遥かなるキミに捧ぐ
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※旧サイト「青い風。」での千景様からの36000キリリク
今日、浮島F27は清々しい快晴だった。
絶好の洗濯日和を逃すわけにはいかないと、ピンと張られたロープに沢山の洗濯物を掛けていく。
私はこの島の小さな宿屋で下働きをしていて、掃除や洗濯は私の仕事だ。
大変なこともあるけれど、ここでの生活はとても気に入っている。
だから、多少の重労働も苦にはならなかった。
一枚、また一枚と大きなシーツを広げて干していく。
すると、
「おい、来たらしいぞ!」
「“空挺イージス”の御到着だ!」
そんな話し声が聞こえてきて、私は顔を上げた。
宿の向こうに、道を駆けていく人々が見える。
“空挺イージス”
その名前に、思わず胸が高鳴った。
呼び起こされた記憶が鮮明に脳内を駆け巡る。
今すぐ彼等の後を追って駆け出したくなるのを、私は何とか思い止まった。
今は仕事中。
さすがに、勝手に抜け出すわけにはいかない…。
そうは思っていても、自分も行きたいと身体がうずうずする。
手に取ったシーツを握り締めて、仕事も忘れかけながら一人で悶々としていると、
「あんたも行ってくるかい?アリス」
そんな声が聞こえて、私は振り向いた。
すぐそこの窓から顔を出してこちらを見ていたのは、この宿の女将であるカナさんだった。
彼女が、私をここで雇ってくれている人だ。
頬杖をついて何か企んでいるような笑みを浮かべているが、今はそんな事は全く気にならない。
『!……いいんですか?』
「今は客も少なくてヒマだからねぇ。まぁ、その代わり夜からはみっちり働いてもらうよ」
『はいっ!!』
女将に頭を下げて、私はすぐに港へ走り出した。
『ギドーーーっ!!』
「おわっ!?」
人だかりを掻き分けながら進み、目的の人物を見付けた私は相手の名を叫びながら思い切り抱き着いた。
ふわふわした飾りのついた黒服に身を包んだ彼は、突然の襲撃に目をぱちくりさせていたが、私の姿を認めると途端に笑顔になった。
「お前、ひょっとしてアリスか?久しぶりだなぁ!随分大きくなったじゃねーか!」
そう言いながら、わしゃわしゃと私の頭を撫で回す。
この少し乱暴な手つきも久しぶりだ。
何だかくすぐったかったけれど、私も彼にとびきりの笑顔を返した。
*
「おいギド、誰だよコイツ」
そんな言葉が聞こえてきて、私は声のした方を向く。
そこに居たのは、こちらを睨みつけている、まだ幼い少年だった。
髪は金色。目付きは悪いが、瞳は綺麗な蒼色をしていた。
……子供相手にむきになるわけではないが、彼の態度には若干むっとする。
『コイツじゃありません。せめてお姉さんと言いなさい』
「お姉さんって……ババァの間違いだろ?」
そう言ってケタケタ笑う男の子に殺意が湧いたのは言うまでもない。
……子供というのは、時としてとても恐ろしい生き物だ。
大人を腹立たせるのが異常なまでに上手い。
手が出そうになるのを何とか踏み止まって、隣のギドを見上げた。
『ギド、この子誰?』
まさか隠し子?と付け加えたら、違うと頭を叩かれた。
――地味に痛い…。
「コイツはフラウ。この前行った浮島F31で仲間になった新入りだ」
少年を示して、ギドが簡潔に説明する。
F31……“エデン”か。
ここからはだいぶ離れた所だな。
「んで、こっちはアリス。ここの島の奴で、昔からの知り合いだ。……確か、アリスがこーんなちっさい頃からの付き合いだな」
それぞれを紹介すると、フラウ君はふーん、と言って私を見上げる。
私も、フラウ君か…と心の内で呟いてもう一度彼を見た。
『よろしくね、フラウ君』
「……ああ」
ニコッと微笑みながら言うと、今度は先程よりも素直な態度で頷いてくれたフラウ君。
こうしてみると、案外可愛いかも知れない。
頭を撫でたら、ガキ扱いするなと手を撥ね除けられてしまった。
……うん、やっぱり可愛い。
「おーいフラウー!積み荷下ろすの手伝えー!」
そんなやり取りをしていると、空挺からフラウ君を呼ぶ声が聞こえた。
意外と仕事熱心らしいフラウ君はすぐにそちらへ駆けて行ってしまい、私とギドの二人だけがこの場に残る。
