第1章 始マリノ謳
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21
『わぁ…凄いね、翡翠』
何十もの魂が渦巻く洋館を前に、猫半面を被った長い銀髪に和服の麗は、楽しそうに笑った。
不自然な程に枯れ果てた庭の先で洋館の扉がキイキイと音を立てている。
『大丈夫だとは思うけど…西洋のモノに通じるかしらね?あちらの世界では大丈夫だったけど』
「この間の祟り神が大丈夫だったんだから平気だろ」
やることが違うのだが、まぁ元々の力は私のものである事に変わりは無いんだし…大丈夫かな?
『まぁ、何かあっても応用、応用だな』
「お前だから出来る事だろ」
『あはは、そんな事無いでしょ!だって』
──も…
『……だって…』
「どうした?」
ふふっと笑った麗は、ギュッと手を拳を握り締めた。
『何でもないの』
何を言おうとした?誰の名前を言おうとした?
『さぁ、行きましょうか』
やはり…
私は誰かを忘れてるのか…
=私の青い薔薇=
あちこちを経由して漸くホグワーツの森まで来た麗は、猫半面を取って地に投げた。
影へ向かって投げた面は、軽く跳ねて地に横になり、後ろを歩いていた翡翠がそれを拾い上げた。
「回線が切れてんな」
『仕事をやるようになって大分戻ってきたけど…ムラがあるわね』
翡翠が手を差し出せば、掌の上でボッと、青い炎が燃え上がった。
「俺は問題無い…この世界なら何とかなるだろ」
『過信するのは良くないわ』
髪を掴んでグッと引くと、長い銀髪がズルリと落ち、短い黒髪が姿を現す。
『でも貴方が居て安心なのも確かね』
嬉しそうに笑った翡翠に抱き締められ、麗は背に手を回して抱き締め返した。
『さぁ、帰りましょ…もう直ぐ約束の時間だから、ジェームズ達が中庭で待ってるわ』
「あぁ…何すんだっけ?」
『庭でお昼食べるとか言ってたわよ?持ち出すんじゃないかしら?』
それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが……仕掛け人の発案となると無許可で後でミネルに怒られる気がする。
『取り敢えず一回部屋に帰らないと…』
「面倒臭ぇな」
『仕方無いわ。危険だからって部屋の暖炉の回線切られちゃったし』
ホグワーツの門まで来た麗は、手順通りに柵に触れると最後に合言葉を言った。
ゆっくりと開く門の隙間に身体を滑り込ませ、直ぐに閉じ直す。
「金も大分入って来てる…爺に返す前にどこか借りたらどうだ?」
『確かに、どこか拠点が欲しいわね』
こうして一瞬といえど門を開くのも危ないし、着替えるところも必要だ。それにこの状況だと仕事道具を置いておく所も必要だろう。
グリフィンドールの部屋に置いておくには…部屋数的に可能と言えば可能だが、仕掛け人が出入りをし始めたので危険だ。ある意味駄目と言って聞く子達ではないのだから、何かあってからでは遅い。
「麗〜!!翡翠〜!!!」
瞬間、そう名前を呼ばれて声のした方を見ると、ジェームズ達が荷物を抱えて庭を歩いて来ていた。
麗はそっと手にしていた鬘 を背に隠し、空いた手を振り返した。
「麗、一度返って制服と午後の教材取って来てやるからお前は餓鬼共と昼食ってろ」
『有難う。杖忘れない様にね』
「あぁ」
翡翠は麗から鬘を受け取ると、猫半面と一緒に懐に押し込んで寮に向かった。翡翠を少しの間見送っていた麗が翡翠とは逆方向、仕掛け人達に向かって歩き出した瞬間…
それは降って来た。
何かが頭にぶつかり、背中から地面に倒れた私の上に何が落ちて来た。
『ッ〜…!!』
あ、頭は…鍛えられない。
両手で頭を押さえていると、私に折り重なった何かが慌てて身体を起こした。
「ッ…ご、ごめんね大丈夫?!落ちた上に潰しちゃって…」
『私は頑丈だから大丈夫。貴女こそ…』
そう言いながら顔を覆う様にして頭を押さえていた手を退けた麗は、少女を見てピタリと動きを止めた。
『「え…」』
