MainStory 14
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※「13」、「13.5」の続き
「澪織さんってプロフェッサーと親子だったの?」
『えっ』
ある日不意にユーリ君が発した言葉を聞いて、私は固まった。
それが意味するところを理解するのに数秒を要してから、今度は背筋が凍るのを感じた。
すうっと血の気が引いて、冷や汗が滲む。
それはいつか知られる時が来るだろうとは思っていても、できることならば聞きたくなかった言葉だった。
箒を動かしていた手を止めて、恐る恐る彼の居る方を向く。
普段とさして変わることない顔で真っ直ぐこちらを見つめるユーリ君と目が合った。
『……それは、プロフェッサーから聞いたの?』
「うん。びっくりしたよ、澪織さんそんなこと一言も言ってくれなかったんだもん」
まあ、情報の出所は訊くまでもなくプロフェッサーだろう。
他に知っている人間など此処に居るわけがないのだから。
それはプロフェッサーが色々な人にベラベラと喋っていなければ、という条件付きの話ではあるが、あの人がそういうことをする人間ではないことは知っている。
おまけにあの人は私を含めた家族のことを嫌っているはずだから、尚更好き好んで話したりはしないだろう。
事実、私がアカデミアに来てから現在に至るまでこのことについては誰からも触れられたことは無かった。
にもかかわらず、一体何故あの人は今頃になって私との間柄をユーリ君に話したのだろう。
そんな疑問が心に影を落とす。
──だってこんなの、まるで私への嫌がらせみたいじゃない。
「でも、プロフェッサーと澪織さんってあんまり似てないよね。澪織さんデュエル弱いし」
『うっ…………人が一番気にしてる所をいきなり踏み抜いてくるね……』
「ハゲてないし」
『二番目に挙げるのがそこ!?』
思わず声を荒らげて突っ込んでしまった。
でも、これは仕方のない反応だと思う。
似てる似てないという話でそういうことを言われるとは想定していなかったのだ。
それこそ彼が初めにデュエルを挙げたように、この話題で今まで経験してきたのは私の欠陥の指摘ばかりだったのだから。
『いや、あの、もっと他にあるよね…………それにあの人だって一応昔は髪の毛生えてたんだよ……』
「えっ?」
『そんな信じられないっていう顔しないで』
「あはは、冗談だよ冗談」
ケラケラと笑う彼に、何だか拍子抜けしてしまった。
…………私が赤馬零王との関係を言いたくなかったのは、それを知られることで今までのような心地良い関係が壊れてしまうことを恐れていたからである。
元居た次元での赤馬零王は世界に轟く大企業の社長だった。
私はそこで社長令嬢などという大層な肩書きを背負わされて生きていた。
両親はいつも忙しなく働いていて、私のような出来損ないには関心を持たなかった。
周りの人間は後継者として明らかに不適格な私に憐憫や嘲笑の目を向けながら、両親の権威に取り入るためにそれを押し隠して媚び諂ってきた。
誰も彼もが他人行儀で、誰も彼もが私のことなどまるで見ていなかった。
あの世界から逃げ出した先──誰も私の家族のことを知らないこの世界でならば、何のしがらみも無く、ただの一人の人間として生きられる。
そう思っていたのに、あの人は此処でもプロフェッサーとして頂点に君臨していた。
それが大した影響力の無い身分ならばまだ良かったのだが、生徒達も職員達も皆随分とプロフェッサーを崇拝しているようだったし、ユーリ君も例に漏れず敬愛しているようだったから、私はあの人の身内であることをどうしても明かすことができなかったのだ。
『……ごめんね、ずっと隠してて』
けれども、それは私の身勝手な我儘だ。
あの人の権力を厭いその呪縛に怯える一方で、こうして職の面倒を見てもらったりして、あの人の権力と庇護を都合良く利用している。
私はなんて卑しい人間なのだろう。
「ほんとだよ。酷いよね、僕だけ仲間外れにするなんて」
『えっ……、あ、いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……』
「澪織さん、他に隠してる事とか無いよね?」
『他…?』
「うん。この際だし全部洗いざらい白状してもらおうかな」
『えぇ……全部って言われても……』
確かに、ユーリ君に隠していることも言っていないことも沢山ある。