『……ねぇギド、この後暇?』
幾分静かになった中、私は口を開いた。
「ああ」
彼が頷いて、その言葉を肯定する。
それを確認して、私は本題を切り出した。
『じゃあさ、また“いつもの”連れてってよ!』
* * *
『わぁ……!』
ひんやりとした風を切って、漆黒のホークザイルは遥か高くまで舞い上がった。
綿菓子のような雲の間からは、ずっと遠くの大陸群も一望できる。
四方を取り囲むのは、何処までも澄んだ蒼穹。
そして、目の前には彼の大きな背中。
――やっぱり、私はこの景色が好き。
私がまだ小さな子供だった頃、こうして一緒に空を飛んだあの日からずっと。
この空も、この風も、この風景も。
そして――
『……え、わ、わぁぁっ!?』
突然、ホークザイルがくるりと宙返りをした。
驚いて反射的に彼のお腹に回した手に力が篭る。
幸い落ちるようなことは無かったが、世界がぐるっと反転する様は決して心臓に優しいものではない。
ホークザイルが水平に戻ったところで、私はギドに向かって叫ぶように言った。
『い、いきなり何するの!?』
「たまにはスリルもあった方が楽しいだろ?」
振り向いた彼は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそんな事を言う。
『怖いじゃない!』
「お前、昔っから怖がりだよなぁ」
『それはギドが意地悪するからでしょ!!』
私がそう言うと、また笑われてしまった。
大人の余裕のようなものを見せつけられた気がして、負けたみたいで悔しい。
だから、むぅ…と膨れながらぎゅっと彼の背中に抱き着いた。
……こうしてみると、服越しに、それでも確かな温もりが伝わってきて、やっと鎮まってきたはずの心臓の鼓動がまた早くなる。
それはトクントクンと、激しく、それでいて焦がれるような旋律を刻んだ。
熱に浮かされたように、私はそっと口を開く。
『……ギド、』
「ん?」
『――……やっぱり、何でもない』
――好きだよ。
その四文字は、どうしても声になってくれなかった。
もう少し私に勇気というものがあれば、言えただろうか。
でも、生憎私にはそんなものは無いらしい。
それに……やはりその言葉は言ってはいけないような気がした。
『また、この島に来てくれる?』
先程までの思考を追い払うようにして、私はギドの背中に問い掛ける。
『また、こうして空に連れてきてくれる?』
「ああ」
確かに頷いてくれた彼を見て、私の口許が少しだけ緩んだ。
今はそれだけでいいの。
だって私は、どんなしがらみにも縛られず、この大空を自由に翔る彼の姿に惚れてしまったのだから。
だから私はただ、彼をこの場所から見守って。
そして時々、この温もりに寄り添って。
そんな日々を過ごしていけるのなら、それでいいから。
でも、いつか。
私も彼の居る場所へ行けたらいいな…。
なんて思ってしまう私は、やはり欲張りなのでしょうか?
遥かなるキミに捧ぐ、密かな恋心
おまけ
「おーいアリス、酒持ってこーい!」
「こっちにも酒ー!」
「飯お代わり!」
「肉だ肉っ!!」
『はーいっ』
団体様(ギドの御一行)が宿に来た。
それはこの宿にとっても私にとっても嬉しい事ではあるのだが…。
如何せん彼等は人数が多く、おまけにたくさん食べるので従業員は皆てんてこ舞いだ。
……しかし、そんな中だというのに呑気に寛いでいる人が一人。
『女将さんも、眺めてないで手伝ってください…っ』
「何言ってるんだい。あんた夜からはみっちり働くって言っただろう?ほらほら、無駄口叩いてないで仕事仕事!」
『(こうなることが分かってたのか…!)』
女将さんには勝てないと、私はこのとき改めて認識したのだった。
「あたしの分まで働けアリス~」
『(……なんでこんな人が女将になったんだろう…)』
そんな事を思いながらも、私は酒の瓶を両手に掴み早足でギド達の待つ席へ向かう。
身体が幾つあっても足りないくらい忙しいけれど、一時の休息と癒しを提供するのが今の私に出来る事なのだから。
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