第五話
夢小説設定
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「今日は楽しかったねー!」
『そうですね、ヒュウガさん』
そんな会話をしながら、ヒュウガとエルーはホーブルグ要塞へ帰ってきた。
乗っていたホークザイルから降りて、街で買い込んだ商品が詰まった大きな紙袋を手に持つ。
そうして自室へ戻ろうとした時、ヒュウガにとっては聞き慣れた声が彼等を呼び止めた。
「ヒュウガ少佐!!一体何処をほっつき歩いてたんですか!!」
行く手に立ち塞がり、周りの目も気にせずにヒュウガを叱責したのは、彼のベグライターであるコナツだった。
「え、コナツ迎えに来てくれたのー?オレ嬉しいなぁ!じゃあこれ1つ持って♪」
「違いますよ!!何言ってるんですか!!あと、それはご自分で運んでください!」
ヒュウガが紙袋のうちの1つをコナツに渡そうとしたが、それは見事に突き返された。
それでも、額に青筋を浮かせながら怒る部下とは反対に、上司はあくまでも飄々としている。
何とも言えない、険悪なようなそうでもないような雰囲気の二人の近くでは、一人取り残されたエルーがどうしたものかと思案しながら立っていた。
「えー、お迎えじゃないんだったら何でこんな所に居たの?」
「決まってますよ、少佐を捕獲するためです!」
そう言いながら一歩ずつ詰め寄ってくるベグライターを見て、ヒュウガはようやく焦りの表情を浮かべた。
「オ、オレはやだよ!デスクワークなんて絶対しないからっ!!」
踵を返して逃げ出そうとした彼。しかし、コナツに首根っこを掴まれてそれは叶わない。
「デスクワークもそうですけど、今日はアヤナミ様が呼んでるんです。逃がすわけにはいきません」
「え、アヤたんが?」
その言葉を聞くと、ヒュウガは暴れるのを止めた。
そしてまたニコニコした胡散臭い笑顔に戻って、
「なーんだ、それならそうと早く言ってよー!」
何故か上機嫌になってぺしぺしとコナツの肩を叩く。
叩かれている彼は迷惑そうな表情をしているが、当の本人は全く意に介していない様子。
しばらく叩き続けて、流石にうざったくなったらしいコナツに手をはたき落とされると、ヒュウガは小さくため息を吐いてからくるりと後ろを向いて、完全に蚊帳の外だったエルーの前に立った。
「じゃあオレ、ちょっと行ってくるからさ、悪いけどこれ部屋まで持ってっといてくれる?」
『あ……はい、大丈夫ですよ』
急に話を振られたせいか、一瞬遅れてエルーが頷く。
それを確認してからヒュウガが荷物を渡そうとしたが、
「あ、あの、」
コナツがそれを遮った。
「――実は、エルーさんも連れて来るようにとアヤナミ様が…」
『私も、ですか…?』
「何で?」
エルーとヒュウガが不思議そうに聞き返す。
「さあ…?詳しい事は私にも……」
アヤナミの意図が分からず、しばらくの間、彼等の頭の上には疑問符が飛び交っていた。
* * *
一旦荷物を自室に置いてから、ヒュウガとエルーは参謀長官室の前へやって来た。
途中まで付き添っていたコナツは既に去り、現在その廊下に立っているのは二人だけである。
一体何の用なのだろうと、多少なりとも不安に思い始めたエルーの心境など全く知らないヒュウガは、
「やっほーアヤたん!何かあったの?」
躊躇いも、ノックすらも無く目の前のドアを開けた。
エルーはそんな彼の後ろ姿を呆然と見詰めた後、我に返って、失礼しますと小さく言ってから参謀長官室に足を踏み入れた。
「…………貴様は一体何処へ、何をしに行っていたのだ」
この部屋の主であるアヤナミは、それはもう不機嫌そうな様子で眉を顰めながらそう問うた。
その不機嫌さの理由の一つはヒュウガがノックもせずにずかずかと部屋へ入ってきたことであり、言葉を発するまでの数秒の沈黙には「ノックをしろといつも言っているだろう」という憤慨も言外に含まれていたりするのだが、やはりヒュウガはそんな事には気付かない。
……いや、気付いているのかも知れないが、そうであっても全く気にしていないようだった。
「え……デート?」
「…………はぁ」
けろりとそう答えた彼を見て、アヤナミは呆れたようにため息を吐いた。
「貴様は、あれを何のために連れて来たか分かっているのか?」
「そりゃあもちろん分かってるよ。でもさ、ずっと同じ部屋に閉じ込めとくのも可哀想じゃない?」
「だからといって、勝手に連れ出されては困る。もし逃げ出そうとしていたら、お前はどうするつもりだったのだ」
「ちゃんと戻ってきたんだからいいじゃん!……それに、どうせアヤたんのことだから魂通して見張ってたんでしょ?」
「…………。」
事実を言い当てられたのであろう、アヤナミは少しの間口を噤んだ。