実のところ、そういう伝えていないことのほうが多いくらいで。
それらは単に機会が無かったから伝えていないだけのこともあれば、何となく言い出しづらかったことも、意図的に隠していたこともある。
尤も、最大の隠し事の一端が露呈した今となっては、隠さなければならないことなんてほとんど失くなったも同然ではあるのだけれど。
だったらもう、彼の要求通り何もかも洗いざらい白状してしまうのもアリかもしれない。
『うーん、そうだなぁ…………まず、私はスタンダード次元から来たってこととか、かな、言ってないのって。向こうでは元々お父様とお母様と弟で暮らしていたんだけど、家出してこっちの融合次元に来たの。まさかお父様もこんなところでプロフェッサーになってるとは思わなかったけどね』
「澪織さんがこの次元の人じゃなさそうなのは薄々知ってたけど、スタンダード次元か……まだ行ったことないなぁ。そういえばプロフェッサーもスタンダード次元から来たって言ってたっけ」
『……さっきも思ったんだけど、意外とプロフェッサーから色々聞いてるんだね。あの人はあまり自分の話をしない人だと思ってた……』
「普段は澪織さんの言う通りだよ。スタンダード次元のことだって、ここ以外の次元に行く任務の説明をされた時に一瞬だけその話になったくらいだし。それより澪織さんこそ、家出とかするような人だと思わなかった」
『そうかな…?まあ、したいとは思っても実行しなかった期間のほうが長かったし、きっかけが無ければ家出なんてしてなかったかも』
「きっかけ?」
『次元転移装置を見つけたの。普通に家出しただけだったらすぐ連れ戻されるのは目に見えてるけど、次元を越えちゃえば!って思って。でもあまり衝動的なことはしないほうが良いね…………こっちに来た後のことを軽く考えてたから危うく野垂れ死ぬところだった……』
遠い目をしながら思い返したくない恥ずべき過去に思いを馳せる。
我ながらあれは一生の不覚だ。
「それで行き倒れてたんだ…。アカデミアで行き倒れてる人なんて見たことなかったしスパイか何かかと疑ってたよ」
『私そんな疑いかけられてたの!?』
突如告げられた衝撃の事実に、私は勢い良くそう叫んだ。
うん、とユーリ君が冷静に頷く。
『ま、まあ、そうだよね……今なら分かるけど、アカデミアに制服も着てない見覚えの無い人間が居たらめちゃくちゃ怪しいよね……今の私だったら絶対警備員さんに通報するもの……。最初に会ったのがユーリ君で本当に良かった……』
もしもこの融合次元に来て早々逮捕なんてされていたら、私の人生はどん底まっしぐらだっただろう。
他の次元から来た人間はこちら側には知人も居なければ戸籍も住む所も無いのだから、不審者以外の何者でもない。
そんな絶望的な状況に片足を突っ込んでいた私を、彼は救ってくれていた。
行き倒れていたところに食料を恵んでくれた命の恩人ということ以上に、更に重要な恩人だったのだ。
「そうそう。澪織さんはもっと僕に感謝するべきだよ」
『うん、あの時は本当にありがとうね。今こうして生きてるのも普通に暮らしていられるのも全部ユーリ君のおかげだよ…。感謝してもしきれないくらい』
私がそうお礼を述べると、ユーリ君は満足げに顔を綻ばせた。
その様子に私もつい表情が緩む。
しかし、言葉だけではこの感謝の念を表すには全く足りていない。
ユーリ君には今度また食堂で何か奢ってあげたり差し入れしたり色々便宜を図ってあげよう、と心の内で決意した。
「それにしても、そうまでして家出したかったの?」
『それは、まあ…………ちょっとね……』
そのユーリ君の問い掛けに、明るくなりかけた気持ちが再び暗く淀む。
『……嫌いだったの。家族のこと』
「家族が、嫌い…?そんなことあるの?」
『家族にも色々あるんだよ』
「ふーん……。家族っていうのは皆仲良しなんだと思ってた」
『……普通の人からしたら、そうだろうね』
「僕には家族なんて居ないからさ、よく分からないんだよね」
…………聞いてはいけないことを聞いてしまった、かもしれない。
『あ…………そう、なんだ……』
知らなかった。
確かにユーリ君から家族の話が出たことは無い。
それは私がその話題を避けていたせいだと思っていたが、考えてみれば彼からも話題を振られたことは無かった。
そして、毒吐いたことを後悔した。
