第1章 始マリノ謳
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13
初めて会った日。
冷たくて、ひんやりしてて…
異様に静かな廊下を二人で歩くのは苦じゃなかった。
少し不機嫌だったけど、それでも優しい貴方と繋いだ手がとても温かかったのをよく覚えている。
=プロポーズ=
ルシウスのエスコートで連れられ着いた先は…スリザリン寮だった。
腰に回された腕に押される様にスリザリン寮内に足を踏み入れ、談話室のソファーに座らされる。
『あの…ルシウスさん』
「何かね」
麗をソファーに座らせたルシウスは、紅茶を淹れ始めた。
『私、一応グリフィンドール生なのですが…』
「そんな事は知っている」
『私、ここに入っちゃ駄目じゃない?』
「構わない。それより何だその“さん”付けは…止めて良い」
『じゃあ、ルシウス』
“何だ”と言いながらカップを手渡される。自前であろう綺麗なティーカップ高そうな葉の良い香り。
『やっぱりどこか違う場所の方が良いんじゃないかしら?』
人払いは済ませてある様で誰もいないが、そういう問題でも無い。
普通入ったら駄目だろうし、スリザリンの寮監はスラグホーンだ。バレたら一番楽だが一番面倒臭い。
麗は一息吐くと、紅茶を一口口にした。
『美味しいわ、ルシウス』
「それは光栄だ」
麗はティーカップから口を離すと、高そうなそれを落とさない様にしっかりと両手に納めた。
瞬間、ルシウスが笑った。
麗が驚いた顔をしていると、ルシウスは不思議そうに眉を寄せた。
「…何かね」
『ルシウス、今笑った』
「私だって笑う事くらいある」
『そうね』
自然と笑顔になる…ルシウスがあんな風に笑う何て思わなかったから。たったそれだけの事が何故かとても嬉しかった。
ルシウスは楽しそうに笑う麗を見ると、麗の頭を優しく撫でた。
『何?』
「何でも無い」
こうやって頭を撫でられるのは、生活に染み付いた当たり前の事だった。しかし今は…私を撫でる手は翡翠のもの唯一つだ。だからか、ルシウスに撫でられるのは初めてなのに、懐かしい感覚に襲われる。
『…ルシウス、紅茶が』
瞬間、顎に手を添えられ軽く上を向かされ…急に目の前が暗くなった。
直ぐには何をされているか分からなかった。そういう“行動”に慣れてしまってる所為もあるが、皆に“変な所が鈍感だ”と言われる意味が分かった気がした。私は少ししてから気付いたのだ。
ルシウスにキスをされている、と。
麗はルシウスを払い退ける為に腕を振り上げた。払い退け……殴る為に。
麗がルシウスの頬に向かって手を振り抜こうとした瞬間…
「貴様、直ぐに主から離れろ。離れぬのならば殺す」
そう第三者の声が響いた。
ルシウスは驚いて麗から少し離れ、麗もまた…驚いた顔をして確かめる様に口を開いた。
『七叉…?』
麗の声に答えるかの様に麗の影の中から、七本の尾を持つ少し大きな狐が姿を現した。
『七叉、貴方…』
「話は後じゃ…遅くなってしまい申し訳無い、主」
「また麗の家族とやらか」
『そうよ………と言うか何してくれてるの』
「別に良いだろ」
“顔が赤いぞ”と言い、笑いながら頬に触れてくるルシウスを、麗を軽く睨み付けた。
『良く無い』
良い訳無い。キスなんて家族意以外とした事無いのに……した事…無い?無い筈だ…私は……
『……初めてじゃ無いから特別に良しとするわ』
「初めてじゃ無いのか…それは残念だな」
小さい頃から家族に良くされてるし…
『何でこんな事…』
「お前は美しい、それに面白い力を持っている。私の妻にぴったりだと思ってね」
『……妻?!』
「この、無礼者め」
『七叉、大丈夫だから…』
「…御意」
『ルシウス、私別に綺麗じゃないし妻には…』
第一、良く知りもしない相手に妻って…何を言ってるのこの人は。
「無自覚か?まぁ、良い…恋人でもいるのか?碧神とか」
『翡翠はそんなんじゃないわ』
「なら問題は無いな。まぁ、恋人であっても関係無いが」
どういう事。話がどんどん進んでいく…
「純血だと尚良いが…お前は純血か?」
『いいえ!残念だけど私の両親はマグルよ!』
「なるほど、それは残念だ。関係無いが」
関係無いの?!てっきりこの話は終わりだと思ったのに!
