NO NAME
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ノーネームはカリスマデュエリストである。
賞金の出る大会にのみ出場しLINK VRAINSの賞金ランキング上位の常連として名を馳せる傍ら、その中性的で整った顔立ちから美少年デュエリストとして脚光を浴びていた。
普段表舞台に立てば溢れんばかりの歓声に包まれる彼であったが、現在はLINK VRAINSの郊外エリアで人目の極端に少ない静寂の中に立っていた。
「はい、昨日連絡した例のデータよ。これは真っ先に貴方に見せようと思ってたの」
『確認させてもらうよ』
並び立つ建物の狭間の暗がりで、ノーネームは受け取った圧縮ファイルを指先で開いた。
幾つかの文書や映像を代わる代わる開き、滑らせるように軽く目を通していく。
『…………うん、さすがゴーストガールだ。貴重な情報をありがとう』
概要の確認のみを済ませ、然程時間の経たないうちに彼は伏せていた顔を上げて頷いた。
ふわりと爽やかな笑顔を浮かべる様は、まさに麗しい美少年だ。
観衆が居れば瞬く間に黄色い声に包まれたことだろう。
取引相手の好意的な様子を確認し、情報の買い取りを持ち掛けたゴーストガールも微かに表情を緩ませた。
「最近はPlaymakerの活躍で新しい情報がどんどん出てきているわ。彼には期待してたけど、まさか本当にこうしてSOL社の極秘情報までゲットできるとはね……海老で鯛を釣った気分よ。それに彼、貴方が調べているあの事件の関係者のようだし」
『そうだね。僕も今まで散々自分で調べ回ったり色んな情報通の人から情報を買ったりしてきて、それでももうだいぶ行き詰まってたのに…………彼はすごいよ……。今になってここまで状況が動くとは思ってなかったけど、せっかくだから有り難く恩恵に預かりたいね』
「ええ。私も一儲け出来て、Playmaker様々だわ」
『流石商魂逞しい。あ、今回も報酬は弾んでおいたから』
「あら嬉しい!愛してるわノーネーム!」
会話しながら画面を操作していたノーネームからの入金通知を受け取って、彼女は心の底から嬉しそうに飛び跳ねた。
そしてノーネームの手を取り、彼と腕を組むようにして上目遣いに微笑む。
『まあ、ゴーストガールにはいつもお世話になってるし……今後の先行投資も兼ねてね』
二の腕に当たる柔らかな膨らみの感触に、彼は困惑混じりの空笑いを浮かべた。
多くの賞金を稼ぎ裕福な生活を送っていると当然のように世間から思われているノーネームだが、実際にはその賞金のほぼ全てはこうしてゴーストガールやその他の情報屋の類への支払いに消費されていた。
そして、好ましい成果を挙げた者には惜しみなく報酬を上積みする。
一見すると無駄に出費を増やしているようだが、そうしているうちに相手が何か情報を掴んだ時には依頼を出していなくとも自らこちらに売り込みに来るようになっていた。
「……相変わらず顔色一つ変えないのね。私って魅力無い?それとも、天下の美少年デュエリスト・ノーネーム様は女の子なんて嫌というほど見飽きてるのかしら」
思ったような反応を得られなかったらしく、一転して不満気に口を尖らせた彼女は絡めていた腕を解いて数歩後ろに下がる。
『いやいやいや、そんなことないですって。ゴーストガールのような美人に迫られたら男なら皆緊張してしまいますよ』
そう慌てて弁明するノーネームに、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「ふふっ。貴方って、心にも無いことを言う時は敬語になるわよね」
『……これはこれは、よくご存知で』
降参だ、とノーネームが両手を挙げた。
電脳トレジャーハンターを名乗るゴーストガールは、その肩書きの通り電脳世界を股に掛けて価値ある情報を手に入れるITスキルもちろん、人とのやり取りにおける観察力や洞察力にも優れている。
その片鱗を垣間見た彼は少々バツの悪い顔をしながらも素直に感服していた。
「まあ良いわ、貴方が大切なビジネスパートナーであることには変わりないもの。これからもどうぞご贔屓に」
『僕の方こそ、今後とも良い情報の提供を期待しているよ』
「ええ、また何か掴んだら連絡するからよろしくね。…………いつか、貴方の探し物が見つかることを祈ってるわ」
『ありがとう』
この言葉を最後に、手を振るゴーストガールのアバターはブロックノイズのように揺らめきながらLINK VRAINSをログアウトしていった。
探し物。
ノーネームというデュエリストが、これほどの時間と労力と金銭を賭してまで探し求めている物。
それは“名前”だった。
彼は、本当の自分の名前を知らない。
そこに特段の不自由は存在しなかったが、それでも彼はそれを知らぬまま生きることができなかった。
現実世界では新しく付けられた名前を名乗って滞りなく日常生活を送る傍ら、本当の彼はずっと何かに突き動かされるように失くしてしまった物を求め続けていた。
────いつまでもノーネームではいられないのだから。
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