第1章 始マリノ謳
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17
「本当にお一人で行かれるのですか?」
「あぁ、行く」
「しかしホグワーツへ行くのは危険です。あそこには」
「何度言わせる」
「…申し訳ございません」
「あのジジイに劣ると?」
「とんでもございません!」
「ならば黙って待っていろ」
「はっ」
「面白い土産を持ってきてやる」
=忍び寄る手=
厨房の屋敷しもべは、今日も丁寧で優しくて元気だ。
追加で欲しくなった材料を分けてもらいに行くと、直ぐに用意してくれた挙げ句バスケットまで貸してくれた。バスケットに漆黒のドレスという奇妙な格好で、ホグワーツの冷たい廊下をグリフィンドール寮に向かって歩く。一度校長室に寄って着替えれば良かったと心底思った。見た目はこんなんだし、何より凄く動き辛い。
麗はふと足を止めると考えた。他に家の無い私は、あの部屋を自由に使って良いと許可を得ている。ならば部屋に冷蔵庫と食品庫を備えれば良いではないか。何で私は毎日、蒼に買い物に行って貰っていたんだろうか……これで買い溜めが出来る!
そして今の状況。
抜け出す許可を得ている私以外、皆宴で大広間に集まっているのだから、人目を気にする必要は無い。構わず“飛んでしまえば”良いのだ。麻痺の確認も出来る。
麗は、廊下の窓から中庭に飛び降りると、夜空を見上げた。
『今日は三日月か…狼のリーマスに会うの楽しみだな』
瞬間、木の影に気配を感じた。急に現れた気配だった。
魔法で移動してきた?
結界が張られてるホグワーツを…?
麗はバスケットを安全な所に置くと、気配の主に向き直った。
『今晩は…どちら様?』
麗が問い掛けると、相手はクスクス笑いながら木の影から出て来た。
「俺様だ、麗」
黒いローブを被った…声色からするに男。どこかで聞いた事のある声だった。
「…僕だよ、麗」
麗が不思議そうにしていると、男がローブに手を掛けた。ローブの下から黒髪と緋眼が現れる…
『…トム』
名前を口にすると、トムは満足したようにニッコリ微笑み、手を差し出した。
「麗、迎えに来たよ」
麗は差し出された手を見据えはしたが、取ろうとはしなかった。
『…一緒には行けない』
麗の答えに反応し、トムは不機嫌そうに眉を寄せた。
「…抗うと?」
『ここが私の家だもん…』
「家…ここがか?この腐りきった学校がか?」
『そうだよ』
一緒に行けば色々な意味で危険だが、トムを説得しやすいかもしれない。でも、ここにはアルバス達がいる。
優しくしてくれた人達が居る。
「お前にはお前に相応しい場所がある。お前の帰るべき所は俺の所だ。こんな所じゃない」
『私の帰るべき所はここだよ…それに残して行けない人達がいる』
翡翠と蒼、七叉に楓。それに七叉と楓が“出れる”ならもっと沢山の家族……蒼は兎も角、此の世界の者じゃ無い他の皆を置いてなど行けない。
何とかして…
元の世界に戻らないと──…
「ならばソイツ等を殺す」
そう言うトムの冷たい瞳は見覚えがあった。
昔の“私達”に似ている…
『…本気かしら?』
「本気だ。今から行こう」
トムが杖を取り出し、麗は飛び退く様に少し距離を取った。
『その前に私が貴方を殺すわ…そして私も死ぬ』
殺したく無い…
「俺様を殺す?」
『えぇ、簡単な事だわ』
「ほぅ…」
麻痺した身体では難しいが本来“出来る”事だ。封印さえ解いてしまえば麻痺等関係無い。
そう思った瞬間、頭に激痛が走り、麗は頭を抱えた。
殺したくな…
さっさと殺しちまおう。
「どうした、麗?」
瞬間、トムの杖の先から出た光が麗の喉に巻き付いた。
『ッ…!』
「具合が悪い様だな、好都合だ」
麗は手を首に添える様に当てながら、トムを見据えた。
迷わず首を狙った…まさか…
「お前の声は不思議な力があるからな。杖は…その格好では杖を持っていないな」
やはり声の事がバレている。どうして…?