風に靡く長い銀髪に緋色と灰色のオッドアイ…自分に良く似た少女が自分を驚き顔で見ていた。
「………麗…?」
『ぇ…えぇ、そうだけど?』
少女は泣きそうに顔を歪ませると、上体を起こした麗に抱き付いた。
『ぉわ!!』
手を付いて後ろに倒れそうになる身体を支えると、ジェームズ達が走ってか来たのが見えた。
「麗、大丈夫かい?!」
「あああ頭とか打ってない?」
『えぇ、大丈夫よ 』
「どうしたんだい?その子」
『さぁ、どうしたのかしらね?』
「昼寝でもしてて落ちたか?」
「シリウスじゃあるまいし」
「あ?」
『ねぇお嬢さん、私は麗・皐月…グリフィンドールよ』
「わ、私……スピカ」
『まぁ、可愛い名前!宜しくね、スピカ』
そう言って麗は、自分に抱き付いているスピカを優しく抱き締めた。
「座り込んだまま何してんだよ、麗」
「結局誰なんだい、その子?」
「ぁ、あの、私…今度編入する予定で…」
「へぇ!三人目の編入生か!珍しい事も」
そこまで話して、顔を上げたスピカを見たジェームズは“え?”と声を洩らした。
『ふふ…この子と私似てない?』
「うっわぁ〜、すっごいなぁ!」
「麗が髪伸ばしたみたいだね」
「不思議な事もあるもんだ、な゙ッ?!」
瞬間、地に座ったままのスピカが立っているシリウスの腹に勢い良く抱き付き、バランスを崩したシリウスは思わず舌を噛みそうになった。
『あらあら』
「…わぁ、シリウスモテモテだね。じゃあ僕は麗と…」
楽しそうに笑ったリーマスは、麗の腕を引いて立たせると、その腕に#NAME1##をすっぽりと収めた。
麗もクスクス笑いながらリーマスを抱き締め返す。
「おい、リーマス!!」
「えー、じゃあ僕はどうしよう」
「お前はリリーに構ってもらえ」
「だってリリーは今、大広間でピーターの課題手伝ってるしー」
「スピカお前もいつまで抱き付いてんだ!!」
「ご、御免なさい!知ってる人に似てたから…」
スピカは慌ててシリウスから離れると、深々と頭を下げた。
一方麗は、スピカの言葉に目を輝かせた。
『え、シリウスのそっくりさんもいるの?!』
「きっとそっくりさんもヘタレだな」
『ジェームズったらそんな…』
「そっくりさんも黒犬かな?」
『リーマス、シーッ!』
「ごめん、ごめん」
麗が口元に人差し指を当てると、リーマスは笑いながらそう繰り返した。
「お前等、遊んでるだろ…?」
『「「あ、バレた?」」』
「バレた?じゃねぇよ、アホ」
「し…せ………のね…」
『何か言った、スピカ?』
「な、何でも無いよ!」
麗は不思議そうに首を傾げると、スピカの頭を優しく撫でた。
楽しい昼休みは直ぐに終わり、麗達はスピカと共に午後の授業を受けに行った。
スピカが同学年である事が分かり同じ教室に入ったが、スピカは授業を受ける許可を得てないとかで、教科書で顔を隠しながら授業を受けていた。
『スピカ、そんなに隠れなくても…』
「私、校内の見学しか許可取ってないの」
『皆優しいから大丈夫だと思うわよ?』
麗は、教科書を読むふりをして隠れているスピカに身体を寄せるとそう小声で声を掛けた。
「ぁ…あの先生、苦手なの」
『マグゴナガルが?』
「あれミネルなの?!」
『え?』
「…今、猫になったから」
『…まぁ、動物擬きだし』
スピカには色々と不思議な所があった。
変身術のミネルが変身出来る事を知らないってどう言う事?ミネル自体は知ってるみたいなのに…ミネル自身を見て驚いていた様な…そんな気がした。
スピカは翡翠、シリウス、リーマスにやたらと戯れ付いた。そして何故かピーターを子猫の様に威嚇した。
ピーターがビクビク震える中、リーマスはスピカの頭を撫でてやるが、翡翠は頭を掴んで近付けない様にし、シリウスはひたすら避ける…シリウスは抱き付かれるのが照れ臭い様だった。
そして、スピカは私達をとても懐かしいモノを見る様に見る。
それが一番不思議だった。
