第1章 始マリノ謳
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11
『ぁ…起きたの?』
「あぁ」
日の光でキラキラ輝く緋色の髪…
『歌えって言う割には何時も直ぐ寝ちゃうんだから』
金色を嵌めた切れ長で鋭い目。
「俺様が安心して寝れるのは麗が隣に居るからだ」
バリトンの綺麗な声…
『そればっかり』
目元と首筋の赤い痣に…
「本当の事だから仕方無ぇな」
優しい笑顔。
「だからお前の歌だけで爆睡出来んだよ」
『じゃあ、貴方が望む限り私は歌い続けるわ』
もう会えない私の家族──…
=歌=
貴方が待ってると分かっているから、この短い時間さえも酷く長く感じる。
だけど短い距離だから。短い時間だから。
だから皆と一緒に待ってて。
もう着くから…
私の森が、私の並木道が、私の庭が、私の屋敷が……此の山を越えれば見えてくる。
だからもう直ぐ会えるよ…
──…
貴方に会え無くなったら私は死んでしまう。
悲し過ぎて…
寂し過ぎて…死んでしまう。
だから、ねぇ…
私が着いたらその時は──…
『ん…』
意識が一気に浮上する様な感じがした。
今のは夢だったのだろうか?何を見たのかは全く覚えていないが、酷く懐かしく、愛おしかった気がする。
目を覚ました私の鼻には薬品の…鼻を刺激する香りが届いた。
医務室…?
ゆっくり瞼を押し開いて起き上がると、白いベッドカバーや白いカーテンが目に入った。鈍った感覚で漸く自分の右側に人の気配を感じ、そちらを見ようとすると…
「麗」
いきなり抱き締められた。
見えるのはサラサラの黒髪だけ……最初は蒼かと思ったが、それにしては小さい。これは…
『シリウス…』
どうやらシリウスで正解らしい。抱き締める腕に力が入った。
『何で私…』
何故医務室にいるのか聞こうとした瞬間、ベッドを囲むカーテンが開いた。カーテンを開いたのは翡翠だった。抱き締められた状態のまま、翡翠とその隣の蒼と目が合う。
『ぁ…』
「何やってんだ、糞餓鬼」
翡翠が怒鳴り散らす中、翡翠の脇にいた蒼がシリウスを麗から引き離した。
「油断も隙もない」
『……何で私はここに居るの?蒼が人型だし…』
シリウス達と約束をした事は覚えているが、それ以外がいまいち良く思い出せ無い。何故、蒼はシリウスに人型を見せている?
「お前はここ1週間寝っぱなしだったんだ…睡眠も取らずに魔力を使い過ぎた所為だな。この馬鹿鳥は麗の看病役だ」
『なら、部屋でも…』
「マダム・ポンフリーが大反対してな」
『あぁ…』
何て事だ…皆に迷惑を掛けてばかりだ。
「もう、大丈夫なのか?」
黙ってたシリウスが口を開き、麗はシリウスを安心させる様に軽く微笑んで見せた。
『もう大丈夫よ。約束通り説明しなきゃね…』
「もう翡翠から聞いた」
『…は?』
ニカッと笑う翡翠を麗は不機嫌そうに睨み付けた。
『………翡翠の馬鹿』
「よ、良かれと思って…」
怒られて本気で落ち込んでいる翡翠を見て、麗はおかしそうにクスクスと笑った。
『冗談だよ。私もうっかり…大分眠っちゃってたみたいだし、良い判断だと思う。で…どこまで話したの?』
シリウスは麗の右手を包む込む様に握り締めると口を開いた。
「麗と翡翠が唯の編入生じゃなくて、実は異世界から来た奴で…麗は歌うことで魔法が使えて、二人共簡単な魔法なら無詠唱杖無しで使えるって聞いた」
『先ず先ずね…ならもう話す事は無いわ』
麗はベッドサイドのテーブルに自分宛の手紙がある事に気付き、シリウスの手を離して手紙を開けながらそう話した。
「まだあるならちゃんと…」
『言う事は無いわシリウス。あら、アルバスからだわ…』
手紙はアルバスからだった。麗は手紙を読みながら話を続けた。
『シリウス、人は誰しも秘密を所有しているモノなの。人は…秘密を持っているからこそ、人間でいられるのよ』
“まあ…秘密を持っていても人間ではいられない者もいるけどね”と麗が小さく呟いたのを、翡翠は聞き逃さなかった。
『ねぇ、そうは思わない?リーマス、ジェームズ』
