第1章 始マリノ謳
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9
『セブルス!!』
麗はセブルスを見付けると、飛び付く様に勢い良く抱き付いた。
「ッ…お前、麗か…?」
セブルスは図書室に居た。食事の時間まで図書室に居るだなんて…実にセブルスらしい。
『ジェームズったら酷いのよ!私に縮み薬盛って!!』
「ポッターか…ちょっとここで待ってろ」
そう残すとセブルスはどこかへ行ってしまった。
麗は図書室の椅子に飛び乗ると、綺麗に腰掛けた。心配そうな顔をした蒼が椅子の背凭れに止まると、顔を頬に寄せてくる。冷たい嘴が心地好かった。
「…麗…大丈夫か?」
『大丈夫よ、蒼』
ついルシウスを攻撃してしまったけど…何て軽率な。私はこんなにも短気だっただろうか?こちらに来てから色々な事が可笑しい。
麗の頬から顔を離した蒼は、人型になると優しく麗を抱き締めた。
『有難う、蒼』
今も昔も…
一番落ち着くのは──…
=術具=
「さっきの何だったんだろ?」
一限目の教室に向かいながら、ジェームズはそう切り出した。リーマスは考え込んでいて返さない。
シリウスは真っ直ぐに歩きながら息を吐いた。
「…知るかよ」
そんなの俺だって知らない。麗の後を追いかけたらマルフォイが一緒に居た。
声は聞こえ無かったが、二人の様子は普通では無くて…見入っている内にいつの間にか身に覚えのない黒髪の男が現れた。そして男はまたいつの間にか消えていた。
「く、黒髪の男の人は誰かな…?」
「知るかよ…俺達は麗の事を何も知らない。そういう事だろ」
そう、つまりはそういう事だ。麗の事すらちゃんと分かって無いのに、初めて見た黒髪の男の事など分かる筈が無い。
「麗が優しく笑うから…麗が自然に隣に居たから忘れていたけど」
変えられない事実がある。
「俺達は麗と出会ったばっかりなんだから。分からない事だらけで当たり前なんだ」
俺達は二年以上一緒に居る。
しかし麗とは最初から初めなくてはいけないんだ。
「それにしても…麗の秘密は多そうだけどな」
シリウスが小さく呟いた言葉を誰も聞く事は無かった。
何故髪色が変わったのか。
何故マルフォイの杖が吹き飛んだのか。
俺達は何も知らない。
「これを飲め」
戻って来たセブルスは不気味な緑色の液体の入った瓶を持っていた。薬を作ってきてくれたのだ。
だが……これを飲めと…?
『…飲まなきゃ駄目?』
「そのままでいたいなら飲まなくて良いぞ」
それは困る。この身体は軽いが手足が短くて動き難い。
『蒼、翡翠を呼んできてくれる?』
図書室の窓を開けてやると、蒼は大きな翼を広げて外に飛んでいった。
後は…
「飲め」
『ぅ……はい…』
此の薬を飲まなければならない。
袴の紐を緩めた麗は、ギュッと目を瞑ると一気に薬を口に流し込んだ。
『ま…不味いぃ…』
「美味い薬等無いだろ」
『確かに“良薬、口に苦し”って言うけど…』
口の中が苦い。トロッとしていて吐きたくなる味わいだ。そして何が入っているかを考えると、思わず涙が溢れる。
身体が元のサイズに戻った頃、翡翠が図書室にやって来た。
「麗!!」
『翡翠!』
私が振り向くと同時に翡翠が抱き付いてきた。
「元に戻ったな!」
『もうあんなの呑みたくない!』
「は?何飲んだんだお前」
『元に戻る薬…もう嫌』
「文句言うな」
『ぅ…ごめん、セブ』
涙目の麗の頭を翡翠は困った様に優しく撫でた。
「餓鬼共はしめとくからな、安心しろ…元に戻って良かった」
『セブルスの御陰だよ…お薬作ってくれたの』
翡翠はセブルスを見ると珍しくニカッと歯を見せて笑った。
「有難うな」
翡翠は最初こそ違ったが、セブルスだけを子供扱いしない。ジェームズ達の事は子供扱いしかしないのに…何故だろうか?
