MainStory 02
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広大な敷地を誇るアカデミアを美しく保つのはなかなかに大変だ。
そう多くはない清掃員と事務員で広い範囲の掃除を行う上、清掃用具やゴミを持ち運ぶのは結構な重労働である。
作業に慣れ、体力も付き、掃除のコツを掴むまでは私もかなり苦労したものだ。
現在は屋外での清掃中である。
威厳ある佇まいの外観を損ねないよう目に付いたものを回収していくのだが、片手に持つ塵取りの中身はほとんどが落ち葉や枯れ枝などの自然のものでポイ捨てのゴミはほとんど無い。
この様子にはアカデミアの生徒たちは教育が行き届いているんだなあといつも素直に感心していた。
しばらくの間黙々と作業を続けていれば、やがて目に見える範囲にはゴミと思われるものはなくなった。
私が担当する区画はこれで掃除完了だ。
そろそろ陽が傾いているであろう曇天の下で、屈めていた背中を起こし大きく伸びをする。
落ちているゴミは少ないとは言え、広い範囲を掃除して回って集まった量は大きなポリ袋二つ分ほどになっていた。
塵取りの中の最後のゴミを袋に移して、口を縛っていく。
「そろそろ終わった?」
黙々と作業をしていると、少し離れた場所から声が掛かった。
庭園に設置されたベンチに腰掛けていたユーリ君だ。
彼は数刻前に此処へ来て、終わるまで待つと言って持参した本を広げていた。
彼とは掃除を続けながら会話をするのが常なのでその珍しい行動には少し首を傾げたが、特段気にすることではないと思い直して私は仕事へ戻ったのだった。
待っている人がいるとなるとどうにも急かされるような気持ちがして、実際に普段よりも早く掃除が終わったように思う。
こちらに視線を向けるユーリ君に、これを捨てに行ったら終わりだよ、と袋を示してから運搬用のカートへ向かった。
袋の中身は落ち葉が主体なのでずっしりとした重みはないが、予想していたほど軽かったわけでもない。
大きく膨れた袋を持っていると歩きにくいというのもあり、先にカートを近くに持ってきておいた方が楽だったかと少し後悔しながら歩いていると、不意に両手の重みが消えてなくなってしまった。
『え…?』
少し遅れて、それがいつの間にかすぐ近くまで来ていたユーリ君の仕業だと気付く。
「何ぼーっとしてるの。早く行くよ」
彼は袋の重みなどまるで意に介さない様子で軽快に私を追い越していった。
私一人でも持てないことはなかったし、そもそも私の仕事なのだから彼の手を煩わす必要などないのだが、私が持つと声をかけても譲ってくれなかったのでここは有難く持っていただくことにしよう。
男の子ってすごいなあ、良い子だなあ、なんて感心しながら早足にユーリ君の背中を追った。
『私も鍛えようかな…』
時折アカデミアの生徒達の訓練風景を見ることもあったが、やはり鍛練を積んだ彼らの動きには目を見張るものがある。
とても同じ人間とは思えないような子もいて驚愕したことは記憶に新しい。
過酷なものは真似出来そうにないが、筋トレくらいなら少しやってみても良いのではないだろうか。
体力が付けば仕事にもプラスに働くに違いない。
第一、男子とは言え年下の子に負けてしまうようでは私の威厳にも関わるもの。
「鍛えるって…?僕は澪織さんはこのままでいいと思うけど」
……ユーリ君にはこう言われてしまった。
そうなると、大変な思いをしてまで筋トレをする必要はあるのかという怠惰な思考も頭をもたげてきた気がする。
これではすぐには考えが纏まりそうになかったので、結局私は鍛えることについてはまた今度考えることにしようという最も怠惰な選択肢を選び取ったのだった。
「この後は時間ある?」
カートに袋を放り込んだユーリ君が振り返って言う。
『うん、あるよ』
「じゃあ一緒にアフタヌーンティーなんてどう?知り合いにお菓子を押し付けられ……貰ったんだけど、僕一人じゃ食べきれないし」
その言葉で、今日彼が待ってくれていた理由はこれか、と合点がいった。
何やら言い直していたあたりワケありなのかと勘繰ってしまいそうになるが、無用な詮索をするのは良くないだろうから適当に流しておくことにしよう。
『あら素敵!それは是非ともご一緒させていただきたいな…!』
「よかった。そうと決まれば早く終わらせないとね」
上述の通りこの後に予定が入っているわけでもないので、私はありがたいお誘いに二つ返事で承諾した。
世の女子の例に漏れず、私もお菓子というものに目がないのである。
これからの茶話会の様子を想像するだけで勝手に頬が緩んでしまう。
たったそれだけで今日は良い日だと上機嫌になってしまう単純な私は、普段よりも強くカートを押して歩き出した。