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第1章 始マリノ謳

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15





「またお前か」



『だって読み終わっちゃったんだもの』
図書室のカウンターに昨夜借りた本を積んだを見て、司書は溜め息を吐いた。
「もっとゆっくり読めないのか」
『ゆっくり読んでたらこれ全部読みきれないもの』
「全部って……もしかして図書室の本を全部読む気か?」

『え?勿論』

更に大きな溜め息を吐いた司書は、カウンターの裏から一冊の本を取り出した。
「頼まれていたものだ」
『有難う!!』
目をキラキラと輝かせたは、本をギュッと抱き締めて駆けて行った。
“後で返しに来る”と残して。


「あいつ…出掛ける前に返す気か」


広い広い図書室の小さなカウンターの内側…司書の指定席には今日も深い溜め息が小さく響く。





=小さな命=






『ぇ……は?』


太陽が高々と上り、昼食の時間が近付いた頃…中庭の木陰でリーマスと一緒に読書をしていたは思わず声を洩らした。
「どうしたんだい?」
『いや…あの』
原因は鷹の蒼が届けてくれた一通の手紙。此の世界での祖父、アルバス・ダンブルドアから届いた物だ。そしてこの手紙、強制的な仕事の依頼書でもあった。
“今日のハロウィーンの宴の余興で歌っておくれ”って…何で皆の前で歌わなきゃいけないの。グリフィンドール寮内ならまだしも大広間で全員の前で歌えと?
寮内ならリリーに強請られて一回経験済みだけど…それも恥ずかしくて嫌だった。大広間は余計ハードルが高い…


『蒼…アルバスの様子が怪しかったら届けなくて良いのよ?』


と言うか、もう手紙が怪しい。同じ敷地内に居るんだから、何か用があるなら呼び出せば良いのだ。
蒼が“悪い”と言いながら申し訳なさそうに頭を下げた。言ったら怒られるだろうが、仕草が実に可愛らしかった。

「で、どうしたんだい?」

隣りで本を読んでいたリーマスが、読みかけの本を閉じて問い掛けてくるがは答え様とはしない。答えたく無いのだ。
『夜になれば分かるよ、リーマス…蒼、アルバスの所に』
「受けるのか?」

『仕方無いわ。借りがあるもん…そもそもまだ収入が無いしね』

アルバスには借金がある。頼みを断るだなんて事出来無い。
それに歌の仕事は今日から、他の仕事はまだ依頼待ちの状態で収入が無い。
「…買い物も行っておく」
『うん、有難う』
蒼が飛んで行くのを見送っていると、不意にリーマスがの腕を掴んだ。
『何、リーマス?』
「気になるんだ」
気になるって言われても…はっきり言ってこっちとしては言いたく無い。それにサプライズだろうし。
数分のリーマスの粘りにより、は漸く諦めた。


『…宴の余興で歌う様に言われたのよ』


「本当かい?余興か…楽しみだね」
『私は楽しみじゃ無いわ』
拗ねたが溜め息を吐いた瞬間、リーマスは何かを思い付いた様でニコリと笑った。
「ねぇ、…」
『何?』



「今の事、ジェームズ達には黙ってるから、一つお願い聞いてよ」



『ジェームズ…』
ジェームズの名を聞いたは、ジェームズにバレた時の事を想像してみた。

凄く困る。

ジェームズの事だから何か仕掛けてくるに決まっている。
『……御願いって何?』
不機嫌そうに膨れたを見て、リーマスは楽しそうに笑うとの手を取った。


「今日のホグズミードは僕と二人っきりで行動してね」


『……それで良いの…?』
もっと無理難題を言われるのかと思っていた。リーマスは“十分だよ”と言って微笑むと握っていたの手を離した。
『じゃあ、部屋に帰って支度してくるね…リーマスはどうする?』
「僕はここで待ってるよ」
『じゃあ、後でね』
は“とびきりオシャレしておいで”と言うリーマスと笑って別れると、図書室に向かった。図書室に着いたは勢い良くドアを開けた。


