Episode-7
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一度別れた道が再び交錯する。
それはきっと、新たな未来を紡ぐ始発点。
その想いに触れた。
『…………アヤ、ナミ…さん……?』
震える声で、目の前の彼の名を呼んだ。
もう何日も、何週間も見ていなかった彼の顔。
驚きと戸惑いと疑問が頭の中を駆け巡る。だけどそこには、ほんの少しの嬉しさも混じっているようだった。
「……居たのか、アリス」
彼が私を見て言う。
いつも表情の変化が乏しい彼。今もほとんど無表情に近いけれど、僅かに目を見開いている。
多分、驚いているのだろう。
「あ!アリスちゃん久しぶり~☆」
「ああ、ごめんねアリスちゃん。今ちょっと取り込んでて…」
アヤナミさんに目が行っていて気付かなかったが、彼の隣に居たらしいヒュウガさん――サングラスを掛けたいつもニコニコしている人で、アヤナミさんの部下である――とシムさんが、笑顔で私に言う。
……シムさんは、笑顔というよりは苦笑いだったけれど。
「まあいい。話を戻そうか」
「そうだね、僕はそれで構わないけど……君はいいのかい?」
「…………問題無い」
アヤナミさんがここに居ることには大いに驚かされたが、彼とシムさんが会話しているということにもまた驚いた。
この二人は、知り合いだったのだろうか。
私はそんな事は全く知らなかったのに。
「正直、虫酸が走るから君とは話したくないんだけどね……仕方ないから言い分くらいは聞いてあげてもいいよ。君は僕をどうしたいのかな?」
「本当ならば殺してやりたい所だが、流血沙汰はあまり好ましくない……だから、貴様は合法的に社会から抹殺してやる」
「はは、殺してやりたいって所には同意するよ」
何だか物騒な単語が飛び交っているのは気のせいだろうか…。
私がそんなふうに思っていると、アヤナミさんは何かの書類らしきものを取り出してシムさんに突き付けた。
シムさんはそれに少し目を通すと、アヤナミさんに言う。
「……うわぁ、よくここまで調べたね。職権濫用も甚だしいよ」
「使えるものは有効に使うべきだろう?貴様の弱みは全て調査済みだ」
会話する二人は何故か笑顔なのだが、明らかに目が笑っていない。
仲が良くはなさそうであるが、具体的にどういった関係なのかはまだよく分からなかった。
しかし、異様な雰囲気が彼等の間には漂っていて、私にはただ事の成り行きを見守っていることしか出来なかった。
「…………まあ、さっきも言った通り、僕は君を殺してやりたいわけさ。だからね……」
そう言って、シムさんはゆっくりと部屋の中を歩き出した。
そして、一つのキャビネットの前で立ち止まる。
引き出しから何かを取り出して振り向いた彼。
その手の中にあったのは…………鈍い銀色に光る刃だった。
「無駄だ」
アヤナミさんが冷たく告げる。
流石は軍人、と言うべきだろうか。彼が動じる気配は無い。
息を呑み、内心動転している私とは大違いだ。
「……そう、無駄なんだよ、残念なことにね」
自嘲を含んだような声音でシムさんが言う。
「軍人である君に、僕が敵うはずがない」
彼は、アヤナミさんに向けていた短刀の切っ先をそっと下に下ろした。
きっと彼には危害を加える意思はないのだろう。
この場に居た皆がそう思って、一瞬気を抜いた。
その瞬間、
シムさんが素早い身のこなしでこちらへ来て、後ろから腕を回して私を拘束した。
きゃあっ、という情けない悲鳴が私の口から漏れる。
「……だから、こうするしかないんだ」
背後でシムさんが言った。
首筋に、何かひんやりと冷たいものが当たる。
それが先程シムさんが持っていたナイフだと気付くまで、混乱した私の頭では数秒を要した。
そして、そのことに気付いた途端、得体の知れない恐怖が私を襲ってきた。
カタカタと小刻みに身体が震える。
