第1章 始マリノ謳
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10
カン…カン…カン…カッ…カン…
煩い大広間の中で、皿とフォークのぶつかる音だけが耳に響いていた。
刺さりそうで刺さらない豆をフォークで執拗に追い掛ける。別に刺したいわけでも、それを口にしたい訳でも無い。ただそうしていた。
瞬間、差し損ねた豆が弾かれた様に皿を飛び出し、目の前のピーターの顔に命中した。
「あ」
「あぅ…え、な、なに?」
「いい加減に…しなさい!」
“悪い”と謝ろうとしたその時、頭に激痛が走った。直ぐに頭を殴られたのだと分かった…痛いし、ゴンッという音も聞こえた。顔を上げ振り返ると、リリーが拳をグッと握り締めた状態で立っていた。犯人は明らかにこいつだ。
「何を…」
「何を苛々してるのか知らないけど、食べ物で遊ぶんじゃないの!!」
“まあ、想像はつくけど”と言って…食事を終えたのか、リリーは大広間を一人出て行った。
「おやおやハニーったら、僕は置いてきぼりみたいだね」
「いつもの事だろ」
「うわ、つっめたいなー」
「ジェームズもベーコンで遊んでたのにねぇ」
「それ言わないでくれる?何だか虚しいから」
「……」
ピーターは手にしていた食器を置くと、シリウスの顔を覗き込んだ。
「大丈夫、シリウス?何考えてるの?」
「いや…別に。ただ、麗どこ行ったんだろうなって」
「あぁ、それね…僕も気になってたんだよね」
「聞きたい事…沢山あるのにねぇ」
そうだ…聞きたい事は山程ある。それなのに、あの日以来麗は姿を現していなかった。
一週間も…
=詩=
麗が術具を造る為に謳いだしてからもう一週間が経つ…
流石に餓鬼共も不審に思いだしたらしい。
ここ、大広間のグリフィンドール寮席の一角では、先程から悪戯仕掛人とにいう名の餓鬼共による“話し合い”が行われていた。
「絶対、可笑しい…麗はあの日以来姿を現していない」
夕食に手も付けずにフォークを弄っていたジェームズは、身を乗り出しながらそう言った。
「風邪って噂だけど…それにしては長過ぎるしね」
リーマスもジェームズに合せる様に少し身を乗り出す。
「そもそも麗の部屋はどこにあるんだ?マグゴナガルに聞いても“グリフィンドール寮に決まっているでしょう”としか言わねぇし」
シリウスは身を乗り出す事はしなかったが、フォークでベーコンを刺しながら声を落として話に加わる。
「び、病院に入院してるとか」
瞬間、ピーターの一言にシリウスがチラリとこちらを盗み見た。
「そりゃ無いだろ…翡翠がホグワーツにいる。もし麗が入院していたらアイツの事だから病院に付き添うだろ?」
声を落としても聞こえてるぞ。今は人に化けているが、本来俺は高貴な獣だ。当たり前だが、耳はかなり良い。
「そ、そうだね」
「そうだ、地図を使おう!」
地図…?
