華月様へ捧ぐ
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※旧サイト「青い風。」で相互様だった「鎮魂歌」管理人の桜華月様からのリクエスト
とある日の昼下がり。
参謀部直属部隊――通称ブラックホークの面々は皆、書類仕事に勤しんでいた。
眠気を誘われる暖かな陽射しにも負けず、各人が黙々と目の前の紙にペンを滑らせていく。
そしてそんな中、
「ねーねーアヤたん、聞いてよ!ねぇってばー、無視しないでよアヤたーん」
全く空気を読まない声が静かな部屋の中に響いた。
話し掛けているのはヒュウガ、話し掛けられているのはアヤナミ様だ。
――あーあ、また始まった…。
そう思いながら、私は横目で彼等のやり取りを観察する。
まぁ、やり取りと言っても、片方が一方的に話し掛けて片方は完全にスルーしている状態だが。
「ねぇコナツー、アヤたんが冷たいんだけど…」
しばらく粘っていたもののアヤナミ様に全く相手にしてもらえなかったようで、諦めたらしい彼は今度はベグライターであるコナツ君の所へ寄って行った。
しかしそこでも彼は冷ややかな対応をされている。
ヒュウガがアヤナミ様やコナツ君にちょっかいを出すのはいつものこと。
最早日常とも言えるような光景だ。
なのに…………どうしてだろう。
こんなにモヤモヤした気持ちになるのは。
頬を膨らませながら自らのベグライターに食い下がる彼の横顔を見ていると、どうにも面白くない。
苛々する、苛々する、苛々する……
「アリス、どうかしたか?手が止まっているようだが…」
『えっ』
アヤナミ様の声で私は我に返った。
どうやらぼーっとしてしまっていたようだ…。
先程の所から全く仕事が進んでいない。
『いえ、何でもないです。すみません…』
アヤナミ様の視線が痛い。
変な事に気を取られている場合じゃなかった。
――そうだよ。何で私がヒュウガなんかの事でこんなに悩まなきゃいけないんだ。
さっさと忘れて仕事に集中しなくては。アヤナミ様の怒りを買うのだけは御免だもの。
私は気を取り直して、ペンを握る手に再び力を込めた。
* * *
時間は過ぎ、太陽が傾きかけてきた頃。
昼とは打って変わって、室内には紅く染まり始めた光が差し込むようになっていた。
執務室には、いつの間にやら空席が一つ。
勿論、仕事から逃げ出したヒュウガのデスクだ。
そんな中、ガタ、と音がした。
顔を上げると、席から立ち上がったコナツ君の姿が目に入る。
おそらく、帰って来ない上司に痺れを切らしたのか、奴が居ないままでは仕事が終わらないことを悟ったのだろう。
心なしか彼の肩がわなわなと震えている気がする。
『あ、ヒュウガ捜しに行くんでしょ?今日は私が行くよ』
そんなコナツ君を見た私は、気付いた時にはそんな事を口走っていた。
「え、そんな、悪いですよ!」
アリスさんの手を煩わせるわけには…とコナツ君は言うが、
私にも色々と思う所はあるわけで…。
『大丈夫大丈夫』
私はそう言って適当にコナツ君を言いくるめ、ヒュウガ捜索のため執務室を出て行った。
* * *
ホーブルグ要塞の、西棟の最上階。
人がほとんど近付かないその場所には、屋上へ出る扉があった。
それは普段、今では場違いとも思えるような旧式の南京錠で施錠されていたが、今は何故か鍵が開けられている。
――鍵、閉めてやろうかな。
一瞬そんな意地悪な考えが浮かんだが、やっぱりやめておこうと思い、私はそのまま重たい扉を開いた。
視界に飛び込んできたのは、あまり広くない殺風景な屋上、一面に広がる夕焼けの空、そして、
「げ、アリス…っ!?」
寝転がっていたヒュウガ。
彼は私の姿を見ると、何でここが分かったんだ!?とでも言いたげな顔をして、あたふたしながら逃走を図ろうとし始める。
『まあまあ、落ち着きなよヒュウガ。別に連れ戻そうっていうわけじゃないんだから』
そう言うと、
「なーんだ、びっくりしたぁ…」
心底ホッとした様子で、よかっただの、さすがアリスだだのと口にしていた。
……そう。コナツ君には申し訳無いが、私は彼を連れ戻しにきたわけではない。