麗の問い掛けに反応し、カーテンの向こう側からリーマスとジェームズが顔を出した。
「気付いてたんだ?」
『翡翠が気にしてたからね…それにしても翡翠ったら自分の秘密だけは一つも話さないつもり?』
翡翠は仕掛人の三人を見ると、鼻で笑った。
「話す必要は無いからな。それにコイツ等に話すのに時間を割くなら、麗と昼寝した方が有意義だ。第一、俺は馴れ合う気は無い」
誇らしげに話す翡翠に、麗は呆れた様に溜め息を吐いた。
『そういう所“騎龍 ”とそっくりだわ』
懐かしい顔が頭に浮かぶ。もう会えないかもしれないだなんて嘘の様だ…
「…アイツと一緒にすんなよ」
『相変わらず仲が悪いわね…ところで蒼は何でバレちゃったの?』
「翡翠がバラした。動物擬きじゃないとな」
『あら、最低ね』
「消すつもりだったから…だ、第一人型でつっ立ってるコイツが悪いんだ!!」
麗に最低だと言われた翡翠は慌てて言い返し、麗は笑った。
『冗談よ、翡翠』
「からかうなよ…」
『はいはい、御免なさい。でも悪いのは翡翠でしょ?』
笑っているとふとリーマスが近付いてきて微笑んだ。
「歌…綺麗だったよ、麗」
『有難う、リーマス』
歌…術具を造っていた時の詩の事だろうか?聴かれた事が少し恥ずかしい。
「麗、今度歌ってよ」
『あぁ…何時でも聴ける様になるみたいよ、ジェームズ』
“何時でも”という言葉を不思議に思う皆に麗は続けた。
『アルバスから仕事の依頼』
麗は手にしていた手紙をヒラヒラと振って見せた。
『依頼と言うか、状況的に強制ね…えっと“我が愛孫、麗へ”』
「孫なの?!全然似て無い!!」
「本当、馬鹿だねジェームズ。異世界から来たのに本当の孫な訳無いだろ?」
『アルバスは此の世界での私の保護者よ』
麗は手紙の続きを読み上げた。
『“我が愛孫、麗へ…立派な物が出来たようで一安心じゃ、今度見せておくれ。さて本題だが、儂は造っている最中の麗の詩を気に入ってしまっての…カードに録音して持ち歩いていた所、知り合いからスカウトを受けた。勿論、了承しておいたぞ。麗はハロウィーンに歌手デビューじゃ”』
手紙の内容を聞いた一同は言葉に詰まった。強制的…何て勝手なのだろうか。
『歌手って事は売られた歌は何時でも聴ける…それでも聴きたいならこっそり部屋に遊びに来ると良いわ』
「麗…」
『遊びに来るくらい良いじゃない、翡翠』
翡翠が不機嫌そうに舌打ちをし、麗はそれを“仕掛人達が賑やかで苦手”なのだと感じ“これから仲良くなる”だろうと思っていた。
確かに翡翠は仕掛人達が苦手ではあった。
だが翡翠は仲良く等する気は毛頭無かったし、第一に関わりたく無いとさえ思っていた。そして何より嫌がる理由は“麗と二人っきりで過ごす時間が更に減る”からだった。しかし翡翠はグッと言葉を呑み込んだ。
「それにしても随分勝手だなダンブルドアは…あまり目立ちたく無いだろうに」
手紙を覗き込んだ蒼は呆れた様に溜め息を吐いた。
『そうね、蒼…でもお金返さなきゃいけないし、引き受けるわ。アルバスに分かったって伝えてきてくれる?あとこの間話した提案もしてきてくれると嬉しいわ』
「分かった」
『翡翠は部屋から造った術具と…後、近くに小箱が置いてあるからそれを持ってきて』
「術具と小箱だな」
蒼は鷹に戻ると窓から出て行き、翡翠も近道だと言って窓から飛び降りて行った。
「麗…アイツ本当になんなの?」
“本当に人間?”と言うシリウスに、麗は困った様に“翡翠は特別丈夫だから”と返した。
「そういえばお金って何のだい?そもそも道具を作る理由が分からない」
ジェームズはサイドテーブルに置かれた百味ビーンズに手を伸ばしながらそう聞いた。
麗へのお見舞いの品をガサゴソ開けると一粒自分の口に放り投げ、麗へと進める。
『んー、色々あって必要になったのよ。私には一応造る事が可能だったし、誰かに任せる訳にも行かなかったから材料集めも含めてアルバスに休学を願い出たの』
沢山のビーンズの中から一つを選び口にする。当たりだった様だ。
百味ビーンズ結構美味しい…新商品で和菓子味作ってくれないかな?
