第1章 始マリノ謳
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24
「わー!!!はいはい、すみません!マクゴナガル先生!!!」
「マクスウェル!!貴方は本当にもう…また反省してないですね?!」
「あはは、次は気を付けまーす!」
走ってマクゴナガルから逃げながら、アレン・マクスウェルはそう叫んだ。
「あー、ヤダヤダ」
自分だってスリザリンは嫌いだろうに、お偉い先生様はいつもこうだ。
奴等は汚い事ばかりするのに面倒な事には首を突っ込まないスラグホーンは勿論、ダンブルドアのお咎めも無い。なら俺が罵るしか無いだろう?
第一、マイクには乗ってないがマクゴナガルだって結構な毒を吐いてるし。
まさか気付いてないのかな?
そう考え事をしながら角を曲がった。
マクゴナガルから逃げるスピードも緩めずに。
「わ…」
そう自然に声が洩れた。
足にとんっと何かが当たったと思ったらグルリと体が回転して…
気付いたら目の前に麗が居た。
=音を乗せた空気=
『大丈夫?アレン』
そう声を掛けられてふと周りを見た。
床に座り込んだ俺の背を床に膝を付いた麗が支えていた。
「ええええええ!?」
『どこか打ったりはしてないと思うけど…』
「な、何でこんな」
『角を曲がってきた貴方とぶつかりそうになったから足払いを』
「ええええええ!?」
何それスッゴ!!!!
良かった。麗ならお姫様抱っこされかねなかったかも知れない。
「なんか王子様みたいだな…」
『え?』
「ぁ、いや、ポーズとかさ」
『あぁ…怪我はないかな、お姫様』
そう言って手を取られて引っ張り起こされた。
「いやいや、やめてくれよ…」
何だか情けない。
「ほんとごめんな」
『私は問題無い…大丈夫よ』
それは良かったけど…
「そういや何で俺の事…話した事ないよな?」
『あら、貴方を知らない人なんているの?』
「え、それそっくりそのまま返すよ」
『私?あぁ、前にも誰かに言われたわね…まぁ編入生なんて珍しいもの』
それだけじゃないと思うけど…
「だろ?俺なんかただのレイブンクロー生だ」
『何言ってるの?貴方はあんなに賑やかで楽しい実況者なんだから皆知ってる筈よ。マクゴナガルとのドタバタも良く見るし』
見られていたとは…何だか恥ずかしい。
「ぁ…ありがとう」
『そうだ、今度お茶でもしましょう』
「もちろん!」
こんなチャンスない。そう思って即答すると、麗はニッコリと笑った。
『ナンパも成功ね』
「え?!!俺逆ナンせれてたの?!!!」
『逆ナンって言うのね』
クスクス笑った麗は、口元を隠す様に手を上げると軽く振った。
『じゃあ、私、やる事があるからそろそろ行くわね』
「あ、じゃあな!」
アレンは笑って小走りで去る麗を見送った。
走り出した麗は真っ直ぐにホグワーツの森へと向かった。
どんどんと中へ入って行き、適当な場所を見付けると、トントンとヒールで地を叩く様に蹴ると、すっと息を吸って歌い出す。
すると麗を中心に青白く光る魔法陣が地に描かれていった。
昨夜の雨に濡れて湿った森に、歌が響き渡る。
暫くして歌が止むと共に淡く輝く魔法陣が消え去ると、麗は草の上に寝転がり、天を仰いだ。
濡れた森の匂いがする…
「止めてしまうのか?」
声の方に顔を向けると、白鼬 がちょこんと座ってこちらを見ていた。
『……君は魔力が高いのね』
「…お前は俺の言葉も分かるのか」
『えぇ…話し掛けたのは貴方じゃない。通じぬかもしれないのに話し掛けたの?』
麗が“可愛いのね”と言って笑うと、鼬は不機嫌そうに顔を歪めた。
「…お前はこの森に住みついていた大鷹の主だろ?俺は逆なものではあるが、アレと似たようなモノだ」
麗は起き上がると鼬を招き寄せ、抱き上げた。
『君は蒼に比べて可愛い大きさだな』
「移動に不便だ」
『姿を隠すのに有利だろう?』
「隠れるだなんて負け犬のする事だ」
『それは違うな』
「違う?」
『三十六計逃げるに如かず!』
「さんじゅうろっけい?」
『そういう言葉があるんだ。形成が不利なら策を練るよりも逃げる方が利口だ。去るも良し、姿を隠し状況を見定めるのも良し。どちらにしろ次に繋げる事が出来る』
鼬は麗の目を見ると、納得した様に頷いた。
「そうか」
『そう出来ん奴も居るが…見す見す死を選ぶ事はあるまい。誰かを助けるにも策は必要だ……まぁ、切迫した状況ならばまた違うだろうがな』