『先~生!!』


!ここでは静かにしろと…」
静かな室内に賑やかに入って来たを見た司書は慌てて席を立ち上がった。
『本を返しに来…』
司書に近付きながら、図書室の窓際の席に見慣れた顔を見付けたは、持っていた本を司書に向かって投げると、慌ててそちらへ駆けて行った。司書が何か騒いでいたが気にしない。


『セブルス!!』


名前を呼ぶ声に反応したセブルスは、視線を本から声の主に向けた。
「…か」
『セブ、何読んでるの?薬学? 防衛術?あ、今日のホグズミードには行かないの?』
はセブルスに答える隙を与えぬ勢いで話し、流石に困ったのか、黙って聞いていたセブルスの眉間に皺が寄った。


「…、順番に言え」


『あぁ…御免なさい』
「読んでるのは薬学の本だ。ホグズミードには行かない」
はセブルスの向かいの席に座ると、机に伏せる様に身体を預け、セブルスの顔を覗き込んだ。
『何で行かないの?』
「用が無い」
“用が無い”か…確にセブルスは用が無いと行かないタイプだ。用が無いのに行くならば本でも読んでいた方が良いのだろう。
『じゃあ、今度一緒に行こ?』
「……俺と行ってどうする」


『一緒に本屋さん巡りする』


他の皆と本屋に行ったって詰まらない。一番適しているのはセブルスだ。
「…分かった」
『やった!じゃあ私、支度があるからもう行くね』
「…あぁ」
はセブルスと司書に向かって手を振ると、図書室を後にした。これで次のホグズミードも退屈する事は無いだろう。





『という事だから、翡翠は行くならシリウス達と回ってね』

「嫌だ」





部屋に戻って手早く着替え、財布等をバッグに詰めながら話すに、翡翠は拗ねた様にそう言った。は自分と行くものだと思っていた翡翠は“どれが良いか”と聞かれ、映える服を選んでしまった。リーマスの為に選んだ訳では無い。
と行く」

『駄々を捏ねるな、年長者』

歳を指摘され、翡翠は押し黙った。
確かにかなり年下のに翡翠が駄々を捏ねるのは微妙だ。
『邪魔しないでよ?』
全く、この大妖は…歳上らしくしてほしいものだ。


「俺はどうする?」


ソファーに腰掛け、二人の様子を見ていた蒼がそう口を開いた。
『蒼は御留守番か…行くなら翡翠達とね』
ちょっと冷たいが、他に選択は無い。

「…とではいけないのか?」

蒼まで駄々っ子になった。
『リーマスって言い出したら聞か無いタイプよ、きっと』
二人と言ったら二人なのだ。一緒に来たらきっと怒られる。
「て事は来るんなら俺達とだぜ、馬鹿鳥」
「なら留守番役にまわる」
蒼の無表情は相変わらずだが…不機嫌なのが分かった。本当に時々見せる不機嫌な表情や嬉しい表情、困った表情等が楽しみで仕方無い。

『御土産買ってくるね、蒼』

は鞄を掴むと近くの窓から勢い良く飛び降りた。
翡翠と蒼が窓の下を覗き見ると、術で着地したの姿が小さく見える。

「スカート履いてんだからせめてドアから出て欲しいもんだな」

「確にな…」
翡翠と蒼と別れてリーマスと向かったホグズミードの飾り付けはハロウィーン一色だった。ジェームズ達が私達の後をつけてきているのがバレバレで、その所為でリーマスは不機嫌だった。繋いだ手がとても冷たい。



…ちょっと待っててね」



にこやかに微笑んだリーマスは、を残してジェームズ達に向かって歩いて行った。
リーマスが怒った。
何ともいえぬオーラを放ったリーマスは、怯えるジェームズ達の元へ行くと思い切りジェームズ達を叱りつけた。
ついて来るなって言われたのについてくる方が悪いのよね…?口を挟まないでおこう…うん。