「主……麗、本当に大丈夫か?」
『だ、大丈夫…』
色々とビックリしただけだ。それよりも早くこの話を切り上げないと…
『ルシウス、私は』
「悪い話ではないだろう。ブラックまではいかんが良い血筋だ」
「だったら黙ってろ、ルシウス」
そう声がして慌てて七叉を影に押し込む様に戻しながら振り向くと、レギュラスとラバスタンが立っていた。
『レギュラス…』
誰か来るとは思ったけどレギュラス達だとは…
「麗、大丈夫〜?ルシウス強引だったでしょ?」
『だ…大丈夫』
「全く…邪魔しないで貰いたいんだがね」
「お前の気にしてたブラックだ。引っ込んでなよ」
「…確かにブラックまではとは言ったが、引く気はないよ」
「麗、モテモテ〜因みに俺にしときなよ。純血だけどコイツらの家みたいに厳しくないよ」
『まぁ…そうなんでしょうけど』
三人共は家柄が良い筈だ。だったら女の子からしたら…玉の輿?なんだろうけど…
『私、家柄に興味は無いもの』
私は…出来る事ならば、元の世界に帰らなければならないから…此の世界で恋人をつくる気なんて元より無い。そもそも私に恋人が出来るとも思って無いし。
「……」
「困ったな、まさか振られるとは」
「アハハ!性格勝負ってなると更に分が悪いなルシウスは」
「本当に失礼だな、貴様は」
『ルシウス、私を呼んだ本題は?』
「本題は今のだ」
嘘でしょ。
『……じゃあ、餌の方は?』
「そういう話だったな」
ルシウスは懐から黒い手帳を取り出して手渡してきた。
『これ…』
「それを麗に貸そうと思ってね」
手帳をペラペラと捲る。黒い表紙に真っ白で何も書かれていない…恐らくトムの記憶の日記だろう。これをルシウスが既に持っていたとは思わなかった。
「近々取りに行く。それまでそれは麗が持っていると良い」
『有難う、ルシウス』
罠かもしれないが…若いトムに探りを入れられるかもしれない。
「さっきのキスは代金として貰っておこう」
『まぁ、安い代金ね』
「安い?ほう、ではもう一度…」
『いえいえ、高い代金でした。もうこれ以上払えるモノは無いわ』
トムの日記を手に出来るなら安いと思ったが失言だった。危ない、危ない…
『じゃあ、私は帰るわね』
「おや、もう帰るのか」
「つまんねーの」
『私は今日まで休めと言われてるけど…貴方達は授業の準備があるでしょ?』
長い昼休みだって終わりは来る。
「え、俺サボるサボる!」
『駄目よ、罰則受けるわよラバスタン』
破茶滅茶は仕掛け人達で手一杯だ。ミネルバ達が怒らないように大人しく、大人しく授業を受けて欲しい。
「送るよ、麗」
そう言ったのはずっと黙っていたレギュラスだった。
『ぇ、あ、そんな、大丈夫よ?』
「いいから」
ツカツカと歩み寄ってきたレギュラスは、麗の手を取るとグイッと引き寄せた。
「おやおや、それは私の客人だぞ」
「煩い、黙っててよ」
「ちょっかい出さない方がいいぜ、ルシウス。レギュラスの奴、今日は機嫌悪いんだよ」
「何だそれは、子供か」
「な…」
『ルシウス、ラバスタン、また今度ね』
麗はそう言ってニッコリと微笑んだ。
「あ…あぁ」
「アッハッハ、そんなんだから好かれちゃうんだよ、麗」
『いいから早く授業の支度なさい』
「はーい」
“まったく…”と洩らした麗は、ニッコリ笑うとレギュラスの手を握り返した。
『行きましょ、レギュラス』
「…うん」
レギュラスと二人、スリザリンの寮を出て冷たい廊下歩く。スリザリン寮は地下にあるからいつも涼しいし…少し冷たい。