「あぁ、強硬手段ではあるけど…仕方無いよね、ジェームズ」
リーマスはニッコリ微笑むと、乗り出した身体を元へ戻した。
「先生方は誰も教えてくれないしね。僕達は心配で心配で仕方無い」
「いいから早くしろよ」
「はいはい、分かったよ」
シリウスに急かされたジェームズは、ローブの中からボロ切れを取り出して開くと、杖先を当てた。
「“我ここに誓う…我、よからぬ事を企む者なり”」
畜生、俺も“本”を読めば良かった。何をしてるかさっぱり分からねぇ。
今更後悔しても遅い…けどアイツから貰った本を楽しそうに読み、話す麗を見ると苛々して……勧められても読む気がおきず、本に触りさえしなかった。
「居た!!」
「グリフィンドール寮内じゃねぇか」
翡翠が不快そうに眉を寄せる中、ピーターは地図を覗き込むと驚いて目を見開き、リーマスは首を傾げた。
「こ、ここ、開かずの間だよ!」
「何で開かずの間に?あそこは魔法が掛っていて入れない筈だ」
グリフィンドール寮内という事だけではなく、開かずの間まで特定しやがった…何で…
「この間女子が噂してたんだけどね、麗が女子寮の部屋に入った所を一度でも見た子はいないんだって…それに麗は一人部屋だから同室の子も居ないし」
まぁ…実際は一人部屋じゃねぇけど。
「おい、これ見ろ!」
「ん?」
シリウスが何か見つけたらしく、声を上げた。
「今、コイツ窓から入って来やがった!誰だ…この“オセロ”って」
蒼はフォークス以外の奴を部屋に入れたりはしない。精々窓先…という事は梟の類じゃない。つまりオセロは…
侵入者。
突然“ガタッ”と大きな音が響き、そちらを振り返ると、近くにいた翡翠が凄い勢いで大広間から走り去って行った。直ぐにシリウスが駆け出し、ジェームズがそれに続いた。
「待っ…へぶしッ!!」
「ピーター!地図持って待ってて!」
長椅子を跨ごうとして足を引っ掛けたピーターを振り返ったリーマスはそう声を掛けると直ぐに二人を追い掛ける。
「な、何で翡翠を追い掛けるんだ!」
「はぁ?決まってんだろ!」
「急に…あんなに慌てるなんて変だ!きっと翡翠は僕等の話を聞いていたんだよ!」
「だから?」
「あーもう、馬鹿だなジェームズ!僕達は開かずの間への入り方を知らないんだ!」
「翡翠が俺達の話を聞いていて、開かずの間に向かってくれてるなら好都合…」
「翡翠は絶対に開かずの間への入り方を知っている!!」
「なるほどね!いやぁ…リーマスは兎も角、こういう時の君の頭の回転には負けるよ、シリウス」
「一言余計だ!」
首席はリーマス、次席はリリー…次にジェームズが続いて…いつも成績でジェームズに勝てない俺を褒めるのに“リーマスは兎も角”と付けられると嫌みにも等しい。
「ッ…何なんだ翡翠の奴、走るの異様に速過ぎだろ?!」
追い掛ける翡翠の姿が小さくなっていき、離されていっているのが嫌でも分かった。
「もっと速くなるみたいだよ」
先に角を曲がったリーマスの声に反応し、シリウスとジェームズが前を見ると、翡翠のかわりに銀色の獣が一匹、廊下の遥か先を走っていた。
「アイツ動物擬きか!!」
これ以上速度を上げられたら見失ってしまう。そうしたら開かずの間の入り方が分からなくなってしまう…
「しょうがないね…賭だ。シリウス、変身して先に行って!」
絶対に…
食らい付いてやる。
グリフィンドール寮談話室を抜け、階段を上り、男子寮を通り過ぎ、女子寮を通り過ぎ、更に上った先…塔の一番上の開かずの間。そこが麗の部屋だ。
