ゆめうつつ
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近頃、いつも夢に見る人がいる。
夢の内容は様々で、その人との関係も様々だ。
時には兄であったり、幼馴染みであったり、茶屋で隣り合わせた他人であったり、亭主であったり。
実際に会ったことのある人ではない。
夢から醒めればその面影も朧で、上手に思い描くことさえできない。
しかし、その人の存在はいつしか私の心の大部分を占めるようになっていた。
夢を見た翌朝は決まって私は幸せな気持ちで目を覚ました。
だから私は、夢を見られる夜の時間と、その残滓に包まれて微睡む目覚めの一時が好きだった。
その時間だけが、私が私でいられる時間だった。
ああ厭だ。
いや、嫌、厭。
吐き出せない気持ちをひたすらに反芻しながら布団に潜り込んだ。
縁談なんてまっぴらごめんだ。
勝手に決められた婚約者は、一度会っただけでも嫌悪感を抱くには充分な男だった。
粗野で横暴で醜くて、下卑た目でこちらを舐めるように見ていた。
それでも家のための縁談を断ることはできない。
断ることなんて家が許さない。
私に選択肢なんて無かった。
あと数日も経たないうちに、私は私の意思とは関係無くあの男の許に嫁ぐことになる。
ああ厭だ、厭だ。
どんなにそう思っていても、逃げ場など何処にも無い。
だから私はいつもと同じようにただ目を閉じて、布団を抱き寄せ背中を丸めた。
早く眠りに落ちてしまえば、その間だけはこの胸を締め付ける苦悩を忘れることができるのだから。
「こんばんは。こんな時間まで起きているなんて、何か君の心を乱すことでもあったのかい?」
心地好い優美な声が降ってきて、私は瞼を持ち上げた。
声の主を探すと、すぐに月明かりに照らされ淡く煌めく翡翠色の双眸と目が合った。
整った顔立ちに困ったような表情を浮かべて、切り揃えられた黒髪を揺らし小首を傾げながら問い掛けられる。
──魘夢さん。
この人がいるということは、私は今夢を見ているのだろう。
よかった、と心の底から安堵する。
それと同時に、幼子のように彼に泣き付いた。
誰にも言えなかった心の内をただただ吐き出して、要領も得ないまま話し続けた。
魘夢さんはそんな私の話にも相槌を打ち、背中をさすりながら聞いてくれていた。
ずっとずっと泣き続けて、ようやく少し落ち着いてきた頃。
「そんなに嫌なら、逃げてしまおう。俺と、二人で、何処か遠い遠いところに」
乱れていた私の前髪を指先で払い、顔を覗き込みながら魘夢さんはそう口にした。
甘い、甘い誘惑。
それは私が求めていた唯一つの言葉だった。
決して叶うことの無い、願ってはならない望み。
けれども、この泡沫の夢の中でなら──、と。
私は迷わず差し出された手を取った。
魘夢さんはそれをしっかりと握り返して、緩く微笑む。
そしてそのまま引き寄せられて、私はすっぽりと彼の腕の中に抱き留められた。
「ああ、俺は夢にまで見ていたんだ。アリスが俺の物になるこの時を」
何処か高揚した声音が頭上から降ってくる。
あやすように頭を撫でる彼の手を感じながら、私はただ魘夢さんの胸に身体を委ねた。
──この幸せな夢から醒めなければいいのに。
心の底から、そう思った。
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