「貴様……アリスを放せ…っ!」
「やだね!……君に奪われるくらいなら、いっそ僕が…!!」
珍しく取り乱したような声でアヤナミさんが言う。
それをはねつけたシムさんは、切羽詰まったような、苦悶の混じった声で叫んだ。
シムさんの表情は分からないけれど、きっと今、二人は私を挟んで睨み合っている。
部屋の中は今までにない張り詰めた緊迫感で埋め尽くされていた。
……何秒間、それが続いただろうか。
沈黙がすごく長く感じられたけれど、それをシムさんが唐突に破った。
「ああ、そうだ。……最後に君の返事が聞きたいな、アリスちゃん」
まだ聞いてなかったよね?と彼が言う。
何の返事だろう、と一瞬面食らってしまったけれど、考えを巡らせればすぐに答えに思い当たった。
正直、こんな状況になるなんて思ってもみなかった。
ただでさえ言いづらいというのに、この状況では言葉にするのにどれほどの勇気が要るだろう。
…………しかし、もう私の答えは決まっていた。
そして、私はそれを伝えなければならない。
いつまでも躊躇している場合ではないのだ。
『………………ごめんなさい、』
少し声が震えていたかも知れない。
それでも、これが精一杯だった。
弁明も無い、慈悲も無い、拒絶だけの短い一言。
だけど、それには色々な想いが綯い交ぜになっていて。
それが彼にも伝わったのかは分からないけれど、
「…………そっか……」
シムさんは、そう一言だけ呟いた。
そして、また沈黙。
重苦しい空気が辺りに漂う。
居た堪れなくて、本当ならば今すぐ逃げ出してしまいたいくらいだ。
しかし、今の私にはそれも出来ない。
私を挟んで睨み合う二人に何か動きがあるまで、私はただじっとしている以外になかった。
永遠に続きそうな沈黙。
……次の瞬間、
そんな空気を切り裂くように、突然、ガシャン!!と何かが割れるような音がした。
その音に驚いたシムさんが後ろを振り向く。
次の瞬間、
「……これは返してもらうぞ、」
シムさんに隙が出来たのを見計らったのか、アヤナミさんが私の目の前に来ていた。
それは本当に一瞬の出来事で。
「な…!?」
驚いたシムさんは、多分咄嗟にナイフを引いたのだろう。
……しかし、私に痛みは来なかった。
アヤナミさんが、その手でナイフを握っていたから。
『……!!』
彼の白い手袋が、じわりじわりと紅に染まっていく。
――ああ…どうしよう…。
私の頭はますます混乱し狼狽していく。
しかし、本人にはそれほど痛みを気にしている様子が無くて。
空いている方の手でシムさんの手首を掴むと、いとも簡単に彼の腕を捻り上げ、流れるような動きで彼を捩じ伏せてしまった。
「……くそっ!!何もかも上手く行ってたはずなのに…!!」
押さえ付けられたまま、急にシムさんが叫んだ。
「何でだよ…何でお前なんかが…っ!!」
ぐるりと首だけを回してアヤナミさんを睨み付ける。
彼の表情は悍ましいくらいに怒りと悲痛に歪んでいて。
「お前なんかより、僕の方がよっぽど……!!!」
いつもの穏和で優しげな彼の面影などこれっぽっちも無くて、まるで全くの別人になってしまったかのようで。
そんな彼を見ていると、私は妙に悲しい気持ちに襲われた。
* * *
その後シムさんは、あらかじめ待機していたらしい軍や警邏隊の人達に連れて行かれてしまった。
私は何と言っていいか分からず、結局何も言えないまま彼の背中を見送った…。
「……すまなかった、アリス」
アヤナミさんが唐突に言った。
その声に彼の方へ目を向けて、失念していた事柄を思い出した。
『あ……そ、それよりも怪我…!』
慌てて彼に駆け寄り、赤く染まった右手に手を沿えて持ち上げる。
切られて数分経った今も止まっていない血が、ぽたりぽたりと床に落ちた。
『血、止めないと…!』
あたふたとしながらも服のポケットからハンカチを取り出して、彼の手に巻く。