麗と麗の家族の部屋だ。
しかしグリフィンドール内の階段を使って部屋に入るわけでは無い。
グリフィンドール寮へと上がる階段の前を通り過ぎ、東塔の階段を駆け上がる。何個もの踊場を通り過ぎ辿り着いた先にある壁の隙間に吸い込まれる様に滑り込み、奥へ奥へと進むと、片側だけ等間隔に窓の取り付けられた細い廊下へと出る。
そこを真っ直ぐ行けば開かずの間だ。
勿論、入るには“手順”が必要だが、翡翠にそれは関係無い。凄い速さで廊下を駆け抜けた翡翠は、その先の小さな扉へと体当たりをした。
「蒼、どういう事だ!!」
破る様に扉を押し開いた翡翠は、人型に戻りながらそう叫んだ。
何度か名前を呼んだが、漸く返ってきたのは蒼の声では無かった。
「どういう事…?こっちの台詞だ、翡翠」
そう、吐き出す様な声のした方を振り向くと、開かずの間の隠し通路の入口には、黒犬が荒く息を吐きながら立っていた。
「…シリウスか」
本は読んでいなくとも、匂いで誰か分かる。人の姿になったシリウスがフラフラと部屋の入り口に行き扉を開けると、グリフィンドール内を通って部屋に辿り着いたリーマスが、顔の汗を手の甲で拭いながらわざとらしくニッコリと微笑んだ。
「やぁ、翡翠」
更には開け放たれた扉の向こうに、息を切らしながら駆けて来るジェームズが見えた。最悪だ。
「ちょ…ちょっ…と、リーマス…走るの速すぎ」
シリウスがズルズルと床に座り込む中、ジェームズはそう口を開いた。
「君が遅いんだよ、箒に乗り過ぎなんじゃないかい?」
「いや、そんな…」
「嵌めやがったな、糞餓鬼共…さっきの話はデタラメか」
「何の事だい?」
「それよりこの歌は何なんだ」
部屋に響き渡る麗の謳声…コイツ等はそれが気になる様だ。
「お前等には関係無ぇ……蒼!!おい、いい加減出て来い馬鹿鳥!!」
翡翠は部屋中に響く声で叫び、蒼を呼んだ。今確かめるべきは、麗の安全なのだ。
「蒼…?」
「麗の鷹だよジェームズ…確かそんな名前だった」
カタンと扉の開く音がし、薄暗い部屋の奥を見ると、一人の青年が奥の部屋から出て来た。青年がこちらに近付くに連れてその姿が明らかになる。
「夕食はどうした、翡翠」
現れた青年、蒼の容姿をはっきりと見たジェームズ達は、固まった。蒼が一週間前に見た黒髪の青年にしか見えなかったからだった。翡翠は三人に背を向けると、蒼と向き合った。
「食ってられっか…それより侵入者がいんじゃねぇのか?」
「問題無い…どちらかと言うとそっちの餓鬼共が侵入者だ」
蒼が三人を睨み付けるが、翡翠はそんな事は全く気にしていなかった。
「コイツ等の持ってる地図とやらで窓から“オセロ”という名の侵入を確認した」
「オセロ…」
「俺はお前がフォークス以外を入れるのを見た事が無ぇが…梟かなにかか」
「……オセロは…俺だ」
「前の名って事か…ミスったな…コイツ等どうする?」
本来の名か…しくじった。これでは俺がここに来た意味が無い。
「お前のミスだろ。ちゃんと麗に謝れよ」
「煩ぇ、分かってる」
「どういう事だ!!」
ふと今まで黙っていたシリウスがそう声を上げ、翡翠は面倒臭そうに振り返ると、シリウスを睨み付けた。
「何がだ餓鬼」
「麗の鷹は動物擬きなのか?」
「逆だ餓鬼。人間に変身出来る鷹だ」
「何、人の秘密バラしてんだ」
「人型とって出て来るお前が悪いんだよ、馬鹿鳥」