「ただいま、

『御帰りなさい』
暫くして爽やかな笑顔になったリーマスが帰って来た。けどそれより気になるのは…
『ねぇ、リーマス』
「何だい?」
リーマスのスッキリした笑顔が眩しい。



『ジェームズとシリウスが地面にめり込んでる様に見えるんだけど』



遠くの方でジェームズとシリウスが地面にめり込んでいる。
リリーは呆れた顔をしてるし、ピーターはどうする事も出来ず、おろおろ…後ろにいる翡翠は眠たいらしく、地面にめり込んだ二人が見えていない。見えていたら地面を転げ回って大笑いするだろう。

「気の所為だよ」

リーマス曰く地面にめり込んだ二人が見えるのは気の所為らしい。
、次はどこに行きたい?」
微笑んだリーマスがの髪に髪飾りを付けると、二人はまた手を繋いだ。
『これ、どうしたの?』
に似合うと思って…今日の洋服にも合うしね」
『有難う、リーマス』
は空いた方の手で髪飾りに触れると、嬉しそうに微笑んだ。

「どう致しまして…で、どこに行きたい?」

『バタービール飲みたいな』
本屋に行きたかったが、本屋はセブルスと約束してしまった。私だけ先に行くのは嫌だった。
「本屋は行かないのかい?」
なら本屋と言うと思っていたのだろう…リーマスがそう不思議そうに首を傾げた。

『セブと行く約束したの』

「…そうなんだ」
『そうなの、さっき約束したのよ』
「ふ〜ん…」
『えぇ…あ、リーマス、広くて誰もいない所にも行きたいな』
うっかり忘れる所だったが、今日の宴で歌わなければいけないんだった。

『歌の練習したいの…聴いてくれる?』

練習も無しに皆に聴かせる訳にはいかない。じゃないと私は恥ずかしくて次の日から外を歩けなくなる。
「勿論だよ」
『有難う、リーマス』
自然と笑みが浮かび、リーマスも応える様に優しく微笑んでくれた。
リーマスとは買ったバタービールを一本ずつ持ち、少しずつ飲みながらホグズミードの森に入って行った。リーマスの知る限り、広くて人のいない場所など他に思い付かなかったのだ。
森に入って暫くすると少しだけ森が開けた所に出た。
、ここで良いかな?」
『えぇ、完璧!』
辺りを見回したは、近くに倒れてる木を見付けると、近付いてしゃがみ込んだ。

『御免なさいね…暫く座らせてくれる?』

〔何卒御自由に。私は朽ちるしか無いからな〕
は木の幹に振れると、優しく撫でた。
『そんな事無いわ』
〔…お前、話せるのか〕
『えぇ、何を思ってるかちゃんと分かってる』


、何してるんだい?」


しゃがんだまま動かないを不思議に思ったリーマスが近付いて来て、優しくの頭を撫でた。
『座っても良いって、リーマス』
「“座ってもいい”って…君、木と話せるのかい?」

『…私、普通じゃ無いから』

リーマスは小さく笑うと、再度優しくの頭を撫でた。
「僕にとっては、唯の可愛い女の子だよ」
の手を取ってを立たせたリーマスは、ゆっくりと木に腰掛けた。
「失礼するよ」

〔勝手にしろ〕

今度はが笑う番だった。
「どうしたんだい?」
『“勝手にしろ”ですって』
「じゃあ、勝手にさせてもらおうかな」
はクスクス笑いながらリーマスから離れると、リーマスに向き合い一礼した。リーマスが微笑み軽く拍手をする。
は答える様に微笑むと謳い出し、それを耳にしたリーマスはピタリと叩いていた手を止めた。