麗は鼬を抱き締めると、またその場に寝転がった。
「桜に聞いた。それがお前の言葉使いだと」
『桜華か。どちらが誠か何てもう分からないけど、どうかしらね』
最早これは癖だ。染み付いたモノを身体は簡単には忘れない。それにどちらも私だ。
鼬はふと思い出した様に喋りだした。
「今日はクィディッチだったみたいだな」
『えぇ』
「お前のチームは勝ったのか?」
『チーム?』
「選手だろ?桜に聞いた」
『貴方と桜華は仲良しなのね。試合には勝った、皆が居るのだから負ける気がし無い』
鼬が首を傾げる。その仕草が何とも可愛らしかった。
「皆?」
『そうよ、皆が居るから勝てるの…きっと誰が欠けてもいけないわ』
「…そうか。仲が良いんだな」
『そうだな、良い仲間だ。あれは一種の家族だな』
衣食住を共にし、互いの心を読む。危険なスポーツだからこそ信頼関係は生まれ、育つ…こんな関係ならば家族と言うかもしれない。
「俺に名を付ける気は無いか?」
『は…?』
鼬の言葉に、思わずそう声が漏れた。
『名前が欲しいの?でも上げる事は出来無いわ』
名が無いと言うならば上げたいのは山々なのだが、そう容易く上げれるモノでは無い。
「何故だ」
『私が名を与えると鼬君を契約に縛る事になってしまう』
名を与える分にはさほど問題は無い。問題は“私が与える”という所にある。
私が名を与えるという事は、式として袂 に迎え入れるという事になる。そして名を与えた時点で名を受けた者は契約に縛られる。
「…じゃあ何故大鷹にはやった」
『とても寂しそうだったから…だから名を与え側に居させている。それに…』
蒼に名を与えたのにはちゃんとした理由があった。
『蒼は契約に縛られ無い』
蒼は色々な意味で特別だった。
寂しさに押し潰されて死にそうな顔をしていた。
温もりが無かった。
何よりもその存在が特別だった。
『あの子はそういう子だ』
だから名を与え、家族を与え、側に置いた。全ては彼の為であり私自身の為でもあった。
麗は鼬の頭を優しく撫でながら続けた。
『名が欲しいだけなら他を当ると良い』
「違…!」
『もし鼬君が契約等気にせず我等の側に居たいと言うなら…危険を共にすると言うなら。また話せば良い』
「……」
『これは運命を左右する。考える必要がある』
麗はゆっくりと起き上がり、鼬を地に離してやると立ち上がった。
「帰るのか」
『心配性な家族が多いからね』
麗は“過保護で仕方無い”と呟き、困った様に…同時に嬉しそうに笑った。
『じゃあね、鼬君』
そう一言言うと、麗はホグワーツに帰って行った。
「あぁ…またな」
俺が麗を見付けたのは風の心地良い日だった。
その日、麗は森の中の背の高い木の枝に腰掛けて歌っていた。
哀しい歌詞の哀しい歌しか歌わない麗に引き付けられ…
そして同時にもっと他の歌が聴きたくなって、歌が聴こえる度に…気配を感じる度に麗の元に駈け付けた。
時々森に現れる“自分は桜だ”と言う女に麗について色々聞かされた。
聞く度にどんな事を考えているのかとか色々と気になって話し掛けてみた。
聞いていた通りの女だった。
心配を…苦労を掛けまいと人を頼らず、自分だけで全てを成し遂げようとする。
それが短所だと気付かずに…
周りに心配を掛けていると気付かずに。
全てを背負おうとする…
小さく愚かな娘だった。
麗と初めて言葉を交わした日の夜、俺は麗の部屋に向かった。
出て来たのは麗では無く、人型をとった大鷹だった。
「何の用だ」
「麗に用がある」
「…悪いが移動するぞ」
麗は部屋にいないらしく、俺は大鷹の肩に乗り、夜のホグワーツを進んだ。
着いた先には何も無かった。
大鷹はひたすら同じ場所をウロウロと行ったり来たりした。
「何をしている?」
「黙って見ていろ」
少しすると、何も無かった壁に扉が現れた。
「仕掛扉か 」
「入るぞ」
大鷹が扉を開けると…
部屋の中にはグランドピアノと、何故か男の膝の上に座った麗がいた。
「……何をしている」
そう呟いた大鷹が麗を抱き上げ、男から引き離した。
「何すんだ、馬鹿鳥」
男は麗を取り返そうと手を伸ばすが、大鷹はそれを避けて阻止する。
『蒼、どうし…あぁ、鼬君来たのね』
麗は大鷹に抱き上げられて、始めて大鷹の肩に乗った俺の存在に気付いたらしい。
「本当に何をしているんだ」
『いや、翡翠がちょっとね…』
麗を膝に乗せていた男は“翡翠”というらしい。
麗が付けた名なのだろうか?
