10月31日はハロウィン!
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『アヤナミ様!トリックオアトリートです!』
本日は10月31日。
いわゆるハロウィンである。
世間は可愛らしいジャック・オ・ランタンや仮装した子供たちで溢れ、あちこちでお菓子が飛び交っていることだろう。
ならば、このお祭り騒ぎに便乗しようと思うのが人間というものだ。
そんなわけで、昨日急遽雑貨屋で仕入れた鍔が広く先の曲がったとんがり帽子を被っただけの仮装をし、とびっきりの笑顔でもって我が上司にお菓子を要求した次第であります。
「……何だそれは」
それに対して我が上司であるアヤナミ様は訝しげな視線をこちらに向ける。
『ご存知ないですか?今日はハロウィンですよ!トリックオアトリートというのはハロウィンの日に唱える言葉で、お菓子をくれないとイタズラするぞという……』
「それくらい知っている。それより何だその頭は」
彼が私の頭上を睨んだ。
そこにある異変といえば、コレしかない。
『コレですか?魔女っぽい帽子です!』
どうです、似合ってますか?と鍔の端持って上目遣いに問うてみるが、アヤナミ様の表情はイマイチだ。
うーむ、せっかく仮装してみたのに。
「そのような格好でうろつくな。軍人として正しい服装をしろ」
『ですから仮装は全身じゃなくて帽子被るだけにしてるじゃないですかー!』
「第一、ハロウィンで仮装をするのは子供だけだ。その歳にもなって一体何を浮かれている」
『私は子供の心を忘れない純粋な大人になるんです!』
「…………まあ、体型は確かに子供だな」
『今どこ見て言いました?!』
何時の間にか先程より少し下がっていた視線に思わず噛み付く。
これはまだ成長途中なんです、発展途上なんですよ。
言いたいことは山ほどあるが、しかし、今は他の用事があるので抑えておかなければ。
『ま、まあ、私は心が広い大人になるのでね、今回は聞かなかったことにいたしましょう。……それより!』
語気を強めて、ずいっと右手を差し出す。
『お菓子をください!くれないと、イタズラしちゃいますよ?』
そうすると、アヤナミ様は少しの沈黙の後、溜息と共に言葉を吐き出した。
「……菓子など持っていない」
『!!』
なんと…!
これはチャンスだ。
先程の発言の仕返しをして、さらに普段はキッチリしていてクールなアヤナミ様の少々残念な姿を拝むことができる絶好の好機…!!
『ではイタズラ決定ですね!』
そう高らかに宣言してから、私は内ポケットに忍ばせていた物を取り出した。
キャップを外し、少し背伸びをしながらそれをアヤナミ様の顔に近付け……――
「何をする気だ」
あと少しという所で手首を掴まれ阻まれてしまった。
流石というか当然というか、彼は結構握力があるようで地味に痛い。
『何って、見ての通りペンで落書きでもしようかと』
水性なので洗えばちゃんと落ちますよ!と真っ赤なペンを空中でくるくる回しながら言うと、アヤナミ様の眉間にシワが寄る。
多分、そういう問題じゃないって言いたいんだろうな。
最近アヤナミ様の考えそうなことが分かるようになってきた気がする。
これが以心伝心というやつかな。
「……そんな下らない事をしていないで、さっさと仕事に就け」
『えー、ほっぺにぐるぐる描きたいのにー』
「黙れ」
わお、辛辣!
少佐以外に対しては滅多にそんな事言わないのに!
……でももしかしたら、これも以前に比べて親密度が上がっている証なのかな。
そう思うとちょっと元気が出てくるぞ。
『いいじゃないですか、ちょっとくらい』
「駄目だ」
『片方だけでも!』
「駄目だ」
『……絶対駄目ですか?』
「そうだ」
『むー……』
若干むくれた表情で視線を下に落とす。
……が、私はまだ諦めてなどいない。
これは“フリ"だ。
演技なのである。
『わかりました……』
と少し低めのトーンで言いながら、未だ掴まれたままの右腕を軽く引く。
さぁ、ここからが本番だ。
アヤナミ様の手の力が弱まった所で、右手の中のペンを指で器用に弾く。
そうして宙を舞ったペンを空いた左手で流れるような動作で掴み、突き刺すくらいの勢いで彼の顔を狙う。
相手に抵抗の意思があるとなれば、こちらも容赦はしていられない。
ほっぺのぐるぐるだけにするつもりだったが、こうなればおでこに第三の目も描いてやる。
そう意気込んだ……が。
「遅い」
ガシ、と左手首もあえなく確保されてしまった。
流石は我が上司だ。今は素直に感心していられる状況ではないけれど。
『……どうして防いじゃうんですか…!』
「落書きなどされては困る」
『水性だからだいじょぶですってばー』
「それでも駄目だ。今日は重要な会議がある」
『………………あっ』
今の言葉を聞くまですっかり失念していた。
そういえば今日は上層部のお偉いさんたちとの会議があるのだ。
万が一落書きしたものがうまく落ちなかったりでもしたら、色々マズイ。
とってもマズイ。
『…………それじゃあダメですね…』
「何だ、今度はやけに素直に引き下がるのだな」
先程と違い、引っ込めたペンにすぐさまキャップをはめる私にアヤナミ様は少々拍子抜けといった顔をする。
