カリスマアイドルは塩対応?
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※元ネタ:2021/1/25の雨宮先生・市原先生のTwitter
第一区随一の広さを誇るホールは、ただならぬ熱気に包まれていた。
今日この場所では、バルスブルグ帝国の誰もが認める圧倒的一番人気のアイドルグループ・ブラックホークの、実に数年ぶりとなる握手会が開かれている。
それに参加するべく集まった人々は数百という数には収まらず、会場は超満員となっていた。
そして、その場の雰囲気に呑まれて浮き足立ちながら列に並んでいる私もまた、参加券を握りしめて此処へやって来た人間の一人なのであった。
自慢ではないが、私はブラックホークのデビュー初期からのファンである。
以前は熱心にコンサートやレコード店でのイベントに足を運んでいたけれど、人気が爆発してからはチケットも入手困難になり、元々くじ運の無い私は参加したくてもできない状況が続いていた。
仕方の無いこととはいえ、最近の多くのファン達よりも私のほうが先に好きになったのにどうして……なんていう悔しい気持ちが無いと言えば嘘になってしまうけれど。
だからと言って私の熱が冷めることはなく、今もレコードやグッズやコンサート映像や特集を組んだ雑誌など色々なものを購入し応援している。
そんな中で開催が告知されたのが、今回の握手会だった。
あまりの人気ぶりに長らく開催されていなかったが、日程を複数設けながら各区を巡るなど色々と工夫をしてようやく開催の目処が立ったらしい。
初回盤のレコード争奪戦で歴史的な勝利を果たし念願の参加券を手に入れることに成功した私は、それはそれはガチガチに緊張しながらゆっくりと進んでいく列を待っていた。
汗ばむ手の平を握り締めたり扇いだり、深呼吸したり、並んでいる列が私の推しであるアヤナミ様の列であることを何度も確認したりしながら、事前に考えてきた握手の時に掛ける言葉を頭の中で繰り返す。
ブラックホークの不動のセンターでありカリスマとまで称されるトップアイドル・アヤナミ様こそ私が長年大好きで追いかけているアイドルその人だった。
高い身長と鍛えられた肉体による抜群のスタイル、聴く者全てを虜にする美声、芸術品の彫刻のように整った顔立ち、グループ内にあっても一際人目を引くパフォーマンス。
どれもこれもが私の心を惹き付けて離さない。
彼を見て好きにならない人間は居ないとさえ思うし、例に漏れず私もリア恋と言っても過言ではないくらいの感情を抱いている。
ヒュウガくんを始めとした他のメンバー達が熱心にファンサービスをしてくれるのに比べてアヤナミ様はほとんどそういったことはしないけれど、そんなクールな所も素敵なので万事問題無い。
恋は盲目なのである。
そしてそんなアヤナミ様に至近距離まで近付き、あまつさえ手と手で触れ合って握手ができるともなれば私の心臓はもう爆発寸前だった。
先述のとおり自分を落ち着かせたり来るべき瞬間に向けてイメージトレーニングをしたりしながらソワソワと列に並んでいたが、そんな時間も長いようで短くて。
気付いた時にはもうあと数人というところまで来ていて、益々緊張が加速する。
──とにかく今日は、アヤナミ様へ応援の気持ちを伝える。
それが私の目下の目標であった。
前方から聞こえてくる、今まさに握手をしている女の子とアヤナミ様の会話でも、熱っぽく語りかける女の子とは対照的に彼はああ、とかそうか、とか相槌を打つだけだ。
変に要望をしたりしてアヤナミ様を困らせたり煩わせたりしてはいけない。
ただ応援の気持ちを伝えられれば、それだけで充分だ。
……私は元来口下手なこともあって、それだけでも相当ハードルの高いミッションではあるのだけれど。
*
「次の方、どうぞー」
隣に控えているスタッフが手を掲げる。
ついに私の番が来てしまった。
誘導に従って、慌てて所定の立ち位置へ向かう。
緊張で歩き方まで忘れてしまいそうだ。
一呼吸置いて見上げれば、レコードジャケットやポスターで何度も見たあの美しい瞳と目が合った。
『あっ、あのっ、えっと、』
第一声から躓いてしまって、ますます動揺が加速する。
アヤナミ様の身長の高さは知っているが、実際に彼を前にして首も目もぐっと上げていると身長差が身をもって実感された。
視線の先の彼は、ただ静かに待っている。
──大丈夫だ、落ち着いて、準備してきた通りに話せば。
深呼吸をして、ずいっと両手を差し出して、私はもう一度口を開いた。
『あの、ずっとファンでしたっ!!』
「ああ。久しいな」
『はい!……えっ!?』
「私達がまだほとんど名も知られていなかった頃からイベントに来ていただろう。よく覚えている」
『え、あっ……えっ……?』
低く艶やかな声が鼓膜を揺らす。
私の手を包み込むようにしっかりと握られた彼の手は大きくて、がっしりとした力強さがあって、肌から伝わる温もりに胸が高鳴るのと共にどこか穏やかな安心感を覚える。
しかし、掛けられた言葉はあまりにも想定外のもので。
目が回ってしまいそうなくらいに、私の頭の中は彼の言葉が駆け巡って大混乱だった。
どれくらいの間そのままだったのだろう。
「時間でーす」
横から飛んできた声に、漸く私は我に返った。
──ああ……あわあわしているうちにせっかくの時間が終わってしまった……。
『こ、これからもずっと応援してます!!』
スタッフに促されるまま歩き出した去り際に、やっと最後に一言だけ絞り出した。
あまりにも畏れ多い、私如きには余りある言葉を貰ってしまったような気がして……この程度では何のお返しにもならないけれど。
これだけは伝えたかった、伝えなければと思って持って来た言葉だ。
ああ、と淡白に返答するアヤナミ様の表情に微かに笑みが浮かんでいるように見えたのは、動揺が極まった私の思い違いだろうか。
その後のことは、正直に言えばあまりよく覚えていない。
来る時以上に地に足が着いていないような、夢見心地のまま会場を後にしたのだろう。
その後暫くの間、あの瞬間を思い返しては身悶えする日々が続くのだった。
私が今まで以上にアヤナミ様を好きになってしまったのは、言うまでもないことである。
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