第四話
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『…………ヒュウガさん、本当に大丈夫なんですか?』
「大丈夫だよ♪エルーちゃんは何も心配しなくていいから」
不安そうな顔をしたエルーと、いつも通りの笑顔を浮かべたヒュウガが並んで道を歩いている。
先日のヒュウガの宣言通り、二人は第一区の中心街にへ来ていた。
エルーは、白地のワンピースに上からカーディガンを羽織り、つばが大きめの帽子を被っている。
ヒュウガもTシャツにジーパンという私服姿だ。
『わぁー、すごいですね!人がいっぱい居ます!!』
たくさんの建物や、途切れる事無く行き交う人々を興味津々に見つめるエルー。
『第一区はとても賑わっていると聞いていましたが、こんなにたくさんの人が居るんですね!』
キョロキョロと辺りを見回すエルーはまるでどこかの子供のようで、ヒュウガの顔にも自然と笑みが零れる。
このような大きな街へ来たのは初めてらしく、彼女は目に映る色々なモノに好奇の視線を遣っていた。
『ヒュウガさん、ヒュウガさん、あのお店に行きたいです!』
エルーが、一つの店を指差して言う。
「あの花屋さん?」
『はい!』
「じゃあ、行ってみよっか」
二人はそこへ向かって歩き出した。
「エルーちゃんは花が好きなの?」
『はい♪』
色とりどりに咲くチューリップを眺めながら彼女は答える。
『実は、私には兄が居て……彼の影響なんです』
「へぇー、エルーちゃんにはお兄さんが居るんだ!」
『ええ。草花が好きな人で、大きな温室で色々な植物を栽培していたんです。
私は兄が育てた花を眺めるのが大好きでした。
とても優しい人だったんですよ。
…………今はもう居ないんですけどね』
隣にあるアネモネの花やスイートピーの花束に目線を移しながらエルーが語る。
「そうなんだ……知らなかったよ」
『まぁ、話していなかったので知らなくて当然ですよね』
エルーは悲しそうに微笑んだ。
『私がまだ子供だった頃に、兄は亡くなりました。
悲しくなかったと言えば嘘になってしまいます。
でも、最後に兄と話をした時に言われたんです。幸せな人生だったって。自分が死んでも悲しまないでほしいって。そして、いつでも前を向いて歩いてほしいって』
エルーは時々視線を移動させたり、足を動かしたりしながら店の中を移動する。
それをヒュウガも目だけで追った。
『きっと兄は、自分に死が訪れる事を分かっていたんです。
当時の私はまだ幼くて、兄が何を言いたかったのか分かりませんでした。でも今ならちゃんと分かります。
だから私、笑顔で生きていこうって決めたんです!
苦しくても、辛くても、それは私の人生だから。兄のように、幸せだったって胸を張って言えるような人生にしたいんです』
そう言った彼女の目に、悲しみや迷いは無かった。
純粋な決意が湛えられたその瞳を、ヒュウガは眩しそうに見つめていた。
『……なんだか、辛気臭い話になってしまいましたね。この話題はもうやめましょうか』
ヒュウガの様子が普段と違う事を感じ取ったのか、自嘲の色を篭めてエルーが苦笑いする。
そして、店内の一角へ足を向けた。
『ヒュウガさん。このお花、お部屋に飾りませんか?』
そう言ってエルーが指差したのは、両手に乗るくらいの大きさの鉢植え。
すっと伸びた花茎の先に、あまり大きくないピンク色の花がいくつも咲いている。
札には“プリムラ・マラコイデス”という文字が書かれていた。
「それって、何の花?」
『プリムラという花の一種ですよ。可愛いでしょう?』
棚に並べられていたうちの一つを取って、ヒュウガに見せる。
『……やっぱり、買っちゃダメですか?』
悲しそうな顔になったエルー。
ヒュウガが慌ててそれを否定し、買おうよと言うと、エルーはぱあっと明るい顔になって微笑んだ。
『ありがとうございます!』
「じゃ、それ貸して。お会計してくるから」
『え?ダメですよ!お金は私が払います!』
エルーが言った。
そういうのは男の仕事だから、と彼女を説得しようとするヒュウガだが、エルーは自分が払うと言って聞かなかった。
結局、強行手段に出たヒュウガが鉢植えをエルーの手から奪ってレジへ走っていくのだった。
『すみませんヒュウガさん。私が買いたいと言い出したのに……』
「謝らないでよ、オレも欲しくなちゃっただけだから♪」
エルーの手には、先程の鉢植えが入れられた袋が一つ。
申し訳なさそうに俯く彼女に、ヒュウガが話し掛ける。
「ね、次は何処に行く?
