第三話
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『おはようございます、ヒュウガさん。
今日は白いものが降ってくるみたいですよ』
ヒュウガの朝は、エルーの奇妙な天気予報から始まった。
彼が目を開けた時には、エルーは既に身支度を整えて朝食の準備をしていた。
ふわりとした笑顔を浮かべる彼女には昨日のような怯えた様子は微塵も無く、意外に順応性があるのかな、とヒュウガは思った。
――それにしても、
“白いもの”とは何だろうか。
真っ先に思い浮かぶのは雪だが、この時期に雪というのは少しおかしい気もする。
これから暫時の間、彼はこの疑問に悩まされるはめになるのだが、とりあえず今は朝食を食べようと思考を隅に追いやった。
「わー、おいしそう!いただきまーす!」
メニューはバタートーストとスープという大した事の無いものだったが、キツネ色のトーストが放つ香ばしい匂いと温かな湯気を上らせるスープは空腹なヒュウガの五感を刺激するのには充分だった。
口に合ったらしいヒュウガはあっという間に全て平らげてしまった。
久しぶりに手作りの朝食を食べた彼はエルーに礼を言い、それから支度を整えて軍服に着替えた。
「じゃあオレは行ってくるから。
くれぐれもこの部屋から出ないようにね」
エルーにそう念を押してからヒュウガは彼の自室を出て、彼女の見送りの声を背に、彼が勤めるブラックホークの執務室へ足を向けた。
* * *
「おっはよー!!」
ヒュウガは執務室の扉を思い切り開いた。
いつも通りの事なので、別に何とも無い――……はずだった。
「あっ…!危ない――」
そんな声が部屋の奥から聞こえて、それからヒュウガに……
白い物体が降ってきた。
「もー……何なのコレ……」
ヒュウガに襲い掛かったのは、大量の書類だった。
彼の部下であるコナツの話に拠ると、今日は特別に書類が多く、仕方が無いのでそこらへんに積んでおいたのだそうだ。
そして、ヒュウガが乱暴に扉を開いたためにバランスが崩れ、彼は書類の山に飲まれたのだ。
コナツの力を借りて書類の中から抜け出したヒュウガは、自らの席に行き、嫌そうな目で床に広がった白い物体達を眺めた。
それはもう、心底嫌そうな顔で、恨みの篭った視線で。
「――そういう訳ですから、しっかり仕事をしてくださいね?ヒュウガ少佐」
しかしそんなヒュウガの机に、無情にも書類の山が築かれた。
* * *
一方、部屋に残されたエルーは窓辺の椅子に座り、そこから見える空を眺めていた。
何処まで続いているのか分からない果てしない蒼の中に、千切れた綿のような雲がふわふわと浮かんでいる。
窓枠と同じ長方形に切り取られたそれは、やはり昔と同じ色をしてエルーを見下ろしていた。
少しだけ、少しだけと思いつつ窓を開いてみる。
空に向かって手を伸ばすと、そこに手が届いたような、でも届かないような、奇妙な感覚に襲われた。
斜め上を見ると、小さな鳥が遥か上空で翼をはばたかせていた。
――自由に大空を舞う彼等に、エルーは昔から憧れていた。
自分もあの鳥達と同じように、何にも縛られずに生きたいと。何処までもはばたいてみたいと。
しかしエルーはそれと同時に、昔に読んだ小説の一節を思い出した。
『翼を持つ鳥も、はばたく事が出来なければ不自由でしか無い。大空を翔ける翼も、強い風の前では満足にはばたく事すら出来ない』
――自由に見える彼等も、本当はすごく不自由なのかも知れない。
そう思うと、手の届かない彼等にも少しだけ親近感が湧いた。
静かに窓を閉め、椅子に座る。
現在のエルーには一つ、重大な問題があった。
それは……
『…………暇……』
いっそ清々しいほどに何もする事が無い、退屈な時間だった。
ぽつりと呟いて視線を室内に転じる。
本などがあれば良い暇潰しになるのだが、そんな物は見当たらない。
掃除でもしようかと考えたが、他人に部屋を勝手にいじってはいけないだろうと思い止まった。
……やはりやる事が無い。
退屈な時間は驚くほどゆっくりと進む。
時計を見ても、今日の残り時間はまだ山ほどあった。
『…………どうしよう…?』