夕食の時間になると、ジェームズの提案で中庭で夕飯を食べる事になった。グダグタに流れた昼食のリベンジだ。
麗とリーマスがキッチンに行き夕食を作って貰って運び、シリウスはスピカと共に翡翠と蒼を呼びに行った。
呼びに行っていた間、スピカが蒼に抱き付いて大変だったらしい。
麗達が中庭に着くと、スピカは地に正座をさせられて蒼に叱られていた。
『スピカ、お魚嫌いなの…?』
「食べれるけど…苦手」
『アレルギーじゃなかったり具合が悪くなるわけじゃ無いならなるべく食べなきゃ駄目よ、スピカ…私達は一人一人、生命の上に立っているのだから』
私達は何かを殺して食についている。
極力命を無駄にしてはなら無い。
「ママみたい」
『スピカの御母様?もしかして私…似てる?』
「うん!」
口元に手を当てて考え込んだ麗は、真剣な表情でふとこんな事を口にした。
『…私ってそんなに年相応じゃ無いのかしら?』
「え?」
「何言ってんだ、麗?」
『だってスピカの御母様って事は確実に私より年上じゃない!そんな御母様に似てるって事は私は…』
「まぁ、年相応じゃ無いっつったら年相応じゃねぇな」
翡翠の言葉に“やっぱり”と声を上げた麗は、困った様に眉を寄せた。そんな麗の頭をリーマスが優しく撫でてやる。
「大人っぽいって事だよ、麗」
『あら…素敵な言い回しねリーマス、有難う』
嬉しそうに微笑む麗に微笑み返したリーマスは“それに”と続けた。
「どんな麗でも僕は好きだよ」
何時でも嬉しい言葉や行動をくれるリーマスは素敵な紳士だ。
夕食を終えると、麗の部屋に移動して皆で雑談を続けた。
眠気で皆が帰ってもスピカは帰らずに遠慮気味に麗に問い掛けた。
「麗…一緒に寝ても良い?」
『良いけど…割り振られた場所があるんじゃない?』
「……明日の組み分けまで医務室で寝るように言われた」
『そうなの』
「でも…あそこは嫌」
麗はニッコリ微笑むとスピカを抱き締めた。
『良いわよ』
一日一緒にいただけなのに、麗にとってスピカは妹みたいな存在になっていた。甘やかさずにはいられなかった…
ひんやりと冷たい麗の寝室。二人は麗の大きなベッドに並んで横になった。
「ねぇ、麗…私の事どう思う?」
『“可愛い妹”かなぁ』
スピカは少しだけ弟に似ていたから、直ぐに妹の様に思えたんだと思う。
「本当に?」
『うん、本当に』
「……私ね…今日、とっても楽しかったよ」
『私も楽しかったよ』
スピカが麗に抱き付き、麗は優しくスピカの頭を撫でてやった。
何か眠たくなってきた…
「……忘れ無いでね…」
閉じていく瞼を抑える事は出来無かった。
麗は急激に襲って来る眠気を不思議に思いつつ、力を振り絞って口を開いた。
『忘れ…無いよ…』
そう言った麗の瞼がゆっくりと完璧に閉じた。
「忘れ…無いでね……」
スピカの泣きそうな声だけがぼんやりした頭に響いた。
『…スピカ……大丈…夫?』
眠気を必死振り払おうとしたが、勝てず…私は沈む様に意識を手放した。
スピカ…
何で泣きそうだったの…
「お休みなさい」
暫くの間、ベッドに寝転がって麗の寝顔を見ていたスピカは、室内に長い蒼髪に蒼眼の青年が現れるとゆっくりと身体を起こした。
「気はすんだのか、餓鬼」
スピカは麗から視線を逸らさずに、青年に問い掛けた。
「貴方がママの言ってた“管理者”ね」
確か名前を呼ぶと怒る筈だ。
スピカは敢えて管理者…イアンの名を口にしなかった。
「そうだ……ったく、勝手に時を越えやがって」
呆れた様にそう言うイアンを横目に、スピカは呟いた。
「だって…会いたかったんだもん」
会いたくて…
アイタクテ…
「そろそろ帰れ」
「言われなくても帰るよ」
そろそろ“限界”の筈だ。
私の魔力は元々、こういう方面には向いて無い。
「今日は沢山の人に会えたわ…おじいちゃんにもね」
自分の身体が徐々に消えていくのが目に見えて分かった。
あぁ…もう終わりだ……
「ねぇ、管理者さん。麗には上手く誤魔化しといてよ」
スピカはそこで初めてイアンに顔を向けた。