『で、何をしに来たの?遊びに来たの?まさか名を受けに来たとは言わ無いわよね?』
大鷹が麗を地に降ろし、男…翡翠が元いた所に座り直す。
「何だ。そいつ舎弟に入るのか?」
『そういう言い方をするなと何時も言ってるだろ?皆は私の家族だ…で、鼬君は何をしに来たの?』
「名をくれ」
『…私と契約するのね?』
麗は伏目がちにそう呟いた。
「ああ、契約する」
ずっと聴いていたいんだ。
お前の歌を…
麗は大鷹の肩から俺を抱き受けると優しく撫でた。
そして額を合わせる。
『“理に従い名を授ける。契約せし者の名は──紙園 。そして真名は…”』
“紙園”それが俺の名…
『今日から貴方は私の家族。決まり事は皆に習いなさい』
「家族…」
『そう、家族』
麗は嬉しそうに微笑むと、紙園を抱き締めた。
瞬間、紙園は人型になると、麗を抱き締め返した。
「お前…!」
「テメェ、離れろ!!」
蒼は紙園を睨むだけだが、翡翠は紙園を引き離そうと手を伸ばした。
「初めてやったんだが…やれば出来るものだな」
『凄い、紙園!』
「これで麗といれるんだな?」
『そうね』
紙園は麗に見えないようにニヤリと口角を上げて笑うと、麗に微笑み掛けた。
「ならば俺は鼬の姿で麗の側にいよう…何かあった時に対処出来る」
「それは俺の役目だ!」
いきなりの提案に翡翠は驚いたが、間髪を容れずに反対した。
翡翠からしてみれば、自分が麗の側に居るべき者であり、麗を護る者である。自分のすべき事を取られ、更には好きな場所まで盗られるだなんて許せ無い。
「人型だと色々と厄介な事があるだろ?鷹は目立ち過ぎるしなぁ」
「そんなもん何とかする!!好い加減離れろ!」
翡翠は紙園の腕から麗を引き離すと、壊れ物を扱う様に優しく、大事に抱き締めた。
『落ち着いて、翡翠…紙園、貴方森に帰らなくて良いの?』
「あそこは暇だ…それにあまり好きな所でもない」
『そう、じゃあアルバスには私から言っておくわ』
「麗!!」
『翡翠、貴方は私のたった一人の守護神…それに代わりは無いでしょう?』
「確かにそうだが…」
麗は翡翠から離れピアノの椅子に座り直すと、先程から不機嫌そうに黙り込んでいる蒼に話し掛けた。
『蒼、翡翠は今は集中出来無いだろうから…代わりに録音頼める?』
「あぁ、分かった」
蒼は銀の小さなペンダントを握って魔力を送り、麗がピアノを弾きながら詩う。
俺はその夜、名を与えられ…
麗の本当の詩を聴いた。
森で聴いていた歌とは違う。
不思議な旋律、解読出来無い詞、不思議と通じ引き付けられる…
そんな詩をきっと忘れられなくなるだろう。
そんな詩を…
そして俺は手に入れた。
掛け替えの無い…
大切な家族を──…
「わー!!!はいはい、すみません!マクゴナガル先生!!!」
「マクスウェル!!貴方は本当にもう…また反省してないですね?!」
「あはは、次は気を付けまーす!」
走ってマクゴナガルから逃げながら、アレン・マクスウェルはそう叫んだ。
「あー、ヤダヤダ」
自分だってスリザリンは嫌いだろうに、お偉い先生様はいつもこうだ。
奴等は汚い事ばかりするのに面倒な事には首を突っ込まないスラグホーンは勿論、ダンブルドアのお咎めも無い。なら俺が罵るしか無いだろう?
