MainStory 04
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僕が澪織さんと初めて会ったのは、今から少し前のことだった。
迷子になって、お腹を空かせて、今にも倒れそうになっていたその人を偶然保護して食べ物を与えてあげたのが全ての始まり。
普段の僕はそんなことはしないと思う。
けれど、あまりにも可哀想だったからか、部外者はそうやすやすと立ち入れないこの島に現れた闖入者に不信感を抱いたからか、それともただの気まぐれか…………自分でもよく分からないけど気付いた時には僕は彼女を助けていた。
それで、一体どうしてそんな状態になったのかと尋ねたら家もお金も無いなんて言い出して。
とりあえずプロフェッサーの判断を仰いでみることにした。
当時の心境としては上手く転がって僕の手元に入ってくれば一興、侵入者として処刑されるならそれもまた一興、くらいのものだったと思う。
そして実際に彼女を連れて謁見に行くと予想以上にとんとん拍子で話が進み、アカデミアの清掃員として採用されることになって今に至る。
僕はプロフェッサーから特別信頼されているから色々な面で融通が利くけど、その件に関しては他の要因もあったらしい。
二人はどうやら初対面ではないようだった。
どういう関係なのか聞いてみたが、澪織さんは昔からの知り合いだということ以外ははぐらかすばかりだったから詳しいことは未だに分からない。
……彼女の事情については、この次元の人間ではないプロフェッサーと"昔からの知り合い"ということから何となく察した部分もあるけれど。
そうして住む場所と職が決まった後も、僕は見つけた捨て猫の様子を見に行くような気持ちで時々澪織さんの様子を見に行っていた。
出会い方が出会い方だっただけに、ちゃんと生きているかどうか、また餓死しかけていないかと何となく気になってしまったからだろう。
そして、それを続けているうちにいつの間にかそれが習慣になっていた。
おまけに何故か最近は最初の頃よりも会いに行く頻度が増えてきた気がするけど、まあそれは今は置いておこう。
今日もちょうど澪織さんの仕事が終わる頃合いに時間が出来たので、生存確認をするべく探しに行くことにする。
この時間ならあの辺りに居るかな、と当たりを付けて足を動かせば、果たして彼女はそこに居た。
『あ、ユーリ君!』
僕に気付いた澪織さんは、ふわふわした微笑みを浮かべてこちらに手を振った。
アカデミアではこんな表情をする人間はほとんど見当たらない。
多くの人間はもっと下卑た笑いを浮かべているか、そもそも僕の前では畏怖を露わにするばかりである。
それも悪くはないけれど、彼女の笑顔は何度見ても新鮮だ。
アカデミアにとっては部外者に近い澪織さんの立場ならではのものなのかもしれない。
元気だった?などと軽く挨拶を交わして、ひとまず生存確認は完了。
その後は澪織さんは掃除をしながら、僕はデッキ構築を考えたり暇潰しの本を開いたりぼんやりと澪織さんの作業風景を眺めたりしながらの談笑タイムだ。
彼女は色々な話をする。
購買部の新商品が美味しかったとか、昨日は晴れていて海が綺麗だったとか、小さな花の咲いた雑草を抜くのが悲しかったとか、ある教師のカツラがズレているのを見てしまったとか。
どうしてそんなに話すことがあるのか不思議なくらいだ。
その上、てきぱきと掃き掃除を進める手は緩めない。
僕も話題があれば提供するけど、せいぜい訓練の成果や派手好きな変わった知人の話くらいしかない。
毎日好きなだけデュエルができるこのアカデミアでの生活はとても楽しいけど、逆に言えば代わり映えのしないこの日々の中では話のタネなんてそう多くはないのだ。
それでも僕が話をすれば彼女はとても楽しそうに聞いてくれるし、デュエルの無敗記録がまた伸びたと言えばすごいすごいと褒めてくれるし、おかしな知人のおかしな言動を報告すれば面白そうに笑ってくれる。
それはとても気分の良いものだった。
暫く経った頃、澪織さんは右へ左へと動き回るのをやめて掃除道具を片付け始めた。
どうやら掃除は終わったようだ。
手伝うよと声を掛けて立ち上がれば、澪織さんは助かるなあと嬉しそうに笑ってくれる。
既に慣れたその作業は、二人掛かりなこともありすぐに終わった。
「じゃあ僕はそろそろ帰るよ」
今日は僕も特別な用件は無いし、澪織さんも話が残っている様子は無いからこのくらいでお開きだろう。
『うん。いつもありがとね』
「片付けくらい大したことじゃないよ」
『それももちろん有難いんだけど、それだけじゃなくて』
そう言う澪織さんに僕は疑問符を浮かべる。
他に何か感謝されるようなことはあったっけ。
心当たりを探ろうとしたが、その前に彼女が言葉を続けた。
『ユーリ君はこうしてよく来てくれて、話し相手になってくれるでしょ?私、こんなふうにあれこれ話せる人は居なかったからとても楽しくて』
それを聞いて、僕はほんの少しどきりとする。
彼女も楽しいと感じているのならそれはとても都合の良いことだ。
それ以上のことなんて、何一つ無いはずなんだけど……。
何処か調子が狂わされているような違和感を首を振って無理矢理に払い退ける。
大体、こんなことを言う彼女のほうが少しおかしいのではないだろうか。
「別に、またあの時みたいに餓死してないか確認しに来てるだけだし」
『……そんなふうに考えてくれてるだけでね、とても嬉しいの』
そう言って彼女は眉尻を下げて微笑んだ。
伏せられた瞳には微かに影が差す。
いつも明るい澪織さんは、ごく稀にそんな表情をすることがあった。
…………その理由は、僕には皆目見当がつかない。
出会ってからそれなりの時間が過ぎているけど、やっぱり彼女についてはまだ分からないことが多かった。
『でもあの事は忘れてユーリ君。助けてもらって感謝してるけれどあれ私の人生最大の失敗だから…!』
思考に沈もうとした意識は、続く会話によってすぐに引き戻されて霧散する。
「えぇー、そう言われちゃうと忘れたくなくなるなぁ」
『ひどい…!ユーリ君の天邪鬼!!』
「何とでも言いなよ、アカデミアで迷子になって餓死しかけた澪織さん」
『やめてー!』
涙目で訴える彼女にはもう先程までの影は無い。
初対面の時の体たらくを気にしているらしい彼女の反応を面白がって弄っていれば、そんなことなんて僕もすぐに忘れてしまった。
そもそも、そんな些細なことなんてどうでもいいんだ。
だって、この時間が楽しければそれが一番でしょ?
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