温泉宿へ行きましょう!
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※黒翼-クロハネ-夢主
『温泉……ですか?』
印刷室に大量に設置された印刷機の一つの前に立って、今日必要だと言い渡された資料のコピーを取っていると、ヒュウガ少佐とコナツさんがやって来た。
そして、これから一泊二日で温泉に行くと告げられたのだが。
「違いますよ少佐!!我々は国際和平会議に出席するために第七区へ行くんです!温泉はついでですよ」
「コナツこそ違うよ!!オレ達は温泉に入るために第七区に行くの!会議なんてどうでもいいし」
……ああ、コナツさんの方が正解なんですね。
最初に言われた時は何かのドッキリなのかと思ったが、会議のためというなら納得だ。
温泉に行くだなんて、あのアヤナミ様が許可するはずがない。
「上層部の連中がカキに中って、その代わりなんだってさ」
「そういうわけですので、急で申し訳無いのですが準備をお願いします。出発は7時なので、あと45分くらいしか無いのですが……」
『大丈夫ですよ。了解です』
そんなやり取りが終わると、用は終わったらしいお二人はここを去ろうと歩き出した。
私もそれを見送るつもりだったが、一つ気になることに思い当たって彼等を呼び止める。
『あの、ではこの資料は……』
「あ……今日の会議は全てキャンセルになったらしいので、全部不要ということになりますね」
『……そうですか』
あぁ、紙がもったいない。
でもそれ以上に…。
ーー無駄になった私の労力を返してくれよ!全部水の泡じゃないか!!
などと心の内で項垂れながらも、私はコナツさんの言葉に頷いた。
* * *
「うっほー!窓の外は絶景だぁ!!」
ガラガラ、と窓を開け放ったヒュウガ少佐が大きな声でそう言った。
つられて私も外を見ると、彼の言った通り、宿の周囲の緑溢れる自然の風景と眼下の山麓の方に広がる都市部の景色が調和した絶景が広がっている。
第一区に居たら見られないであろう景色だ。
「皆で温泉だなんて久しぶりだねぇ。ルゥたんと一緒に来るのは初めてだし。会議さっさと終わってよかった~」
畳に腰を下ろして、心底嬉しそうに少佐が言う。
他の皆さんも、思い思いの場所で寛ぎ初めているようだ。
『なんだか、私一人だけ個室取ってもらっちゃってすみません…』
実は今回、皆さんは1つの6人部屋に皆で泊まるというのに、私だけ何だか高級そうな個室を用意してもらってしまったのだ。
勿論、女と男が同じ部屋で寝るわけにはいかないことは分かっているのだが、やっぱり申し訳無いと思ってしまったりする。金銭面で。
今は、一人では寂しいからと荷物を置いてすぐにこうして皆さんの居る大部屋へ遊びに来ているのだが。
「気にするな」
「そうですよルフィアさん!女性なんですから当然ですっ」
アヤナミ様とコナツさんはすかさずそう言ってくれた。
しかし、
「えー、オレは別にルゥたんと同じ部屋でも良かったけどなぁ」
「ヒュウガ……温泉の代わりに三途の川にでも入ってくるか?」
「…………え、遠慮します……」
問題発言をしたヒュウガ少佐だったが、すぐにアヤナミ様に黙らされた。
流石です、アヤナミ様。
「それにしても、よくこんな山奥の温泉宿知ってたねヒュウガ」
「ふっふーん♪クロユリ君、アヤたんの隠れ宿の一つなんだよ?ココ」
『えっ、そうなんですか!?』
「ふっ……」
パッと見た感じでは、かなり高級そうな宿だったけれど……。
こんな良い所を隠れ宿にしているだなんて驚きだ。
これも、流石はアヤナミ様と言うべきか。私のような貧乏庶民とはスケールが違う。
次元の差に呆然としていると、近くに座っていたコナツさんが思い出したように言った。
「まさか、行きの空挺内で仕事を全部片付けちゃうとは思いませんでしたよ、ヒュウガ少佐」
「ふっふっふ、ちょっと本気を出せばあんなもんよ」
そう返事をする少佐は何故か得意げだ。
「目の前に人参をぶら下げられた馬車馬のような働きっぷりでした」