『スリザリンは夏は涼しくて良いわね』
「冬は寒いけど」
『そう、グリフィンドールとは逆ね。今度暖かい所でお茶でもしましょ』
“私、良い所知ってるのよ”と言って笑った麗は、レギュラスと繋いでいた手を離すと残り数段の階段を先に上りきった。
『ここで良いわ』
「寮まで行くよ」
『あら、貴方も授業があるじゃない。早く行かないと先生に怒られるわよ』
「分かったよ。約束忘れないでね」
『今度付き合ってって?分かってるわ。じゃあね』
麗はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
『ただいま、蒼』
「麗…遅かったな」
部屋に帰ると人型の蒼が出迎えてくれた。瞬間、影から七叉が出て来て、それを見た蒼は七叉を警戒して身構えた。
「何だ、そいつは」
『私の護衛に翡翠が寄越したのよ。翡翠の管轄に入ってる狐の怪異よ』
麗が紹介をすると、七叉は前脚を折って丁寧に頭を下げた。
「兄者がいつも世話になっている…七叉だ。この様な姿で済まない」
『私の力が麻痺してる所為で人型がとり難いのよ』
「麗、決して麗の所為では…」
『いいのよ、七叉。力が戻れば人型も楽にとれるわ』
「…蒼だ」
「主たる麗は勿論、兄者共々宜しく頼む」
「あぁ」
七叉は蒼との挨拶を済ませると、リビングのソファーに座った麗の隣に座るべく、ソファーに飛び乗った。
「…主人と言う割には同じ位置に座るんだな」
『うちはこれで良いのよ』
「麗は対等を好む。主と呼ぶのも嫌がるくらいだ」
『家族だもの、当たり前でしょ?』
「麗が主で良かった」
『まぁ、有難う』
「……それでな、麗…先程は助けるのが遅くなって済まない」
『大丈夫よ、七叉』
麗が申し訳なさそうに項垂れる七叉の頭を優しく撫でるが、蒼は話の意味が分からない。
「何かあったのか?」
『あぁ…ルシウスと話をしてて』
「マルフォイに会ったのか?」
蒼の眉が不機嫌そうに寄った。あんな事があっては仕方無いが、どうやらルシウスが嫌いらしい。
『話してみると結構良い人よ…まあ、問題もあるけど』
「そうは思えない…何故会った」
『ヴォルデモート関係の情報でちょっとね…ルシウスにはトムって言ってあるから、本人がヴォルデモート関係と分かっているかどうかは…確証は持てないけど…最低限必要なモノを得てきただけよ』
「で、何があった」
いつも優しい蒼の声が異様に低い。どこか“騎龍”に似ていて冷や汗が溢れた。
『ぇ…あの……ね』
「はっきりしろ」
『………キス…をされまして…』
「………」
黙らないで欲しい。本当に恐いから…
「顔、上げろ」
『は、はい!!』
低い声にどぎまぎしながら顔を上げると、蒼の整った綺麗な顔が待っていた。顔…
『っ…』
麗の冷たい唇に、少し温かい蒼の唇が合わさり、驚いた麗は身動きがとれ無かった。顔が離れたのは随分経ってからだった。
『……な…何してんの』
「何か頭にきた」
『理由になって無い!』
七叉が何も見ていないと言わんばかりに伏せて前足で目を覆う中、我に返った麗が真っ赤になって蒼に詰め寄ったが、蒼は何も無かったかの様にケロリと答えた。
「嫁に貰ってやろうか?」
恥ずかしさで顔が熱くてたまらなく…
どこかで聞いた事のあるその台詞は、酷く私を困らせた。
『好い加減にからかうのは止めなさい!』
──今日は、私は麗…
──今日は、麗…トム・M・リドルだよ?
君は…僕を…
知っているんだね…?
