Episode-6
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それは、
偶然でも、必然でもなくて、
運命とも言えるような
『お邪魔します…』
控え目に言って、私は目の前の大きな屋敷に足を踏み入れた。
シムさんの家は、結構大きい豪邸だったりする。
最初に訪れた時はかなり驚いて、彼の親は実業家なのだと聞いてまた驚きつつも一応は納得したのを覚えている。
ここを訪れるのは2回目であるが、所詮はただの一般庶民である私にはやっぱり馴染めなかった。
高級そうな家具が並んでいて、何万円もしそうな絵が飾ってあって、床は絨毯で、天井が信じられない高さで…。
すっかり気圧されて畏縮してしまっている私を見て、隣に立つシムさんは苦笑いしている。
そんな彼に案内されながら、応接間に通してもらった。
『わぁ……広い…!』
そこもまさに豪邸の一室といった様相で、思わず感嘆の声が漏れる。
見慣れた自宅と比べると、そこはまるで別世界。
座らせてもらったソファーも高級品らしくふわふわしていた。
「失礼致します。紅茶をお持ちしました」
使用人らしい人が、ポットとカップ2つとクッキーの入った小皿をトレイに乗せてやって来た。
出された紅茶をシムさんが飲み、それに続いて私も一口飲んだ。
ほんのりした甘みが口に広がり、紅茶特有の良い香りに包まれる。
『美味しい…』
「アリスちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよ」
そんな言葉を交わして、二人で紅茶を味わう。
だけど、それ以降は会話が止まってしまった。
広い部屋の中で静かにしているのは何だか落ち着かない。
…………もしかしたら、シムさんと二人きりだというのも落ち着かない理由かも知れない。
話を切り出そうか、それとももう少し待って様子を見ようか。
手に持ったカップの水面を眺めながらぐるぐるとループする思考を繰り返す。
『……あの、お手洗いを借りても?』
結局、私の口から出たのはそんな言葉だった。
「ああ、構わないよ。廊下を右に行った所にあるから」
急にそんな事を言い出すなんて不自然というか、色々おかしいような気もするが、シムさんは嫌な顔一つせずに示してくれる。
そんな彼に会釈して、私はそそくさとその部屋を出た。
* * *
「これから屋敷に突入する。ヒュウガは私と来い。……他の者は、ターゲットが逃亡する可能性もあるから逃走ルートを塞いでおけ」
部下達にテキパキと指示を出し、アヤナミは目の前の大きな屋敷へ足を向けた。
「普通ここまでやるかなぁ…。アヤたん怒らせるとホント怖いね」
ヒュウガがニコニコしながら呟く。
……確かに、普通ならばここまで派手なことはしないのかも知れない。
だが、私は何が何でも彼女からあの男を引き離したかった。
「無駄口を叩いてる暇があるならさっさと歩け」
「はいはい、分かってるって」
あまり緊張感の無い会話をしながら、ヒュウガを連れて歩き出す。
屋敷に入ると、突然の侵入者に狼狽えているらしい使用人と目が合った。
私はつかつかとそいつに歩み寄り、胸倉を掴んで問い掛ける。
「この男は何処だ」
「ひぃ!?え、えと、主人は今、二階の応接間でご客人と……」
睨みを利かせながら一枚の写真を突き付けると、そいつは案外簡単に居場所を白状してくれた。
手を離すと、腰が抜けたのか彼はそのまま床にへたり込む。
「行くぞ」
「りょーかい☆」
使用人が言っていた二階へ向かうべく、私達は近くにあった階段を上り始めた。
* * *
「へぇ、来たんだ。まさか家にまで上がり込んでくるとは思わなかった」
二階の一室のドアを開けると、目的の人物はそこで寛いでいた。
彼は前にも見たことのあるいけ好かない笑顔を浮かべてこちらを見遣る。
「……私の言いたい事は分かるだろう?」
若干の殺気も混ぜて奴を睨み付けるが、怯む様子は微塵も無い。
むしろ余計に笑みを深くして彼は言った。
「やっぱり我慢出来なかった、って所かな?駄目じゃないか、軍の参謀長官ともあろう者がそんなていたらくじゃあ」
「黙れ。あれは私の女だ。返してもらおうか」
「……まさか、あの言葉を忘れたわけじゃないだろうね?」
――「お前の愛を選ぶか、愛するカノジョの命を選ぶか……」
忌ま忌ましい言葉が脳裏に蘇る。
――だが、
「そんなものは関係無い。……よくよく考えてみれば、私があいつを護ればいいだけのことではないか」
そう、それだけのこと。
あの時は何故その思考に辿り着けなかったのか。
今考えると不思議でならない。
動揺していたとでもいうのか…?
それならば、我ながら随分と愚かなものだ。
――それほどまでに、彼女の存在が自分にとって大きなものだったのかも知れないが…。
「ふぅん…じゃあ、」
彼が、急につまらなそうな表情になった。
そこに先程までの笑顔は微塵も残っていない。
手に持っていたティーカップを目の前の机に置くと、腰を下ろしていたソファーからゆらりと立ち上がり、言った。
「――やっぱり君には、消えてもらわないといけないかな」
* * *
『はぁ…』
何をするでもなく、洗面台の前に立って鏡に映る自分を眺める。
――いざ対面してみると、やっぱり言い出し難い。
ついついあの場を逃げ出してしまった。
そんな情けない自分に溜息を一つ。
全く、どうしてこうも臆病なのか…。
つくづく自分が嫌になる。
こんな事をしても、その場しのぎにしかならないというのに。
じゃああと2分経ったら行こうかな、なんて思っている私はこの期に及んでもまだ躊躇っているらしい。
ちゃんと断ると決めたはずなのに、この程度で揺らぐようではどうしようもないではないか…。
2分なんて、案外あっという間だ。
腕時計を見れば、既に先程の宣言から2分が経過したことがすぐに分かる。
あと1分、と言いたくなるのをぐっと堪え、重い足取りではあるが当初の宣言通り洗面所を出た。
廊下に来ると、何だか屋敷の中が騒がしいような気がした。
別に誰かが叫んでいるとかどんちゃん騒ぎをしているというわけではないが、何だか先程までと雰囲気が違うような感じがする。
時折下の階あたりからバタバタと誰かが走り回っているような音や、何か言っている声が響いてくるが、何かあったのだろうか。
少し気にはなったが、それは自分には関係の無いことだと割り切って廊下を歩き出した。
そして、先程まで居た部屋の前まで来て。
『……、』
一瞬、やっぱり躊躇ってしまう。
――だけど、もう決めたことなんだから。
今度こそ、と心の中で念じ、思い切って目の前の扉を開けた。
……そして、部屋の中を見て私はフリーズした。
『…………アヤ、ナミ…さん……?』
そこには、居るはずのない人が居たから。
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