MainStory 10
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※アニメ38~40話関連
今日も今日とて、私はアカデミアの清掃に励む。
幾つかの施設を巡って集めたゴミをカートに放り込み、現在はそれらを運んで集積所へと向かっていた。
これが終わったら掃き掃除だな、と今後の行動の算段を練りながら多くの建物が林立する一角に足を踏み入れる。
両脇に高い壁がせり出していて通路が細く、光も遮られているためじめじめと薄暗い。
しかしこれが目的地へ向かう近道だった。
道幅の大部分を占めるカートを器用に押し進め、既に通り慣れたそこを歩いていく。
曲がり角を曲がり、この次の建物を過ぎればもう集積所だ。
そう思った時。
突然、横から何かがぶつかってきた。
「うわっ!?」
『きゃあ!?』
いきなりの衝撃に私は地面に倒れこんだ。
尻餅をつきながらもカートは無事だろうかと視線を遣るが、そちらは何事も無かったようでほっとする。
中身が散乱でもしていたら片付けが大変だった、と考えたところで最初に心配することがこれなのかと自分の思考に苦笑した。
「す、すまない!大丈夫か?!」
慌てた声音と共に目の前に手が差し伸べられた。
それを辿って視線を上げると、そこに居たのは私より年下と思われる女の子だった。
暗がりでも分かる鮮やかな赤の制服に身を包み、可愛らしい大きなリボンのあしらわれたポニーテールを揺らしながら私の顔を覗き込む。
ああ、ほら、この子は真っ先に私なんかの心配をしてくれているというのに。
それに比べて私は何と情けないことか。
『大丈夫だよ、ありがとう』
打った所は少し痛むが、この程度ならどうということはない。
第一、そんなことで泣き言を言っていたらいよいよ私の歳上としての威厳が無くなるというものだ。
差し出された手を取ると、思いの外力強く身体を引き上げられる。
「そうか……よかった」
そう言って彼女は安堵したように目を細めた。
「こっちだ!早く!」
「急げ!すぐに連れ戻さねばまた大目玉だ!!」
ちょうどその時、遠くからそんな声が聞こえてきた。
何事かは分からないが随分と焦っているような口振りだ。
「まずい…!」
『え?』
少女が顔色を変える。
そして。
『えぇっ!?』
何を思ったのか、カートの蓋を開けて中に潜り込んでしまった。
予想外のことに私は驚いて固まるしかない。
「おい、そこの君!」
『は、はい!』
入れ替わるようにやって来たのは、息も絶え絶えの数人の大人達だった。
おそらくは教師かそれを統べるような立場の人達だろう。
彼らが肩を上下させるのと共に揺らしている多くの装飾の着いた服は、立場の高い者の証だ。
仕事中に見掛ける機会はあれどもそんな偉い人達と話す機会はほとんど無いので、反射的に背筋が伸びる。
「このくらいの、オシリスレッドの制服を着た女子を見なかったか?!」
「青い髪をリボンで結んだ少女がこっちに来たはずだ!!」
空中で手の平を水平に動かして身長を示しながら、先頭の中年男性が叫ぶように言った。
それに背後の若い男性が続ける。
その人達が告げる特徴は、明らかに私が先程ぶつかった女の子を指していた。
事の詳細は分からないが、彼等の様子から察するに彼女はこの人達に追われているのだろうか。
ぶつかられはしたけれど、それは彼等に追われて焦っていたせいかもしれないし、私のことも気遣ってくれたようで悪い子ではなさそうだった。
そんな子を事情もよく分からないままこの人達に突き出すのも憚られる。
それに……。
『えっと……あ、あちらの方に……』
追っ手の剣幕に気圧されながらも、手で適当な方向を示す。
すると、彼等は礼も言わずそちらへ走り去っていってしまった。
私は混乱もまだ残っている中で呆然とその後ろ姿を見送った。
「……お前、どうして私を助けた?」
足音が完全に去った頃、カートの中から未だ辺りの警戒を解いていない様子で少女が顔を出した。
素早く視線を巡らせて私達以外に誰も居ないことを確認してから、険しい目付きはそのままにそう問う。
『どうしても何もないよ!こんな所に入っちゃうなんて、何てことしてるの…!?』
ああもうこんなになっちゃって、と彼女の髪や服の所々に付いてしまっているシュレッダーの紙屑をはたく。
ここ最近の私のゴミ収集担当は研究棟で、そのお陰もあってカートの中身はほとんどが書類だったから良かったものの……。
これが食堂や寮の担当だったらどうなっていたことか。
想像しただけでも恐ろしい。
「こちらとしてもそう簡単に捕まるわけにはいかなったのだ。それより私の質問にも答えろ」