「うん!今にも人を斬りそうなくらい本気の目だったよね!」
『やれば出来るんでしたら、いつもそれくらい頑張ったらどうですか?コナツさんのためにも』
「あー……そうしたいのは山々なんだけど、事務処理をすると今まで以上に人を斬りたくなって大変なんだよね」
「デスクワークで禁断症状が出て来るんですね……」
「貴様の存在価値は、戦時に限られるな」
「アヤたん……それ、褒めてるの?」
アヤナミ様の手厳しい指摘に少佐は項垂れ、他の人達からは笑いが漏れた。
「あーあ、カツラギさんも宴会に駆り出されてカキに中らなければ、今頃極楽だったのにねぇ…」
皆さんの雰囲気が和んできた頃、コナツさんが呟いた。
「ハルセも一緒に来れたらよかったのに……。ちょうど研修だなんてがっかり…」
クロユリ君も残念そうにそう言う。
彼等が言った通り、カツラギ大佐とハルセさんは今回の会議には同行できなかった。
ついでとは言えせっかく温泉に来れるのだから、皆で楽しもうと思っていたのに…。
誰かが欠けていると、やはり何処か物足りない感覚が捨てきれない。
コナツさんもクロユリ君も、きっと同じ気持ちなのだろう。
と、なんだかしんみりした雰囲気になってしまったのを察してか、コナツさんが空気を変えるように明るい口調で言った。
「あ、ねぇクロユリ中佐!私、いっぱいおやつ持って来たんですよ!」
ガサガサと荷物を漁り、
「じゃじゃーん!」
「わぁっ!」
彼が取り出したのは、
「ほら、クロユリ中佐の好きな酢昆布チョコですよ」
「ありがとうコナツ!」
最近彼等の間でブームになっているのだというお菓子(?)だった。
酢昆布がメインなのかチョコがメインなのか、その辺りは定かではないが、とりあえず一般常識的には相性が悪そうにしか見えない組み合わせの物体だ。
まあ、世の中にはプリンに醤油をかけると雲丹の味になったりニラと牛乳をミキサーで混ぜるとメロン味になるなんていうミステリアスな現象もあるわけだから、絶対に不味いという保証は無いのだろうが……私は全力で遠慮する。
「ん~おいし~!このほのかな酸っぱさがたまらないね!」
「……君達、相変わらず変な味覚してるね…」
ぽつりと呟いた少佐に、珍しく親近感が湧いた。
そのまま変な物を見るような目で彼等を見ていた少佐だったが、何か気になるものを発見したのか、急に身を乗り出してコナツさんが先程漁っていた荷物を覗き込んだ。
「あ!リンゴ飴だ!これ貰っていい?」
「いいですよー?」
そういえば少佐はよくリンゴ飴を食べているが、好物か何かなのだろうか。
「いっただっきまー…………うぐっ!?生臭っ!!」
嬉々としてそれを頬張ったヒュウガ少佐。
しかし、次の瞬間彼は口元を押さえて噎せ返った。
何故かは分からないが、明らかに顔色も悪い。
「ーーでもそれ、リンゴ飴じゃなくて、可愛くカットしたマグロの刺身飴ですよ」
「うぇー…」
コナツさんが付け加えた言葉でなんとなく状況は察した。
気持ちは分からなくもないが……汚いのでやめてほしい。
「ヒュウガ。貴様、呼吸法の練習なら外でしろ。五月蝿くて気が散るではないか」
「苦しんでるんじゃないか!!ってアヤたん!何書類広げて仕事してんの!?」
そう叫んだ少佐の視線の先には、いつの間にか書類を手にしているアヤナミ様の姿。
……だんだん部屋の中がカオスになっていく…。
「会議で潰れた時間を取り戻しているだけだ。貴様の分もあるぞ。後ろのトランクを開けてみろ」
「えぇっ!?この高級トランク、アヤたんのお泊まりセットじゃないの?!」
少佐がトランクを開けると、大量の書類がバサバサと溢れ出す。
それを見て、少佐はうんざりしたような目をして言った。
「これじゃ全然休暇にならないよ…。ってコナツも仕事始めてるし!」
「え?……あぁっ!!書類を見ると、つい条件反射で…」
「ヒュウガ、貴様には惜しいほど良く出来たベグライターだな」
本当に無意識だったらしいコナツさんは、自らが手に取っていた書類を見て目を丸くしている。
……私もあと数年此処に居たら、コナツさんのようになってしまうのだろうか…?