『さすがの私でも会議前のアヤナミ様のお顔に落書きなんてできませんよ……』
「先程まではする気満々だったように見えたが」
『それは忘れてください……。あぁ、でもそうなるとイタズラが…』
考えていたことは出来なくなってしまったが、お菓子を貰えなかったからには何かイタズラをしなくてはならない。
うーん、と唸りながら考えること数秒、アヤナミ様の姿を見て妙案を思い付いた。
『そうだ!アヤナミ様、ちょっと屈んでいただけませんか?』
そうお願いすると、彼は色々と疑問のありそうな表情をしつつも、言う通りに軽く背を曲げてくれる。
何だかんだで優しかったりするのがアヤナミ様の良い所だ。
失礼します、と断りを入れてから彼の頭上に乗っている帽子を両手で取り、代わりに私の頭に乗っていたとんがり帽子をアヤナミ様の頭に置く。
そして、アヤナミ様の軍帽を私が被れば完璧だ。
『ちょっと地味ですけど、これがイタズラということで!』
若干ミスマッチなとんがり帽子を被ったアヤナミ様に思わず笑みを零しながら、イタズラ完了の宣言をする。
実はアヤナミ様が常日頃から愛用しているこの軍帽を被ってみたいという気持ちもあったので、私としては一石二鳥だ。
きゅ、と少し下に引いて軍帽を頭に押し付けると、何だか余計にニヤニヤした表情が収まらなくなってしまう。
今年はなかなか良いハロウィンだった、とまだ今日という日が半分も終わっていない頃から満足感に浸っていると、
「アリス」
アヤナミ様に名前を呼ばれたので、また視線を上に上げる。
視界に入ったのは、何やら打って変わって機嫌の良さそうな顔をしたアヤナミ様。
何と言うか、これは、良からぬ事を企んでいそうな表情だ。
そう私の勘が告げている。
そして、
「Trick or treat?」
耳元で、流暢な発音の決まり文句。
囁くような声に一瞬ドキリとしてしまったが、何も焦ることなんてないだろう自分。落ち着け自分。
『お、お菓子ですね!それなら私ちゃんと準備してきましたよ、ほら、………………あれっ?』
飴玉を入れたはずのポケットを探るが、そこには何の感触も無い。
おかしい、確かに今朝ここに入れたはずだ。
部屋で確認した記憶だってある。
他のポケットも探ってみるが、目当ての物は何処にも入っていない。
どうしてだ、こんなの絶対おかしい。お菓子だけに。なんて言ってる場合じゃない。
『あ、あの、すいません、なんか部屋に置いてきちゃったみたいで、今から取ってきますね』
そう言って自室に戻ろうと踵を返したが、すかさず私の腕を掴んできたアヤナミ様によってそれは阻まれた。
「菓子は無いのか?」
ああ……何やらとても楽しそうな笑顔をしていらっしゃる…。
『あの、ですから自室に置いてきちゃっただけでですね、決して無いというわけでは……』
「だが今は無いのだろう?」
『う……確かに、今は持ってないですけど……』
「今菓子をくれぬというなら、アリスにはイタズラをしてやらねばならんな」
そう言って迫ってくるアヤナミ様に思わず身を縮ませる。
アヤナミ様がしてきそうなイタズラなんて想像がつかない。
最悪の場合拷問紛いのことをされるのではないだろうか。
そう考えると血の気が引いていく感覚がした。
そんなことになれば、楽しんでいたはずのハロウィンが一気に最悪の一日に変わってしまう。
『ちょ、お、落ち着きましょうアヤナミ様!さっきは色々すみませんでした!お許しくださいアヤナミ様!私はまだ死にたくないです!!』
涙目になりながらどうにか思い止まってもらおうと説得を試みるが、アヤナミ様がそれに耳を貸す様子は無い。
そうこうしているうちに私と彼との間の距離はほとんど無くなっていた。
最早これまでか、と覚悟を決めて固く目を瞑る。
…………が、それから数秒経っても何も起こらない。
何とか一命を取り留めることに成功したのだろうか。
そう思い、恐る恐る閉じた目を開いてみる。
その時、
『……!』
唇に柔らかいものが触れた。
反射的に開きかけた目を再び固く閉じる。
私の身体は緊張やら何やらで固まっていたが、それを解すような触れるだけの優しいキスが続いた。
そのまま幾らかの時間が過ぎ、脳が熱に浮かされたようになってきた頃、唇を割って彼の舌が侵入してきた。
後頭部に手が回され、頭の芯から蕩けてしまいそうな深い口付けに変わってゆく。
『ん……ふ、ぁ……っ』
キスの合間から漏れる小さな喘ぎと唾液の絡まる水音が二人きりの部屋に響く。
徐々に苦しくなっていく呼吸とは裏腹に、緊張も羞恥も理性も甘く溶けていってしまいそうだ。
永遠にも感じられるその時間。
どのくらいそうしていたかはもう分からなかったが、随分と長い間お互いを貪った後、温もりはゆっくりと離れていった。
「……これで良いのだろう?」
口の端から零れてしまっていた唾液を妖艶に舐め取りながら、アヤナミ様が言う。
「さて、いい加減仕事に戻るとしようか」
また小さくキスを落として微笑むと、彼は何事も無かったかのように去っていってしまう。
私はただ、ぼうっとしながらその後姿を見送ることしかできなかった。
貴方には敵わない
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