バレンタイン小説
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「ねぇ、一緒にチョコ作ろうよ!」
…………この時はっきりと断っていれば、私は――否、私達は無事でいられたのだろうか…。
*
ある日、クロユリ中佐に呼び出された私はそんな事を言われた。
いわゆる、“バレンタイン”という行事があと少しの所まで迫っていたので、当然そのための準備なのだろう。
しかし、私はそれに頷くわけにはいかなかった。
中尉という地位を頂き、数年間このブラックホークという部署で働いているのだから、クロユリ中佐がどんな人物で、彼が料理をするとどんな事になるかは良く分かっている。
……というか、以前、身をもって体験した。
私の本能が告げている。
絶対にクロユリ中佐とチョコレート作りをやってはいけない、と。
『すみません中佐。お誘いは有り難いのですが、生憎これから用事がありまして…』
引き攣っていないか心配だが、一応営業スマイルを浮かべてやんわりと断る。
…………しかし。
「僕とのチョコレート作りよりも大事な用事があるわけ?」
今までの天使のような笑顔が一変、悪魔のような真っ黒な笑顔に…。
それはそれは恐ろしい笑顔……。
…………私の本能が告げている。クロユリ中佐に逆らってはいけない、と。
そして、
『…………分かりました。一緒にチョコレートを作りましょう、中佐』
究極の二択で、私はチョコレートを作ることを選んだ。
一転して天使のような笑顔に戻った彼を見て、私は心の中で盛大なため息を吐く。
…………これから、私はどうなってしまうのだろうか。
* * *
「よし、完成ー!!」
『か、完成…ですね…』
要塞の厨房の一角を借りてチョコレート作りをした私達。
とても嬉しそうに完成したチョコレートを眺めるクロユリ中佐とは対照的に、私は冷や汗ダラダラだった。
形こそまともなハート型をしているものの、色がおかしい。目茶苦茶おかしい。
皿に並べられたそれは、緑と紫のマーブルという、チョコレートにあるまじき色なのだ…。
最初は――原材料の時点では、ちゃんとした茶色のミルクチョコレートだったというのに。
一体何をどうすればそうなってしまうのか…。
作業行程を見ていたのに全く分からない。
「アリスが手伝ってくれたおかげですっごく美味しそうなチョコが出来たよ。
これならきっと皆も喜ぶね!」
――“皆”…?
その言葉を聞いて、再び冷や汗が流れる。
まさか、これをブラックホークの皆さんに食べさせるとか……?
「ほら、アリスはそっちの皿を持って!
……アヤナミ様、喜んでくれるかなぁ…?」
…………そのまさかだったようだ…。
…皆さん、ごめんなさい。
チョコレートの乗った皿を持って意気揚々と歩き出すクロユリ中佐の後ろ姿を虚な目で眺めながら、私は心の底からブラックホークの皆さんに謝った。
* * *
「皆ー!ちょっと早いけどアリスと二人でチョコ作ったんだ!
どんどん食べて!!」
ブラックホークの執務室の机に例の皿が置かれる。
それを見て、一気に皆さんの顔から血の気が引いていくのが良く分かった。
……ただ一人の例外、味覚障害者のコナツ君を除いて。
そして、
「いただきまーす!!」
「「「い、いただきます……」」」
「…………。」
普通にチョコレートを頬張るコナツ君。……しかも、美味しいとか言っている。
そして、薬の箱を片手に玉砕覚悟で食べるハルセさん。そのクロユリ中佐に対する忠誠心は尊敬に値すると思います。
……しかし、流石のハルセさんもご乱心なのだろうか、手にしている薬には胃腸薬ではなく湿布薬と書かれていて…。
チョコレートを口にして数秒後――
ハルセさん、脱落。
「アヤナミ様!どうぞ!」
その声のする方向に目を向けると、一人離れた所に居たアヤナミ様にチョコを勧めるクロユリ中佐が。
普段は感情を顔に出したりしないアヤナミ様だが、今は無茶苦茶嫌そうなのが目に見えて分かる。
……頑張ってください、アヤナミ様。
「(ねぇちょっとアリスちゃん!!どうすんのコレ!!)」
中佐の注意がアヤナミ様の方に向いている隙に、ヒュウガ少佐が私の後ろに回り込んできて小声で叫んだ。
「(どうしてクロたんを止めてくれなかったの?!)」
『(どうしてって言われましても…!クロユリ中佐のあの笑顔を見て断れると思いますか?!)』
「(あの笑顔?………………ああ、うん、そうだよね…)」
事情を察してくれたらしく、少佐は私の頭を力無くぽんと叩いた。
「(でも…………どうすんの、これ)」
私と少佐は机に置かれたおぞましい物体に目を向ける。
いつの間にかカツラギ大佐までその犠牲になっていて、未だにぱくぱくと美味しそうに食べているコナツ君の横には二人分の屍が横たわっている。
…………あれの仲間入りは、是非ともしたくない。
『(……少佐は、逃げられると思いますか?)』
「(逃げられるなら全力でそうしたいんだけど……相手はあのクロたんだからなぁ…)」
はぁ…と二人でため息をつく。
と、そこで、
「どうしたの?二人共」
全ての元凶が現れてしまった。
「あ、あれ?アヤたんには食べさせなかったの?」
少佐が冷や汗を流しながら訊く。
「ヒュウガやアリス達が食べたがってるから食べさせてあげてって。アヤナミ様優しいよねー」
「『(優しくないっ!!!)』」
二人でアヤナミ様を睨みつけるが、すぐに目を逸らされてしまった。
くそっ……上手い事逃げやがって…!!
「はい、あーん♪」
そんな事をしている間に、クロユリ中佐の魔の手が。
「ちょ、ちょっと待ってよクロたん!自分で食べれるから!」
「いいから!はい、食べて!」
隣に居たヒュウガ少佐は抵抗したもののクロユリ中佐にチョコを口に押し込まれ……。
そのまま屍と化した。
『だ、大丈夫ですか少佐!!?』
「そんなにこのチョコが美味しかったのかなぁ?」
『(絶対違うと思います!!)』
床に崩れ落ちた少佐を見て、クロユリ中佐はそんな事を言った。
「そういえば、アリスもまだ食べてないよね?」
『え……』
「作ってる時も味見してなかったし。ほら、アリスも食べなよ!美味しいよ?」
突如、彼の魔の手の矛先がこちらに向けられた。
当然私がとる行動は、
『い、いえ、大丈夫ですよ!皆さんが美味しそうに食べている姿を見れただけで私は満足ですからっ!!
慎んで辞退致しますっ。私の分は是非とも優しい優しいアヤナミ様にあげてください!』
全力で拒否。
アヤナミ様が向こうの方からすっごい睨んでるけど、こちらも命懸けなのだから許してくれる……だろう。多分。
しかし、
「いいから、食べなよアリス!」
そう言って、中佐は私の口にもチョコを押し込んだ。
それは、今までに食べた事の無いような――強いて言うなら、この世のものとは思えないような味をしていて…。
私は徐々に意識が遠のいていくのを感じた。
それからの数日間、ブラックホークのメンバー数人は職場に現れなかったとか…。
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