第1章 始マリノ謳
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18
それは耳を劈 く悲鳴の様な音を出しながら、蒼い炎に呑まれていった。
詠唱が小さく響く中、炎は一際大きく燃え上がり一瞬で消える。
「おい!お前達一体どこの者だ!!!」
最初こそはお手並み拝見とばかりに見ていた着物の男は、握り締めた手を震わせながら青い顔で詰め寄った。
「おい!聞いてるのか!!!」
「煩ぇな、聞こえんに決まってんだろ」
“耳が痛ぇ”と言いながら頭を掴まれて投げ飛ばされ、男は青かった顔を今度は赤く染めて立ち上がった。
「貴様!!!」
「おい、お前」
そう声を掛けられて、立ち尽くしていたスーツの男は、ビクリと肩を震わせると、青い顔を上げた。
「ヒ、は、はい…こ、この度は」
「お前、神体に何かしたろ」
「ぁ…」
長い銀髪に猫半面を付けた少女は、スーツの男の前に歩み寄るとその胸倉を掴んでグッと引き寄せた。
「ヒィィ!!」
『貴方達がアレを“落とした”のだ。最後まで悔いろ』
「貴様…!」
「煩ぇつってんだろ、屑が!!テメェがどうしようも出来無いから俺等に回したんだろうが」
「な…」
『翡翠』
「チッ…」
少女、麗は胸倉から手を離すと小さな紙をスーツの男に手渡した。
『支払いはここへ。神に手を出す事は進めない…富を得るのも幸福も一瞬だ。もし致し方無く手を出すならば、今度は出す前に連絡しなさい。あぁならぬ様に穏便に済ますから』
「は、はい」
「出来もしない事を…」
『出来る』
麗は翡翠の側まで行くと、そっとその手を取った。
『出来もしない事を口に出すわけ無いだろう』
麗は少し怒っているらしく“貴方じゃないのだから”と口にし、翡翠は思わず吹き出した。
『帰ろう、翡翠。午後はお茶の約束がある』
=猫=
午後の校長室…
ティーカップを片手に接待用の大きめなソファーに腰掛けた麗は、不機嫌そうに眉を寄せながら一冊の雑誌を睨み付けていた。
アルバス、リーマスとの優雅で楽しいティータイムを過ごして御機嫌だった麗は、此の雑誌の所為で一気に不機嫌になった。
「いや、めでたいの。麗の歌がここまで売れるとは思わんかった」
麗の曲は凄い勢いで売れた。
ハロウィーン当日、店という店、全てから商品が消え失せたのだ。
「デザインの所為もあるかの」
麗の歌は小さくシンプルなシルバーペンダントに形を変え、店頭で売られていた。
麗の次の曲が出てもそのペンダントに記憶させられるという魔法のペンダント…記憶させる値段が高いが。良いものを考えたものだ。
麗は持っていた雑誌をテーブルに置くと紅茶を一口飲み、不機嫌そうに口を開いた。
『何で銀髪緋眼なの?黒髪黒眼気に入ってるのに…』
麗が見ていた雑誌は魔法界の芸能雑誌で、その雑誌の新人歌手紹介のページに載っていた麗の写真は“銀髪緋眼”だった。
疲れて帰って来て、お茶会で癒され様と思っていたらこの有様だ。
全く、一体どっからこんな情報を…
「麗が映えるかと思っての」
折角、謳った所為で銀髪緋眼がバレ無い様に宴の時はヴェールを被った挙句こっそり幻術まで使ったのに…
「麗、銀髪緋眼の麗も可愛いよ」
隣で紅茶を飲んでいたリーマスがそう言いながら優しく微笑んだ。
『有難う、リーマス……大丈夫?』
リーマスの笑顔に和んだ心を引き締める。
和んでいる場合では無い。リーマスの顔色が真っ青なのだ。
当然と言えば当然だった。
今日は満月だから…
具合が悪くて当然だ。
麗はティーカップを置くと、リーマスの背を優しく撫でた。
「大丈夫だよ…麗」
リーマスが弱々しく微笑む反対側で、アルバスはポンッと手を叩いた。
「今日は満月じゃったな」
アルバスは相当浮れていたのだろう。今日という日に今頃気付く何て…
『アルバス…私、リーマスと一緒に居ても良いでしょ?』
「……まぁ、麗の事だから平気じゃろ」
どういう意味かしら?
