り直し、問掛けた。
『カードが全部二通ずつある…』
「何かしたのか?」
シリウスが反対側に座り直して足を組み、紙園は麗の肩によじ登ってカードを覗き込んだ。
『えっと…』
試しにシーラのカードを見てみる。
『“Merry Christmas、私の妹♡休み明けに一番に会いに行くわね♡”と、もう一通は“ブレスレットとっても気に入ったわ♡カードもとっても綺麗で素敵! 麗も私が贈ったピアス付けなさいね♡”だって……カードか!』
麗は魔法で一斉にカードを開け、端から順に見を通していった。
「どうしたんだい?」
そう、リーマスが隣から覗き込んで来た。ジェームズはすっかり悪戯商品に夢中だ。
『カードの所為だ』
リーマスとシリウスは、それぞれ麗の両脇から手を伸ばすとカードを一枚取り、中を見た。
『私、カードを必要な枚数集められそうになかったから和紙を買ったの。それで作ったカードが珍しいとか…皆、そんな事を二枚目に書いて送ってきたのよ』
それで此の有り様だ。
流石に一人二枚ずつ送られて来たカードは量が多い。残りの翡翠宛てのカードも結構な量だし…
「ボクも…欲しい、なぁ」
『ふふ、後で作るわねピーター』
「カード作ったのか…気が遠くなりそうだ」
『ケーキを焼いてる間にね…魔法使ってズルしたし』
「僕、麗のケーキ食べたいな」
『きっと翡翠達が持って来てくれるわよ、リーマス』
麗は魔法でカードを纏めて棚の上に置くと、ソファーから立ち上がってキッチンに向かった。翡翠が両手に持っていたトレイを片方受け取るとテーブルに置く。トレイに乗せられたティーポットから紅茶の良い香りが漂っていた。
瞬間、小刻みに小さな音が聞こえ、音がする方を見ると窓の外に梟が何羽も居た。皆で交互に窓を叩いている。
蒼はテーブルにケーキを置くと、窓に歩み寄り開け放った。
梟達が“危ない”と文句を言っていたが、蒼はそれをまるっきり無視して荷物だけを次々受け取る。
「…麗、全部小包だ」
『え、誰?』
これ以上何が届くと言うのだ。
「シーラ、リザ……と、マクスウェル」
「いや、待って。色々聞きたいけど…取り敢えず何でマクスウェル?」
『え、アレン?』
「いや、だってお前…スリザリンの奴等と仲良いのは知ってるけど何でマクスウェル?」
麗は蒼から小包を受けとると嬉しそうに微笑んだ。
『アレンは友達なの!クィディッチの後に偶然会ってナンパしちゃった』
「「「「ナンパ?!」」」」
『あ、逆ナンって言うのよね?』
麗は楽しそうに笑うと元居た場所に腰掛け、小包を開け出した。
「どうせ祝いの品だろ?」
翡翠は麗を抱き上げて座り直すと、膝に麗を乗せて小包を除き込んだ。
「祝いの品?」
間に入り込まれたシリウスは、思わず翡翠を睨み付けた。
「誕生日のプレゼントだろ?」
翡翠の一言に仕掛人達は目を見開いて硬直し、それを見て呆れた様に溜め息を吐いた蒼が口を開いた…
「知らなかったのか?麗の誕生日は今日なんだぞ」
ジェームズは弄っていた悪戯商品を落とし、リーマスは飲んでいた紅茶を喉に詰らせ、噎せた。
「「「はぁ?!!」」」
翡翠と蒼に教えられた事実に仕掛人達は声を上げた。紙園が“バカだな”とクククと鳴いた。
「た、誕生日…今日がか?!」
『うん、そうだけど?』
何か問題でも?