『材料はアルバスが直ぐに手配してくれたから集めなくて済んだんだけど…値がちょっとばかし張ってね。アルバスに働いて返すって言ったんだけど』
「へぇ…どれくらいだい?」
リーマスはそう言ってベッドの端に腰掛けた。一方、麗は変な味に当ったのか、眉間に皺を寄せ、百味ビーンズを元あった場所にそっと戻した。
『さぁ?』
「さぁ…って何だよ」
シリウスにそう言われて麗は“んー…”と唸りながら金額を割り出そうとしたが、無理だった。
『分から無いのよ…でも』
多分…いや、確実に…
『億』
「「「億?!!」」」
『うん、億』
「億って普通俺達の年代で借りれる金額じゃ無い…と言うか返せる金額でも無いぞ?!」
『私、元々陰陽師だから御祓いとかの仕事をするつもりだったのよ』
「おんみょうじ?」
『あー…退魔師 みたいな』
アルバスに頼んで、昔からの仕事をまた始める予定だった。それならば手に馴染んだ物だし、報酬額が以前よりも少なくても何年か時間を貰えれば返せる額だ。妖精やゴーストが存在するんだもん、此の世界の日本にも幽霊は勿論、怪異も居る筈だ…多分。後は同業者との折り合いかな…
「億っていったい何を材料に使ったんだい?」
シリウスは何故か怒り気味だし、リーマスは目の色が変わっていた。
『えっと…不死鳥の羽と涙、ペガサスの羽と涙…後は宝石を何種類かかな。他のモノは自分で調達したし』
「億…そんなに宝石頼んだの?」
『まぁね…それに上質な物が必要だったから』
そこまで話した麗は、ふとリーマスの手に触れた。
『リーマス、ちょっと耳貸して?』
「耳?」
『私、リーマスの秘密を知ってるから…だからリーマスには私の秘密をもう一つ教えるのよ』
リーマスは驚いて目を見開いたが、直ぐに微笑んで麗に耳を貸した。
「麗の秘密って何だい?」
『私のスリーサイズを…』
「は?!」
『ふふ…冗談よ』
「……ですよね」
麗は再度リーマスの耳へ唇を寄せると囁いた。
『私、魔法の他に術を何種類かと武術が使えるの。今度見せるわね…簡単な物になってしまうけど、とても綺麗なのよ』
「楽しみだよ」
麗とリーマスは楽しそうに笑い合い、ジェームズとシリウスは話の内容が気になるらしく、じっと二人を見つめていた。
『リーマス、満月の夜には私も連れて行ってね』
「それが麗の知る僕の秘密か…麗、動物擬きなの?」
『さぁ…やった事無いから分からないわ。でも術でどうにかなるわ…何に変身してほしい?』
「選べるの?」
『貴方が望むモノが私が変身出来るモノならばそれに従うわ』
術も万能では無い。そして私も万能では無い。
「んー…猫になれる?」
『了解』
そう普通に答えた。もう小さな声を出さなくても良い。
「楽しみにしてるよ」
麗はリーマスから離れるとニッコリ微笑み、リーマスもそれに答える様に微笑んだ。
「…何がだよ」
「秘密だよ、シリウス」
『そうよ、秘密。シリウスに教えたら、リーマスだけに教えた意味が無いじゃない。それにその内分かるわよ、きっと』
シリウスは不機嫌そうに眉を寄せ、ジェームズは肩を落として近くにあった椅子に腰掛けた。
「二人共、気になる言い方しないでよ…」
そうジェームズが口にした瞬間、扉を開く音と共に翡翠と小さな箱を持った人型の蒼が入って来た。
「麗、取って来たぞ」
「伝えて来た」
『御帰り、蒼、翡翠』
「ほら、頼まれた物」
「ダンブルドアからだ」
翡翠はポケットから小箱と術具を、蒼は持っていた小さな箱を麗に手渡した。
『何これ?』
麗はダンブルドアからの贈り物をじっと見詰めた。仕事だとか言わないよね?
「ケーキだそうだ」
『じゃあ、後で食べようね!』
「…そうだな」
蒼の顔が微かに引き吊っている。そんなに甘い物が苦手なのだろうか?