「あぁ…俺はもう寮に帰る」
『ぇ…セブ』
セブルスは振り向きもせずにさっさと帰ってしまった。
「何つぅか…無愛想な奴だな」
『無器用なんだよ』
麗はクスクス笑うと翡翠を見上げた。
『翡翠、蒼は?』
「部屋で待ってる」
『そっか…じゃあ帰ろっか』
翡翠は自分の手を取って帰ろうとする麗の手を引き、麗を抱き寄せた。
「…お前…何かあったのか?」
翡翠が麗の様子がおかしい事に気付かない筈が無かった。
「麗」
『…………さっき…詩で…ルシウスを攻撃しちゃった…』
「お前が?」
『頭にカーッと血が上っちゃって……初めての友達だもん。馬鹿にされたら腹が立っちゃって』
「……」
気付いたら攻撃してた。本当に私は…こんなに怒りぽかっただろうか…‥
「…そうか」
翡翠は麗を抱き締めながら、優しく頭を撫でてやった。
一限目には間に合わないので、一旦部屋に帰ると早速、アルバスからの荷物を開けた。
入っていたのは沢山の綺麗な石と羽が二枚と瓶が二瓶…
『うわぁ…アルバスったら凄過ぎ』
朝食前に頼んだ物がもう届くなんて思いもし無かった。
「何頼んだんだ?」
ふと翡翠と蒼が荷物を覗き込んできた。
「これは…宝石か…?」
「宝石?!」
『術具を造ろうと思って』
「あぁ…まあ、これだけ揃えれば丈夫にはなるよな」
「だからって宝石を…しかもこんなに強請ったのか?」
『人聞き悪いなぁ…別に貰うつもりは無いよ。そもそも私が頼んだのは材料集めの為の“休学”だったし』
「休学…編入したばかりなのにか」
「ハハッ!俺は賛成だぜ。餓鬼に混ざらなくてすむ」
確かに生徒になったばかりだけど、こう力が使えなくては翡翠が居ても危険で仕方無い。
「で、媒介は?」
翡翠の言葉に、麗は首に掛かったネックレスを服の下から引っ張り出した。金の金具に金の装飾の付いた黒い石だった。
『媒介にピッタリでしょ?』
「良いのか?それは大事な…家宝だろ」
『手段なんて選んでいられない。私がこんな状態なのだから』
翡翠は頷き、蒼は眉を寄せた。
「その石は何だ」
『この石はね、私の家に昔からある宝珠で、持ち主の力を上げる不思議な石なの』
「まぁ、麗は付けているだけだけどな」
「意味無いじゃないか」
「いんや、意味はあるぜ。麗は呪術、武術、舞術…まぁ、その他諸々と神楽も舞える神子なんだけどよ」
『私は力が強過ぎるんだ』
「そこでその石、刹宝の出番だ。そいつは優秀でな、力を増幅させる効果がある一方、強過ぎる力は吸い取る様に出来てる」
「…都合良過ぎないか?」
「あぁ、俺も初めて見た時はそう思ったさ。麗の為に造られた様な術具だってな…足りないモノを補う為の術具なのに、力を吸い取るだなんて異常だ」
「そんなモノ付けて大丈夫なのか?」
『大丈夫よ』
「大丈夫っつうか最終手段だな」
これが無いと私は…
「それ程に、麗は力が強過ぎる」
『消耗が激しいし、体調を崩すと力加減が難しいのよ』
「麗が体調崩すと毎度色んな意味で大騒ぎだ」
「なるほどな…それで?その石をどうする、何がこんな事態なんだ?」
『体調不良とは違う不具合の問題ね』
「不具合?」
『こちらに来てから…と言うか、あちらの世界を離れる瞬間から力が上手く使えないの』
「力が…無くなったって事か?」
『それは無いわね。此の世界で魔法使いとして生活していくには問題無いくらいには力は使えるし』
「取り戻せなくても…吸い取らせるくらいなら、今で充分という事はないのか?」
「無ぇな」
『私に力が無いと…説明は省くけど、私は“契約者”でもあるから、力が無いと契約したモノ達が暴走する可能性がある。契約するにも持続させるにも力が必要だから』
「それは困るな」
『それに私、ヴォルデモートと対峙しようと思ってるから」
「はぁ?!!」
そう珍しく大声を上げた蒼に、麗はニッコリと微笑んだ。
「契約は無しにしても、麗は“そういう”奴等に良く狙われる。力が強ければ強い程、力を求める奴が纏わりつくもんだ。ヴォルデモートにしても…麗が何もしなくても奴の方から接触してくるだろ」
