黙示録にファンファーレを
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『最近の貴方のデュエル、私は嫌いよ』
指先で手近にあった小物を弄りながら、ずっと前から言いたかった言葉を吐き出した。
視線はそこに定めたままだったが、この部屋には私を含めて二人しか居ないのだからその言葉が誰に向けたものかは一目瞭然である。
明らかに相手を傷付けるであろうその言葉は、私が発したものでありながら自身の心にまで棘となり突き刺さって痛むような感覚をもたらしていた。
しかし、既に出てしまった声を取り戻すことは出来ない。
ほんの少し躊躇いながらもぎこちなく振り返れば、部屋の中のもう一人は愛用のカード達を机に置いてこちらを見ていた。
「酷いなお前。普通面と向かってそういうこと言うか?」
酷いとは言いながらも彼はへらりと笑ったような声音だ。
な、お前もそう思うだろ?オッドアイズ。
机の上の一枚を覗き込んで話し掛ける彼は普段と変わらない様子で、私は棘の刺さった胸をほっと撫で下ろした。
けれども、何も私はそれだけを言いたかったわけではない。
最初の一言を言い出せたのだから、このまま話を続けられるはずだ。
『今日も怪我人が出たって聞いたわ』
「仕方ないさ。リアルソリッドビジョンでのデュエルってのはそういうもんだ」
『そんな事を言ってるわけじゃないの。ねえズァーク、昔の貴方はこんな闘い方をする人じゃなかったはずよ』
「……ああ、そういう話か」
彼は早くも私の意図することを察したのか、小さくそう呟いた。
そして困ったように頬を掻く。
「まあ、その気持ちは俺も分かるよ。俺だってやりたくてやってるわけじゃないけど、こうした方が観客が喜ぶんだ」
『ここに喜んでない観客が居るでしょう!?私は貴方のことをずっと見てきた!ずっと昔から、貴方がまだ誰にも名前を覚えられてないような、そんな頃からずっとファンだった!その私の言うことは聞かないくせについ最近から貴方のデュエルを見るようになった客のことは優先しようっていうの!?』
私は椅子が倒れるのも構わずに立ち上がって、そう彼に詰め寄った。
彼から返ってきたのは、ほとんど予想していた通りの答えだった。
だからこそ、この抱いていた憤りをそのままぶつけてしまったのも仕方のないことだろう。
「まあまあそう怒るなって。あのなぁアリス、俺はプロなんだぞ?より多くのファンを満足させることがプロの仕事だ」
『だからって、そんなの納得できない……!!』
勿論私だって、彼が喝采を浴びることを望んでいないわけではない。
プロデュエリストとして活躍することは彼がずっと追い掛けてきた夢で、私がずっと応援していた夢だ。
昔の彼に比べたら、今の彼は遥かにその夢に近い場所まで来ている。
けれども、今の在り方が正しいとはどうしても思えなかった。
相手のモンスターを弄び、吹き飛ばし、相手のデュエリストや観客をも巻き込んで攻撃する。
人や会場が傷付いても意にも介さず、むしろその危険さをスリリングな娯楽と称して。
それを観客達すらも受け入れて愉しんでいて、もっと派手にとデュエリスト達を、彼を煽っていく。
あんな暴力的なデュエルは、私達が、彼が目指していたものではないはずなのに。
「悪いな、でもこれが皆が俺に求めてくれているデュエルなんだ。ファン達も、モンスター達だって喜んでくれてる」
その言葉に、私の頭は冷水を浴びせられたように回転を止めた。
そう、なのか。
ずっと彼と共に闘ってきたモンスター達も、今の彼の在り方を肯定しているのか。
彼等の間には他者が与り知ることの出来ない絆があることを私は知っていた。
…………恐らくは、私と彼との間にあるよりも遥かに深い絆が。
『……そう、なのね。この子達も、皆、今のズァークのデュエルが好きなのね…………変なのは私だけなんだ……』
どうして、どうしてこんなふうに、その疑問ばかりがぐるぐる巡っていた頭は一転して現状を受け入れようとしていた。
これは諦め、なのだろうか。
世界中で今の彼を否定しようとしているのは私だけなのかと思うと、言いようのない虚無感に襲われた。
間違っているのは、私なのか。
「うーん、俺はアリスのことを変だとは思わないけど…………あー、何て言うんだろうな……、アリスには昔の俺のデュエルも今の俺のデュエルも好きでいて欲しいかな。なんちゃって」
『……!』
その言葉に私の鼓動は跳ねた。
先程までの鬱屈した気持ちはいとも簡単に吹き飛ばされてしまって、いつの間にか下へ下へと落ちていた視線を上げる。
「ほら、昔言っただろ?いつか世界一のデュエリストになってやるって。やっとそこに近付いてきたんだ。俺はこのまま高みに昇っていきたい、そこに辿り着きたい。だから、立ち止まらないよ」
それは確かな、揺るぎない決意を持った声だった。
そんなふうに言われてしまったら、もう私には何も言えない。
きっと、彼は決してただ周りに流されているわけではないのだろう。
これが彼自身が選んだ道で。
それならば、私には彼の背中を押すという選択肢しか残っていなかった。
惚れた弱みというものは斯くも抗い難いものなのかと、我ながら苦笑する。
『…………そう、ね。昔からの夢だったものね。大丈夫、私もいつだってズァークのことを応援してるから』
「ああ、ありがとう」
彼にそう言えば、返答と共に大きな掌がふわりと頭に置かれた。
私の頭を撫でる手付きはとても優しい。
その振る舞いは、デュエル中の荒々しくモンスターを駆る姿とは似ても似つかない。
伝わってくる温もりに、目の前に居るのが以前と何一つ変わらないズァークなのだと感じて安堵する。
「世界一になったら、その時はアリスにも頂点からの景色を見せてやるよ」
きっとこの道がズァークにとって最良なのだと、自分自身に言い聞かせるようにして私はゆっくりと頷いた。
あの時私が止めていれば、こんなことにはならずに済んだのだろうか。
壊れてしまった世界の頭上に燦然と輝く異形は、まさに形を得た絶望そのもので。
彼の名を呼ぶこの声すらも既に“それ”には届かなかった。
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