しかし、それから彼はおもむろに立ち上がり、愛用の鞭を取り出すとヒュウガをそれで叩いた。
「痛っ!!?」
パシン、という乾いた音が聞こえ、少し遅れてヒュウガから声が漏れる。
それは彼等の間ではよくあることだった。ヒュウガはアヤナミの機嫌を損ねては毎回鞭打たれているわけである。
大抵は何度か叩かれたヒュウガが床に突っ伏した辺りで終わるのだが……今回は様子が違った。
『ちょっと……貴方、何してるんですか!!』
今まで部屋の隅の方で二人のやり取りを見守っていたエルーが、声を張り上げた。
『そんな物で叩くなんて、いくらなんでも酷すぎます!』
そう言って、エルーはアヤナミに詰め寄る。
そんな彼女を、アヤナミは冷徹な瞳で睨みつけた。
「これは仕置きだ」
『でも、ヒュウガさんは悪くありません!私が……私が、行きたいと言ったんです』
「え、エルーちゃん!?」
ヒュウガが、エルーの言葉に驚いて声を上げる。
しかし、それは二人に完全に無視された。
「ほう、ならばお前が代わりに鞭で打たれるか?」
アヤナミが言う。
その言葉を聞いて、エルーの肩が僅かに震えた。
しかし、
『、…………はい』
彼女は頷いた。
それを見て、アヤナミは鞭を掲げる。
後方ではヒュウガが制止の言葉を叫ぶが、それが聞き入れられることは無く。
アヤナミはそれを真一文字に振り抜いた。
『っ!!』
エルーの口からは声にならない悲鳴が漏れ、鞭が当たった左腕には焼けるような痛みが響いた。
あまりの痛みに涙が溢れそうになったが、泣いたら負けだと自身に言い聞かせてそれを堪える。
そして、歯を食いしばってアヤナミを睨み返した。
「……………………勝手にしろ」
しばらく睨み合いが続いたが、先に折れたのはアヤナミの方だった。
ふいとヒュウガとエルーに背を向け、部屋の奥にある彼の席へと歩き出す。
「今日はこれで不問にしてやる。だが、覚えておけヒュウガ。またこのような事をしでかしたならば、其奴を貴様の部屋に置いておくわけにはいかぬぞ」
そう吐き捨てて席に着くと、アヤナミはもう二人の事は眼中に無いとばかりに黙々と事務作業を始めてしまった。
「…………行こっか、エルーちゃん」
ペンが紙上を滑る音しか聞こえなくなった部屋の中で、ヒュウガはまだ先程居た場所に立ったままの彼女に声を掛けた。
* * *
「まったく、アヤたんも酷いよねぇ…。女の子相手に本気で叩くとかありえないって」
二人は参謀長官室を出て、ヒュウガの部屋へ戻ってきていた。
エルーが袖を捲ってみると、鞭が当たったらしい部分が痛々しいほど真っ赤に腫れ上がっていた。
それを見たヒュウガは、何処からか湿布薬を取り出してきて、彼女が腰掛けているベッドの前に立った。
「痛むかもだけど、ちょっと我慢してて」
そう声を掛けてから、腫れた部分に湿布を貼る。
やはりまだ痛みが尾を引いているのか、一瞬エルーの表情が苦痛に歪んだが、彼女が弱音を言うことはなかった。
『……ありがとう、ございます。……あの、ヒュウガさんは大丈夫なんですか?』
「オレ?オレは平気だよ。慣れてるし☆」
『慣れてるって……まさか、貴方はいつもあんな仕打ちを受けているんですか!?』
ヒュウガとしては、彼女を安心させようと言った言葉だったのだが、どうやら逆効果だったらしい。
「いや、だから、えっと…そうじゃなくて!オレは平気だから!エルーちゃんが心配とかしなくていいんだって!」
『で、でも…』
だから落ち着いて、と彼女を宥めつつ、また座るように優しく促す。
「大体、何でさっきオレのことを庇ったりなんかしたの?あんなことしたからエルーちゃんが…」
『……だって、ヒュウガさんは私のためを思って街へ連れていってくれたんでしょう?だから、私も、ヒュウガさんのために何かしたくて…』
そう言ったエルーを見て、ヒュウガは僅かに目を見開いた。
しかし、その表情はすぐに消えて、何処となく切なそうな微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「……ありがと、エルーちゃん。でもさ、それでエルーちゃんが辛い目に遭ってたら、オレも悲しくなっちゃうから」
『……はい…』
「だからさ、もうこんなことはしなくていいからね?オレこう見えてすっごく丈夫なんだから☆」
ヒュウガは、暗くなりつつあった雰囲気を笑い飛ばすように明るい口調で語尾を括って、自分よりも大分低い位置にあるエルーの頭を優しく撫でた。
そうしているうちに、彼女の顔にも少しずつ笑顔が戻ってきて。
『では、そろそろ夕飯でも作りましょうか?』
「うん、よろしく~☆」
それと同時に、彼等の日常もまた戻ってきたのだった。
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