「その小箱何なんだ?」
『これは私から皆へプレゼント』
皆が不思議そうな顔をする中、表情一つ変えない蒼に翡翠が突っ掛かる。
「お前、知ってやがったな」
「お前と違って授業に出なくて良いからな」
瞬間、翡翠が舌打ちをしたのが聞こえた。
「麗は術具を造ると同時にこれを造っていたんだ」
麗から小箱を受け取ると、蒼は中身を翡翠達に見せた。
「ピアスか」
中には飾りの付いたピアスが三個となシンプルなピアスが五個…
「術が掛かってるな」
『そうよ。飾りの付いたのが翡翠と蒼の分で、他のがジェームズ達の分』
言いながら麗は蒼が持った小箱からピアスを取り出し、一つずつ皆に配り、そして飾りの付いたピアスを一つ、自分の右耳につけた。
『そのピアスは皆を護ってくれるから…絶対に外さ無いで』
「何から?」
『限界はあるけど、何からもよ。私の側に居るという事は危険が付き物だから』
三人が返事をすれば、麗は安心した様に微笑んだ。
『あとね、ジェームズ』
「何だい?」
麗はピアスを一つジェームズに差し出した。
『これをリリーに渡して…ジェームズが知っている私の情報はリリーに話して良いわ』
「分かったよ」
『唯…ピーターには話さないで』
ピーターには色々な意味でまだ言えない。あの子は性格的に“準備”が必要だ。
『ピーターはきっと私の為に凄く悩んでくれるわ。だから時が来てから話すから…だから言わないで』
「…分かったよ、麗」
ジェームズは三人を代表する様にそう口にした。
『じゃあ、御飯食べに行こ!』
「「「…は?」」」
突拍子もない麗の声に三人はそう間抜けな声を出した。そんな事等気にせず、麗は飾りの付いたピアスを一つずつ翡翠と蒼に渡し、ベッドから降りると自分の首に術具を掛けた。
『御腹空いちゃった』
「麗、歩けるか?」
「麗、馬鹿鳥の手ぇ借りるなら俺の手使え」
何故か少し寂しくて…差し出された蒼と翡翠の腕に抱き付いた。
『有難う、二人共!』
ポピーの許し無く医務室を出て、大広間で食事を取っていたらホグワーツ中を探し回ったポピーに見付かって酷く叱られた。そして夜もポピーの命令で医務室で過ごす事になってしまった。夜の医務室は静か過ぎて詰まらない。翡翠と蒼は喧嘩をしてポピーに追い出されちゃったし…
「目ぇ覚めたみたいだな」
『イアン、遅い…』
「は?」
暇潰しにイアンに当ってみる。イアンは“来てやったのに何だコイツは”と言いたそうだ。不機嫌そうな顔をしている。
『夜中の医務室ってつまらなくて…最初っからイアンを呼べば良かったのね』
「俺を暇潰しに使うな。それよりお前…本当に倒れるまでやるなよな」
確かにやりすぎたとは思う。序でと言ってはなんだが、ピアスに術まで仕込んじゃったし。
『でもヴォルデモートが出て来たら大変だし』
「…ちゃんと出来たのか?」
麗は服の上から首に掛かったそれを撫でると呟いた。
『………駄目…』
「駄目?」
『力がどれくらいのモノかも分からずに、取り敢えず謳うだけ謳って造ったから』
力が麻痺した中途半端な状態で造ってしまった。気休めにはなるが、完璧では無い。
俯く麗に、イアンはふと手を差し出した。
「……見せてみろ」
『ん、はい』
麗は首に掛かった術具を外すとイアンに手渡した。
「相当な密度を圧縮して硬度と効力を上げたな…初めてにしては上出来だろ」
そう言うイアンの言葉に、私は一瞬耳を疑ってしまった。
『…本当に?』
「あぁ、効力はこれでもまぁ足りるし、硬度はかなり良い」
『有難う、イアン!!』
イアンが“上出来だ”と言ってくれたのが嬉しくて、思わずイアンに思いっ切り抱き付いた…のがいけなかった。
大きな音と共に、頭に鈍い痛みが走った。
『痛…ッ』
頭にチョップをされた。しかも思いっ切り。
『何すんの!!』
「抱き付いてきた…お前が悪い…」
頬を赤く染めたイアンはそう言うとそっぽを向いてしまった。
「また…」
『え?』
「また造ってみろ」
『また…?』
「そうだ…」
イアンは麗の後ろに回ると、手にしていた魔具を麗の首に掛ける。
「力が戻れば最高の物が出来る筈だ」