トムは楽しそうにクスクス笑いながら口を開いた。
「昼に森で不思議なモノを見てね」
あの空間で、見られている事に気付かないだなんて…危険だ。早急に力を取り戻さなくてはならない。
「あんなの初めてみたよ。あれは何て魔法なんだい?」
どうやってこの状況を処理しようか。
力が麻痺している今、詠唱無しに使えるのは簡単な術や魔法だけ…首輪の様に巻き付いた魔法の所為で詠唱は出来無いし、謳う事等以ての外だ。
…やりたくないが、仕方無いか。
「どうした?黙り込んで…あぁ、話せないんだったな」
“じゃあ”と言ってトムの杖を持った手が動くより早く、麗は地を蹴った。一気に距離を縮め、トムの懐に潜り込むと顎に向けて平手を突き上げる。
「ッ…!?」
後ろに倒れる様にして寸でで“それ”を避けたトムが崩れた体勢を立て直す前に、麗は身体を捻ってトムを横殴りに蹴り飛ばした。
瞬間、くぐもった声と共にトムの握り締めた杖の先が光り、麗は慌てて飛び退く。そして自分目掛けて伸びる光りをギリギリまで引き付けると、再び飛び退いてそれを避けた。
つもりだった。
『ッ…!!』
カクンと急に方向を変えた光りは、空中で##NANE1##に当たって弾けた。ビリビリと電撃をくらった様に身体が痺れて、無様に地に転がる。
「追尾するんだよ?いいだろう」
避けたのに当たる訳だ。見事に命中したし、崩れた瞬間に地に触れた部分が摩擦で焼けて皮膚が剥けた。地面に自分の血が染み込んでいくのが見える。
「いやぁ、驚いた。そんなに動けると思わなかったよ…と言うかあんなに動く人間を初めて見たよ」
そりゃどうも、そんなの褒められた気はしねぇがな。
麗は、心の中でそう悪態をつきながらジッと自分の血を見詰めた。漆黒の瞳が淡く緋色に光る…
「さぁ、行こうか麗」
ニッコリと微笑んだトムがゆっくり近付いて来る中、麗は口角を上げてニヤリと笑った。
『油断しちゃ駄目よ』
一瞬だった。
瞬きをした瞬間、目の前には既に麗が居て、トムは体当たりをされる様に地面に押し倒された。
背中への衝撃に思わず目を瞑ったトムが次に見たのは、妖艶に笑う麗が自分の杖を握り潰す様に折っている姿だった。
「な…」
『まぁ、私が言えた事じゃないけど』
麗はゆっくりと立ち上がった。美しく妖笑を浮かべた麗の首には短冊形に切られた羊皮紙が巻き付いていた。羊皮紙には赤い文字が書かれている。
『確かに貴方の言うとおり、私の声には魔力があるわ。でも謳わなきゃ効果は無い』
「何をした」
『さぁ?』
麻痺はしていても力が無くなったのではないのだから、身体の一部である血を使って“符”を作れば充分な代物を作る事が出来る。
後は力技だ。私の身体は戦える様に出来ている。
『術解とか…色々使えるのよ。こんな事もあろうかと作っておいて良かったわ』
麗がドレスを捲り上げると、符が貼られた綺麗な脚には小さなポーチが巻かれていた。
『まぁ、学校に侵入してくるとは思わなかったけど…杖が持てないからと念を入れて良かったわ』
麗はポーチから符を出し、摩擦で焼けた頬をその符で撫でる。すると血の後が消え、一瞬にして傷が綺麗に塞がった。
「わざと転んだか…だがもう術 は無いだろ?お前は杖を持たない。謳っている暇は無い。残るはその札と体一つ」
“ならば近付かず捕らえれば良い”と言ってニヤリと笑うトムに、麗はニコリと笑い返した。
『術 なら幾らでも在るわ』
そう言ってポーチに入っていた符を全て辺りに撒いた麗は、指の腹に歯を立てると、その手を真っ直ぐに上に上げた。
「何を…」
『焼き尽くせ、我を阻む総てを』
そう口にした瞬間放たれたトムの魔法を手元に現れた鎌鎖で弾き飛ばした麗は、柄にそっと口付けた。
そして鎖鎌を大きく投げた麗が消え去り、トムは首元に冷たい感覚を覚えた。
麗がトムの後方に回り込み、首に鎌を突き付けたのだ。
『気を付けてね、トム…この子は火を噴くわよ』
麗がそう警告するとトムは手を首元に寄せたが、それは鎖鎌を更に近付ける事になった。
「何なんだその鎌は」
麗はトムが手を降ろすのを見ると、トムから離れて一定の距離を保った。
『術…式…あぁ、何かしらね?』
トムが愉快そうに口角を上げて笑った。そういう風に笑われると、嫌な予感がして嫌だ。
「流石“神子”だな。ただの混血では無い」
麗は“神子”という言葉に驚いたが、平静を装った。
『駄目よ、大人しくなさい』
頭に響く第三者の声にそう囁いて返すと、麗はニッコリと微笑んだ。
『日本の文献でも読んだの?』
「…少しな」
『勉強熱心ですこと…でもね、早とちりよ。勉強不足ね』
「ふむ…勉強し直すかな」
『……ねぇ、トム…』
「何だ」
…私は……
──クク、キャハハハハ…
『私…貴方を殺したく無い』
殺したく無い。
──嘘つき…
でも、ここで私が殺らなければ、もしかしたら家族が危険な目に合うかもしれない。
解決策は一つだけあった…
「ならば一緒に来れば良い」
そう…それが手っ取り早い解決策だ。
家族を封印して私がトムの元に行けば取り敢えずは落ち着く。けど…
『行けないよ』
封印は絶対では無い。解かれてしまう可能性はゼロでは無いのだ。そして解かれてしまえば彼等は確実に暴走する…それに何より私は家族と一緒に居たかった。
家族には私が必要で、私には家族が必要だ。依存していると言われてしまっては終わりだが、これが私達だ。何とか説得を……説得?