初めて会った日。
冷たくて、ひんやりしてて…
異様に静かな廊下を二人で歩くのは苦じゃなかった。
少し不機嫌だったけど、それでも優しい貴方と繋いだ手がとても温かかったのをよく覚えている。
=プロポーズ=
ルシウスのエスコートで連れられ着いた先は…スリザリン寮だった。
腰に回された腕に押される様にスリザリン寮内に足を踏み入れ、談話室のソファーに座らされる。
『あの…ルシウスさん』
「何かね」
麗をソファーに座らせたルシウスは、紅茶を淹れ始めた。
『私、一応グリフィンドール生なのですが…』
「そんな事は知っている」
『私、ここに入っちゃ駄目じゃない?』
「構わない。それより何だその“さん”付けは…止めて良い」
『じゃあ、ルシウス』
“何だ”と言いながらカップを手渡される。自前であろう綺麗なティーカップ高そうな葉の良い香り。
『やっぱりどこか違う場所の方が良いんじゃないかしら?』
人払いは済ませてある様で誰もいないが、そういう問題でも無い。
普通入ったら駄目だろうし、スリザリンの寮監はスラグホーンだ。バレたら一番楽だが一番面倒臭い。
麗は一息吐くと、紅茶を一口口にした。
『美味しいわ、ルシウス』
「それは光栄だ」
麗はティーカップから口を離すと、高そうなそれを落とさない様にしっかりと両手に納めた。
瞬間、ルシウスが笑った。
麗が驚いた顔をしていると、ルシウスは不思議そうに眉を寄せた。
「…何かね」
『ルシウス、今笑った』
「私だって笑う事くらいある」
『そうね』
自然と笑顔になる…ルシウスがあんな風に笑う何て思わなかったから。たったそれだけの事が何故かとても嬉しかった。
ルシウスは楽しそうに笑う麗を見ると、麗の頭を優しく撫でた。
『何?』
「何でも無い」
こうやって頭を撫でられるのは、生活に染み付いた当たり前の事だった。しかし今は…私を撫でる手は翡翠のもの唯一つだ。だからか、ルシウスに撫でられるのは初めてなのに、懐かしい感覚に襲われる。
『…ルシウス、紅茶が』
瞬間、顎に手を添えられ軽く上を向かされ…急に目の前が暗くなった。
直ぐには何をされているか分からなかった。そういう“行動”に慣れてしまってる所為もあるが、皆に“変な所が鈍感だ”と言われる意味が分かった気がした。私は少ししてから気付いたのだ。
ルシウスにキスをされている、と。
麗はルシウスを払い退ける為に腕を振り上げた。払い退け……殴る為に。
麗がルシウスの頬に向かって手を振り抜こうとした瞬間…
「貴様、直ぐに主から離れろ。離れぬのならば殺す」
そう第三者の声が響いた。
ルシウスは驚いて麗から少し離れ、麗もまた…驚いた顔をして確かめる様に口を開いた。
『七叉…?』
麗の声に答えるかの様に麗の影の中から、七本の尾を持つ少し大きな狐が姿を現した。
『七叉、貴方…』
「話は後じゃ…遅くなってしまい申し訳無い、主」
「また麗の家族とやらか」
『そうよ………と言うか何してくれてるの』
「別に良いだろ」
“顔が赤いぞ”と言い、笑いながら頬に触れてくるルシウスを、麗を軽く睨み付けた。
『良く無い』
良い訳無い。キスなんて家族意以外とした事無いのに……した事…無い?無い筈だ…私は……
『……初めてじゃ無いから特別に良しとするわ』
「初めてじゃ無いのか…それは残念だな」
小さい頃から家族に良くされてるし…
『何でこんな事…』
「お前は美しい、それに面白い力を持っている。私の妻にぴったりだと思ってね」
『……妻?!』
「この、無礼者め」
『七叉、大丈夫だから…』
「…御意」
『ルシウス、私別に綺麗じゃないし妻には…』
第一、良く知りもしない相手に妻って…何を言ってるのこの人は。
「無自覚か?まぁ、良い…恋人でもいるのか?碧神とか」
『翡翠はそんなんじゃないわ』
「なら問題は無いな。まぁ、恋人であっても関係無いが」
どういう事。話がどんどん進んでいく…
「純血だと尚良いが…お前は純血か?」
『いいえ!残念だけど私の両親はマグルよ!』
「なるほど、それは残念だ。関係無いが」
関係無いの?!てっきりこの話は終わりだと思ったのに!
