やくそくはやぶれない
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※「やくそくをしてほしい」の続き
※ゲームシステム捏造(フルダイブゲーム風)
※暗い描写あり
目の前を特急電車が駆け抜けていく。
それを追いかけた風が髪を激しく掻き乱す。
ここ数日、もう何度目かも分からないそれを私は無言で見送った。
一歩踏み出そうとしては、後ろ髪を引かれてその足を引っ込める。
風で乱れた前髪を手櫛で整えながら重く溜息を吐いた。
何がそんなに私を引き留めるのか。
思い当たる節は幾つかあれど、今確信を持って断言できるものは一つしかない。
──あの時の、約束。
コンパスにログインする、ログボを貰って無料ガチャを回し、今日のデイリーミッションを確認する。
それは私の下校後の日課だったけれど、これが最後と決めていた。
「ギイギイギイと馬が泣く……やあ、おつかれさま」
『ん、おつかれ』
出迎えてくれた零夜と共にひとまずバトアリに行ってみる。
が、今日はロクに勝てなくて、デイリーミッションも消化しきれないまま引き上げることした。
対人戦は存外メンタルがプレイングに影響しやすい。
今の私が明確に不調なのはある意味仕方のないことだろう。
ホームに戻り、さてどうしようと一考し、最後なのだから景気良くいこうと貯めていたビットマネーを握りしめてガチャを回しに行くことにした。
「良いのかい…?君はそれをきたるべき宴の刻のために温存していたと記憶してるけど」
『いーのいーの。今日はパーっと行っちゃお!ほら、世界樹とチャネリングして〜』
怪訝な顔をする零夜をよそに、すっからかんになるまでカードガチャを回した。
URも結構一杯出たので戦果は上々だ。
増えたヒーローチケットでヒーローガチャも回したら、今まで持っていなかったコスチュームが出た。
もっと早く欲しかったな……とも思ったけれど、物欲センサーの妨害が無くなった今だからこそ出てきてくれたのかもしれない。
メダルも増えたが、厳選はやったところでもう意味は無いしやめておこう。良いやつが出ても出なくても発狂しそうだ。
やることはこのくらいかな、と思いながら悪くないガチャ結果にほくほくしながらホームへ戻ったところで、閉じたドアを背に立ち止まった零夜が口を開いた。
「アリス、やはり今日の君はどこか」
『──ごめんね零夜』
その言葉を遮って、私はそう告げた。
見ると、零夜は少し目を丸くしている。
思ったよりも大きな声が出てしまったからびっくりさせてしまったかもしれない。
それでも、これは私から先に言うべきことだと理解していた。
『……ごめん。やっぱり、あの時の約束、守れないと思うんだ。零夜に会うのも、これで最後になると思う』
──勝手に居なくなったりしないと約束してくれ。
指切りまでした約束を違えたかったわけではない。
けれども、もう限界だった。
……否、約束のおかげで今もまだギリギリここに立っていられる。
…………否、まだあともう少しだけなら頑張れるかもしれないけれど、このままではあの約束がくれた光さえ真っ黒に塗り潰されてしまいそうだったから。
だから私は、それを綺麗なままで手放すことにしたのだ。
「…………君が謝る必要は無いよ」
彼からの返答はそれだけだった。
それ以上を望んでいたわけではないし、望む資格も無いのだけれど、その淡白さにどうしようもなく胸が痛んだ。
『……ごめんね、本当に』
色々な感情が込み上げてきて目頭が熱くなる。
こういう時、アバターは便利だ。
たとえ現実の私が泣いていようとも、泣くエモートさえしなければこちらの私が涙を流したりはしないのだから。
『それじゃ、私はそろそろ行くね』
これ以上長居は出来そうになくて、私は逃げるようにそう切り出した。
『今までありがとう。さよなら、元気でね』
本当はもっとたくさん謝ったり、たくさん感謝を伝えたり、恨み言があるなら気が済むまで聞いてあげたりするべきなのだろうけれど、今の私からすればちゃんと別れの挨拶が出来ただけ良かったと思うしかない。
じっとこちらを見つめるだけの零夜に笑顔のエモートで手を振って、いつも通りの、最後のログアウト操作をする。
メニューを開いてログアウトボタンを押そうとしたところで…………。
──あれ、無い……?
手が止まった。
何か間違えたかと思って、メニューを開き直して探したけれどやっぱりボタンがあるはずの場所は不自然な空白になっている。
こんな時に何かの不具合だろうか。
仕方がないのでアプリごと落とそうとダイブシステムのメニューを開こうとしたが、それも何故か操作が効かず開けなかった。
どうも、しばらくはここに居るしかなさそうだ。
今生の別れをした手前大変な気まずさを感じながら、引き攣った笑みを顔に貼り付けて零夜のほうに視線を向けると、今の今まで中空に手を翳してわたわたしていた私を眺めていたであろう彼と目が合った。
『あの〜……ほんとにごめんなんだけど、なんか不具合出てるっぽくて、』
「ああ、異界への扉なら閉じさせてもらったよ」
『…………えっ?』
“異界への扉”が何を指すか、直感的に理解して私は目を白黒させた。
そんなこと出来るわけがない、という常識とは裏腹に、零夜なら出来てしまうのかもしれないという納得感が頭を過る。
でも、どうして。
「それほどまでに【君】を傷付ける世界なら、君は向こう側へ帰るべきではないよ。それに以前伝えたはずだ、【我々】には君を“保護”する意思があると。故郷の世界に情があることは理解するけれど、【僕】らは識っているだろう?あれは所詮幾つもある世界の一つに過ぎないということを」
こちらへ歩み寄る零夜の表情は相変わらずの無機質だが、その瞳の奥には確かに何かが渦巻いている。
不満か、呆れか、怒りか、執着か、はたまた私には推し量れない何かか。
「だから泣かないで、アリス」
彼の指先が私の目尻をそっと撫でる。
こちらのアバターは泣いてなんていないはずなのに、その手付きは涙を掬うように酷く優しい。
手放そうとしていたはずなのに、私はいつしか躊躇いながらも縋るように彼の袖の端を握ってしまっていて。
じっと私の顔を覗き込んでいた零夜が微かに微笑んだように見えた。
「──君は、約束を破ったりなんてしていないんだから」
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