「馬鹿はお前だ。ベラベラ喋りやがって…麗に怒られて愛想尽かされろ」
「テメ…」
「じゃあ、もう一つ質問…麗は何をしてるんだい?」
「答える必要はねぇだろ。お前等には一切関係ねぇ事だ」
「なら、力ずくでもそこを通してもらうよ」
ジェームズは素早く杖を取り出すと、二人に向けた。苛々がつのったらしく、蒼は不機嫌そうに眉を寄せた。
「鬱陶しい…」
「てか餓鬼共が俺等に敵うと思ってんのか?」
馬鹿にした様に笑う翡翠に、リーマスとシリウスも杖を取り出し向ける。
「ガキガキ煩ぇな!!同い年だろうが!」
「いくら君が喧嘩が強くても、魔法戦な挙句三対二だしね」
「同い歳…三対二?」
そう呟いた翡翠は、狂った様に声を上げて笑い出した。しかしそれは直ぐに止み、代わりに何時もより数段低い声が辺りに響いた。
「愚かしい奴は嫌いだ」
見下した様な目で見られたと思った次の瞬間、翡翠が消え去り、俺とリーマスはピタリと動きを止めた。
止めざるを得無かった。
首筋に刃物の様な物が当てられているのが分かったからだ。背後の気配は翡翠だろう。ジェームズが驚いて目を見開いたまま固まっている。
「得物を出す前に相手を見極めろ。ホグワーツ生全員で掛かったって俺には勝てねぇし、傷一つ付けられねぇぞ」
頭に血が昇ったリーマスが魔法を使おうとした瞬間…
歌が途切れた。
「「麗!!」」
蒼が慌てて駆け出し、翡翠は捕まえていたリーマスとシリウスを突き放す様に離すとそれに続いた。
「おい、待てよ!!」
シリウス達が翡翠と蒼が消えた奥の部屋を覗くと、魔方陣の様なものが書かれた床でぐったりとした麗が蒼の腕に抱かれていた。
翡翠が呼び掛けると、麗の身体が少し動いた。
『………翡…翠…』
麗が薄らと目を開け、微かに微笑む。嗄れ果て、酷くガサガサの声だった。
『久し、ぶり…翡翠』
麗は翡翠の姿を確認すると、再度微笑んだ。
「あぁ、久しぶりだな」
翡翠も安心したように優しく微笑んだ。
『心配…掛けて、御免…ね……終わったよ…出来た』
「あぁ、ご苦労様」
蒼に頭を撫でられ、安心しきった麗はふとシリウスと目が合うと、確認する様にパチパチと何度か瞬きした。
『何でシリウス達がいるの?』
「悪い、俺のミスだ」
「阿呆だからな」
「煩ぇ、問題は無い」
「無くは無いだろ」
「麗、俺が消しておく」
『あぁ…色々おかしいと思ったのよ。皆が居るのに蒼がその姿で居るから…それに、そもそも貴方がここに皆を通す訳が無い』
「…あぁ、だからさっきからベラベラ無駄に喋っていたのか」
「お前、いちいち腹立つな」
翡翠が立ち上がり、三人はビクリと肩を震わせた。反射的に直ぐに身構える。
「何をする気だ」
「何って…消すって言ってるんだから一つ…いや、二つしかないんじゃないかなシリウス」
「いやいやいや、僕等のエンジェル麗が許す筈が無いから…答えは一つだよ、リーマス」
「まさか」
「消すっつったら“記憶”に決まってんだろ」
「そ…んな」
「存在を消すってのも簡単だけどなぁ」
“そこまで物騒な事はしねぇよ”と言ってわざとらしくニッコリと笑った翡翠は、酷く違和感があって気持ちが悪かった。
ぬっと翡翠の腕が伸び、三人が顔色を青く染めたその瞬間、場に似合わぬ小さな笑い声が部屋に響いた。
麗の笑い声だった。
はぁ、と息を吐いて笑うのを止めた麗は、翡翠を見て笑った。
『優しくなったわね、翡翠』
どこが。そう思ったが、口にはしなかった。