「ここは隔離されていない…麗の情報がどこから漏れるか分からない」
『先に接触される可能性は十分にあり得る…だから私のルシウスに対する行動は随分と拙いものなのよ』
あんな感情的になって…本当に馬鹿馬鹿しい。
「麗らしくは無いが…取り敢えずやっちまったもんは仕方無ぇ。俺が護りはするが、念の為身を護る術が必要だ」
「状況は分かったが…力が戻る保証はあるのか?」
『恐らく大丈夫よ。最大限に使えはしないけど、無くなってはいないから』
“感覚の問題だけど”と言う麗を前に、蒼は深く溜め息を吐いた。
「とんでもない奴と出会ったもんだ」
「あ゙?何だと、コラ」
『ハハッ、確かにそうだよね。今更だけど…私に関わると厄介だ、森に帰ってもいいんだよ?』
寂しいけど…それが最善だ。
「…俺は自分からお前達に関わった」
『うん…まぁ、そうだね』
「自分でお前達と一緒に居ると決めた」
『うん…そうだね』
「これからもそうすると、俺は自分で決める。お前は口を出すな」
そう言われて、麗は小さく笑った。
『うん…分かったよ、蒼』
安心している自分と、困ってる自分が存在した。
蒼と一緒に居れて嬉しい、でも私と一緒に居ては傷付けてしまう事もあるだろう。何で最初に危険について説明しなかったのか…それは此の世界がある意味では安全だと思ったからなんだけど……その件に関しては後回しだ。先にこっちを片付けなくてはならない。
『じゃあ、ルシウスに詩の事もバレちゃっただろうし…早速始めようか』
ルシウスにバレたと言う事は…場合によってはトムにバレたと言う事になるかもしれない。状況を見てもじっと等していられない。
「今からか?」
『そうね…やっぱり早い方が良いかな』
「そりゃな」
『…じゃあ始める前に散歩してくる。アルバスに事情を説明して許可を貰わないといけないし…そもそもセブルスの一限目の件も話さなきゃいけないしね。あと他に必要な物もあるの…蒼、付き合ってくれる?』
「分かった」
「俺は?」
『翡翠は私の分も授業出てね』
「え゙…」
『後で内容聞くから』
「……分かった、授業出てくる」
『あと……はい!』
麗は笑顔で両手を前に出した。
「…何だ?」
『材料にね、翡翠の毛と涙が欲しいの』
「…ぇ」
『頂戴!』
麗はニコニコ微笑み、その隣で蒼はクスクス笑いを堪えた。
「この馬鹿鳥、覚えとけよ…」
翡翠は普通サイズの狐の姿になると、尻尾を加えて毛を数本引き抜き、麗の掌に涙を垂らした。
「ん…これで良いか?」
『有難う、翡翠』
「おぅ…」
麗が礼を言うと同時に翡翠は人型に戻った。
『勿論、蒼もよ』
「な…!」
「ケケッ…ざまぁみろ、馬鹿鳥」
蒼が二・三歩後退り、翡翠は愉快そうにケラケラ笑った。
『今は翡翠しか居ないから困るのよ…頂戴?』
「……分かった」
蒼は、羽を一本抜き麗に渡すと掌に涙を垂らした。
『有難う、二人共』
麗の満面の笑みを見て、翡翠は麗の頭を優しく撫でた。
「じゃあ俺、授業行ってくる」
『行ってらっしゃい』
翡翠は教科書を荒々しく掴んで部屋を出て行き、麗はクローゼットから古ぼけた箒を取り出した。編入の手続きをした時に、杖と一緒にアルバスに借りたものだった。
『じゃあ、私達も行こうか』
箒を片手に蒼と二人、アルバスの所に向かう。
あり得る脅威を説明するのには少し神経を使った。アルバスは鋭い。突っ込まれたくない所を突っ込まれない様に話すのは困難だった。
何とか話を終えて、次に麗は北の塔の天辺を目指した。箒で飛んだ事は無かったが、出来ると思った。
それに飛べなくても何とか出来る自信があった。
だから麗は飛び降りた。
とんっと蹴って飛んだ麗は、少し落ちると塔の壁を蹴って方向を変え、ホグワーツの森へ突っ込んでいった。木々を縫っホグワーツの森をあっちこっちを飛び回り、蒼と一緒にする材料探しはとても楽しかった。