『金曜日』
「は?」
『毎週金曜の夜は時間作れるかしら?』
麗は急にニッコリ微笑むと、トムにそう問掛けた。
「……は?」
『私を説得してみない?』
「説得…お前をか?」
『そう、私を説得してみてよ…面白そうじゃない?私が靡くか…貴方が諦めるか』
「何だそれは」
『あら、自信が無いの?』
「くだらない」
駄目か。ならば他の方法を…
「しかし道楽には良い…良いだろう」
トムの事だから何か嫌な手でも思い付いたんだろう。だが今はそれを案じている場合では無い。
『受けてくれて嬉しいわ』
麗はニッコリ微笑むと、空に向かって鎖火を投げ上げた。
『御疲れ様』
鎖鎌は空中で一瞬制止すると、跡形も無く消え去った。
「次の金曜は明後日だ…楽しみにしているぞ、麗」
トムはそう一言残すと闇に溶ける様に消え去り、麗はそれを見届けると、パチンと指を鳴らした。辺りにばら撒かれた符が一瞬で燃え尽きる。
続けて詠唱を口にして力を解放すれば“バサッ”という大きな羽音と共に、麗の背に美しい漆黒の翼が生えた。麗は軽く息を吐くと、閉じていた目をゆっくりと開く。
詠唱するなんて久々だったが…やろうと思えばやれるものだ。
「麗!!どういうつもりだ!!」
「アレはならん、主」
そう怒鳴られて振り返ると、楓と七叉が立っていた。
『麻痺の所為もあるけど私の準備不足よ』
「何故、我等が出るのを拒んだ!!」
「庵殿 も拒んだじゃろ」
『これ以上家族を見せるわけにはいかない…庵は特に駄目よ』
「なら!!」
『貴方も駄目よ、七叉。あの人は私と二人を望んでいたのだから…貴方が出たら話では済まなくなってしまう』
本当に殺すことになっていたかも知れない。
『私では手に負えないとでも?』
「そういう問題では…」
『本調子じゃないのが心配なのでしょう?でも任せてもらえないと困るわ』
「……もしもの時は無理にでも」
『後でゆっくり話しましょう。二人共戻りなさい』
不服そうな二人が影に沈んだのを見届けた麗は、バスケットを手に空を舞って部屋の外まで行き、窓から部屋に入ると窓辺のテーブルにバスケットを置いて翼を終った。
『はぁ…気持ちよか』
「どこに行っていた」
『…蒼』
違う部屋にすれば良かった。
部屋では蒼が私のベッドに腰掛けてこちらを睨んでいた。蒼が気配を押し殺していたのもあるが、翼を終うのに夢中になっていて、全然気が付かなかった。
「どこに行っていた…」
蒼は立ち上がると、ゆっくりと麗に歩み寄った。珍しく冷や汗が溢れた。
『宴に…』
「宴なら疾うに終わっている」
『ぇ、嘘?!』
驚く麗を見て、蒼は呆れた様に溜め息を吐いた。
「翡翠はお前を捜しに出て行ったし、シリウスはリビングでお前を待ってる」
トムに構い過ぎた。無視して帰って来た方が良かったかな…いや、それはもっと不味いか。
七叉達も私に構っていたから翡翠の連絡も気付かなかっただろう……これは後で怒られるなぁ。
「聞いているのか?」
『き、聞いてるよ!』
蒼に睨まれ、麗は慌ててそう返事を返した。しかし視線は蒼に合わせようとはしない。
蒼は怒らせると目が恐い。もう…眼力だけで人を殺せる気さえする。
他の人になら睨まれても罵られても平気なのに…私って家族に弱い。本当…弱過ぎて困る。
『御免ね、蒼…今度はちゃんと帰ってくるから…』
麗は蒼にバスケットを手渡すと、蒼を見据えた。
『ご飯作るから…待ってて?先にシリウスに会ってきちゃうから』
蒼は受け取ったバスケットの中を見ると、再び溜め息を吐いた。
「食材」
『ぅ…そ、そうなの。今から一から作るの』
「とっとと行ってこい…シリウスが待ってる」
『はい』
「麗…」
『ん?』
「今回は問いつめ無い…その代わり次はちゃんと帰ってこい」
『うん』
思わず頬が緩んだ。
蒼を置いてシリウスの待つリビングへ急ぎ足で向かった。
随分と待たせてしまった筈だから…
──キャハハハハハ!
何時まで…閉じ込めておくつもりだ?
麗が帰って来たのは分かっていた。
窓が開く音がしたし、内容は分からなかったが、微かに話し声も聞こえた。でもだからといって二人が話している部屋に入って行く事はしなかった。
俺は…唯ひたすら考えていた。
麗は秘密を持っているからこそ人間だと言った。だが、そんなのは屁理屈だ。言えないなら言えないとはっきり言えば良いのに…麗の秘密…
何で言えない?
何故、俺達に話せない…?
どうせ翡翠達は知っているんだろ?