『ああ、ごめんなさい、どうして助けたかだっけ。うーん、そうだね……………私も昔色々あってね、ああいう人達はあまり好きじゃないんだよ』
そんなふわっとしたいきさつだけで終わらせようとしたが、彼女の訝しむ目は変わらない。
……もう少し詳しく話さないといけなかっただろうか。
『…………私の生まれた家がね、結構厳しいっていうか、息苦しい所で。たまには解放されたくて家をこっそり抜け出して街に行ったりしてたんだけど、それがバレちゃうとあんな感じの怖い人達が連れ戻そうと追ってくるの。だからかな、勝手なんだけど何だか他人事には思えなくて、その場凌ぎでも貴女の手助けがしたくなっちゃった』
「…………そうか。お前も苦労してるんだな」
そう反応した彼女は、先程までよりも少し表情が柔らかくなった。
多少は警戒を解いてくれたようで、私も胸を撫で下ろす。
『でも、貴女の事情は分からないけれど、女の子なんだからあまりこんな所に飛び込むような無茶しちゃ駄目だよ』
「……ああ、次からは気を付けよう。世話をかけたな、礼を言う」
『大したことは出来てないかもしれないけれど、どういたしまして。じゃあ気を付けてね』
彼女も急ぐ身であろうし、引き留めるようなことはしない方がいいだろう。
そう思い、軽く会話を交わしたら私も立ち去ろうと歩き出した。
しかし、
「ああ、そうだ、」
背後から呼び止められて、再び足を止めて振り返る。
「ついでと言っては不躾だろうが……」
『?』
ーー次元侵攻用のデュエルディスクがある場所を知らないか?
それが彼女……セレナという少女が口にした言葉だった。
私は一度集積所に行きカートの中身を捨ててから、彼女と共に気配を潜ませながら校舎の中を歩いていた。
多少の自己紹介と共に聞いた話によると、長い間このアカデミアで幽閉に近い生活を送らされていたのだというセレナちゃんはスタンダード次元へ行き、そこに居るエクシーズ次元の残党を倒してプロフェッサー達に自らの力を認めさせたいのだと言う。
現在アカデミアがエクシーズ次元に侵攻していることは私も聞き及んでいる。
既に大規模な戦闘はアカデミアの勝利で終結したと知らされていたが、今もエクシーズ次元や他の次元にまで散った抵抗組織の残党達を掃討するための戦いは続いているのだそうだ。
その任を彼女が果たし手柄を上げれば彼女を過保護に扱うプロフェッサーも実力を認め、彼女の望み通りデュエル戦士として取り立ててもらえるだろうという算段らしい。
とは言え、前線に出ることの許されていない彼女には当然次元転送機能付きのデュエルディスクは与えられておらず、どうにかそれを手に入れようと画策していた所だったそうだ。
実力を認めてもらい誇り高い戦士として戦いたいだなんて、弱い私には考えられないようなその望みは、しかしとても輝かしく感じられた。
そのことを話してくれた彼女の口振りからも熱意が伝わってくるようで、つい応援してあげたくなってしまったのだった。
セレナちゃんにそれだけの力があるならば、きっとそれは認められるべきだ。
職員用の通路など極力人気の少ないルートを選び、デュエルディスク保管室を目指して進む。
低層のセキュリティが施された施設にのみ入れるカードキーならば清掃用として渡されているが、果たしてそれでどうにかなるだろうか。
その上、結果の如何に関わらずカードキーを使えばその持ち主の情報はしっかりと記録される。
場合によっては私にもお咎めがあるかもしれない。
デュエルディスクの保管室ならば生徒等もよく使う場所だから、特にセキュリティは施されていない可能性もあるけれど……。
不安な気持ちも抱えつつ、しかしそれは表に出さないようにしながら職員用エレベーターに乗り上層階へ移動する。
そこからまた少し歩けば、幸いなことに誰にも見咎められることなく目的地まで到着することができた。
最後にして最大の難関とも言える場所に、自然と私達二人の間にも今まで以上の緊張感が走る。
固く閉ざされた厚手の扉に息を飲みつつ、お願い、開け、と念じながら握り締めたカードキーと共に近付く。
プシュー、と気の抜けたような音と共に扉が開く。
…………開いた。
近付いたら開いた。
デュエルディスクはかなり色々な機能を組み込んだ高価な備品と聞いていたが、これでいいのかアカデミア。
ただの自動ドアって…………私の緊張を返してほしい。
とは言え私達の目的からすれば非常に都合の良いことなので喜ぶべきだろう。
一先ず室内に入り、着いたよ、と声を掛けて彼女も中に入れる。
訓練用や職員用など幾つかの分類毎に仕分けられたディスクを見て回り、奥の方で次元侵攻部隊に支給されるものを発見することができた。
「よし、これで…!」