私自信を信用してるのか…それとも私の頑丈さを信用しているのか。
「麗が一緒なのは初めてだね」
リーマスが嬉しそうに微笑み、麗は応える様に嬉しそうに頷いた。
今まで何回か満月の日は合ったが、その度に用事が被って一回も満月の夜をリーマスと過ごす事は無かった。
『約束通り“猫”で行くわね』
「楽しみにしてるよ」
リーマスは嬉しそうに微笑むと紅茶を口にした。
良かった…まだ飲む気力は残っているらしい。
『ねぇ、リーマス…』
悪戯っぽく微笑んだ麗は、リーマスの耳元へ唇を寄せると続けた。
『次の悪戯はアルバスのティーカップに仕掛けない?』
私の写真を勝手に使った罪は重いわよ、アルバス…出所であろう翡翠にも悪戯をしてやる。
リーマスは楽しそうにクスクス笑いながら賛同してくれた。
『じゃあ近々又お茶会しましょうね、ムーニー』
「喜んで御引き受けしますよ、シャントゥール」
二人でクスクス笑い合っていると、アルバスの眉間に皺が寄った。
「まさか又、悪戯を考えておるのかの?」
『…そんなこと無いわよ、アルバス…第一、悪戯するなら黙ってするわ』
「考え過ぎですよ、ダンブルドア校長先生」
「だと良いがの」
“しょうがない孫娘じゃ”と困った様に…そして楽しそうに笑ったアルバスは、思い出した様に突然立ち上がった。
「そうじゃ…麗に渡す物が合ったんだった」
そう言ってアルバスは奥の部屋へ行くと、細長い包みを抱えて戻って来た。
麗は包みを受け取ると丁寧に紐をとき包装紙を開けた。
「儂とミネルバからのプレゼントだ」
綺麗な包装紙包まれていたのは箒だった。
普通の箒よりも細長い芯。白い姿に銀の綺麗な装飾の付いた箒だった。
「箒の柄が短くて扱い辛いと言っていたじゃろ」
『良く覚えてるわね…あんなの独り言に近かったわよ』
「試合、頑張るのだぞ麗」
“応援したのは秘密じゃよ?”と悪戯っぽく微笑むアルバスを見ると、麗は箒をテーブルに置いてアルバスに抱き付いた。
『有難う、御祖父様!』
「桜を使ってあるんじゃよ」
『これ桜なの?』
麗はアルバスから離れると箒を抱き締めて目を閉じ、香りを嗅いだ。
懐かしい香りが微かにして泣きたくなった…
「麗“サクラ”って何だい?」
『日本の花だよ、春に花を咲かせる木なの。山を薄ピンクに染めてね…とっても綺麗なのよ。私は夜桜が特に好きだな』
「“ヨザクラ”?」
『夜に桜を見るのよ』
闇夜に浮ぶ灯の灯火、舞う花片。
夜は家族と…
日溜りに照らされて地へ舞い降りる花片。
昼は…
──麗…
昼は…
──麗…
貴方は…誰だっけ──…
『……ねぇリーマス、春になったら皆で一緒に見に行かない?』
「行くって…日本にかい?」
『うん、準備しておくから魔法で飛んで!』
麗は箒を抱き締めたままその場を楽しそうクルクル回った。頭に浮んだモノを振り払う為に。
分からない…
分からない…
分からない…
分かりたく無い。
クルクル回っていた麗は、急に止まると申し訳なさそうにリーマスを振り返った。
『…御免、駄目だよね』
すっかり浮れてしまった。
リーマスの事を考えずに勝手に話進めてはいけない。
「大丈夫だよ、行こう」
『本当?!』
「大丈夫さ、母さん達も許してくれるよ」
リーマスが微笑むと、麗は嬉しそうにリーマスに抱き付き、リーマスは答えるように麗を抱き締めた。
「麗…儂は誘ってくれんのか?」
寂しそうな拗ねた様な声に、麗は困った様に眉を寄せた。
『んー…御祖父様を連れて友達と…ってなんだか変な気がするわ。アルバスはミネルバ達も誘って一緒に人間 の旅館にお泊りしましょ?』
