Episode-4
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数週間が過ぎた。
時が経つにつれ、徐々に私の心の傷が癒えてきたのも事実。
しかし、それでも傷が完全に癒えたわけではない事もまた事実だった。
かりそめの夢を見る
カランカラン、と、店のドアに付けられた鐘が来客を告げる。
「やあ、アリスちゃん。元気にしてたかい?」
顔を覗かせたのは、常連客のシムさんだった。
ここ最近はかなり頻繁に店を訪れてくれたり、私の話し相手になってくれたりしている優しい人だ。
『いらっしゃいませ、シムさん。注文はどうします?』
「ああ、いつものでいいよ」
彼はそう言って、窓際の席に座る。
今はちょうど両親が出掛けてしまっているので、注文を受けた私は、カウンターに入ってエスプレッソマシンを使ってカフェラッテを作り始めた。
機械の準備をし、まずはミルクをスチームする。
それが終わると少しの間カップやその他の器具を温め、コーヒー豆を挽く。
そしてフィルターに豆を詰めてマシンにセットし、数十秒間で抽出する。
出て来る液体の色が薄くなってきたら抽出は終わり。
そして出来上がったエスプレッソにスチームミルクを入れれば完成だ。
そのカップをトレイに乗せて、私はシムさんの所へ向かった。
『はい、いつものカフェラッテですよ』
「お、今日も美味しそうだね」
いただきます、と言ってシムさんはカップを持つ。
今は半端な時間なせいか他に客も無く、私も彼の向かいの席に腰を下ろして彼の反応を待った。
「…………うん、とても美味しいよ」
『本当ですか?!良かったー…』
彼が微笑んでくれたので私はほっと胸を撫で下ろす。
エスプレッソを作るのは意外と難しい。
コーヒー豆の挽き方やフィルターに詰める際の力加減、抽出に掛ける時間など、一つ一つの手順をしっかりやらないと美味しいものが出来ないのだ。
父が淹れるエスプレッソは絶品だが、私はまだまだ修業不足。
それでも美味しいと言って飲んでくれるシムさんは本当に良い人だ。
カップを傾ける彼を頬杖をついて眺めていると…………ふと、昔のことを思い出した。
一瞬、同じように私のコーヒーを美味しいと言って飲んでくれたあの人の事を思い出してしまって……。
いけないいけない、と頭を振ってその記憶を隅っこに追いやる。
もう、“彼”の事は忘れると決めたのだ。
そうするのが一番良い方法なのだから。
「…………ところで、アリスちゃん。」
急に居直って真剣な表情になったシムさん。
『な、何でしょうか…?』
あまりにも真剣な眼差しなので、こちらまでつい背筋を伸ばしてしまう。
そして、数秒の間を置いてから彼が言った。
「僕と…………結婚を前提に付き合ってくれないかい?」
――……え…?
それは、全く予想もしていなかった言葉だった。
あまりにも唐突なことで、私の思考は完全停止。
「前からずっと、君のことが好きだったんだ」
固まっている私にシムさんは言う。
当然私は何も喋れない。
彼もそれっきり喋らない。
そして、しばらくの沈黙の後、
「…………返事は今すぐじゃなくていいからさ……」
考えておいてくれるかな…?と言うと、居心地が悪かったのか、彼はそそくさと席を立ち、逃げるように店を出て行ってしまった。
残されたのは、呆然とする私と空っぽになったコーヒーカップだけ。
カランカランというドアの鐘の音が鳴り止むと、周りは急に静かになった。
そういえば他に誰も居なかったんだ……と思って少し安堵するのと同時に、
『…………どうしよう……』
私には新たな問題が降りかかってきたのだった……。
* * *
「ねぇねぇー、本当に良かったのー?…………本当の本当に良かったのー?」
「…………何度も言わせるな」
あれから、思い出す度に同じ事を言って纏わり付いてくるようになったヒュウガを、アヤナミは溜息を吐きながら追い返す。
しかし、ヒュウガは尚もしつこく食い下がってきた。
「アヤたんってばー。いい加減変な意地張るのやめなよー」
「意地など張ってはいない」
「えー、嘘だぁー」
口を尖らせてそんな事を言う。
そして、
「じゃあ、さ……これ見てもそんなふうに言ってられるの?」
懐から紙切れを取り出してヒラヒラと彼の目の前で振って、アヤナミの机の上に落とした。
不規則な軌道を描いて落ちてきたそれを拾い上げてじっと見つめる。
「…………。」
それは写真だった。
一組の男女が仲睦まじそうな様子で笑い合っている。
そしてそれは、やけに見覚えのある二人……。
「……」
グシャリ。と音を立てて、アヤナミの手の中にあった写真が握り潰された。
――……やはり、我慢出来無い。
「…………ヒュウガ」
「なぁに?」
「この男の事を調べろ」
写真をヒュウガに突き返して、椅子から立ち上がる。
「何か策でもあるわけ?」
歩き出した彼の後ろから、ヒュウガがへらへら笑いながら言った。
「この私にあのような“取引”を持ち掛けてくる男だ。探せばいくらでもボロは見付かるだろう」
そう返して、部屋を出ていく。
――彼女は、私のモノだ。
他の男と共に居るなど、許せない。許さない。
……必ず取り返してみせる。
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