硝子色の箱庭
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私がシザーマン卿の養子としてこの家に迎え入れられたのは、もう随分と昔のことだ。
私が居た孤児院に彼が選定に来た時、私は全く興味が無く、何とかして貴族の子になろうとアピールする周りの子供達とは裏腹に部屋の隅で目立たないようにじっとしていた。
にもかかわらず私が選ばれたことを不思議に思って、屋敷へ向かう道中に恐れ多くも理由を聞いてみた。
曰く、「お嬢ちゃんが一番五月蝿くなさそうだったからなァ」。
シザーマン卿はそういうお方だった。
そういうわけで、養子になった後も基本的には放任であった。
シザーマン卿は私に衣食住を提供する、私はシザーマン卿のお仕事の邪魔をしない、それだけである。
顔を合わせることも週に一度有るか無いかという程度。
普段は彼が手配したメイドが私の身の回りの世話をしてくれていた。
彼の養子になったのだからと、勇気を出して一度彼のことをお父様と呼んでみたことがある。
それへの返答は「やめろ気色悪い」だったので、以来私は周りの大人達と同じく彼のことをシザーマン卿と呼ぶことにした。
想像していた親子の関係とは随分違っていたが、落胆こそしたもののこの家での生活は悪い事ばかりではなかった。
屋敷の中は一部を除いて自由に出入りしてよいと言われていて、その自由に出入りできる部屋の一つにシザーマン卿の書庫があった。
私は本を読むことが好きだった。
決して裕福ではない孤児院では本は数冊しかなかったけれど、私はそれらが擦り切れるまで繰り返し繰り返し読んでいた。
そんな私にとっては、溢れんばかりの本があるこの書庫はまさに宝の山だった。
シザーマン卿の蔵書は多くが学術書だったため、幼くて学も無かった当時の私には分からない単語ばかりだった。
それでも数十冊も読んでいれば幾らかは理解できるようになっていって、それがたまらなく楽しかった。
おまけにこの屋敷には、孤児院と違って私が本を読んでいても揶揄ってくる子は居ない。
日がな一日本を読み耽っていても誰に咎められることもない、まさに夢のような場所だった。
シザーマン卿の養子になってそれなりの月日が経った頃。
今日も今日とて書庫の片隅で本を読んでいると、重たい扉が開く音がした。
姿は書架に遮られて見えないが、入ってきたのはシザーマン卿らしい。
普段ならすぐに目当ての本を持って出て行ってしまうが、今回はどうも様子が違っていた。
「やれやれ……何処にやったかな……」
ぶつぶつと呟きながら幾つかの棚の周りを歩き回っている。
聞こえたのは少し前に見た覚えのある書名だった。
私はしばらく書架の陰から様子を伺っていたが、勇気を出して彼に声を掛けに向かうことにした。
『あ、あの!シザーマン卿!』
「ん…?何だいお嬢ちゃん、オレは今忙しいんだ」
『あの、その本でしたらこちらの棚にあります…!』
小走りで駆けて、少し先にあった書架の上の方を指さす。
怪訝な表情で後を付いてきたシザーマン卿だったが、果たしてお目当ての本があったようで彼はぱっと顔を明るくした。
「おおこれだこれだ!お前さん、なかなか賢いねェ」
本を手に取ると、こちらへ向き直ったシザーマン卿はわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
急なことに私は固まり、ただされるがままになる。
「ひょっとしてこの本読んだのか?」
『は、はい』
「ほう、お嬢ちゃんの歳じゃまだ難しいだろうに大したもんだ。本は良い。好きなだけ読みな」
そう言った後、シザーマン卿は本を片手にひらひらと手を振りながら去っていった。
私はただ茫然とそれを見送るだけだった。
こんなに長く話したのも初めて、褒められたのも初めてだ。
ふわふわとした不思議な気持ちになって、その日は一日何も手に付かなかくなってしまった。
読みかけの本を広げながら、その日の私はずっとその時のことを考えていたのだった。
そんなことがあったからなのか、あれからシザーマン卿からは時折資料探しの手伝いなどに呼び出されるようになり、今となっては副官のように付き従う間柄になっていた。
……やっていることはほぼ雑用だけれど。
シザーマン卿にとっての私はヴォーグ制のために仕方なく迎えた子供だったのだろうが、多少は役に立てていると自惚れてもいいのだろうか。
少なくとも私は彼に恩義を感じているので、そうであれば嬉しいのだが。
「何をボーッと突っ立ってんだ」
『いたっ』
丸めた書類でポコンと頭を叩かれて私は我に返った。
目の前には不機嫌そうに眉を顰めたシザーマン卿の顔。
どうやら物思いに耽りすぎていたらしい。
「仕事だ、さっさと行くぞ。資料の準備は出来てるんだろうな?」
『は、はい勿論です!』
既に部屋を出て行こうとしているシザーマン卿の後を、慌ててバインダーの束を抱えて追いかける。
頼まれていたのはこれから粛清予定の反抗勢力の情報全般。
軍人としても研究者としても働くシザーマン卿の仕事は多い。
少しでもその負担を減らすべく、今日も私は私なりに奮闘するのであった。
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