蒼髪が窓から入った月光に照らされてとても綺麗だった。
「…嫌だね」
「話に聞いた通り…本当に麗の言う事しか聞かないのね」
「煩ぇ、餓鬼」
「でも優しいの知ってるよ?私の力じゃ麗を強制的に眠らせるなんて無理だった……管理者さんが眠らせたんでしょ?」
スピカは不機嫌そうに眉を寄せるイアンを見ると、ニッコリ微笑んだ。
同時に知らぬ間に目に溜った涙を服の袖で拭う。
「もっと…居たかった……ねぇ、管理者さん…ここに来るのを見逃してくれてありがとう…一日だけだったけど…」
私は私の願いを叶えられた。
それは貴方が見逃してくれなければ成し遂げられ無かった事だ。
今日は…
今までで一番…
「幸せだったよ」
ママの話には、いつも麗が出てくるの。
おじいちゃんの話にもよ。
私は、貴女に会った事は無いけど…
話に聞く貴女の事が…沢山の写真の中でしか見た事の無い貴女の事が…
好きだった。
黒髪を貴女の真似をして銀に染める程に。
全ての魔力を売って時を越える程に…
今日、貴女に会えて貴女がもっと好きになった…
もっと一緒に居たかったな…
麗…私の大切な…
「ただーいまー!」
「麗!!二晩も勝手に留守にして…心配したのよ?!」
今日も“麗”とお揃いの緋色の瞳が私を迎えてくれる。
「ママ…」
「どこに行ってたの?!」
「おばあちゃんの所!!」
「……は?」
“意味が分からない”と言いたげなママの表情が可笑しくて、笑いながらママに抱き付いた。
「全く、どういう……貴女それ…」
「イアンに会ってきたよ」
「……」
「ママ、私おばあちゃんのお墓参り行ってくるね」
「全く、慌ただしい子ね…後でパパに怒られるといいわ」
「はーい」
「ぁ、ねぇ…貴女の造った薔薇を持って行って上げたら?」
“きっとおばあちゃんも喜ぶわよ”と言うママの笑顔は、さっきまで私に笑いかけてくれていたおばあちゃんにどこか似ていた。
「当たり前だよ!あれはおばあちゃんの為に造ったんだから!」
ねぇ、おばあちゃん…大丈夫だよ。
貴女の大切な娘と…その娘は…
今日も変らず元気だから。
もう二度と会えないけど、私は貴女を思って造った薔薇とこの庭で…ずっと…ずっと、ずっと…
憧れの貴女を想い続ける。
もう会えないのは酷く寂しいけど、もう泣かないよ。
私はこの思い出だけで生きていけるもの。
だから、もう大丈夫…
大丈夫だよ──…
朝の談話室で、麗、リーマス、シリウスの三人は並んでソファーに座っていた。
『朝起きたらスピカが居なかったのよ……アルバスに聞いたら“編入予定の子もスピカなんて子もホグワーツには居ない”なんて言うし…』
「何だそれ?あいつゴーストだったのか?」
そう言いながら眠そうに欠伸をしたシリウスは、麗の髪を痛くない程度に軽く引っ張った。
そんなシリウスの手を、リーマスは軽く叩いて退かす。
「違った時に失礼だよ、シリウス…それにしても麗にそっくりだったよね…麗、髪伸ばしてみたらどうだい?」
『私ずっと長くて、最近漸く切ったのよ…スピカくらいまで伸ばすのにどれくらい掛かるか分からないわ』
ねぇ、スピカ…貴女が何者かは知らないけど、魔力を感じない貴女の気は不思議と私に良く似ていた…翡翠が少し油断するくらいにはね。
『スピカが未来から来た私の子供だったら面白いわよね』
そしたら楽しい。
だってスピカが自分の子供だったら今以上に可愛くて仕方無い筈だから。だから…
ねぇ、スピカ…
きっとまた会いに来て──…
『わぁ…凄いね、翡翠』
何十もの魂が渦巻く洋館を前に、猫半面を被った長い銀髪に和服の麗は、楽しそうに笑った。
不自然な程に枯れ果てた庭の先で洋館の扉がキイキイと音を立てている。
『大丈夫だとは思うけど…西洋のモノに通じるかしらね?あちらの世界では大丈夫だったけど』
「この間の祟り神が大丈夫だったんだから平気だろ」
やることが違うのだが、まぁ元々の力は私のものである事に変わりは無いんだし…大丈夫かな?