そして零時を回った頃…私と蒼は部屋へ帰り、其々の寝室へと向かった。
麗は部屋に入ると防音の魔法を使い大きく息を吸う。
『イアン!あっそびっましょ!!』
「妙な誘い方をするな」
イアンは直ぐに現れてくれた。
『良いじゃん、別に。一度やってみたかったのよ』
「良くない」
麗は可笑しそうにクスクス笑うとベッドに腰掛け、イアンはその隣りに腰を下ろした。イアンの綺麗な髪が揺れた。
「お前まだ…」
『何?』
「…いや、何でも無い」
『…あのね、聞きたい事があって』
「あぁ」
『私って何日間謳い続けられると思う?』
「は?」
『術具造ろうと思って…』
麗は詩魔法で術具を造ろうと考えた。
陣を書いて術式を組んで詠唱を続けなくてはいけない術に対し、詩魔法は想いだ。自分の希望や願いや祈りを強く想い謳い続ける。
正直詩魔法の方が辛いが、やった事も無い術式を今から組むとなると、準備だけでいつ終わるか分からないのが現実だ。
「ぁー…なるほどな」
『何日だと思う?』
視線を麗から正面に移したイアンは倒れる様にベッドに横になると、口を開いた。
「倒れるまでやってみれば良いだろ」
『ん、分かった』
「素直すぎるだろ…少し自分で加減しろよな」
楽しそうに笑った麗は、イアンに習う様にベッドに横になった。
「………お前に言っておく事があるんだが」
『何?』
「お前は基礎的な魔法なら杖を使わなくても詩を謳わなくても使える。術を使う要領だ…もう分かってんだろ?」
『呪文が分かれば杖を通さなくても使えるだろうなとは思った。あと、略式も作れると思う…まぁ、まだ何とも言えないけど』
「麻痺は…そのうち治る。アレはきっと、お前の身体に負担を掛けたから起きたものだ」
『大丈夫。危険ではあるけど楽しいよ、普通の女の子は』
魔法使いの学校に居るのだから普通では無い気もするけど…まぁ、私からすれば普通に入るだろう。
「後な…あんまり箒は使うな」
“お前にはお前専用の翼があるだろ?”と言うイアンを、麗は驚いた様に見据えた。
『何で知って…』
「“何で”だと?」
『……そうね、何でもない。でも何で箒?』
「箒に乗る度に毎度毎度あんなアクロバティックな乗り方されちゃ心臓が保たない…」
そう言うイアンの言葉を聞いた麗は、弾かれた様に笑い出した。
『クク…アハハ!有難う、イアン!!お前はやっぱり、優しいな!』
「な…ッ、優しくない!」
『それにしても…』
フフフと笑いながら口元に手をやった麗は、ニヤリと口角を上げた。
『やはり私の能力と、その麻痺に気付いていたな』
そうなんじゃないかとは思っていた。
世界の境で出逢った時…私が術者で“そういう風に”丈夫な事も、翡翠が唯の狐じゃない事もイアンは知っていた。
だから直ぐに、面識は無いが私を“知っている”んだろうと思った。そんな人が、私の麻痺に気付かない筈が無い。
「……」
沈黙は、肯定という意味だろう。
『やっぱりね…直ぐにそうだと思った』
「やっぱりな…直ぐに気付くと思った」
フフッと笑って麗はそっと目を閉じた。
何だろう…出逢ったばかりなのに、イアンの隣は家族と居る様に心地好い。
『それにしても…』
「なんだ」
『助言に魔法と詩魔法のおまけ付き。いくらなんでも至れり尽くせり過ぎるんじゃない?』
「それくらい良いだろう。無理矢理連れて来たんだから」
『えぇ、とても助かっているわ。それにしてもここまで勉強漬けなのはいつぶりかしら…思わず気晴らしに好き勝手飛んじゃったわ』
私には私専用の翼がある。しかしこの身体では詠唱が必要だ…長ったらしい詠唱は嫌いだし面倒臭い。
『でも翼となると、夜しか飛べないわね…誰かに見られたら厄介だし』
「透過…術で出来ないのか」
『……出来る』
「馬鹿か、普通思い付くだろ」
『はいはい、失礼しました~!だって自分に使った事無いんだもん』
「今のお前は酷く弱い…頭使えよ、頭」
『は~い』