服でも買う?アクセサリーがいいかな?それとも何か食べる?美味しいお店なら知ってるからさ!」
『ヒュウガさん……』
テンションが上がっているのか色々と並べ立てるヒュウガに、エルーが苦笑いを零す。
『では、服を見に行ってもいいですか?』
「うん!そうと決まったら早く行こうよ!」
いつの間にかエルーよりもはしゃいでいるヒュウガが、店があるという方向に向かって歩き出した。
『あ、待ってくださいよヒュウガさん!』
そんな彼の後を、エルーが追い掛けていくのだった。
* * *
『ヒュウガさん……そんなに買わなくてもよかったのに……』
「だって、みーんなエルーちゃんに似合いそうだったんだもん!
それに、女の子が着の身着のままじゃダメでしょ」
ヒュウガの手には大きな紙袋が3つ。
どれにも先刻立ち寄ったブティックでエルーのために買った衣服が詰まっている。
花屋を出た後、エルーの居候(?)生活に最低限必要な服を買うため行ったのだ。
店では、何故かヒュウガがやたらに張り切って洋服を選び始め、終いには「ここからここまで全部頂戴!」などと言い出したのをエルーが必死に思い止まらせたという、ちょっとしたハプニングも発生したが、無事に買い物を済ませた。
そして現在、二人は昼食を取るのに良さそうな店を求めて道を歩いていた。
歩いていると、突然誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
エルー達や他の通行人もその声が聞こえた方へ目を向ける。
そこには、周囲の目も気にせず怒鳴り散らす中年男性と、彼に必死に謝る少年が居た。
少年の首には無骨な首輪が付けられており、奴隷なのだという事が分かる。
大方、奴隷が失敗をして主人に怒られているのだろう。その事を理解すると、皆、いつもの事だと思ったのか何事もなかったかのようにそれぞれの歩みを再開した。
ヒュウガも彼らと同じように歩き出して、またすぐに止まった。
エルーが立ち止まったまま、悲しそうな瞳で少年を見ている。
そんな彼女に困ったような笑みを浮かべてから、ヒュウガはエルーの手を取って引っ張ろうとした。
「ほら、行くよ。エルーちゃん」
『……でも…!』
エルーは動こうとしなかった。
視線の先の中年男性が、ついに懐から鞭を取り出して握り締める。
「……仕方ないよ、あの子は奴隷なんだから…。
それより次はどこ行く?」
エルーの関心を逸らそうとヒュウガが話を振る。
二、三歩歩いてから彼が振り返ると、すぐ後ろに居たはずのエルーの姿は消えていた。
『やめて下さい!!』
聞き慣れた声が響いた。
ヒュウガが声がした方を向く。
そこには、少年を庇うようにして男の前に立ち塞がるエルーの姿があった。
他の通行人達も、物珍しそうにそれを見ている。
「何だお前は?邪魔だ、どけ!」
『どきません!
いくら彼が奴隷だからって、そんな物を使ってはいけません!