「主……麗、本当に大丈夫か?」
『だ、大丈夫…』
色々とビックリしただけだ。それよりも早くこの話を切り上げないと…
『ルシウス、私は』
「悪い話ではないだろう。ブラックまではいかんが良い血筋だ」
「だったら黙ってろ、ルシウス」
そう声がして慌てて七叉を影に押し込む様に戻しながら振り向くと、レギュラスとラバスタンが立っていた。
『レギュラス…』
誰か来るとは思ったけどレギュラス達だとは…
「麗、大丈夫〜?ルシウス強引だったでしょ?」
『だ…大丈夫』
「全く…邪魔しないで貰いたいんだがね」
「お前の気にしてたブラックだ。引っ込んでなよ」
「…確かにブラックまではとは言ったが、引く気はないよ」
「麗、モテモテ〜因みに俺にしときなよ。純血だけどコイツらの家みたいに厳しくないよ」
『まぁ…そうなんでしょうけど』
三人共は家柄が良い筈だ。だったら女の子からしたら…玉の輿?なんだろうけど…
『私、家柄に興味は無いもの』
私は…出来る事ならば、元の世界に帰らなければならないから…此の世界で恋人をつくる気なんて元より無い。そもそも私に恋人が出来るとも思って無いし。
「……」
「困ったな、まさか振られるとは」
「アハハ!性格勝負ってなると更に分が悪いなルシウスは」
「本当に失礼だな、貴様は」
『ルシウス、私を呼んだ本題は?』
「本題は今のだ」
嘘でしょ。
『……じゃあ、餌の方は?』
「そういう話だったな」
ルシウスは懐から黒い手帳を取り出して手渡してきた。
『これ…』
「それを麗に貸そうと思ってね」
手帳をペラペラと捲る。黒い表紙に真っ白で何も書かれていない…恐らくトムの記憶の日記だろう。これをルシウスが既に持っていたとは思わなかった。
「近々取りに行く。それまでそれは麗が持っていると良い」
『有難う、ルシウス』
罠かもしれないが…若いトムに探りを入れられるかもしれない。
「さっきのキスは代金として貰っておこう」
『まぁ、安い代金ね』
「安い?ほう、ではもう一度…」
『いえいえ、高い代金でした。もうこれ以上払えるモノは無いわ』
トムの日記を手に出来るなら安いと思ったが失言だった。危ない、危ない…
『じゃあ、私は帰るわね』
「おや、もう帰るのか」
「つまんねーの」
『私は今日まで休めと言われてるけど…貴方達は授業の準備があるでしょ?』
長い昼休みだって終わりは来る。
「え、俺サボるサボる!」
『駄目よ、罰則受けるわよラバスタン』
破茶滅茶は仕掛け人達で手一杯だ。ミネルバ達が怒らないように大人しく、大人しく授業を受けて欲しい。
「送るよ、麗」
そう言ったのはずっと黙っていたレギュラスだった。
『ぇ、あ、そんな、大丈夫よ?』
「いいから」
ツカツカと歩み寄ってきたレギュラスは、麗の手を取るとグイッと引き寄せた。
「おやおや、それは私の客人だぞ」
「煩い、黙っててよ」
「ちょっかい出さない方がいいぜ、ルシウス。レギュラスの奴、今日は機嫌悪いんだよ」
「何だそれは、子供か」
「な…」
『ルシウス、ラバスタン、また今度ね』
麗はそう言ってニッコリと微笑んだ。
「あ…あぁ」
「アッハッハ、そんなんだから好かれちゃうんだよ、麗」
『いいから早く授業の支度なさい』
「はーい」
“まったく…”と洩らした麗は、ニッコリ笑うとレギュラスの手を握り返した。
『行きましょ、レギュラス』
「…うん」
レギュラスと二人、スリザリンの寮を出て冷たい廊下歩く。スリザリン寮は地下にあるからいつも涼しいし…少し冷たい。