大きな手でグリグリと乱雑に頭を撫でられ、麗は楽しそうに笑うと、再び目を閉じた。
…も……ない……め…
こ…ば…モノめ…
…してやる……が…
い…せん…の…
幾千もの恨みの中で…
『さあ、遊ぼうぜ』
幾千もの呪いの中で…
苦しみ続けるがいい──…
『セブルス!!』
麗はセブルスを見付けると、飛び付く様に勢い良く抱き付いた。
「ッ…お前、麗か…?」
セブルスは図書室に居た。食事の時間まで図書室に居るだなんて…実にセブルスらしい。
『ジェームズったら酷いのよ!私に縮み薬盛って!!』
「ポッターか…ちょっとここで待ってろ」
そう残すとセブルスはどこかへ行ってしまった。
麗は図書室の椅子に飛び乗ると、綺麗に腰掛けた。心配そうな顔をした蒼が椅子の背凭れに止まると、顔を頬に寄せてくる。冷たい嘴が心地好かった。
「…麗…大丈夫か?」
『大丈夫よ、蒼』
ついルシウスを攻撃してしまったけど…何て軽率な。私はこんなにも短気だっただろうか?こちらに来てから色々な事が可笑しい。
麗の頬から顔を離した蒼は、人型になると優しく麗を抱き締めた。
『有難う、蒼』
今も昔も…
一番落ち着くのは──…
=術具=
「さっきの何だったんだろ?」
一限目の教室に向かいながら、ジェームズはそう切り出した。リーマスは考え込んでいて返さない。
シリウスは真っ直ぐに歩きながら息を吐いた。
「…知るかよ」
そんなの俺だって知らない。麗の後を追いかけたらマルフォイが一緒に居た。
声は聞こえ無かったが、二人の様子は普通では無くて…見入っている内にいつの間にか身に覚えのない黒髪の男が現れた。そして男はまたいつの間にか消えていた。
「く、黒髪の男の人は誰かな…?」
「知るかよ…俺達は麗の事を何も知らない。そういう事だろ」
そう、つまりはそういう事だ。麗の事すらちゃんと分かって無いのに、初めて見た黒髪の男の事など分かる筈が無い。
「麗が優しく笑うから…麗が自然に隣に居たから忘れていたけど」
変えられない事実がある。
「俺達は麗と出会ったばっかりなんだから。分からない事だらけで当たり前なんだ」
俺達は二年以上一緒に居る。
しかし麗とは最初から初めなくてはいけないんだ。
「それにしても…麗の秘密は多そうだけどな」
シリウスが小さく呟いた言葉を誰も聞く事は無かった。
何故髪色が変わったのか。
何故マルフォイの杖が吹き飛んだのか。
俺達は何も知らない。
「これを飲め」
戻って来たセブルスは不気味な緑色の液体の入った瓶を持っていた。薬を作ってきてくれたのだ。
だが……これを飲めと…?
『…飲まなきゃ駄目?』
「そのままでいたいなら飲まなくて良いぞ」
それは困る。この身体は軽いが手足が短くて動き難い。
『蒼、翡翠を呼んできてくれる?』
図書室の窓を開けてやると、蒼は大きな翼を広げて外に飛んでいった。
後は…
「飲め」
『ぅ……はい…』
此の薬を飲まなければならない。
袴の紐を緩めた麗は、ギュッと目を瞑ると一気に薬を口に流し込んだ。
『ま…不味いぃ…』
「美味い薬等無いだろ」
『確かに“良薬、口に苦し”って言うけど…』
口の中が苦い。トロッとしていて吐きたくなる味わいだ。そして何が入っているかを考えると、思わず涙が溢れる。
身体が元のサイズに戻った頃、翡翠が図書室にやって来た。
「麗!!」
『翡翠!』
私が振り向くと同時に翡翠が抱き付いてきた。
「元に戻ったな!」
『もうあんなの呑みたくない!』
「は?何飲んだんだお前」
『元に戻る薬…もう嫌』
「文句言うな」
『ぅ…ごめん、セブ』
涙目の麗の頭を翡翠は困った様に優しく撫でた。
「餓鬼共はしめとくからな、安心しろ…元に戻って良かった」
『セブルスの御陰だよ…お薬作ってくれたの』
翡翠はセブルスを見ると珍しくニカッと歯を見せて笑った。
「有難うな」
翡翠は最初こそ違ったが、セブルスだけを子供扱いしない。ジェームズ達の事は子供扱いしかしないのに…何故だろうか?