その後暫くの間、エルーはこの問題に悩まされるはめになる。
* * *
「た……ただいま…………」
『あ、おかえりなさい!』
死にかけたヒュウガが部屋に戻ると、目を輝かせたエルーが待っていた。
一体何なのかと彼女に問うと、どうやら昼間はものすごく暇だったらしく、ヒュウガが帰ってくるのを心待ちにしていたのだという。
『あ、夕食はどうするんですか?』
エルーが問う。
「ああ。じゃあ買ってくるからちょっと待っててねー」
ヒュウガはそう言うと、すぐに部屋を出て行ってしまった。
戻ってきたヒュウガは、弁当を二つと飲み物が入ったペットボトルを抱えていた。
手際良く机に並べて、席に座る。
「ほら!エルーちゃんも座って!」
エルーの事も座らせて、
「いただきます!」
『えっと……いただきます』
二人の夕食が始まった。
ヒュウガはいつもこんな食生活なのかと少し不安になったエルーだったが、彼も一言も喋らないので黙々と弁当を食べ進める。
「…………そういえばさ、エルーちゃんは何で占い師になったの?」
ヒュウガが思い付いたように口を開いた。
「超一流貴族のお嬢様なんだから、そんな事する必要は無いでしょ?」
彼の言う事ももっともではある。
エルーは少しだけ目を伏せて話し始めた。
『……実は私、家出したんです』
「えぇっ!?何で?」
ヒュウガが素っ頓狂な声を上げた。
それを気にする事無くエルーはそのままの調子で続ける。
『何でと言われても……。
ただ、私はあの家に居たくなかったんです。
大人達が私の事を思ってやってくれているのは分かっているつもりです。でも、ずっと同じ所に閉じ込められているような生活は嫌だったんです。
昔は、お兄様やそのお友達の方も居て楽しく過ごしていたんですけれど、まだ幼かった私を残して皆居なくなってしまって……。
私はこんな所に居る必要は無いんじゃないかって思ったんです』
「それで……家出したんだ……」
『はい。……ずっと何かに縛られたままじゃなくて、自由になってみたかった。そうすればきっと幸せになれると思った。
…………実際、外の世界は素晴らしい場所でした。
苦しい事だってもちろんありました。でも、私が知らない事がたくさんあって…………全てが輝いて見えたんです。
そして何より、皆笑っているんです。嬉しそうに、楽しそうに。
家に居た人達は、皆そんな風には笑わなかったから。
私が占い師になったのは、生活の糧を得るためというのももちろんですが、色々な人達が笑顔になるお手伝いが出来ればいいと思ったからでもあるんです』
少しだけ微笑みながら、エルーはそう言った。
「ふーん……」
ヒュウガが相槌を打つ。
『…………でも、また囚われてしまいましたね』
天井を見上げて、自嘲気味にエルーが言った。
その言葉に、ヒュウガが少し悲しそうな顔をする。
彼女の自由を奪ったのは彼自身だという事を理解していたからだろう。
その後しばらく彼は押し黙っていたが、突然顔を上げて言った。
「そうだ!エルーちゃん、明日街へ行こうよ!」
『え……街…ですか?』
「そうだよ!オレが案内してあげるから!!」
びっくりしているエルーに構わず、ヒュウガは良い事を思い付いた子供のように嬉々として話す。
『でもヒュウガさん……お仕事はどうするんです?』
「そんなちっぽけな事、気にしなくて大丈夫だよ!」
彼の上司や部下に聞かれれば怒られる事間違い無しの発言を平然とするヒュウガ。
気圧されているエルーを半ば強引に承諾させると、ヒュウガは満足そうに笑って、デートだぁ!!などと奇声を発しながら奥の部屋へ消えていった。
一人残されたエルーは、
『……………………はあ…』
呆然としながら彼を見送った後、盛大なため息を一つ零した。
『……あのお方は、何を考えているのでしょうか…?』
不思議そうな瞳でヒュウガが消えていった方向を見つめる。
何故、彼はあんなに楽しそうにしていたのか。
解らないけれど、きっと自分にとってはどうでもいい事なのだろうと、エルーは考えを巡らせるのを止める。
そして、まだ少し残っていた夕食の続きを食べ始めた。
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