『大丈夫よ、翡翠…皆には知っていてもらいましょう』
「けど…」
『私もこんな性格だし、麻痺した身体では力が暴走しても制御出来ないかもしれない…何時かは気付かれる事よ。知ってて貰った方がサポートしやすいし、もし害を成すならば私が手を下す。それに…もし世界に不都合なら“彼”が手を出してくる筈よ』
「…分かった」
麗は視線だけを三人に向けた。
『三人共御免ね…とても疲れてるから明日話すね……蒼、運んでくれる?』
「分かった」
麗は立つ力が残っていないらしく、蒼が抱き上げてベッドに運ぶと、そっと寝かせた。
横になった瞬間…
麗は安心した様に長い眠りに落ちていった。
明日…
俺達は“何”を知る事になるんだろう──…
カン…カン…カン…カッ…カン…
煩い大広間の中で、皿とフォークのぶつかる音だけが耳に響いていた。
刺さりそうで刺さらない豆をフォークで執拗に追い掛ける。別に刺したいわけでも、それを口にしたい訳でも無い。ただそうしていた。
瞬間、差し損ねた豆が弾かれた様に皿を飛び出し、目の前のピーターの顔に命中した。
「あ」
「あぅ…え、な、なに?」
「いい加減に…しなさい!」
“悪い”と謝ろうとしたその時、頭に激痛が走った。直ぐに頭を殴られたのだと分かった…痛いし、ゴンッという音も聞こえた。顔を上げ振り返ると、リリーが拳をグッと握り締めた状態で立っていた。犯人は明らかにこいつだ。
「何を…」
「何を苛々してるのか知らないけど、食べ物で遊ぶんじゃないの!!」
“まあ、想像はつくけど”と言って…食事を終えたのか、リリーは大広間を一人出て行った。
「おやおやハニーったら、僕は置いてきぼりみたいだね」
「いつもの事だろ」
「うわ、つっめたいなー」
「ジェームズもベーコンで遊んでたのにねぇ」
「それ言わないでくれる?何だか虚しいから」
「……」
ピーターは手にしていた食器を置くと、シリウスの顔を覗き込んだ。
「大丈夫、シリウス?何考えてるの?」
「いや…別に。ただ、麗どこ行ったんだろうなって」
「あぁ、それね…僕も気になってたんだよね」
「聞きたい事…沢山あるのにねぇ」
そうだ…聞きたい事は山程ある。それなのに、あの日以来麗は姿を現していなかった。
一週間も…
=詩=
麗が術具を造る為に謳いだしてからもう一週間が経つ…
流石に餓鬼共も不審に思いだしたらしい。
ここ、大広間のグリフィンドール寮席の一角では、先程から悪戯仕掛人とにいう名の餓鬼共による“話し合い”が行われていた。
「絶対、可笑しい…麗はあの日以来姿を現していない」
夕食に手も付けずにフォークを弄っていたジェームズは、身を乗り出しながらそう言った。
「風邪って噂だけど…それにしては長過ぎるしね」
リーマスもジェームズに合せる様に少し身を乗り出す。
「そもそも麗の部屋はどこにあるんだ?マグゴナガルに聞いても“グリフィンドール寮に決まっているでしょう”としか言わねぇし」
シリウスは身を乗り出す事はしなかったが、フォークでベーコンを刺しながら声を落として話に加わる。
「び、病院に入院してるとか」
瞬間、ピーターの一言にシリウスがチラリとこちらを盗み見た。
「そりゃ無いだろ…翡翠がホグワーツにいる。もし麗が入院していたらアイツの事だから病院に付き添うだろ?」
声を落としても聞こえてるぞ。今は人に化けているが、本来俺は高貴な獣だ。当たり前だが、耳はかなり良い。
「そ、そうだね」
「そうだ、地図を使おう!」
地図…?