こんなの…聴いた事が無かった。



唯、上手いだけじゃ無い。不思議な言葉と綺麗なメロディー…
前に談話室で歌ってもらったのは日本語の歌詞の曲だった。勿論、日本語なんて分からない。でも“日本語だ”とは認識出来た。
この歌の言葉は本当に聞いた事の無い言葉だった。髪が銀色に瞳が緋色に変わり歌い続けるコレは…

の言葉…?」

あの日…翡翠の後を追いかけて最初に開かずの間に入ったあの時に聴いたあの歌に似ていた。圧倒的に違うのは、身体がじんわりと温まり軽くなっていくこの感覚だけ…



『えっと…どうだった?』



いつの間にか終わっていたらしいく、が不安そうにこっちを見ていた。

「とても良かったよ」

リーマスはそう言って微笑んだ。そうする事しか出来なかった。
『リーマス、疲れてそうだったから…それに効く様に謳ったんだけど…どう?』
「そんな事出来るの?」
『あ…』
「え…?」
どうやら秘密だった様だ。の表情が固まったのがよく分かる。

「秘密だね、

『うん、そうね…有難う』
照れた様に笑うが、僕が疲れている事に気付いていたのが無償に嬉しかった。
「ちゃんと効いたよ。ありがとう、
『良かった』
「満月の前とか満月の日に歌ってくれると嬉しいな」
ちょっと調子にのって我が儘を言ってみる。を独り占めしたいという願望が生まれた気がした。



『分かったわ』



多少、邪な事を考えているとあっさり承諾された。
「え…いいの?」

『リーマスが望むなら、いくらでも謳うよ』

優しい笑顔の下では何を思っているんだろう。
『リーマス、ちょっと立って』
「何だい?」
に足され、リーマスは腰を上げた。
『ちょっと隣にいてね』
はリーマスの腕に自分の腕を絡めるとリーマスを引っ張って木から離れた。

『見ててね、リーマス』

返事を返す前に、リーマスから手を離したは、また歌いだした。さっきの曲と違う…開かずの間で聴いた歌と同じ部類の歌だ。先程の“似てる”とは違う。唯、一緒という訳でも無い。
瞬間、先程まで自分が座っていた地に横たわった幹が…折れて倒れていた木が少しずつその身体を起こし出した。
「木が…」
折れた幹は少しずつパキパキと音を立てて繋がり、枯れかけ元気の無かった枝も周りの木のように正常に戻る…
少しすると木は完璧に周りの木々の様に元通りの幹の立派な背の高い木に戻っていた。
は元通りに再生した木に歩み寄ると、額を幹に当て、抱き締める様に優しく幹に腕を回した。


『痛くなかった?』


それだけが心配だった。
〔大丈夫だ…ありがとう、
『どう致しまして』
は微笑んだが、その表情は直ぐに曇った。

『でも私も有難うを言いたいわ……それに御免なさい。私、貴方を魔法の実験に使ったわ』

酷い事をした…謳で治癒は可能だと薄々分かっていたが、完璧に可能なのか確かめたかった。だから折れたこの子を利用した。
〔治してくれたんだ…それくらいは良い〕
『有難う…』
は目を閉じると、そう心から御礼を言った。

〔それより私に名前をくれないか?次に来たときお前が私を分かる様に〕

『名前…』
〔お前の好きな名を〕
は少し考え込むと口を開いた。



かい





──お姉ちゃん…
ボクが元気になったら外で一緒に遊ぼう。



皆に内緒でお姉ちゃんを独り占めするんだ。


御祖父様の目を盗んでお姉ちゃんを連れ出すから…

千代に怒られながら庭を駆けて、桜華に会いに行こう。

疲れたら草原に寝転がって休んで、お腹が空いたら野苺を食べるんだ。

夕日が沈むのを見て…
また草原に寝転んでお姉ちゃんの好きな星空を眺めよう…

勝手に大事なお姉ちゃんを連れ出したボクは、きっと皆に怒られるんだろうな。

ねぇ、楽しみだね…
何もかもが楽しみだね…





お姉ちゃん──…






海…
何も知らない私の弟──…


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