第一、マイクには乗ってないがマクゴナガルだって結構な毒を吐いてるし。
まさか気付いてないのかな?
そう考え事をしながら角を曲がった。
マクゴナガルから逃げるスピードも緩めずに。
「わ…」
そう自然に声が洩れた。
足にとんっと何かが当たったと思ったらグルリと体が回転して…
気付いたら目の前に麗が居た。
=音を乗せた空気=
『大丈夫?アレン』
そう声を掛けられてふと周りを見た。
床に座り込んだ俺の背を床に膝を付いた麗が支えていた。
「ええええええ!?」
『どこか打ったりはしてないと思うけど…』
「な、何でこんな」
『角を曲がってきた貴方とぶつかりそうになったから足払いを』
「ええええええ!?」
何それスッゴ!!!!
良かった。麗ならお姫様抱っこされかねなかったかも知れない。
「なんか王子様みたいだな…」
『え?』
「ぁ、いや、ポーズとかさ」
『あぁ…怪我はないかな、お姫様』
そう言って手を取られて引っ張り起こされた。
「いやいや、やめてくれよ…」
何だか情けない。
「ほんとごめんな」
『私は問題無い…大丈夫よ』
それは良かったけど…
「そういや何で俺の事…話した事ないよな?」
『あら、貴方を知らない人なんているの?』
「え、それそっくりそのまま返すよ」
『私?あぁ、前にも誰かに言われたわね…まぁ編入生なんて珍しいもの』
それだけじゃないと思うけど…
「だろ?俺なんかただのレイブンクロー生だ」
『何言ってるの?貴方はあんなに賑やかで楽しい実況者なんだから皆知ってる筈よ。マクゴナガルとのドタバタも良く見るし』
見られていたとは…何だか恥ずかしい。
「ぁ…ありがとう」
『そうだ、今度お茶でもしましょう』
「もちろん!」
こんなチャンスない。そう思って即答すると、麗はニッコリと笑った。
『ナンパも成功ね』
「え?!!俺逆ナンせれてたの?!!!」
『逆ナンって言うのね』
クスクス笑った麗は、口元を隠す様に手を上げると軽く振った。
『じゃあ、私、やる事があるからそろそろ行くわね』
「あ、じゃあな!」
アレンは笑って小走りで去る麗を見送った。
走り出した麗は真っ直ぐにホグワーツの森へと向かった。
どんどんと中へ入って行き、適当な場所を見付けると、トントンとヒールで地を叩く様に蹴ると、すっと息を吸って歌い出す。
すると麗を中心に青白く光る魔法陣が地に描かれていった。
昨夜の雨に濡れて湿った森に、歌が響き渡る。
暫くして歌が止むと共に淡く輝く魔法陣が消え去ると、麗は草の上に寝転がり、天を仰いだ。
濡れた森の匂いがする…
「止めてしまうのか?」
声の方に顔を向けると、
『……君は魔力が高いのね』
「…お前は俺の言葉も分かるのか」
『えぇ…話し掛けたのは貴方じゃない。通じぬかもしれないのに話し掛けたの?』
麗が“可愛いのね”と言って笑うと、鼬は不機嫌そうに顔を歪めた。
「…お前はこの森に住みついていた大鷹の主だろ?俺は逆なものではあるが、アレと似たようなモノだ」
麗は起き上がると鼬を招き寄せ、抱き上げた。
『君は蒼に比べて可愛い大きさだな』
「移動に不便だ」
『姿を隠すのに有利だろう?』
「隠れるだなんて負け犬のする事だ」
『それは違うな』
「違う?」
『三十六計逃げるに如かず!』
「さんじゅうろっけい?」
『そういう言葉があるんだ。形成が不利なら策を練るよりも逃げる方が利口だ。去るも良し、姿を隠し状況を見定めるのも良し。どちらにしろ次に繋げる事が出来る』
鼬は麗の目を見ると、納得した様に頷いた。
「そうか」
『そう出来ん奴も居るが…見す見す死を選ぶ事はあるまい。誰かを助けるにも策は必要だ……まぁ、切迫した状況ならばまた違うだろうがな』
麗は鼬を抱き締めると、またその場に寝転がった。
「桜に聞いた。それがお前の言葉使いだと」
『桜華か。どちらが誠か何てもう分からないけど、どうかしらね』
最早これは癖だ。染み付いたモノを身体は簡単には忘れない。それにどちらも私だ。
鼬はふと思い出した様に喋りだした。