「それは良いの〜」
アルバスは笑顔になると、どこからか手帳を取り出してパラパラと捲り出した。
「麗、来年の秋は予定を空けておくのだぞ?旅館は最高級じゃ!」
秋に京都って…
紅葉の時期だ。観光客が押し寄せる時期だ。
全国の爺様、婆様、神社仏閣好き、外国人…皆、此の時期か春を狙ってる。
『別の時期にしない…?』
「嫌じゃ」
即答ですか。嫌だな人混み…
暫く三人で楽しくティータイムを送っていたが、麗とリーマスは夕刻が近付くと校長室を後にして暴れ柳に向かった。夜に備えなければならない。
『リーマス、シリウス達は?』
「後から来るよ」
リーマスは笑っているが、相変らず顔が真っ青だった。
麗はリーマスの手を握ると暴れ柳を通り館に入る。
『リーマス、ここ座って』
手頃な椅子を見付け、リーマスを座らせると自分はテーブルに飛び乗る様にして腰掛けた。
「麗、行儀悪いよ」
リーマスが笑いながら言う中、麗は微笑みながらリーマスの目に手を被せ、目を瞑らせた。
『これなら平気でしょ?』
リーマスが目を開くと目の前のテーブルの上…麗が座っていた所には、小柄な黒猫が綺麗に座っていた。
「確に平気だね」
リーマスは微笑むと黒猫になった麗を抱き上げ、そっと抱き締めた。
「可愛い…」
リーマスがそう呟いた瞬間、大きな音と共に勢い良く扉が開き、シリウス達が入って来た。
少しボロボロなのは気の所為だろうか?
「ッたく!あの木、容赦なく攻撃してきやがった!!」
「だ、大丈夫…シリウス?」
「しょうがないよ、シリウス。それがあの木の“役目”なんだから」
暴れ柳に攻撃されたらしい。
シリウスは頬を切ったらしく、血が一筋流れていた。
リーマスは猫の麗を抱き締めたまま三人を見てクスクス笑った。
「お疲れ様、シリウス」
「んだよ、リーマスは攻撃されなかったのか…?」
「この子の御陰でね」
リーマスは抱いていた麗を少し高く上げると三人に見せた。
「猫…?」
言葉の分かる麗は暴れ柳と話が出来るので攻撃される事は無かったし、一緒にいたリーマスも攻撃され無かった。
麗はリーマスの腕を擦り抜けシリウスの肩に跳び移ると、頬の傷口を舐めた。
「痛…ッ!!」
シリウスは麗を振り払おうとし、リーマスは慌ててバランスを崩した麗を抱きとめた。
そして麗を目線の高さまで持ち上げると目を合わせる。
「何であんな事したんだい?」
『ッ…』
いつも以上に怖いくらいに微笑むリーマスに、麗は思わず声を詰まらせた。
「そうだぞ!痛ぇじゃねぇか!!」
確かに猫のザラザラの舌で舐めたのは悪かった。この舌で傷口を舐められたら痛いに決まってる。
「あんなの舐めちゃ駄目だろ…ばっちぃよ?」
「そっちかよ!!」
リーマスは当たり前の様に突っ込むシリウスを無視して話を続ける。
「もう絶対にしない事。分かったかい、麗?」
「そうだぞ……って、麗?」
リーマスに抱き抱えられた黒猫を見て呆然とするシリウスを余所に、猫の麗は困った様に耳を垂れた。
『ご、御免なさい』
シリウスは黒猫が麗だと気付くと、顔を真っ赤に染めた。唯の黒猫だと思っていた猫がいきなり好きな子の声で話し出したのだ。しかも頬を舐められた。
一方、リーマスは真っ赤になったシリウスを睨み付けた。
「もう絶対にしちゃ駄目だよ、麗………黒犬が赤犬になるからね」
『赤犬…?』
リーマスはニッコリ微笑むと、麗を抱き締めた。
「へぇ…君、麗か」