「何で言わないんだい?ちゃんと言わなきゃ駄目じゃないか、麗」
『ご、御免なさい…?』
リーマスの笑顔に、麗は思わず背後の翡翠を押す様に後退った。
「ど、どどどど」
『え、ピーターどうしたの?』
「ど、どうしよう」
『え?良く分からないけど取り敢えず御茶でも飲ん…』
「あ゙ぁ!!ジェームズの奴どこ行った?!」
麗の言葉を遮ってシリウスがそう声を上げ、蒼が紅茶を飲みながら答えた。
「急いで出て行ったぞ」
「抜け駆けしやがった!!おい、行くぞリーマス、ピーター!」
「全く…麗もジェームズも困ったものだね」
「ま、待って…!!」
急いで部屋を出て行く二人を追い掛けて、ピーターも慌てて部屋から出て行った。
『……何だったの?』
紙園は麗を見上げ不思議そうに首を傾げた。
「天然か?」
『何が…?』
「天然だ」
「天然って事にしとけ」
『は…?』
“天然”と言い切った蒼と翡翠を“何が天然なんだ?”と不思議に思いつつ、麗は紅茶を口にした。
「あぁ…それとな麗、スリザリンの奴等からも小包が届いてるぞ」
『え…そうなの?』
「セブルス、ラバスタン、ルシウス、レギュラス、ロドルファス」
『え、ロドルファス?』
何で?私、ラバスタンと話してる時に一回会った事があるくらいな気がするんだけど…
「あいつ等が煩そうだったから黙ってた」
『有難う、蒼』
四人でお茶にしていると、暫くして仕掛人達が沢山のプレゼントを抱えて現れた。
御礼に沢山料理を作り、仕掛人達が食べ損ねたケーキを出して夜中までパーティーをした。
リビングで眠ってしまった仕掛人達を魔法で書庫に運び、床に引いた布団に寝かせた麗は、蒼と紙園に“御休み”と言うと、同じくリビングで寝ている酔い潰れた翡翠を狐の姿に変え、抱き上げて寝室に向かった。
寝室に防音の魔法をかけ、ベッドに翡翠を寝かせると結界で覆う。起こしては悪いから。
『イアン──…遊ぼ?』
声は直ぐ側から返ってきた。
「だから別の呼び出し方にしろと言っているだろ」
麗は振り向くとイアンに向かったニッコリ微笑んだ。
『Merry Christmas!』
麗はイアンの手を取ると、その腕に金のブレスレットを付けた。
『似合う、似合う』
麗は嬉しそうに笑い、それを見たイアンは溜め息を吐くと、左手で麗の手を取り、右手を麗の手首に被せた。
多少、乱暴なのはイアンだから仕方無い。
「やる」
イアンが手を離すと麗の手首には細い金のブレスレットが光っていた。
『あ、有難う!』
そう言いながら麗はイアンに抱き付いた……が、イアンはいつもの様に退かそうとしない。
『嫌がら無い…』
イアンは頬を赤く染めると、顔を背けた。
小さく“誕生日だろ?”と言われて麗は嬉しそうに笑うと更に抱き付いた腕に力を込めた。
『あぁ、誕生日だ!』
“おめでとう”という定番の言葉は無かったけど嬉しかった。
来年もこんな時を過ごせたらどんなに幸せか…何て思ったりもした。
帰らなくてはいけないのは分かっているし、早く帰ろうとも思っていた。そして同時に幸せ等望んではいけないとも。
『いや、私は充分…幸せ者だな』
今宵、信じぬ神に特別に祈ろう。願おう。
都合の良い事だけど、でも…
どうか──…
イアンが帰り、眠りにつこうと布団に入った瞬間、麗の左腕が仄かに光った。二の腕の辺りだ。
麗は服の袖を捲り上げると二の腕を見て目を見開いた。
そこには金のブレスレットが嵌っていたのだ。
『誰が…』
外れ無いブレスレットに右手を添える。
月灯に照らされて、綺麗な模様が浮かび上がっていた。
瞬間、懐かしい声が響いた。
──麗…
おめでとうさん…
耳を掠めた懐かしい声に…
麗は嬉しそうに微笑んだ。
そうだね、こんな事をするのは貴方しか居ない。
『有難う“砕覇 ”』
待ってるよ…
待ってるから…
早く帰って来てね──…