『分かった…有難う』
“また”という言葉に、何故だか凄く不安になった。
早く帰らなきゃいけないのは分かってる。分かってるけど…
私はいつまでこうしていられるんだろうか──…
『ぁ…起きたの?』
「あぁ」
日の光でキラキラ輝く緋色の髪…
『歌えって言う割には何時も直ぐ寝ちゃうんだから』
金色を嵌めた切れ長で鋭い目。
「俺様が安心して寝れるのは麗が隣に居るからだ」
バリトンの綺麗な声…
『そればっかり』
目元と首筋の赤い痣に…
「本当の事だから仕方無ぇな」
優しい笑顔。
「だからお前の歌だけで爆睡出来んだよ」
『じゃあ、貴方が望む限り私は歌い続けるわ』
もう会えない私の家族──…
=歌=
貴方が待ってると分かっているから、この短い時間さえも酷く長く感じる。
だけど短い距離だから。短い時間だから。
だから皆と一緒に待ってて。
もう着くから…
私の森が、私の並木道が、私の庭が、私の屋敷が……此の山を越えれば見えてくる。
だからもう直ぐ会えるよ…
──…
貴方に会え無くなったら私は死んでしまう。
悲し過ぎて…
寂し過ぎて…死んでしまう。
だから、ねぇ…
私が着いたらその時は──…
『ん…』
意識が一気に浮上する様な感じがした。
今のは夢だったのだろうか?何を見たのかは全く覚えていないが、酷く懐かしく、愛おしかった気がする。
目を覚ました私の鼻には薬品の…鼻を刺激する香りが届いた。
医務室…?
ゆっくり瞼を押し開いて起き上がると、白いベッドカバーや白いカーテンが目に入った。鈍った感覚で漸く自分の右側に人の気配を感じ、そちらを見ようとすると…
「麗」
いきなり抱き締められた。
見えるのはサラサラの黒髪だけ……最初は蒼かと思ったが、それにしては小さい。これは…
『シリウス…』
どうやらシリウスで正解らしい。抱き締める腕に力が入った。
『何で私…』
何故医務室にいるのか聞こうとした瞬間、ベッドを囲むカーテンが開いた。カーテンを開いたのは翡翠だった。抱き締められた状態のまま、翡翠とその隣の蒼と目が合う。
『ぁ…』
「何やってんだ、糞餓鬼」
翡翠が怒鳴り散らす中、翡翠の脇にいた蒼がシリウスを麗から引き離した。
「油断も隙もない」
『……何で私はここに居るの?蒼が人型だし…』
シリウス達と約束をした事は覚えているが、それ以外がいまいち良く思い出せ無い。何故、蒼はシリウスに人型を見せている?
「お前はここ1週間寝っぱなしだったんだ…睡眠も取らずに魔力を使い過ぎた所為だな。この馬鹿鳥は麗の看病役だ」
『なら、部屋でも…』
「マダム・ポンフリーが大反対してな」
『あぁ…』
何て事だ…皆に迷惑を掛けてばかりだ。
「もう、大丈夫なのか?」
黙ってたシリウスが口を開き、麗はシリウスを安心させる様に軽く微笑んで見せた。
『もう大丈夫よ。約束通り説明しなきゃね…』
「もう翡翠から聞いた」
『…は?』
ニカッと笑う翡翠を麗は不機嫌そうに睨み付けた。
『………翡翠の馬鹿』
「よ、良かれと思って…」
怒られて本気で落ち込んでいる翡翠を見て、麗はおかしそうにクスクスと笑った。
『冗談だよ。私もうっかり…大分眠っちゃってたみたいだし、良い判断だと思う。で…どこまで話したの?』
シリウスは麗の右手を包む込む様に握り締めると口を開いた。
「麗と翡翠が唯の編入生じゃなくて、実は異世界から来た奴で…麗は歌うことで魔法が使えて、二人共簡単な魔法なら無詠唱杖無しで使えるって聞いた」
『先ず先ずね…ならもう話す事は無いわ』
麗はベッドサイドのテーブルに自分宛の手紙がある事に気付き、シリウスの手を離して手紙を開けながらそう話した。
「まだあるならちゃんと…」
『言う事は無いわシリウス。あら、アルバスからだわ…』
手紙はアルバスからだった。麗は手紙を読みながら話を続けた。
『シリウス、人は誰しも秘密を所有しているモノなの。人は…秘密を持っているからこそ、人間でいられるのよ』
“まあ…秘密を持っていても人間ではいられない者もいるけどね”と麗が小さく呟いたのを、翡翠は聞き逃さなかった。
『ねぇ、そうは思わない?リーマス、ジェームズ』