麗にとって俺達の存在は…
『シリウス?』
気が付いたら麗の顔が目の前にあった。
惚けていた俺を不思議に思い、顔を覗き込んできたらしい。
『考え事は終わった?』
「ぁ…あぁ」
そう返事をすると、麗は俺の隣に座り、魔法で紅茶を入れた。
『その割にはすっきりしてなさそうだけど?』
それは答えが無いからだ。考えても、考えても俺は麗を知る事等出来無い。
『で…何の御用かしら?』
「…何で言えないんだ」
麗は紅茶を一口、口にすると砂糖を足しながら口を開いた。
『何を………あぁ、そういう事ね……言ったでしょシリウス、秘密があるからこそ…』
「違う!!」
つい声を上げてしまい、麗を見ると、麗は驚いて目を見開いていた。
そうじゃ無いんだ…
「言えない理由を聞きたいんだ。俺達は…そんなに頼りないか?」
『違うよ…』
「じゃあ、何で」
何で…
麗は紅茶をティースプーンで掻き混ぜながらポツリ、ポツリと呟く様に話し出した。
『秘密を言わないのは、私が酷く弱くて醜いからよ。秘密を明かした後、誰もが私の事を拒絶するわ』
「そんな事!」
『あるわ。私は受け入れられるモノでは無い。私は拒絶されるのが怖い』
違う…違う、本当は…
俺は──…
『折角、手に入れたモノを無くしたく無い。だから無くす危険を犯す事は…私には出来ないの』
まるで未来を知っているかの様に話す麗の表情はとても哀しそうで…とても苦しそうで…俺はそれ以上聞けなかった。
「…分かった」
本当は分かって等いなかった。納得してなかった。
『聞きたいのはそれだけ?』
「もう一つある…」
本当に聞きたいのはこっちだった。ずっと考えていた事だ。
恐らくリーマスがこの頃考え込んでいるのも同じ内容の筈だ。
「俺は麗に何をしてやれるんだ…?」
『私に…?』
これに答えてくれるなら…もう、秘密なんかあっても良いとさえ思えるかもしれない。
「麗は…勉強も運動も家事も何でも出来る」
歌手になった今なら一人で生きていく事だって可能だ。
「何でも難無く熟す。そんな麗に俺は何が出来るんだ?何をしてやれる?」
色々考えたんだ。
麗は外国から…しかも異世界から来たのに言葉に不自由等していない。此の世界の知識もあるし、魔法技術や勉強は優秀だ。運動だってそこら辺の奴より出来る。何かを教える必要は無い。
他にも色々考えたんだ。俺に出来る事を…
でも翡翠に意見を求めた結果、全部却下した。
俺が考えた事は完璧な麗の前では全て不要だった。
なぁ、麗…俺は何をしてやれる?
『側にいて欲しいな』
「側に…?」
麗の答えは想像したモノとは全然違っていた。
『うん、側にいて欲しい』
そんな…
「そんな…そんなもので良いのか?」
そんな簡単で、普通で、当たり前な事で…
『大事な事だよ!私、シリウス達が初めての友達だし…シリウス達が居ないと凄く寂しいな』
麗はクスクス笑いながら答え、シリウスはそれに答える様に微笑んだ。
「分かった…ずっと側にいる」
『ずっと?凄く嬉しい…有難う、シリウス』
そう言った麗の笑顔はとても綺麗で…
麗にはずっと笑っていて欲しいと思った。
『ねぇ、シリウス』
「ん?」
『歌、聴いていかない?何だか凄く歌いたい気分なの』
「聴く」
ラッキーだった。まあ、今の所リーマスの方が得してるし…良いか。
麗は暖炉の前に立つと、宴の時にした様にドレスの裾を摘んで一礼し、歌い出した。
切なげで綺麗な旋律にそういう詩が重なり合った綺麗な歌だった。
麗はやっぱり歌が上手い…聴いていて涙が出そうになった。
『有難う』
そう口にすると、麗は照れた様に笑った。
なあ、麗…俺は…
お前の事が好きみたいだ…
「なぁ、麗」
“部屋に帰る”とソファーを立ったシリウスは、思い出した様にそう切り出した。
『何?』
「お前、悪戯好きだよな?」
シリウスの質問に、麗は不思議そうに首を傾げた。
『寧ろ嫌いな人なんかいるの?』
「上等」
『まぁ、セブに仕掛け無いならだけど』
実は時々リーマスと一緒にアルバスに悪戯をしているくらいだ。今まで悪戯を出来無い環境にいた所為か、楽しくて仕方無い。
「ジェームズから伝言だ」
『伝言…?』
「“悪戯仕掛人から麗・皐月嬢に名を授ける。君は今日から悪戯仕掛人の一人、歌姫《シャントゥール》だ…エヘッ”だそうだ」
『……は?』
いや、そんな事いきなり言われても…しかも“エヘッ”って…
「麗は今日から俺達の悪戯仲間だ」
『何だかリリーに怒られそうね』
「お前はリリーみたいに良い子ちゃんじゃねぇだろ“シャントゥール”」
『はいはい、分かったわ“パッドフット”でもセブには仕掛け無いからね』
麗は小さく舌打ちをするシリウスの頬を摘むと、横に引っ張り、ニッコリと微笑んだ。
「痛ッ、痛ははは!!」
『セブルスには仕掛け無いし仕掛けさせ無いからね!分かったら、返事!』
「ふぁい」
シリウスは頬の痛みに涙目になりながら、涙を流さない様に我慢してそう答えた。
御免ね、シリウス…教えられ無いの。
未来がこれ以上変わるのが怖いから。
何より、私は…
拒絶されるのが…
本当に、酷く怖かった──…
「本当にお一人で行かれるのですか?」
「あぁ、行く」
「しかしホグワーツへ行くのは危険です。あそこには」
「何度言わせる」
「…申し訳ございません」
「あのジジイに劣ると?」
「とんでもございません!」
「ならば黙って待っていろ」
「はっ」
「面白い土産を持ってきてやる」
=忍び寄る手=
厨房の屋敷しもべは、今日も丁寧で優しくて元気だ。
追加で欲しくなった材料を分けてもらいに行くと、直ぐに用意してくれた挙げ句バスケットまで貸してくれた。バスケットに漆黒のドレスという奇妙な格好で、ホグワーツの冷たい廊下をグリフィンドール寮に向かって歩く。一度校長室に寄って着替えれば良かったと心底思った。見た目はこんなんだし、何より凄く動き辛い。
麗はふと足を止めると考えた。他に家の無い私は、あの部屋を自由に使って良いと許可を得ている。ならば部屋に冷蔵庫と食品庫を備えれば良いではないか。何で私は毎日、蒼に買い物に行って貰っていたんだろうか……これで買い溜めが出来る!