普通の幸せな家に生まれた人には分からないよね、なんて、そんな黒い感情の混じった言葉をぶつけようとした。
…………何も分かっていなかったのは、私のほうだ。
「…………家族なら手っ取り早く使えると思ってたけど、嫌いな人もいるってことは今度からは人質に使えるか下調べしといたほうが良いのか……」
『えっ、な、何か物騒なこと言ってない…!?』
「そう?」
不意に何でもないような顔でとんでもないことを言い出す彼にまた私は動揺させられる。
何だか今日は調子を乱されてばかりで、おちおち塞ぎ込んでもいられない。
……それにしても。
深く詮索したことは無かったのだけれど、時折不穏な単語が見え隠れするユーリ君の任務とやらは一体何なのだろう。
「ねえ、他には?」
『ま、まだ訊くの?こんな話、あんまり面白くないと思うんだけど……』
「確かに面白くはないね。逆にムカつくくらいだよ、知らないことばっかり出てきてさ。澪織さんのことは大体知ってると思ってたのに」
『え……』
「……前はね、別に澪織さんの素性なんて知らなくてもいいと思ってたんだ。ただ話をしたりデュエルしたりしてるだけで楽しいしんだから、それ以外のことになんて大して興味は無かった。でも、不思議とだんだんそれだけじゃなくなってきたんだ。よく一緒に居るようになって、色んな話をして少しずつ色んなことを知っていく度に、余計に色んなことが気になってきて、知りたくなってきて……。プロフェッサーが僕の知らないことを言い出した時、何だか負けたような気持ちがして嫌だったし。だから僕はもっと、澪織さんのことを知りたい」
『…………』
何と言ったらいいのか分からなくて、何だか気恥ずかしくて、視線の遣り場に困ってしまって。
何も言えないまま俯いてしまう。
こんなことを言われたのは、初めてだ。
「だからほら、次行こう次」
そんな私の戸惑いを振り払うかのように続きを急かされる。
こう改まって追及されると、意外と話すことが思い付かなくて。
あれこれ話してきたけれど、そろそろネタ切れが近いかもしれない。
頭を捻ってどうにか次の話を探す。
『うーんとね…………私はデュエルが嫌い、ってこととか』
「それは知ってる」
『知ってるならしょっちゅうデュエルに誘ってくるのやめてくれないかな』
「それはやだ」
『…………ユーリ君のそういう所嫌い』
「えぇー、酷いなぁ澪織さん。そんな事言われると傷付くんだけど」
白々しい口振りでユーリ君が言う。
『なら、もうデュエルをせがんだりしないでね』
「それは無理」
『えぇ……』
相変わらずといえば相変わらずな言動に私は苦笑するより他ない。
彼は自分のペースを押し通す人だ。
「他には?」
『他にはねー…………あ、そうだ。もう少ししたらアカデミアを出て行こうと思ってるの』
「え」
『アカデミアで働かせてもらったおかげでそれなりに貯金もできてきたし。いつまでもあの人のお世話になってるのも癪だからね。もうすぐで目標にしてた分まで貯まるから、そしたら次の仕事でも探そうかなって──』
「そんなのダメだよ。僕が認めない。ずっとアカデミアに居て」
私が言い終わる前に、ユーリ君がすごい剣幕で迫ってきた。
『ど、どうして?』
思わぬ反応に、私は目を丸くした。
少しくらい名残惜しく思ってもらえたら、とは考えたこともあるけれど、こんなに引き留められるとは思わなかった。
私にとってのユーリ君は命の恩人であり、大切な友人のような人であり、とても大きな存在だけど、彼からしたら私なんて取るに足らない暇潰しの道具くらいのものだと思っていたのに。
「暇潰しの相手が居なくなっちゃう」
──やっぱり暇潰し相手だった。
『それ、別に私じゃなくても良いでしょう?アカデミアならユーリ君とデュエルしてくれる子だっていっぱいいるはずだし』
「そうでもないよ。皆僕を避けてる。…………澪織さんくらいだよ、こうやって僕の相手をしてくれる人は」
『そう、なの…?』
今度もまた私が驚く番だった。
私の言葉に頷くと、ユーリ君は肩を竦めた。
「強すぎるっていうのも考えものだよね。だーれもデュエルしてくれないし、それどころか目も合わせてくれなかったりするし、すっかり嫌われ者だもん」
思い返してみれば、ユーリ君と一緒に居るところを見たことがあるのはデニス君くらいだ。
単に私と会う時にわざわざ他の人を連れて来ないだけだと思い然程気に留めてはいなかったが、どうもそれだけではなかったらしい。