麗の問い掛けに反応し、カーテンの向こう側からリーマスとジェームズが顔を出した。
「気付いてたんだ?」
『翡翠が気にしてたからね…それにしても翡翠ったら自分の秘密だけは一つも話さないつもり?』
翡翠は仕掛人の三人を見ると、鼻で笑った。
「話す必要は無いからな。それにコイツ等に話すのに時間を割くなら、麗と昼寝した方が有意義だ。第一、俺は馴れ合う気は無い」
誇らしげに話す翡翠に、麗は呆れた様に溜め息を吐いた。
『そういう所“
懐かしい顔が頭に浮かぶ。もう会えないかもしれないだなんて嘘の様だ…
「…アイツと一緒にすんなよ」
『相変わらず仲が悪いわね…ところで蒼は何でバレちゃったの?』
「翡翠がバラした。動物擬きじゃないとな」
『あら、最低ね』
「消すつもりだったから…だ、第一人型でつっ立ってるコイツが悪いんだ!!」
麗に最低だと言われた翡翠は慌てて言い返し、麗は笑った。
『冗談よ、翡翠』
「からかうなよ…」
『はいはい、御免なさい。でも悪いのは翡翠でしょ?』
笑っているとふとリーマスが近付いてきて微笑んだ。
「歌…綺麗だったよ、麗」
『有難う、リーマス』
歌…術具を造っていた時の詩の事だろうか?聴かれた事が少し恥ずかしい。
「麗、今度歌ってよ」
『あぁ…何時でも聴ける様になるみたいよ、ジェームズ』
“何時でも”という言葉を不思議に思う皆に麗は続けた。
『アルバスから仕事の依頼』
麗は手にしていた手紙をヒラヒラと振って見せた。
『依頼と言うか、状況的に強制ね…えっと“我が愛孫、麗へ”』
「孫なの?!全然似て無い!!」
「本当、馬鹿だねジェームズ。異世界から来たのに本当の孫な訳無いだろ?」
『アルバスは此の世界での私の保護者よ』
麗は手紙の続きを読み上げた。
『“我が愛孫、麗へ…立派な物が出来たようで一安心じゃ、今度見せておくれ。さて本題だが、儂は造っている最中の麗の詩を気に入ってしまっての…カードに録音して持ち歩いていた所、知り合いからスカウトを受けた。勿論、了承しておいたぞ。麗はハロウィーンに歌手デビューじゃ”』
手紙の内容を聞いた一同は言葉に詰まった。強制的…何て勝手なのだろうか。
『歌手って事は売られた歌は何時でも聴ける…それでも聴きたいならこっそり部屋に遊びに来ると良いわ』
「麗…」
『遊びに来るくらい良いじゃない、翡翠』
翡翠が不機嫌そうに舌打ちをし、麗はそれを“仕掛人達が賑やかで苦手”なのだと感じ“これから仲良くなる”だろうと思っていた。
確かに翡翠は仕掛人達が苦手ではあった。
だが翡翠は仲良く等する気は毛頭無かったし、第一に関わりたく無いとさえ思っていた。そして何より嫌がる理由は“麗と二人っきりで過ごす時間が更に減る”からだった。しかし翡翠はグッと言葉を呑み込んだ。
「それにしても随分勝手だなダンブルドアは…あまり目立ちたく無いだろうに」
手紙を覗き込んだ蒼は呆れた様に溜め息を吐いた。
『そうね、蒼…でもお金返さなきゃいけないし、引き受けるわ。アルバスに分かったって伝えてきてくれる?あとこの間話した提案もしてきてくれると嬉しいわ』
「分かった」
『翡翠は部屋から造った術具と…後、近くに小箱が置いてあるからそれを持ってきて』
「術具と小箱だな」
蒼は鷹に戻ると窓から出て行き、翡翠も近道だと言って窓から飛び降りて行った。
「麗…アイツ本当になんなの?」
“本当に人間?”と言うシリウスに、麗は困った様に“翡翠は特別丈夫だから”と返した。
「そういえばお金って何のだい?そもそも道具を作る理由が分からない」
ジェームズはサイドテーブルに置かれた百味ビーンズに手を伸ばしながらそう聞いた。
麗へのお見舞いの品をガサゴソ開けると一粒自分の口に放り投げ、麗へと進める。
『んー、色々あって必要になったのよ。私には一応造る事が可能だったし、誰かに任せる訳にも行かなかったから材料集めも含めてアルバスに休学を願い出たの』
沢山のビーンズの中から一つを選び口にする。当たりだった様だ。
百味ビーンズ結構美味しい…新商品で和菓子味作ってくれないかな?
