過去拍手その①
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私はアリス。帝国空軍で中佐を勤めている。
普段は滅多に無い事なのだが今回は色々な事情があり、陸軍の参謀長官に用事があってこのホーブルグ要塞へやって来た。
『…………ここで合ってるのかしら…?』
要塞なのだから当然廊下は入り組んでいて、ここまで来るのにかなりの時間を要してしまった。
しかし、教えてもらった道順通りに歩いたはずなので多分間違っていないはず。…………多分。
前に友人から方向音痴だと言われたのを思い出して、少し不安になる。
まあ、それもこの扉を開ければわかる話だ。
私は目の前にある大きな扉をノックして、中へ踏み入れた。
『失礼致します。帝国空軍第三戦闘機部隊所属、アリス中佐です。
アヤナミ参謀長官殿に用事、が……あり…まし、て……』
扉の向こうには、なにやら熱心にケーキ作りをしている二人組と奇妙な色をした物体を食べている二人組、そして鞭を使ったSMプレイらしき事をしている二人組が居た。
…………何だろう。見てはいけないモノを見てしまった気がする。
『すっすみません!部屋間違えました!失礼致しました!!』
突然の訪問者に皆さんが目を丸くしながらこちらに視線を注ぐ中、私はバタン!と扉を閉めた。
ヤバい…色々ヤバい……。
私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
『何…?何だったの…?もしかして、噂には聞いていたけれど、陸軍の訓練って相当厳しいのかしら。それでストレスが溜まっててあんな事を…?!……いや、人を見た目で判断しちゃいけないわ。きっと何か理由があったのよ。きっとそうだわ。これから何処かへ密偵として派遣されるから軍人だとバレないように演技をするための練習でもしてたのね。そうよ。敵を欺くにはまず味方からと言うじゃない。
とにかく、私はあたかも何も無かったかのようにここを立ち去るべきなんだわ。この秘密は私が墓場まで持っていく。それでいいのよ。今の私には大事な仕事があるのだから、早く参謀長官の所へ行かないと……』
「お嬢さん、何か御用ですか?」
『はぃぃぃいっ!?』
突然後ろから話し掛けられて、私は飛び上がりそうになりながら振り返った。
そこに居たのは、ケーキ作りをしていた二人組のうちの一人……もとい、人懐っこい微笑みを浮かべたオールバックの中年の軍人さん。
それにしても、全然気配が無かった…。この人はかなりの実力を持っているみたいだな…。
「何かありましたか?」
『あ……実は、道に迷ってしまって……』
「そうでしたか。それは大変ですねぇ」
ほら、この人は普通に良い人そうじゃないか。
先程の、軍とは思えない光景も何かの間違いだったのだろう。
『あの、もしよろしければ、参謀部直属部隊ブラックホークの執務室が何処にあるか教えて頂けないでしょうか?』
これできっと、参謀長官が居る所へ辿り着けるはずだ。
「ああ、それならここで合ってますよ」
『え……えぇぇぇえぇっ!!!??』
う、嘘でしょ…?
自分が方向音痴じゃなかった事は嬉しいのだが、正直、ここがブラックホークであってほしくなかった。
だって……ねぇ…。
『あ、あの、アヤナミ参謀長官殿は……』
「アヤナミ様でしたら、あの方ですよ」
もしかしたら参謀長官は今はここに居ないのでは、と密かに願いつつ尋ねたのだが、その期待は見事に裏切られたらしい。
示された人物を扉の隙間から覗くと……、
「…………私に何か用か?」
――SMプレイのS役の人っ!?
いやいやいや!ちょ、マジで!?
『ア、アヤナミ参謀長官殿ですか…?』
どうか、違うと言ってください。
「そうだが」
そうなんですか!!
…………どうしよう、今日の精神的ダメージは半端じゃないわ…。
「お嬢さん、中へ入ってはどうですか?」
先程のオールバックな軍人さんが、そう声を掛けてきた。
はっきり言ってしまえば、この部屋には二度と足を踏み入れたくないと思っていたわけだが、軍人さんがすっごい優しい笑顔でそんな事を言うものだから断るに断れない。
『そ、そうですね…。失礼します…』
私は引き攣った顔でそう言って、部屋へ入った。
*
「…………で、空軍の者が何の用だ」
参謀長官のデスクなのであろう、部屋の一番奥にあった机まで導かれ、それを挟む形で彼と向かい合った。
『えっと……このたび行われる、陸・空軍合同作戦の件で…』
「あぁ、成る程な」
…………何と言うか……彼も相当な人なのだろうけれど、その威圧感に気圧されるというより……ただ単に気まずい!!