そんな条件反射はすごく嫌だけど…。
「もう……皆仕事中毒なんだからぁっ!!」
我慢の限界を超えたのか、少佐は叫びながら彼等から書類をひったくった。
「ああっ!何するんですかヒュウガ少佐!!」
「ヒュウガ……貴様…!」
「いいから、お風呂行こうよお風呂!」
「わーい!温泉ー!」
「何しにわざわざ第七区まで来たんだよぉ」
「国際和平会議に出席するためだ…」
鞭を握り締め、禍々しいオーラを背負ったアヤナミ様がゆらりと立ち上がる。
ーーこれは、完全にご機嫌斜めだな…。
「あ、そうでしたそうでした!いやっ、アヤたんぶたないでっ!!」
そして、お約束。
「ああああああぁぁぁぁぁああっ!!!」
少佐の悲鳴が辺りに響き渡った。
* * *
(ーーーside)
「ねえねえコナツ。温泉に来たらやりたいことって、もう一つあるよね」
露天風呂へ来て、ちょっとしたハプニングがあった後。
心地好い湯に浸かりながら、ヒュウガがそんな事を言った。
一つ目の“やりたいこと”は先程クロユリの提案でやった、一列に並んで互いの背中を流し合うものであったが、彼の言う“もう一つ”のやりたいことに心当たりが無いのか、隣に居たコナツが首を傾げる。
「もう一つ…?何ですか、それ?」
「えー、わかんないの?男のロマンだよ?」
「だからわかりませんって」
その言葉を聞くと、ヒュウガは「コナツったら…」と呆れたように呟いた。
そして、
「女湯覗きに決まってるじゃん」
真顔で彼はそう言った。
その言葉と同時に、コナツが盛大に吹き出す。
「なっ、ななな、なな何言ってるんですか少佐?!」
「どもりすぎだよコナツぅ~」
「しっとりと濡れた髪、熱で上気した頬、水面に沈む四肢、湯気の向こうに霞む白い肌…ッ!!
コナツは見たくないの?」
「見ませんっ!!」
拳を握り締めて力説しながらヒュウガはコナツに訊いたが、見事に否定された。
「……だいたい少佐、そんな事したらルフィアさんかアヤナミ様に殺されますよ?」
「分かってないねぇコナツ。そのスリルが覗きの醍醐味だよ」
「意味が分かりません!」
そんなやり取りをした後、徐に湯船から立ち上がったヒュウガは、女湯がある方向へ歩き出した。
そこは大半が高い竹垣で仕切られていたが、一部だけはそこに元からあったらしい大きな自然石を仕切りとして利用していた。
彼はそこに足を掛け、侵入を試みる。
背後からコナツが色々と叫んでいたりクロユリが呆れた目で見ていたりするのを無視してヒュウガが岩を登っていると、
「何をしている」
地を這うような声が、その空間に響いた。
* * *
(ルフィアside)
『何か、隣が騒がしくない?』
温泉にゆったりと浸かりながら、私はそう呟いた。
丁度良い温かさが身体に沁みて、日頃の疲れがじんわりと溶けて消えていくような感じがする。
そんな幸せな時間を堪能していたら、隣の男湯の方から何やら物音が聞こえてきたような気がしたのだが。
“そうか?