「あぁ…俺はもう寮に帰る」
『ぇ…セブ』
セブルスは振り向きもせずにさっさと帰ってしまった。
「何つぅか…無愛想な奴だな」
『無器用なんだよ』
麗はクスクス笑うと翡翠を見上げた。
『翡翠、蒼は?』
「部屋で待ってる」
『そっか…じゃあ帰ろっか』
翡翠は自分の手を取って帰ろうとする麗の手を引き、麗を抱き寄せた。
「…お前…何かあったのか?」
翡翠が麗の様子がおかしい事に気付かない筈が無かった。
「麗」
『…………さっき…詩で…ルシウスを攻撃しちゃった…』
「お前が?」
『頭にカーッと血が上っちゃって……初めての友達だもん。馬鹿にされたら腹が立っちゃって』
「……」
気付いたら攻撃してた。本当に私は…こんなに怒りぽかっただろうか…‥
「…そうか」
翡翠は麗を抱き締めながら、優しく頭を撫でてやった。
一限目には間に合わないので、一旦部屋に帰ると早速、アルバスからの荷物を開けた。
入っていたのは沢山の綺麗な石と羽が二枚と瓶が二瓶…
『うわぁ…アルバスったら凄過ぎ』
朝食前に頼んだ物がもう届くなんて思いもし無かった。
「何頼んだんだ?」
ふと翡翠と蒼が荷物を覗き込んできた。
「これは…宝石か…?」
「宝石?!」
『術具を造ろうと思って』
「あぁ…まあ、これだけ揃えれば丈夫にはなるよな」
「だからって宝石を…しかもこんなに強請ったのか?」
『人聞き悪いなぁ…別に貰うつもりは無いよ。そもそも私が頼んだのは材料集めの為の“休学”だったし』
「休学…編入したばかりなのにか」
「ハハッ!俺は賛成だぜ。餓鬼に混ざらなくてすむ」
確かに生徒になったばかりだけど、こう力が使えなくては翡翠が居ても危険で仕方無い。
「で、媒介は?」
翡翠の言葉に、麗は首に掛かったネックレスを服の下から引っ張り出した。金の金具に金の装飾の付いた黒い石だった。
『媒介にピッタリでしょ?』
「良いのか?それは大事な…家宝だろ」
『手段なんて選んでいられない。私がこんな状態なのだから』
翡翠は頷き、蒼は眉を寄せた。
「その石は何だ」
『この石はね、私の家に昔からある宝珠で、持ち主の力を上げる不思議な石なの』
「まぁ、麗は付けているだけだけどな」
「意味無いじゃないか」
「いんや、意味はあるぜ。麗は呪術、武術、舞術…まぁ、その他諸々と神楽も舞える神子なんだけどよ」
『私は力が強過ぎるんだ』
「そこでその石、刹宝の出番だ。そいつは優秀でな、力を増幅させる効果がある一方、強過ぎる力は吸い取る様に出来てる」
「…都合良過ぎないか?」
「あぁ、俺も初めて見た時はそう思ったさ。麗の為に造られた様な術具だってな…足りないモノを補う為の術具なのに、力を吸い取るだなんて異常だ」
「そんなモノ付けて大丈夫なのか?」
『大丈夫よ』
「大丈夫っつうか最終手段だな」
これが無いと私は…
「それ程に、麗は力が強過ぎる」
『消耗が激しいし、体調を崩すと力加減が難しいのよ』
「麗が体調崩すと毎度色んな意味で大騒ぎだ」
「なるほどな…それで?その石をどうする、何がこんな事態なんだ?」
『体調不良とは違う不具合の問題ね』
「不具合?」
『こちらに来てから…と言うか、あちらの世界を離れる瞬間から力が上手く使えないの』
「力が…無くなったって事か?」
『それは無いわね。此の世界で魔法使いとして生活していくには問題無いくらいには力は使えるし』
「取り戻せなくても…吸い取らせるくらいなら、今で充分という事はないのか?」
「無ぇな」
『私に力が無いと…説明は省くけど、私は“契約者”でもあるから、力が無いと契約したモノ達が暴走する可能性がある。契約するにも持続させるにも力が必要だから』
「それは困るな」
『それに私、ヴォルデモートと対峙しようと思ってるから」
「はぁ?!!」
そう珍しく大声を上げた蒼に、麗はニッコリと微笑んだ。
「契約は無しにしても、麗は“そういう”奴等に良く狙われる。力が強ければ強い程、力を求める奴が纏わりつくもんだ。ヴォルデモートにしても…麗が何もしなくても奴の方から接触してくるだろ」
