カラリウム
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※捏造過多
※原作沿い(ザ・ヴァリュアブル・ブックEX3時点)
──あ、死んだな。
トラックに轢かれた時、そう思った。
でも、その前のこともその後のこともよく分からない。
私は一体どうなったのだろう。
* * *
仄かな甘さのある香りがする。
何かの花のような、でも何の花なのか思い出せない不思議な香り。
それに意識を引き寄せされるように重い目蓋を開けると、こちらを覗き込んでいた誰かと目が合った。
「やあ。やっと目が覚めたんだね」
見知らぬ人。
黒に金糸を織り込んだような髪、酷く整った顔立ち、古風な鎧武者のような装束の、後光が差しているかのような錯覚をも抱いてしまうような超然とした青年だった。
「驚いたよ、此処に人が来るなんて思ってもみなかったから」
初めは病院か何処かかと思ったが、すぐにそうではないことに気付いた。
青年の背後には透き通った青空があって、私が横たわっていた場所は丈の短い草の生い茂る草原だった。
上体を起き上がらせると、遠くには美しい大樹があるのが見える。
心地良い風が頬を撫でるのを感じた。
『…………あなたは……?』
「……ああ、自己紹介がまだだったね。僕はリウムハート」
にこり、と傍らの青年──リウムハートが微笑む。
『私は、…………』
私も彼に自己紹介をしようとして、しかし唇はそこから動かなくなってしまった。
語るべき言葉は何も出て来なかった。
『…………ごめんなさい、何も、覚えていなくて』
「そうなんだね。謝らなくていいよ、ゆっくり思い出せばいい」
驚くでも詮索するでもなく、ただ少しだけ眉根を下げてリウムハートはそう言った。
「時間ならたっぷりあるし。此処には僕と君しか居ないから、何に気兼ねする必要も無いよ」
彼の穏やかな声音には、人を落ち着かせる力があるかのようだった。
普通であれば取り乱してしまいそうな状況でも、不思議と私の心は凪いでいる。
彼の存在のお蔭だろうか、ひとまず私の置かれている状況はそれほど悪いものではないように思えて、静かに胸を撫で下ろした。
* * *
結論から言うと、リウムハートのことを後光が差しているようだと形容したのは錯覚ではなかった。
というよりも、発光している。物理的に。
冷静に考えたらおかしいはずなのだが、不思議と違和感はあまり無かった。
私は存外適応力が高いのかもしれない。
それともこれは美形の成せる技なのだろうか。
前を歩くリウムハートの一つ結びの髪が揺れるのを追いかけながら、ぼんやりと考え事をする。
まずは一緒に来てほしい、と言った彼は私を連れて歩き出した。
道中、私は口を開いても良いものか分からず、彼からも特に話すことは無いようで、お互いに無言の時間が続いている。
荒涼とした土地と神秘的な草木が茂る自然とがまばらに同居した不思議な景色。
リウムハートの歩みに合わせて鎧の小札が奏でる金属の音。
靴を片方しか履いていなかったことに気付いて脱ぎ捨てたけれど、荒野を歩いても特に不自由は感じない。
植物はあれども動物は私達以外には何処にも見当たらない。
気になることは色々とあってキョロキョロと不審な動きをしていると、あまりに不審すぎたのか不意にリウムハートが振り返ってこちらを見つめてきた。
『あっ、す、すみません…っ!』
「ふふ、構わないよ。もう少しゆっくり行こうか」
ニコ、とまた彼が微笑む。
──眩しい。笑顔が。
でも、これは笑われたほうの笑みだろう。
色々な意味で心臓がキュッとなる。
『お、お気になさらず……』
いつの間にか距離が空いてしまっていた彼の元へ、私は慌てて駆け寄った。
* * *
「着いたよ」
立ち止まった場所は、遠くからも見えていたあの桃の大木の根元だった。
あまりにも大きくて、見上げれば視界の一面が桃色に埋め尽くされる。
花弁の一枚一枚が淡く光るように煌めいて、まるで星の海の中に居るようだ。
『綺麗……』
撓垂れた枝先には手を伸ばせば触れられそうだったが、触れてしまうことはどうにも憚られて。
私はただまじまじとその光景を目に焼き付ける。
「此処に来てくれたからには、まずはこの景色を見てほしかったんだ。気に入ってもらえたら嬉しいな」
リウムハートの声が響く。
誰だってこの美しさには心奪われるだろう。
気に入らないなんてことはあるはずがない。
「ようこそカラリウムへ。君を歓迎するよ」
その言葉に呼応するかのように、一際強い風が吹き抜けた。
花吹雪が舞い上がり、全てが花びらの向こう側に覆われていく中で彼の姿だけが淡く揺らめいている。
この世界はこんなにも美しい。
きっとこれが彼岸の景色なのだろうと私は思った。
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