先程の衝撃的な光景を思い出すから、非常に気まずい!!
……でも、まさか逃げ出す訳にもいかないし…。
『実は、作戦に少々不明瞭な点がございまして…』
持ってきた書類を渡す。
参謀長官はすらすらと目を通すと、すぐに顔を上げた。
「…………ふむ。確かにこの資料では説明不足のようだ」
――そんなに速く読めるんですか?!
驚く私を気にも留めず、彼は不十分だった部分について喋りだした。
私も慌てて筆記用具を取り出してメモを取る。
…………参謀長官は、懇切丁寧に説明してくれた。
それはもう、非常に分かりやすく、的確に。
「他に不明な点は?」
『いえ、他は大丈夫です。
丁寧にご説明いただき、ありがとうございました』
「いや、元はといえばこちらの書類に不備があったことが原因だ。要らぬ手間を掛けさせたことは詫びる」
わぁ……めっちゃ良い人じゃないですか!
「え?書類に不明瞭な点があるって?僕に聞かれてもそんな事分かんないよぉ~。陸軍の参謀長官のトコ行って☆」などと言って私をこんな所まで出向かせた空軍の参謀とは大違いだ。
やっぱり人を見た目で判断しちゃいけないね…。
大切なのは中身なんですね。今日はその事を身を持って体験しました。
*
「アヤた~ん、お話終わったの?」
『(ΣSMプレイのM役の人っ!!)』
横から突如現れたのは、SMプレイのM役の人…………もとい、サングラスを掛けた背の高い軍人さん。
「貴様は大人しく仕事をしていろ」
「えぇ~、せっかく可愛い子が来てるのに仕事なんて出来ないよぉ~。ね♪」
『ひゃあっ!?///』
いきなり、そのMの人に抱き着かれた。
「可愛いぃ~…………ぐはっ!!?」
予想外の事に気が動転した私は、まず彼の片腕を掴んで鳩尾に肘鉄を一発、次に腕を掴んだまま背負い投げを食らわせてしまった。
トドメを刺そうとしたのをすんでのところで思い止まり……。
『…………あっ!すみません!!』
慌てて手を離して距離を取った。
もし……もしこんな事で陸軍と空軍の関係悪化なんていう事になったら…。
――私、殺されるっ!!
『すみません!大丈夫ですか!?お怪我はありませんか?!』
「……いやぁ、今のは効いたなぁ…」
そんな事を言いつつもへらへらと笑いながら立ち上がってきたMの人を見て、よかった…無事だった…と一安心。
M役だからこういう事には慣れているのだろうか。
「…………ヒュウガ。貴様、客人に無礼な事をして……」
参謀長官が、不機嫌そうな声と共に椅子から立った。
懐に手を入れ、取り出したのは……。
『(Σ鞭ーーっ!?)』
鞭でした。
そんな所に入れてるんですか!?つか常備なんですか!?やっぱりS役なんですか!!?
と混乱する私の目の前で、
「ア、アヤたん許しt……ギャァァアアアッ!!!」
最初に見たような光景が再現された。
「すみませんでしたっ!本当にすみませんでしたっ!!」
それを見て呆然としていた私の所へサッとやって来て、必死に頭を下げ始めた人が居た。
確か、変な物体を食べていた二人組のうちの一人だ。
「うちのバカ少佐が多大なる御迷惑をお掛けしてしまって、すみません!!本っっ当にすみません!!」
『え、あ、いや……貴方がそんなに謝らなくても……』
なんか、そこまでされると焦るわ!!
「いいえ!先程のことは少佐に非があるのは明らかです!
現在アヤナミ様がしっかりと灸を据えていますから、少佐のベグライターである私が代わりに謝罪を…!!」
『は、はぁ……』
Mの人のベグライターだという彼。
この人も、たぶんいたって真面目なのだろうが…。
『あの、本当に大丈夫ですから…。頭を上げてください』
とりあえず、何とかこの真面目な少年を落ち着かせて、
『ありがとうございました。
失礼致しました』
私は未だに悲鳴が響くその部屋を出た。
『………………何か、超疲れた気がするんですけど…』
はぁ、とため息を一つ。
今日、今までの私の中の“陸軍”のイメージは見事なまでに跡形も無く崩れ去ってしまったのだった。
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