「あぁ、強硬手段ではあるけど…仕方無いよね、ジェームズ」
リーマスはニッコリ微笑むと、乗り出した身体を元へ戻した。
「先生方は誰も教えてくれないしね。僕達は心配で心配で仕方無い」
「いいから早くしろよ」
「はいはい、分かったよ」
シリウスに急かされたジェームズは、ローブの中からボロ切れを取り出して開くと、杖先を当てた。
「“我ここに誓う…我、よからぬ事を企む者なり”」
畜生、俺も“本”を読めば良かった。何をしてるかさっぱり分からねぇ。
今更後悔しても遅い…けどアイツから貰った本を楽しそうに読み、話す麗を見ると苛々して……勧められても読む気がおきず、本に触りさえしなかった。
「居た!!」
「グリフィンドール寮内じゃねぇか」
翡翠が不快そうに眉を寄せる中、ピーターは地図を覗き込むと驚いて目を見開き、リーマスは首を傾げた。
「こ、ここ、開かずの間だよ!」
「何で開かずの間に?あそこは魔法が掛っていて入れない筈だ」
グリフィンドール寮内という事だけではなく、開かずの間まで特定しやがった…何で…
「この間女子が噂してたんだけどね、麗が女子寮の部屋に入った所を一度でも見た子はいないんだって…それに麗は一人部屋だから同室の子も居ないし」
まぁ…実際は一人部屋じゃねぇけど。
「おい、これ見ろ!」
「ん?」
シリウスが何か見つけたらしく、声を上げた。
「今、コイツ窓から入って来やがった!誰だ…この“オセロ”って」
蒼はフォークス以外の奴を部屋に入れたりはしない。精々窓先…という事は梟の類じゃない。つまりオセロは…
侵入者。
突然“ガタッ”と大きな音が響き、そちらを振り返ると、近くにいた翡翠が凄い勢いで大広間から走り去って行った。直ぐにシリウスが駆け出し、ジェームズがそれに続いた。
「待っ…へぶしッ!!」
「ピーター!地図持って待ってて!」
長椅子を跨ごうとして足を引っ掛けたピーターを振り返ったリーマスはそう声を掛けると直ぐに二人を追い掛ける。
「な、何で翡翠を追い掛けるんだ!」
「はぁ?決まってんだろ!」
「急に…あんなに慌てるなんて変だ!きっと翡翠は僕等の話を聞いていたんだよ!」
「だから?」
「あーもう、馬鹿だなジェームズ!僕達は開かずの間への入り方を知らないんだ!」
「翡翠が俺達の話を聞いていて、開かずの間に向かってくれてるなら好都合…」
「翡翠は絶対に開かずの間への入り方を知っている!!」
「なるほどね!いやぁ…リーマスは兎も角、こういう時の君の頭の回転には負けるよ、シリウス」
「一言余計だ!」
首席はリーマス、次席はリリー…次にジェームズが続いて…いつも成績でジェームズに勝てない俺を褒めるのに“リーマスは兎も角”と付けられると嫌みにも等しい。
「ッ…何なんだ翡翠の奴、走るの異様に速過ぎだろ?!」
追い掛ける翡翠の姿が小さくなっていき、離されていっているのが嫌でも分かった。
「もっと速くなるみたいだよ」
先に角を曲がったリーマスの声に反応し、シリウスとジェームズが前を見ると、翡翠のかわりに銀色の獣が一匹、廊下の遥か先を走っていた。
「アイツ動物擬きか!!」
これ以上速度を上げられたら見失ってしまう。そうしたら開かずの間の入り方が分からなくなってしまう…
「しょうがないね…賭だ。シリウス、変身して先に行って!」
絶対に…
食らい付いてやる。
グリフィンドール寮談話室を抜け、階段を上り、男子寮を通り過ぎ、女子寮を通り過ぎ、更に上った先…塔の一番上の開かずの間。そこが麗の部屋だ。
麗と麗の家族の部屋だ。
しかしグリフィンドール内の階段を使って部屋に入るわけでは無い。