『まぁ、何かあっても応用、応用だな』
「お前だから出来る事だろ」
『あはは、そんな事無いでしょ!だって』
──も…
『……だって…』
「どうした?」
ふふっと笑った麗は、ギュッと手を拳を握り締めた。
『何でもないの』
何を言おうとした?誰の名前を言おうとした?
『さぁ、行きましょうか』
やはり…
私は誰かを忘れてるのか…
=私の青い薔薇=
あちこちを経由して漸くホグワーツの森まで来た麗は、猫半面を取って地に投げた。
影へ向かって投げた面は、軽く跳ねて地に横になり、後ろを歩いていた翡翠がそれを拾い上げた。
「回線が切れてんな」
『仕事をやるようになって大分戻ってきたけど…ムラがあるわね』
翡翠が手を差し出せば、掌の上でボッと、青い炎が燃え上がった。
「俺は問題無い…この世界なら何とかなるだろ」
『過信するのは良くないわ』
髪を掴んでグッと引くと、長い銀髪がズルリと落ち、短い黒髪が姿を現す。
『でも貴方が居て安心なのも確かね』
嬉しそうに笑った翡翠に抱き締められ、麗は背に手を回して抱き締め返した。
『さぁ、帰りましょ…もう直ぐ約束の時間だから、ジェームズ達が中庭で待ってるわ』
「あぁ…何すんだっけ?」
『庭でお昼食べるとか言ってたわよ?持ち出すんじゃないかしら?』
それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが……仕掛け人の発案となると無許可で後でミネルに怒られる気がする。
『取り敢えず一回部屋に帰らないと…』
「面倒臭ぇな」
『仕方無いわ。危険だからって部屋の暖炉の回線切られちゃったし』
ホグワーツの門まで来た麗は、手順通りに柵に触れると最後に合言葉を言った。
ゆっくりと開く門の隙間に身体を滑り込ませ、直ぐに閉じ直す。
「金も大分入って来てる…爺に返す前にどこか借りたらどうだ?」
『確かに、どこか拠点が欲しいわね』
こうして一瞬といえど門を開くのも危ないし、着替えるところも必要だ。それにこの状況だと仕事道具を置いておく所も必要だろう。
グリフィンドールの部屋に置いておくには…部屋数的に可能と言えば可能だが、仕掛け人が出入りをし始めたので危険だ。ある意味駄目と言って聞く子達ではないのだから、何かあってからでは遅い。
「麗〜!!翡翠〜!!!」
瞬間、そう名前を呼ばれて声のした方を見ると、ジェームズ達が荷物を抱えて庭を歩いて来ていた。
麗はそっと手にしていた
「麗、一度返って制服と午後の教材取って来てやるからお前は餓鬼共と昼食ってろ」
『有難う。杖忘れない様にね』
「あぁ」
翡翠は麗から鬘を受け取ると、猫半面と一緒に懐に押し込んで寮に向かった。翡翠を少しの間見送っていた麗が翡翠とは逆方向、仕掛け人達に向かって歩き出した瞬間…
それは降って来た。
何かが頭にぶつかり、背中から地面に倒れた私の上に何が落ちて来た。
『ッ〜…!!』
あ、頭は…鍛えられない。
両手で頭を押さえていると、私に折り重なった何かが慌てて身体を起こした。
「ッ…ご、ごめんね大丈夫?!落ちた上に潰しちゃって…」
『私は頑丈だから大丈夫。貴女こそ…』
そう言いながら顔を覆う様にして頭を押さえていた手を退けた麗は、少女を見てピタリと動きを止めた。
『「え…」』
風に靡く長い銀髪に緋色と灰色のオッドアイ…自分に良く似た少女が自分を驚き顔で見ていた。
「………麗…?」
『ぇ…えぇ、そうだけど?』
少女は泣きそうに顔を歪ませると、上体を起こした麗に抱き付いた。
『ぉわ!!』
手を付いて後ろに倒れそうになる身体を支えると、ジェームズ達が走ってか来たのが見えた。
「麗、大丈夫かい?!」