ジェームズがリーマス越しに麗の顔をジッと覗き込み、ピーターもそれに続いた。
「す、凄いね」
『あら、ピーターも動物になれるじゃない』
「でも…ね、鼠だし」
『関係無いわ。鼠、可愛くて素敵じゃない』
鼠は小さくて可愛くて好きだ。元の世界に鼠の友達もいる。
「あ…あ、ありがとう!!」
ピーターは頬を染めると嬉しそうに微笑んだ。本当に弟みたいで可愛い。
「ねぇ、リーマス!僕にも抱っこさせてよ!」
「駄目だよ、ジェームズ」
「ケチだなぁ…シリウス、いつまで固まってるんだい?こっちおいでよ、麗可愛いよ」
「…あぁ」
シリウスが慌てて近付いて来ると、麗は申し訳なさそうに耳を垂れた。
『シリウス、頬大丈夫…?』
「平気だ…」
麗は少々思考すると、呟いた。
『ピーター…』
「な、何…?」
『“御休み”』
瞬間、古びた木の床独特の音を立ててピーターが床に倒れた。
やっておいてなんだが……頭を打っていないか少し心配だ。
「何をしたんだ…?」
『魔法で眠らせたの』
麗はリーマスの腕から擦り抜けると人間の姿に戻り、ピーターが眠りについているのを確認すると、シリウスの頬にそっと触れた。
「痛…ッ」
『我慢して…』
麗が傷を優しく撫でると、シリウスの頬について傷が綺麗に消えた。
「消えた…」
驚くジェームズを余所に、麗は傷が消えたのを確認すると、猫の姿に戻ってリーマスに擦り寄り、リーマスは麗を抱き上げた。
「麗…」
『待ってねリーマス、今謳うから』
リーマスは先程よりも更に真っ青になっていて、見ているのが嫌になるくらいだった。
麗はリーマスをベッドに寝かせるとジェームズとシリウスを変身させ、ピーターに結界を張った。
そして朝まで謳い続けた…
私には治す事が出来無い。
痛みを和らげる事…
唯それだけしか出来ない。
無力な自分が嫌いだ…
無知な自分が嫌いだ…
そんな事を考える自分が‥
一番嫌いだ──…
それは耳を
詠唱が小さく響く中、炎は一際大きく燃え上がり一瞬で消える。
「おい!お前達一体どこの者だ!!!」
最初こそはお手並み拝見とばかりに見ていた着物の男は、握り締めた手を震わせながら青い顔で詰め寄った。
「おい!聞いてるのか!!!」
「煩ぇな、聞こえんに決まってんだろ」
“耳が痛ぇ”と言いながら頭を掴まれて投げ飛ばされ、男は青かった顔を今度は赤く染めて立ち上がった。
「貴様!!!」
「おい、お前」
そう声を掛けられて、立ち尽くしていたスーツの男は、ビクリと肩を震わせると、青い顔を上げた。
「ヒ、は、はい…こ、この度は」
「お前、神体に何かしたろ」
「ぁ…」
長い銀髪に猫半面を付けた少女は、スーツの男の前に歩み寄るとその胸倉を掴んでグッと引き寄せた。
「ヒィィ!!」
『貴方達がアレを“落とした”のだ。最後まで悔いろ』
「貴様…!」
「煩ぇつってんだろ、屑が!!テメェがどうしようも出来無いから俺等に回したんだろうが」
「な…」
『翡翠』
「チッ…」
少女、麗は胸倉から手を離すと小さな紙をスーツの男に手渡した。
『支払いはここへ。神に手を出す事は進めない…富を得るのも幸福も一瞬だ。もし致し方無く手を出すならば、今度は出す前に連絡しなさい。あぁならぬ様に穏便に済ますから』
「は、はい」
「出来もしない事を…」
『出来る』
麗は翡翠の側まで行くと、そっとその手を取った。
『出来もしない事を口に出すわけ無いだろう』
麗は少し怒っているらしく“貴方じゃないのだから”と口にし、翡翠は思わず吹き出した。
『帰ろう、翡翠。午後はお茶の約束がある』
=猫=