グリフィンドール寮へと上がる階段の前を通り過ぎ、東塔の階段を駆け上がる。何個もの踊場を通り過ぎ辿り着いた先にある壁の隙間に吸い込まれる様に滑り込み、奥へ奥へと進むと、片側だけ等間隔に窓の取り付けられた細い廊下へと出る。
そこを真っ直ぐ行けば開かずの間だ。
勿論、入るには“手順”が必要だが、翡翠にそれは関係無い。凄い速さで廊下を駆け抜けた翡翠は、その先の小さな扉へと体当たりをした。
「蒼、どういう事だ!!」
破る様に扉を押し開いた翡翠は、人型に戻りながらそう叫んだ。
何度か名前を呼んだが、漸く返ってきたのは蒼の声では無かった。
「どういう事…?こっちの台詞だ、翡翠」
そう、吐き出す様な声のした方を振り向くと、開かずの間の隠し通路の入口には、黒犬が荒く息を吐きながら立っていた。
「…シリウスか」
本は読んでいなくとも、匂いで誰か分かる。人の姿になったシリウスがフラフラと部屋の入り口に行き扉を開けると、グリフィンドール内を通って部屋に辿り着いたリーマスが、顔の汗を手の甲で拭いながらわざとらしくニッコリと微笑んだ。
「やぁ、翡翠」
更には開け放たれた扉の向こうに、息を切らしながら駆けて来るジェームズが見えた。最悪だ。
「ちょ…ちょっ…と、リーマス…走るの速すぎ」
シリウスがズルズルと床に座り込む中、ジェームズはそう口を開いた。
「君が遅いんだよ、箒に乗り過ぎなんじゃないかい?」
「いや、そんな…」
「嵌めやがったな、糞餓鬼共…さっきの話はデタラメか」
「何の事だい?」
「それよりこの歌は何なんだ」
部屋に響き渡る麗の謳声…コイツ等はそれが気になる様だ。
「お前等には関係無ぇ……蒼!!おい、いい加減出て来い馬鹿鳥!!」
翡翠は部屋中に響く声で叫び、蒼を呼んだ。今確かめるべきは、麗の安全なのだ。
「蒼…?」
「麗の鷹だよジェームズ…確かそんな名前だった」
カタンと扉の開く音がし、薄暗い部屋の奥を見ると、一人の青年が奥の部屋から出て来た。青年がこちらに近付くに連れてその姿が明らかになる。
「夕食はどうした、翡翠」
現れた青年、蒼の容姿をはっきりと見たジェームズ達は、固まった。蒼が一週間前に見た黒髪の青年にしか見えなかったからだった。翡翠は三人に背を向けると、蒼と向き合った。
「食ってられっか…それより侵入者がいんじゃねぇのか?」
「問題無い…どちらかと言うとそっちの餓鬼共が侵入者だ」
蒼が三人を睨み付けるが、翡翠はそんな事は全く気にしていなかった。
「コイツ等の持ってる地図とやらで窓から“オセロ”という名の侵入を確認した」
「オセロ…」
「俺はお前がフォークス以外を入れるのを見た事が無ぇが…梟かなにかか」
「……オセロは…俺だ」
「前の名って事か…ミスったな…コイツ等どうする?」
本来の名か…しくじった。これでは俺がここに来た意味が無い。
「お前のミスだろ。ちゃんと麗に謝れよ」
「煩ぇ、分かってる」
「どういう事だ!!」
ふと今まで黙っていたシリウスがそう声を上げ、翡翠は面倒臭そうに振り返ると、シリウスを睨み付けた。
「何がだ餓鬼」
「麗の鷹は動物擬きなのか?」
「逆だ餓鬼。人間に変身出来る鷹だ」
「何、人の秘密バラしてんだ」
「人型とって出て来るお前が悪いんだよ、馬鹿鳥」
「馬鹿はお前だ。ベラベラ喋りやがって…麗に怒られて愛想尽かされろ」
「テメ…」
「じゃあ、もう一つ質問…麗は何をしてるんだい?」
「答える必要はねぇだろ。お前等には一切関係ねぇ事だ」
「なら、力ずくでもそこを通してもらうよ」
ジェームズは素早く杖を取り出すと、二人に向けた。苛々がつのったらしく、蒼は不機嫌そうに眉を寄せた。
「鬱陶しい…」
「てか餓鬼共が俺等に敵うと思ってんのか?」