そして今の状況。
抜け出す許可を得ている私以外、皆宴で大広間に集まっているのだから、人目を気にする必要は無い。構わず“飛んでしまえば”良いのだ。麻痺の確認も出来る。
麗は、廊下の窓から中庭に飛び降りると、夜空を見上げた。
『今日は三日月か…狼のリーマスに会うの楽しみだな』
瞬間、木の影に気配を感じた。急に現れた気配だった。
魔法で移動してきた?
結界が張られてるホグワーツを…?
麗はバスケットを安全な所に置くと、気配の主に向き直った。
『今晩は…どちら様?』
麗が問い掛けると、相手はクスクス笑いながら木の影から出て来た。
「俺様だ、麗」
黒いローブを被った…声色からするに男。どこかで聞いた事のある声だった。
「…僕だよ、麗」
麗が不思議そうにしていると、男がローブに手を掛けた。ローブの下から黒髪と緋眼が現れる…
『…トム』
名前を口にすると、トムは満足したようにニッコリ微笑み、手を差し出した。
「麗、迎えに来たよ」
麗は差し出された手を見据えはしたが、取ろうとはしなかった。
『…一緒には行けない』
麗の答えに反応し、トムは不機嫌そうに眉を寄せた。
「…抗うと?」
『ここが私の家だもん…』
「家…ここがか?この腐りきった学校がか?」
『そうだよ』
一緒に行けば色々な意味で危険だが、トムを説得しやすいかもしれない。でも、ここにはアルバス達がいる。
優しくしてくれた人達が居る。
「お前にはお前に相応しい場所がある。お前の帰るべき所は俺の所だ。こんな所じゃない」
『私の帰るべき所はここだよ…それに残して行けない人達がいる』
翡翠と蒼、七叉に楓。それに七叉と楓が“出れる”ならもっと沢山の家族……蒼は兎も角、此の世界の者じゃ無い他の皆を置いてなど行けない。
何とかして…
元の世界に戻らないと──…
「ならばソイツ等を殺す」
そう言うトムの冷たい瞳は見覚えがあった。
昔の“私達”に似ている…
『…本気かしら?』
「本気だ。今から行こう」
トムが杖を取り出し、麗は飛び退く様に少し距離を取った。
『その前に私が貴方を殺すわ…そして私も死ぬ』
殺したく無い…
「俺様を殺す?」
『えぇ、簡単な事だわ』
「ほぅ…」
麻痺した身体では難しいが本来“出来る”事だ。封印さえ解いてしまえば麻痺等関係無い。
そう思った瞬間、頭に激痛が走り、麗は頭を抱えた。
殺したくな…
さっさと殺しちまおう。
「どうした、麗?」
瞬間、トムの杖の先から出た光が麗の喉に巻き付いた。
『ッ…!』
「具合が悪い様だな、好都合だ」
麗は手を首に添える様に当てながら、トムを見据えた。
迷わず首を狙った…まさか…
「お前の声は不思議な力があるからな。杖は…その格好では杖を持っていないな」
やはり声の事がバレている。どうして…?