「あああ頭とか打ってない?」
『えぇ、大丈夫よ 』
「どうしたんだい?その子」
『さぁ、どうしたのかしらね?』
「昼寝でもしてて落ちたか?」
「シリウスじゃあるまいし」
「あ?」
『ねぇお嬢さん、私は麗・皐月…グリフィンドールよ』
「わ、私……スピカ」
『まぁ、可愛い名前!宜しくね、スピカ』
そう言って麗は、自分に抱き付いているスピカを優しく抱き締めた。
「座り込んだまま何してんだよ、麗」
「結局誰なんだい、その子?」
「ぁ、あの、私…今度編入する予定で…」
「へぇ!三人目の編入生か!珍しい事も」
そこまで話して、顔を上げたスピカを見たジェームズは“え?”と声を洩らした。
『ふふ…この子と私似てない?』
「うっわぁ〜、すっごいなぁ!」
「麗が髪伸ばしたみたいだね」
「不思議な事もあるもんだ、な゙ッ?!」
瞬間、地に座ったままのスピカが立っているシリウスの腹に勢い良く抱き付き、バランスを崩したシリウスは思わず舌を噛みそうになった。
『あらあら』
「…わぁ、シリウスモテモテだね。じゃあ僕は麗と…」
楽しそうに笑ったリーマスは、麗の腕を引いて立たせると、その腕に#NAME1##をすっぽりと収めた。
麗もクスクス笑いながらリーマスを抱き締め返す。
「おい、リーマス!!」
「えー、じゃあ僕はどうしよう」
「お前はリリーに構ってもらえ」
「だってリリーは今、大広間でピーターの課題手伝ってるしー」
「スピカお前もいつまで抱き付いてんだ!!」
「ご、御免なさい!知ってる人に似てたから…」
スピカは慌ててシリウスから離れると、深々と頭を下げた。
一方麗は、スピカの言葉に目を輝かせた。
『え、シリウスのそっくりさんもいるの?!』
「きっとそっくりさんもヘタレだな」
『ジェームズったらそんな…』
「そっくりさんも黒犬かな?」
『リーマス、シーッ!』
「ごめん、ごめん」
麗が口元に人差し指を当てると、リーマスは笑いながらそう繰り返した。
「お前等、遊んでるだろ…?」
『「「あ、バレた?」」』
「バレた?じゃねぇよ、アホ」
「し…せ………のね…」
『何か言った、スピカ?』
「な、何でも無いよ!」
麗は不思議そうに首を傾げると、スピカの頭を優しく撫でた。
楽しい昼休みは直ぐに終わり、麗達はスピカと共に午後の授業を受けに行った。
スピカが同学年である事が分かり同じ教室に入ったが、スピカは授業を受ける許可を得てないとかで、教科書で顔を隠しながら授業を受けていた。
『スピカ、そんなに隠れなくても…』
「私、校内の見学しか許可取ってないの」
『皆優しいから大丈夫だと思うわよ?』
麗は、教科書を読むふりをして隠れているスピカに身体を寄せるとそう小声で声を掛けた。
「ぁ…あの先生、苦手なの」
『マグゴナガルが?』
「あれミネルなの?!」
『え?』
「…今、猫になったから」
『…まぁ、動物擬きだし』
スピカには色々と不思議な所があった。
変身術のミネルが変身出来る事を知らないってどう言う事?ミネル自体は知ってるみたいなのに…ミネル自身を見て驚いていた様な…そんな気がした。
スピカは翡翠、シリウス、リーマスにやたらと戯れ付いた。そして何故かピーターを子猫の様に威嚇した。
ピーターがビクビク震える中、リーマスはスピカの頭を撫でてやるが、翡翠は頭を掴んで近付けない様にし、シリウスはひたすら避ける…シリウスは抱き付かれるのが照れ臭い様だった。
そして、スピカは私達をとても懐かしいモノを見る様に見る。
それが一番不思議だった。
夕食の時間になると、ジェームズの提案で中庭で夕飯を食べる事になった。グダグタに流れた昼食のリベンジだ。