『材料はアルバスが直ぐに手配してくれたから集めなくて済んだんだけど…値がちょっとばかし張ってね。アルバスに働いて返すって言ったんだけど』
「へぇ…どれくらいだい?」
リーマスはそう言ってベッドの端に腰掛けた。一方、麗は変な味に当ったのか、眉間に皺を寄せ、百味ビーンズを元あった場所にそっと戻した。
『さぁ?』
「さぁ…って何だよ」
シリウスにそう言われて麗は“んー…”と唸りながら金額を割り出そうとしたが、無理だった。
『分から無いのよ…でも』
多分…いや、確実に…
『億』
「「「億?!!」」」
『うん、億』
「億って普通俺達の年代で借りれる金額じゃ無い…と言うか返せる金額でも無いぞ?!」
『私、元々陰陽師だから御祓いとかの仕事をするつもりだったのよ』
「おんみょうじ?」
『あー…
アルバスに頼んで、昔からの仕事をまた始める予定だった。それならば手に馴染んだ物だし、報酬額が以前よりも少なくても何年か時間を貰えれば返せる額だ。妖精やゴーストが存在するんだもん、此の世界の日本にも幽霊は勿論、怪異も居る筈だ…多分。後は同業者との折り合いかな…
「億っていったい何を材料に使ったんだい?」
シリウスは何故か怒り気味だし、リーマスは目の色が変わっていた。
『えっと…不死鳥の羽と涙、ペガサスの羽と涙…後は宝石を何種類かかな。他のモノは自分で調達したし』
「億…そんなに宝石頼んだの?」
『まぁね…それに上質な物が必要だったから』
そこまで話した麗は、ふとリーマスの手に触れた。
『リーマス、ちょっと耳貸して?』
「耳?」
『私、リーマスの秘密を知ってるから…だからリーマスには私の秘密をもう一つ教えるのよ』
リーマスは驚いて目を見開いたが、直ぐに微笑んで麗に耳を貸した。
「麗の秘密って何だい?」
『私のスリーサイズを…』
「は?!」
『ふふ…冗談よ』
「……ですよね」
麗は再度リーマスの耳へ唇を寄せると囁いた。
『私、魔法の他に術を何種類かと武術が使えるの。今度見せるわね…簡単な物になってしまうけど、とても綺麗なのよ』
「楽しみだよ」
麗とリーマスは楽しそうに笑い合い、ジェームズとシリウスは話の内容が気になるらしく、じっと二人を見つめていた。
『リーマス、満月の夜には私も連れて行ってね』
「それが麗の知る僕の秘密か…麗、動物擬きなの?」
『さぁ…やった事無いから分からないわ。でも術でどうにかなるわ…何に変身してほしい?』
「選べるの?」
『貴方が望むモノが私が変身出来るモノならばそれに従うわ』
術も万能では無い。そして私も万能では無い。
「んー…猫になれる?」
『了解』
そう普通に答えた。もう小さな声を出さなくても良い。
「楽しみにしてるよ」
麗はリーマスから離れるとニッコリ微笑み、リーマスもそれに答える様に微笑んだ。
「…何がだよ」
「秘密だよ、シリウス」
『そうよ、秘密。シリウスに教えたら、リーマスだけに教えた意味が無いじゃない。それにその内分かるわよ、きっと』
シリウスは不機嫌そうに眉を寄せ、ジェームズは肩を落として近くにあった椅子に腰掛けた。
「二人共、気になる言い方しないでよ…」
そうジェームズが口にした瞬間、扉を開く音と共に翡翠と小さな箱を持った人型の蒼が入って来た。
「麗、取って来たぞ」
「伝えて来た」
『御帰り、蒼、翡翠』
「ほら、頼まれた物」
「ダンブルドアからだ」
翡翠はポケットから小箱と術具を、蒼は持っていた小さな箱を麗に手渡した。
『何これ?』
麗はダンブルドアからの贈り物をじっと見詰めた。仕事だとか言わないよね?
「ケーキだそうだ」
『じゃあ、後で食べようね!』
「…そうだな」
蒼の顔が微かに引き吊っている。そんなに甘い物が苦手なのだろうか?