トムは楽しそうにクスクス笑いながら口を開いた。
「昼に森で不思議なモノを見てね」
あの空間で、見られている事に気付かないだなんて…危険だ。早急に力を取り戻さなくてはならない。
「あんなの初めてみたよ。あれは何て魔法なんだい?」
どうやってこの状況を処理しようか。
力が麻痺している今、詠唱無しに使えるのは簡単な術や魔法だけ…首輪の様に巻き付いた魔法の所為で詠唱は出来無いし、謳う事等以ての外だ。
…やりたくないが、仕方無いか。
「どうした?黙り込んで…あぁ、話せないんだったな」
“じゃあ”と言ってトムの杖を持った手が動くより早く、麗は地を蹴った。一気に距離を縮め、トムの懐に潜り込むと顎に向けて平手を突き上げる。
「ッ…!?」
後ろに倒れる様にして寸でで“それ”を避けたトムが崩れた体勢を立て直す前に、麗は身体を捻ってトムを横殴りに蹴り飛ばした。
瞬間、くぐもった声と共にトムの握り締めた杖の先が光り、麗は慌てて飛び退く。そして自分目掛けて伸びる光りをギリギリまで引き付けると、再び飛び退いてそれを避けた。
つもりだった。
『ッ…!!』
カクンと急に方向を変えた光りは、空中で##NANE1##に当たって弾けた。ビリビリと電撃をくらった様に身体が痺れて、無様に地に転がる。
「追尾するんだよ?いいだろう」
避けたのに当たる訳だ。見事に命中したし、崩れた瞬間に地に触れた部分が摩擦で焼けて皮膚が剥けた。地面に自分の血が染み込んでいくのが見える。
「いやぁ、驚いた。そんなに動けると思わなかったよ…と言うかあんなに動く人間を初めて見たよ」
そりゃどうも、そんなの褒められた気はしねぇがな。
麗は、心の中でそう悪態をつきながらジッと自分の血を見詰めた。漆黒の瞳が淡く緋色に光る…
「さぁ、行こうか麗」
ニッコリと微笑んだトムがゆっくり近付いて来る中、麗は口角を上げてニヤリと笑った。
『油断しちゃ駄目よ』
一瞬だった。
瞬きをした瞬間、目の前には既に麗が居て、トムは体当たりをされる様に地面に押し倒された。
背中への衝撃に思わず目を瞑ったトムが次に見たのは、妖艶に笑う麗が自分の杖を握り潰す様に折っている姿だった。
「な…」
『まぁ、私が言えた事じゃないけど』
麗はゆっくりと立ち上がった。美しく妖笑を浮かべた麗の首には短冊形に切られた羊皮紙が巻き付いていた。羊皮紙には赤い文字が書かれている。
『確かに貴方の言うとおり、私の声には魔力があるわ。でも謳わなきゃ効果は無い』
「何をした」
『さぁ?』
麻痺はしていても力が無くなったのではないのだから、身体の一部である血を使って“符”を作れば充分な代物を作る事が出来る。
後は力技だ。私の身体は戦える様に出来ている。
『術解とか…色々使えるのよ。こんな事もあろうかと作っておいて良かったわ』
麗がドレスを捲り上げると、符が貼られた綺麗な脚には小さなポーチが巻かれていた。
『まぁ、学校に侵入してくるとは思わなかったけど…杖が持てないからと念を入れて良かったわ』
麗はポーチから符を出し、摩擦で焼けた頬をその符で撫でる。すると血の後が消え、一瞬にして傷が綺麗に塞がった。
「わざと転んだか…だがもう
“ならば近付かず捕らえれば良い”と言ってニヤリと笑うトムに、麗はニコリと笑い返した。
『
そう言ってポーチに入っていた符を全て辺りに撒いた麗は、指の腹に歯を立てると、その手を真っ直ぐに上に上げた。
「何を…」
『焼き尽くせ、我を阻む総てを』
そう口にした瞬間放たれたトムの魔法を手元に現れた鎌鎖で弾き飛ばした麗は、柄にそっと口付けた。
そして鎖鎌を大きく投げた麗が消え去り、トムは首元に冷たい感覚を覚えた。
麗がトムの後方に回り込み、首に鎌を突き付けたのだ。
『気を付けてね、トム…この子は火を噴くわよ』
麗がそう警告するとトムは手を首元に寄せたが、それは鎖鎌を更に近付ける事になった。
「何なんだその鎌は」
麗はトムが手を降ろすのを見ると、トムから離れて一定の距離を保った。
『術…式…あぁ、何かしらね?』
トムが愉快そうに口角を上げて笑った。そういう風に笑われると、嫌な予感がして嫌だ。
「流石“神子”だな。ただの混血では無い」
麗は“神子”という言葉に驚いたが、平静を装った。
『駄目よ、大人しくなさい』
頭に響く第三者の声にそう囁いて返すと、麗はニッコリと微笑んだ。
『日本の文献でも読んだの?』
「…少しな」
『勉強熱心ですこと…でもね、早とちりよ。勉強不足ね』
「ふむ…勉強し直すかな」
『……ねぇ、トム…』
「何だ」
…私は……
──クク、キャハハハハ…
『私…貴方を殺したく無い』
殺したく無い。
──嘘つき…
でも、ここで私が殺らなければ、もしかしたら家族が危険な目に合うかもしれない。
解決策は一つだけあった…
「ならば一緒に来れば良い」
そう…それが手っ取り早い解決策だ。
家族を封印して私がトムの元に行けば取り敢えずは落ち着く。けど…
『行けないよ』
封印は絶対では無い。解かれてしまう可能性はゼロでは無いのだ。そして解かれてしまえば彼等は確実に暴走する…それに何より私は家族と一緒に居たかった。
家族には私が必要で、私には家族が必要だ。依存していると言われてしまっては終わりだが、これが私達だ。何とか説得を……説得?