馬鹿にした様に笑う翡翠に、リーマスとシリウスも杖を取り出し向ける。
「ガキガキ煩ぇな!!同い年だろうが!」
「いくら君が喧嘩が強くても、魔法戦な挙句三対二だしね」
「同い歳…三対二?」
そう呟いた翡翠は、狂った様に声を上げて笑い出した。しかしそれは直ぐに止み、代わりに何時もより数段低い声が辺りに響いた。
「愚かしい奴は嫌いだ」
見下した様な目で見られたと思った次の瞬間、翡翠が消え去り、俺とリーマスはピタリと動きを止めた。
止めざるを得無かった。
首筋に刃物の様な物が当てられているのが分かったからだ。背後の気配は翡翠だろう。ジェームズが驚いて目を見開いたまま固まっている。
「得物を出す前に相手を見極めろ。ホグワーツ生全員で掛かったって俺には勝てねぇし、傷一つ付けられねぇぞ」
頭に血が昇ったリーマスが魔法を使おうとした瞬間…
歌が途切れた。
「「麗!!」」
蒼が慌てて駆け出し、翡翠は捕まえていたリーマスとシリウスを突き放す様に離すとそれに続いた。
「おい、待てよ!!」
シリウス達が翡翠と蒼が消えた奥の部屋を覗くと、魔方陣の様なものが書かれた床でぐったりとした麗が蒼の腕に抱かれていた。
翡翠が呼び掛けると、麗の身体が少し動いた。
『………翡…翠…』
麗が薄らと目を開け、微かに微笑む。嗄れ果て、酷くガサガサの声だった。
『久し、ぶり…翡翠』
麗は翡翠の姿を確認すると、再度微笑んだ。
「あぁ、久しぶりだな」
翡翠も安心したように優しく微笑んだ。
『心配…掛けて、御免…ね……終わったよ…出来た』
「あぁ、ご苦労様」
蒼に頭を撫でられ、安心しきった麗はふとシリウスと目が合うと、確認する様にパチパチと何度か瞬きした。
『何でシリウス達がいるの?』
「悪い、俺のミスだ」
「阿呆だからな」
「煩ぇ、問題は無い」
「無くは無いだろ」
「麗、俺が消しておく」
『あぁ…色々おかしいと思ったのよ。皆が居るのに蒼がその姿で居るから…それに、そもそも貴方がここに皆を通す訳が無い』
「…あぁ、だからさっきからベラベラ無駄に喋っていたのか」
「お前、いちいち腹立つな」
翡翠が立ち上がり、三人はビクリと肩を震わせた。反射的に直ぐに身構える。
「何をする気だ」
「何って…消すって言ってるんだから一つ…いや、二つしかないんじゃないかなシリウス」
「いやいやいや、僕等のエンジェル麗が許す筈が無いから…答えは一つだよ、リーマス」
「まさか」
「消すっつったら“記憶”に決まってんだろ」
「そ…んな」
「存在を消すってのも簡単だけどなぁ」
“そこまで物騒な事はしねぇよ”と言ってわざとらしくニッコリと笑った翡翠は、酷く違和感があって気持ちが悪かった。
ぬっと翡翠の腕が伸び、三人が顔色を青く染めたその瞬間、場に似合わぬ小さな笑い声が部屋に響いた。
麗の笑い声だった。
はぁ、と息を吐いて笑うのを止めた麗は、翡翠を見て笑った。
『優しくなったわね、翡翠』
どこが。そう思ったが、口にはしなかった。
『大丈夫よ、翡翠…皆には知っていてもらいましょう』
「けど…」
『私もこんな性格だし、麻痺した身体では力が暴走しても制御出来ないかもしれない…何時かは気付かれる事よ。知ってて貰った方がサポートしやすいし、もし害を成すならば私が手を下す。それに…もし世界に不都合なら“彼”が手を出してくる筈よ』
「…分かった」
麗は視線だけを三人に向けた。
『三人共御免ね…とても疲れてるから明日話すね……蒼、運んでくれる?』
「分かった」
麗は立つ力が残っていないらしく、蒼が抱き上げてベッドに運ぶと、そっと寝かせた。
横になった瞬間…
麗は安心した様に長い眠りに落ちていった。
明日…
俺達は“何”を知る事になるんだろう──…