ようやく目的の物を手に入れられ、目標に近付いたこともあり彼女はしっかりとデュエルディスクを握り締める。
『そのディスク、多分起動したら通信が行っちゃうと思うの。戦闘情報とかも本部で収集されてるはずだから、もしかしたら何処へ行ったかとかすぐに分かっちゃうかも……』
以前管制室の清掃を任されて立ち入った時に沢山のモニターに映し出された戦況分析を覗き見たのだが、あらゆる情報がリアルタイムで収集されているように見受けられたことからほぼ確実にこれらのディスクにはそういったシステムが入っているはずだ。
私でもさすがにその辺りのプログラムの改竄は無理だろうし…。
水を差すような発言だけれど、注意だけはしてもらうに越したことはない。
「問題ない。例え察知されたとしてもすぐにスタンダードへ行ってしまえば良いだけのことだろう」
『えぇ……確かにそうかもしれないけど、スタンダードまで追手が来る可能性も……』
「その時は迎え討つまでだ」
『そ、そっか……』
セレナちゃんに自信満々の表情で言い切られ、少々呆気に取られたような返答になってしまった。
不安の色も見せない彼女はなかなかに豪胆な性格をしているようだ。
そんなやり取りをしつつも、長居は無用だと私達は保管室を出る。
「此処に居ましたか…………ということはやはり本気なのですね、セレナ様」
『!?』
「バレット……!!」
不意に掛けられた声に思わず身が強張る。
見つかってしまった。
屈強な肉体、見るからに強そうな出で立ちの大男が威圧するように立ち塞がる。
セレナちゃんは逃げた方が、と促そうとしたが、それに反して彼女は大男の前へ一歩踏み出した。
「たとえお前が止めても、私はスタンダードへ行く!」
「止めなどしません。私も行きましょう」
その予想外の返答に、私は面喰らう。
「…………私を止めなかった監視役はお前が初めてだ」
彼女にもそれは同じだったようで、虚を突かれたような表情になりながらもそう応えた。
先程のような追手の一人かと思ったし、実際にセレナちゃんも“監視役”と称したことから本来ならばそちら側の立場の人間なのだろうが…………悪い人ばかりではない、ということなのだろうか。
バレットと呼ばれた彼の厳つい顔だけを見てしまうと失礼ながらいかにも悪そうな印象を抱いてしまうのだが、人は見かけによらないとも言う。
とりあえず彼には心の内で謝っておいた。
「本当に世話になったな、澪織」
セレナちゃんはバレットさんと一緒に行くようで、彼の傍らへ行き新品のデュエルディスクを軽く掲げながらそう告げる。
『頑張ってね、セレナちゃんのこと応援してるから!……それで、えっと……もし良ければでいいんだけど、できたら今回のことは内緒の方向で……』
こんなことを言うのはいかにも保身ばかり考えている身勝手な人間のようで気が引けるのだが、脱走の補助だとかの罪を問われて万が一クビにでもなってしまったら私としては大問題なのであった。
これまで貯めてきた貯金があるので今度はすぐに野垂れ死ぬようなことにはならないだろうけれど、いきなりポイッとこの島から放り出されてしまっては非常に困る。
せっかく仲良くなれた人達も居るし、こちらにも心や色々なものの準備というものがあって。
大袈裟に言えば私の人生が懸かっているのだ。
「そういうことだ、バレット」
「心得ています」
その言葉に胸を撫で下ろす。
彼女達も告げ口するような人間ではないと思いたいし、もしもバレるとしたら監視カメラやセキュリティシステムからの可能性のほうが高いだろうが、不安の種は摘んでおくに越したことはない。
「敵を討ち取りアカデミアに帰ってきた暁には、澪織にも私のスタンダード次元での武勇伝を聞かせてやろう!」
そんな意気込みを聞かせてくれながら彼女達は歩み去っていった。
二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送って、私もそそくさとその場を後にする。
何処となく心配になってしまう気持ちはあるけれど、そんな事を考えていても仕方がない。
今はただセレナちゃんの目論見が無事に成功することを祈ろう。
ふと時計を見ると随分時間が経ってしまっていたようで、一気に現実に引き戻された。
中断したまま忘れかけていた仕事がまだ残っている。
幸いゴミの収集作業は既に終わっているため、必ず何時までに終わらせなければならないというリミットのあるものは今日はもう無い。
とは言えこのまま帰宅が遅くにずれ込むのを良しとするわけにはいかず、廊下を歩く私の足には少々焦りが加わるのだった。
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