心当たりも無いわけではない。
普段は通り掛かると挨拶をしてくれるような生徒達が、ユーリ君と話している時には避けていったり遠巻きにひそひそと何か囁き話をしていたことは幾度かあった。
それは実力も遠く及ばない相手と不釣り合いに親しげにしているように見える私に向けられているものだろうと思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。
それに…………避ける気持ちも分からなくはないのだ。
私だって、どう考えても勝ち目が無いような強すぎる相手とわざわざ戦いたいとは思わないし、苦手意識だって抱くだろう。
出会い方が違っていたら、私だってそちら側だったかもしれない。
そう考えると、酷く罪悪感を覚えた。
『な、なんか、ごめんね……私、何も知らなくて……。デュエルしようって言われても、私ユーリ君の気持ちなんて全然分かってなくて、いつも断っちゃってて……』
「澪織さんはあいつらとは違うから別にいいよ。澪織さんがデュエルしたがらないのは僕に限った話じゃないでしょ。僕はデュエルが好きなくせに僕とだけデュエルしたがらないヤツが嫌なだけ」
そうは言ってくれていても、やはり申し訳無さは拭えない。
知らず知らずのうちに、私は彼を傷付けることをしていたのかもしれない。
もしかしたらこれ以外にも何かしでかしていたかもしれない。
先程彼は私について知らないことばかりだと言っていたけれど。
私も、ユーリ君については知らないことばかりだ。
否、意図的に知ろうとしていなかったのかもしれない。
相手の事情に深く踏み込めば、こちらも踏み込まれることを覚悟しなければならない。
だからどこかで距離を保ちながら、触れたくない話題を避けながら、当たり障りのない──と自分で思い込んでいる──関わり方を続けてきた。
でも、それでは駄目だったのかもしれない。
──ああ、私も、ユーリ君のことをもっと知りたい、知らなきゃいけない。
そんな想いが少しずつ自分の中に生まれていくのを感じた。
「でも困ったなぁ。僕はアカデミアを卒業してもずっと残って任務とかするつもりだったのに、澪織さんはアカデミアに居たくないなんて…………」
『ユーリ君ほんと任務好きだよね。普段任務の話してる時もすごく楽しそうだし』
「それはもちろん、デュエルできるからね。……あれ?デュエルできれば別に任務じゃなくてもいいかも…?」
『そうなの?』
「僕デュエルしたいだけだから」
『でもほら、プロフェッサーへの忠誠心とかは……』
「プロフェッサー?ああ、確かに今までたくさん楽しい思いをさせてもらった恩はあるけど、オベリスクフォースの奴等ほどの忠誠は無いよ。そりゃあ僕が抜けたら戦力ガタ落ちで困るだろうけど、そこは仕方ないことだしごめんなさいするしかないよね」
『あ、そういう感じなんだ……』
返ってきた言葉は彼らしい淡白さで、どうやら思っていたほどプロフェッサーのことを崇拝していたわけではなかったらしい。
……本当に、私は何をあんなに恐れていたのだろう。
この人はどうしてそんなことを聞くんだ、と思っていそうな表情をしたユーリ君に曖昧な笑みを返しながら、今となってはそれこそ笑うしかないほど無意味だった過去の葛藤を思い起こし脱力した。
「そうだ。アカデミアを出て、世界中旅してデュエルするっていうのも悪くないかもね。その僕の旅に澪織さんも着いて来るの。どうしてもアカデミアに居たくないって言うなら、そういうのはどう?」
良いことを思い付いた、と言わんばかりに指を立ててユーリ君はこちらに視線を向ける。
『二人で色々なところに旅するってこと?……うん、良いかもね』
「でしょ?名案だよね、さすが僕!」
『ふふっ、そうだね』
誇らしげな彼に、私も笑みが溢れる。
思い付きの発言だとしても、想像すればそれはとても心躍る提案だった。
ユーリくんと二人だけの旅路なら、今度こそ、何のしがらみも無く自由に日々を過ごせるだろう。
そして、彼と一緒ならその時間はきっと楽しいものになるはずだ。
そんな未来も悪くない。
『今度はユーリ君のことも教えてね』
気持ちも軽くなって、今までよりも少しだけ前を見ることができるようになった気がして。
弾む心を抱えながらまだ見ぬ日々に思いを馳せた。
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