午後の校長室…
ティーカップを片手に接待用の大きめなソファーに腰掛けた麗は、不機嫌そうに眉を寄せながら一冊の雑誌を睨み付けていた。
アルバス、リーマスとの優雅で楽しいティータイムを過ごして御機嫌だった麗は、此の雑誌の所為で一気に不機嫌になった。
「いや、めでたいの。麗の歌がここまで売れるとは思わんかった」
麗の曲は凄い勢いで売れた。
ハロウィーン当日、店という店、全てから商品が消え失せたのだ。
「デザインの所為もあるかの」
麗の歌は小さくシンプルなシルバーペンダントに形を変え、店頭で売られていた。
麗の次の曲が出てもそのペンダントに記憶させられるという魔法のペンダント…記憶させる値段が高いが。良いものを考えたものだ。
麗は持っていた雑誌をテーブルに置くと紅茶を一口飲み、不機嫌そうに口を開いた。
『何で銀髪緋眼なの?黒髪黒眼気に入ってるのに…』
麗が見ていた雑誌は魔法界の芸能雑誌で、その雑誌の新人歌手紹介のページに載っていた麗の写真は“銀髪緋眼”だった。
疲れて帰って来て、お茶会で癒され様と思っていたらこの有様だ。
全く、一体どっからこんな情報を…
「麗が映えるかと思っての」
折角、謳った所為で銀髪緋眼がバレ無い様に宴の時はヴェールを被った挙句こっそり幻術まで使ったのに…
「麗、銀髪緋眼の麗も可愛いよ」
隣で紅茶を飲んでいたリーマスがそう言いながら優しく微笑んだ。
『有難う、リーマス……大丈夫?』
リーマスの笑顔に和んだ心を引き締める。
和んでいる場合では無い。リーマスの顔色が真っ青なのだ。
当然と言えば当然だった。
今日は満月だから…
具合が悪くて当然だ。
麗はティーカップを置くと、リーマスの背を優しく撫でた。
「大丈夫だよ…麗」
リーマスが弱々しく微笑む反対側で、アルバスはポンッと手を叩いた。
「今日は満月じゃったな」
アルバスは相当浮れていたのだろう。今日という日に今頃気付く何て…
『アルバス…私、リーマスと一緒に居ても良いでしょ?』
「……まぁ、麗の事だから平気じゃろ」
どういう意味かしら?
私自信を信用してるのか…それとも私の頑丈さを信用しているのか。
「麗が一緒なのは初めてだね」
リーマスが嬉しそうに微笑み、麗は応える様に嬉しそうに頷いた。
今まで何回か満月の日は合ったが、その度に用事が被って一回も満月の夜をリーマスと過ごす事は無かった。
『約束通り“猫”で行くわね』
「楽しみにしてるよ」
リーマスは嬉しそうに微笑むと紅茶を口にした。
良かった…まだ飲む気力は残っているらしい。
『ねぇ、リーマス…』
悪戯っぽく微笑んだ麗は、リーマスの耳元へ唇を寄せると続けた。
『次の悪戯はアルバスのティーカップに仕掛けない?』
私の写真を勝手に使った罪は重いわよ、アルバス…出所であろう翡翠にも悪戯をしてやる。
リーマスは楽しそうにクスクス笑いながら賛同してくれた。
『じゃあ近々又お茶会しましょうね、ムーニー』
「喜んで御引き受けしますよ、シャントゥール」
二人でクスクス笑い合っていると、アルバスの眉間に皺が寄った。
「まさか又、悪戯を考えておるのかの?」
『…そんなこと無いわよ、アルバス…第一、悪戯するなら黙ってするわ』
「考え過ぎですよ、ダンブルドア校長先生」
「だと良いがの」
“しょうがない孫娘じゃ”と困った様に…そして楽しそうに笑ったアルバスは、思い出した様に突然立ち上がった。
「そうじゃ…麗に渡す物が合ったんだった」
そう言ってアルバスは奥の部屋へ行くと、細長い包みを抱えて戻って来た。