誰かが入って来たのは気付いていた。
額に唇が触れてそっと目を開けると、翡翠が私を見下ろしていた。
『御早う、翡翠』
「あぁ」
『貴方が私より早く起きてるなんて珍しいわね』
「俺が誰よりも先に言いたかったからな」
何の事か分からず、寝起きでぼーっとした私を抱き起こした翡翠が耳元で囁いた言葉に、麗は嬉しそうに目を細めた。
=聖夜に君へ=
『うわぁ…』
暖炉脇に積み上げられたプレゼントの山に、麗は目を輝かせた。
初めてのクリスマスでこんなに沢山のプレゼントを貰えるだなんて…
「昨日買わなかった者からもきてる。どうするか決めておけ」
『そうね…お返ししないと』
そう言って鼬の紙園を腕にリビングのソファーに思わず座ろうとした麗は、ふと窓際を見て“え…”と洩らした。
いつも梟達が利用する小窓の下にカードが乱雑に山積みにされていたからだ。
『ぇ、何これ』
「カードだな」
『何でこんなに…』
「どうせお前目当てだろ。あぁ、翡翠の分もあるな…翡翠はどうした?」
『私を起こしに来て…そのまま寝ちゃったわ』
「珍しく早く起きたと思えば…」
ブツブツと文句を言いながら蒼は私の部屋に向かったから起こしに行ってくれたのだろう。蒼に翡翠を起こせるかは不明だが。
『さて、この大量のカードどこに仕舞おうか?』
「捨ててしまえ」
『こら駄目よ、紙園』
仕舞う前に返事も書かなくてはならない。
『取り敢えず着替えてから…』
麗が部屋着兼、寝具用の着物の帯を解こうとした瞬間、部屋の扉が勢い良く開……押し破られた。
「「「「麗!!」」」」
『は、はい?!』
考え事をしていた麗は、驚いた拍子に思わず紙園をギュッと抱き締めた。
「グ…ッ!?」
「「「「Merry Christmas!!」」」」
賑やかな声と共に悪戯仕掛人がリビングに走り込んで来た。
『め、メリークリスマス…』
一応は返事を返した麗の耳に、掠れた声が届いた。
「麗…苦しい、離してくれ」
『ご、御免、紙園!!』
麗は慌てて紙園を離すと、ソファーにその小さな身体を寝かせ、優しく撫でた。
「麗、僕達にプレゼントは?」
「ジェームズ、それ簡潔すぎ」
「でも俺もそれ気になる。部屋に届かなかったしな」
呆れるリーマスの隣りに立っていた小さなピーターは、背伸びをして右手を上げた。
「ぼ、ボクも…」
可愛い。凄く可愛い。
『今日渡そうと思ったのよ』
麗は棚からプレゼントを出すと、一人ずつ順番に配った。
「あ、悪戯商品だ!」
最初に包を開いたのはジェームズだった。本当はこれをプレゼントしたくなかったが…
『セブルスに使ったら没収だからね?』
「…多分使わ無いよ」
麗は絶対に使いそうなジェームズを見て、一抹の不安に駆られた。
「ぁ、ボク自動辞書だ」
『ピーターはうっかりミスが多いから…気を付けようね』
「う、うん!」
「僕は…オルゴール?」
次はリーマスだった。リーマスの手の上で銀のオルゴールが輝いている。
『満月が近付いたら聴いてね。魔法をかけてあるから少しは楽になる筈よ』
「ありがとう、麗」
リーマスは嬉しそうに微笑むと、麗を優しく抱き締めた。
『どういたしまして』
少しでも役に立てたのなら本望だ。だって、私はリーマスを…
「餓鬼は離れろ」
そう言いながら麗の部屋から出て来た翡翠がリーマスを麗から引き離した。
『翡翠、起きたの…起こすのに苦労したでしょ?』
「もう二度と起こしたくない」
蒼がそう思うのも無理も無い。起こせたのだって奇跡だと思った。
翡翠の寝起きの悪さは酷いものだし、誰も起こす者がいないと二日は寝続けている。
「こっちだって願い下げだ」
『起こしてもらっといて文句言うんじゃ無いの』
全く…本当に子供なんだから。
ソファーに腰掛けた麗は、ふと自分が部屋着の着物のままなのに気が付いた。
流石に着替えなくちゃまずいかしら?
