貴方と円舞曲を
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リアルソリッドビジョン技術の普及でデュエルのスタイルが大きく変化した今、それを用いたデュエルを行える施設は連日大盛況だった。
専用の設備を必要とするそれは身近な広場や旧式のフィールドでは行えないため、いち早くリアルソリッドビジョンシステムを導入した場所に人々が殺到するのは必然だろう。
規模の大小を問わず数多くの大会やイベントが催され、会場は何人ものデュエリストや観客で溢れかえる。
そういった時代の流れからか、プロデュエリストの中にはそうした施設を大金を積んでまで貸し切って練習を行う者も居るようだった。
実体化したモンスターと共に様々なパフォーマンスを行って観客を沸かせるスタイルのデュエリスト達にとっては、リアルソリッドビジョンを使った練習は欠かせないものであることもまた事実である。
その際の会場内は、普段とは打って変わって閑散とするのだった。
現在世間を沸かせているデュエリスト・ズァークもそういった人間の一人であり、今まさに誰もいないフィールドの中を駆け回っている。
オッドアイズ・ドラゴンと共に大ジャンプを決めたり、ダーク・リベリオン、クリアウィング、スターヴ・ヴェノムの背中を次々に飛び移りながら空を舞ったりと本番さながらのパフォーマンスを繰り広げており、その姿はまるでサーカスの曲芸師のようにアクロバティックだ。
一方の私はといえば、これまた他に誰もいない観客席の最前列から彼の様子をぼんやりと眺めていた。
二人以上からという会場貸し出し条件の数合わせと、リアルソリッドビジョンシステムを起動しデュエルを開始するための相手役として呼び出された私は既にお役ご免である。
ズァークからは帰っても構わないと言われていたが、彼に密かに想いを寄せている私はあれやこれやと理由を付けてここに居座っていた。
せっかく来たのだからと私も自分のモンスターを召喚して戯れているけれど、視線はついつい彼の方へ向かってしまう。
ドラゴン達に囲まれた彼はとても楽しそうだ。
普段から笑顔が素敵な彼だけれど、自由に、そして時間も人目も気にせずに心置きなくデュエルに没頭できるこの空間ではいつにも増して輝いているような気がした。
本当は、それをもっと近くで見ていたいのだけれど……。
プロにまで上り詰め現在も第一線で活躍している彼の相手が私に務まるとは思わないし、こうして彼の姿を独り占めできているだけでも身に余るほどの贅沢なのは分かっていた。
だから、私はこれで充分なのだ。
しばらくした頃、私が愛くるしいモンスター達のもふもふ毛皮を堪能している所に、ズァークのエースであるオッドアイズ・ドラゴンがとてとてと駆けてきた。
すぐ傍まで来ると、鋭い歯の生えた口で器用に私の服の裾を引っ張る。
まるでこっちへ来てと言っているようだ。
……だけどオッドアイズ、スカートを引っ張るのはやめて。そんなことしちゃいけない。
…………まあでも、ズァークになら見られても…………いやいや何を言っているんだ私は。
余計な雑念は振り払い、オッドアイズをやんわりと制して立ち上がると、今度は急かすように背中を押される。
そうしてオッドアイズに導かれるままにズァークの居るフィールドの真ん中まで来てしまった。
何か用でもあるのかと彼の顔を伺うと、彼は何処か困ったような笑みを浮かべている。
『えっと……どうかしたの?』
「いやー、皆がアリスが寂しそうにしてるって言うからさ。やっぱこんなのに付き合わせて悪かったかなって……」
皆、と言っても此処に人間なんて私とズァークの二人しか居ない。
彼が言っているのは彼のモンスター達のことだ。
ズァークがモンスターと会話することができるという特異な能力を持っていることは知っている。
しかし、モンスター達がそんな事を言うなんて予想外でとても驚いてしまった。
前に彼がモンスター達は人間以上に人間の感情に敏感だと言っていたが、もしかしたら本当にその通りなのだろうか。
確かに寂しくないと言えば嘘になるかもしれない。
しかし、彼の練習の邪魔になったり気を遣わせてしまうことは私の本意ではなかった。
『ううん、全然そんな事ないよ。私は見てるだけで楽しいし。オッドアイズ達も生き生きしててカッコイイから』
「そうか?それなら良かった!カッコイイもんなオッドアイズ!!分かるぜその気持ち……やっぱりアリスとは気が合うなあ!」
一転して陰りの無い笑顔が戻ってきた彼に、今度は私が苦笑気味になる。
単純と言うべきか、デュエル馬鹿とかモンスター馬鹿と言うべきか……。
それは彼の魅力でもあるのだけれど、いつもこの調子だと少々頭が痛くなるのは否めない。
気が合うと言われただけで少し嬉しくなってしまいそうな私もある意味同じ馬鹿なのかもしれないが。
自身のモンスターを褒められたのが余程嬉しいのか満足げに頷いていた彼だったが、そのモンスター達に何故か彼は頭を小突かれていた。
「……痛ってえ!何するんだお前ら…………え?今のは気遣いで言ってるだけだから馬鹿正直に受け取るな、って?」
『!?』
彼がドラゴン達に返した言葉に、またしても驚き心臓が跳ねる。
