中佐誕生日小説
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コンコンコン、と重厚な扉をノックする。
入室の許可を示す声が聞こえて、私はその扉を開いた。
『失礼します。アヤナミ参謀諜報部所属のアリスです。
あの……クロユリ中佐はいらっしゃいますか?』
身分を伝えてから、室内をきょろきょろと見回す。
しかし、目的の人物が見当たらない。
「久しぶりだね~アリスたん♪クロたんだったら、今は任務で出掛けてるよ~」
近くの席に居たヒュウガ少佐がそう言った。
「夜には帰ってくるはずですが……何か用があるんですか?」
続いて、彼のベグライターであるコナツさんに問われる。
『い、いえ、大した用じゃありませんよ。……それでは、私はこれで』
「えー、もう行っちゃうのー?」
私がそそくさと立ち去ろうとすると、ヒュウガ少佐の残念そうな声が聞こえてきた。
『すみません、まだ仕事が残っているので。
では、失礼しました』
頬を膨らませていた少佐に頭を下げて、私は執務室を出た。
『はぁ……』
背後に隠し持っていた物を見て、ため息を吐く。
かなり勇気を振り絞ったのに、肝心の中佐が居ないなんて……。
執務室のドアの前に立った時のドキドキは何だったんだ、と思ってしまう。
同じ参謀部に所属しているため、ブラックホークの方々とは多少の交流があった。
そして、そこで出会ったのがクロユリ中佐だった。
彼の黒法術の腕前は超一流で、私はひそかに憧れていた。
…………憧れから恋心へ、という何ともベタすぎる展開である。
そんな訳で、クロユリ中佐のお誕生日である今日、私はプレゼントを渡すためここまでやって来たのだが…。
結果はご覧の通り。
綺麗にラッピングされた包みを見て、再びため息。
『…………いや、まだチャンスはあるよね!』
コナツさんは夜には帰ってくると言っていた。
ならば、中佐が帰ってくる頃合いを見計らってまた来よう。
よし、と気持ちを入れ替えて、私は自らの職場へ戻った。
* * *
『失礼します。アヤナミ参謀諜報部所属のアリスです。
度々申し訳ありませんが……クロユリ中佐はいらっしゃいますか…?』
「すみませんアリスさん…。クロユリ中佐はつい先程自室へお帰りになってしまいまして……」
2度目のチャレンジでも撃沈。今日はツイてないのだろうか…?
心の内でため息をつく。
「アリスたんも大変だねぇ…。まあ、恋に障害はつきものだけど…」
『そうなんですよねぇ……って、えぇっ!?少佐、知ってたんですか!?』
私がクロユリ中佐に想いを寄せている事は、誰にも言っていなかったはずなのに。
何故気付かれたのだろうと心底驚いた。
「知ってたって、何を?」
『ですから、私がクロユリ中佐のことを好きだというのを……』
そこまで言って、妙にニヤニヤしているヒュウガ少佐を見て気付いた。
『少佐!騙しましたね?!』
「騙してなんかいないよぉ~。ただ確信がなかったから鎌掛けてみただけで」
あぁ……恥ずかしい……。
本人は居ないけれど、ブラックホークの皆さんの前で堂々と言ってしまったのだから。
穴があったら入りたいという言葉はこんな状況で使うのだろう。
とにかく恥ずかしい。そして未だにニヤニヤしているヒュウガ少佐がとてつもなく憎らしい。
「そっかぁ。やっぱりアリスたんはクロたんが好きなんだぁ」
「青春ですねぇ」
「そうですねぇ」
カツラギ大佐とハルセさんはそんな事を言い出すし……。
アヤナミ参謀の無言で完全無視も何だか逆に嫌ですけど……。
「アリスたん!クロたんの部屋に突撃しちゃいなよ!」
ヒュウガ少佐が言い放った。
「アリスたんの事だから、どうせ誕生日プレゼントでも用意してるんでしょ?
それとも“プレゼントはわ・た・し”的な事を考えてるとか…!!」
『ち、違いますよ!!何言い出すんですか少佐!!』
そんな恥ずかしい事を人前で言わないでほしい。
そして何故プレゼントが云々の所を無駄に色っぽく言うのだろうか。
「あは☆
でも、アリスたんってば顔真っ赤にしちゃってさ~。ホントにいじり甲斐があるよね~」
楽しそうに言う少佐。
思えば、確かに少佐に出会うといつもからかわれていた。
少佐は楽しくても私はちっとも楽しくないので、いい加減にしてもらいたいのだが…。
『もう少佐なんて知りませんから!』
失礼しました!と言って、私は半ば逃げるようにして執務室を出た。
* * *
『はぁ……』
まったく、とんだ恥をかいてしまった。
今度少佐に逢ったら何か仕返ししてやろう。
そんな事を考えながら、数時間前のように執務室前の廊下でため息をつく。
……先程の出来事もそうだが、またクロユリ中佐に会えなかった事もため息の理由ではある。
――「クロたんの部屋に突撃しちゃいなよ!」
ふと、憎たらしい少佐の笑顔とその言葉が頭に浮かぶ。
『突撃って……確かに、プレゼント渡さないといけないけど……迷惑かも知れないよね……。
どうしよう……』
しばし、逡巡。
そして、目の前にあるのは中佐の自室のドア。
結局来てしまった。
『………………』
ドアをノックしようと手を出しては、勇気が無くて引っ込める。同じ事を何度も繰り返していた。
普段は何とも思わないのに、今は心臓の鼓動がやけに五月蝿い。まるで耳のすぐそばで拍動しているようだ。
――…………いや、頑張らなきゃ!頑張るんだ私!