「プレゼント開けてたのか?」
麗の隣りに腰掛けた蒼が麗に貰ったプレゼントを楽しむ仕掛人達を見ながらそう問い掛けた。私はまだ開けて無いけど…
『そうよ。蒼達には後でね』
「あのさ、俺のコレ何?」
蒼達と話していると、シリウスがそう困った様に紙を持った手をぶらぶらと振った。
「紙が五枚と筆?」
『あら、唯の紙じゃ無いわよ』
「お前そんな物あげたのか?絶対に悪戯に使うぜ、こいつ」
仕掛人達と紙園は使い方を知らないので不思議そうに紙を覗き込んだ。
麗はシリウスの手から紙を一枚と筆を取り、紙に“皐月 麗”と、自分の名前を書いた。
『はい、完成!』
完成と言われても仕掛人達には意味が分から無い。名前の書いてある人の形に切られた紙にしか見えないのだ。
『良く見てなさい?』
麗は微笑むと紙を床に投げ捨てた。
するとどうだろうか、紙が床に付いた瞬間、麗の隣にもう一人、麗が現れた。
驚いた仕掛人達はそれぞれ手にしたプレゼントを落しそうになり、ピーターが落とした自動辞書は翡翠が空中で受け止めた。
『使い方分かった?此の紙は名前を書くとその名前の人に化けるの。
まあ、普通は書かなくても良いんだけどシリウスは初心者だしね…名前を書いたら“我を映せ”って唱えなさい』
「麗、僕もそれ欲しい!!」
ジェームズが目を輝かせながらそう言ったが、麗はニッコリと微笑みながらこう返した。
『そんな事言うと何も上げ無いわよ』
「先程頂いた素敵な悪戯商品で満足です、済みません!!」
『なら良いわ。あ、因みにこれ攻撃すると消えるから』
麗は自分が作った自分の分身を殴り飛ばして消した。
シリウス達が凄く嫌なモノを見た気持ちになったのは気の所為では無いだろう。
『シリウスのプレゼント四枚になっちゃったね』
「あ」
麗はクスクス笑うとピーターに近寄り、その手を取った。
『ピーター、悪いけど…談話室に届いてる私宛ての梟便を持って来てくれるかしら?』
「え?あ、うん、分かった!」
ピーターは首が取れるのではと思う程勢い良く頷くと、部屋を駆けて出て行った。
『あぁ、本当にもう…凄く可愛い』
微笑みながらそう呟いた麗は、ふと残った三人を振り返った。
何か呟いた麗がパチンと指を鳴らせば、それぞれの耳に付いたピアスが透過していく…
『あの時に上げたピアス皆ちゃんと付けててくれて良かったわ。だけどミネルが厳しくてね…石が目立つから透明にして見え無い様にしたわ』
「本当だ。何も付いてないみたい」
「これピアスの意味あるのかい?」
『良いのよ、ジェームズ。付けてる事が大事なの』
「見えないのに?」
『それは少しだけ貴方達を護ってくれる。その役割さえ果たせればいいのよ』
そう何回も効きはしないと思うけど…そんなに何回も命の危機に瀕しないと信じたいものだ。
『紙園』
名前を呼んでも普通の鼬のふりをした紙園はククククと鳴くだけだ。
『紙園』
何と言っているか分かっていたが無視してもう一度呼ぶと、紙園は不機嫌そうに表情を歪めた。
「何なんだよ、分かってるくせに」
「喋った!!」
クスクス笑う麗は怒られているのに楽しそうだ。
『だって貴方“ただの鼬だから分からないと思ってぞんざいに扱う”って怒ってたから』
「だからってバラす事は無いだろ…こいつらと親しくするつもりはないぞ!」
『あら、友達は多い方が楽しいわよ』
「だから要らないって…」
「だからピーターを外に出したのか」
蒼にそう言われて、麗は頷いた。
『ピーターは驚いて倒れちゃいそうだもの』
ピーターは情報の処理をするのが苦手だ。蒼の時にそうした様に、一人で落ち着いている時に話した方がいいだろう。
『別の理由でルシウス達には言わない方がいいと思うけど』
「あいつは気取ってて嫌だ」
『あら、紙園ったら』
笑う麗を見て一瞬で人型になった紙園は、懐から綺麗な髪飾りを取り出し、麗の髪に付けた。
窓から差し込む光に反射して輝くその姿は、麗の着ていた着物に良く映えた。
『あら、くれるの?』
「…プレゼントだ」
『有難う、紙園』
「あぁ、なら俺も」
蒼は麗の手を取ると、ポケットから取り出した銀のブレスレットをその手に通した。
『あらやだ…』
「……気に入らなかったか?」
『違うのよ』
麗は蒼の手を取ると、魔法で銀のブレスレットを付けた。蒼が上げた物とサイズを除き、全く同じ物だった。
『昨日、私が見てたから買ってくれたんでしょう?貴方に似合うと思って見てたのよ』