『ちょ、ちょっと何言っちゃってるの貴方達!言わなくていいのよそんなこと!!』
慌ててポカポカと手近に居たダーク・リベリオンを叩くが、その顔を見るとドヤァ、という擬音が付きそうな誇らしげな表情をしている……ような気がする。
え、何なのこれ。
「アリス、そうなのか?」
こちらへ話を振られて、私は固まる。
もう既に色々バレバレな気もするが、だからといって今更はいそうですなんて言えない。
言えるものならとっくの昔に言っている。
視線に耐えられなくなって、少し離れた所で我関せずといった雰囲気で佇むスターヴ・ヴェノムの背後に逃げ込んだ。
しかし、そのスターヴ・ヴェノムにひょいと持ち上げられてズァークの前に差し出されてしまう。
裏切り者ー!と心の内で叫ぶが、そもそも彼等はズァークのモンスターなのだからズァークの味方に決まっているのだった。
「アリス、言いたい事があるなら言ってくれ。オレはモンスターの心の声は聞こえても、お前の心の声までは分かってやれないんだから」
『……!』
私の瞳をじっと見つめ、真剣な面持ちでそんな台詞を言えてしまう彼には、本当に敵わない。
彼はいつだって優しくて、真っ直ぐで。
顔が熱を帯びていくのを感じて、彼の視線を受け止めきれなくて目を逸らす。
しかし、ここまで来てしまったら何も言わないわけにはいかないような気がして。
穴があったら入りたい気持ちをどうにか抑えて、ようやく私は口を開いた。
『…………あのね、本当に何でもないの。全然ズァークが気にするようなことじゃないの。ただ、私はデュエル弱くて、ズァークの練習相手にもなれなくて、情けないなって思っちゃっただけだから』
だから本当に気にしないで、と彼の干渉を避けるように体の前で手を振る。
ただそれだけの事実だけれど、改めて言葉にしてしまうとその現実が余計に重くのしかかってくるような気がした。
それを誤魔化すように乾いた笑いを浮かべるが、
「どうしてそんなこと言うんだ」
対面する彼は少し不機嫌そうに眉を顰めた。
「強いとか弱いとかなんて関係無いだろう。少なくともオレはアリスとのデュエルが好きだ」
『……っ!?』
ドキッと心臓が飛び出しそうなくらいに跳ねる。
彼の言葉に他意は無いのだろう。
ズァークとはそういう人だ。
しかし、こちらとしてはそういう単語を使われては平静ではいられないというか。
本当に……罪作りな人だ。
「アリスのデュエルはいつも素直で一生懸命で、一緒にやってて楽しいんだ。だから自分でそんなことを言わないでくれ」
『……そう、かな…?』
「ああ。ま、敢えて言うなら素直すぎて分かりやすいってのと、詰めが甘いってのはあるかもな。デュエルでは時に意地の悪いことをするのも必要だ。…………ほら、こいつらもそうだって言ってる。アリスのデュエルスタイルはアリスの性格そのものだってさ」
『う…………』
その指摘には色々と心当たりがあって、何も言い返せなかった。
なんだか上げて落とされたような心地もするが、それ以上に私には並程度の関心しか持っていないと思っていた彼が予想外に私のことを見ていたようでまたしても鼓動が速くなる。
繋げる言葉が見つからなくて、私だけが落ち着かない沈黙が続く。
異様に長く感じたその時間を破ったのはズァークだった。
「でも、情けないとかそんな考えなくてもいいこと考えてたってことは、アリスもオレとデュエルしたいと思ってくれてるってことだよな?」
『え?あっ……そ、それはっ……その……』
思わぬ指摘にあからさまなくらいに狼狽える。
どうしてこういう所だけは鋭いのだろう。
「なら今からデュエルしよう!練習なんかじゃなくてオレとお前の真剣勝負だ。せっかく最高のフィールドもあることだし、全力でかかってこい!」
『ええぇっ!?』
……しかし、結局デュエルに行き着いてしまうのが彼らしい所であった。
『で、でも、大会の練習はいいの?そのためにわざわざここを貸し切ってるのに…』
「練習する時間ならいくらでも作れるさ」
『だけど……』
「それに、オレはこれでもプロだからな。どんな状況でも最高のパフォーマンスをする……それくらいのことは出来るつもりだ」
そうと決まれば早速デュエルだ!と意気込む彼は、私の意見など聞き入れるつもりは無いらしい。
これだからデュエル馬鹿は……、と思わず呆れた笑いが零れる。
けれど、それによって先程までの気恥ずかしい空気が吹き飛んだのは私にとっては救いとも言えるかもしれなかった。
デュエルと聞いたからか客席で待っていた私のモンスターも駆け寄ってきて、ズァークのドラゴン達も彼を囲んで咆哮を上げ始める。
周囲はすっかりそういう雰囲気になっていて、今更断ることなど出来そうになかった。
意気揚々とデュエルディスクを構える彼が期待に満ちた視線を向ける。
『……それじゃあ、お言葉に甘えて…!』
私もディスクを掲げてそれに応える。
こんなダメダメな私なんかでも良いと言ってくれるなら、断る理由なんて他には何も無い。
だって私は、デュエルするズァークが一番好きなのだから。
その視線の先に私自身が居られるのなら、こんなに幸せなことはない。
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