まぁ、最終的にはそうするかも知れないが、まずは…。
『とりあえず…………一回殴らせて』
「え、な、何?!というか何でサーベル抜こうとしてんの!?」
『……チッ』
左腰のサーベルに置こうとした手を慌てたヒュウガに掴まれ、妨害された私はついつい舌打ちをしてしまった。
まあ、どうせ相手はヒュウガだから別にいいのだけれど。
「……アリス、何か怒ってる…?」
恐る恐る、といった様子でヒュウガが言う。
『別に』
私は短くそう返した。
怒ってるわけではない……と思う。
ただ苛々してるだけで。
「いやいやいや、絶対怒ってるって!」
ヒュウガは私の言葉を真っ向から否定して、
「ねぇ、何で怒ってるの?」
そう言って私の顔を覗き込んできた。
『っ…………そんなの、自分で考えなさいよ』
そんなに見詰められると何だか居心地が悪くて、私はフイと視線を逸らした。
「えぇー…」
そんな声を漏らしながら、彼はわざとらしく首を傾げる。
私を苛々させている張本人のくせに、何なんだその態度は。
まるで私ばかりが振り回されているみたいではないか。
『…………ヒュウガってば、いつもアヤナミ様やコナツ君とばっかり話してて……。そんなに暇なんだったら、私に構ってくれたっていいじゃない』
何だか悔しかったから、彼には聞こえないくらい小さな声で呟いてみた。
そして、少しヒュウガの方を窺うと…………彼は目を丸くして私の方を見ている。
――あれ……まさか、聞こえてた…?!
「もしかして……ヤキモチ?」
『なっ……そ、そんなわけ無いでしょ!?ヒュウガのバ――』
バカ。
そう言おうとしたのに、私の言葉は途中で途切れた。
目の前には、至近距離のヒュウガの顔。
私の唇は彼の唇によって塞がれていた。
『……ん……ふぁ…っ』
いきなりヌルリと舌を捩込まれ、何度も角度を変えながら深く深く口付けられる。
情熱的な、激しいキス。
だけど何処か優しくて……。
だんだん頭がクラクラしてくる。
ようやく彼が離れると、私は火照った顔のままヒュウガを睨んだ。
『き、急に何してんのよ…っ!!』
「アリスが可愛いからいけないんだよぉ♪」
私が睨んでいるのを気にもせず、彼はニヤニヤした笑みを浮かべながらそんな事を言う。
と、私の腰に回されていた彼の手がゆっくりと太股のあたりへ下がっていくのを感じた。
『…………何処触ってんの、エログラサン』
私はそう言って、彼の手を思いっ切り抓ってやった。
「えー……いいじゃん別に。オレさっきので欲情しちゃったし、アリスのこと抱きたいんだもん」
『駄目。』
――今日は素直に頷いてはやらないぞ、……なんてね。
なんとも子供染みた考えではあるけれど、私は仕返し代わりに短く言った。
「じゃあ、どうしたらアリスを抱いていい?」
ヒュウガはそんな事を真剣な目をして訊いてくる。
……そんな目をされると私の方が彼の気迫に圧されてしまいそうになるが……ここで流されるわけにはいかない。
『そうね……ヒュウガがちゃんと仕事をしたら、考えてあげなくもないかも』
ヒュウガの仕事嫌いは勿論承知済み。
彼が仕事をしたらきっと天変地異が起こるだろうと誰もが思うくらい、仕事を嫌っているのだから。
これでヒュウガの困った顔が見られると、心の内で期待しながら彼の反応を待っていると、
「ホント!?じゃあオレ仕事頑張る!!」
私の予想を見事に裏切ってくれた彼は、目を輝かせてそう言うと疾風の如く屋上を去って行った。
『え……マジで…?』
……いよいよ天変地異が起こるのか。
明日は槍とか隕石とか魚とかが降ってくるのではないだろうか。
一人残されたつい私はそんな事を思ってしまった。
……何なのだろう、この微妙な気分は。
でも、私のため(?)にあれだけ嫌っていた仕事をやってくれるというのは、何だか嬉しい気もする。
そう考えると、自然と口元に笑みが浮かんでしまった。
……下心は丸見えだけど、今日は許してあげることにしよう。
私は先程より幾分か軽い足取りで、もう見えなくなってしまった彼の姿を追い掛けた。
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