ロンリーサーカス
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目の前の彼は次々と手品を披露してくれた。
彼の手に触れた物はどれもこれも消えては出て、色を変え形を変えて見る人をあっと驚かせる。
彼の周りの景色が目まぐるしく変わっていくのを、私はただただ目を輝かせながら追いかけていた。
全ての演目が終わり、彼は恭しく頭を垂れる。
ショーの全てに、そして彼自身に向けて私は惜しみない賞賛の拍手を送った。
それが彼が与えてくれた感動に対する敬意や感謝を表す最大の賛辞であると聞いたからだ。
『すごかった!今日もすごかったよデニスくん!!トランプの絵が変わっちゃうやつとか!私が選んだやつ当てちゃったりするのとかすごくびっくりした!あとね、ハンカチの色が変わるやつとか!帽子の中から紙吹雪がぶわーってなる所とか!シュッてやったらコインがなくなって全然違う所から出てくるやつとか何度見ても全っ然わかんない!すごい!!』
未だ夢見心地のふわふわした頭でどうにか思い付くだけの言葉を並べていく。
それでもまだ私の心で溢れている感動を表すには悲しいほど足りなくて、もっと、もっとと言葉を探す。
私がひとしきり喋り、次の言葉がもう残っていないくらいになると、ただ私の言葉に耳を傾け相槌を打っていた彼がようやく口を開いた。
先程までのエンターテイナーとしての笑顔ではない、私の見慣れた優しげな微笑みを浮かべながら。
「こんなに喜んでくれるお客さんがいるなんてエンターテイナー冥利に尽きるよ。いつもありがとう、アリス」
そう言った彼は不意に私の前に跪いて手首を翻し、虚空から一輪の花を取り出した。
柔らかなピンク色の薔薇を差し出すその仕草も様になっている。
そこらへんの男子がこれと同じことをやったら全く似合わないだろうに。
『本当にデニスくんは生粋のエンターテイナーだね』
受け取ったこの花も一体何処から出てきたのか、いつの間に彼の手にあったのか私には全然分からない。
いつだって彼の一挙手一投足は周りの人間の心を揺さぶる。
まさに、彼の存在こそがエンターテイメントだ。
思ったまま素直にそう言うと、何故か彼は首を横に振った。
「それは違うよ。ボク一人だけじゃきっと何もできない。……こうして笑顔になってくれるキミがいるから、ボクはこんな場所でもエンターテイナーでいられるんだ」
ほんの少し切なそうな表情で彼が言う。
その言葉の意味は、私も多少なりとも理解していた。
アカデミアの生徒たちはいつも辛く厳しい訓練に追われていて、娯楽に興じている時間も余裕も環境も無いのだ。
『私だって、こんなに楽しくて、心から笑えるのはデニスくんのショーを見てる時だけだから。私を笑顔にしてくれるのは間違いなくデニスくんだよ。それだけは絶対に変わらない』
かく言う私も訓練に着いていくのに精一杯の、成績でいえば中の下の生徒であるわけだが。
それでも私は、彼に出会ったことで心を殺すようにして耐え忍んできたあの頃から変わることが出来たのだ。
アカデミアの敷地の片隅でマジックの練習をしていた彼を見かけたあの日から。
他人のことに意識を向ける余裕も無く早足に通り過ぎていく者が大半で、意識が向けられたとしても何故デュエルに関係の無いことをやっているのかという呆れや妬みを孕んだ視線ばかりだったように思う。
けれども私は、そこで足を止めた。
そこに広がっていた光景に、すっかり魅了されてしまったのだ。
『やっぱりもったいないよ。私1人なんかの前でやるんじゃなくて、もっとたくさんのお客さんの前でショーができればいいのに』
普段から感じていた小さな不満が、つい口から零れる。
それを聞いた彼は、笑顔から一転してほんの少し目を丸くしたようだった。
「そうかな?」
『そうだよ』
アカデミアでは叶わなくても、いつか、どこかで、彼が大観衆の歓声を浴びる日が来ればいいのに。
彼のエンターテイメントに心を動かされる人が一人でも増えれば良いのに。
そんな未来を願ってやまない。
こんな小さな部屋よりも、そういうステージの方が彼には似合うはずなんだ。
きっと大袈裟なんかじゃない。
それだけの可能性を、確信めいたものを私はずっと心の内に感じていた。
「でもボクは、こうしてアリスのためだけのショーをするのが好きなんだ」
だからどうか、これからもずっとボクのショーを見ていてくれないかな?
柔らかく、それでいて真剣な眼差しでそう問いかける彼はやはり私の心を揺さぶることがとても上手だ。
そんなことを言われてしまったら先程までの考えなんて簡単に吹き飛んでしまいそうで、私の気持ちなんて何も分かっていない彼のことがほんの少し恨めしくなる。
けれど、彼の言葉に心を躍らせてしまう私がいることも事実だった。
せっかくのショーを独り占めしてしまうのは申し訳ないとも思うけど、それでもやっぱり彼の魅せるエンターテイメントが好きだから。
私はとびきりの笑顔で頷いた。
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