「ここは隔離されていない…麗の情報がどこから漏れるか分からない」
『先に接触される可能性は十分にあり得る…だから私のルシウスに対する行動は随分と拙いものなのよ』
あんな感情的になって…本当に馬鹿馬鹿しい。
「麗らしくは無いが…取り敢えずやっちまったもんは仕方無ぇ。俺が護りはするが、念の為身を護る術が必要だ」
「状況は分かったが…力が戻る保証はあるのか?」
『恐らく大丈夫よ。最大限に使えはしないけど、無くなってはいないから』
“感覚の問題だけど”と言う麗を前に、蒼は深く溜め息を吐いた。
「とんでもない奴と出会ったもんだ」
「あ゙?何だと、コラ」
『ハハッ、確かにそうだよね。今更だけど…私に関わると厄介だ、森に帰ってもいいんだよ?』
寂しいけど…それが最善だ。
「…俺は自分からお前達に関わった」
『うん…まぁ、そうだね』
「自分でお前達と一緒に居ると決めた」
『うん…そうだね』
「これからもそうすると、俺は自分で決める。お前は口を出すな」
そう言われて、麗は小さく笑った。
『うん…分かったよ、蒼』
安心している自分と、困ってる自分が存在した。
蒼と一緒に居れて嬉しい、でも私と一緒に居ては傷付けてしまう事もあるだろう。何で最初に危険について説明しなかったのか…それは此の世界がある意味では安全だと思ったからなんだけど……その件に関しては後回しだ。先にこっちを片付けなくてはならない。
『じゃあ、ルシウスに詩の事もバレちゃっただろうし…早速始めようか』
ルシウスにバレたと言う事は…場合によってはトムにバレたと言う事になるかもしれない。状況を見てもじっと等していられない。
「今からか?」
『そうね…やっぱり早い方が良いかな』
「そりゃな」
『…じゃあ始める前に散歩してくる。アルバスに事情を説明して許可を貰わないといけないし…そもそもセブルスの一限目の件も話さなきゃいけないしね。あと他に必要な物もあるの…蒼、付き合ってくれる?』
「分かった」
「俺は?」
『翡翠は私の分も授業出てね』
「え゙…」
『後で内容聞くから』
「……分かった、授業出てくる」
『あと……はい!』
麗は笑顔で両手を前に出した。
「…何だ?」
『材料にね、翡翠の毛と涙が欲しいの』
「…ぇ」
『頂戴!』
麗はニコニコ微笑み、その隣で蒼はクスクス笑いを堪えた。
「この馬鹿鳥、覚えとけよ…」
翡翠は普通サイズの狐の姿になると、尻尾を加えて毛を数本引き抜き、麗の掌に涙を垂らした。
「ん…これで良いか?」
『有難う、翡翠』
「おぅ…」
麗が礼を言うと同時に翡翠は人型に戻った。
『勿論、蒼もよ』
「な…!」
「ケケッ…ざまぁみろ、馬鹿鳥」
蒼が二・三歩後退り、翡翠は愉快そうにケラケラ笑った。
『今は翡翠しか居ないから困るのよ…頂戴?』
「……分かった」
蒼は、羽を一本抜き麗に渡すと掌に涙を垂らした。
『有難う、二人共』
麗の満面の笑みを見て、翡翠は麗の頭を優しく撫でた。
「じゃあ俺、授業行ってくる」
『行ってらっしゃい』
翡翠は教科書を荒々しく掴んで部屋を出て行き、麗はクローゼットから古ぼけた箒を取り出した。編入の手続きをした時に、杖と一緒にアルバスに借りたものだった。
『じゃあ、私達も行こうか』
箒を片手に蒼と二人、アルバスの所に向かう。
あり得る脅威を説明するのには少し神経を使った。アルバスは鋭い。突っ込まれたくない所を突っ込まれない様に話すのは困難だった。
何とか話を終えて、次に麗は北の塔の天辺を目指した。箒で飛んだ事は無かったが、出来ると思った。
それに飛べなくても何とか出来る自信があった。
だから麗は飛び降りた。
とんっと蹴って飛んだ麗は、少し落ちると塔の壁を蹴って方向を変え、ホグワーツの森へ突っ込んでいった。木々を縫っホグワーツの森をあっちこっちを飛び回り、蒼と一緒にする材料探しはとても楽しかった。
そして零時を回った頃…私と蒼は部屋へ帰り、其々の寝室へと向かった。
麗は部屋に入ると防音の魔法を使い大きく息を吸う。
『イアン!あっそびっましょ!!』