「その小箱何なんだ?」
『これは私から皆へプレゼント』
皆が不思議そうな顔をする中、表情一つ変えない蒼に翡翠が突っ掛かる。
「お前、知ってやがったな」
「お前と違って授業に出なくて良いからな」
瞬間、翡翠が舌打ちをしたのが聞こえた。
「麗は術具を造ると同時にこれを造っていたんだ」
麗から小箱を受け取ると、蒼は中身を翡翠達に見せた。
「ピアスか」
中には飾りの付いたピアスが三個となシンプルなピアスが五個…
「術が掛かってるな」
『そうよ。飾りの付いたのが翡翠と蒼の分で、他のがジェームズ達の分』
言いながら麗は蒼が持った小箱からピアスを取り出し、一つずつ皆に配り、そして飾りの付いたピアスを一つ、自分の右耳につけた。
『そのピアスは皆を護ってくれるから…絶対に外さ無いで』
「何から?」
『限界はあるけど、何からもよ。私の側に居るという事は危険が付き物だから』
三人が返事をすれば、麗は安心した様に微笑んだ。
『あとね、ジェームズ』
「何だい?」
麗はピアスを一つジェームズに差し出した。
『これをリリーに渡して…ジェームズが知っている私の情報はリリーに話して良いわ』
「分かったよ」
『唯…ピーターには話さないで』
ピーターには色々な意味でまだ言えない。あの子は性格的に“準備”が必要だ。
『ピーターはきっと私の為に凄く悩んでくれるわ。だから時が来てから話すから…だから言わないで』
「…分かったよ、麗」
ジェームズは三人を代表する様にそう口にした。
『じゃあ、御飯食べに行こ!』
「「「…は?」」」
突拍子もない麗の声に三人はそう間抜けな声を出した。そんな事等気にせず、麗は飾りの付いたピアスを一つずつ翡翠と蒼に渡し、ベッドから降りると自分の首に術具を掛けた。
『御腹空いちゃった』
「麗、歩けるか?」
「麗、馬鹿鳥の手ぇ借りるなら俺の手使え」
何故か少し寂しくて…差し出された蒼と翡翠の腕に抱き付いた。
『有難う、二人共!』
ポピーの許し無く医務室を出て、大広間で食事を取っていたらホグワーツ中を探し回ったポピーに見付かって酷く叱られた。そして夜もポピーの命令で医務室で過ごす事になってしまった。夜の医務室は静か過ぎて詰まらない。翡翠と蒼は喧嘩をしてポピーに追い出されちゃったし…
「目ぇ覚めたみたいだな」
『イアン、遅い…』
「は?」
暇潰しにイアンに当ってみる。イアンは“来てやったのに何だコイツは”と言いたそうだ。不機嫌そうな顔をしている。
『夜中の医務室ってつまらなくて…最初っからイアンを呼べば良かったのね』
「俺を暇潰しに使うな。それよりお前…本当に倒れるまでやるなよな」
確かにやりすぎたとは思う。序でと言ってはなんだが、ピアスに術まで仕込んじゃったし。
『でもヴォルデモートが出て来たら大変だし』
「…ちゃんと出来たのか?」
麗は服の上から首に掛かったそれを撫でると呟いた。
『………駄目…』
「駄目?」
『力がどれくらいのモノかも分からずに、取り敢えず謳うだけ謳って造ったから』
力が麻痺した中途半端な状態で造ってしまった。気休めにはなるが、完璧では無い。
俯く麗に、イアンはふと手を差し出した。
「……見せてみろ」
『ん、はい』
麗は首に掛かった術具を外すとイアンに手渡した。
「相当な密度を圧縮して硬度と効力を上げたな…初めてにしては上出来だろ」
そう言うイアンの言葉に、私は一瞬耳を疑ってしまった。
『…本当に?』
「あぁ、効力はこれでもまぁ足りるし、硬度はかなり良い」
『有難う、イアン!!』
イアンが“上出来だ”と言ってくれたのが嬉しくて、思わずイアンに思いっ切り抱き付いた…のがいけなかった。
大きな音と共に、頭に鈍い痛みが走った。
『痛…ッ』
頭にチョップをされた。しかも思いっ切り。
『何すんの!!』
「抱き付いてきた…お前が悪い…」
頬を赤く染めたイアンはそう言うとそっぽを向いてしまった。
「また…」
『え?』
「また造ってみろ」
『また…?』
「そうだ…」
イアンは麗の後ろに回ると、手にしていた魔具を麗の首に掛ける。
「力が戻れば最高の物が出来る筈だ」
『分かった…有難う』
“また”という言葉に、何故だか凄く不安になった。
早く帰らなきゃいけないのは分かってる。分かってるけど…
私はいつまでこうしていられるんだろうか──…