……まぁ、温泉でテンション上がってるんだろ。案外単純な奴等だし”
『ふふ、たしかに』
ルークの言葉に、思わず笑みが零れる。
アヤナミ様はともかく、他の皆さん……特にヒュウガ少佐なんかは此処に着いた時からすごくはしゃいでいたし。
露天風呂で騒ぎ始めても何の不思議も無い気がしてしまう。
まぁ、久々の遠出で気分が高揚しているのは私も同じではあるのだが。
『そういえばさ、』
“何だ?”
何となく、今ふと思った事を口に出してみる。
『私、今裸だよね』
“そうだな”
『ルークは、そんな私を見てるわけだよね』
“まあ、オレもお前の目を通して見てるからな”
『きゃー、ルークの変態ー』
“ばっ、変な事言うなよ!!しかもその微妙な棒読み加減が地味にムカつく”
『あははー冗談だよー。そんな事、今更って感じだしね』
“かれこれ10年くらいの付き合いだからな。ま、お前の貧相な体見たって何も感じないっていうのが本音だが”
『私が貴方の頭をこの温泉に突っ込んであげるから今すぐ溺死しろ馬鹿ルーク』
“嫌だ。というか無理だ”
ルークの憎まれ口は今に始まったことではないが……。
そんなに貧相貧相言わなくてもいいじゃない。
今まで何度そう揶揄されたことか。
胸だって少しは……少しはあるんだし。
寄せてみれば谷間(らしきもの)だってできるし。
きっとあと数年経てば、私だってボンキュッボンなお姉さんに…っ!
“どんなホラーだ”
『ホラーって言うな!!』
* * *
(ーーーside)
「離してよアヤたんっ!!」
「いい加減にしろ、ヒュウガ」
岩肌を登ろうとするヒュウガと、それを阻止しようとするアヤナミ。
コナツとクロユリはその様子を少し離れた湯船の中から眺めていた。
「だいたい、アヤたんさっき少し出掛けてくるとか言って出て行ったじゃん!何でこんな所に居るの?!」
「そのつもりだったのだが、貴様がまた良からぬ事でも企んでいるのではないかという予感がしてな」
「勘鋭すぎっ!!というか、別に良からぬ事を企んでたわけじゃないからね?成人男子として健常な行いだからね?」
「馬鹿な事を言うな。立派な犯罪だ」
「そんな事言ってるけどアヤたん、本当は自分も見たいんでしょ?ルゥたんの裸」
「……そんなわけが無かろう」
「嘘だぁー。……そういえば、ルゥたん意外と細いから、無駄な肉とか付いてなくて綺麗な身体してそうだよね。もうちょっとふくよかな感じでも良いとは思うけどさ。胸の辺りとか」
「ヒュウガ、」
「何?一緒に見たいならアヤたんも登れば……」
途中で言葉が途切れたヒュウガの視線の先にあったのは、どす黒いオーラを背負って左手から禍々しいザイフォンを出しているアヤナミの姿だった。
「貴様、余程死にたいようだな」
「え、ちょ、ま、待ってアヤたん!!」
彼はそのまま、その手をヒュウガへ向けて構えーー
「ア、アヤナミ様!?流石にそれはーー」
ドガァァァァァン!!!
* * *
(ルフィアside)
ドガァァァァァン!!!
『!?』
突如、凄まじい爆発音と共に露天風呂の一部が吹っ飛んだ。
急な事に驚きはしたものの、すぐに近くに置いてあったタオルを身体に巻いて身構える。
ーー敵襲か…?
確かに、相手が油断していて、なおかつ武器も携帯していないであろう入浴時を奇襲するというのは理に適っているかもしれない。
だが、生憎こちらはザイフォンも、いざとなれば黒法術も使えるのだ。
武器が無かろうが、裸であろうが、戦闘力は大して変わらない。
ーー返り討ちにしてやろう……!