麗は包みを受け取ると丁寧に紐をとき包装紙を開けた。
「儂とミネルバからのプレゼントだ」
綺麗な包装紙包まれていたのは箒だった。
普通の箒よりも細長い芯。白い姿に銀の綺麗な装飾の付いた箒だった。
「箒の柄が短くて扱い辛いと言っていたじゃろ」
『良く覚えてるわね…あんなの独り言に近かったわよ』
「試合、頑張るのだぞ麗」
“応援したのは秘密じゃよ?”と悪戯っぽく微笑むアルバスを見ると、麗は箒をテーブルに置いてアルバスに抱き付いた。
『有難う、御祖父様!』
「桜を使ってあるんじゃよ」
『これ桜なの?』
麗はアルバスから離れると箒を抱き締めて目を閉じ、香りを嗅いだ。
懐かしい香りが微かにして泣きたくなった…
「麗“サクラ”って何だい?」
『日本の花だよ、春に花を咲かせる木なの。山を薄ピンクに染めてね…とっても綺麗なのよ。私は夜桜が特に好きだな』
「“ヨザクラ”?」
『夜に桜を見るのよ』
闇夜に浮ぶ灯の灯火、舞う花片。
夜は家族と…
日溜りに照らされて地へ舞い降りる花片。
昼は…
──麗…
昼は…
──麗…
貴方は…誰だっけ──…
『……ねぇリーマス、春になったら皆で一緒に見に行かない?』
「行くって…日本にかい?」
『うん、準備しておくから魔法で飛んで!』
麗は箒を抱き締めたままその場を楽しそうクルクル回った。頭に浮んだモノを振り払う為に。
分からない…
分からない…
分からない…
分かりたく無い。
クルクル回っていた麗は、急に止まると申し訳なさそうにリーマスを振り返った。
『…御免、駄目だよね』
すっかり浮れてしまった。
リーマスの事を考えずに勝手に話進めてはいけない。
「大丈夫だよ、行こう」
『本当?!』
「大丈夫さ、母さん達も許してくれるよ」
リーマスが微笑むと、麗は嬉しそうにリーマスに抱き付き、リーマスは答えるように麗を抱き締めた。
「麗…儂は誘ってくれんのか?」
寂しそうな拗ねた様な声に、麗は困った様に眉を寄せた。
『んー…御祖父様を連れて友達と…ってなんだか変な気がするわ。アルバスはミネルバ達も誘って一緒に
「それは良いの〜」
アルバスは笑顔になると、どこからか手帳を取り出してパラパラと捲り出した。
「麗、来年の秋は予定を空けておくのだぞ?旅館は最高級じゃ!」
秋に京都って…
紅葉の時期だ。観光客が押し寄せる時期だ。
全国の爺様、婆様、神社仏閣好き、外国人…皆、此の時期か春を狙ってる。
『別の時期にしない…?』
「嫌じゃ」
即答ですか。嫌だな人混み…
暫く三人で楽しくティータイムを送っていたが、麗とリーマスは夕刻が近付くと校長室を後にして暴れ柳に向かった。夜に備えなければならない。
『リーマス、シリウス達は?』
「後から来るよ」
リーマスは笑っているが、相変らず顔が真っ青だった。
麗はリーマスの手を握ると暴れ柳を通り館に入る。
『リーマス、ここ座って』
手頃な椅子を見付け、リーマスを座らせると自分はテーブルに飛び乗る様にして腰掛けた。
「麗、行儀悪いよ」
リーマスが笑いながら言う中、麗は微笑みながらリーマスの目に手を被せ、目を瞑らせた。
『これなら平気でしょ?』
リーマスが目を開くと目の前のテーブルの上…麗が座っていた所には、小柄な黒猫が綺麗に座っていた。
「確に平気だね」
リーマスは微笑むと黒猫になった麗を抱き上げ、そっと抱き締めた。
「可愛い…」
リーマスがそう呟いた瞬間、大きな音と共に勢い良く扉が開き、シリウス達が入って来た。
少しボロボロなのは気の所為だろうか?