『金曜日』
「は?」
『毎週金曜の夜は時間作れるかしら?』
麗は急にニッコリ微笑むと、トムにそう問掛けた。
「……は?」
『私を説得してみない?』
「説得…お前をか?」
『そう、私を説得してみてよ…面白そうじゃない?私が靡くか…貴方が諦めるか』
「何だそれは」
『あら、自信が無いの?』
「くだらない」
駄目か。ならば他の方法を…
「しかし道楽には良い…良いだろう」
トムの事だから何か嫌な手でも思い付いたんだろう。だが今はそれを案じている場合では無い。
『受けてくれて嬉しいわ』
麗はニッコリ微笑むと、空に向かって鎖火を投げ上げた。
『御疲れ様』
鎖鎌は空中で一瞬制止すると、跡形も無く消え去った。
「次の金曜は明後日だ…楽しみにしているぞ、麗」
トムはそう一言残すと闇に溶ける様に消え去り、麗はそれを見届けると、パチンと指を鳴らした。辺りにばら撒かれた符が一瞬で燃え尽きる。
続けて詠唱を口にして力を解放すれば“バサッ”という大きな羽音と共に、麗の背に美しい漆黒の翼が生えた。麗は軽く息を吐くと、閉じていた目をゆっくりと開く。
詠唱するなんて久々だったが…やろうと思えばやれるものだ。
「麗!!どういうつもりだ!!」
「アレはならん、主」
そう怒鳴られて振り返ると、楓と七叉が立っていた。
『麻痺の所為もあるけど私の準備不足よ』
「何故、我等が出るのを拒んだ!!」
「
『これ以上家族を見せるわけにはいかない…庵は特に駄目よ』
「なら!!」
『貴方も駄目よ、七叉。あの人は私と二人を望んでいたのだから…貴方が出たら話では済まなくなってしまう』
本当に殺すことになっていたかも知れない。
『私では手に負えないとでも?』
「そういう問題では…」
『本調子じゃないのが心配なのでしょう?でも任せてもらえないと困るわ』
「……もしもの時は無理にでも」
『後でゆっくり話しましょう。二人共戻りなさい』
不服そうな二人が影に沈んだのを見届けた麗は、バスケットを手に空を舞って部屋の外まで行き、窓から部屋に入ると窓辺のテーブルにバスケットを置いて翼を終った。
『はぁ…気持ちよか』
「どこに行っていた」
『…蒼』
違う部屋にすれば良かった。
部屋では蒼が私のベッドに腰掛けてこちらを睨んでいた。蒼が気配を押し殺していたのもあるが、翼を終うのに夢中になっていて、全然気が付かなかった。
「どこに行っていた…」
蒼は立ち上がると、ゆっくりと麗に歩み寄った。珍しく冷や汗が溢れた。
『宴に…』
「宴なら疾うに終わっている」
『ぇ、嘘?!』
驚く麗を見て、蒼は呆れた様に溜め息を吐いた。
「翡翠はお前を捜しに出て行ったし、シリウスはリビングでお前を待ってる」
トムに構い過ぎた。無視して帰って来た方が良かったかな…いや、それはもっと不味いか。
七叉達も私に構っていたから翡翠の連絡も気付かなかっただろう……これは後で怒られるなぁ。
「聞いているのか?」
『き、聞いてるよ!』
蒼に睨まれ、麗は慌ててそう返事を返した。しかし視線は蒼に合わせようとはしない。
蒼は怒らせると目が恐い。もう…眼力だけで人を殺せる気さえする。
他の人になら睨まれても罵られても平気なのに…私って家族に弱い。本当…弱過ぎて困る。
『御免ね、蒼…今度はちゃんと帰ってくるから…』
麗は蒼にバスケットを手渡すと、蒼を見据えた。
『ご飯作るから…待ってて?先にシリウスに会ってきちゃうから』
蒼は受け取ったバスケットの中を見ると、再び溜め息を吐いた。
「食材」
『ぅ…そ、そうなの。今から一から作るの』
「とっとと行ってこい…シリウスが待ってる」
『はい』
「麗…」
『ん?』
「今回は問いつめ無い…その代わり次はちゃんと帰ってこい」
『うん』
思わず頬が緩んだ。
蒼を置いてシリウスの待つリビングへ急ぎ足で向かった。
随分と待たせてしまった筈だから…
──キャハハハハハ!
何時まで…閉じ込めておくつもりだ?
麗が帰って来たのは分かっていた。
窓が開く音がしたし、内容は分からなかったが、微かに話し声も聞こえた。でもだからといって二人が話している部屋に入って行く事はしなかった。
俺は…唯ひたすら考えていた。
麗は秘密を持っているからこそ人間だと言った。だが、そんなのは屁理屈だ。言えないなら言えないとはっきり言えば良いのに…麗の秘密…
何で言えない?
何故、俺達に話せない…?
どうせ翡翠達は知っているんだろ?