『スリザリンは夏は涼しくて良いわね』
「冬は寒いけど」
『そう、グリフィンドールとは逆ね。今度暖かい所でお茶でもしましょ』
“私、良い所知ってるのよ”と言って笑った麗は、レギュラスと繋いでいた手を離すと残り数段の階段を先に上りきった。
『ここで良いわ』
「寮まで行くよ」
『あら、貴方も授業があるじゃない。早く行かないと先生に怒られるわよ』
「分かったよ。約束忘れないでね」
『今度付き合ってって?分かってるわ。じゃあね』
麗はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
『ただいま、蒼』
「麗…遅かったな」
部屋に帰ると人型の蒼が出迎えてくれた。瞬間、影から七叉が出て来て、それを見た蒼は七叉を警戒して身構えた。
「何だ、そいつは」
『私の護衛に翡翠が寄越したのよ。翡翠の管轄に入ってる狐の怪異よ』
麗が紹介をすると、七叉は前脚を折って丁寧に頭を下げた。
「兄者がいつも世話になっている…七叉だ。この様な姿で済まない」
『私の力が麻痺してる所為で人型がとり難いのよ』
「麗、決して麗の所為では…」
『いいのよ、七叉。力が戻れば人型も楽にとれるわ』
「…蒼だ」
「主たる麗は勿論、兄者共々宜しく頼む」
「あぁ」
七叉は蒼との挨拶を済ませると、リビングのソファーに座った麗の隣に座るべく、ソファーに飛び乗った。
「…主人と言う割には同じ位置に座るんだな」
『うちはこれで良いのよ』
「麗は対等を好む。主と呼ぶのも嫌がるくらいだ」
『家族だもの、当たり前でしょ?』
「麗が主で良かった」
『まぁ、有難う』
「……それでな、麗…先程は助けるのが遅くなって済まない」
『大丈夫よ、七叉』
麗が申し訳なさそうに項垂れる七叉の頭を優しく撫でるが、蒼は話の意味が分からない。
「何かあったのか?」
『あぁ…ルシウスと話をしてて』
「マルフォイに会ったのか?」
蒼の眉が不機嫌そうに寄った。あんな事があっては仕方無いが、どうやらルシウスが嫌いらしい。
『話してみると結構良い人よ…まあ、問題もあるけど』
「そうは思えない…何故会った」
『ヴォルデモート関係の情報でちょっとね…ルシウスにはトムって言ってあるから、本人がヴォルデモート関係と分かっているかどうかは…確証は持てないけど…最低限必要なモノを得てきただけよ』
「で、何があった」
いつも優しい蒼の声が異様に低い。どこか“騎龍”に似ていて冷や汗が溢れた。
『ぇ…あの……ね』
「はっきりしろ」
『………キス…をされまして…』
「………」
黙らないで欲しい。本当に恐いから…
「顔、上げろ」
『は、はい!!』
低い声にどぎまぎしながら顔を上げると、蒼の整った綺麗な顔が待っていた。顔…
『っ…』
麗の冷たい唇に、少し温かい蒼の唇が合わさり、驚いた麗は身動きがとれ無かった。顔が離れたのは随分経ってからだった。
『……な…何してんの』
「何か頭にきた」
『理由になって無い!』
七叉が何も見ていないと言わんばかりに伏せて前足で目を覆う中、我に返った麗が真っ赤になって蒼に詰め寄ったが、蒼は何も無かったかの様にケロリと答えた。
「嫁に貰ってやろうか?」
恥ずかしさで顔が熱くてたまらなく…
どこかで聞いた事のあるその台詞は、酷く私を困らせた。
『好い加減にからかうのは止めなさい!』
──今日は、私は麗…
──今日は、麗…トム・M・リドルだよ?
君は…僕を…
知っているんだね…?