「ッたく!あの木、容赦なく攻撃してきやがった!!」
「だ、大丈夫…シリウス?」
「しょうがないよ、シリウス。それがあの木の“役目”なんだから」
暴れ柳に攻撃されたらしい。
シリウスは頬を切ったらしく、血が一筋流れていた。
リーマスは猫の麗を抱き締めたまま三人を見てクスクス笑った。
「お疲れ様、シリウス」
「んだよ、リーマスは攻撃されなかったのか…?」
「この子の御陰でね」
リーマスは抱いていた麗を少し高く上げると三人に見せた。
「猫…?」
言葉の分かる麗は暴れ柳と話が出来るので攻撃される事は無かったし、一緒にいたリーマスも攻撃され無かった。
麗はリーマスの腕を擦り抜けシリウスの肩に跳び移ると、頬の傷口を舐めた。
「痛…ッ!!」
シリウスは麗を振り払おうとし、リーマスは慌ててバランスを崩した麗を抱きとめた。
そして麗を目線の高さまで持ち上げると目を合わせる。
「何であんな事したんだい?」
『ッ…』
いつも以上に怖いくらいに微笑むリーマスに、麗は思わず声を詰まらせた。
「そうだぞ!痛ぇじゃねぇか!!」
確かに猫のザラザラの舌で舐めたのは悪かった。この舌で傷口を舐められたら痛いに決まってる。
「あんなの舐めちゃ駄目だろ…ばっちぃよ?」
「そっちかよ!!」
リーマスは当たり前の様に突っ込むシリウスを無視して話を続ける。
「もう絶対にしない事。分かったかい、麗?」
「そうだぞ……って、麗?」
リーマスに抱き抱えられた黒猫を見て呆然とするシリウスを余所に、猫の麗は困った様に耳を垂れた。
『ご、御免なさい』
シリウスは黒猫が麗だと気付くと、顔を真っ赤に染めた。唯の黒猫だと思っていた猫がいきなり好きな子の声で話し出したのだ。しかも頬を舐められた。
一方、リーマスは真っ赤になったシリウスを睨み付けた。
「もう絶対にしちゃ駄目だよ、麗………黒犬が赤犬になるからね」
『赤犬…?』
リーマスはニッコリ微笑むと、麗を抱き締めた。
「へぇ…君、麗か」
ジェームズがリーマス越しに麗の顔をジッと覗き込み、ピーターもそれに続いた。
「す、凄いね」
『あら、ピーターも動物になれるじゃない』
「でも…ね、鼠だし」
『関係無いわ。鼠、可愛くて素敵じゃない』
鼠は小さくて可愛くて好きだ。元の世界に鼠の友達もいる。
「あ…あ、ありがとう!!」
ピーターは頬を染めると嬉しそうに微笑んだ。本当に弟みたいで可愛い。
「ねぇ、リーマス!僕にも抱っこさせてよ!」
「駄目だよ、ジェームズ」
「ケチだなぁ…シリウス、いつまで固まってるんだい?こっちおいでよ、麗可愛いよ」
「…あぁ」
シリウスが慌てて近付いて来ると、麗は申し訳なさそうに耳を垂れた。
『シリウス、頬大丈夫…?』
「平気だ…」
麗は少々思考すると、呟いた。
『ピーター…』
「な、何…?」
『“御休み”』
瞬間、古びた木の床独特の音を立ててピーターが床に倒れた。
やっておいてなんだが……頭を打っていないか少し心配だ。
「何をしたんだ…?」
『魔法で眠らせたの』
麗はリーマスの腕から擦り抜けると人間の姿に戻り、ピーターが眠りについているのを確認すると、シリウスの頬にそっと触れた。
「痛…ッ」
『我慢して…』
麗が傷を優しく撫でると、シリウスの頬について傷が綺麗に消えた。
「消えた…」
驚くジェームズを余所に、麗は傷が消えたのを確認すると、猫の姿に戻ってリーマスに擦り寄り、リーマスは麗を抱き上げた。
「麗…」
『待ってねリーマス、今謳うから』
リーマスは先程よりも更に真っ青になっていて、見ているのが嫌になるくらいだった。
麗はリーマスをベッドに寝かせるとジェームズとシリウスを変身させ、ピーターに結界を張った。
そして朝まで謳い続けた…
私には治す事が出来無い。
痛みを和らげる事…
唯それだけしか出来ない。
無力な自分が嫌いだ…
無知な自分が嫌いだ…
そんな事を考える自分が‥
一番嫌いだ──…