神経を研ぎ澄ませ、気配を窺いながら、爆発で舞った粉塵が治まるのをじっと待つ。
特に殺気のようなものは感じないが…。
徐々に視界が晴れてくると、
『…………』
「…………」
……目が合った。
何故かボロボロになって、裸で横たわっているグラサンと。
バッと横を向くと、こちらをガン見している、何故か軍服を着たアヤナミ様と、驚いたように目を見開いているクロユリ君と、鼻血を出して倒れてしまったコナツさんが、壊れた竹垣の向こうに見えて。
『…………いやああああああああああああっ!!!』
私の悲鳴と、二度目の爆発音が辺りに響いた。
* * *
『すみません……本当にすみません……』
ザイフォンで露天風呂を半壊させてしまったことをまず駆けつけてくださった宿の方々に謝り、次に、流れ弾を食らわせてしまったコナツさんに謝った。
露天風呂の件に関しては、最初に壊したのはアヤナミ様だったらしいけど。
「い、いえ!私は大丈夫ですからっ。こちらこそ、少佐がとんでもない迷惑を掛けてしまって……」
頬に絆創膏を貼って、鼻にティッシュを当てたコナツさんは、視線を彷徨わせながらそう言う。
今、この部屋に居るのは私とコナツさんとクロユリ君の三人だ。
アヤナミ様は出掛けてくると言い残して何処かへ行ってしまい、ヒュウガ少佐もその後を追うようにして部屋を出て行ってしまった。
…………今回の騒動の原因はその二人だというのに、何をしているんだあの人達は。
『うぅ……もうお嫁に行けない…』
「……そ、それもきっと大丈夫ですよ!……ほら、アヤナミ様が貰ってくださいますから!きっと!」
『……いいですよ、そんな気休めなんて…』
「………………じ、じゃあ、気分転換に…………書類でも、どうです?」
『……そうですね…』
何だか微妙な空気が流れ始めてしまった中、私はコナツさんに差し出された書類を手に取った。
* * *
(ーーーside)
「……久しぶりだな、ユキカゼ」
宿からそれほど離れていない、とある場所。
青白い月明かりが降り注ぐ中、彼は“それ”の前に膝をついて、帽子を取りながらそう言った。
風が吹き抜け、さわさわと周囲の草木が静寂の中に音を奏でる。
彼は、普段からは想像出来ないような優しげな眼差しをして、此処まで持って来たらしい酒をそっとそこに供えた。
「部下は置いて来たよ。本当はお前に紹介したい者もいたのだが、色々あってな…。それに、私はお前と二人きりで逢いたかったのだ。
見ろ、お前に逢う時はいつも満月だな。今日は風も優しい。桜の花弁が掛かったお前も美しいぞ」
淡く微笑んで、墓石をそっと指でなぞる。
冷たい空気が再び彼の肌を撫で、髪を揺らしていった。
「“私にベグライターは必要無い。もう誰も、傍には置かない”。……そう、思っていたはずなのだがな。
私に、新しいベグライターが出来たのだ。まだ心許ない部分も多いが……なかなかに優秀な少女だ。
だが……時々ふと思うのだ。
本当に、私は彼女をベグライターにして良かったのだろうかと。
彼女が笑うと、不思議と心が安らぐ。彼女が来てから、私の孤独は少し薄まったように思う。
しかし、彼女は、私の側に居ても良いのだろうか。
それに……また繰り返してしまうのではないかと思うと、酷く苦しくなるのだ。
…………ユキカゼ、お前は…………お前は私に出会って、本当に幸せだったのか…?」
「幸せだよ、アヤたん」
不意に背後から声が聞こえて、彼は振り返った。
声の主は今まで身を隠していた木陰から出て、一面に生えた柔らかい草を踏みしめてこちらへ歩いて来る。
月明かりに照らされて浮かび上がったのは、見慣れたサングラス姿の部下だった。
「ヒュウガ…。貴様何時からそこに居たのだ」
そう言って、彼はあからさまに眉を顰める。
「“……久しぶりだな、ユキカゼ”ってとこから。……そんな睨まないでよー、アヤたんを一人になんかできないよ。