――普通にノックして、こんばんはって言って、プレゼントを渡して退散するだけで大丈夫なんだから!
いつまでもこんな状況では埒(らち)が明かない。
大丈夫だと自分に言い聞かせて、再度手を伸ばす。
コンコンコン。
ようやくノックすることができた。
「はーい」
部屋の中からくぐもった声が聞こえて、ガチャリとドアが開いた。
すぐにピンク色の頭がひょこっと姿を現す。
「あれ、アリスじゃん。どうしたの?」
『あ、クロユリ中佐……夜分遅くに申し訳ありません!』
「いや……まだそんなに遅くないと思うけど。7時だし」
『そ、そうですよね……』
……やはり緊張してしまって、脳内シュミレーションの通りに喋れない。
クロユリ中佐の的確なツッコミと自分の不甲斐無さに苦笑いした。
「で、どうしたの?」
中佐に再びそう問われて、一瞬忘れかけていた本来の目的を思い出した。
背中に隠してある、プレゼントを持つ手に無意識に力が入る。
緊張してはいるが、ここまで来たら後戻りはできない。
『クロユリ中佐!お誕生日おめでとうございます!!
あの…プレゼント!もし迷惑じゃなかったら、受け取ってください!』
意味もないのに何故か怖くなって、私はギュッと目を瞑(つぶ)ってプレゼントを差し出した。
「わぁ、ありがとうアリス!」
クロユリ中佐の嬉しそうな声が聞こえて、私は目を開けた。
すぐそこに居る中佐は、声から受けた印象と寸分違わぬ満面の笑みを浮かべて私の手からプレゼントを取ってくれた。
「ねぇ、開けてもいい?」
『も、もちろんですよ!』
期待を膨らませているような顔で、丁寧にラッピングを取っていく。
「これって…………マフラー?」
『はい、そうです!』
今、クロユリ中佐の手の中にあるのは淡い桃色をしたふかふかの毛糸のマフラー。
端にはフェルトで作られたうさぎのワンポイントがあしらわれている。
「もしかして、アリスの手作りだったりする?」
『あ……はい……。あの、確かにまだマフラーは早いかも知れませんけど、これから寒くなってきますから……』
そう言われると急に恥ずかしくなってきて、私は少しうつむいて小さな声で肯定した。
そして、一気に不安が押し寄せてきた。
クロユリ中佐に気に入ってもらえなかったらどうしよう。いらないと言われたらどうしよう。
そんな思いが頭に浮かんで、私の心を締め付ける。
「…………すごいよ!!ありがとう!大事にするね!!」
しかし、今の言葉でそれも全て吹き飛んだ。
中佐の幸せそうな笑顔で、私の胸まで幸せに満たされていく。
『ありがとうございます、中佐!』
私も中佐に負けないくらいの笑顔でそう言った。
「それにしても、アリスのちっちゃい脳みそでも僕の誕生日を覚えていられるんだね。びっくりだよ」
『クロユリ中佐……それ、酷くないですか…?
流石の私でも、大好きな中佐の誕生日くらい覚えられますよ!』
少しムキになりながらそう言って、ぽかんとした顔でこちらを見つめているクロユリ中佐を見て自分が犯した失態に気付いた。
『あ…………ちちち違います、違うんです!今のは“大先輩の中佐”って言おうとして噛んじゃったんです!ですから断じて“大好き”などとは言っていなくてですね!つまり私の滑舌の悪さが原因で…』
火照った顔で必死に弁明する。
バレてしまっただろうか。
もしそうだったら、こんな告白の仕方というのは最悪ではないか。
今日は何故こんなにも思い通りに行かない事ばかりなのだろうか。
これまでの人生で最悪の日と言っても過言ではないと思う。
「……じゃあ、アリスは僕の事嫌いなの?」
いつの間にか悲しそうな顔になっていたクロユリ中佐が、そんな事を言った。
『え!?いや、そうじゃありませんよ!そんな訳無いじゃないですか!』
中佐の事を嫌いなはずがない。むしろその逆だというのに。
「じゃあ僕の事、好きなの?嫌いなの?どっち?」
天使のような笑顔でとんでもない内容の言葉を言う中佐。
……そんな事を言われたら、私に残された回答は一つしかなくなってしまう。
『………………好き…』
「聞こえなーい」
『っ…………好きです!好きなんです!クロユリ中佐のこと…!』
言ってしまった。
ついに言ってしまった。
不安と後悔とが私の心に押し寄せてくる。
だけど、“やっと伝える事ができた”という喜びもほんの少しだけ混じっていて。
でも、何て言われるのかと考えるとやっぱり怖くなる。
二人だけが立つ廊下で、五月蝿い心臓の音だけを聞きながら私は待った。
「…………よかった」
『え…?』
中佐の言葉に、思わず耳を疑った。
「僕、もしかしたらアリスに嫌われてるんじゃないかって思ったから……。
でもよかった!これで僕達両想いだね!」
『え………えぇっ!?』
そんな事を言われて、私はパニック状態に。
確かに、両想いであることを心の隅で願っていた。
しかし実際そうだとわかると、驚きとか嬉しさとか色々な感情がごちゃまぜになって。
何と言えばいいのだろう。自分でもよく分からない。
茫然と立ち尽くしているような状態の私は、突然、ふわりと何かに包み込まれた。
我に返って、見ると、自分より幾分か低い背丈のクロユリ中佐に抱きしめられている。
「大好きだよ、アリス」
その言葉を忘れる事はないだろう。
伝わってくる温もりがこの上なく愛おしくて、
この瞬間が何よりも嬉しくて、
――今日って、今までの人生で最高の日かも知れない。
『……私も、大好きです』
それだけ言って、私も彼の背中に手を回した。
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