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神楽坂アリスにはある時点以前の記憶が無い。
彼女の記憶の始まりは、保護された施設のベッドの上だったそうだ。
記憶喪失になってしまった理由は、藤木遊作にとって想像に難くない。
遊作自身の記憶もアリスの記憶が始まった時点よりも半年分だけ前まであるだけで、そこから前は彼女と同じようにぷっつりと途切れてしまっている。
全てはあの事件が原因だった。
「本当にそれで良かったのか?遊作」
先程のアリスと遊作の会話を聞いていたらしい草薙翔一がキッチンカーのカウンターから顔を出す。
心配そうな顔をする店主に、遊作は少々きまりが悪そうに目を伏せた。
「…………本当は分かっているんだ、アリスにも戦いたいと思う理由があることを、全てを知る権利があることを」
絞り出すように、遊作は言葉を口にしていく。
「これが俺のエゴであることは分かっている。…………それでも、アリスには今のままで居てほしい。今のまま笑っていてほしいんだ。あいつに、あんな記憶は必要無い」
かつて遊作が経験し、そしてアリスも経験したであろうロスト事件は幼い少年少女にはあまりに凄惨な出来事であった。
十年経った今でも癒えぬほどの心の傷を不条理に刻み付けられた、それこそ全て消し去ってしまいたいと思うほどの出来事であった。
その事件に、彼女の心は耐えられなかったのだろう。
遊作自身も以前は、彼女のように全て忘れられたらとアリスを羨み、時には妬ましく思ったことさえあった。
同じ境遇であるはずの少女がまるで何事も無い普通の人生を歩んできたかのように屈託の無い微笑みを浮かべることは、確かに初めは受け入れがたいことだった。
けれどもそれは、いつしか遊作の心を少しずつ癒してくれるものにもなっていた。
「そうだな…。正直に言えば、俺も同じような想いはある」
草薙も噛み締めるようにそう吐露した。
彼も弟の草薙仁というロスト事件被害者の人生をすぐ近くで見てきた人物である。
それ故に事件の被害者がどれだけ人生を狂わされてしまったかを彼は身を以て理解していた。
その草薙もやはり、彼女に対しては少なからず思う所があるようだった。
「アリスにはあまり事件の記憶を呼び起こすようなことはさせたくない。だから……草薙さんも、頼む」
「ああ、分かってる。俺も、アリスちゃんのことは何を言われようと俺達の復讐には関わらせないようにするよ」
彼のその言葉を聞いて、遊作はただ静かに頷いた。
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