この人だって貴方と同じ人間なんですよ?なのにこんな事をして……貴方は心が痛まないのですか?!』
エルーが啖呵を切る。
彼女の気迫に一瞬男は怯んだが、すぐに我に返って言い返した。
「関係の無いお前にとやかく言われる筋合いは無い!引っ込んでろ!」
『嫌です!暴力で何かを解決しようとしても、何も意味が無い事が何故分からないのですか?!』
「五月蝿い!黙れ!!」
逆上した男が腕を振り上げる。
痛みがくる事を予想して、エルーは目を閉じた。
手に握られた鞭が虚空を切り裂く音と共に振り下ろされる。そう思った。
…………しかし、その瞬間が来る事は無かった。
頭上に“?”マークを浮かばせながらエルーが目を開くと――
「オレの連れに手出さないでくれる?」
男の腕を掴んで不敵に笑う、ヒュウガが居た。
『ぁ……ヒュウガさん……』
予想していなかった事に少しびっくりしながら彼の背中を見つめる。
「て、てめぇ!何しやがる…!」
「何?」
「っ…!?」
苛立つ男に向けて、ヒュウガが笑顔のまま僅かな殺気を放つ。
それに当てられたのであろう、男は固まってしまってそれ以上は一言も発しなくなった。
「……行くよ、エルーちゃん」
戦意を喪失した男はそのまま放置して、ヒュウガがエルーの手を取って引っ張る。
戸惑いながらもエルーはそのままヒュウガに引っ張られていき、その場を後にした。
* * *
『あの、ヒュウガさん……。先程は危ない所を助けていただき、ありがとうございました』
「どういたしまして。
でもさ、後先考えずに行動するのはあんまりよくないと思うよ。危ないし」
『……そうですよね…』
二人は通りで見つけた小さなレストランに居た。
ヒュウガは既に食事を半分ほど平らげてしまっているが、エルーは出されたパスタをくるくるとフォークに巻き付けるだけで一向に口に運ぼうとしていない。
『あの時は、助けてあげたいと思って……夢中だったんです。
でも、結局私には何も出来ませんでした。
あんな事をしても、怒鳴られていたあの子の人生が変わった訳でもないし、怒鳴っていた男の人の考え方が変わった訳でもないんです。それどころか、ヒュウガさんにまで迷惑をかけてしまって…。
なんだか、自分は無力なんだなって思い知らされた気がします。
ご存知だとは思いますけど……私は今占い師をやっていて、お客様と接していると何となく自分はこの人の役に立てているんだなって思って嬉しくなったりもするんです。
でも本当はそんなことは無いんじゃないかって。私なんて誰の役にも立てないんじゃないかって。誰かを救うことなんて出来ないんじゃないかって。
そう思って……』
しゅんとして元気を無くしているエルーが俯きながら言う。
「……エルーちゃんがそんなに思い悩まなくてもいいと思うよ。
それに、人間なんてそんなもんなんだよ。人生で、思い通りに行くことなんて滅多に無いでしょ?
いちいち悩んでたらきりがないよ。
まあ、努力を重ねていけば出来るようになる事もあるだろうけど」
『…そう、ですよね……』
口ではそう言いながらも、あまり納得はしていない様子で頷く。
手元では相変わらずフォークがくるくると回っている。
「それよりさ、オレとしてはエルーちゃんが逃げ出そうとしない事がびっくりだよ」
唐突にヒュウガが呟く。
どういう意味だろう、と疑問に思ったエルーが彼に視線を向けた。
「だって、オレはエルーちゃんの事を拉致して監禁してるワケでしょ?
エルーちゃんにとってオレは敵みたいなもので…………少なくとも味方じゃないんだよ。
だからエルーちゃんは今日、隙あらば逃げ出そうとすると思ってたのに、普通にお買い物を楽しんでるんだもん。逆に調子狂っちゃうよ」
そう言ってヒュウガは苦笑いする。
『…………確かに、おかしいかも知れませんね』
少し間があって、エルーが口を開いた。
その言葉には若干の自嘲の色が感じられる。
『でも、何て言うか…………私にはヒュウガさんがそんなに悪い人とは思えないんです。
いつも優しくしてくれるし、今日だって一緒に居ると楽しくて…』
何かを思い出すように、何処か遠くを見るような目をしながらエルーがゆっくりと話す。
「……いやいやいや、別に優しくしてるワケじゃないし!っていうかオレ、自分で言うのもアレだけど、結構悪い人間だと思うよ?!それに――」
それを聞いて、ヒュウガは慌てたような様子で弁明を始めた。
しかし、途中で言葉が途切れる。
目の前に居るエルーが、口元に手を当ててくすくす笑っていた。
「ちょ、何で笑うの?!」
『だって……本当に悪い人は、そんな事は言わないと思いますよ』
そうでしょう?と言って、にこりと微笑む。
そんな様子の彼女を見て、ヒュウガは気が抜けたようにぽかんと口を開いて固まってしまった。
少しして、彼が呟いた。
「…………エルーちゃんって、変わってるね」
『そうですか…?』
「うん。絶対変わってる」
ヒュウガは真剣な顔をしてそう言うが、言われた本人は自覚が無いらしく首を捻っている。
「……ほら、エルーちゃんも早く食べないと!まだまだ色んなお店に行くんだから!」
『あ……。そうですね、早く食べなきゃ』
いつものノリに戻って、ヒュウガが促す。
それにエルーも頷き、二人の顔には元通りの笑顔が戻った。
そして、ようやくパスタがエルーの口へと運ばれた。
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