「今日はクィディッチだったみたいだな」
『えぇ』
「お前のチームは勝ったのか?」
『チーム?』
「選手だろ?桜に聞いた」
『貴方と桜華は仲良しなのね。試合には勝った、皆が居るのだから負ける気がし無い』
鼬が首を傾げる。その仕草が何とも可愛らしかった。
「皆?」
『そうよ、皆が居るから勝てるの…きっと誰が欠けてもいけないわ』
「…そうか。仲が良いんだな」
『そうだな、良い仲間だ。あれは一種の家族だな』
衣食住を共にし、互いの心を読む。危険なスポーツだからこそ信頼関係は生まれ、育つ…こんな関係ならば家族と言うかもしれない。
「俺に名を付ける気は無いか?」
『は…?』
鼬の言葉に、思わずそう声が漏れた。
『名前が欲しいの?でも上げる事は出来無いわ』
名が無いと言うならば上げたいのは山々なのだが、そう容易く上げれるモノでは無い。
「何故だ」
『私が名を与えると鼬君を契約に縛る事になってしまう』
名を与える分にはさほど問題は無い。問題は“私が与える”という所にある。
私が名を与えるという事は、式として
「…じゃあ何故大鷹にはやった」
『とても寂しそうだったから…だから名を与え側に居させている。それに…』
蒼に名を与えたのにはちゃんとした理由があった。
『蒼は契約に縛られ無い』
蒼は色々な意味で特別だった。
寂しさに押し潰されて死にそうな顔をしていた。
温もりが無かった。
何よりもその存在が特別だった。
『あの子はそういう子だ』
だから名を与え、家族を与え、側に置いた。全ては彼の為であり私自身の為でもあった。
麗は鼬の頭を優しく撫でながら続けた。
『名が欲しいだけなら他を当ると良い』
「違…!」
『もし鼬君が契約等気にせず我等の側に居たいと言うなら…危険を共にすると言うなら。また話せば良い』
「……」
『これは運命を左右する。考える必要がある』
麗はゆっくりと起き上がり、鼬を地に離してやると立ち上がった。
「帰るのか」
『心配性な家族が多いからね』
麗は“過保護で仕方無い”と呟き、困った様に…同時に嬉しそうに笑った。
『じゃあね、鼬君』
そう一言言うと、麗はホグワーツに帰って行った。
「あぁ…またな」
俺が麗を見付けたのは風の心地良い日だった。
その日、麗は森の中の背の高い木の枝に腰掛けて歌っていた。
哀しい歌詞の哀しい歌しか歌わない麗に引き付けられ…
そして同時にもっと他の歌が聴きたくなって、歌が聴こえる度に…気配を感じる度に麗の元に駈け付けた。
時々森に現れる“自分は桜だ”と言う女に麗について色々聞かされた。
聞く度にどんな事を考えているのかとか色々と気になって話し掛けてみた。
聞いていた通りの女だった。
心配を…苦労を掛けまいと人を頼らず、自分だけで全てを成し遂げようとする。
それが短所だと気付かずに…
周りに心配を掛けていると気付かずに。
全てを背負おうとする…
小さく愚かな娘だった。
麗と初めて言葉を交わした日の夜、俺は麗の部屋に向かった。
出て来たのは麗では無く、人型をとった大鷹だった。
「何の用だ」
「麗に用がある」
「…悪いが移動するぞ」
麗は部屋にいないらしく、俺は大鷹の肩に乗り、夜のホグワーツを進んだ。
着いた先には何も無かった。
大鷹はひたすら同じ場所をウロウロと行ったり来たりした。
「何をしている?」
「黙って見ていろ」
少しすると、何も無かった壁に扉が現れた。
「仕掛扉か 」
「入るぞ」
大鷹が扉を開けると…
部屋の中にはグランドピアノと、何故か男の膝の上に座った麗がいた。
「……何をしている」
そう呟いた大鷹が麗を抱き上げ、男から引き離した。
「何すんだ、馬鹿鳥」
男は麗を取り返そうと手を伸ばすが、大鷹はそれを避けて阻止する。
『蒼、どうし…あぁ、鼬君来たのね』
麗は大鷹に抱き上げられて、始めて大鷹の肩に乗った俺の存在に気付いたらしい。
「本当に何をしているんだ」
『いや、翡翠がちょっとね…』
麗を膝に乗せていた男は“翡翠”というらしい。
麗が付けた名なのだろうか?