こんな普通のハンカチでもきつく縛れば応急処置的な止血は出来ると、何かの本で読んだ気がする。
そんな曖昧な記憶を手繰りながら、ただ夢中にハンカチを縛り付けた。
「……お前はまだ、私の心配をしてくれるのか」
私が必死に血を止めようとしているのを何処か不思議そうな表情で見つめながら、アヤナミさんが口を開いた。
一瞬、どうして彼がそんな事を言ったのか私には分からなかった。
『当たり前じゃないですか!私のために、アヤナミさんがこんなことになって……』
「私はお前を捨てたのだぞ。なのに、何故その私を助ける?」
『、それは……』
私の手が止まった。
……確かに、その事を忘れたわけでもないし……それが悲しくなかったわけでもない…。
もうアヤナミさんは私のことが好きではないのだと、それどころか嫌いだと思っているのかもしれないと、考えなかったわけでもない。
だけど、だからといってアヤナミさんへの気持ちが全て消えてしまったわけではなくて。
だから、怪我をしたアヤナミさんを黙って見ているなんてことは出来るはずもないし、それに……。
私のためにこんな無茶をしてくれたのだと自惚れてしまうと、もしかしてと期待してしまう気持ちもあって…。
「何言ってんのアヤたん、あれがアヤたんの本心からの行動じゃないってことぐらいアリスちゃんも知ってるでしょ」
そこで、思わぬ人物が話に割り込んできた。
部屋の隅の方で何やら陶器らしきものの破片を片手で弄っていたヒュウガさんが、さも当然というような口振りでそんな事を言うものだから、
『え……そうなんですか…?』
私は思わずアヤナミさんそう訊いていた。
「…………………………………………色々と、厄介な事情があったのだ」
不自然な間を開けて、私から視線を逸らしながらばつの悪そうな様子で彼は言った。
彼にしては珍しいその行動と、その内容を聞いて、私は目を丸くした。
そんな様子の私達を見て、怪訝そうな顔をした人が一人。
「ちょ、まさかアヤたん、脅されてたって事言って無…………ううん。何でもない」
口を開いたヒュウガさんは、何故か言い終わらないうちに口を噤んだ。
すぐ横で思い切りヒュウガさんを睨んでいるアヤナミさんを見て何となく理由は理解したけれど。
「……じゃ、じゃあオレは先に行ってるね!」
ずっとアヤナミさんに睨まれているのに堪えられなくなったらしく、ヒュウガさんはそう言うとそそくさと部屋を出て行ってしまった。
必然的に私はアヤナミさんと二人きりになる。
……何となく気まずい…。何か話すべきだろうか…。
そんな事を思案していた矢先、
「アリス、」
不意に、アヤナミさんに名前を呼ばれた。
くるりと振り向くと、私を見つめる彼と視線がぶつかった。
そして、少し間を開けてから、アヤナミさんが口を開く。
「…………もし、まだ私のことを想ってくれているのならば――」
ゆっくりと紡がれる言葉。
私は、まるで魅入られたかのように彼の瞳から視線を逸らすことが出来ずにいた。
何故だろう、心臓の鼓動がどんどん煩くなっていく。
その続きが聞きたいと、心が叫ぶ。
そして、
「――また、私の傍に居てくれないだろうか?」
……私は目を見開いた。
それは、私が一番欲しかった言葉だったから…。
色々なものが溢れ出してしまいそうな、そんな感覚に包まれる。
嬉しくて、嬉しくて、
『……はい…っ!』
私は、しっかりと頷いた。
『私は……アヤナミさんと一緒に居たいから…っ』
今にも溢れ出してしまいそうな涙を抑えながら、その言葉を言った。
「…………ありがとう、アリス…」
ふわり、とアヤナミさんに抱き寄せられる。
久しぶりの彼の腕の中は、すごく温かくて、心地好くて、愛おしかった。
――もう二度と、失いたくはない。
そう思いながら、私も彼の背中にそっと両手を回した。
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