アヤたんは、ユキカゼの前でしか帽子を取らないんだね」
珍しく軍帽を被っていない彼を見て、ヒュウガは少し笑った。
「私は一人でいい。帰れ」
相変わらず素っ気ない言葉しか言わない彼のことは気にせずに、ヒュウガは遙かな月を仰ぎ見て、闇を湛えた空へ声を張り上げる。
「なあユキカゼ!お前も、アヤたんを守れて幸せだったよな?」
その問いに答えるかのように、一陣の風が二人の間を吹き抜けた。
それに煽られて、月光に照らされた無数の花弁が空へと舞い上がる。
草木が揺れる音が響く中、ヒュウガは再びアヤナミへ視線を戻して言葉を続けた。
「ほら、幸せだって言ってる。ユキカゼも、アヤたんは強情で、なのに心配性で、ちょっと困った上司だって笑ってるよ」
「……ヒュウガ…」
「ユキカゼも、アヤたんに新しいベグライターが出来て喜んでるよ。
そんなに不安なんだったら、アヤたんがルゥたんのことを守ってあげればいい。それで、アヤたんのこともルゥたんのことも引っくるめて、オレが守ってみせるから。……それじゃあ駄目なのか?」
ヒュウガは、アヤナミの瞳を真っ直ぐに見据える。
暫しの沈黙の後、アヤナミはほんの少し目を細めて息を吐いた。
「ふっ……ユキカゼなら、わざわざそんな事は訊かぬ」
「ははっ、素直じゃないなぁアヤたん」
それに釣られるように、ヒュウガもその顔に笑顔を戻す。
「本当は、此処に一番来たかったんだね」
そんなヒュウガの言葉に、彼は肯定も否定もしなかったけれども、
「……飲め。彼奴の代わりに」
そう言って、そっと杯を差し出した一一
* * *
(ルフィアside)
「もう、何処行ってたんですかヒュウガ少佐!!」
だいぶ時間が過ぎた頃になってひょっこり姿を現したヒュウガ少佐に、コナツさんがそう声高に言った。
「アヤたんと一緒に、ちょっと宿の周りを散歩してたんだよ。……って、部屋に帰るなり書類の山…。見たくないよぉ…」
一方少佐は、私とコナツさんが広げた書類さん達を見てげっそりと肩を落とす。
そんな様子の少佐を先程の諸々の恨みを込めてジト目で睨みつけてみたら、華麗に目を逸らされた。ちくしょう。
「まあまあ、ヒュウガ少佐。環境の違う所での事務仕事も、良いかも知れませんよ?」
私達二人のやり取りに気付いていないのか、はたまたスルーしたのか、コナツさんはにこやかにそう言いながら終わらせた書類を片付けるためトランクを開ける。
「……それにしても、よく詰め込んだなぁ…………あれ?このトランク、書類の下に何か……!?えぇっ!?」
何やら試行錯誤していたコナツさんだったが、何かあったのか急に目を見開いて声を上げた。
それに続いて、彼の近くに居たクロユリ君やヒュウガ少佐からも声が上がる。
一体何事かと思って私もそれを覗いてみると、
「おわっ、ロマネコンティじゃん!!」
「パウンドケーキだ!!カルピスとおつまみもあるよ!」
ワインやソフトドリンクに、幾つものお菓子やおつまみ。
皆さんの好きそうなものがスーツケースの中から顔を出していた。
しかも、驚いたことにそこには私の好きなお菓子も混じっていて。
これを用意したのって…
「「『アヤナミ様…っ!!』」」
「アヤたん、大好きっ!!」
なんて良い人なんだ…っ!
いつもはこんな事はしてくれない、Sっ気溢れる鬼畜な仕事の鬼だからか、稀にこうしたサプライズがあるとすごく感動してしまう。
それは皆さんも同じなのか、皆一様に目を輝かせて部屋の奥に座るアヤナミ様を見つめる。
その視線を一身に集めたアヤナミ様は、私達の様子を見ると随分と愉しそうな笑みを浮かべて言い放った。
「ふっふっふ……明日からまた、死ぬほど働いてもらおうか…」
「「「『飴と鞭!?』」」」
……ああ、やっぱりアヤナミ様はいつものアヤナミ様だったようです。
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