麗とリーマスがキッチンに行き夕食を作って貰って運び、シリウスはスピカと共に翡翠と蒼を呼びに行った。
呼びに行っていた間、スピカが蒼に抱き付いて大変だったらしい。
麗達が中庭に着くと、スピカは地に正座をさせられて蒼に叱られていた。
『スピカ、お魚嫌いなの…?』
「食べれるけど…苦手」
『アレルギーじゃなかったり具合が悪くなるわけじゃ無いならなるべく食べなきゃ駄目よ、スピカ…私達は一人一人、生命の上に立っているのだから』
私達は何かを殺して食についている。
極力命を無駄にしてはなら無い。
「ママみたい」
『スピカの御母様?もしかして私…似てる?』
「うん!」
口元に手を当てて考え込んだ麗は、真剣な表情でふとこんな事を口にした。
『…私ってそんなに年相応じゃ無いのかしら?』
「え?」
「何言ってんだ、麗?」
『だってスピカの御母様って事は確実に私より年上じゃない!そんな御母様に似てるって事は私は…』
「まぁ、年相応じゃ無いっつったら年相応じゃねぇな」
翡翠の言葉に“やっぱり”と声を上げた麗は、困った様に眉を寄せた。そんな麗の頭をリーマスが優しく撫でてやる。
「大人っぽいって事だよ、麗」
『あら…素敵な言い回しねリーマス、有難う』
嬉しそうに微笑む麗に微笑み返したリーマスは“それに”と続けた。
「どんな麗でも僕は好きだよ」
何時でも嬉しい言葉や行動をくれるリーマスは素敵な紳士だ。
夕食を終えると、麗の部屋に移動して皆で雑談を続けた。
眠気で皆が帰ってもスピカは帰らずに遠慮気味に麗に問い掛けた。
「麗…一緒に寝ても良い?」
『良いけど…割り振られた場所があるんじゃない?』
「……明日の組み分けまで医務室で寝るように言われた」
『そうなの』
「でも…あそこは嫌」
麗はニッコリ微笑むとスピカを抱き締めた。
『良いわよ』
一日一緒にいただけなのに、麗にとってスピカは妹みたいな存在になっていた。甘やかさずにはいられなかった…
ひんやりと冷たい麗の寝室。二人は麗の大きなベッドに並んで横になった。
「ねぇ、麗…私の事どう思う?」
『“可愛い妹”かなぁ』
スピカは少しだけ弟に似ていたから、直ぐに妹の様に思えたんだと思う。
「本当に?」
『うん、本当に』
「……私ね…今日、とっても楽しかったよ」
『私も楽しかったよ』
スピカが麗に抱き付き、麗は優しくスピカの頭を撫でてやった。
何か眠たくなってきた…
「……忘れ無いでね…」
閉じていく瞼を抑える事は出来無かった。
麗は急激に襲って来る眠気を不思議に思いつつ、力を振り絞って口を開いた。
『忘れ…無いよ…』
そう言った麗の瞼がゆっくりと完璧に閉じた。
「忘れ…無いでね……」
スピカの泣きそうな声だけがぼんやりした頭に響いた。
『…スピカ……大丈…夫?』
眠気を必死振り払おうとしたが、勝てず…私は沈む様に意識を手放した。
スピカ…
何で泣きそうだったの…
「お休みなさい」
暫くの間、ベッドに寝転がって麗の寝顔を見ていたスピカは、室内に長い蒼髪に蒼眼の青年が現れるとゆっくりと身体を起こした。
「気はすんだのか、餓鬼」
スピカは麗から視線を逸らさずに、青年に問い掛けた。
「貴方がママの言ってた“管理者”ね」
確か名前を呼ぶと怒る筈だ。
スピカは敢えて管理者…イアンの名を口にしなかった。
「そうだ……ったく、勝手に時を越えやがって」
呆れた様にそう言うイアンを横目に、スピカは呟いた。
「だって…会いたかったんだもん」
会いたくて…
アイタクテ…
「そろそろ帰れ」
「言われなくても帰るよ」
そろそろ“限界”の筈だ。
私の魔力は元々、こういう方面には向いて無い。
「今日は沢山の人に会えたわ…おじいちゃんにもね」