「そうか」
『お買い物付き合ってくれて有難う。凄く嬉しいわ、蒼』
「んだよ、俺には無いのか?」
『翡翠、貴方クリスマスに興味無いじゃない』
「まぁ、それもそうだけどな」
「翡翠、お前はプレゼントどうしたんだ」
「俺か?俺は朝起こした時にやったさ」
『えぇ、いただいたわ』
鼬に戻った紙園が膝に飛び乗り、麗は嬉しそうに笑った。
一方、ジェームズは不思議そうに首を傾げた。
「え、それって」
「ゔ──…麗〜!!」
ピーターが帰ってきた…多分。
大量のカードを抱えていて顔が全く見えない。
『ピーター…そんなにあったの?談話室に私宛ての物なんてほぼ無いと思ってたわ…私、親族とか居ないし』
テーブルの上に広げたカードガサガサ漁りながら翡翠と蒼にお茶を煎れに行かせた麗は、息を吐くと棚から杖を取り出してソファーに座った。そして大量のカードを魔法で名前順、寮別に分ける。
「お、遅くなってごめんね」
『大丈夫よ、ピーター…御免なさいね、有難う……って、あれ?』
「どうしたんだい?」
リーマスが麗の隣に座り直し、問掛けた。
『カードが全部二通ずつある…』
「何かしたのか?」
シリウスが反対側に座り直して足を組み、紙園は麗の肩によじ登ってカードを覗き込んだ。
『えっと…』
試しにシーラのカードを見てみる。
『“Merry Christmas、私の妹♡休み明けに一番に会いに行くわね♡”と、もう一通は“ブレスレットとっても気に入ったわ♡カードもとっても綺麗で素敵! 麗も私が贈ったピアス付けなさいね♡”だって……カードか!』
麗は魔法で一斉にカードを開け、端から順に見を通していった。
「どうしたんだい?」
そう、リーマスが隣から覗き込んで来た。ジェームズはすっかり悪戯商品に夢中だ。
『カードの所為だ』
リーマスとシリウスは、それぞれ麗の両脇から手を伸ばすとカードを一枚取り、中を見た。
『私、カードを必要な枚数集められそうになかったから和紙を買ったの。それで作ったカードが珍しいとか…皆、そんな事を二枚目に書いて送ってきたのよ』
それで此の有り様だ。
流石に一人二枚ずつ送られて来たカードは量が多い。残りの翡翠宛てのカードも結構な量だし…
「ボクも…欲しい、なぁ」
『ふふ、後で作るわねピーター』
「カード作ったのか…気が遠くなりそうだ」
『ケーキを焼いてる間にね…魔法使ってズルしたし』
「僕、麗のケーキ食べたいな」
『きっと翡翠達が持って来てくれるわよ、リーマス』
麗は魔法でカードを纏めて棚の上に置くと、ソファーから立ち上がってキッチンに向かった。翡翠が両手に持っていたトレイを片方受け取るとテーブルに置く。トレイに乗せられたティーポットから紅茶の良い香りが漂っていた。
瞬間、小刻みに小さな音が聞こえ、音がする方を見ると窓の外に梟が何羽も居た。皆で交互に窓を叩いている。
蒼はテーブルにケーキを置くと、窓に歩み寄り開け放った。
梟達が“危ない”と文句を言っていたが、蒼はそれをまるっきり無視して荷物だけを次々受け取る。
「…麗、全部小包だ」
『え、誰?』
これ以上何が届くと言うのだ。
「シーラ、リザ……と、マクスウェル」
「いや、待って。色々聞きたいけど…取り敢えず何でマクスウェル?」
『え、アレン?』
「いや、だってお前…スリザリンの奴等と仲良いのは知ってるけど何でマクスウェル?」
麗は蒼から小包を受けとると嬉しそうに微笑んだ。
『アレンは友達なの!クィディッチの後に偶然会ってナンパしちゃった』
「「「「ナンパ?!」」」」
『あ、逆ナンって言うのよね?』
麗は楽しそうに笑うと元居た場所に腰掛け、小包を開け出した。
「どうせ祝いの品だろ?」
翡翠は麗を抱き上げて座り直すと、膝に麗を乗せて小包を除き込んだ。
「祝いの品?」
間に入り込まれたシリウスは、思わず翡翠を睨み付けた。
「誕生日のプレゼントだろ?」
翡翠の一言に仕掛人達は目を見開いて硬直し、それを見て呆れた様に溜め息を吐いた蒼が口を開いた…
「知らなかったのか?麗の誕生日は今日なんだぞ」
ジェームズは弄っていた悪戯商品を落とし、リーマスは飲んでいた紅茶を喉に詰らせ、噎せた。
「「「はぁ?!!」」」
翡翠と蒼に教えられた事実に仕掛人達は声を上げた。紙園が“バカだな”とクククと鳴いた。
「た、誕生日…今日がか?!」
『うん、そうだけど?』
何か問題でも?