「妙な誘い方をするな」
イアンは直ぐに現れてくれた。
『良いじゃん、別に。一度やってみたかったのよ』
「良くない」
麗は可笑しそうにクスクス笑うとベッドに腰掛け、イアンはその隣りに腰を下ろした。イアンの綺麗な髪が揺れた。
「お前まだ…」
『何?』
「…いや、何でも無い」
『…あのね、聞きたい事があって』
「あぁ」
『私って何日間謳い続けられると思う?』
「は?」
『術具造ろうと思って…』
麗は詩魔法で術具を造ろうと考えた。
陣を書いて術式を組んで詠唱を続けなくてはいけない術に対し、詩魔法は想いだ。自分の希望や願いや祈りを強く想い謳い続ける。
正直詩魔法の方が辛いが、やった事も無い術式を今から組むとなると、準備だけでいつ終わるか分からないのが現実だ。
「ぁー…なるほどな」
『何日だと思う?』
視線を麗から正面に移したイアンは倒れる様にベッドに横になると、口を開いた。
「倒れるまでやってみれば良いだろ」
『ん、分かった』
「素直すぎるだろ…少し自分で加減しろよな」
楽しそうに笑った麗は、イアンに習う様にベッドに横になった。
「………お前に言っておく事があるんだが」
『何?』
「お前は基礎的な魔法なら杖を使わなくても詩を謳わなくても使える。術を使う要領だ…もう分かってんだろ?」
『呪文が分かれば杖を通さなくても使えるだろうなとは思った。あと、略式も作れると思う…まぁ、まだ何とも言えないけど』
「麻痺は…そのうち治る。アレはきっと、お前の身体に負担を掛けたから起きたものだ」
『大丈夫。危険ではあるけど楽しいよ、普通の女の子は』
魔法使いの学校に居るのだから普通では無い気もするけど…まぁ、私からすれば普通に入るだろう。
「後な…あんまり箒は使うな」
“お前にはお前専用の翼があるだろ?”と言うイアンを、麗は驚いた様に見据えた。
『何で知って…』
「“何で”だと?」
『……そうね、何でもない。でも何で箒?』
「箒に乗る度に毎度毎度あんなアクロバティックな乗り方されちゃ心臓が保たない…」
そう言うイアンの言葉を聞いた麗は、弾かれた様に笑い出した。
『クク…アハハ!有難う、イアン!!お前はやっぱり、優しいな!』
「な…ッ、優しくない!」
『それにしても…』
フフフと笑いながら口元に手をやった麗は、ニヤリと口角を上げた。
『やはり私の能力と、その麻痺に気付いていたな』
そうなんじゃないかとは思っていた。
世界の境で出逢った時…私が術者で“そういう風に”丈夫な事も、翡翠が唯の狐じゃない事もイアンは知っていた。
だから直ぐに、面識は無いが私を“知っている”んだろうと思った。そんな人が、私の麻痺に気付かない筈が無い。
「……」
沈黙は、肯定という意味だろう。
『やっぱりね…直ぐにそうだと思った』
「やっぱりな…直ぐに気付くと思った」
フフッと笑って麗はそっと目を閉じた。
何だろう…出逢ったばかりなのに、イアンの隣は家族と居る様に心地好い。
『それにしても…』
「なんだ」
『助言に魔法と詩魔法のおまけ付き。いくらなんでも至れり尽くせり過ぎるんじゃない?』
「それくらい良いだろう。無理矢理連れて来たんだから」
『えぇ、とても助かっているわ。それにしてもここまで勉強漬けなのはいつぶりかしら…思わず気晴らしに好き勝手飛んじゃったわ』
私には私専用の翼がある。しかしこの身体では詠唱が必要だ…長ったらしい詠唱は嫌いだし面倒臭い。
『でも翼となると、夜しか飛べないわね…誰かに見られたら厄介だし』
「透過…術で出来ないのか」
『……出来る』
「馬鹿か、普通思い付くだろ」
『はいはい、失礼しました~!だって自分に使った事無いんだもん』
「今のお前は酷く弱い…頭使えよ、頭」
『は~い』
大きな手でグリグリと乱雑に頭を撫でられ、麗は楽しそうに笑うと、再び目を閉じた。
…も……ない……め…
こ…ば…モノめ…
…してやる……が…
い…せん…の…
幾千もの恨みの中で…
『さあ、遊ぼうぜ』
幾千もの呪いの中で…
苦しみ続けるがいい──…