自分の身体が徐々に消えていくのが目に見えて分かった。
あぁ…もう終わりだ……
「ねぇ、管理者さん。麗には上手く誤魔化しといてよ」
スピカはそこで初めてイアンに顔を向けた。
蒼髪が窓から入った月光に照らされてとても綺麗だった。
「…嫌だね」
「話に聞いた通り…本当に麗の言う事しか聞かないのね」
「煩ぇ、餓鬼」
「でも優しいの知ってるよ?私の力じゃ麗を強制的に眠らせるなんて無理だった……管理者さんが眠らせたんでしょ?」
スピカは不機嫌そうに眉を寄せるイアンを見ると、ニッコリ微笑んだ。
同時に知らぬ間に目に溜った涙を服の袖で拭う。
「もっと…居たかった……ねぇ、管理者さん…ここに来るのを見逃してくれてありがとう…一日だけだったけど…」
私は私の願いを叶えられた。
それは貴方が見逃してくれなければ成し遂げられ無かった事だ。
今日は…
今までで一番…
「幸せだったよ」
ママの話には、いつも麗が出てくるの。
おじいちゃんの話にもよ。
私は、貴女に会った事は無いけど…
話に聞く貴女の事が…沢山の写真の中でしか見た事の無い貴女の事が…
好きだった。
黒髪を貴女の真似をして銀に染める程に。
全ての魔力を売って時を越える程に…
今日、貴女に会えて貴女がもっと好きになった…
もっと一緒に居たかったな…
麗…私の大切な…
「ただーいまー!」
「麗!!二晩も勝手に留守にして…心配したのよ?!」
今日も“麗”とお揃いの緋色の瞳が私を迎えてくれる。
「ママ…」
「どこに行ってたの?!」
「おばあちゃんの所!!」
「……は?」
“意味が分からない”と言いたげなママの表情が可笑しくて、笑いながらママに抱き付いた。
「全く、どういう……貴女それ…」
「イアンに会ってきたよ」
「……」
「ママ、私おばあちゃんのお墓参り行ってくるね」
「全く、慌ただしい子ね…後でパパに怒られるといいわ」
「はーい」
「ぁ、ねぇ…貴女の造った薔薇を持って行って上げたら?」
“きっとおばあちゃんも喜ぶわよ”と言うママの笑顔は、さっきまで私に笑いかけてくれていたおばあちゃんにどこか似ていた。
「当たり前だよ!あれはおばあちゃんの為に造ったんだから!」
ねぇ、おばあちゃん…大丈夫だよ。
貴女の大切な娘と…その娘は…
今日も変らず元気だから。
もう二度と会えないけど、私は貴女を思って造った薔薇とこの庭で…ずっと…ずっと、ずっと…
憧れの貴女を想い続ける。
もう会えないのは酷く寂しいけど、もう泣かないよ。
私はこの思い出だけで生きていけるもの。
だから、もう大丈夫…
大丈夫だよ──…
朝の談話室で、麗、リーマス、シリウスの三人は並んでソファーに座っていた。
『朝起きたらスピカが居なかったのよ……アルバスに聞いたら“編入予定の子もスピカなんて子もホグワーツには居ない”なんて言うし…』
「何だそれ?あいつゴーストだったのか?」
そう言いながら眠そうに欠伸をしたシリウスは、麗の髪を痛くない程度に軽く引っ張った。
そんなシリウスの手を、リーマスは軽く叩いて退かす。
「違った時に失礼だよ、シリウス…それにしても麗にそっくりだったよね…麗、髪伸ばしてみたらどうだい?」
『私ずっと長くて、最近漸く切ったのよ…スピカくらいまで伸ばすのにどれくらい掛かるか分からないわ』
ねぇ、スピカ…貴女が何者かは知らないけど、魔力を感じない貴女の気は不思議と私に良く似ていた…翡翠が少し油断するくらいにはね。
『スピカが未来から来た私の子供だったら面白いわよね』
そしたら楽しい。
だってスピカが自分の子供だったら今以上に可愛くて仕方無い筈だから。だから…
ねぇ、スピカ…
きっとまた会いに来て──…