麗にとって俺達の存在は…
『シリウス?』
気が付いたら麗の顔が目の前にあった。
惚けていた俺を不思議に思い、顔を覗き込んできたらしい。
『考え事は終わった?』
「ぁ…あぁ」
そう返事をすると、麗は俺の隣に座り、魔法で紅茶を入れた。
『その割にはすっきりしてなさそうだけど?』
それは答えが無いからだ。考えても、考えても俺は麗を知る事等出来無い。
『で…何の御用かしら?』
「…何で言えないんだ」
麗は紅茶を一口、口にすると砂糖を足しながら口を開いた。
『何を………あぁ、そういう事ね……言ったでしょシリウス、秘密があるからこそ…』
「違う!!」
つい声を上げてしまい、麗を見ると、麗は驚いて目を見開いていた。
そうじゃ無いんだ…
「言えない理由を聞きたいんだ。俺達は…そんなに頼りないか?」
『違うよ…』
「じゃあ、何で」
何で…
麗は紅茶をティースプーンで掻き混ぜながらポツリ、ポツリと呟く様に話し出した。
『秘密を言わないのは、私が酷く弱くて醜いからよ。秘密を明かした後、誰もが私の事を拒絶するわ』
「そんな事!」
『あるわ。私は受け入れられるモノでは無い。私は拒絶されるのが怖い』
違う…違う、本当は…
俺は──…
『折角、手に入れたモノを無くしたく無い。だから無くす危険を犯す事は…私には出来ないの』
まるで未来を知っているかの様に話す麗の表情はとても哀しそうで…とても苦しそうで…俺はそれ以上聞けなかった。
「…分かった」
本当は分かって等いなかった。納得してなかった。
『聞きたいのはそれだけ?』
「もう一つある…」
本当に聞きたいのはこっちだった。ずっと考えていた事だ。
恐らくリーマスがこの頃考え込んでいるのも同じ内容の筈だ。
「俺は麗に何をしてやれるんだ…?」
『私に…?』
これに答えてくれるなら…もう、秘密なんかあっても良いとさえ思えるかもしれない。
「麗は…勉強も運動も家事も何でも出来る」
歌手になった今なら一人で生きていく事だって可能だ。
「何でも難無く熟す。そんな麗に俺は何が出来るんだ?何をしてやれる?」
色々考えたんだ。
麗は外国から…しかも異世界から来たのに言葉に不自由等していない。此の世界の知識もあるし、魔法技術や勉強は優秀だ。運動だってそこら辺の奴より出来る。何かを教える必要は無い。
他にも色々考えたんだ。俺に出来る事を…
でも翡翠に意見を求めた結果、全部却下した。
俺が考えた事は完璧な麗の前では全て不要だった。
なぁ、麗…俺は何をしてやれる?
『側にいて欲しいな』
「側に…?」
麗の答えは想像したモノとは全然違っていた。
『うん、側にいて欲しい』
そんな…
「そんな…そんなもので良いのか?」
そんな簡単で、普通で、当たり前な事で…
『大事な事だよ!私、シリウス達が初めての友達だし…シリウス達が居ないと凄く寂しいな』
麗はクスクス笑いながら答え、シリウスはそれに答える様に微笑んだ。
「分かった…ずっと側にいる」
『ずっと?凄く嬉しい…有難う、シリウス』
そう言った麗の笑顔はとても綺麗で…
麗にはずっと笑っていて欲しいと思った。
『ねぇ、シリウス』
「ん?」
『歌、聴いていかない?何だか凄く歌いたい気分なの』
「聴く」
ラッキーだった。まあ、今の所リーマスの方が得してるし…良いか。
麗は暖炉の前に立つと、宴の時にした様にドレスの裾を摘んで一礼し、歌い出した。
切なげで綺麗な旋律にそういう詩が重なり合った綺麗な歌だった。
麗はやっぱり歌が上手い…聴いていて涙が出そうになった。
『有難う』
そう口にすると、麗は照れた様に笑った。
なあ、麗…俺は…
お前の事が好きみたいだ…
「なぁ、麗」
“部屋に帰る”とソファーを立ったシリウスは、思い出した様にそう切り出した。
『何?』
「お前、悪戯好きだよな?」
シリウスの質問に、麗は不思議そうに首を傾げた。
『寧ろ嫌いな人なんかいるの?』
「上等」
『まぁ、セブに仕掛け無いならだけど』
実は時々リーマスと一緒にアルバスに悪戯をしているくらいだ。今まで悪戯を出来無い環境にいた所為か、楽しくて仕方無い。
「ジェームズから伝言だ」
『伝言…?』
「“悪戯仕掛人から麗・皐月嬢に名を授ける。君は今日から悪戯仕掛人の一人、歌姫《シャントゥール》だ…エヘッ”だそうだ」
『……は?』
いや、そんな事いきなり言われても…しかも“エヘッ”って…
「麗は今日から俺達の悪戯仲間だ」
『何だかリリーに怒られそうね』
「お前はリリーみたいに良い子ちゃんじゃねぇだろ“シャントゥール”」
『はいはい、分かったわ“パッドフット”でもセブには仕掛け無いからね』
麗は小さく舌打ちをするシリウスの頬を摘むと、横に引っ張り、ニッコリと微笑んだ。
「痛ッ、痛ははは!!」
『セブルスには仕掛け無いし仕掛けさせ無いからね!分かったら、返事!』
「ふぁい」
シリウスは頬の痛みに涙目になりながら、涙を流さない様に我慢してそう答えた。
御免ね、シリウス…教えられ無いの。
未来がこれ以上変わるのが怖いから。
何より、私は…
拒絶されるのが…
本当に、酷く怖かった──…