MainStory 03
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アカデミアの生徒たちの制服に少し似たデザインの支給された制服に身を包み、支度を整えて部屋を出た。
向かう先は朝礼の行われる詰所。
清掃員の一日は、生徒達よりも少し早く始まる。
まずは、授業が始まる前に教室や訓練場の清掃と設備の点検だ。
生徒達のデュエルの技能や身体能力を高めるため、アカデミアには様々な設備がある。
使用する際に不具合があっては困るので、先生や事務員の人達と共に点検したり問題があれば修理を手伝ったりもしているのだ。
清掃と点検が終わったら、教室やその他の施設のゴミ箱に溜まったゴミを回収して集積所へ運ぶ。
その頃には授業が始まるので、そこからは屋外の割り当てられたエリアの清掃だ。
この後は、お昼休憩を挟んでまた外の清掃。
担当する箇所の清掃が全て終われば、その日の仕事は終了だ。
人手が足りない時にはトイレ掃除や、授業が終わった頃からの廊下のモップ掛けを手伝ったりもする。
月に一度ほど大掃除のようなものもあり、その際にはまた普段とは違った場所を掃除したりもするのだ。
基本的には単調な作業であるが、慣れてくると楽しみも出てくるようになる。
頑張った成果は綺麗になった校舎や敷地という目に見える形で現れるし、こんな私でも誰かの役に立てているような気がしてくる。
なかなかにやり甲斐のある仕事なのだ。
「あれ、澪織さんじゃない」
校舎内の廊下を歩いていると、聞き慣れた声が聞こえた。
今し方通り過ぎようとしていた曲がり角に視線を向けると、思った通り、声の主であるユーリ君の姿があった。
「こんな所で見かけるなんて珍しいね。これから昼食?」
『うん。ちょうど食堂に行こうと思ってたところなの』
昼休みにはまだ少し早いけれど、仕事も一区切りついたし、生徒達で混み始める前に食堂へ行ってしまおうと考えていたのだ。
座学や実技で疲れている生徒達の憩いの場を一人分とはいえ奪ってしまうのは気が引ける。
「じゃあ僕も一緒に行こうかな」
『あら、いいの?ユーリ君は何処かに向かう途中なのかと思ったけど』
「うん。用事はお昼の後でも大丈夫だから」
思わぬ展開ではあるが、そういうことならと提案を了承した私はユーリ君と昼食を共にすることになった。
二人で連れ立って食堂へ向かい、まだほとんど人の居ない中を真っ直ぐカウンターへ向かって歩く。
清掃員もアカデミア内の食堂や購買を利用することを許されているので不慣れな場所ではない。
普段は購買で買ったものを清掃員用の詰所に持ち帰って食べることが多いが、時にはこの広々とした開放感のある場所で出来立ての食事を食べたいと思うこともあるのだ。
「澪織さんは何食べる?」
隣のユーリ君がカウンターの上に掲げられたメニューを見遣る。
私も同様にメニューを見上げ、
『うーん…………私はオムライスがいいかなぁ』
いくつかのお気に入りの中から今食べたいと思ったメニューの名を呟いた。
「オムライスだけ?他は?」
『あれね、意外と量があるからそれだけで結構お腹いっぱいになっちゃうの。……あ、でも今日の日替わりケーキも美味しそうかも、どうしようかなぁ…』
今日の昼食が決まりかかったところで、オススメと書かれた色鮮やかなポップの掲げられたデザートにも目が留まる。
将来のため貯金に励んでいる身としてはあまり無駄遣いはしたくないのだが…………たまには贅沢をという欲も出て来ないわけではない。
甘いものに心を奪われてしまうのは人間の性だ。
不意に現れた選択肢にあれこれ葛藤していると、私より先にユーリ君はカウンターへ向かった。
彼は何を頼むのだろうと思ったら、聞こえてきた注文はオムライス2つに、幾つかの副菜と日替わりケーキ。
男の子はそんなに食べるのか、と一瞬驚いたけれど、彼の注文のある部分が引っ掛かって別の疑惑が頭に浮かぶ。
…………オムライスが、2つ……?
『ちょ、ちょっと待ってユーリ君、まさか貴方、』
「ふふ、たまにはこういうのも良いでしょ?」
振り返った彼は、そう言って悪戯っぽく笑った。
年下の子に奢られてしまった。
おまけにデザートまで付けてもらって。
テーブルに並んだ料理を見て少々複雑な気分になりながらも、いただきますと手を合わせて口に運ぶ。
自分の分は自分で払うと言っても、彼には断られてしまった。
それでも引き下がっていると最終的には「澪織さんより僕の方が自由にできるお金多いし」という微妙に心に刺さるお言葉を頂戴したので、謝罪と礼を述べて彼の好意に甘えることにしたのだ。
対面に座るユーリ君はというと既に結構食べ進めていて、これ初めて食べたけど美味しいね、なんて言っている。
元々私の好物でもあるので、気に入ってもらえたなら何よりだ。
食事に絡めて好きな食べ物の話をしたり、いつものように互いの近況報告や取り留めのない世間話をしていれば時間はあっという間に過ぎていった。
彼は一足先に完食してお代わり自由のお茶を啜っているし、私も残すはデザートのみである。
ふわふわのシフォンケーキは添えられたホイップクリームとの相性も抜群で、一口頬張るとすぐに柔らかな甘みが広がった。
まさに至福のひと時だ。
そうして美味しいケーキに舌鼓をうっていると、テーブルの向こう側で手持ち無沙汰な様子でコップを弄るユーリ君のことが気になってきた。
やはり一人でデザートを食べているのは色々な意味で申し訳ない。
早く食べ終えるべきかと少し大きめにケーキを切り分けた時、ふと以前読んだ本のことを思い出した。
『はい、あーん』
「えっ」
『ほら、私ばっかり食べてたら申し訳ないもの。ユーリ君も食べて!』
「…………」
そう言って私はケーキの乗ったフォークをユーリ君に差し出した。
親しい友人同士ではこうして食事やデザートを分け合ったりすることもあるのだと小説で読んだことがある。
そしてそれは、私がほんの少し憧れるような普通の友人関係というものに存在するシチュエーションでもあった。
私たちはまだ親しいと言えるような間柄ではないかもしれないが、これなら食べ終えるまでの時間も短縮できるし、彼を退屈させずに済む上に多少なりとも彼の出費を還元できる。
ついでに私の憧れを一つ実現できる。
我ながら妙案だと思った。
しかし、彼はなかなか口を付けようとしない。
『も、もしかして苦手だった…?』
「そういうわけじゃないけど」
『それなら食べて食べて!』
遠慮しなくていいよ、とさらにフォークを近付ければ、ユーリ君はようやく口を開いてくれた。
普段の彼は自信家のような振る舞いが多い気がしていたが、このように謙虚に遠慮するようなところもあったのだろうか。
これは新たな発見である。
『美味しいでしょ?』
「……うん、そうだね」
そう頷く彼に、私も自然と笑みがこぼれる。
きっと他の人から見れば何気ないことなのだろうけれど、不思議と心が躍っていた。
先程偶然にもユーリ君と出会えて良かったな、と思う。
今日の昼食は、思いがけず楽しいものとなった。
「(…………これ、間接キスだってこと分かってるのかな…)」
その後ユーリ君がずっと悶々としていたことなんて、私は知る由もない。