「何で言わないんだい?ちゃんと言わなきゃ駄目じゃないか、麗」
『ご、御免なさい…?』
リーマスの笑顔に、麗は思わず背後の翡翠を押す様に後退った。
「ど、どどどど」
『え、ピーターどうしたの?』
「ど、どうしよう」
『え?良く分からないけど取り敢えず御茶でも飲ん…』
「あ゙ぁ!!ジェームズの奴どこ行った?!」
麗の言葉を遮ってシリウスがそう声を上げ、蒼が紅茶を飲みながら答えた。
「急いで出て行ったぞ」
「抜け駆けしやがった!!おい、行くぞリーマス、ピーター!」
「全く…麗もジェームズも困ったものだね」
「ま、待って…!!」
急いで部屋を出て行く二人を追い掛けて、ピーターも慌てて部屋から出て行った。
『……何だったの?』
紙園は麗を見上げ不思議そうに首を傾げた。
「天然か?」
『何が…?』
「天然だ」
「天然って事にしとけ」
『は…?』
“天然”と言い切った蒼と翡翠を“何が天然なんだ?”と不思議に思いつつ、麗は紅茶を口にした。
「あぁ…それとな麗、スリザリンの奴等からも小包が届いてるぞ」
『え…そうなの?』
「セブルス、ラバスタン、ルシウス、レギュラス、ロドルファス」
『え、ロドルファス?』
何で?私、ラバスタンと話してる時に一回会った事があるくらいな気がするんだけど…
「あいつ等が煩そうだったから黙ってた」
『有難う、蒼』
四人でお茶にしていると、暫くして仕掛人達が沢山のプレゼントを抱えて現れた。
御礼に沢山料理を作り、仕掛人達が食べ損ねたケーキを出して夜中までパーティーをした。
リビングで眠ってしまった仕掛人達を魔法で書庫に運び、床に引いた布団に寝かせた麗は、蒼と紙園に“御休み”と言うと、同じくリビングで寝ている酔い潰れた翡翠を狐の姿に変え、抱き上げて寝室に向かった。
寝室に防音の魔法をかけ、ベッドに翡翠を寝かせると結界で覆う。起こしては悪いから。
『イアン──…遊ぼ?』
声は直ぐ側から返ってきた。
「だから別の呼び出し方にしろと言っているだろ」
麗は振り向くとイアンに向かったニッコリ微笑んだ。
『Merry Christmas!』
麗はイアンの手を取ると、その腕に金のブレスレットを付けた。
『似合う、似合う』
麗は嬉しそうに笑い、それを見たイアンは溜め息を吐くと、左手で麗の手を取り、右手を麗の手首に被せた。
多少、乱暴なのはイアンだから仕方無い。
「やる」
イアンが手を離すと麗の手首には細い金のブレスレットが光っていた。
『あ、有難う!』
そう言いながら麗はイアンに抱き付いた……が、イアンはいつもの様に退かそうとしない。
『嫌がら無い…』
イアンは頬を赤く染めると、顔を背けた。
小さく“誕生日だろ?”と言われて麗は嬉しそうに笑うと更に抱き付いた腕に力を込めた。
『あぁ、誕生日だ!』
“おめでとう”という定番の言葉は無かったけど嬉しかった。
来年もこんな時を過ごせたらどんなに幸せか…何て思ったりもした。
帰らなくてはいけないのは分かっているし、早く帰ろうとも思っていた。そして同時に幸せ等望んではいけないとも。
『いや、私は充分…幸せ者だな』
今宵、信じぬ神に特別に祈ろう。願おう。
都合の良い事だけど、でも…
どうか──…
イアンが帰り、眠りにつこうと布団に入った瞬間、麗の左腕が仄かに光った。二の腕の辺りだ。
麗は服の袖を捲り上げると二の腕を見て目を見開いた。
そこには金のブレスレットが嵌っていたのだ。
『誰が…』
外れ無いブレスレットに右手を添える。
月灯に照らされて、綺麗な模様が浮かび上がっていた。
瞬間、懐かしい声が響いた。
──麗…
おめでとうさん…
耳を掠めた懐かしい声に…
麗は嬉しそうに微笑んだ。
そうだね、こんな事をするのは貴方しか居ない。
『有難う“
待ってるよ…
待ってるから…
早く帰って来てね──…