『で、何をしに来たの?遊びに来たの?まさか名を受けに来たとは言わ無いわよね?』
大鷹が麗を地に降ろし、男…翡翠が元いた所に座り直す。
「何だ。そいつ舎弟に入るのか?」
『そういう言い方をするなと何時も言ってるだろ?皆は私の家族だ…で、鼬君は何をしに来たの?』
「名をくれ」
『…私と契約するのね?』
麗は伏目がちにそう呟いた。
「ああ、契約する」
ずっと聴いていたいんだ。
お前の歌を…
麗は大鷹の肩から俺を抱き受けると優しく撫でた。
そして額を合わせる。
『“理に従い名を授ける。契約せし者の名は──
“紙園”それが俺の名…
『今日から貴方は私の家族。決まり事は皆に習いなさい』
「家族…」
『そう、家族』
麗は嬉しそうに微笑むと、紙園を抱き締めた。
瞬間、紙園は人型になると、麗を抱き締め返した。
「お前…!」
「テメェ、離れろ!!」
蒼は紙園を睨むだけだが、翡翠は紙園を引き離そうと手を伸ばした。
「初めてやったんだが…やれば出来るものだな」
『凄い、紙園!』
「これで麗といれるんだな?」
『そうね』
紙園は麗に見えないようにニヤリと口角を上げて笑うと、麗に微笑み掛けた。
「ならば俺は鼬の姿で麗の側にいよう…何かあった時に対処出来る」
「それは俺の役目だ!」
いきなりの提案に翡翠は驚いたが、間髪を容れずに反対した。
翡翠からしてみれば、自分が麗の側に居るべき者であり、麗を護る者である。自分のすべき事を取られ、更には好きな場所まで盗られるだなんて許せ無い。
「人型だと色々と厄介な事があるだろ?鷹は目立ち過ぎるしなぁ」
「そんなもん何とかする!!好い加減離れろ!」
翡翠は紙園の腕から麗を引き離すと、壊れ物を扱う様に優しく、大事に抱き締めた。
『落ち着いて、翡翠…紙園、貴方森に帰らなくて良いの?』
「あそこは暇だ…それにあまり好きな所でもない」
『そう、じゃあアルバスには私から言っておくわ』
「麗!!」
『翡翠、貴方は私のたった一人の守護神…それに代わりは無いでしょう?』
「確かにそうだが…」
麗は翡翠から離れピアノの椅子に座り直すと、先程から不機嫌そうに黙り込んでいる蒼に話し掛けた。
『蒼、翡翠は今は集中出来無いだろうから…代わりに録音頼める?』
「あぁ、分かった」
蒼は銀の小さなペンダントを握って魔力を送り、麗がピアノを弾きながら詩う。
俺はその夜、名を与えられ…
麗の本当の詩を聴いた。
森で聴いていた歌とは違う。
不思議な旋律、解読出来無い詞、不思議と通じ引き付けられる…
そんな詩をきっと忘れられなくなるだろう。
そんな詩を…
そして俺は手に入れた。
掛け替えの無い…
大切な家族を──…